黒猫団ホームに帰り、元ジンの部屋へと駆け込む。ここは俺の部屋と化しているが、ケイタの許可が下りているので問題は無い。
返る途中で黒猫団とメッセージのやり取りをしていたので、メンバーの出迎えが無いことに疑問をもなたかった。
サチはユウキの看護、ケイタ達男衆はユウキ用のスープの材料調達に出ている。
ベットの上で渡された紙を見る。
全てで8つあるPKギルド、その内すでに2つは赤線で消されている。しかし赤線が引かれたギルドは聞いたことのないギルドだ。恐らく規模の小さいギルドや戦力の低いギルドから消していくつもりなのだろう。
PKプレイヤーもしくはPKギルドに所属となっているのは全員で183人。その内15人が、ジン率いるPKKギルドによって殺されていることになる。
「どうしてなんだろうな」
ジンのやっていることはある意味プレイヤーの、間接的な望みを叶えているわけだ。攻略の阻害要素となりうる存在を排除しているのだから。
けれど俺達はそれを認められない。
人を殺すことはそんな許されるようなことではないから。
しかしそれで助かった命があるのもまた事実だ。
俺達は救われた者を見ていないのに、ジンの行った行動ばかり非難している。
「間違っているのは、案外俺達の方なのか?」
都合のいいようにしか見ていないのは、俺達だ。それだけはどう言い換えても変わらない事実だ。ジンがすべて悪いわけでは無い。
理解はできている。
ただ納得はできない。
「…………」
社会を知らないからなのか?
人の残酷さを知らないからか?
「…………」
考えたって答なんか出ないことは分かっている。
なら、行動するしかない。それしかできない。
俺は明日からのレベリングに、ジンとの邂逅に備えて布団に潜り目を瞑った。
暗闇の中で誰もがボクから離れていく。
家族が、友達が。知る人も知らない人も、皆離れていった。
離れていく人たちは、暗闇に飲まれて消えていく。
1人また1人、暗闇に消えていく。
暗闇の先には何も見えない。けれども本能的に理解する。
暗闇の先にあるのは死。あるいは虚無。
ふと自分を見る。
この目が映したのは、SAOをプレイする直前の自分。
そしてその自分もまた、暗闇へと足を進める。
足から少しずつ闇に飲まれていく。
体の半分が暗闇に消えた所で、自分が向かう先を見て、死を直面して、生まれた感情それは―――――
死への恐怖。
「っ!?っ!!!!」
叫ぼうとした。逃げ出そうとした。
しかし
声が出なかった。足が動かなかった。
闇が体を飲み込み、体より上、首しかもう残っていない。
少しずつ虚無へと飲み込まれて、消し去られてしまうような恐怖と、喪失感と―――
もう助けを呼ぶ声を出すことを、逃げることを、考えることすら、放棄した。
ただ涙が零れる。
顔が半分飲み込まれて、目を閉じた。
「(ここまで、なんだ…………)」
諦めた刹那
後ろから誰かが近付いてくる音がした。
駆け寄ってきた誰かが、暗闇に両手を沈めていく。
「(この人も、消えてなくなるのかな…………)」
が、予想に反してその人は、そこで立ち止まって
ガッ
暗闇に沈んだ自分(ボク)を、同じように沈めた両手で抱きしめた。
そしてそのまま自分を暗闇から引きずり出した。
解放感を感じた。
瞬間、暗闇が形を変えて、自分を狙ってきた。
体はまだ動かない。
「(もうダメなんだ。助かる訳ないんだ)」
けれど己を武器と化した暗闇が自分を貫き、切り裂くことはなかった。
ギィン!!
