それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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26話 it's in the future with the bond

 

 

 

人は1人では生きられない。

 

たとえ目には見えていなくても、いつだって沢山の人に支えられ、助けられながら俺は今日も生きている。

 

 

そう、本当に俺は今まで、色々な人に助けられて生きてきた。

 

 

絢瀬絵里という孤高の華ともいえる先輩に出会い、自分の意志を貫く強さというものを教えてもらった。

 

星空凛という天真爛漫な後輩に出会い、ひた向きな純真さが持つ輝きと、泣いている誰かの元に一秒でも早く駆けつけられる足の速さの大切さを知った。

 

小泉花陽という優しい後輩からは、誰かを想う心の優しさを学んだ。

 

御手洗彩という生意気で、でもどこか憎めない後輩からは、自分の好きな事に対する強い情熱が魅せる輝きを知った。

 

綺羅ツバサという規格外の輝く才能の塊のような人に出会い、意志を、夢を、己の覚悟を貫くと決めた人が持つ輝きを見せつけられ、そしてその輝きの強さに感化された。

 

勿論この五人だけじゃない、穂乃果、海未、ことりの三人には俺が何するにしても力を借して貰いっぱなしで、もう言葉では言い表しきれない程の感謝の気持ちがある。

 

武司もずっと見えない所で俺を助けてくれていた、ひょっとしたら俺が今まで問題を乗り越えられてきたのは全部彼のお陰だったのかもしれない。

 

そして真姫は、俺が中々学校や家では言いにくいような悩みや相談も気軽に聞いてくれたり、一緒に音楽をやってた時は辛い事だって忘れさせてくれた。

 

さらに、俺の周りの大人の人も俺を沢山助けてくれた。

自分の未来を諦めて就職の進路に進もうとした俺を粘り強く説得してくれた担任の先生、海未のお母さんである舞華さんは、海未との剣道の稽古の度に話かけてくれて色々俺の事を気にかけてくれていた。

 

そして特に……南日与子さん。この人には本当に感謝してもしきれない。

借金を背負ってる父さんと母さんの為に、高校に行かないと決めた俺の覚悟を自己犠牲だと優しく諭し、そして自分自身で閉ざしてしまっていた未来の扉を開けてくれた、この人は俺の人生の恩人と言っても過言じゃないかもしれない。

 

こうして思い返してみれば、誰かに助けられっぱなしの人生送ってるって本当に思う。感謝してもしてもしきれない。

 

だから俺は思ったんだ。

『絆は宝だ』

昔俺にそう言っていた父さんの言葉は本当だったんだと。

 

誰かとの繋がりは、その一つ一つは小さなものかもしれない。

でも、その小さな繋がりを重ねて織り紡げば、抗えない運命すら変えられる大きな力になるんだって、それを俺はこの中学校生活で学んだ。

 

ならば、俺も誰かにとっての『宝』になろう。

俺と出会った誰かがその先の人生で、俺という存在に直接でなくとも何かの形で助けられ、笑顔で過ごす事が出来るのなら、『俺に出会えてよかった』とほんの少しでも思ってもらえるような、そんな存在になりたい。

 

だから俺は、今日この日から始めるんだ。

 

例え無様でカッコ悪いと言われてしまうかもしれないけど、それでも自分の心が思うままに、正しいと思った事をするんだ。

 

それが、自分が目指す存在に繋がる道だって信じているから。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

教室で最後のホームルームが終わり、そしてクラスでの記念撮影も終わって解散の指示の後、俺は教室で名残惜しそうに話し合っているクラスメイト達に気付かれないようにコッソリと、だけど急いで教室から飛び出した。

 

そして向かう先は体育館裏。(りん)が待っているという、その場所へ。

 

 

「今度こそ居てくれよ……」

 

 

体育館前に駆けながら俺は気が付けばそう呟いていた。

 そして息を切らせながら建物の裏を覗くと、そこには求めた人物である凛の姿があった。

 

 

「……はぁっ……はぁっ……! 良かった……今度は居たぁ……」

 

 

 こちらを振り返りびっくりしたように目を丸くする凛を見て、思わず安堵からか大きくため息を吐く。と同時に、これからする予定である話を思うと心が緊張で早鐘を打つのを感じた。だけど話さなくては前には進めない、俺は決意と共に口を開いた。

