それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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 お待たせ致しました。
 今回は【個人話-ことり】 Behind you (中)の続きになっています。

 そして、実はここまで書いたこのお話には、あるイメージ曲がございます。
 その曲は『スピカテリブル』 南ことり(CV,内田彩)
 です。
 なのでもし良ければ、その曲をご用意して頂けると、より今回の話を楽しんで頂けるかもしれません。

 ――では、どうぞです。





【個人話-ことり】 Behind you (下)

 

 ―――ずっと、ただの親友でいられるなら良かったの。

 

 誰も傷つかないし……そして、傷つけられることもないから。

 

 

 

 ―――恋人になるなんて……考えちゃダメな事。

 

 穂乃果ちゃんも、海未ちゃんも……傷つけたくないの。

 

 

 

 だから、二人の事を頑張って応援しようって思った。

 

 

 

 でも――それでも、想いだけは消せずに残っていて――

 

 

 

 親友で居たいのか、それとも恋人になりたいのか――迷う私の心は、まるで振り子のように止まらなくて。

 

 

 

 本当は……この想いを伝えたい……でもそのせいで、私たち四人はもう二度と元の関係に戻れなくなってしまうかもって思うと――怖くてどうしようもなくて。 

 

 

 

 そんな私の、恐れ(terrible)と迷いが交錯する――輝く、乙女座の一等星のSpica(スピカ)のような恋心。

 

 

 

 

 

 だから、そんな私の恋を言い表すなら――そう、『Spica(スピカ) terrible(テリブル)

 

 

 

 

 

 

 

 □ □ □ □ □

 

 

 

 

 

 

『今日……だよ?』

 

 

 今日の学校での正ちゃんとの別れ際……気が付けばことりは正ちゃんに向かって、そう呟いていました。

 この時、ことりは正ちゃんのどんな期待していたのかはわかりません。

 でも――もしかしたら、ことりに何か言ってくれるかも……そんな、ほんの少しの期待が胸にあったのかもしれません。

 

 でも……結局、正ちゃんは何も言ってくれなくて……。

 

 

『……ごめんね……何でもないからっ……!』

 

 

 だから、ことりは思わずそう言って、そんな正ちゃんの前からまた―――逃げてしまいました。

 

 

 

「――ことりちゃん? 大丈夫かい?」

 

「あ……漆山先輩……大丈夫です、ちょっと……考え事してただけですから」

 

 

 そんな事もあって、ことりは今現在――先輩に連れられて、ことりが興味ありそうな、洋服の生地屋さんや手芸材料展などをいっぱい紹介されていました。

 

 こういったお店で良い生地が見つかったら、ことりはつい気分が嬉しくなってしまうのですが……でも、今日はいつもと違って、学校での事を思い出して少し憂鬱になっていました。

 そのせいか、ことりは先輩に心配されてしまいます。

 

 いけない――今日で、先輩に対する告白の答えを返さないといけないのに……

 

 

「って……もうこんな時間か……ごめん、ことりちゃん。長くまで付き合わせちゃったね、今日も家まで送るよ」

 

 

 ことりが悩んでいると、そう言って漆山(うるしやま)先輩は歩き出してしまいました。

 

 ……あれ? まだ告白の返事をしていないのに、帰って良いのかな?

 

 

「ま、待ってください漆山先輩、今日で……一週間ですよ?」

 

 

 ことりはそう思って、何も聞かずにいつものように私の事を家まで送ろうとする先輩を呼び止めます。

 

 

「ああ、そういえばそうだったね! ゴメンね……あんまりにもことりちゃんと一緒に居るのが楽しかったから、ついつい一週間なんて忘れちゃったよ……」

 

 

 先輩はまるで、今気が付いたかのようにそう言って、そしてそのまま優しい笑顔でことりにこう問いかけました。

 

 

「よし……この一週間で、オレがどんな奴なのかは分かってくれたよね?

 だから、ここでオレはもう一回言うよ――ことりちゃん……好きだ、オレと付き合って欲しい!」

 

 

 その言葉に、ことりはついに先輩に答えを返す時が来た事を理解しました。

 この告白を受け入れれば、きっと先輩は、正ちゃんへの想いから――大好きな親友達から逃げたこんな弱いことりでも、優しく許してくれるのでしょう。

 そして、今日みたいに毎日ことりの事を思いやってくれて……その優しさで私の事を包み込んでくれる。

 

 それは、今のことりにはとっても幸せな事のはずで……だから、ことりは。

 

 

 

「―――ごめんなさい、私……漆山先輩とはお付き合いする事は出来ません」

 

 

 

 そんな優しい漆山先輩の想いを、受け入れる事は出来ませんでした。

 

 

 ――そんなのは……傷つくのが怖くて逃げてるだけの……ただの臆病者(おくびょうもの)の理屈ですっ!!

 ――そんな臆病者の理屈に……付き合わされている漆山先輩に、逆に悪いと思わないんですかっ!?

 

 

 海未ちゃんに言われた事が、ことりの頭に浮かびます。

 

 漆山先輩のことを、ただのことりの逃げ場所のように思ってしまいそうだったから。

 こんなどうしようもない私には、本当に勿体無い人だと思ったから――

 

 

「―――そうかぁ……ダメ、だったかぁ……」

 

 

 先輩は一瞬ショックを受けたように目を見開き、そして顔を悲しそうに俯かせつつ、そう言いました。

 

 

「ごめんなさい……!」

 

 

 ことりはそんな先輩に、必死で頭を下げます。

 先輩は、本当に今までこんな私に良くしてくれたから……だから、こんな返事を返すことになって、ごめんなさいって気持ちで一杯でした。

 

 でも、一度出した答えは撤回したくないから……先輩のことを、ことりの“逃げ場所”以上の存在に思えなかったから……ことりは“ごめんなさい”以外の言葉を言えませんでした。

 

 ことりは漆山先輩の非難の言葉を覚悟します。すると、漆山先輩は――

 

 

「――ま! しょうがないか! ありがとう、ことりちゃん……一週間楽しかったよ」

 

 

 明るくそう言って、ことりに微笑みかけてくれました。

 一週間、無駄に期待を持たせて、弱い自分の逃げ先に利用した挙句に告白の返事を断る……こんな最低な女の子に、こんな優しくしてくれるなんて。

 

 きっと、こんなに優しい先輩なら、私よりもっともっと良い女の子が見つかるはずです。

 

 

「本当に……ごめんなさい」

 

「あははは! もう良いって……でも、これからも学校で見かけたら声かけて良いかな?」

 

「も……勿論ですっ! 本当に……今までありがとうございました!」

 

 

 そう言って、告白を断った相手だと感じさせないくらいに明るく振る舞う先輩。

 本当に良い人……こんな人から好きだって言って貰えた事は、きっとことりの数少ない一生の自慢になるのでしょう。

 

 

「じゃあさ……一週間の思い出に、ことりちゃんと一緒に行きたい所があるんだけど……最後に、少しつき合って貰っちゃって良いかな?」

 

「はい、いいですよ……ついて行きますっ!」

 

 

 だからことりは――漆山先輩のその提案を、笑顔で了承しました。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「ことり……! どこだ、ことり……っ!?」

 

 

 生徒会室から飛び出した俺は、秋葉原の駅前の街を走り回っていた。

 求める人影はただ一つ……ことりの姿。

 

 しかし、探せど探せどことりの姿は見つからない。どうやら、学校帰りにあの漆山先輩に、どこかに遊びに連れていかれてるだろうという俺の予想だったが、この様子だとハズレかもしれない。

 一刻も早くことりを見つけて、俺の想いを今すぐことりにぶつけたい……でも見つからず、俺の中で焦りだけが募っていた。

 

 

 

「誰かをお探しですか!? 正也(しょうや)先輩!」

 

 

 

 そんな俺の前に、カメラを片手にハイテンションで話しかける少女が現れた。

 この憎たらしい、無駄にハイテンションな声は忘れもしない……!

 

 

「―――(あや)! なんだよお前、こんな時にっ!!」

 

「はいっ! その通りです! 自称、音中新聞部のエース記者の、御手洗(みたらい)(あや)! 特ダネ求めて今日も取材中です!」

 

 

 そう言って彩は、ビシッと俺に敬礼のポーズをとる。

 

 

「はいはい、取材中だったらさっさとどっかに行けよ、正直邪魔!」

 

「ちょっ!? 先輩私に冷たくないですか!? もっと優しくしてくださいよ~! 一度しっかり“取材”という名のお話をした仲じゃないですか~!」

 

「その取材結果で出来た記事が、『発足! ハーレム生徒会!』だった事を忘れてるな? これでも対応優しい方だっての……」

 

 

 そう言って、俺は目の前のパパラッチを追い払いにかかる。

 

 今は本当にコイツに構ってる暇は無いんだって……!

 

 すると、突然ニヤリと意味深に笑って彩は俺にこう言った。

 

 

「―――ことり先輩……探してるんですよね?」

 

「―――っ!?」

 

 

 なんで……それをっ!?

