ここまで読んでくださった方に心からの感謝を……
今回で0章は最終話、1章に繋がる形となる今回の話になっています。
では、どうぞです……
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短編エピローグ4『アコガレの高校生』
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「正ちゃん~~!! 聞いてるの~~~!?」
「ほ、ホントごめんなさい、穂乃果ちゃん……」
「正ちゃん、ことりは本当に心配したんだよ……?」
「ああっ、泣かないでことりちゃん! ごめんね、ホントごめんね……!」
「正也――少しは、私達の気持ちも考えてください……」
「はい……反省してます……」
――突然ですが僕は今、いつも遊んでいる公園の中で、穂乃果ちゃんたちに絶賛叱られ中です。
その原因というのも、
『えーーー!? 正ちゃん、大丈夫!?』
『わ、わぁ……! ど、どうしよう、正ちゃんが死んじゃう~~!』
『―――っ!?』
――という風に、穂乃果ちゃんと、ことりちゃんと、海未ちゃんの三人にそんな風に大騒ぎされ、その後、僕はものすっごく三人に怒られてしまったのだ。
そして、そのお説教は学校が終わった後の放課後にまでもつれ込んで、今に至っている。
「もう正ちゃんは……次からはやめてね!」
そんなこんなで、公園で正座をし穂乃果ちゃん達に怒られ続ける事約一時間が経ち、ようやく僕を許してくれる気になったようで、穂乃果ちゃんは僕にそう言った。
「はい……気を付けます……」
そう言って、痺れた足で立ち上がりながら僕はこの時誓う。
次からは、なるべく穂乃果ちゃんたちに心配をかけないようにしようと……
僕がそんな決心をした時、不意に僕の足元にボールが転がってきた。
そのボールを僕は反射的に拾ったその時――僕の耳に、遠くの方から女の人の声が聞こえて来た。
「ごめんねー! そこのボール、良かったらとってもらっていいー?」
僕はその声に反応してそっちを向く。
するとそこには、
そして、そのお姉さんは僕の方まで息を切らせながら走ってくると、綺麗な笑顔で僕に向かって微笑んで、両手を僕の方に伸ばした。
「はぁ……はぁ……ボク、拾ってくれてありがとっ! おねーさんに、それ渡してくれるとうれしいなぁ~?」
「――――っ! ……は、はい、どうぞ……」
僕はそんなお姉さんの笑顔のあまりの綺麗さに、お姉さんの顔をボーっと見つめながらボールを両手に持って渡した。
き、綺麗なお姉さん……! あ、お名前聞いたら教えてくれるかなぁ……?
あっ、そうだ、人に名前を聞くときは、まずは自分からって言われてたっけ……ようし、まずは自己紹介をして―――
と、そこまで僕が思って口を開きかけたその時――僕の頭に三方向から衝撃が加えられる。
「むっ……! てい!」
「―――えいっ!」
「―――せい!」
気付けば僕は、穂乃果ちゃんとことりちゃんと海未ちゃんに同時にチョップされていたのだ。
いたい……! ま、まだ怒ってるのかなさっきの事……?
僕は、そう思って涙目になりながら頭を押さえて、三人の方を見る。
すると三人とも、さっきまで僕を怒っていた時と同じような――いや、もっと不機嫌になったような表情で僕の事を見ていた。
あわわわわわ……やっぱり三人とも怒ってるよ!? なんで? さっき許してくれたんじゃないのっ!?
