「全員突撃ぜよ!!!」
「イッツ、ショウタイムと行こうかァ!!」
両軍のトップが、激突した。
俺は真っ先いPohに斬りかかる。こいつだけは、俺がこの手で仕留める。
最高速で接近し、低い位置からの切り上げを放つ。
狙うは足と腕。
「あめぇんだよ!!」
向こうも低空跳躍しスライディングキックを入れてくる。
不意を突かれた。そう感じた俺は短剣を持っていない左手を地面に着き、前方に跳躍。Pohの頭上を通り背後に着地するや否や地面にめり込んだ足を更に押し込み蓄積した圧を前方に解き放ち瞬間的に最高速度に到達する。
しかし背後を取ったと思っていてもPohは既に体制を立て直している。
クラウチングスタートの姿勢でこちらを見る。
だがあの構えは正面への加速力には最適だが、左右への動きには対応しにくい。
土に汚れた左手に投剣を握らせ、撃ち放つ。
上級投剣スキルの中でも最速の<ホライゾンシューター>でクラウチングスタートを切ろうとしているPohの顔面目掛けて放たれた投剣。
にも関わらずPohはスタートを切る。
「んなモンで止められるとでも思ったかァ!?」
手に持っていた友切包丁で投剣を切り落とす。その動きは目に追うことすら危うい程に無駄が無く、速い。最速の投剣スキルさえもをいともたやすく切り落とすのは、恐らくPohやヒースクリフ、キリトくらいしかいないだろう。
それだけの能力が、殺人に使われている。
仲間であれば頼もしい力でも、敵であれば厄介以外の何者でもない。
「止まってくれれば、楽に終わったものを!!」
悪態を吐きながら再び近接する。
大きく振りかぶられた友切包丁の軌道を予測し、振り下ろされたその軌道を予測した軌道と照らし合わせ、修正し最善の回避法を取る。
真横に生える苔生した木を蹴り、反動で木から押し出される。
その間を友切包丁が淡い光を煌めかせながら横切っていく。
その速さに俺は身震いする。
アスナの細剣初期スキル<リニアー>も目で捉えることが難しかったが、スキルアシスト無しでそれに匹敵するだけの腕が、目の前の宿敵にはある。
「この野郎!!」
短剣はリーチが短い。それは相手も同じ。だが、溢れ出る殺気と狂気は、そのリーチの長ささえも錯覚させる。
狂ってやがるなどと野暮なことは言わない。
だが、俺はこれほどの狂気も、殺気も、感じたことが無い。
「オラオラァ!!!」
速く、それでいて重い一撃が立て続けに俺に襲い掛かる。
恐怖を感じる。
足は震え、冷や汗が滝のように出て止まらない。
だがそれ以上に、滾る血潮と、敵の狂気に呼応するように沸き立つ我が身の中に宿るドス黒い何かが、俺の身体を支配し、敵を殺せと奮い立たせる。
楽しい。
不思議と不気味な、それでいて狂気に染まった笑みを浮かべていた。
「さぁ!!こんなモンじゃねぇんだろ!!!強さを見せやがれ!!!」
「やっとその気になったな!!!」
Pohは更にその剣速を上げ、懐に潜り込もうとして来る。
だがやられてばかりの俺ではない。
またも投剣を握ると、ここで投剣の残数を見る。
右腰の5本、左腰は0。合計5本。手に持っている物を入れても8本だ。
まだある。だが、これ以上に減らし続けるといざと言う時が危ない。
「うらぁ!!」
投剣スキル<トライアングル・シューター>で投剣3つを同時に撃ち放つ。
けれどやはりこれもまたいともたやすく回避されてしまう。
だが、それでいい。