 俺は彩を驚愕の想いと共に見つめる。

 

 

「おや? そんなに驚きました? お忘れですか――噂ある所に、私あり。

 普段は新聞部の記者としての顔が見立ちますが、これでも私は噂大好き人間……持ってる情報量は舐めないで下さいよ?」

 

 

 そう言って彩は、俺のやろうとしてる事ぐらい、お見通しだという目で俺を見た。

 

 

「そうかい……噂だから今回の件にも飛び付いてきたって訳か……わかりやすい奴だな、お前も」

 

「大正解です正也先輩! 

 でも、今回の件は記事にせず、裏方(うらかた)の野次馬に徹するつもりでいたんですけどね……あんなセリフ聞かされたら、ちょっと私、力になりたくなっちゃいまして」

 

「まさか……お前……さっきの俺のセリフ聞いてたのか?」

 

「『――明日は、ちゃんと“4人”で学校行こうぜ! 穂乃果!』……いや~、カッコよかったですねぇ……」

 

「……本当に神出鬼没だなお前……どれだけ俺に付きまとってたんだよ……」

 

 

 俺は、そう言って軽く目の前の彩に文句を言う。

 

 ってか、俺のそのセリフ聞いてたって事は、俺とほぼ同時に学校を出たって事だよな……生徒会室からここまで来るの早いなおい。これが音中新聞部の記者の行動力なのか……

 

 すると、そんな俺の文句など意に介さない様子で、彩は真面目な顔になると、俺にこう言った。

 

 

 

「正也先輩、実は私……貴方に“興味”があるんです。

 以前取材させて頂いた時、あなたの事について事前調査させて頂いたのですが……その時に、疑問が生まれてしまったのです。

 成績はいい方だけど、飛びぬけて良いという訳ではない。

 運動は出来る方ですが、でも大活躍できるほどスポーツ万能という訳でもない。

 そんな、何をやらせても()()()()な先輩が、何故そんな『カッコいい』という、大層で……それでいて定義も曖昧なものを追い続けられるのか。

 “努力する凡人”以上の力を持たない先輩が、何故そんな目標を掲げ続けられるエネルギーを持っているのか……それが非常に興味があるんです。

 ほら、私は記者ですから――“疑問”を放ってはおけないんですよ」

 

 

 いつもの明るい雰囲気の彩でなく、真実を追い求める記者としての本性をのぞかせたその問いに――俺は挑戦的に笑って、こう宣言した。

 

 

「何馬鹿な事を聞いてんだ……俺が()()って決めたからだよ。

 俺に期待してくれる人がいる限り……俺の事を信じて見ていてくれる親友達が居る限り……いつだって俺は前に進んで見せる。立ちふさがる才能の壁だって、いつか越えて見せる。

 その信念が、俺の原動力だ!」

 

「その信念、どこまでも誰かの為に……ですか。

 ふふっ……! やっぱりあなたは“面白い”ですね正也先輩!

 より一層、興味が湧きました!」

 

 

 そう言うと彩は、まるで新しい取材対象を見つけたかのように、ニッコリと微笑んだ。

 

 あ……これは新生徒会の発足早々、厄介な奴との繋がりが出来てしまったかも……

 

 

 ♬~♬~

 

 

 その時、携帯に着信が入った。

 相手は……穂乃果?

 俺は少し不思議に思いながら――でももしかしたら、ことりを見つけてくれたのかと想い、その電話に出る。

 

 

「おい、どうした穂乃果? もしかして、ことりを見つけてくれたのか?」

 

『正ちゃん!! 大変なの!! このままじゃことりちゃんが……ことりちゃんがっ……!!』

 

 

 電話口の穂乃果の声は、尋常じゃないレベルで切羽詰まっていた。

 俺は、そんな声になにか言いようのない不安を感じ、穂乃果に問い掛ける。

 

 

「おい、ことりがどうしたんだよ穂乃果!? 今どんな状況なんだよ!?」

 

『今は私と海未ちゃんと(たけ)ちゃんで、手分けしてことりちゃんを探してて……!

 正ちゃん! このままだったら、とにかくことりちゃんが危ないの!!』

 

「だから、何が危ないのか俺に教えてくれ穂乃果! とにかく落ち着け!」

 

『武ちゃんが、漆山先輩が……今まで調べた事は全部間違いだったって……!

 校内の噂を探るだけじゃダメだったんだって――()()()()を探ったら、とんでもない事実が分かったんだって言ってた!

 ――正ちゃん、漆山先輩は……ことりちゃんだけじゃなくて――前にも、他の学校の10人もの女の子に手を出してたらしいんだよっ!』

 

「は……?」

 

 

 他の学校の女の子にも手を出してた……? 10人? 

 俺は、穂乃果のその言葉を聞いて、ブチ切れそうになる心を必死で抑えた。

 猫被ってやがったな……ただの軽薄野郎じゃねぇかッ!! ことりの事を(もてあそ)ぶ気か、許せねぇ……!

 

 

 

『でもね……()()()()()()()()()()()()の……!』

 

 

 

 しかし、穂乃果からの言葉にはまだ続きがあった。

 それは、怒りに燃えた俺の心を、凍り付かせるには十分の言葉で

 

 

 

『その女の子達は――漆山先輩と付き合って一週間後には……()()()()()になってるらしいのっ!!』

 

「うそ……だろ……?」

 

 

 

 瞬間、俺は背筋が凍りつくのを感じた。

 

 何だよ……不登校って……その女の子達に一体何があったんだよ!?

 そんな……ことりがっ……俺の所為で……!?

 

 

『正ちゃん! だから正ちゃんの方でもことりちゃんを――』

 

「……わかった! そっちも頼む!!」

 

 

 俺はそう言うと、荒々しく電話を切った。

 

 

「正也先輩っ! ことり先輩なら、さっき漆山先輩とこの辺りから離れていくのを見かけました……少なくとも、この辺りにはもう居ませんっ!」

 

 

 その時、俺の切迫した様子から何かを察したのか、真面目な目をしてこちらを見つめながら、彩は俺にそう言った。

 

 その情報……一時が惜しくなった今になったら、本当にありがたい!

 

 

「本当か!? ありがとう彩、助かる!!」

 

「ええ、でもこの情報の代わりに、また今度取材させて下さいね? 正也先輩……いえ、()()

 

「ああ……取材受けてやるよ! ……一年後ぐらいになっ!」

 

 

 そう彩に言い捨てると、俺は急いでことりを探すために駆けだした。

 

 

「ちょっ!? それって、会長方の生徒会活動の任期が終わったぐらいになりませんかっ!?

 それじゃ意味がないんですけど!? ……ああもう! だったら覚えててくださいよ! 絶対私、一年後にまた取材しに行きますからねーー!!」

 

 

 そう言って文句を言う彩に内心、心からの感謝の気持ちを伝えつつ、秋葉原の街の人混みの中、俺は駆ける。

 

 ―――急げ……急げッ!!

 

 

 

 

 □ ■ □ ■ □

 

 

 

 

「着いたよ……ことりちゃん」

 

「え……ええっと……ここって、どこなんですか……?」

 

 

 ――あれから、ことりが漆山先輩に連れられて着いた先は、一軒の家の前でした。

 

 

「うん? ああ、そう言えば言った事なかったっけ? オレ、この家で家族と四人暮らししてるんだよ。―――ま、両親も兄貴も、滅多に家に帰ってこないんだけどよ」

 

 

 そう言って、何でもない風に言う先輩でしたが、その声に何か言いようのない不安がことりの中にこみ上げてきました。

 

 

「あの……なんで、先輩の家に来る必要があったんですか? 何処か行きたい所があったんですよね……?」

 

「ああ……ここだよ。――最後にことりちゃんとお茶でも飲みたいと思ってさ。オレ、結構紅茶をいれる自信はあるんだよねー」

 

 

 ことりはその言葉にひたすら困惑しました。

 

 漆山先輩と、最後にちょっと何処かに寄るだけだと思っていたのに……

 

 

「あ、あの……私、もう暗くなってきたから、そろそろ家に帰らないといけないので……すいません、そういう事でしたら私、先に帰らせてもらいます」 

 

 

 何が何だかわからないけど……とにかく先輩の家に行ったらダメな気がして……

 

 急にそんな不安に襲われたことりは、先輩にそう断って、もと来た道を引き返そうとしました。

 

 

 

 

 

「―――なぁ、逃がすと思ってんの?」

 

 

 

 

 

 ――その瞬間、先輩は今までことりに見せたことないような嫌な笑みを浮かべながら、ことりの腕を振り向きざまに強く掴んできました。

 

 

「……痛っ! せ……先輩……?」

 

「クククッ……! クヒヒヒヒヒヒヒッッ!! ああ、清々(せいぜい)したぁぁーー!!

 今まで猫被ってんのも、中々しんどかったぜぇ……? でもやっとここまで無警戒で連れてこれた!! やっぱ男に遊び慣れしてない女は、無駄に自意識過剰でガードが固すぎて困るぜぇ…………ま、それを()るのが楽しいんだけどな! ヒャハハハハハハッッッ!!!」

 

「せん……ぱい……?」

 

 

 豹変(ひょうへん)。まさにそう言い表すしかない程に、漆山先輩の表情は恐ろしく(いびつ)にゆがんでいました。

 

 猫被り……? え……? 今までの先輩は全部……嘘?