「あ、あははは……ごめんね、ボクも大変だね、頑張ってっ!」
その様子を見て、何か察したような表情になりながら、僕にエールを送ってボールを受け取るお姉さん。
すると、お姉さんの後ろの広場の方から元気な声が響く。
「「「「おねえちゃーーん! はやくーーー!」」」」
するとそこには、幼稚園ぐらいの子供たちが沢山いた。
その顔はみんな、このお姉さんが戻ってくるのを心待ちにしているといったように、楽しそうな表情をしている。
「はーい! みんな待っててねーー!! ――ごめんねみんな、邪魔しちゃって……じゃあね!」
そう言って、
ああ……きれいで、優しそうで、いいお姉さんだったなぁ……
僕はそんな風に思いながら、お姉さんの去って行った方向を見つめていたのだった。
「あ……やっぱり、あの人オトノキのお姉さんだ!」
お姉さんが去った後、穂乃果ちゃんは急に気が付いたかのようにそう言った。
オトノキ……? あ、もしかして“
結構ここから近くの高校で、ことりちゃんのお母さんが、りじちょー……? って言う、なんか難しいことをやってる所だったような……
「ああ……やっぱり大人っぽいなぁ……すごいなぁ……。
穂乃果、絶対大きくなったらオトノキに行って、あんなお姉さんになるんだぁ……えへへ……!」
穂乃果ちゃんは、さっきのお姉さんが去って行った方向を見ながら、目を輝かせてそう言った。
ええ……? 穂乃果ちゃんがあんな風に、大人っぽい綺麗なお姉さんになるなんて想像つかないような……?
――と、僕は少しだけそう思ったけど、それを言ったらまた穂乃果ちゃんに怒られるような気がして、口には出さなかった。
「うん! ことりもあんな風になりたいな……」
「はい、私も行くとするならそこが良いですね――」
そう言って、ことりちゃんと海未ちゃんも穂乃果ちゃんの言葉に同意する。
高校生かぁ……!
きっと、さっきの綺麗なお姉さんに負けないぐらい、キラキラしたカッコいいお兄さんがいっぱい居るんだろうなぁ……! だったら僕もその頃には、カッコいい男になれてるんだろうなぁ……!
僕はまだ見ぬ高校生活にそんな遠い憧れを抱いて、海未ちゃんとことりちゃんに続くようにして口を開いた。
「うん! じゃあ、僕も穂乃果ちゃんたちと一緒にオトノキに――――」
僕はそう元気よく穂乃果ちゃんたちに言おうとして……その後の言葉が続かなかった。
―――理由は簡単、思い出したからだ。
穂乃果ちゃんの言う音ノ木坂学院が、
「あ………」
言葉に詰まった僕を見て、穂乃果ちゃんはまるで気づいてはいけないような事に気づいてしまったというような表情で僕の方を見る。
海未ちゃんとことりちゃんも、そんな穂乃果ちゃんの様子を見て察したのか、何かに気が付いたような表情になって二人で顔を見合わせた。
勿論頭の中では、僕たちがいつまでもずっと一緒に居られるなんて事があり得ないって事ぐらいわかっていた―――わかってるつもりだった。
でも、その事実をこんなに早く実感するなんて、僕は思っても見なかったのだった。
「だ、大丈夫だよ! 正ちゃんはイザとなったら女の子になれば良いんだよ! 大丈夫、正ちゃん可愛いから絶対バレないもん! そうしたら穂乃果たちと一緒にオトノキに行けるよ!」
「そうだよ正ちゃん、大丈夫っ! ことりが、お母さんに頼んでみるから……」
「――穂乃果は無茶言わないで下さい。
そして、ことりはそんな無茶なお願いをしたらお母様を困らせてしまいますよ?」
「で、でも正ちゃんが……!」
「海未ちゃん……でもぉ……!」
海未ちゃんの言葉に、涙目になる穂乃果ちゃんとことりちゃん。
そして、海未ちゃんは冷静そうにそう言っているけど、その表情は悲しい顔をしている。
僕はみんなを見ながら、みんなの為に今から無理をすると決めた。
「ううん……大丈夫だよみんな! もし違う高校に行ったとしても、僕たちはずっと友達でしょ!」
本当は泣きそうになる気持ちをグッと堪えながら、僕は笑顔で穂乃果ちゃん達にそう言う。
――嘘だ。絶対みんなと離れたくなんてない。
でも、そう言わないと穂乃果ちゃん達が泣いちゃいそうだから……僕は精一杯の見栄を張る。
「それに――今は女の子しか行けない所かもしれないけど、僕たちが高校生になる時には男の子だって行ける所になるかもしれない!
もしそうなったら―――僕も絶っ対に、穂乃果ちゃんたちと一緒にオトノキに行くよ!]
