それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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24話 それぞれの覚悟

 

 

 卒業式の後の教室で(あや)に呼ばれた俺は、教室から出ると同時に無言で彩に腕を掴まれ、そのまま何も説明も無く強引に引っ張られて何処かに連行されていた。

 

 いつもなら俺は、そんな強引な彩の行動に文句の一つを漏らしただろうが、今は黙って何も言わずに彩に付いて行く。

 彩が俺をこれから何処に連れて行く気かなんて、聞かなくても分かる。

 

 きっと、(りん)がそこで待っているはずだ。

 

 ……マズい。おかしいぞ……それは分かってるはずなのに緊張してきた。

 これはひょっとすると、さっきの卒業式の舞台で答辞をやった時よりも今の方が緊張しているかもしれない。

 おいおい……こんなんで大丈夫なのか俺? この調子でちゃんとしっかり凛に、俺の出した“答え”を伝えられるのか……?

 

 

「正也先輩、ここまで来て下さってありがとうございます。着きましたよ」

 

 

 俺がそんな心配をしている間に彩は、先程卒業式を終えた場所である体育館の、その裏手にある人気の無い所にまで俺を連れてきてそう言った。

 

 おいおい嘘だろ、もうこんな所にまで来てたのか。

 と、とりあえず落ち着け俺、クールにカッコよくいつも通りに振る舞うんだ。

 間違っても凛に動揺してる所を悟られる訳にはいかない、まずは落ち着いて深呼吸を…………って、あれ?

 

 心を落ち着かせてから前を見た時、そこに居たのは予想とは全く違う人物だった。

 

 

「あっ、あの……正也先輩……来てくれてありがとうございます……」

 

 

 俺の目の前には、俺が来たのに気づいて慌てて眼鏡をかけ直した後、ペコっと頭を下げる花陽(はなよ)ちゃん一人のみ。

 

 あれ……凛は? いや……え? ま、まさか、もしかして今までのは全部俺のカン違いで、本当は花陽ちゃんが俺の事を……?

 

 俺は隣に居る彩を横目で見る。すると、キョトンとした表情で彩は言った。

 

 

「――って、あれっ? 花陽さん、おひとりですか?」

 

「うっ……うん……ごめんなさい、彩ちゃん……」

 

 

 申しわけなさそうな表情で目線を逸らしながら謝る花陽ちゃんに、彩は眉を吊り上げる。

 

 

「あ……あんのヘタレぇぇぇーーー!! この土壇場で逃げるなんて、何考えてるんですかあの子は!? 頑張るって自分で言ったんですから、言ったからには覚悟決めてくださいよ!」

 

 

 彩は名前を隠して後で驚かせるつもりなのか、その逃げてしまったらしい子の名前を言わなかった。しかし、その子が凛だという事は簡単に察することが出来る。

 ああ、やっぱり俺のカン違いじゃない、さっきまではここに凛が居たんだ……。

 

 すると花陽ちゃんは、怒る彩へ慌てて申し訳なさそうに言った。

 

 

「ご、ごめん彩ちゃん……さっきまでは頑張って居たんだけど……その……私がちょっと目を離した隙に、気付いたら居なくなってて……」

 

「本当に猫ですかあの子は!? 仕方ないです……こうなったら探すしかないですよ花陽さん! なにせ、先輩の卒業式というこの絶好のタイミングを逃がしたら、もう殆どこんなチャンスは無いのですから!」

 

「う……うんっ!」

 

 

 二人は互いに頷き合うと、そのまま回れ右をしてその場から駆け出してしまった。

 俺は慌てて走る二人の背中を呼び止める。

 

 

「お、おい、誰呼んでくるか知らないけど、探すんだったら俺も手伝うぞ?」

 

「正也先輩はいいので、一旦教室に戻っててください!

そして、先生の話が終わった後で良いので、またここに来てもらっても良いですか? ――先輩に話があるって子を、ここに絶対に連れてきますので!」

 

「私たちの方から呼びだしたのに、す、すいません正也先輩……」

 

 

 そう言い残して二人は、そのまま一目散に去って姿が見えなくなってしまった。

 

 ……どうやら、凛と話すのは少し先伸ばしになったみたいだな。

 俺は気付かない間に緊張で力が入りっぱなしだった肩の力を抜く。

 

 

「まぁ……執行猶予って所かな。とりあえず、先生が来る前に教室に戻るか……」

 

 

 彩に戻れと言われたし、ここで待っていても仕方がない。俺は来た道を引き返すことにした。

 

 すると、その時だった。

 

 

 

「正也残念だったなー! “猫娘”から告白なくてよー!」

 

「……っ!? だっ、誰……!?」

 

 

 

 急に頭上から大きな声を掛けられ、慌てて上を見上げると、そこには体育館の二階の窓からさっきの一部始終を見ていたのか、こちらに手を振る武司の姿があった。

 アイツ……いつからあんな所に居たんだ?