 

 その言葉に、さっきまで優しくて頼りになるとまで思えた先輩の姿が、途端に何か別の恐ろしい存在に変わってしまったかのような錯覚を覚えました。

 

 

「さって……じゃあ、さっそくことりちゃんをオレの家までご案内~!」

 

「――嫌っ! 誰か……誰か助けて!!」

 

 

 そう言って、ことりの手を強引に引っ張る先輩。

 そんな先輩の行動に抵抗するように、ことりは必死で助けを呼びます。

 近くの家に住んでる人が聞けば、きっと助けに来てくれる――そう信じて。

 

 

「お~お~! 可愛い女の子がピンチに陥った時の、ベタなセリフ頂きましたぁ~~!!

 でも、残念!! この辺りに住んでる連中は、全員総じて助けを呼ぶ声に耳を塞ぐ“事なかれ主義”ッッ!!

 オレさ、そんな感じで泣きながら助けを呼ぶ女を、何人も家に連れ込んだんだけどよぉ~!

 何にも助けに来ない、尚且(なおか)つ警察を呼びもしないとかいう、俺と同じく人間の(クズ)な傍観者共の集いなんだぜぇ!! 最ッッ高じゃね?」

 

「……そ、そんな……」

 

 

 先輩のその言葉を裏付けるかのように、近くの家から何も反応が無いのを感じ、ことりは信じられないという思いで一杯になります。

 

 

「そうだよなぁ……面倒ごとには巻き込まれたくはないよなァ……正直で良いぜ!

 だから話した事も無いが、この近所の連中はオレ好きなんだよなァ!!

 残念だったなことりちゃん……大丈夫大丈夫……ま、最初は壊れない程度に()()()やるからさぁ……そろそろ諦めて抵抗はやめようぜ?」

 

「……嫌……嫌ぁ!! 助けて、穂乃果ちゃぁん! 海未ちゃん! ……正ちゃぁーーんっ!!」

 

 

 先輩が何を言ってるのか……少しも理解は出来なかったけど、それでもこのままだったら絶対危険な気がして……私は気が付けば、泣きながら正ちゃん達に助けを求めていました。

 

 

「ヒャハハハハハハッッ!! お友達の助けを期待しても無駄無駄ァ!!

 何の為に俺がことりちゃんをここまで連れてくんのに、あんな恋に一途な先輩を演じるクッサイ芝居したと思ってんだよぉ! 

 ことりちゃんに告白して……そして、一緒に登校したいっていう名目で学校の奴にわざと目撃させて、俺との仲を校内で噂させるだけであら不思議ッ……! 

 ことりちゃんの仲良し親友グループは大・崩・壊ッッ!! ねぇねぇ……どうだったぁ? いつもの仲良しグループから離れて一人でいた気分はぁ……? 寂しかっただろぉ……?

 そして、そんな中でも優しくしてくれた俺が、まるで救いの存在のように思えて(すが)りつきたくなっただろぉ……?

 バァァァーーーカ!! 全部俺の計算通りだよぉぉぉ!! クヒヒヒヒヒヒヒッッ!!

 笑えるッ……!! やっぱ“この方法”で女釣るのは百発百中だわ、やめられねぇーーー!!」

 

 

 醜悪な笑顔を浮かべながらそう言う先輩に、ことりは目の前に居る存在が――人間の皮を被った悪魔だという事にようやく気づきました。

 そして、その口ぶりから、今までことりみたいに被害に遭った女の子がまだ居たという事がわかります。

 

 

「なんで……なんで、そんな事を……?」

 

「は? 決まってんじゃん……丁度今のことりちゃんみたいに、信じていた存在に裏切られた……っていう、その絶望顔の女の子と“遊ぶ”のが趣味なんだよねぇ~!

 ちなみに、ことりちゃんで11人目の被害者になってま~す!」

 

「その為だけに……ここまでの事を?」

 

「そうで~すっ! 全く……これだからこの方法で女を狩るのはやめられないんだよ! 

上っ面だけの“ズッ友グループ”の人間関係を滅茶苦茶にするのも楽しいし、しかも運が良かったら、グループ崩壊の様を見る事も出来てとっても笑えるしなぁ!!

 いや~、でもなかなか他の学校に行かないと居ないんだわ……お前らみたいに男女混合グループで、そして互いの距離感が近いっていう……そんな、色恋沙汰でちょっと揺さぶるだけで一瞬で崩れやすい、絶好のターゲットがよぉ!!」

 

 

 そう言って漆山先輩は笑います。まるで友情が崩壊するその様を見るのが最高の娯楽だと言わんばかりに。

 

 

「……人が喧嘩する所を見て、何が楽しいんですか?」

 

「ああ楽しいぜぇ? 最っ高になぁ! お前らみたいに僕達私達は永遠の絆で結ばれてますぅ~ずっと仲良しなんですぅ~って夢見るように語ってる奴らに、男と女の間に友情なんて存在しませんって当たり前の事を教えて、夢から覚めたように感情に振り回されて滑稽に右往左往する様を眺めるのはよぉ!」

 

 

 男と女の間で友情は成立しない。

 そんな、テレビや漫画でもよく言われてしまう言葉を突き付けられ、ことりはズキンと胸が痛くなります。

 だって事実、私も海未ちゃんも穂乃果ちゃんも、正ちゃんのことを……

 でも、私が正ちゃんに感じている気持ちは絶対それだけじゃない。その思いで私は漆山先輩に言います。

 

 

「面白くない……漆山先輩がやっている事は全然面白くないです!」

 

「ヒャハハ! お前の意見は聞いてねぇよ! 俺が面白いからやってるんだ、それだけだぜぇ? 友情……絆……そんなありもしねぇモンを盲目的に信じてる奴らが浮かべる笑顔ほど反吐が出るもんはねぇぜ。

 だから俺はお前らみたいなので遊ぶのさぁ! お前らが信じてたモンの儚さってやつを教えてやりながらなぁ!」

 

 

 そう言うと、漆山先輩は制服の内ポケットから何かを取り出して、それをことりに突き付けます。

 すっかり暗くなってしまった夜道で、街灯に照らされた、鈍く銀色に輝くそれは――

 

 

「さて、そろそろ……こんな外で話すより、ことりちゃんとはゆっくり家の中でお話ししたいなぁーー!」

 

「ひっ……! なに……それ……?」

 

「え? 見て分からない? サバイバルナイフだっての……! 

 これ、滅多に帰ってくることのない兄貴からの珍しいプレゼントなんだぜ? 女を脅すのにとっても便利なんだよな……ほら、今は銃刀法違反とかで色々厳しいからさ、あんまり外でこれ振り回したくはないんだけどなぁ……」

 

 

 そう言って、漆山先輩は刃渡り15センチぐらいの長いナイフを、ことりに近付けてきました。

 

 

「や……やめてっ……!」

 

 

 そう言って、ことりは懸命に顔を逸らしてナイフとの距離を少しでも取ろうとします。

 

 何なんでしょう、この状況は。……きっとこれは、大好きな穂乃果ちゃんと海未ちゃんから――正ちゃんからも逃げた、そんな弱い私が招いた自業自得……?

 

 ……いえ、きっと自業自得です。

 だって……本当の意味で漆山先輩に向き合っていたら……きっと、他の人の事をよく観察してしまう悪癖(あくへき)がある私なら、この人の悪魔みたいな本性に気づけたはずです。

 

 ことりは……大好きな三人から逃げて……自分の想いからも逃げて……そして結局、その逃げた先の先輩からも逃げてた……!

 

 本当……逃げてばっかりだ……私……っ!

 

 こんな弱い私……もう嫌っ……!

 

 

「でも唯一の誤算は、ことりちゃんが俺の告白を断ったことだよなぁ。

 あ~あ、残念。三人の内で、絶対俺に一番“依存”してくれそうなタイプだと思って告白したんだけどなぁ~! 俺の目も狂いがあったとは……次のターゲットの時には反省しないとッ!!」

 

 

 そう言いながら、先輩はナイフを突き付けながら、ことりの手をまた強引に引いて、家の方に歩き始めます。

 ことりは、もうショックで今が半分現実じゃないような気分になりながら、先輩に半ば引きずられる形でついて行かされます。

 

 ……もう、どうでも良いかも……この目の前の悪魔が、今からことりに何をするつもりなのかは知らないけど……どうにでもなれば良い。

 

 ことりが、そんな投げやりな気持ちになった時。

 

 

 

「それにしても、ことりちゃんも災難だよなぁ……! ほら、あの幼馴染の男の事を恨んで良いんだぜ……?

 だって――あの男さえ居なかったら、ことりちゃんはオレの標的にならずに、平穏な中学校生活をずっと過ごせてたかもしれないのになぁ~!!

 ほら……あんな男なんて居なければ良かったって言ってみ? ほらぁ!!」

 

 

 

 先輩は、きっとことりが今置かれている状況を正ちゃんの所為にして、ことりに正ちゃんと仲良くしていたことを後悔させようとしたのでしょう。

 

 でもその言葉は、ことりの心に確かな熱を灯しました。

 

 

 

「……そんな事ない」

 

「ああ……? 聞こえねぇな……もう一回言ってくんね?」

 

 

 

 そう言って、耳に手を当てて聞き返すふざけたジェスチャーをする先輩のことを、ことりは負けじとしっかり見据え、ハッキリとこう告げます。

 

 

 

「―――そんな事ないっっ!! 正ちゃんは……ことりに沢山の事をくれたのっ!