 

 

「じゃあ、彩から話があるって聞いて来たんだけど……話、聞かせてもらっていいかな凛?」

 

 

 その瞬間、凜はまるで瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にし「あっ……そ、それは」と、口をパクパクし始めていた。どうやらまだ話す覚悟が出来ていないようだ。

 

そして、その場は暫く沈黙が支配した。

 

 さてどうしよう。ここで凜の代わりに実は全て知っていると言って話を前に進めることは簡単だ。でも、それではそんな思いをしてまでこの場で想いを伝えようとしてくれている彼女に、その決心に泥を塗るような気がして。

……ああもう、こんな時一体どうしたらいいっていうんだよ。

 

 そんな風に暫く悩んだ結果、結局俺は凛が話す決心がつくまで待つことに決めた。だけど、ただ黙って待つことはしない、俺は静かに口を開いた。

 

 

「凛が何を話そうとしてるのかさっぱりだけどさ、でもなんとなく、それはとっても話しにくて、同時に凄く大切な話だってことはわかるよ」

 

「へっ!? せ……先輩……?」

 

 

 虚を突かれたように体をビクリと震わせる凛。だけど俺は構わず言う。

 

 

「……凛。その話をするのはそんなにもキツい事なのか?」

 

 

 そう問うと凜は、震えながらポツリと答える。

 

 

「……とっても、キツいにゃ。だって……凛と先輩の関係は全部変わっちゃう、終わっちゃう……それぐらいの事だから」

 

「そっか……そう思うならそりゃあ怖くもなるよな。だけどさ凛、こう考えないか? 例え終わってしまってもかまわないじゃないかってさ」

 

「……え? 終わったって良いって……どうして?」

 

 

 訳が分からないといった表情を見せる凛。そんな彼女に俺は言い聞かせるように答える。

 

 

「なぁ、凛。終わらないものなんてきっとないんだ。どんなに続いて欲しいと願ってもいつかは終わる。どんなに終わって欲しくないテレビ番組でも最終回は訪れるし、どんなに大好きだったお店だっていつかは潰れる。そして今日の卒業式で俺と凛の先輩後輩の関係だって終わる。いつまでも続くものなんて、きっとない」

 

「それは……」

 

「だからさ、大切なのは終わり方なんだ。それがどんな結末であっても、後で思い返してそれで正しかったんだって、そう自分で思えることが一番だって俺はそう思う。だから――」

 

 

 そこで俺は真っすぐ彼女の目を見据えて言う。

 

 

「俺は、凛には後悔して欲しくないって思う。だから勇気を持って聞かせて欲しい」

 

「勇気……」

 

「ああそうだ、勇気だよ。踏み出す勇気を持って一歩進めたら、きっと進まなかった事を後悔することは絶対に無いから。だから……今、進んでみないか?」

 

 

 俺の言葉を聞いた凜は迷うように目を震わせた後ゆっくりと目を伏せ、決して短くはない時間が流れた後に凛は顔を上げ、そして笑った。

 

 

「あははっ、本当に正也先輩はズルい先輩だにゃ。でも――」

 

 

 その笑顔の裏には強い決意の色があった。それは、今の自分を変えたいと思い歩む、小さいけれど、彼女にとっては大きな一歩なんだと俺は感じた。

 

 彼女は息を吸い、そして想いを全て吐き出すようにその言葉を告げる。

 

 

 

「―—そんな正也先輩の事が、好きです。凛は可愛くないかもしれないけど……全然釣り合ってないかもしれないけど……それでも、凜は正也先輩の事が好きです」

 

 

 

 そう、言った。

 臆病で逃げてばかりだった彼女は今、自分を変える為の一歩を確かに踏み出した。

 その勇気に、俺は応えたかった。

 

 

「そうか……そう、だったんだな。凛」

 

「はい……だから、凛と、付き合って……ください。もし凛が女の子っぽくないからダメだって言うなら、もっと女の子らしくなれるように努力します! だから……お願いします!」

 

 

 今にも泣きだしそうな目でそう言う彼女に、俺は内心で既に出している答えを思い返す。

 本当に、この答えで良いんだろうか?