 

 

「なんだよ武司か脅かすなよー! そんなとこから隠れて覗きってのは感心しないぞー!」

 

 

 俺は上に居る武司に届くように若干声を張り上げながら文句を言ってやると、心外だといった表情で武司は言う。

 

 

「違う違うー! 卒業式終わったからよ、ちょっとセンチな気分になっちまってここで黄昏てたんだよー! そしたら、そこに猫娘と花陽ちゃんがやって来るのが見えたから、何事かと思って観察してただけだー!」

 

「じゃあ、なんでわざわざ観察してたんだよー!」

 

「だからそれはなぁ! ……チッ、このままじゃ話しにくいったらありゃしねぇぜ。正也ー! 今からそっち行くから、ちょっとそこを動かずに待ってろよ……!」

 

 

 するとそこまで言って、大声を出すのが疲れたのか武司は窓から顔を引っ込める。そしてその一瞬後、武司はとんでもない行動に出た。

 

 

「え、武司お前何するつもり……って、危ねぇ!?」

 

 

 俺はそう言って全力で前方に駆けだしていた。

 なんと武司は窓から顔を引っ込めた後、窓枠に足をかけてそのまま、体育館の二階から地面に向かって飛び降りたのだ。そして武司のその、中学生離れした巨躯が空中を舞う。

 

 ――おいおいふざけんな、理科の授業で自由落下運動の話聞いてたか!? 

 お前の重い身体でその高さから固い地面に飛び降りたら、衝撃で骨折するだろうが何考えてんだ! 受け止められるか分からないけど、とにかく間に合え――!

 

 そう思って俺は、武司の着地予想地点に向かって全力で走る。

 

 

 

「――フンッ!」  ドゴッシーン!

 

 

 

 しかしそんな俺の心配をよそに武司は、両足を地面に着き轟音と共に豪快に着地する。

 

 

「よっし成功! どうだ見たか正也、この俺様のスーパジャンプを! 流石この町一番の喧嘩自慢の俺様だぜ、いい感じに最強だな!」

 

 

 駆け寄る俺に向かって武司は、自慢げにそう言う。そんな、まるで何事も無かったように平然とする武司に俺は叫んだ。

 

 

 

「お……お前はいちいち無茶苦茶すんな! 俺の心配返せぇぇぇーーー!!!」

 

「そっ、そんなに怒る事かよ!? わ、分かった、分かった悪かったから、とりあえず落ち着け正也ー!」

 

 

 

 そんな俺の剣幕に驚いたのか、武司は焦りながらそう言って謝ったのだった。

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

「それにしても、さっきは心臓止まるかと思ったぜ。あんまり脅かすなよ全く……」

 

「まぁまぁ、別になんともないんだから良いじゃねぇか。そんなずっとカッカしてたら寿命縮むぜ?」

 

「はぁ……誰のせいだと思ってんだよ、誰の」

 

 

 結局あの後、俺と武司は一旦教室に戻ろうという話になり、体育館裏から二人で話しながら歩いて移動していた。

 

 その道中で俺は、ずっと先程の武司の行動に対する文句を言っているのだが、武司は一回謝ったのだから別にいいだろうとまともに取り合ってくれない。あれだけ心配させておいてこの態度とは全くもってしょうがない奴だ。

 俺がそんな事を考えている中、武司が唐突に切り出した。

 

 

「ところで話を戻すが正也――結局のところ、どうするんだよ?」

 

「……え? 何がだ?」

 

「勿論、あの猫娘の件だよ……どうすんだ? 告白受けるのか?」

 

「こっ……告白っ!? そ、それは……」

 

 

 武司にストレートにそう言われ思わず言葉に詰まってしまった。だから取り繕うように、俺は目線を逸らしながら言う。

 

 

「……こ、告白とはまだ決まった訳じゃないだろ。だ、第一、凛が俺の事を好きってハッキリとした確証は……」

 

「いや現実見ろって、俺でも察せる位なんだぜ? お前も本当は気付いてんだろ? だったらどうするんだよ」

 

 

 スッパリとそう言い切り、俺に再度答えを求める武司。

 

 随分強引だな、これは下手に返すとキレられそうだぞ。でも……こう言うしかない。

 

 俺は少しためらいながらも口を開いた。

 

 

「――悪いけど、それをお前に言うつもりは無いかな。

 だって、俺がどうするか聞いてお前はどうしようって言うんだ? 」

 

 

 そう言うと武司は少し考えこむような素振りを見せた後、ゆっくりと頷く。

 

 

「そうか……ま、それも言えてるかもな、お前が猫娘をどうしようと俺には関係の無い話だ。

 じゃあ、イエスかノーかの結論はハッキリとした結論は聞かねぇよ。だが、これだけは聞かせてくれ……それは、しっかり考えての答えなんだよな?」

 

「勿論だよ――しっかり考えて、後悔しない結論を選んだつもり」

 

 

 俺がそう言うと、武司はホッと胸を撫で下ろしたように安堵の表情を見せた。

 

 

「そうか……だったら俺は良いんだ。いや、お前今までこういう経験なかっただろ? だから無駄にカッコつけようと変な事する可能性もあったから心配してな。

 だけど――今のお前の表情見てたら、なんとなく大丈夫な気がしてきたわ。お前がどうするつもりで在ろうと、()()()()()()()()()()()()()()()、頼むぜ?」

 

 

 するとそう言って、言葉の語尾に何か意味を含ませたような言い方で俺を見つめる武司に、俺は何か引っかかるものを感じて尋ねる。

 

 

「なんか言い方が変だぞ武司、どうした?」

 

「いや、今のお前が気にすることじゃねぇから聞くな。あー、空が青いなー」

 

「全力で誤魔化されてる気がする……まぁ、そっちがそう言うならいいけど」

 

 