 ことりがみんなへの劣等感に押しつぶされそうになった時に、ことりの良い所を沢山言って励ましてくれて……っ!

 いつも自分に自信が無くて……周りの事ばかり気にしちゃう臆病なことりの弱い部分を、優しさだって――強さだって言って、肯定してくれて……っ!!

 他にも……正ちゃんはいっぱい……いっぱい……っ!!

 ――だから……っ! 正ちゃんが居なければ良かったなんて……そんなこと言えるはずないっ! あり得ないっ!!」

 

 

 

 そう言って、思わず叫んでしまった言葉……その瞬間、ことりの心の底で鍵をかけて抑えてた正ちゃんへの想いの扉が、思わず一瞬開きかかるのを感じました。

 

 その開きかけた扉の隙間から漏れ出た想い……それだけでも、全てを諦めて投げやりだったことりの心に、確かな火を灯すには十分で――

 

 

 ああ、私……こんなにも正ちゃんの事が好きだったんだ……。

 

 

「………はははっ! 最高のノロケ話ありがとうッ!! ベタ惚れじゃねぇか!!

 良いぜ、どうせ“遊ぶ”なら、人から()ったオモチャの方が面白いよなぁ……。

 来いッ!! お前は俺が中学卒業するまでの間、じっくり遊んでやるつもりだったけど、予定変更だ!! 今日で壊してやるよ!!」

 

「……嫌! 離してっ!! 助けて正ちゃん……! 正ちゃぁーーーんっっ!!」

 

 

 ことりから避けておいて……勝手な事を言ってるのは十分にわかります。

 

 でも、それでも私は今、一番傍に居て欲しい人の名前を――正ちゃんの名前を呼びます。

 

 

「いい加減にうるせぇ!! どんなに叫んでもその男は来ないって言ってんだよッ!!

 お前が避けた……お前自身が遠ざけた存在だッ!!

 ……助けに来るはずもねぇ……もし万が一来たとしても、こんな場所知るはずもねぇ!! もうお前はこの状況()んでるんだよッッ!!!」

 

「―――違うっ! 正ちゃんなら絶対来るっ!!

 正ちゃんが言ってたもん! 『カッコいい男』は、人の期待は絶対に裏切らない男の事だって……! そんな男になりたいって……!!

 だから……正ちゃんが助けに来てくれるって、ことりが“期待”してる限り……絶対正ちゃんは助けに来てくれるもんっ!!」

 

「勝手に妄想(ユメ)ほざいてろ、この理想主義者(ロマンチスト)ッ!!

 オーケェ……! もういいわ……何回かこのナイフで痛い目に合わせたら、ちょっとは素直になるだろッ……!」

 

 

 そう言って、先輩はことりに向かってナイフを勢いよく振りかぶります。

 

 そのナイフの切っ先は、今にもことりに届きそうで――でもその刹那の時でも、ことりは目を決して閉じません。

 だって……目を閉じるって事は、諦めるって事だから……!

 

 正ちゃんが助けに来る事を“期待”してる私は、絶対ことりの事を助けに来てくれる正ちゃんのカッコいい姿を、この目でしっかり見たいからっ……!!

 

 

 だから……どんなに怖くても……この目だけは、絶対に閉じたりしない!!

 

 

 

 

 

 ――そんな、ことりの想いが神様に通じたのかどうかは分かりません。

 

 

 

 

 

 

 ナイフが今にもことりの身を傷つけようとした、その瞬間。

 

 

 

 

 

 

 最後まで諦めず、目を閉じず、希望をしっかり見据えていたことりに、運命の神様がくれたものは―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今すぐことりからその手を離せッッ!! このクソ外道(げどう)がぁぁぁーーッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 疾風のごとく駆けながらそう叫び、先輩に飛び蹴りを(はな)って、ことりの事を助けてくれた……正ちゃんの、最高にカッコいい姿でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■ □ ■ □ ■

 

 

 

 

 ―――ひたすらに駆けた。

 

 ―――足が千切れようとも――例え息切れ肺が割け、口から血を吐いても構わないぐらいに走り続けた。

 

 

 

 だから―――間に合ったッッ!!

 

 

 

「ガァッ……!!」

 

 

 

 俺の渾身の飛び蹴りを顔面に喰らい、後方にぶっ飛ぶ目の前の(クズ)をキツく睨みつけながら、俺は後ろ手でことりを庇う。

 

 ふっざけんなコイツ……!! 今ことりに何しようとしてやがったッ!! 許せねぇ!!

 

 

「正ちゃん……正ちゃぁん……っ!」

 

 

 その声に、ことりの方を向くと、ことりは目から涙を流しながら俺の名前を呟いていた。

 

 しかし、泣きながらもその表情は……どうしようもないぐらいに喜びに満ちた笑顔だった。

 

 

「ゴメン、遅くなった……!」

 

「ううんっ……! いいの……そんなの、もういいの……!」

 

 

 俺とことりは、互いにそう言いあって漆山(うるしやま)の方を向く。

 

 

「はぁぁぁぁッッ!!?? 顔ッ!? いくらなんでも顔蹴るかよ普通ッッ!!??

 よくも俺のイケてる顔を蹴りやがったなぁッ!?」

 

 

 そう叫び、自らの顔が傷つけられた事に対し激昂する漆山。

 

 

「そもそも、なんでここに居ると分かりやがったッ!? オレの家なんて、お前が知ってる筈もねぇ!!」

 

「どうやら……俺のバイトを知らねぇみたいだな。俺は毎日、新聞配達のアルバイトをしてるんだよ。だから、この町にある家の全ての住所と位置は頭の中に入ってるッ!

 ―――淡路町(このまち)は……俺の庭だッ!! 

 ことりの家に行って、居なかったからもしかしたらと思えば、やっぱりビンゴッ!

 俺の庭で……悪事を働けると思うなよ、この外道(げどう)ッ!!」

 

 

 俺はそう言って、ここまで来るまでの経緯を語る。

 

 そんな俺を、顔を傷つけられた事に怒り狂ったのか、漆山は完全に学校で見せる外の顔を完全に脱ぎ払い、殺気の籠った目で俺を睨む。

 

 

「ははっ……随分と言ってくれるじゃねぇかッ……! 

 何様のつもりだよお前――まさか、女を奪われそうになって、初めて自分の想いに気づいたとかいう、そんなクサイ三流恋愛映画みたいなセリフを今から吐くんじゃねぇよなぁ!?」

 

「―――そんなんじゃねぇよ」

 

 

 俺は、そんな漆山の目をしっかりと見据え……今、ここに立つ意味を語る。

 

 この言葉を伝えたい相手が――俺の後ろには居るから。

 

 

「俺は……ずっと考えてたんだ。ことりが俺にとってどんな存在なのか……でも、いくら考えても、俺がことりの事をそう言う意味で好きっていうのとは……やっぱりなんか違った」

 

 

 俺は、考えの纏まらない、ごちゃごちゃとした心のままに言葉を紡ぐ。

 

 多分、俺が今から吐く言葉は、ひどく筋が通ってなくて訳のわからないものなんだろう。

 

 でも、そんな俺のみっともない言葉でも、伝えてあげて欲しいって――穂乃果が俺の背中を押してくれたから、俺は今ここに居るッ!!

 

 

 

「じゃあ、ただお友達が危ないから来ただけの英雄(ヒーロー)気取りって訳かぁぁ? ただひたすらに、友情の為に見返りを求めない崇高な精神――救いようのない偽善者(ぎぜんしゃ)がッッ!!

 これなら三流恋愛映画みたいな展開の方がまだ良かったッ!! お前みたいな人間が、オレは一番気に入らねぇんだよッ! 殺すッッッ!!!!」

 

 

 そう狂ったように叫び、ナイフをこちらに向けながら殺気を高ぶらせる漆山。

 

 

「うん……そうだよね……わかってた……っ」

 

 

 ことりは俺の言葉に、何かを諦めたような声でそう呟く。

 

 

 

 

()()()……! ()()()()()……!!」

 

 

 

 

 俺がそう続けた瞬間……二人の意識が完全に今、俺の次の言葉に向いたのが分かった。

 

 

 

 もう………俺はどう思われようと構わない。

 

 

 

 意味不明だと――

 理不尽だと――

 ()(まま)だと――

 馬鹿だと――

 滅茶苦茶(めちゃくちゃ)だと――

 

 

 ―――例え、カッコよくないと思われたっても構わない。

 

 

 俺の今から紡ぐこの言葉は……一週間前、あの日の生徒会室で、俺がことりに伝えられなかった言葉だから――

 

 

 

 

 

 

「ことりは……一番大切な俺の親友(おんな)だッッ!! 俺の(モン)だッ!! 絶対誰にも渡さないんだぁぁぁーーーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ――そう、色んな感情が渦巻く中で唯一ハッキリ言葉になったのは、ただのみっともない独占欲。

 

 

 ああそうか、今わかった……この感情は、“恋”なんてものよりもっと深く強い―――確かにこの胸に灯る、ありったけの“親愛”の想い。

 

 

 俺はことりの事が大好きなんだ――――誰にも渡したくないぐらいにッッ!!!

