ソードアート・オンライン 幻影の暗殺者   作:双盾

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肝の冷える日

「ナイスチャンス」

 

パシャッと、フラッシュがたかれた。

幸い、ユウキは起きなかったものの、不意打ちだったために目が眩んだ。

ミーナの手に握られているのは記録結晶。

しかしあれは、いわばカメラのようなもので、画像としてしか保存できない上に一枚しか保存できないという物であった。

けれども保存された画像は、立体映像としても投影できる。中途半端に優れた結晶だった。

ようやく結晶が手に入れられるようになったので、記念に実費で購入したものだが、何故彼女がそれを持っているのだろうか?

まあそれはいい。

問題なのはこの場面を撮影されたことだった。

ユウキを膝枕し頭を撫でるところを撮影、記録され、もしもユウキの前でそれを投影されでもしたら俺の黒歴史がまた一つ増えることになってしまう。

ゆっくりと左腕をミーナに向ける。

 

「それを渡せ」

 

ユウキが寝ているので大きな声は出せないが、声量は無くとも殺気は伝わっている筈だ。

しかしミーナは

 

「やーだよっ」

 

結晶を握り締めたまま逃走してしまった。

宙に伸ばした手を握り締め、怒りを込める。

あ、あの女ァ………!!!

恐らく俺はしてはいけない顔(比喩ではない)をしていることだろう。

握り拳は硬く、それでも溢れ出る怒りは震えを引き起こした。

 

「んぅ………うにゃっ!」

 

不意に、ユウキが呻いたかと思うと、怒りに震える俺の左腕に抱き着いてきた。

予想もしない方向からの接触に、一瞬身体は強張り、ビクンと反応してしまう。

しかしユウキは起きていないのかまたスゥスゥと吐息を立てはじめる。

この愛らしい行動に俺は打ち抜かれ、しばらく悶えた。

つい魔がさして、少し意識を左腕に集中させると、やはり確かに柔らかい女性の証が―――――

 

「………ッチ」

 

俺は一体何をしているんだ。

ギルドメンバーに、こんな年端もいかない少女に、純粋なユウキに俺は何て汚らわしい己の欲望をぶつけようとしているんだ!!

某巨人化能力を持つ駆逐系男子のように右手の肉に噛みつく。

圏内ゆえにHPは減らないが、鈍い痛みは感じた。

煩悩を駆逐してやる!!俺が!!この手で!!(黒歴史確定)

 

「じん……えへへ……あったかいやぁ………」

 

すまない……俺は……やっぱり……煩悩には勝てなかったよ………

あと一歩間違えれば流血(鼻血)モノなほどの可愛さの不意打ちに、俺は思考を強制的に停止、再起動させられた。

と同時に先程までの己に対する罪悪感が襲う。

 

「俺は……ホントにダメな男だ………」

 

「そんなこと………ないよぉ………」

 

起きているのかと思ったが、まだ眠っているらしい。

眠っていても、ある程度の言葉は聞こえているのかもしれないな。

ユウキは口をモゴモゴさせ、少ししてまた口を開いた。

 

「ジンの…おかげで……私も……ここまでこれた……ありがと………すぅ……」

 

ユウキ……

ありがとう。その言葉は、いや、お前の言葉はいつも俺を助けてくれる。

本当に…ありがとう。

 

 

 

 

 

 

しばらくの時間が経って、俺達を見る仲間の目もだんだん暖かくなってきた頃。

 

「……うにゅ?」

 

ユウキが起きた。

………………起きた。

 

「おはよう、ユウキ」

 

「……………」

 

起きてまず見るのが真正面にある俺の顔。

そりゃ驚きもするだろう。

ユウキはフリーズしていたが、ハッと我に返ったのか顔を真っ赤にして勢いよく起き上がった。

そしてゴチンと

 

「あいったぁ!?」

 

「ね、寝起きの頭突きとは、な……ってて」

 

ユウキの顔を覗き込むような体勢の俺の額にユウキの額が激突した。

ダメージは入らないが鈍痛はする。

美少女からの頭突きは中々得られる経験ではないだろうけれども、頭突きされたからといっても俺はそんな特殊な性癖は持ち合わせていない。

ストレージからいざと言う時のために入れておいた氷嚢を二つ取り出す。

 

「ほれ」

 

ユウキに一袋投げ渡すと、俺も自分の額に氷嚢を押し付ける。

袋越しの冷たさが心地良い………

 

「あ、ありがとぅ……」

 

尻すぼみになるユウキの発言は辛うじて聞き取れたが、ユウキは額だけでなく顔までもが赤くなっていた。

 

「…………」

 

しかし氷嚢を手に持ったまま俯き動かないので、どうした?と顔を覗き込む。

ひゃわっと可愛らしい悲鳴を上げてソファの端に退いたユウキ。

やっぱりまだ具合がよくないのだろうか?

