ソードアート・オンライン 幻影の暗殺者   作:双盾

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極上の一口

「へぇ、これでジンもドラゴンテイマーになったのか」

 

黒猫団ホームの夕食前のちょっとした雑談。既に皆には今に至るまでの経緯を話してある。

向かいに座るケイタが俺の頭の上に座るブレードを指差して言う。

 

「ブレードはペットじゃねぇ。家族だっての」

 

金魚と同列に語るなと訂正しておく。

けれどペットと言えば犬や猫。犬や猫は家族だと言う者もいるのに、どうして金魚等は家族だと言う人が少ないのだろうか。いや少ないどころかいない可能性が高いが。

ちなみにサチとアスナはキッチンにいる。S級レア食材を渡した時の二人の反応は実に面白かった。

S級レア食材なんだからいつもより豪華にしないとねと言って長々と夕食の献立を考えているのだろうか。はたまた既に調理に入っているのか。

 

「明日シリカと会って話してみようと思う」

 

「そうだな。ドラゴンのテイム成功者としては彼女の方が先輩だからな」

 

ドラゴンのテイム成功者とは言っても、あちらはフェザーリドラ。俺はブレードリドラ。種族が違うが、知り合いのテイマー何てシリカ以外にはいないのだ。

明日聞き出せる限りの情報を聞き出さなくては。アルゴが悪い笑みを浮かべて情報を売りつけてきそうだ。「この情報は2000コルでどうダ?」などと聞いてくるアルゴの声を完全に、鮮明に思い出せる。

 

「ジン~その子だっこさせて?」

 

「ちょっと待ってくれユウキ…………ほれ、手を出しな」

 

頭の上から持ち上げ、ユウキの腕の中にそっと降ろしてやる。

ユウキはおおーと驚きながらも、よーしよしーなどと言いながら頭を撫でたり抱きしめたりしている。その姿は年相応の少女の姿で、天真爛漫な笑顔を振りまいていた。

 

(大丈夫だ。きっと改善されているはずだ)

 

彼女の体を蝕む病のことを思い出して少し胸が痛くなるが、自己暗示をかける様に自らに言い聞かせる。

小さく深呼吸して自分を落ち着かせて再びユウキを見る。

 

「でもこうしてみるとやっぱちっこいなー。ほれほれー」

 

席を立ってユウキの抱きかかえるブレードを人差し指で突くケイタ。

しかしブレードの気に召さなかったのか突いていた人差し指を噛まれてしまう。

予想外のアクションと指先の痛みに「いってぇぇぇぇ!!!」と指を引くが食いついたままのブレードは、ユウキの腕の中から引っこ抜かれてしまう。

タイミングよく指を噛んでいた口を開き、宙を羽ばたいて再び俺の頭の上に戻るブレードは、フンと鼻をならして丸く蹲った。

 

「ダメージなくてよかったな」

 

「ううっ、俺の精神に大ダメージ入ってるぜ…………」

 

orz←こんな感じでがっくりと項垂れるケイタ。その周りにテツオ、ササマル、ダッカーの男衆が集まり、ドンマイと慰めていた。まあやったことは自業自得なので俺は慰めたりはしないのだが。

ユウキは俺の方へと歩いて、ケイタが悪いんだよ!と言って俺の隣に座った。

そこへアスナとサチが食事が完成するのを待つだけになったのか戻ってきた。

 

「おつかれさん」

 

「こっちの料理は短略化され過ぎててそこまで疲れないんだけどね」

 

それは概ね同意する。前に工程を見せてもらったが、包丁でタッチするだけでカット完了だの、ミキサーに食材入れてボタン押せば完成とか、つまらな過ぎる。手間かからなくて楽と言えばそれまでなのだが、それにしたって省略されすぎだろう。

 

「ねね、私にもだっこさせて?」

 

それはさっきユウキからも聞いたぞと思いつつ、済まないという気持ちを感じつつ、頭の上からブレードを持ち上げアスナに渡した。ホントに申し訳ない。明日好きな物食わせてやろうと心に決めた。

アスナはユウキとは違い、じっとブレードを観察していた。

 

「これがあのボスの子供かぁ………大人になると怖かったけど、子供は可愛いわね」

 

俺はそのボスと直接戦った訳ではないが、同種のモンスターと戦ったことはあった。

それは47階層の装備強化のためのアイテムを取りに行った時。

ドラゴン系が多く出る47階層の最奥、そこで宝箱を守るように居座っていたHNM(フィールドネームモンスター)。名をエアリエル・ワイバーン。空中戦を得意とし、その羽ばたき1つで暴風が生まれる。そのくせして尻尾の一撃は下手なボスよりも強いのだから苦戦しない訳が無かった。結局勝ったのだが。

 