 武司が何を言いたいのかは気になったが、本人が気にする事じゃないと言っているなら親友としてそれを信じてやるのが道理だろう。俺はそれ以上深くは聞かないことにした。

 

 そうして会話が途切れ、黙ったまましばらく二人で歩いていると、武司は空を見上げながら言った。

 

 

「それにしてもよ……お前と小学生の時に友達になってから今まで、色んなことがあったな……まさかあんなに泣き虫だったお前とこんなに長くツルむ仲になるなんて、最初会った時は思いもしなかったぜ」

 

「……本当にそうだな。そりゃ俺だって小学校で一番の乱暴者だったお前と、今こうして並んで歩いてるなんて、昔の俺が聞いたらきっと大泣きするぜ?」

 

「ははっ、ちげぇねぇ。『穂乃果ちゃぁ~ん!』って言いながら泣くなきっと。あの頃のお前は、本当に何かあったらすぐに泣いてばっかだったからな」

 

「ちょっ……そこは否定してくれよ、冗談のつもりだったのに」

 

 

 笑う武司に俺はそう言って文句をつけた。

 まさかそんなに言われる程だったなんて……恥ずかしい。いっそ今から過去の自分を無かったことにしてしまいたい気分だ。

 

 すると武司は笑うのを止め、真面目な顔になって言う。

 

 

「でも……それが今はどうだよ、学校の生徒会長やって、今では生徒のみんなどころか先生達からも愛されてる……正直言って、見違えるほどに変わったよ。

 お前は自分の事、仲間がいないと何もできない凡人だって言うけどよ――すげぇ奴だよ、お前は」

 

「……そ、そうか? そう言われると、嬉しいというかなんというか……ありがとな」

 

 

 改まってそう言われ、嬉しくて顔が熱くなるのを感じながら俺は武司から目を背ける。

 珍しいな……普段はひねくれた所がある武司が、こんなに素直に褒めてくれるなんて。

 これが卒業式の日の魔力というのだろうか――別れの際だからこそ、いつもは言えない事も言えてしまうような、そんな気分にさせてくれる魔力。

 

 そんな魔力の効果がまだ残っているのか、武司は続けて言う。

 

 

「それにお前だけじゃねぇ、あの二人――海未とことりもそうだ。

 あの頃お前の次に弱虫だった海未は、女子の剣道で県大会に出場するぐらい強くなった。

 そしてことりは、人に流されやすい性格(タチ)だったのが、ある日を境にして急にどこか自分に一本芯が通ったような、そんな強さが感じられるようになりやがった。

 ……二人共、変わったしすげぇって思う」

 

 

 それを聞いて俺は思わず目を丸くした。

 

 嘘だろ、あの武司が海未とことりを素直に褒めた? 

 

 いつも穂乃果達に『お前らはあくまでも正也の親友であって、俺の友達って訳じゃねぇ、そこをカン違いして馴れ馴れしくすんな』――って感じの事を言ってばっかの……あの武司が?

 てっきり武司は、三人の事苦手なんだって思ってた――けど、違ったんだな。

 俺はニヤッとからかうように笑って言ってやる。

 

 

「へぇ~? お前が二人を褒めるなんて珍しい、本当はそこまで言える程に二人の事を見てたなんて俺知らなかったぜ~なぁなぁ、そういうのなんて言うか知ってるか? 『ツンデレ』って言うんだぜ? 

 穂乃果からよく借りる少女漫画の男キャラでよく出てくるから、俺知ってるんだ~」

 

「うるせぇ茶化すな。――別に“友達”って思ってなくても、お前とツルんでたら自然と目に入るわ……カン違いすんな馬鹿」

 

 

 そう言って、何故か顔を少し赤くしながら俺から目線を逸らす武司。

 

 ――あれっ? 武司なんでそんな赤くなってるんだ? 別に今恥ずかしい事言った訳じゃないだろ? なのになんで……って……ああ……成る程、()()()()()()

 

 俺はそこまで考えて、ようやく武司のその素直じゃない言い回しに気付き、思わずさらにニヤケてしまいそうになった。

 全く、武司は変な所で回りくどい言い方するなぁ……()()()()ぐらい、素直にアイツらに口に出して言ってやればいいのに。

 

 

「おい……なに笑ってんだよ正也、そのニヤケ面やめろ!」

 

「え~? いやぁ、武司は素直じゃないなぁって思ってさ……」

 

「この……テメェ! いい加減にしろこの野郎ー!」

 

 

 からかわれるのに耐えられず、武司は怒った様子で拳を振り上げて俺を脅しながらそう言った。

 でも俺はそんな狼狽えた様子を見せる武司が面白くて、ますます笑ってしまった。

 

 すると、俺が笑うのを止めないのを見ると武司はその場に立ち止まりながら、照れ隠しのつもりか振り上げた手を下ろして言う。

 

 

「そっ――それに俺は、お前とあの二人をスゲェって思ってるのは認めるが、あと一人……あの、“猪突猛進女(穂乃果)”の事は認めてねぇからな!

 だって、アイツは馬鹿で無鉄砲で、計画性は無いくせに行動力だけは無駄にありやがる……そんなアイツの突飛な行動の所為で、今まで俺達はどれだけ迷惑かけられたか! 