「えっ?」
目の前で火の粉を散らしたのは、鋭い凶器となった暗闇と、その軌道を歪めるように振り上げられた小さな剣だった。
それでも暗闇は止まることなく、雨のように隙間ない逃げ場のない連撃を放つ。
けれど剣が、その全てを弾いていく。
暗闇が、少しずつ小さくなっていく。
攻撃する度に、剣で弾かれるたびに、身を削られるように小さくなっていく。
剣を振って自分を守ってくれる人が振り向いて、そこには自分の探していた顔があって。
その口元が動いた。
「諦めるな。お前ならやれる」
笑顔でそう言ってくれた。
そして暗闇へと向き直りった。
「おおおおおおおおおおおお!!!!」
雄叫びをあげて暗闇へと向かっていった。
暗闇は標的を変えて、無数の、高速の攻撃を浴びせようとしている。
ボクは手を伸ばして叫んだ。
「行かないで!!!」
「きゃっ!?」
近くで女性の悲鳴が聞こえた。
もう視界に暗闇は無い。
悲鳴の方向を見るとそこには尻餅をついたサチがいた。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
息が上がっている。
見回すと黒猫団のギルドホームの自分の部屋のベッドの上だと、先程まで見ていたものは夢なんだと理解した。
「ユウキ?大丈夫?」
「さ、サチ。おどろ、かしてゴ、メンね」
切れ切れの息で言葉を紡いでサチに謝罪の言葉をかける。
自分の手が視界に入る。
手の甲には汗が玉になって、布団へと落ちてシミを創る。
首を触ると、掌には水に浸したかのようにビョッショリと濡れていた。
体を見る。服はサチが服を変えてくれたのか自分のパジャマになっていたけれど、汗で濡れて肌にぴったりとくっついている。
「とりあえず着替えないと…………その前に体拭かないとだから服脱いだら後ろ向いて」
「う、うん」
何だろう。まだ学生って聞いてるけど、学生というよりはお母さ
「どうしたの?早く脱いで」
「は、はい」
ビックリした~。心でも読めるの?と心の中で言いながら服を脱ぐ。
汗で濡れたパジャマをサチに渡して後ろを向く。
するとタオルを手渡された。
「前はユウキが拭いて。私は後ろを服から」
渡されたタオルで腕や首などを拭いていく。
しばらくするとサチが尋ねてきた。
「ねえ、その……言いたくなければ言わなくっていいけど、どんな夢を見てたの?」
「…………」
「言いたくなければ――――」
「居なくなっていくんだ」
「え?」
聞き返してくるサチ。
ボクはもう1度言った。
「皆がボクの近くから離れて、いなくなるんだ」
「…………」
「暗闇に皆消えちゃうんだ。暗闇はあの世だって何でかわかるんだ。でも何でかボクも暗闇に進むんだ。暗闇に半分くらい飲み込まれたところで突然怖くなるんだ。死ぬのが怖いって。死にたくないって。でも逃げられなくて、声も出せなくて。もうダメだって諦めちゃいそうになった、ううん、諦めてた。そこをジンが助けてくれたんだ。『諦めるな』って。そしたらボクを攻撃してきた暗闇に突進していったんだ。ボク、ジンが死んじゃうって思って『行かないで!!』って叫んだところで目が覚めちゃったんだ」
「ユウキ……」
ボクはまだ続けた。
「安心したんだ。ジンに抱きしめられて。助けられて。でもジンが暗闇に向かっていった時にさ、ジンが死んじゃうって、怖くなっちゃったんだ。ううん、今も怖い。いつかジンが夢みたいに物凄い強さの相手に向かっていって、死んじゃうんじゃないかって。そしたら考えただけで怖くなって、でも、でもっ!!」
「ユウキ」
ふわり
サチがボクを抱きしめてきた。
抱きしめたまま、サチが言った。
「大丈夫。ジンは生きてる。ジンが危ないことをしてるから、ユウキはそれを心配して怖くなってるだけ。大丈夫。ジンは強いこと知ってるでしょ?だから大丈夫。
だからユウキは強がらなくていいの。泣いてもいいの。ここには私以外誰もいないから」
「サチ、ち、がうんだ。違う…んだ。ぼ、ボク………ホントは」
「無理に言わなくていいの。言いたいと思った時に、言える相手に言えばいいの」
「さ、サチ…………う、うあああああああ」
ボクはただ泣いた。
何に泣いているのかも分からないのに、ただ泣いた。
そんなボクをサチはずっと、泣き止むまで抱きしめていてくれた。