 再度頭の中で思考を巡らせる。でも、結局答えは出ないどころか今出ている答えすらも怪しく思えてしまう。……いや、違うな。むしろ今から俺が凛に返そうと思っている答えは、答えとは程遠い何かで、酷くみっともない物で、人によっては後ろ指を差されるものだ。

 

 だけど、俺は静かに覚悟を決めてその答えを口にする。

 例えカッコ悪くても、みっともなくても、ありのままの全てをぶつけてくれている彼女に対して、こっちも今の自分の全てをさらけ出してぶつかろうと、そう思ったからだった。

 

 

「凛、俺は――」

 

 

 

 

 

■ □ ■ □ ■

 

 

 

 

 

「凛、俺は―――」

 

 

 正也のその言葉を聞いた瞬間、凜は心臓の鼓動がより一層早鐘を打つのを感じた。

 自分をここまで連れて来てくれた二人の親友のために、そして後悔の無い終わりを迎えるために、勇気を絞り出した告白だった。

その結果が、今言葉になって返ってくる。その緊張感で凜は思わず目をギュッと閉じてしまうが、耳だけはしっかりと次の言葉を聞き逃さないと澄ませる。そして、返ってきたその返答は――

 

 

 

「―———ごめん。今の俺じゃ、その気持ちには答えられない」

 

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、凜はすっと体からある種の熱が引いていくのを感じた。勿論ショックはあった。しかし、悲しみは驚くほどに無かった。それは、彼女にとって予想通りの結末だったからかもしれない。

 

凛は目尻に残る涙の雫を指で拭い去り、俯きながら口を開く。

 

 

「そう……ですよね。ごめんなさいにゃ正也先輩、卒業式の日なのに困らせるような事を言っちゃって……じゃあ、凜はこれで帰るにゃ! じゃあね正也先輩!」

 

 

 そう一息で言い切って背を向けて走り去ろうとする凛。しかし。

 

 

「待ってくれ、凛!」

 

 

 逃げようとする凛のその手を、正也は掴んで引き留めた。引き留めるその動きはまるで、机の上から落としてしまった脆いガラス細工を、地面に落ちる前にキャッチするかのような、そんな必死な反射運動に似ていた。

 引き留められた凜は目を丸くしながら立ち止まり、気まずくて正也の顔を見る事が出来なかったが、それでも正也の方を振り返り、極力顔を観ないようにしながら口を開く。

 

 

「正也……先輩?」

 

「頼む……行かないでくれ凛……最後まで、聞いてくれ」

 

 

 絞り出すような正也の悲痛な声に、凛はついさっき正也に告白を拒絶された時以上の動揺を感じた。

 

 それは、正也の今にも消えてしまいそうなこんな弱々しい声を、今まで聞いたことが無かったからだった。

 

 そんな凛の動揺を知ってか知らずか、正也は言葉を続ける。

 

 

「俺さ……実は凛が俺の事を好きだって事は少し前から気づいていたんだよ」

 

「え……えええええっ……!?」

 

 

 凛は思いもしなかった事実に恥ずかしさで悲鳴を上げる。今まで肝心な所で鈍感だった正也には、自分の想いなんて伝わっていると思ってもみなかった。

 だけど、事実はそうじゃなかった。だから、凜は尋ねる。

 

 

「じゃ、じゃあ……どうして今まで黙っていたの、正也先輩?」

 

 

 その言葉に正也は、俯いてゆっくりと噛み締めるように答えた。

 

 

「俺……正直に言って嬉しかったんだ。そうやって、誰かが自分の事を特別に想ってくれているなんて、頑張ってる自分を認められたような気がして本当に嬉しかった。だから俺さ……考えてみたんだ。本当に必死で考えた。もし、今の俺が凛のその気持ちを受け入れたらどうなるだろうって」

 

 

 そこで正也は言葉を切り、自嘲を込めたような声でその仮定の未来を語る。

 

 

「そしたらさ……俺はきっとダメになるんだろうって、そう思った」

 

 

 その言葉に唖然としたように凜は口を開く。

 

 

「正也先輩が……ダメになる……?」

 

「ああ……そうだよ。俺さ、最近まで本当に自覚が無かったんだけど、本当に不器用でさ、その上自分の事をいつも後回しにして結局一人で無茶をし続けてしまうような、そんなどうしようもない人間だったんだよ」

 

「そんな事ないにゃ! 正也先輩はちゃんといつも――」

 