 

 

 

「………しょう……ちゃん…………正ちゃぁん………っ!!」

 

 

「…八ッ……ハハハハハッッッ!!! なんだそれ、惚れてる訳でもないのに誰にも渡さないだぁ……? もう言ってる事意味わかんねぇよ……!

 もう良いわお前。そこまで馬鹿なら、いっそ死んじまえッッッ!!!」

 

 

 

 そう叫んで、ナイフを振りかざし突進してくる漆山を、俺は真っすぐ見据える。

 

 後ろには、俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑いながら泣くことりが居るんだ……絶対に(まも)る――護ってみせるッ!!

 

 

「……死ねぇッッ!!」

 

 

 漆山はそう叫び俺に向かって、ナイフを上段から勢いよく振るう。

 

 

「――――()せぇよ……!」

 

 

 俺の自慢のライバルが振るってくる竹刀の速度より、全然遅いッッ!!

 俺は、漆山のナイフを持つ手を左手で掴み、その開いたわき腹に思いっきり右拳を叩きつけた。

 

 

「ガハッ!! な……なんだよお前……刃物(これ)が怖くねぇのかッ!?」

 

 

 わき腹にキツイ一撃を喰らった漆山は、数歩よろめきながら下がりつつ、俺に対し叫ぶように問いかけた。

 

 

「怖いよ、怖いに決まってんだろッ! だから俺は、その怖さを後ろに居ることりに、もう与えたくないッ!! ――殺されるより、ことりを護れなかった時の方が俺は怖いんだッッ!!」

 

 

 俺はそんな漆山にそう言い返すと同時に駆け、漆山の懐に潜り込む。

 

 

「――(はや)ッ!?」

 

「死ねは……こっちのセリフだッ!!」

 

 

 俺は漆山の鳩尾(みぞおち)を殴り、そして痛みで前につんのめった漆山の顔面に、続けて膝を叩き込み、その一撃で後ろにのけ反ってガラ空きの胴体に、全力の回し蹴りを放って三コンボ。

 

 それを受けた漆山は、後方に蹴り飛ばされた先で堪らず膝をついて苦悶の声を上げた。

 

 

「グォォォォ………! クソッタレ……! いってぇぇ……!!」

 

「痛いかよ……でも、きっとお前を信じて――裏切られたことりの心の痛みの方がもっと痛いッッ!! ことりは……お前の事を優しい先輩だって、本当に信じてたんだぞ……?」

 

 

 そして俺は、目の前の外道に向かって指を差し――言い放つ。

 それは、悪に対して宣言する俺の決め台詞。

 

 

 

「そんなことりの想いを――人の信頼を――(きずな)をッ!! 平気で嘲笑(あざわら)うお前は、何よりも度し難いド外道だッ!!

 ――よってこの俺、織部(おりべ)正也(しょうや)の名において――依頼に基づき、お前をぶっ倒して、ことりを返してもらうッ!! 覚悟しろッ!!」

 

 

 

 その言葉を受けた漆山は、ゆっくりと立ちあがった。

 

 

 

 ――――そして、その目は先程までの殺意に満ちた目から一転し、冷静な色を取り戻している。

 

 

 

 その目に、俺は急に得体のしれない物を感じて身構えた。

 

 

 

「――ああ……なんか、イラつきも一周回って逆に冷静になってきたわ。

 ああ……ダッセェ――年下相手に、“本気”出さないといけないなんて、本当にダッセェ……!」

 

 

 

 その声と同時に、またナイフを振りかざしながら俺に向かってくる漆山。

 

 

「だから……遅いんだって!」

 

 

 俺は、さっきの攻防と同じように、漆山が振るうナイフを持つ手を掴もうとして――

 

 

「――ゴフッ!」

 

「――正ちゃんっ!?」

 

 

 瞬間、俺のわき腹に衝撃が襲い掛かった。

 

 

「ハハハハハッ!! どうしたよぉ~! オレぶっ倒すんじゃ無かったのぉ~?」

 

 

 そう嘲笑うように、俺に向かってそう言う漆山。

 

 

「お前……今何しやがった……?」

 

「さぁ~? ――自分で考えて見なッ!!」

 

 

 そう言って今度は、左手にナイフを瞬時に持ち替えて、そのまま水平に刃を振るう漆山。

 俺はその一撃をしゃがんで躱そうとした――しかし、また。

 

 

「――ガッ!?」

 

 

 今度は頭に衝撃。

 

 ――いや、正確には……漆山の()()()()の一撃だという事がわかった。

 

 

「お? その反応は、もうオレの戦法のカラクリが分かっちゃった感じ?」

 

「……チッ……汚ぇ……刃物に注目させておいて、死角からの騙しうちかよ……!」

 

 

 俺は憎々しげに漆山に向かってそう言う。

 

 何の事は無い――ただ漆山はナイフの攻撃をおとりにして、ナイフを持っている手に注目させ、そして出来た死角から他の四肢――右手、左足、右足のどれかで俺に攻撃を仕掛けているだけなのだ。

 

 仕組みはわかってしまえば簡単――だが。

 

 

「でも……それがわかった所でどうにもなんねぇよなァ!?」

 

 

 漆山が今度はそう言いながら、袈裟斬りにナイフを振るう――ように見せかけて、俺の視覚外から右膝を俺のわき腹に叩き込む。

 

 

「――ゴフッ!?」

 

「ヒャハハハハハハッッ!! そうだよ! フェイントだと割り切って()()()()()()()()()()()()もんなら是非どうぞッ!! 無理だよなァ!? ハハハハハッ!!」

 

 

 そう言って、痛みで膝をつく俺に向かって高笑いをする漆山。

 

 違う、フェイントにするにしては、力を完全に抜き切っていない……俺がナイフを警戒しなかったらそのまま切るつもりだコイツ……! 

 確実な“二段構え”――コイツ、喧嘩慣れしてやがる……!

 

 

「あれ? なにその目? オレが喧嘩慣れしてたらおかしい?

 いやいや……オレってさ、こんな感じで女遊び激しいじゃん? だから、時々自分が女を助けるんだって勘違いした、英雄(ヒーロー)気取りの偽善者共が俺に喧嘩吹っかけてくるんだよ……!

 ――だから、オレはそいつら全員をこの(テク)で狩ってるのさッ! 

 英雄(ヒーロー)気取る奴に現実を教えてやるのも、オレの大好きな趣味の内の1つだッ!!

 オレって、多趣味(たしゅみ)ィ~!」

 

 

 そう言って、漆山は俺に向かってナイフを振るい続ける。

 

 

 腕を切ると見せかけて、俺の顔面を殴り。

 左わき腹を切り裂くと見せかけて、俺の右わき腹に蹴りを入れ。

 腹を刺すと見せかけて、死角から俺の頭に拳を叩き込み。

 逆袈裟(ぎゃくけさ)に切り上げると見せかけて、俺の左わき腹を殴り。

 ナイフを頭に振り下ろすと見せかけて、俺の鳩尾に鋭い蹴りを入れ――

 

 ――俺は、漆山の攻撃を一方的に食らい続けた。

 

 

「ゴフッ……ガアッ……!」

 

「ハハハハハッ!! ズッタボロだなおいッ!! さっきまでの威勢はどうしたんだよぉ~?」

 

 

 結果……形成は逆転。

 地面のアスファルトの上で両膝と両手をついて、俺は痛みで苦悶の声を上げていた。

 

 クッソッ……! どこから攻撃が来るか、全く見えない……

 どうしてもナイフに意識を持っていかれる!  

 

 

「正ちゃんっ!? 大丈夫!? 正ちゃぁんっ!」

 

 

 ことりは涙目になりながら、悲痛な声で俺にそう呼びかけて来た。

 

 くそったれッ! 俺は……ことりを泣かせる事しか出来ないのかよッ!!

 

 

「クヒッ……クヒヒヒヒヒヒヒッッ!! 護る相手に心配されてやがる……

 ――大層な英雄(ヒーロー)サマだなぁ! さっきまでお前の事を強いと思った俺が馬鹿だったわぁ……。

 弱い訳でもない……かといって、強いって訳でもない“中途半端”ッ!! 俺みたいに、勉強も喧嘩もその気になればなんでもできちゃう天才の前には、ひれ伏すしか能のないただの雑魚(ザコ)じゃねぇかッ!!

 大体、こんな技……命捨てる覚悟で女を護るつもりなら、どうにだってなるはずだよなぁ~!

 それが出来ないお前は結局、英雄(ヒーロー)紛いの偽物(ニセモノ)――偽善者だと知れよ!」

 

 

 そう言って、俺を罵る言葉を吐く漆山。

 

 そうだよ――俺は小手先の派手な技で、自分を強く見せてるだけのただの凡人だ。

 英雄失格も当然――でも、それがどうしたッ!

 

 弱くたって良いだろ……ッ!!

 例え平凡(へいぼん)(こぶし)だって、お前に向かって突き出し続ける事を、俺はやめない……っ!