 だから……正直俺には、なんでお前がまだアイツの事を信頼してるのか、よくわからねぇよ」

 

「――へぇ? 武司は穂乃果の事そう思ってるんだ?」

 

 

 俺も同じく歩みを止めながら武司に問いかける。

 

 

「おう――悪いがそうだ。俺は古い付き合いだからって、他人の欠点を見て見ぬフリするような、そんな生ぬるい人付き合いはしない性格(タチ)だって、お前なら知ってるだろ?

 ……それに実際、この中学校生活でアイツがお前の何の役に立った? 生徒会だって実質、お前とことりと海未の三人で回してたようなもんじゃねぇか」

 

 

 武司の言葉に、俺は確かにと少し内心で頷いてしまった。

 

 確かに穂乃果はうっかり屋さんで、おっちょこちょいでミスをしてしまう時が多くある。

 その度に俺と海未とことりは、穂乃果のうっかりをカバーするために色々奔走させられた。そんな場面を多く見て来た武司が、そう言いたくなってしまうのは無理もない。

 武司は続けて言う。

 

 

「それに――穂乃果(アイツ)に、何が出来るんだ?

 正也(お前)のように、人をまとめ上げる統率力がある訳じゃない。

 海未のように、己の正しさを貫ける多才な力がある訳じゃない。

 ことりのように、全てを見守る優しさ(強さ)がある訳でもない。

 だったらせめて、あの猫娘みたいに速く走れる身体能力があるかというと、そうでもない。

 じゃあ、そんな何も無いアイツに何が出来る? 正也――言ってみろよ」

 

 

 そう言うと武司は俺に、責めているのか試しているのか分からないような厳しい目線を向けた。

 

 

 確かに、武司がそう言ってしまいたい気持ちはよくわかる――だけど、俺は知っているんだ、穂乃果の強さを。

 

 

 それは確かに、海未やことりや凛のように分かりやすく役に立つ才能じゃないだろう。

 

 

 

 ――でも、だからこそ特別に光り輝くその“才能”を――!

 

 

 

 

「ああ……そんなに語って欲しいなら言ってやるよ、穂乃果の凄い所」

 

 

 

 

 それから俺は武司に、穂乃果の持つ特別な才能を語り始めた――

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 一方その頃、学校の屋上で(りん)はどこか悲しげな表情をしながら一人(たたず)んでいた。

 

 

「はぁ……かよちんと彩ちゃんがいっぱい応援してくれたのに、結局逃げちゃったにゃ……彩ちゃん怒ってるだろうなぁ……」

 

 

 凛は沈んだ表情でそう呟いた。

 

 それもその筈。崖から飛び降りるような覚悟で、自身の初恋である正也先輩に告白すると二人の前で宣言し、彩に正也先輩を呼び出すのを頼んだり、花陽に自分が逃げ出さないかどうか見張っておいて欲しいと言ったりして、色々協力してもらったにも関わらずこの結末。

 凛は、内心二人に対して申し訳ないと感じる一方、自分の土壇場での意気地の無さを実感して深く落ち込んでいるのだった。

 

 凛はそこまで考えて、屋上に来てからもう何度目かもわからない深いため息を吐いた。

 

 そうしてそのまま、短くない時間を屋上で過ごしていると、屋上の扉がバァンと勢いよく開く音がし、凛はビックリして立ち上がりながらそちらを見る。

 

 

「――いたぁ! 凛さんこんな所に居たんですね、学校中探し回りましたよホントに!」

 

 

 するとその扉から、栗色の髪を揺らしながら勢いよく飛び出てきたのは彩だった。

 凛は驚いた表情で言う。

 

 

「……な、なんで彩ちゃんがここに?」

 

「なんてって、凛さんが逃げたから、花陽さんと二手に分かれて学校中探し回ってたに決まってるじゃないですか! まぁ、とにかくそんなのはどうでも良いですから、早く正也先輩の所に行きましょう!」

 

 

 そう言って、彩は凛の手をグイグイと引っ張った。

 しかし、凛はその手を振りほどき、諦めの混じったような寂しげな表情で言う。

 

 

「もう、いいよ彩ちゃん。凛……正也先輩に告白するの……やめる」

 

「――へっ? ど、どうしてですか凛さん! 正也先輩の事……好きなんですよね? 先輩、今日で卒業しちゃうんですよ!? もう簡単に会えなくなっちゃうんですよ!? いいんですかそれでも!?」

 

「うん……わかってるけどそれでもいい。だって――」

 

 

 驚愕の表情を露わにしながらそう言う彩に凛は、正也から自分が逃げたその最大の“理由”を語る。

 

 

「――――凛は、()()()()()()()()()()

 

「……はぁ?」

 

 

 彩は凛の全身をくまなくチェックする。

 

 確かに、凛の髪型はまるで男の子のようなショートヘアで、女の子がするヘアースタイルとしては少し珍しい部類の方には入るだろう。

 

 しかし、それでもしっかりトリートメントなどの手入れを欠かすことなく、綺麗に整えられたそのサラサラの髪は、決して“女の子っぽくない”という事はあり得ないと彩は思った。

 むしろ短髪で活発な女の子が好みの人にとっては、凛は容姿的にストライクコースど真ん中150キロの剛速球だ。

 

 それ以外にも、陸上部の走り込みの賜物(たまもの)で無駄な脂肪がつくことなく引き締まったその脚は、同性である彩ですらも惚れ惚れとさせるし、顔なんか特に可愛い部類の方だ――彩は、凛の言ってる事がまるで理解できなかった。

 