クンッ
指先から煌めく数本の白糸が伸びる。それは数cm先から複雑に絡み合い、解くことなどできもしないほど。
それは一種の網として、広く広くその網を広げる。
糸の長さの限界まで伸びる。糸の先には先程放った3本の投剣。
網は蜘蛛の巣のように隙間無くPohを覆う。
「ぬぉ!?」
そして網は収束し、それは一種の鎖となる。
絡み合う糸一つ一つに絡め取られ、捕縛されるPohだが、数瞬の間に外へと向けられた友切包丁が、絡む糸を裂いていく。
一手甘かったか。
「この程度じゃァ、俺ァとまんねェぞォォォ!!!!」
しかし、Pohが更に一歩踏み出した瞬間。
「馬鹿が」
Pohの踏み出したはずの右足が停止し、後ろに引かれた。
その足には複雑に絡んだ糸が巻き付いていた。その糸の先は、やはり先程の投剣。
その投剣は、木に深々と刺さり、そっとやちょっとでは抜けないなんてことは見ただけで理解できるほどに深い。
「こっちを狙ったなテメェ!!」
「どこを狙ったなどと言った覚えはない!!」
短剣を突き、払い、振り下ろす。
だが全てを極厚の包丁に阻まれ、Pohを傷付けるには至らない。
そんなPohは、少しずつ後退し、糸を緩めて足を解放しようとしている。何とか解放される前に深手を負わせなければという焦燥感がこの身を焦がす。
段々と糸が緩んでいく。
「残念だったなァ!!これで俺は―――――ぬぁっ!?」
「助太刀します!!ジンさん!!」
緩んだ糸を掴み、大きく引っ張るのはヒリュウ。
相手はどうしたと残るザザとジョニーを見ると、ザザは四肢全欠損状態となり、モーフィーが捕縛していくのが見えた。残るジョニーもまた、右手を失っておりペンドラゴンが一つ優位に立っている。
予期せぬ乱入者の存在に驚愕したPohだが、左手を地面に付き体勢を立て直すと、腰にストックしていた毒針を構え、ヒリュウへと放つ。近距離での投剣スキルともあり、ヒリュウはその一撃を頬に掠めてしまった。
その程度の傷でも毒の威力が高いのか麻痺のアイコンの出現と共に地面に倒れこんでしまう。
けれどもPohもまた地面に座り込んでいるような体勢で、立ち上がりヒリュウを切るには俺よりも一歩遅い。
「この機を逃すものか!!」
危険を承知でこちらを加勢したヒリュウの為にも、俺はPohを――――
「ぜりゃぁ!!!」
短剣を振り下ろすが、線の動きであるが故に容易く阻まれてしまう。
けれど走り飛び掛かるようにして振り下ろしたためその勢いは強く、体が前に転がってしまう。
絶好の機会を逃してしまった。
けれども。
「リフレッシュ!!」
手に持っていた消痺結晶を使い、倒れこむヒリュウを回復させた。
「ジンさん!?何で!!」
「死ぬ覚悟は分かっている。だが俺は言ったはずだ。死ぬな、と!!」
麻痺が消えるのを確認すると、すぐにPohを見る。
奴は足の糸を切り裂き、立ち上がろうとしていた。
「ヒリュウ、お前はペンドラのバックアップに回れ!!」
「っ―――――ご無事で!!」
ヒリュウは、自分では力不足の敵であると理解してくれたのか、おとなしく指示に従ってくれた。
俺は再び突進し、剣戟を交える。
互いに距離を取ると、互いに感覚を研ぐかのように無言で相手を見据え、武器を構えた。
「……………」
「……………」
無言。
微かな風。
刹那駆け出す2つの影。
この一撃で勝敗が決する。
この一撃で勝負を決める!