 

 (おのれ)の中に眠る勇気を問え――そして、自分の決意を……信念をッ!!

 聖剣を持つかのように、雄々しく奴に向かって(かざ)してやれッ!!

 

 俺は片膝をついて、意志の()を灯した強い目で漆山をまっすぐ見据える。

 

 

「―――“英雄(ヒーロー)失格”なんて、最初からわかってるッ!

 半年前――俺がどうしようもない“自己犠牲野郎”だった時に、泣きながら俺のライバルから言われたよ、そのセリフ……。

 だから俺はその日から決めたんだ――英雄なんてもんは、二度と目指さないッ!!

 俺がなるのは、“カッコいい男”だッ!! 誰も泣かせることのない……そして、自分が正しいと思った事を、まっすぐ貫くことが出来るような人間に……俺はなるんだッ!!」

 

「カッコいい……? 今のお前のどこがカッコいいんだよ!?

 そこの女の事で悩み続けてウジウジした挙句、結果倒れてる今のお前のどこが!?」

 

「……そうだよ……ここ一週間の俺は、今も含め全然カッコよくなんてないッ!! 

 迷う時だってある。時には、俺は自分を見失いそうになる時だってある。

 でも、その時は―――いつだって仲間が俺を支えてくれるッ!!

 俺がどうしたら良いか分からなくなった時、俺の事を引っ叩いてでも喝を入れてくれたライバルがいるッ!

 落ち込んでいる俺を見て、わざわざ心配しに来てくれたお節介な親友(ダチ)が居るッ!

 悩んでいて足が止まってしまっていた俺の手を引っ張ってくれた……太陽みたいな親友が居るッ!

 ―――そして、今も逃げずに俺の傍に居て、俺に立ち上がる勇気をくれる……優しさっていう強さを持った親友が居るッッ!!!」

 

 

 

 

 そう、(かざ)すものは……何ひとつ誇れるものを持たない俺が、唯一持っている物。

 

 

 

 

「だからッ! 仲間から託される思いが――(つな)がる(きずな)が、俺の力だッッッ!!!」

 

 

 

 

「絆……? ははっ、何だよそれ……本当にお前ムカつくわ。

 そんなクッサイ台詞吐いて――自分が強くでもなったつもりかよこの雑魚がぁぁ!!」

 

 

 そう激昂しながら、漆山はナイフを振りかざして俺に向かって迫り、ナイフを今度は俺の目を突くようにして突き出す。

 

 ――それ反則だろッ! ナイフ以外見れねぇ……コイツはどこを狙ってくる!? 

 

 もう既に今までのダメージでもう足にきてる、あと一発でも喰らえば立てなくなってしまいそうなのにっ……!

 

 ――ダメだ、このままなら負ける。 負けたくない喧嘩だったのに……畜生ッ……!

 

 

 そう思い、俺が諦めてしまいそうになった、その時――

 

 

 

 

 

「――正ちゃんっ! 右足っ!」

 

「――ッ!?」

 

 

 

 

 

 俺の後ろから聞こえる、夜の闇を割くことりの高く響く声に、反射的に防御姿勢をとる。

 

 そのガードの上から、俺の脇を狙った漆山の右足がブチ当たる。

 

 

「良い度胸だなぁ……オレとこの男の喧嘩に介入するつもりかよ、ことりちゃん……?」

 

「―――ことり?」

 

 

 俺は、思わず後ろを振り向く。

 

 

 ――するとそこには、街灯の明かりに照らされ、確かな意志を宿した目を見開き、その山吹色(やまぶきいろ)の瞳を、強く輝かせたことりが立っていた。

 

 

 

 

 □ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――

 

 【イメージ】 変わる私、今開かれる想いの扉

 

 ♪ 作中BGM:『スピカテリブル』 南ことり(CV.内田彩)

 

 ―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――嬉しかった……とっても嬉しかった。

 

 例えそれが恋っていう気持ちじゃなくても、ことりの事を誰にも渡したくないって言ってくれて――

 こうして、ことりの為に戦ってくれる正ちゃんの事を――ただ見守る事しかできなかった弱い私を、強いって言ってくれて――本当に嬉しかった。

 

 だから……もう、一秒だってこのまま何もせずに立ってなんて居られないっ!

 

 こんな弱い私にでも……正ちゃんの為に出来る事があるならっ!!

 

 そう決意して、ことりの事を驚いたように見つめる正ちゃんに向かって言います。

 

 

 

「―――ことりが正ちゃんの代わりに()るから……正ちゃんは集中してっ!」

 

 

 

 ことりがそう言うと、正ちゃんは、まるで何かに気が付いたかのように驚いた目をして――そして、笑顔でこう言いました。

 

 

「……はははっ……やっぱり。ことり――お前は本当に“強い”よ。

 守らなきゃいけない奴だって思い込んで――俺はまだ心のどこかで、ことりの事を弱い奴だって思い込んでたのかもしれない……ゴメンッ!! だから――今から任せたッ!!」

 

 

 正ちゃんはそう言うと、漆山先輩に向かって走りだします。

 

 

「ハハッ……二対一ってか? ――笑わせるわ。そんな弱い女一人増えた所で、何も変わんねぇんだよォ!!」

 

 

 そう宣言して漆山先輩は、また正ちゃんに向かって刃物を振り下ろします。

 

 ―――でも、ことりには視える。

 

 正ちゃんに向かって振るわれる、鞭のようにしなる左足が――

 

 

「――正ちゃん! 左足っ!」

 

 

 それを聞いた正ちゃんは、自分に向かって来た漆山先輩の左足を脇で挟むようにして掴み、そのまま前に押し込んで、片足状態の先輩のバランスを崩して後ろに勢いよく倒します。

 

 

「――ゴフッ! ――クソがぁ!」

 

 

 漆山先輩は、素早く受け身をとって立ち上がり、正ちゃんに右肩から袈裟斬りに切りかかります。

 でも、さっきと同じ……私にはハッキリと正ちゃんに向かって振るわれる左足が――

 

 

「正ちゃん! 今度は左足―――()()()()()()()!!」

 

 

 ――危ない! 先輩は、左足を伸ばしたように見せかけ、()()()()()()()()。本命の右手拳を正ちゃんの鳩尾に叩き込もうとしていました。

 

 正ちゃんは、その右手を掴み――そして、その手を自分の方に背負うように引き寄せて、勢いよく地面に叩き付けるように先輩を背負い投げます。

 

 

「ガッハッ……! ―――ふっざけんなッ!! 今のも見切るのかよッ!!??」

 

 

 漆山先輩は、アスファルトの地面に叩き付けられた後、よろめきながら立ち上がり、信じられないような目をしてことりの方を見ます。

 

 

「―――な、弱くないだろ? これが俺の信じたことりの優しさ(つよさ)

 周りにいつも気を配れることりだからこそ――誰よりも強くなったその“観察眼”ッ!!

 いつも広く周囲に向けられているその目が、今はお前1人に注がれているッ! 

 これからのお前の動きの、一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)――全て見られてると思えッ!!」

 

 

 正ちゃんは、自信満々にそう言いながら先輩を指さします。

 

 ―――正直、ことりには正ちゃんが言ってるような、ものすごい目を持ってる自信なんて、微塵もないけれど。

 

 でも、正ちゃんがそう言うなら――周りの事を気遣って、周囲に合わせてばかりのこんなことりの弱い部分を“強さ”だって肯定してくれるならっ!!

 

 正ちゃん(あなた)となら……穂乃果ちゃんから――海未ちゃんから――そして、自分の正ちゃんへの想いからも逃げてばかりだった、こんな弱い今の私も――そして、これからの未来の私だって変われる……変わりたいっっ!!

 

 

「なんだよそんな出鱈目(でたらめ)……ハッタリだろ……? そう言えよォォォォォーーー!!」

 

 

 先輩はそう叫びながら正ちゃんの元に駆け出し、正ちゃんに向かって今度は、ナイフによる斬撃と――そしてフェイントのラッシュを繰り出し続けます。

 

 

「正ちゃんっ! 右手……! そして次は左足――じゃなくて右足っ! 次はっ……」

 

 

 正ちゃんは、その繰り出される漆山先輩のすべての攻撃を、ことりの声を信頼して、躱し――そしていなす。

 

 

 そんな、ことりの事を全力で信頼してくれる正ちゃんに、ことりの中で想いがさらに大きくなっていくのを感じます。

 

 ――ことりの心の奥底に眠る、固く閉じられた正ちゃんへの想いの扉。

 

 今でもこの扉を開くのは怖い……でも、もう……止められない……止まらない。 

 

 正ちゃんの言葉が、行動が……その全てが、嬉しくてたまらない。

 

 ――好きっ……! もう正ちゃんの事が、どうしようもなく好きで――辛いのっ!

 

 その想いが、ことりの中の我慢(切なさ)を越えて、涙となってことりの目から流れた時――

 

 

 

「クソッタレ! クソッタレ!! クソッタレッ!!! 何だよお前らッッ!!