 

 唐突に自己卑下を始める正也に、凜は何か必死で言い返そうとする。しかし、その声はまたも自嘲気味の正也の言葉で静止させられる。

 

 

「……悪いな、凛。本当の俺はさ、見栄ばっか張ってひたすらにカッコつけて、他人の目を気にしてばっかの、そんなカッコ悪い人間なんだ」

 

「先輩が……?」

 

「そんな俺が今の状態で、その告白を受け入れてそういう関係になったらさ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それの……何がダメなんですか?」

 

 

 ポツリポツリと語る正也に、いつの間にか凜は反論する言葉をなくしてしまっていた。まるで正也の次の言葉を伺うようにそう問うと、正也は深く息を吸い込んで、そして言う。

 

 

 

「凛、俺もさ……変わりたいんだ。ただ他人を気にするだけで、見栄を張ってばかりで自分の事を一切考えてこなかった今までの俺をやめて、ちゃんと自分の事を考えて、皆の期待に応えるだけじゃなくてちゃんと自分のワガママも貫けるような、そんな強くてカッコいい人間に俺はなりたいんだ」

 

 

 

 そう宣言した正也の声に迷いは一切なかった。そんな言葉を聞いて、凜は納得がいったかのように、反省と諦観の色が一緒になったような言葉を吐く。

 

 

「そっか……だから凜は……ダメ……なんですね」

 

 

 変わりたいと願う正也にとって、今の正也が好きな自分は枷になってしまうと、そう言われたも同然の言葉だった。その言葉に、凜は深く心を抉られながらも笑って言う。

 

 

「わざわざ丁寧に理由まで説明してくれてありがとうにゃ、正也先輩。じゃあ……凜はこれで本当に行くね。かよちんも(あや)ちゃんも待ってるから……」

 

 

 凜はその言葉と共に今度こそ去ろうと思った。内心、こんな思いをさせるぐらいなら最初に引き留めないで欲しかったという、ささやかな恨みをその言葉に乗せながら。

 

 しかし、そんな凛の言葉の直後に被せるように正也は言う。

 

 

「待ってくれ……! 最後まで、話を聞いてくれ……凛」

 

「……話って。話はもう終わったにゃ! もういいから……凜は邪魔なんだって……そうハッキリ言ってよ! それで、もう話は十分だから! 大体正也先輩は――」

 

 

 そう言って自分をまだ引き留める正也に、ついに凜は拒絶の言葉と共にハッキリと文句を言ってやろうと、正也の顔を睨みつける。

 

 

「―———正也先輩は………………えっ?」

 

 

 そして、自分が告白してからずっと見れていなかった正也のその顔を見て、凜は初めて言葉を失った。なぜなら――

 

 

 

「な……なんで、正也先輩は、泣いてるの?」

 

 

 

 凜が見たのは、口元を引き結びながら堪えようとして、それでもボロボロと流れる涙を拭いもせず、まっすぐ自分を見据えている正也の姿だった。

 それは、凜が今まで見た事もなかった、今にも吹けば飛んでしまいそうな、今まで凛が正也に対して抱いていたイメージとは正反対の、弱々しくてカッコいいとは程遠い姿だった。

 

 

「ごめん……ごめん……凛。本当はお前の方が泣きたい筈なのに……俺が話すのがヘタクソな所為で、傷つけて……ごめん……俺には泣く資格なんて無いはずなのに……でも……止められないんだ……」

 

「えっ……えっ……?」

 

 

 凜は呆然としながら、さっきまで言おうと思っていた言葉が全て消え去っていくのを感じていた。彼女にとって、正也のこんな姿はそれほどまでに衝撃的だった。

 

 そんな頭が真っ白になってしまった凛に、正也は絞り出すように言葉を紡ぐ。それは、凜の告白に対する答えの焼き増しだった。だけど、その言葉は先ほどには無い含みを持っていた。

 

 

「凛、だからもう一度言わせてくれ。()()()()()、その気持ちには答えられない」

 

 

 そして次の言葉を紡ぐ前に正也は瞑目し、再度自分に問いかけた。何故なら、今から凛に話そうとする所こそが彼の一番の躊躇いであり、悩みであり、そして何よりの我が儘だった。

 そして再度問いかけた結果、正也はそれが自分の本当の願いだと確信した。

 