逃がさない。逃げられない。互いが、互いの攻撃を―――――――
「葬る!!」
「切り裂けェ!!!」
振り下ろされる包丁。それはまるで罪人を裁くギロチンのようで。
俺は武器を構えその下をくぐり抜け首、右腕、右足の3ヵ所を一太刀で切り裂いた。
勝った。そう思った時だった。
バシャァンと硝子が砕けるような音と共に、俺の両足がポリゴンの欠片となり、眩い光を放ち、消滅した。
一体何がと振り返る。
「ックックック」
そこには、右腕を失い、それでも立っている我が宿敵の姿があった。
Pohも、俺へと振り返る。
「っ!!!」
そして俺は、勝敗の理由を知った。
俺の剣は確かにPohの首と腕、そして右足を切り裂いていた。
ただ、欠損に至ったのは右腕だけで、残りの2点はあと数cm、いや、あと数mm足りず、部位欠損まで、持っていけなかったのだ。
俺の、負けだ。
「中々だったが………刀身の長さが足りなかったなァ、ライバル」
違う。武器は悪くなかった。
足りなかったのだ。
殺しの覚悟が、決意が、決心が。
そのシステムにすらくみ取れない形の無い意志が、俺の敗因だった。
しかしまだ終われない。終わってなどいない。
ポーチから回生結晶を二つ取り出す。
しかし『リカバー』と叫ぶよりも早く、Pohは包丁を持ち直して、その狂気の化身を振り下ろそうとしていた。
―――――間に合わない。
「終わりにしてやんぜェェェェェ!!!」
光速で振り下ろされる狂気。
阻む術を、俺は持っていない。
これが、俺の最後か。
闘いを諦めた。終わりが見えてほっとしたが、それ以上の喪失感に、虚しくなった。
だがこれで、俺は救済され―――――
「させるかぁぁぁぁ!!!」
「何!?」
「ッチ、誰だテメェはァ!!!!」
迸る紫閃。
黒曜の煌めきが、狂気の化身を弾く。
まったく、何一つその剣筋を目で追えなかった。
俺は様々な剣筋を見てきた。だが、誰一人として、これほどの速さを見せることはなく、見ることは無かった。
なのに、俺はこの剣を知っていた。
俺は、この剣の動きを幾度となく見ていた。
この剣閃は―――――――
「ユウキ!?」
「ジン、今助けるから。すぐに終わらせるから!ジンがボクを助けてくれたように、今度はボクがジンを助けるから!!」
「ユウキ、待っ―――――」
俺が待てと言い切る前に、この戦いで最速の一撃がユウキへと迫った。
その剣戟の主は、止めを刺すはずであったPoh。
Pohは、表情の憤怒を隠すことなく、むしろ見せつけているかのようにポンチョのフードを脱ぎ去る。
「よくも邪魔してくれやがったなァァァァ!!!」
これは、避けられない。
ユウキが死んでしまう。
腕を地面に打ち付け、上体を起こしたが、もう間に合わない。
逃げろと叫ぶことすら許さない正しく音速を超えた一撃。
「ボクだって、ここで手に入れた大切なモノがあるんだぁぁぁぁ!!!!」
ユウキは、全身の力を抜き、前へと倒れこむように体を傾ける。
しかし次の瞬間。
風よりも早く、その身を加速し、憤怒に焦がれるPoh目掛けて神速の一太刀を浴びせる。
回避することさえも許されない一閃に、Pohは切り飛ばされる。
「ぬぁっ!?」
吹き飛ばされるPohへと追い打ちをかける様に、流れるような動作で再び加速し、残った左腕を断ち切る。
ありえない。
こんな、現実世界の身体とのタイムラグが皆無と言っていいほど感じられないほどの体捌き。
より精密に、機械と一体化でもしない限り、こんな動きができるとは思えなかった。
「よくも……ジンを傷付けたなぁぁぁ!!!」
力強く剣を握り締め、全力の一撃を放ち、Pohの下半身を切り離す。
ポリゴンと化して消え去ったPohの下半身には目もくれず、ユウキは愛剣マクアフィテルを振りかざし、Pohを切り裂く体勢を崩さない。
「これで………これで!終わらせ――――」
「やめろ、もうこれ以上はいいんだ。ユウキ」
「ジン!?」
先程、俺は急いで回生結晶で両足を復活させていた。
ユウキに駆け寄り、剣を握る腕を抑える。ユウキは驚いたようにこちらを見ると、腕の力を抜いた。
「だ、だって……こいつは………」
「いいんだ。助けてくれてありがとう、ユウキ。お前はこれ以上、戦わなくていいんだ」
「ジン……ジン………」
腕をだらんとぶら下げ、握っていたマクアフィテルもその手から零れ落ちる。
迷子の子供が親を見つけた時のように、俺の背を必死に握り締め、持てる力全てで俺を抱きしめるユウキは、頭を強く胸に押し付け嗚咽を零し始めた。
無理させてしまったな………すまなかったな………
内心を吐露するようにユウキを優しく抱きしめる。
「Poh」
「んだってんだよ」
「俺はお前との決闘に敗北した。だが、この戦は、俺達の勝ちだ」
周囲を見渡してみると、乱闘は鎮圧されており、残党を拘束、連行するところが見えた。
もう潜んでいた者たちも全て捕縛されているだろう。
Pohもまた、周囲の状況を確認したのか、溜息を一つ吐いて、全身の力を抜いた。
「ッチ、クソが」
こうして、ラフコフ掃討戦は死者を出すことなく終幕を迎えた。