僕は精一杯強がった勢いのまま、まるで夢物語のような未来の話をする。
もしかしたら、こんな夢物語のような話でも、口にすることで本当の事になるかもしれないっていう願いを込めて――
「――うんっ! そうだよね正ちゃん!
大丈夫……絶対正ちゃんも、オトノキに通えるようになるよ!
だって、あんなすてきな所なんだよ……男の子が行けないなんて、絶対もったいないもん!」
そう言うと、穂乃果ちゃんは何かを吹っ切ったような笑顔で笑った。
その言葉を聞いたことりちゃんと海未ちゃんの表情は、さっきとは違って少し明るさが戻ったような気がする。
何とか、みんなを元気づける事が出来たかな……?
「よし、穂乃果ちゃん! 今日は何して遊ぶー?」
僕は暗かったさっきまでの雰囲気を振り払うつもりで、穂乃果ちゃんに向かってそう言った。
すると穂乃果ちゃんは、いつものように笑って僕の提案に賛成した。
「正ちゃん良いこと聞いてくれました……!実は今日はね、穂乃果が考えた新しいスポーツがあるんだよ!みんなでやろー!」
「えーなになに穂乃果ちゃん?」
「よし、今度は負けませんよ……!」
そうして僕たちは、いつものように遊び始める。
その“いつか”が、いつ来るのかは分からないけど……でも、今この瞬間がやっぱり一番大事だから……今からそれを気にしてちゃもったいないもんね! だから遊ぼうみんな!
―――そして、もしその時が来たって……僕たちはきっと友達だから。
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短編エピローグ5『バレンタインデーのお返しは……?』
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「お父さん! たっだいま~!」
今日は2月14日。
僕は学校から家に帰って、家の居間でテレビを見ていたお父さんに向かって笑顔でそう言った。
「おいおい正也、どうしたんだ?」
「えへへへへ……どうしてか聞きたい?」
学校が終わって穂乃果ちゃん達と遊んで家に帰った僕は、家の居間でテレビを見ていたお父さんに対して嬉しさを隠しきれなかった。
僕は笑顔で、手に持ったオレンジ、青、白のそれぞれ三色の可愛い包装に包まれた三つの小袋をお父さんに見せる。
「おお! そう言えば今日はバレンタインだったな、今年も穂乃果ちゃん達からか――良かったな正也……って、今年は三人とも手作りか!?」
「うん! 去年はことりちゃんが手作りしてくれたんだけどね! せっかくだから今年は三人で手作りしようって話になったんだって!」
僕は自慢するような気持ちで、三人から手作りのチョコレートを貰った経緯をお父さんに話す。
――うん、本当に嬉しい!
だって“バレンタインデー”って……『友チョコ』ってテレビでよく言ってるし、きっと、男の子と女の子の間の友情を確かめ合う日の事……なんだよね? うん、きっとそうだ。
それをまさか、みんな手作りしてくれるなんて……!
きっとこれは、僕たちの間の友情がより強くなったってことで良いんだよね!
やったーー!!
「ああ……うん。とりあえずお前がこのことをよく理解していないことはよくわかったわ……」
お父さんはそんな風に喜ぶ僕の様子を見て、呆れたようにしてそう言う。
お父さんが何を言いたいのかはよくわからなかったけど、でも僕はそんなお父さんに相談したいことがあったので、その疑問は気にしないことにした。
僕はお父さんの顔を真っ直ぐ見て言う。
「――お父さん! 今年は僕もホワイトデーのお返しは手作りしたい!
三人に何を作ってお返ししたらいいの!?」
そう、僕はこのチョコを貰って嬉しい気持ちを、同じぐらいにして三人に返したいって思ったんだ。
僕は今まで穂乃果ちゃん達に助けられてばっかりだった自分が、初めてみんなを助けることが出来たあの日から、不思議とこう考えるようになった。
―――誰かに何かをして貰ったら、僕も同じくらいその人に何かを返したいって。
だからお父さん……是非とも僕に『カッコいい男』としてのアドバイスを!