 こんな……一人から二人になっただけで、オレがここまで良いようにやられるなんて……嘘だッ!!」

 

 

 完全に戦法を封じられ、怒り狂ったようにそう叫ぶ漆山先輩。

 

 

「――嘘じゃねぇよ。 これが……一人じゃ何ひとつカッコつける事が出来ない俺と、心から信頼する大好きな親友のことり――俺達二人の力だッ!」

 

 

 そう言って、冷静さを欠いた先輩の隙をついて、正ちゃんは先輩の懐に瞬時に潜り込む。

 

 

 ――私も……大好き……正ちゃん!

 

 

 その瞬間、ことりの想いがついに――弾ける。

 

 弾けた想いは言葉となって、ことりの口から溢れます。

 

 正ちゃんの―――私の大好きな人の力になりたい。

 

 溢れだしたことりの言葉は奇跡的に、先輩にトドメの一撃を加える正ちゃんの紡ぐカッコつけた言葉と――繋がります。

 

 

 

 

 

「―――私の瞳は……あなたの瞳っ!!」

「―――四つの瞳で、見据える先は……必殺ッッ!!」

 

 

 

 

 

 そしてその言葉と同時に、漆山先輩の顎に正ちゃんの右拳のアッパーが豪快に決まりました。

 先輩は、そんな正ちゃんの拳を受けてナイフを手から落とすと、後ろに数歩よろめいて――

 

 

「……これが……絆の力って、言いたいのか? くっだらねぇ……くだら……ね……」

 

 

 

 そして、その言葉を最後に、漆山先輩は仰向けに倒れてしまいました。

 

 

 

 ―――漆山先輩。 例えそれが嘘だったとしても、この一週間……正ちゃん達と気まずくなって落ち込んでたことりの事を励ましてくれて……ありがとうございました。

 

 

 

 そんな漆山先輩に、ことりは心の中でだけで、そっとお礼を言います。

 

 そのことだけは、ことりが漆山先輩に感謝したいことだったから――

 

 

 

「ことりっ! こっちだ、早く逃げるぞ! いつアイツが起き上がってくるかわからねぇ!」

 

「……え? 正ちゃんっ!?」

 

 

 

 そう言って、正ちゃんはことりの手を引いて、もうすっかり暗くなってしまった町中を走り出します。

 ことりの手を握るその手の力は、とっても強くて――でも、思いやりに溢れるあったかいぬくもりがあって――その感覚に、ことりはある既視感(きしかん)を感じました。

 

 

「ゴメン……俺が、ずっと悩んで何もしなかったから……ことりをこんな目にっ! 本当にゴメン……ことりっ!」

 

 

 そう言って、ことりの前を走る正ちゃんの声は震えていて――その声で、見えないけど正ちゃんが泣いてるんだってことは、ことりにはすぐわかりました。

 

 

 

 ――ああ……そうでした。どこかで見た事があると思ったら、この光景は“あの日”のことりと正ちゃんにそっくりです。

 

 暗い夜道の中、泣きながらことりの手を握って、本当は自分が一番傷ついてるはずなのに、ことりの事を自分のことより思いやってくれる正ちゃん。

 

 小学生の時、ことりが初めて恋した、あの日の正ちゃんそのままで……

 

 

 ああ、変わってないなぁ……正ちゃん。

 

 ずるいよ正ちゃん――本当に……ずるいよ。

 

 

 ――その瞬間、今までことりの心の中で押さえつけてた、正ちゃんへの思いの扉がついに勢いよく開くのを感じました。

 

 

「――ううん、いいの……助けてくれて本当にありがとう正ちゃん――大好き」

 

「――ありがとう……! 俺も、大好きだ」

 

 

 扉が開いた衝撃で、思わずあふれた“大好き”の言葉。

 

 でも、やっぱりニブい正ちゃんには、その本当の意味には気づいて貰えなくて……。

 

 ことりは思わず笑ってしまいました。

 だって……そこも小学生の時から全く変わっていないところだったから。

 

 ことりはそんな正ちゃんと一緒に、暗い夜道を一緒に走りながら家路につきました。

 

 正ちゃんの手のぬくもりを感じながら、正ちゃんに手を引かれることりの顔は、とっても幸せそうに笑っているのでしょう。

 

 

 そんなことりのささやかな幸せを、夜空に輝く星は、まるで祝福してくれるように輝いているような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 正也とことりが走り去ってしばらくした後、地面の冷たいアスファルトの上で倒れていた漆山は、ようやく意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がった。

 

 

「クッソ……もう二人ともどっか行きやがったか。

 フフフッ――でも馬鹿だあの女……! 一週間前、オレと連絡先を交換した事を、全く忘れてやがるッ!!」

 

 

 そして漆山は、とても愉快そうに嗤う。

 その顔は、まるでイジメを行う相手に対し、イジメの計画を立てるかのような意地の悪い醜悪(しゅうあく)な笑顔だった。

 

 

「――さって、今日の所はやられたが……待ってろよ、やられたら五倍以上にして返してやるのが俺の流儀だ……!

 この連絡先を上手く使って、またあの二人をおびき寄せてやる……そして、他校の仲間とと共にフクロにしてやるよ……!

 男は(てい)のいいストレス発散のサンドバックッ!!

 そして――可愛い女は好きにしていい!!

 この最高の条件なら……今から動員(どういん)かければ、二日でざっと三十人は集まるはずだ……!!

 さって、俺に恨みを買った事……死ぬほど後悔させてやるよ……ッ!!」

 

 

 そう一人呟き、漆山は高笑いをした。

 彼の頭の中は既に、もう復讐を果たす至福の光景以外ない。

 

 

 

 ―――だから、気づかない。

 

 

 

「――そうか。そんなに骨の髄まで腐ってんなら、もう思いっきりやっちまっても良いよなぁッ……!!」

 

 

 

 その声に、漆山は驚いたように振り向くと、そこには自らより体の大きなガタイの良い、太った男が立っていた。

 

 

「……なんだよお前は? オレになんか用――ッ!?」

 

 

 漆山がそう言い終わるか終わらないかのタイミングで、漆山の顔面に強烈な右フックがまともに入った。

 しかも、その威力はまるでトラックでも激突したかのような強烈な衝撃で、漆山はそのまま横っ飛びに1メートルほど空中に放り出され、そしてアスファルトの地面の上を転がった。

 

 

「……さって、このスマホの中のデータは全消去させてもらうぜ?」

 

「アガッ……グォォォ……痛ぇ……ッッ!!」

 

 

 漆山がさっきの攻撃の衝撃で落としたスマホを操作し、データを消去する作業に入る目の前の男に、漆山は殴られた痛みに悶絶しながらも問う。

 

 

「――テッメェ……何者だぁ……!」

 

「―――もしもし……穂乃果か? ――いや、ことりならもう大丈夫だ。正也(しょうや)の野郎が全部解決した。

 ……全く、本当にアイツは俺達の期待だけは裏切らない奴だぜ……スゲェよ」

 

「俺を無視してどこに電話かけてんだよッ……!!」

 

 

 そう言って、自分の事を無視するかのように、何処かに電話をかける目の前の男に、漆山は怒りを露わにしてそう言う。

 

 

「ああ、悪いな。今まで三人で手分けして探してたから、心配ないって連絡だけはしとこうと思ってな――あ、遅れたが質問に応えとくわ、俺の名前は(ひいらぎ)武司(たけし)――正也の親友だ」

 

 

 武司はそう言うと、漆山を激しい怒りを滲ませた目で睨みつける。

 

 

「――――だから、俺の親友(ダチ)二人泣かせた奴に、キッツイ仕置きくれてやらないと気が済まないんだわ」

 

 

 その瞬間、武司の全身から感じることの出来るほどの強い殺気を、漆山は確かに感じた。

 その殺気を身に浴び漆山は、相手をただ狩ってきた今までとは違い、今度は自分が狩られる立場にある事に気づくことに、そう時間は要しなかった。

 

 

「や……やめてくれ……もう金輪際、ことりにも、あの正也って男にも関わらないッ……!

 だから、頼む……許してくれッ!!」

 

「――悪いな、俺は正也みたいに甘くないんだ。『人間は過ちから学ぶ事が出来る』ってのがアイツの持論だが……『一度間違いを覚えた人間は、その後も間違い続ける』ってのが俺の持論でな――だから、覚悟しろよ」

 

「ひ……ひぃぃぃ………!!」

 

 

 漆山は、慈悲をかけて貰えるという甘えを捨て、せめてもの抵抗の意思を示すかのようにサバイバルナイフを手に取った。

 

 

「―――お、やる気か? そうだな、無抵抗の相手をひたすらボコるのも良心が咎めるしな――良いぜ、その喧嘩買ってやるよ。 でも、刃物を取り出したって事は、当然“半殺し以上”にされる覚悟も、出来てるんだよなぁ?」

 

 

 刃物を向けられても、なお膨れ上がる武司の殺気。漆山は喧嘩の前からその勝敗を、自らの負けだと悟る。

 

 そう、今この場に居るのは、音ノ木坂(おとのきざか)中学の不良達の頂点(テッペン)――

 “番長”柊武司。

 

 

「さて、ここは正也の野郎を見習って、俺もカッコよく決めてやるか」

 

 

 そして彼が紡ぐ言葉は、宣戦布告に似た――処刑宣告。

 

 

「――俺の名は柊武司! 今からお前を病院送りにする男の名だ――精々覚えとけッッ!!」

 