 だから、彩は即刻その凛の卑屈な考えを正そうと口を開く。

 

 

「なにを言ってるんですか? 凛さんは充分()()―――」

 

「――それだけじゃないにゃ!」

 

 

 しかし、凛はそう言って彩が言おうとしたその“単語”を遮り、さらにそこからゆっくりと、自分の想いを吐き出すように語り始めた。

 

 

「……正也先輩はみんなから人気あるし、それに……穂乃果先輩や、ことり先輩に海未先輩……性格も良くて、とっても可愛い幼馴染の女の人が居るから……きっと凛なんかが告白したら、正也先輩は困っちゃうに決まってるにゃ……だからっ……!」

 

 

 そこまで言って、凛は俯いたまま何も言わなくなってしまった。

 それを見て彩は、どうして凛が直前になって正也への告白を思いとどまったのかの、その本質的な理由を察した。

 

 この星空(ほしぞら)(りん)という親友の少女は――圧倒的に、壊滅的に、または絶望的に――自分への自信が無いのだ。

 

 何故、凛はそこまで自分に対して卑屈になってしまったのか? その過去に一体何があったのか? その理由を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()知る(すべ)を持たない。

 

 だが、そんな事は彩には関係なかった。

 例え凛に過去、どんなトラウマになるような出来事があったのだとしても、それでも凛に言う事は変わらない――いや、むしろより一層、“この言葉”を強く言ってやらねばならないという決心を彩に与えた。

 

 彩は息を吸い込んで思いっきり大声で、顔を俯かせてしょぼくれた表情になってしまってる凛に言ってやる。

 

 

 

「凛さんは、可愛いです!!」

 

 

 

 突然大声を張り上げた彩に、凛はキョトンとした表情で彩の顔を見た。

 そんな凛に彩は、得意のまくし立てるようなマシンガントークを叩き込む。

 

 

「自分が女の子らしくない? はぁ? 何言ってるんですか凛さんは! 好きな人の為に少しでも役に立ちたいと思ってお手伝いを頑張ったり、好きな人に褒められて顔を真っ赤にしたり、彼女がいるかいないかで涙を流すほど一喜一憂したり! そんなの、恋してる女の子の行動そのものじゃないですか! 正直言わせてもらいますけどクソ可愛いですよッ! なんでそんな自分に自信ないのか意味わかんないぐらいですもん! 今だって、好きな人に告白するって決めても、イザとなったらやっぱり自信がなくなって怖くて逃げて、そしてこんな所で一人落ち込んで……何ですかその、普段の押せ押せな性格から想像もつかないような奥手っぷりはぁっ! ギャップがクソ萌えるじゃないですかコンチクショウ!! もし私が恋愛小説作家なら、凛さんを主人公にして日本国民全てのハートをキュンキュンいわせる物語書けますのにぃーーー!! 良いですか凛さん! あなたはもっと自分に自信を持つべきです! 最強に可愛いあなたに告白されて、オチない男なんて居ませんから! だから――諦めないで下さいッ!!」

 

「えっ? えっ……??」

 

 

 彩のその、魂を絞りだすかのような“説得”に、凛は顔を真っ赤に染めながらひたすら混乱するのみだった。

 それもその筈、凛は今までの生涯において、ここまで他人から自分の女らしさについて力説された事がなかったからだ。その表情は困惑と嬉しさが入り混じったようなものを窺わせる。それは彩の“説得”の効果が如実に表れている事の証明だった。

 そして彩は、ゆっくりと優しく諭すように言った。

 

 

「ですから凛さん、もう一度だけ……勇気、出してみませんか?」

 

 

 そんな、自分にそこまで言葉を尽くしてくれる友達に対して、凛はもうなにも言い返す言葉を持たなかった。凛はしばらくの沈黙の後、ゆっくりと頷いて言う。

 

 

「――う、うん。じゃあ凛……もう一度だけ、頑張ってみる」

 

「そうです、その意気です! あのお気楽天然ジゴロの正也先輩に、ドカンと一発ぶちかましてやってください! そうと決まれば、こんな所で油を売ってる暇はありませんよ、さっきの所に戻って正也先輩が来るまでに、完璧な口説き文句でも考えておいてください凛さん!」

 

 

 凛は彩の言葉に背を押されるように歩き出し、屋上の扉に手をかけた。そして、出て行きざまに彩の方を振り返って言う。

 

 

「ありがとう彩ちゃん、凛は彩ちゃんがそこまで言ってくれるように可愛い自信ないし、行ってもまた告白できないかもだけど……でも、ちょっとだけ勇気でたにゃ」

 

 

 そして凛は、そのまま屋上から去って行った。

 彩は凛の去り際の言葉に、今だその言葉の端々から感じられる自信の無さに、ため息を吐いて一人呟いた。

 

 

「はぁ……()()()()()()()、凛さんの抱えたコンプレックスをどうにかする事は出来ませんでしたか。でも――ああして前に進めるようになっただけでも、こんな私でも充分役目を果たせたと言えますよね?」

 

 

 そう言って彩は、空に向かってそんな問いを誰に向けるでもなく口にした。

 

 ――人間には誰しも、必ず何かの与えられた役割が存在すると誰かは言った。

 しかし、どうやら自分には、凛という少女が抱えたコンプレックスを解決する役割どころが、そうなってしまった原因を知る権利すら無かったらしい。

 

 