「…………よし、とっておきを教えてやるよ正也!」
「うん!」
しばらく黙った後、そう言って自信満々に言うお父さんに、僕は期待してお父さんの次の言葉を待った。
そんな自信満々のお父さんが、僕に言ったアドバイスはこうだった。
「―――キャンディー作れ!」
「キャンディー……?」
そのアドバイスの内容を聞いて僕は、それを信じられずに思わずお父さんにそう聞き返した。
いつもは、バレンタインデーのお返しのホワイトデーに、お母さんと一緒に洋菓子屋さんで選んだクッキーを買ってプレゼントしていたので、キャンディー……というか、飴をお返しする発想が無かったからだった。
「お、不思議そうな顔をしてるな正也……そんなお前に教えてやるよ!
実は、ホワイトデーのお返しをする物には“意味”があってな……」
お父さんはここで言葉を区切って僕に向けてビシッとを指さす。
「バレンタインに手作りのチョコを貰った相手に、ホワイトデーでキャンディーを送るという事それ
だから穂乃果ちゃん達全員に、真心こもった手作りのキャンディーを送れば、きっとお前と穂乃果ちゃん達は
その言葉を聞いて僕は、頭に雷を受けたかのような衝撃を受けた。
さ、さささ最上級の……友情っ……!? なんて素敵な響きなんだろう……!
こうしてはいられない……早くキャンディーを作らなくちゃ!
「―――って、な~んてな! 引っかかったか正也? 今のは全部冗談だ……っておいどこ行く!? 待てよ正也ぁぁーー!!」
「おかーさん! 僕にキャンディーの作り方教えてーーー!!」
僕はもう居ても立っても居られず、父さんが何を言ってるのも聞かずに台所に居るお母さんの元まで駆け出した。
何か父さんが言ってるような気がしたけど、きっと今の僕には何も関係がないことだろう。
だって今の僕にとって一番大事な事は、どうやってキャンディーを作るかっていう事なんだから……!
―――ヒュゴッ!
――と、僕はそう思ったその瞬間、僕のすぐ真横を
そして僕の真横を高速で横切った四角い物体は、お父さんの頭の額のど真ん中に轟音を響かせながら見事に命中する。
「――ゴァッ!! あ、頭に……!
ひ、ひかり………! 人体解剖学の本投げるの反則っ……! 冗談、冗談だって! 正也が素直だったからついイタズラ心が……!」
「
正也を三人同時に“好きです”って告白させるような、軽薄な子に育てるつもりぃ……?
弁解があるなら早めにどうぞ、じゃないと次は“痛い”どころじゃすまない一撃を叩き込むわよ……?」
「すまーーん! 俺が全面的に悪いッ! 謝るからその本だけはやめてくれぇぇぇーー!!」
キッチンの台所から、次弾装填とばかりに分厚い“医学事典”の本を握りしめながら修羅のオーラを
「お、お母さん……?」
僕はお母さんのあまりの迫力に、恐る恐るそう言ってお母さんの様子を窺った。
「ごめんね正也、お父さんはちょ~っとお茶目が過ぎたから、お母さんがきっつ~いオシオキしただけなの、気にしないでね」
そんな僕を見て、お母さんは優しくそう言った―――つもりなんだろうけど、優しい声色でも、お父さんに厳しい目で
「そんな…………じゃあ、最上級の友情は……?」
でも僕は、そんな怖いお母さんが言った事があまりにもショックで、恐る恐るそう聞いた。
そしたらお母さんはしゃがんで僕と同じ目線の高さになると、今度は本当に優しい顔になって笑った。
「正也、確かにそれはある意味間違ってはいないんだけどね……でも、三人にキャンディーを送るのは逆に怒られちゃうのよ?」
「そう……なの?」
「うん―――でもね、もし正也が三人のうち誰か一番大切な子を一人だけ選んでキャンディーを送るって言うなら、お母さんは応援するわ。
それだったら、キャンディーの作り方だって教えちゃう! ―――どうかしら?」
―――僕は、お母さんのそんな優しい問いかけに
「ううん、だったらいいよ。