彼は自身が今から吐こうとしている願いが、きっと正しくないだろうことは自覚していいた。しかし、それでも、正也が今彼女に対して願う心の底からの本心だった。だからこそ、彼はゆっくりと口を開いて言葉を紡ぐ。

 

 

「多分、いやきっと、今日このままお前を行かせてしまったらもう二度と話せなくなる。俺は……そんなのは嫌だって、そう思う。だから、俺が自分に自信が持てるようになる日まで、待っていてくれないか……凛?」

 

「それは……どういう意味、ですか?」

 

 

 それを聞いた凜は、正也の言葉の意味がわからなくて聞き返す。そんな凛に正也はなおも続ける。

 

 

「本当は告白を一度でも断るって決めたら、それで凛との関係はスッパリと斬るべきだって、それが凜の為にも、一般的にも一番正しい選択だってそう思った。だけど……そう思ったら急に……心が苦しくってしょうがなくて……俺は、凛とまだ一緒に居たいんだって事に気づいたんだ」

 

 

 その言葉は、自らの間違いを自白する懺悔に似ていた。だけど、悩みに悩んでたどり着いた今の正也の答えであり――そして同時に、懇願でもあった。

 

 

「だから……凛、俺はさっき終わらないものは無いって、そう言っただろ? 今日で俺と凛の先輩後輩の関係はもう終わる」

 

「う、うん……」

 

「だけどさ、例え終わってもまた新しく始めればいいって、俺はそう思うんだ。だから……凛、俺が答えを出せるその日まで……俺とまた、ゼロから友達として関係を始めてくれないか?」

 

「それは……結局、今までと何も変わらないんじゃないんですか?」

 

「いや違う。俺は対等な友達として、後輩としての凛じゃなくて一人の人間として凛の事を見れるようにする。そして俺の出来る精一杯で、凛に向き合えるように努力する。そして再度今日の告白の答えを改めて、絶対に返す。だから……どう……かな……?」

 

「………………」

 

 

 問いかける正也に凜は沈黙で返す。その沈黙を正也は内心当然の事だと思った。どんなに言葉を飾っても、自分の言っている事はただの返事の先延ばしに過ぎないと、他でもない自分自身が一番分かっていたからだった。

正也は結局、離別の拒絶と堕落の許容、その二択のどちらも選べず中間の選択肢を選び取った。何故なら、そこにしか凛と共に居たいと願う想いと自分がもっと成長したいと願う想い、この二つを叶える希望がなかったから。

そんな正也の懇願を凛は——

 

 

「うんいいよ。全く……先輩はしょうがないにゃあ」

 

 

 彼女はそう言って正也の懇願を、そんな彼の未熟さを受け入れた。

 そこにはきっと、自分も彼自身の事を見直そうという思いがあったのと——

 

 

(こんな凛の事も対等に扱ってくれようとするなんて、やっぱり正也先輩は優しいな。凛はそんな先輩だからきっと、好きになったんだ……)

 

 

 と、そんな嬉しい思いもあったからだった。

 だけど彼女にも譲れない事はある。それはこの正也に対する恋心だ。

 ならば、好きになった弱み。待てるだけ待ってみようと、彼女はそう思った。

 

 

「わかったにゃ! じゃあこれから、凛は先輩に好きになってもらえるように、いっぱいいっぱい頑張るから、よろしくね先輩!」

 

「あっ……ああっ! 勿論だ、どんとこいドンと!」

 

「ふふふ~、言ったにゃ先輩~? だったら、また凛と一緒に遊びに行こ? 今度はデートのつもり凛は頑張るね?」

 

「りょ……了解。その時は頑張ります……」

 

「あははっ! 先輩固いにゃ~! じゃ、そんな正也先輩が見れたから凛は満足したし、今日は帰るね! それじゃ!」

 

「あ……待ってくれ凛! これ、受け取れ!」

 

 

俺はそう言って去りかけた凛を呼び止め、()()()()()()()を投げ渡す。

 

 

「え? ——わわっ!? こ、これは、もしかして……!」

 

 

 そう言って目を丸く見開いた凛の手の中には、学ランの金ボタンが輝いていた。そんな驚いた顔の凛に正也は言う。

 

 

「それ、俺の第二ボタンだ。お前にやるよ、凛」

 