「――でも、まぁきっとその辺の色々は、私の大好きな花陽さんか、あのカッコつけの先輩が何とかしてくれるでしょう! さーて、こうしちゃいられません、早く花陽さんに凛さんが見つかった事を伝えに行きませんと!」

 

 

 彩はそんな、自分らしくない暗い考えを振り切るように、または大好きな親友とその先輩を信頼するように、そう言って走り始めた。

 

 

 

 しかし彼女は、今日この時自分がやった事が凛にとってどんな大きな意味をもたらしたのか、それをまだ知る由は無いのだった。

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

「――という訳だ、分かったか武司?」

 

 

 俺は一通り穂乃果について語り終えた後、話が伝わったかどうか気になり、そう言って武司に問い掛けた。

 すると武司は俺の問いに、うんざりした表情で返す。

 

 

「ああ……わかったっつうかその……正直、ここまで長々と語られるとは思わなかったんだが……お前、あれから十分以上も語ってたんだぞ……?」

 

「え、嘘、そんなに喋ってたか俺……って、うわぁ……マジだこれ」

 

 

 俺は学校の時計を見る、すると時計の長針が話を始めてから十分以上が経過していることを示していた。

 これはやってしまった。もしかして俺、一度語り始めると止まらない癖あるのかな? 

 確か前にツバサさんと会った時にも、促されて延々とスクールアイドルについて語ってた事あったし……。これから気を付けるか。

 

 

「はははははっ! あんだけ熱く語ってて自覚無かったのかよ正也!」

 

「うるさいな、悪かったよ……これからは気を付ける」

 

「……ま、でも言いたい事は大体わかった。お前の言うのが本当なら、穂乃果の事も少しは見直してやるよ」

 

 

 そう言って納得する武司の上からな物言いに、俺は文句を返す。

 

 

「なんだよそのカッコつけた言い方。――それにそもそもお前、俺が改めて語らなくてもそこまで穂乃果の事嫌ってないだろ」

 

「な……そ、そんな事ねぇよ! 穂乃果は本当に迷惑な奴で……」

 

「“でも嫌いじゃない”――だろ? お前の言いたい事なんて、大体わかるんだよ」

 

「……お前、ムカつく」

 

「褒めてくれてありがとう」

 

 

 プイとそっぽを向いて悪態をつく武司に、俺は笑顔でそう言ってやった。

 すると武司は、反撃にと意地の悪いような笑顔で笑う。

 

 

「それにしても、お前って本当にお前穂乃果の事が好きだよな~。普通幼馴染の事とはいえ、あんなの長く語れるって相当だぜ? やっぱり本命は穂乃――」

 

「ああ、大好きだよ」

 

「――果で決まりって………はぁっ!!??」

 

 

 すると武司は言葉の途中で、顎が外れんばかりの勢いで口を開いて俺に詰め寄った。想定外の返しに驚きを隠せなかったのだろう。

 ――ふふっ、珍しい反応見れてラッキー、たまにはこの手のからかいに反撃するのも悪くないな。

 そう思って俺は武司のリアクションに笑ってしまいながら言う。

 

 

「穂乃果だけじゃないぜ? 俺の生涯のライバルである海未のことも大好きだし、優しいことりのことも大好きだ。これからずっとこの先の人生も、信頼してる大切な俺の親友なんだ」

 

 

 しかし、俺が笑顔でそう言うと、武司は突然真顔になって考え込むように黙ってしまった。

 ――あれ? なんか俺変な事言ったかな?

 様子がおかしい武司にそんな心配をしていると、武司はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……成程、理解した……()()()()()()()。お前……本当に馬鹿だな」

 

 

 武司はそう言葉にすると、突然その場から駆け出してしまった。

 ――ヤバ、もしかして親友として自分の名前がないから怒ったか? そう思った俺は慌てて声をかける。

 

 

「お、おい勘違いするなって! お前の事も大事な親友だって思ってるから!」

 

 

 すると武司はその場に立ち止まって言った。

 

 

「――怒ったんじゃねぇよ、ただ俺は……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……? 何の話だ?」

 

「わからないなら良い――ってか、一生理解すんな。お前はそのままでいてくれ、そうしたら――俺が全部終わらせてきてやるよ」

 

 

 そう言って意味ありげな台詞を吐く武司に、俺は何のことかわからず、何も言えずにただ頭の中に一杯のハテナマークを浮かべるのみだった。

 そうして悩んでいると、武司は振り返って一言を発した。

 

 

「なぁ……行く前に一つ聞いて良いか? 俺ってよ……喧嘩っ早いし、色々面倒な性格してるって自分でも理解してるんだけどな……お前、今まで俺と友達でいて、良かったって思うか?」

 

 

 俺はそれを聞いて、よかったと胸を撫で下ろした。

 ――だって、さっきまで何を言ってるかまるで分らなかったけど、その言葉の意味だけはしっかり伝わったから。

 

 

「おう! 勿論だ! お前と居て楽しかったに決まってるだろ! というか“友達”じゃなくて“親友”だろ? 勘違いしてんじゃねぇよバーカ!」

 

 

 だから俺は、全力で笑ってそう言ってやった。

 すると武司は何故か俺に顔を見せないように慌てて前を向き、そして目元を腕で擦る仕草をした。――もしかして、泣いてるのか武司?