 

 

 ―――その直後、夜の町に漆山の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 □ ■ □ ■ □

 

 

 

 

 正ちゃんに助けて貰った日の翌日の木曜日。

 ことりは一人でいつもの集合場所で、早めに一人で待っていました。

 

 ――胸がどきどきする。

 

 三人と一緒に登校するのは、ことりにとってもう一週間ぶりで、何故だか不思議と胸の動悸が抑えられていませんでした。

 早く……みんなに会いたいような……でも会いたくないような、そんな気持ちで。

 

 そんな気持ちでいたら、突然背中から衝撃がことりに襲い掛かります。

 

 

「―――ことりちゃんっ! おはよーーー!!」

 

「ほ、穂乃果ちゃんっ!?」

 

 

 相手は穂乃果ちゃんでした。

 穂乃果ちゃんはことりの背中に、思いっきり抱き着いています。

 

 び、びっくりした……でも、穂乃果ちゃんがいつも通りで変わって無くて良かった……

 

 そう、ことりが思った時。

 

 

「―――よかったよぉ……ことりちゃんが無事で……本当によかったよぉ……!」

 

 

そう涙声で言って、穂乃果ちゃんはことりに抱き着く力を強めました。

 穂乃果ちゃん……そんなにことりの事が心配だったなんて……。

 ことりは、心配を駆けてゴメンねって気持ちをいっぱいに込めて、そんな穂乃果ちゃんの事を抱き締め返します。

 

 

「穂乃果ちゃん……大げさだよ。昨日電話でも大丈夫って言ったから……」

 

「でも! 実際に見たら、また安心しちゃったんだもん……! 本当に……よかったぁ……」

 

 

 そう言って、またさらに強く抱き着いてくる穂乃果ちゃん。

 

 ――心配、かけちゃってごめんね穂乃果ちゃん。

 

 そう思って、ことりは穂乃果ちゃんの事をもっと強く抱き締め返します。

 

 

「――ことり、無事で本当に良かったです」

 

「よっ! ことり! いや~……やっぱりこの場所には、四人揃った方がしっくりくるよな~!」

 

「海未ちゃんに……それと………し、しょう………」

 

 

 そう言って、穂乃果ちゃんの後から、海未ちゃんと正ちゃんが現れます。

 ことりは、そんな二人に返事を返そうと思いました……でも、ついドキドキしちゃって、言葉に詰まってしまいました。

 

 この二人は色々また、穂乃果ちゃんとは違ったドキドキがあります。

 海未ちゃんは、この間公園であんな内容の話をしたし――

 そして……正ちゃんは……っ!

 

 

「―――うん? ことり? おーい、おはよう! ことり! ……あれ? 無視!?」

 

 

 正ちゃんは、そう言うとショックを受けたように固まります。

 

 わーん! 違うの……違うの正ちゃん……!

 どうしても正ちゃんの事が恥ずかしくて見れないだけなのっ!

 ――えっ? 今までことりはどうやって正ちゃんと話していたの? 正ちゃんの事を見てるだけで、胸がドキドキして死んじゃいそうになっちゃう……!

 

 自分の気持ちに素直になるって決めただけで――こんなにも違うの? ど、どうしよう……!

 

 

「―――ことり、自分の想いに向き合う事に決めたんですね」

 

 

 そんなことりの様子を見て、海未ちゃんは優しくそう言って笑いました。

 その様子からは、ライバルが増えた――なんて嫌な気持ちは微塵(みじん)も感じなくて――

 

 

「…………うん、決めたよ海未ちゃん。ことり……もう自分の気持ちからは逃げない」

 

 

 だから、ことりもそんな海未ちゃんに向かって、あの日公園で返せなかった答えをいう事ができました。

 

 

「――うんっ! ことりちゃん……穂乃果も負けないよっ! 頑張ろうね!」

 

 

 すると、そんなことりに向かって、穂乃果ちゃんはことりに抱き着いたまま、そう笑顔で言います。

 そんな――自分の想いを二人に打ち明けてしまっても、仲が悪くなってしまうどころか、より仲が良くなってしまったのを感じて、ことりは途端に、今まで何を考えてたんだろうって、自分を怒りたくなってしまいました。

 

 だって、お互いの想いを伝えあっても……それでも共に理解しあって、一緒に歩んでいけるのが本当の親友だって事に、ようやくことりは気付いたからです。

 

 

「―――おーい……三人がなんの話してんのか、俺には全く分かんなくて寂しいんだけど……なんの話してるのか教えてよ~」

 

「――ふふっ、正也にはわからなくていいことですよ」

 

「そうそう正ちゃん! 女の子の秘密の話に首つっこんじゃダメなんだからね!」

 

「ちょっ!? 海未も穂乃果もひどくないっ!? ちょっと気になっただけなのに!」

 

 

 

 ―――勿論、親友でも……す、すぐには伝えられない想いだってあるんだけどっ!

 

 

 

 ことりは、文句を言う正ちゃんを見て、思わずそう思います。

 

 

「―――そうだっ! 学校に行く前に、これだけはみんなに言っとかないと……!」

 

 

 その時、正ちゃんはそう言いながら急にことりたちの前に立って、そしてこう言いました。

 

 

 

「―――穂乃果! 海未! ことり! 今後、彼氏だとかそう言うのを作りたくなった時とか、誰かにラブレター貰ったとか告白されたとかあったら、その時は必ず俺に言えよっ!! 

 その時は俺がその相手が、お前らに相応(ふさわ)しいかどうか――俺が面接(めんせつ)して確かめてやるっ!!

 今回みたいに、勝手に彼氏作られたら……俺は悲しいからなっ! 絶対その前に俺に教えてくれよ! 絶対だからなっ!!」

 

 

 

 正ちゃんのその宣言に、ことりは……そして二人もつい笑ってしまいます。

 

 

「な、なに笑ってんだよ三人とも……」

 

「あははははは……うん、いいよ正ちゃん! ――でも、穂乃果たちの彼氏さんは、絶対正ちゃんに“報告”しないと出来ないから……なにも心配いらないと思うな~」

 

「――はい、穂乃果の言う通りですね」

 

「――――うんっ、絶対……正ちゃんに言わないと出来ないね」

 

「えっ……!? 待って、何を言いたいのか俺全く分かんないんだけど!?

 三人の中ではどんな共通認識持ってんだよ! くっそ、わっかんない!」

 

 

 ことり達は、互いにそう言って笑います。

 笑いあいながらことりは、このいつもの雰囲気が、やっぱり私たちらしいんだと思いました。

 だから今……やっとことりは、この三人の中に戻ってこれたんだと、そう思います。

 今はそれだけで、ことりはもう満足してしまいそうで……。

 

 

「よっし、じゃあ……ことりちゃんが帰ってきた記念に、みんなで学校まで競争して遊ぼう!

 ちなみに、一番最下位の人が、穂乃果に購買部のランチパックおごりね~!」

 

「ちょっと……穂乃果っ! それ穂乃果だけが得するルールなのでは!? 待ってください穂乃果ーーー!!」

 

 

 そう言って走り出す二人の姿を、ことりは幸せな気持ちで眺めていました。

 

 

「ああもう……! 置いてかれたっ! 仕方ないな穂乃果は全く……!

 ―――おい、ことり!」

 

「はいっ!? な、なに正ちゃん?」

 

 

 正ちゃんから声をかけられて、ことりはついびっくりしてしまいます。

 

 

「なにじゃないだろ……? このままだったら二人ともランチパックを穂乃果に奢る羽目になっちゃうぞ……だから、ほら!」

 

 

 正ちゃんはそう言ってことりに手を差し出します。

 

 

「正ちゃん、これは……?」

 

「ふふふ……もうこんなに差がついては、俺達のどちらかの負けは確定的だ……だから、せめて二人で同時ゴールして、穂乃果へのランチパック代を割り勘しようっていう俺の魂胆さ……!」

 

「……もう、正ちゃんは仕方ないね……了解です! ことり、割り勘作戦に協力します!」

 

 

 そんな正ちゃんに、ついことりは笑顔になってしまって、正ちゃんの手を取って一緒に正ちゃんと学校に向かって走り出します。

 

 

 正ちゃんがことりの手を引いて、そしてことりは、そんな正ちゃんの後ろで手を引かれて、穂乃果ちゃんと海未ちゃんの所を目指して走る。

 

 叶うなら……今この瞬間だけじゃ無くて、これから先の未来も、いつまでだって正ちゃんに手を引いてもらえる……そんな所に居たいってことりは思います。

 

 

 

 ―――そう、いつまでも正ちゃんの後ろに居たい。

 

 ―――あなたの後ろ(Behind you)に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 ここまで読んで頂けて、本当にありがとうございました!
 三人と正也くんの関係性を説明していくというコンセプトで、今回の個人話を投稿させて頂きました。

 読んで頂いた方の心に、少しでも残って貰えるような話になっていたら、書いていてとっても嬉しいなと、投稿者として思います!
 では、この度評価を付けて頂いた方に感謝の意を述べさせていただきます。

 kazyuki00さん

 評価本当にありがとうございました。
 その他にも、お気に入り登録や、感想を書いて頂いた方にも大きな感謝を――

 

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