「直接の子供ではないと思うが。まあ同じ種族だ、姿はほぼ同じなのだろう」

 

「ジンってば、ロマンの欠片も無いこと言わないの」

 

「む、そうか。すまない」

 

サチに窘められるとどうも言い返す気にならない。

こういう感じになる相手に出会ったことが無いから何とも言えないが、これが世間一般でいう所の母親や姉といった関係の人の言葉の力なのだろう。両親には憎しみしかないし、姉や兄、弟や妹といった家族もいないから何とも言えないが。

 

「あ、もうそろそろ完成する頃合いね」

 

はいと言ってブレードを俺の頭に乗せるとサチと共にキッチンへと駆け足で向かうアスナ。

その時、俺はふと小さな疑問を思い出した。

 

「テイム成功にはアイテムを差し出さないといけないはずだが、俺はアイテム差し出した覚えはないぞ?あれ?」

 

「あれじゃないか?地面に広げてあった弁当を供物と捉えちゃったパターン」

 

「ああなるほど」

 

俺の小さな疑問は、食事が並べられるまでの少しの時間を丁度良く潰してくれた。

目の前には色とりどりな料理が並べられ、その中で一際目を惹くと言うか、異彩を放つ物があった。

味付けを施したような痕跡は一つも見受けられず、あるのは新鮮さを前面に押し出した桃色の魚肉。その形は長方形に整えられ、切る側の技量が求められる一品。桃色の下から顔を覗かせる酢飯もまたツヤが美しい。日本が生み出した和の極み。

その名も寿司。

 

「寿司なんて料理作れたのな」

 

俺は思ったことをそのまま口に出す。

アルゴから「常連客には情報オマケしてやるヨ」と言って『1~50階層 食事処100選』等と言う全く必要性を感じない一冊を貰い、一通り目を通したことが有ったが、寿司のある店など一つも無かったはずだ。あったら載っている筈だ。

なのでこの世界には寿司という食事は無いものだとばかり思っていたが………

 

「創れるかなー何て思ったからやってみたんだけど………まさか本当に作れるなんて思わなかったんだけどね」

 

サチはタハハと乾いた笑いを浮かべる。その横に座るアスナもまた「本当に驚いたのよ?」と言っている。

もしやこの世界の寿司というのは料理スキルカンストプレイヤーのみが作れる料理なのだろうか?

 

「おお………すげぇな」

 

「初めて見たぜ………」

 

「大トロ並みに脂乗ってるね」

 

などと口々に感動の声を零している。

確かにこれほどのものを現実で食べようともなれば若者の財布では味わうことのできない金額が飛び出すことだろう。

しかしこの世界では釣り上げさえすれば誰でも味わうことができるのだ。………あるいはコルに物言わせて誰かから買い取るか。だがそれでも一級の装備が揃えられる程度の金額が飛ぶのだろう。

 

「早く食べようぜ」

 

「フフッ、そうだね」

 

皆が席に着いたところで、ギルドリーダーのケイタが号令を出す。

 

「そんじゃ、いただきます」

 

『いただきます』

 

各々が箸を手に、バラバラの料理を口に運んでいく。

ちなみに今日の献立は寿司、味噌(風)汁、海藻サラダ、卵焼きで、俺が最初に手を付けたのは味噌(風)汁である。

何故に味噌(風)なのかというと、この世界に味噌というアイテムは無く、様々なアイテムの調合の末に味噌に限りなく近い調味料が完成したのだ。アスナとサチの努力の成果はそれだけに留まらず、醤油や山葵、辛子やマヨネーズ、ケチャップ…………と現実世界の調味料の数々を再現していった。

二人の努力に感謝しながら味噌(風)汁を啜る。うん、美味い。

 

「さて、新鮮なうちに食べてみよう」

 

「だな」

 

早速寿司以外を一通り食べたケイタとテツオが寿司にターゲットを当てる。

机の上に置いてある小瓶を手に取ると中の赤色の液体を寿司にかけていく。既にこの行動で分かる通りあの小瓶の中身は醤油風調味料である。色までは再現できなかったのが残念だが、かといってあの味が変わってしまうのも嫌なので色は無視して食事を勧める。

箸で寿司を掴むとゆっくりと口の中へと運んでいく。

そして―――――

 

「こっ、これはぁっ!?」

 

「うっめぇぇぇぇぇ!!!!」

 

二人はガタンと音を立てて立ち上がる。

刹那。

 

「二人とも、うるさい」

 

「「ハイ、スイマセン」」

 

二人の眼前には桜色の光芒を放つナイフ。その持ち主はアスナ。その目からは光が消え、殺気が放たれるのみだ。

三人はおとなしくイスに座ると何事も無かったように食事に戻った。これがいつもの光景だ。

 

「でもホントに美味しいよ?」

 