 そして武司は、こちらを振り返ることもなく言った。

 

 

「おう、サンキューな正也。それだけで――その言葉だけで俺は、()()()()()()どんな悪役にでもなってやるよ。じゃあな、また後で会おうぜ――親友!」

 

「あ……おい待てよ!」

 

 

 そしてそのまま、武司は校舎の中に走って見えなくなってしまった。

 本当にどうしたっていうんだ武司は……()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな感じがしたけど……アイツ、何か無茶やる気じゃないよな?

 俺は武司が心配になったものの、もう追いかけるには不可能になってしまい、その場で立ち止まるしかなかった。

 

 まぁ武司の事だ。結局俺がどんなに心配したとしても、さっきの体育館からの飛び降りと同じように、ケロッとした表情で帰って来るんだろう。

 

 そう思って、俺はそれ以上を心配しないようにしたのだった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 そして、武司と別れてしばらく歩き、校舎の中庭辺りにまで来た時のことだった。

 

 

 

「おっ……織部(おりべ)先輩!」

 

「うん? そうだけど……君は誰? 何の用?」

 

 

 

後ろからかけられた声に反応して振り返ると、そこには名前の知らないショートヘアの後輩の女の子が一人いて、そしてやけに緊張した様子で俯いたままで何かを言おうとしていた。

 

 一体急にどうしたんだこの子は……あっ、もしかして、海未に何か用があって俺に伝言でも頼みたいのかな? 

 海未は剣道部の後輩の子に随分慕われてたからなぁ……流石俺の永遠のライバル、女の子にモテモテって訳だ。

 そう思って俺は女の子の返答を待つ。――すると、ようやく躊躇うように口を開いたその子から、予想外の一言が飛び出した。

 

 

 

「あ、あのっ……よっ、良かったら、織部先輩の制服のボタン、貰っても良いですか……?」

 

「え、俺? って……ぼ、ボタン!? ええっと……それは、その、つまり……」

 

 

 

 さっきようやく収まった胸の鼓動が、再びうるさく鳴り始めるのを感じる。

 

 これは、きっと“アレ”だ。

 穂乃果から以前借りた事がある少女漫画の中で見た展開であった、『卒業式の日に女の子が好きな先輩から学生服の第二ボタンを貰う』――という、奥ゆかしい日本文化古来の恋愛における風習っ……!

 

 つ、つまりは……この子も、俺の事を……? 

 おいおい嘘だろどういう事だ!? 凛の件といい今といい、何か最近急に後輩にモテてないか俺!? 今までそんな事言われたことも無いのに!

 と、とりあえず……こういう時ってまず告白の返事をすれば良いのか? それとも、返事を求められてないからボタンを渡すだけで良いのか? それとも……いっそ渡さない方が良いのか?

 分からないどうしよう、だってこんな事になるなんて全く予想もしてなかったし……!

 

 

「お、お願いします! せめて……記念にでも良いので……!」

 

 

 そう思って焦ったような表情を見せると、俺が迷っていると思われたのか、後輩の子はそう言って頭を下げた。

 どうやら、告白の返事を求めている訳ではないみたいだ。

 

 むむ……だったら仕方ない、女の子にそこまでされたら、カッコいい男としては頼みを聞くしかないじゃないか。

 よし分かった。どうせ今日が終わったらもう着る予定のない学ランなんだ、ボタンぐらい気前よく渡してあげよう。

 それでこの子にとって今日の日が、憧れの先輩に第二ボタンを貰えたという大切な記憶の一ページとして、俺の名前が刻まれるのなら本望じゃないか。

 

 そう思って俺は、さっきまで慌てていた内心を落ち着かせる為に深呼吸をし、冷静なフリを装って返事をする。

 

 

「――うん、良いよ。ボタンぐらい全然持って行って」

 

「ほっ……本当ですかっ!?」

 

 

 後輩の子はそう言って頭を上げ、嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

 ま、参ったな……そこまで喜ばれるなんて思ってもみなかった。

 そういえば俺、今まで他の人から『お前はモテる』みたいな事を言われた事あるけど、冗談だって思って信じる気なんて全然無かった。

 

 でも、ひょっとして……俺って本当にモテるのか?

 

 もしそうだったら少しだけ嬉しい。

 だって……女の子にモテるって事は、『カッコいい男』にまた一歩近づけたって事だろ? 

 

 

「じゃあちょっと待ってて、今渡すから……」

 

 

 俺は嬉しさでついニヤケそうになってしまう口元を引き締めつつ、制服の第二ボタンを取ろうと胸元に手をかける。

 

 

「先輩……ボタン……本当に、好きに持って行って良いんですよね……?」

 

 

 そうしていると、まるで再度何かを確認するように後輩の子はそう言った。

 ……なんなんだ一体? ボタンならあげるって今言ったじゃないか、変な事言うなぁ……。

 

 

「ああ勿論。もう卒業しちゃうけど俺は君の先輩だからな、カッコいい先輩としては、後輩の前で二言なんてあるもんかよ」

 

 

 ――と、俺がそう言った瞬間、女の子はさっきまでしおらしい表情だったのが一変し、まるで計画通りといった不敵な笑みを浮かべると、大声で周囲に呼びかけた。

 

 

 

「やったー! 言質(げんち)とったよみんなー!! 織部先輩、ボタン好きに持って行って良いってさーーー!!!」

 

「「「「「ナイスっ!! ありがとーー!!」」」」」

 

 

 

 その子の呼びかけに答えながら、今まで中庭の何処に隠れていたのか一斉に女の子が大勢現れ、そして一気にこちらに向かって駆けてきた。

 

 え……何コレ? 何が起こってるの?