「——えっ!? ええっ……そ、それって先輩、ひょっとして凛の事……!?」

 

 

制服の第二ボタン、その言葉の魔力に思わず凛は期待の声をあげるが、しかし正也は首を横に振った。

 

 

「……期待させて悪い。でも、それは今日お前が俺に対して出してくれた勇気に、さっきいみたいにカッコ悪い言い方でしか返せなかった、俺からお前に出来る誠意の証だ。……いつか、お前の告白に充分に答えられる時まで、俺の一番大事な所はお前に預けとく。だから……また、返してくれよ?」

 

 

 それは、これ以上ないぐらいに正也から凛への、可能な限りの誠意ある未来の予約だった。そんな正也の誠意に凛は、クスリと微笑んで言う。

 

 

「——あはははっ! うん、わかった! 正也先輩、また絶対返すから……それまで預かっとくにゃ! じゃあ、またねっ!」

 

 

 そう言って、凛は最高の笑顔を見せてその場から去っていく。そんな少女の笑顔に、正也は一人その場で安堵のため息を吐いた。

 

 

「はぁ……よかった。俺の気持ちが全部伝わってくれて。でも、あんなにハッキリ告白されたのに、こんな返ししか出来ないってやっぱり俺、全然カッコ悪いなぁ……ま、いい。ここからだ……全部、ここから始めるって決めたじゃんかよ俺」

 

 

 正也は頷き、これから凛と言う一人の少女の気持ちと向き合い続ける覚悟を固めた。

 と、そんな時だった。

 

 

「——正ちゃん! こんな所にいたんだね!」

「しょ、正ちゃん……いた……」

「正也……探しましたよ」

 

 

 唐突に、三人の声が同時に聞こえた。それは、正也にとって一番大切な三人の幼馴染たちの声。だからこそ、正也は笑顔で振りかえる。

 

 

「穂乃果、ことり、海未……! どうしたんだよそんなに急いで来て。何かあったのか?」

 

 

 そんな正也の問いに、穂乃果は真剣な表情で口を開く。

 

 

「あの……! 正ちゃん、私っ……正ちゃんに話があって来たんだ。だから、聞いてもらっても、いい?」

 

「え……? なんだよ改まって……何かあったのか?」

 

「あの、正ちゃん……実はことりも、話したいことがあって」

 

「そ、そうですっ……! 実は私も、正也に……話したいことがあって来たんです」

 

 

 そんな、まさかの三人からの真剣な話の切り出し方に、正也は少しおっかなびっくりと言った様子で三人に問い返す。

 

 

「三人とも? な、なんだよ一体……ちょっとヘンな気がするんだけど?」

 

 

そんな正也の怪訝な問いに、穂乃果は言いずらそうに視線をさ迷わせたが、やがて覚悟を決めたように頷く。

 

 

「う、うん……本当は、今言わなくてもいい事なのかもしれないけど、やっぱり、どうしても私、後悔だけは絶対にしたくないから! だから言うって決めたの! だから聴いて正ちゃん!」

 

 

 穂乃果の真剣な表情、その裏に隠れた彼女自信の確かな覚悟の色を見て、そしてそれは彼女の隣に立つことりも海未も同じ色を秘めているのを見て、正也も覚悟を決めたように頷いた。

 

 

「……わかった。何の話か分からないけど……俺、聞くよ。一体、何の話なんだ……?」

 

「う、うんっ! い、言うよ……言うからね……!」

 

「ことりもっ……そのっ、言いますっ!」

 

「あっ……そのっ……は、恥ずかしいですけど、私もっ……!」

 

 

そして穂乃果とことりと海未の三人は口を揃え、その胸にある想いを告げようとした………その時だった。

 

 

 

——♪

 

 

 

 正也のポケットから、携帯の着信音が鳴り響く。

 

 

「……!? ご、ゴメン! 三人とも、ちょっと待ってもらって良いか!?」

 

「「「……えっ!?」」」

 

 

 その音にすぐに正也は穂乃果たちを制止し、それに鳩が豆鉄砲を食ったような表情で驚いて言葉を止める三人。

 本来ならば彼は、こんな大事な場面で携帯の着信を優先させることなどあり得ないし、なんなら学校で携帯の電源を入れることもあり得ない。

だがしかし、今この時だけは別。一時も早く報告したい事。それも、今目の前に居る三人に最も報告したい事があるこの時だけは別だった。

だからこそ、正也は三人から離れた場所で携帯電話をとって、そのまま穂乃果たちの目の前で何やら話を始めた。

そんな正也の姿に、ことりは信じられないように言う。

 