だって……三人とも一番大事な友達だもん!」
迷わず笑顔でそう返した。
「そっかぁ―――うん、まだ“そういうの”はよく分からないよね、いい子だよ正也。
今、心に思ったその気持ちを大切にしてね。
それさえ出来たら、例えこの先どんな事があっても、穂乃果ちゃん達とずっと仲良しで居られるって、お母さんが保証するわ。
見返りなんて求めなくてもその相手に尽くせる気持ち――それこそが“絆”。
その繋がりは親友や恋人……その他に存在するどんな繋がりの中でも、もっとも強くて尊いモノなんだから―――」
僕の言葉を聞いたお母さんは、優しく何かを見つめるような目になりながら僕を見てそう言うと、僕の頭を優しく撫でてくれた。
お母さんの言ってる事の殆どは難しくてよく分からなかったけど、それでも、今までと変わらず、穂乃果ちゃん達が大好きな僕のままで居ればいいっていう事だけは僕でも分かった。
なんだ……そんな簡単な事で良いなら、僕にも出来そうだ。
「―――そうだぞ、正也」
するとお父さんが気が付けばこっちに来ていて、そして僕の肩に手を置き、真面目な顔で僕を見つめていた。
「正也……昔お前言ったよな、カッコいい男になりたいって。
だったら、その“絆”――大切な人との繋がりは、大切にしろ。
絆は宝だ。人との繋がりは大切だ。
家族、恋人、親友、友達――すべての人間関係は、決して
だから大切にしろ……わかったな?」
そう言うお父さんの言葉に、僕はなんでか深い説得力を感じてしまって、気付けば首を縦に振って頷いた。
ああ――やっぱり普段はふざけてる事が多いお父さんとお母さんだけど、やっぱりカッコいい時は本当にカッコいいなぁ……。
僕はそう思って、大好きなお父さんとお母さんを尊敬の想いを込めて見る。
いつか、僕もこんなカッコいい大人になれるんだろうか……?
ううん、なれるかって考えるんじゃないよね?
なれるかじゃなくて―――“なる”んだから。
僕がそんな決意を新たにしているとお母さんは、僕を優しく撫でていた手を不意に引っ込めて、僕の肩に両手を置く。
―――そして、今までの真面目な雰囲気が台無しになるかのような楽しげな笑顔を浮かべると、母さんはこう言った。
「――でもね正也。それはそれとして……ちょっとお母さんからアドバイスがあるんだけどね、ことりちゃんとは今からでも
いや、べ、別に無理にとは言わないんだけどっ!
ちょっと将来的に良いかなって、お母さん思うの! うんっ!」
――と言って僕の肩を強く掴む。
えっ……? あの、肩が痛いし、なんだか変な迫力があって怖いんだけどお母さん……?
さっきまでのカッコいいお母さんはどこに行ったの?
「おいお前も人の事言えねぇじゃねぇかっ!」
お父さんがお母さんにツッコミを入れる形で、チョップを頭にビシッと当てた。
するとお母さんは涙目でツッコんだお父さんを軽く睨みつける。
「いった~い! 響也、何するのよ!?
正也も今のところ決まった子が居ないみたいだから、さりげな~く、ことりちゃんを薦めておくぐらいはいいじゃない!?」
「いや……今のでさりげなく薦めてるつもりだったとか、ひかりの感性に俺びっくりだわ。
全力でゴリ押ししてたろ今……そう言うのは、将来に正也が決めることだろ? 親が口出ししてどうする……」
「なによー! 大体ね、日与子ちゃんもこの話は乗り気なのよ?
――ってか私よりノリノリよ!? だからいいじゃない!」
「ひかり……そんなこと言うんなら俺だって、
そのまま、あれよあれよという間にお父さんとお母さんの二人の会話が始まってしまった。
――なんでいきなり、ことりちゃんのお母さんや、穂乃果ちゃんと海未ちゃんのお父さんの名前が出て来るんだろう……? それにムコって何? どういう意味なの?
そんな僕の疑問を全力で置き去りにして、お父さんとお母さんは会話を続けた。
「響也……それ本気で言ってるの!?