 

「本当に大丈夫か?」

 

「だだ大丈夫だってば!」

 

「顔も赤いし、体調が悪いなら無理しなくても―――――」

 

「ちょ、ジン!?ち、近い―――――うわぁ!?」

 

ソファの端から更に下がろうとしたユウキが、転げ落ちそうになる。

間一髪のところで腕を掴み引き寄せ、落下を防ぐが、引き寄せた力が強かったのか今度はユウキが俺に向かって倒れてきた。

けれども同じ失敗はしない。

氷嚢を額から離し、手に持ったままユウキの抱きとめる。頭をぶつけないように体の位置を調整するために。

 

「ひやっとしたな」

 

全身から汗が噴き出るのをあそこまで鮮明に感じられたのは生まれて初めてだったぞ。

ふと、俺の胸元にいるユウキが何もしゃべらないことに気付き、声をかける。

 

「………うん?ユウキ?どうした?」

 

「え、あ、あう………」

 

短い、単語ともよべない言葉の切れ端の数。

ユウキは気絶こそしていないが混乱しているのか目をグルグルと回している。

気絶しないのはこちらの精神衛生上はいいのだが、本人は一体どちらが良かったのだろうか?

気絶できずに混乱し続けるのは辛いと思うのだが………

そんなことを考えながらユウキの反応を見ていると、ユウキに変化が現れた。

 

「ぼぼぼボク今ジンに抱き着いてああ暖かさとか臭いとかもももうあたあた頭がどどどうにかなっちゃいそううでででで」

 

「!?」

 

壊れたロボットのように、あるいは混乱したリポーターのように早口で自身の状況を、まくしたてるように口走るユウキ。

聞いているこちらが恥ずかしくなりそうだ。

顔が赤く熱を帯びるのが分かる。

誰かに聞かれる前にこの暴走を止めないと俺もユウキも新たな黒歴史を生み出すことになってしまう。

 

「落ち着けユウキ。色々と漏れてるし口走っちゃアカンことを口走ってるから」

 

「ぇあ…………ぁ、ぁぁぁあああああ!?!?!?」

 

俺の発言に自分の行動を思い返したのか急激に顔を赤くしながら羞恥の叫びを上げる。

安心しろ、その羞恥は俺も良く分かる。何故なら俺も恥ずかしかったからな。

この叫びに何事かとギルメンが集まる足音が聞こえる←聞き耳スキルの影響

急いで対処しなければならないが、ここまで近付かれてしまうと最早口での説得は不可能とみる他無い。

ここは強引にでも何とかせねば。

 

「ユウキ、まだ体調悪いんだな!!」

 

「え、そんなことは――――」

 

「悪いんだろ!!まだ寝とけ!!」

 

「ちょ、ひゃっ!?」

 

乙女の頭を掴むのは男としてあるまじき行為なのは万も承知だが、今だけは許してくれという謝罪の気持ちを込めて両手で掴む。

そしてその手を己の太腿に動かす。

直後、バゴォォン!!と扉を破壊しながら完全武装したギルメンが入ってきた。

先陣を切って入ってきたガルドが声を荒らげる。

 

「何があった!?」

 

「すまないなガルド。驚かせた。ユウキが起床一番に俺の顔を見て驚いただけだ、な?」

 

「う、うん。ご、ごめんね?」

 

以前知ったことだが日本語は一文字の単語だけで日とも黙らせたり、従わせたりすることのできる場合がある。

例えば今回のように『な』の一文字で人を従わせるなど。

ほかにも憤怒を込めて『あ』を発言すると即座に黙らせることができる場合があるらしく、更に濁点を付けると一層の効果が見られることも身を持って体感したことである。

自体を察した(というか察させた)ユウキも俺に合わせた発言をする。

俺達の言葉に皆は体の力が抜けたのか、装備を解除にそれぞれの持ち場にもどっていく。

 

「そうか、ならいいんだが……何かあればすぐに言ってくれよ。仲間、なんだからよ」

 

「分かった。困ったら声をかける」

 

「おう、それじゃぁな」

 

そしてガルドもまた持ち場に戻っていく。

扉が壊れてしまっているが、まあ見える範囲からは誰もいなくなった。

索敵スキルを使っても付近に反応は無い。

 

「「はぁぁぁぁぁぁ………」」

 

今回もまた先程よりも更に肝が冷えたが、無礼をして何とか乗り切った。手汗凄いし顔も額には汗が滲み玉となって筋を作る。

それはユウキも同じようで、呼吸は大きく早く、首元を手で仰いで風邪を送っている。

ふと顔を見ると、同じタイミングでユウキも俺の顔を見ていて、それが何故か面白くて二人して笑ってしまった。

 

「こんな二連続で肝が冷えるなんてもう味わいたかないな」

 

「そうだねぇ~……あ、ボクもう起きるよ」

 

「お前はもう少し寝てな」

 

何で?と純粋な疑問の表情を向ける。

……これを言うのは気恥ずかしいが、まあ隠すのは無しにしよう。

 

「お前がここでそうしてくれてると……その、何だ、俺が落ち着くんだよ」

 

だから寝とけと目を逸らして頭を撫でてやる。

俺の顔はきっと赤くなっていることだろう。

すると、顔を見ていない所為でその表情は分からないが、ユウキの小さな笑い声、いや微笑と言うべきかというほど小さなユウキの笑う声。

ユウキは体から力を抜いて俺の太腿に頭を下ろす。

そして嬉しそうに言った。

 

「なら、もうしばらくボクはこうしてようかな~?」

 

「そうしてくれ」

 

「うん!」

 

優しくユウキの頭を撫でる。

いくら触っていても飽きの見えないユウキの髪を掌に感じながら、俺はしばらくの間をユウキを膝枕して過ごした。


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