 

「え……正ちゃん、どうしたの? あの正ちゃんが人の話より電話を優先する所、ことり見た事ない……」

 

「そ、そうですね……私もです。よっぽど……大事な話なんでしょうか?」

 

 

 ことりと海未がそう会話を交わす中、ただ一人、穂乃果だけは電話先の誰かの話す正也の姿をじっと見つめていた。

 それは、彼女は予感がしていたからだ。その知らせが、きっと自分達にとっても素晴らしいものになるというその予感が。

 そして、そんな彼女の予感を証明するように、正也は笑顔で電話に応対する。

 

 

「——っ! そ、そうですか……ありがとうございます! 俺、頑張りますから! よろしくお願いします」

 

 

 そう言って正也は電話を切り、再び三人に向き直る。その表情には笑顔があった。

 

 

「話の途中だったのに……ゴメン! もう大丈夫」

 

「正ちゃん……一体だれと話してたの?」

 

「ああ、それはな……ふ、ふふふっ……いいよ、もう話しても良いらしいから言う。電話相手は日与子さんだよ」

 

「——えっ!? ことりちゃんのお母さん!?」

 

「ことりの、お母さまですか……?」

 

「えっ……ことりのお母さん? 正ちゃん、お母さんと何話してたの?」

 

「ふっふっふっ……それはなぁ……聞いて驚け!」

 

「う、うんっ……な、何?」

 

 

 期待と共に、穂乃果は頷く。その彼女の頭にはもう、この時に限っては自分が伝える筈だった想いは綺麗さっぱり消えていた。

 そんな彼女に、三人に対して正也は言う。

 

 

「この度、織部正也はめでたく、国立音ノ木坂学院に進学する事になりました! 三人と一緒だぜ! よろしくっ!」

 

「「「——えっ?」」」

 

 

 その衝撃的すぎる事実は、三人の表情を驚愕に変えた。

 どうして? え? 女子校じゃ? とか、そんな疑問は様々に浮かんでは消えてを繰り返した。が、そんな全てを差し置いてでも、その全ての疑問を塗り替える程にたった一つ、嬉しすぎる事実が彼女達の心を支配する。

 そんな三人の気持ちを代表するように穂乃果は、震える声で言う。

 

 

「じゃ、じゃあ……正ちゃんは、高校でも私たちと一緒の高校?」

 

「ああ、そうだよ! ゴメン……今まで言えなくて、ちょっと、色々事情とか手続きとかで公表できなくてさ、でも、その辺りがちゃんと色々終わったみたいだから、言って良いよって日与子さんから言って貰えてさ、だから——」

 

 

 そう言って、正也が言葉に出来たのはそこまでだった。なぜなら——

 

 

「~~~っ! やったぁ! 正ちゃん! 高校でもよろしくっ~~!!!」

「正ちゃんっ! ことりっ、ことり……嬉しいっ!」

「正也っ……! 良かった、良かったですね! 高校……良かったですねっ……!」

 

「——うぉわっ!? ちょ、ちょっと三人ともっ……!? 一気に来ないでっ!? うわぁぁぁっ!?」

 

 

 感極まった三人に突進の勢いそのままに抱きつかれ、正也は地面に仰向けで倒れてしまう。そしてそのまま三人の抱擁を受け続ける。

 そんな三人に、正也はやがて仕方ないなとばかりに笑うのだった。

 

 

「……あ、あはははっ……! うん、本当にゴメン……心配かけて。だから、これからもヨロシク」

 

「うんっ! モチロンだよ!」

「はいっ! 宜しくねっ、正ちゃん」

「ええ! こちらこそよろしくお願いします、正也!」

 

 

 こうして、正也たち四人の卒業式は幕を閉じた。

 そうこうしている間に、穂乃果たちは本来の告白という目的を忘れているような気がしたが、今はそんな事はもうどうでもいいかと思い直す。

 

 だって、これからもまだ、大好きなこの四人との絆は続いていくのだから。

 

 

 

 

 

 

 


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