あ……ああ! どおりで最近、『正也君が良かったら是非ウチにまた来ない?今からでも色々
「――あんときはお互い飲んでたし、まさか本気にしてるわけないって思ってたんだけどな……でもアイツらの感じ見てたら、どうも違うみたいなんだよなぁ……困ったなぁ……
――まさか、陸太と潮がそう軽く大事な娘の将来を決める奴だったとは……」
「ねぇ、響也まさか……あなたと正也が、陸太と潮にすっごく気に入られてるって自覚ないの? 無かったとしたら、相当あなた鈍感よ?」
「あ~! うるさい! だから正也の将来に口出しすんのはやめようっていってんだよ!
まだこれ以上口出しするつもりなら、俺は穂乃果ちゃんと海未ちゃんを正也にゴリ押しすっかんな! ……あの二人に悪いし」
「確かにそれは正也の自由だけど、それでもことりちゃんを推しちゃだめっていう理由にはならないわ! だからほっといてよ響也!」
「なにっ!? だからな……」
そのまま議論が白熱するお父さんとお母さん。
ああ、完全に僕置いて行かれてるや……こうなったらもう、僕の今までの経験からいくとあと一時間は続きそうだ。
もうホワイトデーはクッキー作ることにして、宿題でもしとこうっと……
僕はそう思って、まだ言い合いを続けるお父さんとお母さんを見ながら、こっそり自分の部屋に退散するのだった。
―――ちなみに、僕は近い将来、この時お父さんとお母さんが話していた内容をまともに聞かずにいたことを軽く後悔する時が来るのだが―――それはまた別の話である。
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ラストエピローグ 『続く未来へ……』
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♪~♪~
―――ピアノの音が聞こえる。
そのメロディーはずいぶんゆっくりとしていて、僕はその曲が童謡の『きらきら星』であることに気づくのに時間がかかった。
「綺麗な音だな……」
僕はそう思いながら、
僕はその子の演奏を聴きながら、ここにくるきっかけであった昨日のお母さんとの会話を思い出していた――
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『ねぇ……正也、明日の土曜日は暇だったわよね? もしよかったら、明日はお母さんと一緒にちょっと病院に来てくれない?』
――3月に入って、小学二年生の生活が残り少なくなってきた時の事。
いつも通り仕事から帰ってきたお母さんが、僕になんの前振りもなくそう言った。
確かに毎週土曜日は僕は暇な事が多い。
穂乃果ちゃんはお店のお手伝いで遊べないし、海未ちゃんもその日は一日中武道や日舞の練習があるので同じく遊べない。
ことりちゃんは普段仕事で忙しいお父さんが、週に一度帰ってくる日らしいので僕の方から遊びに誘うのを遠慮していた。
結果、僕は土曜日が暇ということが多かったのだった。
『良いけど……なんで? 僕、別に体悪いところないよ?』
『いや、そう言うことじゃないんだけど……あー……これ言っちゃうと強制してるみたいで嫌なのよね……』
僕がお母さんにそう言って尋ねると、歯切れの悪い返事が返ってくる。
その様子を見て僕はピンときた。大体お母さんがこう言い出すときは、決まって何か僕にしてほしいことがある時なのだ。
『うん、わかった。じゃあ明日僕も病院に行くね!』
だから僕は、お母さんにそれ以上は聞かずに病院に行くことに決めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
そんなこんなで病院に着いた僕は、お母さんから
『じゃあみんなの邪魔にならないように気を付けてねー』
――と注意を受けた後、そのまま僕は病院の待合室に放置された。何をやれと言われたわけじゃなかったから当然暇になった僕は、暇だなーと思って色々見て回っていたら、ふと聞こえた綺麗なピアノの音に吸い寄せられるように移動してきて――今に至るといった訳だった。
それにしても綺麗な音だな……。
キラキラ光る夜空の星がこの演奏を聞いているだけで頭に思い浮かぶみたいだ。
僕の、ほぼ何も知らないに近い音楽知識(3才の頃にお父さんの真似をしてギターに触っていた)でも、あの子は上手だとハッキリわかる。
あの子は誰なんだろう……?