ムグムグと寿司を口に入れ、咀嚼しながらもユウキは言う。

三人の言葉はどれも嘘などはなさそうなので、俺も食べてみようと醤油をかける。

脂で醤油が弾かれてしまうが、それを酢飯が吸っていく。

そっと形が崩れないように箸で掴み、生唾を一つ飲み込んで口へと放り込む。

漸く待ちに待った極上の味わいが―――――と思っていた次の瞬間。

 

「きゅうっ!」

 

「なっ!?」

 

勢いよく飛翔してきたブレードが俺の箸が掴んでいたものを一口で飲み込んだ。

宙返りして俺の頭に着地すると、満足そうにケプッと小さく息を吐いて丸くなり、眠りの世界へと羽ばたいていく。

突然のブレードの奇襲と、冷静になって湧き上がってきた怒りに俺は硬直していたが、幸いなことに俺の皿の上いはあと二つ残っていた。

仕方ない。テイムされた記念の一品にくれてやった、そういうことにしようと気持ちを切り替えると、俺の皿へと視線を落とし再び醤油をかけて箸で掴み上げる。

今度こそ――――――だがしかし。

今度は反対側から奇襲され、箸が掴んでいたものは再び消える。

俺はこめかみのあたりをピクピクと痙攣させつつも、今回の襲撃犯ことユウキへと視線を当てる。

 

「ユウキ?」

 

「……………」

 

「コラ視線を逸らすな」

 

ふいっと反対側に顔を向けモグモグと咀嚼を繰り返すユウキの顔をガッシと掴み、強引に俺へと視線を向けさせる。

 

「オイコラ、ユウキ」

 

「むぐっ、!?!?!?!?」

 

こちらを無理矢理向かされたユウキの顔は、突然赤くなる。何かを叫んでいるようだが口を閉じているので何を叫んでいるのか分からない。

まさか喉に詰まらせたのか!?

 

「これで流し込め!!この世界に窒息があるのかは知らんが、苦しさは同じなはずだ!!」

 

もし圏内で死亡例が出るならば、窒息死だろう。死因、食事中の窒息死などと恥ずかしい死に方だけはしたくないしされたくない。

俺の湯飲みには程よく冷めたお茶が入っており、急いでユウキに手渡す。

ユウキは俺の湯飲みを受け取ると中身を口に流し込み、ぷはぁーと言って湯飲みを返してきた。

 

「大丈夫かユウキ?」

 

背中をさすりながら顔を覗き込み状態を伺う。

俺と視線を合わせたユウキはまたも顔を真っ赤にして俺を突き放す。

……もしかして恥ずかしいのか?異性から顔覗き込まれたらそりゃ恥ずかしいか。

俺はユウキから少し離れる。

 

「ご、ごめんってぇ!お詫びにボクの分あげるからぁ!ほら、あーん!!」

 

「お、おいユウキ……」

 

こんなみんなの前でそれは………

 

「じーんー!!」

 

「わ、分かったから……」

 

腹を括るしかないのか。

ユウキの差し出す箸には醤油のかけられた寿司が掴まれており俺の口へとジリジリと近付いてくる。

俺は覚悟を決め、口を開けてユウキの箸が掴む物を口に入れた。

 

一瞬ひやりと冷たい感覚。そして解けるように広がる旨み。生臭さは一切無い。

自然と表情が綻んでいくのが分かるが今はそんなことに思考を回すくらいなら口内へと神経を回す。この味わいの一時に無駄な思考も感情もいらない。

 

ただただ味わいを楽しめ。

 

そう命令されたかのように無心で咀嚼を続けた。

そしてそんな至福の一時も終わりを告げる。

解けだした極上の旨みは滑るように喉へと流れだし、体内の最深部へと消えていく。けれど口の中には未だに旨みが残っている。

 

そして俺はここで思った。

……S級食材、侮れないな。

呼吸すら忘れるような時間に終わりを与え、ふぅと息を吐く。

 

「至福の一時だった………」

 

「そ、そう?よかった………えへへ」

 

目の前にユウキの顔。頬を赤らめてはにかむその行動に、俺は視線を動かして周囲の反応を見る。

無関心を装いつつも顔の赤さを隠し切れていないキリト。こちらに視線を釘づけのケイタ。やるなぁと零すダッカー。よくもまぁと呆れるテツオ。挙動不審になって視線が宙を舞うササマル。

顔を赤くして「ええと……」と言葉に詰まるサチ、終始無言で食事を続けるアスナの顔にも紅がさしている。

――――そして俺は先程までの行動を思い出した。

 

「なっ、………くっ」

 

瞬間的に顔に熱が集まっていくつが分かったが、俺はその赤みを消す方法を知らない。

熱が引くまで俺はおとなしく食事に集中した。




次回は完成し次第投稿します

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