すると、僕のその疑問に答えるように、後ろから二人の女性看護師さんのヒソヒソ声が聞こえてきた。
「―――ねぇ、あの子また1人よ。あなた、かわいそうだから声かけてあげないの?」
「ええ~……私はいやよ。
だってあの子、ここの院長さんの一人娘なんでしょ? 何か失礼があったらと思うともう怖くて怖くて―――自分の娘に、将来継がせる予定の病院を今から見せておきたいって気持ちは分かるし、教育熱心なのは良いんだけどねぇ……」
「わかるわ……ちゃんとしっかり面倒見ておけないなら、最初から連れてこないで欲しいのよね……ああいうの見ると、正直こっちは気を使うんだから」
「――あっ、そうよ! ねぇ、今日は織部さんは?
確かあの子と仲良かったわよね? この前も楽しそうにあの子と二人で喋ってたし……」
「ああ……でも織部さんは、今月初めに忙しい所に移っちゃったからね……
もう前ほどあの子の相手はしてあげられないんじゃないかしら?」
「ええ~~困るわそれ、どうしましょうあの子……織部さん帰って来てぇ……」
「――まぁ、考えてもどうにかなる問題じゃないし、ほっておくしかないわね。さぁ、無駄話はおしまいにして、そろそろ入院患者さんの点滴を交換する時間ね、行くわよ」
「はーい、センパーイ」
すると、そこで会話を終わらせ、二人の看護師さんは何処かへと去って行ってしまった。
―――あの子、僕のお母さんと仲が良いの……?
あっ、もしかして……あの子がお母さんが前に言ってた“ピアノが上手い子”!?
僕はそう思って、お母さんがずっと前に言っていた事を思い出す。
『ね~正也、聞いて聞いて! 今日ね、お母さんすっごくピアノが上手な女の子と仲良くなっちゃった!
その子ね、正也と同い年ぐらいなのにお母さんの知らない曲が弾けるのよ? 凄いでしょ~! しかも、とぉぉ~~っても可愛いんだから! 正也にもいつか紹介してあげるね!』
僕は去って行く二人の看護師さんを見送りながら、お母さんが僕に何を頼みたかったのかを、そしてその願いをどうして口に出さなかったのかを、ようやく理解した。
―――正也……急にこんなこと頼んじゃって悪いけど、よかったら、私の代わりにあの子と仲良くなってあげて欲しいの……
成る程……これは言えない訳だよね、お母さん。
だって―――“友達”って、頼まれてなるものじゃないもんね。
僕は、そんなお母さんの願いを察しながら、もう一度あの赤い髪の子の方を見つめる。
すると、さっきまで輝く星のように綺麗だったその子のピアノの音が、急に寂しい音色に変わったような気がしたんだ。
「――だから、このお願いは頼まれたからやるんじゃないんだからね……お母さん」
僕はそう呟いて、自分の意志であの子と“友達”になりたいと決心する。
だって、あんな女の子見て放っておくなんて……『カッコいい男』じゃないもんね。
僕はその子に向かって歩き始めた。
あ……声かけるって決めたのはいいけど、こういう時どうしたら良いんだろう……?
変に声かけたら怪しまれちゃうだろうし……
「……!? な、なに?」
―――そんな風に考え事をしていた僕は、いつの間にかその子の近くにきてしまっていたみたいで、その子にものすごくビックリされてしまった。
「あ……ああ……ええっと……」
僕は慌てて何か言おうとするも、なかなかうまく言葉にできない。
まずいまずい、どんどんこの子がが僕を見る目が怪しい人を見る目になっているよ……こういう時って、一体どうしたら良いのー!?
いつもこういう時、自分から友達を作りに行ったりすることに慣れない僕は、どう言えば良いのか分からずに思いっきり焦ってパニックになってしまった。
するとその瞬間、僕の記憶に残っている懐かしい声が頭の中で響いた。
――――ひとりでなにやってるの?
そう、それは、僕が穂乃果ちゃんと初めて仲良くなった時の――はじまりの言葉。
そうだよね穂乃果ちゃん、友達を作ろうと思うならガンガン行かなきゃダメだよね!
「―――ねぇ、なにやってるの?」
僕は吹っ切れたような気分で、遠慮なんかなしに目の前の女の子に向かって笑顔でそう言う。
「え……? べ、別に。私はピアノ弾いてるだけよ」
女の子はそう言うと、もう話は終わりとばかりにまたピアノに向かってしまった。
でもここで引き下がるわけにはいかない……僕はまだ続ける。
「そうなんだ……すっごく上手だね! 僕、こんなに綺麗な音聞いたことないよ!」
「そ、そう? このぐらい……大したことないわ」
その子は僕の本心からの褒め言葉に、なんて事ないような感じでそう言うと、またピアノに向かって僕との会話を終わらせようとした。
む……むむむむむ……! 手ごわい。
ひょっとして僕、この子に警戒されてる?
僕はそう思ったけど、でもこのぐらいで諦めるくらいなら僕はここに居ない。
僕は諦めずダメ元でこう言う――
「ねぇ、良かったらもっときみのピアノ聞かせてよ! 僕………」
――しかしそう言おうとしたその瞬間、僕は言葉に詰まった。
もしかしたら――僕はこの新しい関係をきっかけにして、何か自分を変える事が出来るんじゃないのかと思ったからだった。
そうだ……勇気を出して、ほんの小さなところからでもいいから、自分を変えてみよう。
他人からしたら、『そんな小さな所から?』と笑われるかもしれないけど――
僕にとっては、お父さんみたいに……武司みたいに、カッコよくて強い男になる為の大きな第一歩だ。
少し深呼吸して僕―――いや、“俺”はこう言い直す。
「いや……俺の名前は
「―――!? 織部……? その苗字ってもしかして、ひかりちゃんの……?」
そう言ってその子は、名前を聞いてびっくりしたような表情でこちらを見る。
もしかして、ちょっと興味持ってくれたのかな……? だったらチャンスだ!
「そうそう! いつも僕の――いや、俺のお母さんと仲良くしてくれてありがとう!
俺、ずっと前からピアノが上手い親友が居るってお母さんから聞いてたんだけど、凄いね! 本当にピアノうまいねっ! だから、よかったらもっと他の曲も聞かせてよ!」
僕がそう言うと、ようやくその子は戸惑いながらもゆっくりと頷いた。
「………うん、わかったわ。でも、知らない曲でも文句言わないでよ」
「やった! 聞かせて聞かせて! そうだ……そう言えば名前聞いてなかったね、君の名前は?」
そう言って名前を尋ねる僕に、その子はピアノに向かったままゆっくりと、自分の名前を口にした。
「私の名前は………
「そっかぁ! じゃあ、真姫って呼んでいい? 真姫……演奏よろしくっ!」
「えっ……!? も、もう……今から演奏するわよ」
真姫は急に名前を呼ばれたのにビックリしたような反応をした後、そのままピアノを弾き始めた。
―――結局、この日はひたすら真姫の凄く上手いピアノの演奏を聞いてるだけで、気がつけば夕方ぐらいにまでなってしまったのだった。
こうして僕……違う、俺にまた新しく一人友達が増えた。
ほんの小さな一歩だったけど、前よりもまた少しだけ『カッコいい男』に近付けた気がして、僕――いや、俺は嬉しかった。
―――うーん、自分の事を“俺って言うのは慣れないなぁ。でも慣れるように頑張ろう。
そうするだけで、何か自分が強くなったような気がするから。
そう――こうやって一歩ずつ頑張った先の続く未来に、きっともっと『カッコいい男』になれるはずだって俺は思ったんだ。
よし、明日からも頑張るぞ――いや、穂乃果ちゃんだったらきっとこう言いそうかな。
今日も明日も明後日も、それが例え何年先の未来でも――
―――ファイトだぞ、俺っ!
以上で【第0章―小学生編】Oath in the evening は終了です。
ここまでこの0章を読んで頂いた皆様に感謝の心を……
――ではこれから正也君の物語は、この小学生時代から時計の針を7年ほど進め、中学生時代の第1章に繋がります。
なので、この正也君の成長した姿……また1章で是非見て頂けると嬉しいです
では誤字脱字や感想などがございましたら、是非お気軽にどうぞです!