 

 状況を呑み込めずに俺が固まっていると、素早く駆け寄ってきた女の子の手が俺のボタンに手をかけ、そして一瞬で制服の一番上のボタンを毟り取った。

 

 

「よっし! 先輩の第一ボタンもーらいっ!」

 

「あっ、ズルっ! じゃあ私第三ボタンもらいます!」

 

「ちょっ、な、何なのコレ!? どういう状況これ!?」

 

 

 俺は第三ボタンに手を伸ばそうとした子の手を躱すように後ろに飛びのき、そして女の子達と正面から向かい合う。

 すると、この事態を引き起こした元凶の子が笑顔で俺の問いに答える。

 

 

「いえいえ~、なんなのって言われましてもさっき先輩、ボタン好きに持って行って良いって言ってくれたじゃないですか~? だから、私達全員に渡してくれるんだと思いまして~」

 

「いやいやいや! さっきの状況からしたら普通、君一人にあげるんだと思うよ!? まさかこんな連合組んでやって来るなんて思ってもみなかったよ!?」

 

「まぁまぁ、そうケチな事は言わず……ほらぁ、後輩の前で二言は無いんでしたよね、セ・ン・パ・イ?」

 

「そ……それは……と、時と場合によるッ!!」

 

 

 俺は後輩の子達に背を向け、そのまま走って逃げた。

 ふざけんな、ボタン全部取られたら服がボロボロになっちゃうじゃないか! そんなカッコ悪い格好になんて、絶対なってやるもんかよ!

 

 

「あっ逃げた! よーし、者どもかかれ~~!! 織部先輩のボタンを狩り尽くすのじゃ~!」

 

「「「「「了解です隊長ー! まて~織部先輩~!!」」」」」

 

 

 そんな掛け声と共に俺の後ろから、女の子達が追って来る足音が聞こえて来た。

 

 くそ、追ってくる気かよあの子達……! ってかもう、完全に遊んでるじゃないか、俺をからかう気だな!

 

 ……ああもう! やっぱりそうですよねー! 俺がモテるなんて事ある訳ないよねー! 危ない危ない、もう少しで勘違いする所だっだ。もうこれからは二度とそんな勘違いしないからなこの野郎ーー!

 

 過去の自分の自惚れを責めながら俺は、制服のボタンを死守するために中庭から校舎内に向かって駆ける。

 

 

「――よし! 何とかここを抜けて、校舎内に入れば逃げ切れる!」

 

 

 俺は追いかけてくる女の子達の走る速さを確認し、そう自分に言い聞かせた。

校舎に入ってしまったら後はこっちのもの。適当な物陰に隠れるか何とかしてこの子達を撒けは良いだけ。

 この直線を逃げきるだけで良いなら簡単だ――そう思い俺は、笑って勝利を確信する。

 

 

 

「来たぞ織部先輩だ! 野郎ども、音中サッカー部の威信にかけて先輩を逃がすなー!」

 

「「「押忍! キャプテン!」」」

 

「――って、なんでこっちからも大勢来てるんだよ!?」

 

 

 

 すると、そんな俺の逃走経路を潰すように、前方から駆けてくるサッカー部の面々。

 

 なんだよ!? あいつらなんで俺を邪魔してくるんだよ!? 

 人数ギリギリでやってるお前らのサッカーの試合で、助っ人に俺がよく行ってやったからむしろ俺には恩があるだろお前ら!?

 

 俺は慌ててその場に立ち止まり、前方から迫って来るサッカー部と後方の女の子達を交互に見る。

 

 ――あ、ダメだこれ挟まれた。

 

 そう悟った瞬間、一気に俺はサッカー部と後輩の女の子達にもみくちゃにされた。

 

 

「ぐおぉぉぉ! やめて! そんなに押さないで! 分かった、分かったから順番に話をしよう! ボタンならあげるから! あげるからそんなにがっつくのやめてーー!」

 

「ホントですか先輩!? じゃあ俺にもよろしくお願いします!」

 

野郎(オマエ)に言ってないよ!! ってかお前ら男なのに、なんで俺のボタン取りに来てるんだよ!? ってかなんで俺こんな事になってるんだよ!?」

 

「いえ違うんですよ先輩! だって先輩今日で卒業しちゃうじゃないですか! だから、今まで先輩にお世話になった奴らを集めて、盛大に何かして先輩を送ってあげようって話になったんですよ!」

 

「そうです織部先輩! ですから、先輩が居なくなっても、先輩がこの学校に居た(ボタン)は、ひとつ残らずしっかり私達が持って(のこ)してあげようって話になったんですよ! 嬉しいですよね正也先輩!」

 

「そんな余計なお世話いらねぇぇぇーーーーーー!!!」

 

 

 ふざけるな、お世話になった先輩のボタン毟り尽くすなんて、どんなアホな送別会だ。送ってくれる気持ちはありがたいけど全然嬉しくないぞ!

 そう思って俺は足掻くも、結局数の暴力には勝てず、抵抗空しくブチブチと制服からボタンが奪われていく。

 

 ――いけない。このままじゃ最期の学校でのひと時を、ボタンを全て失ったボロボロの制服姿で過ごさなきゃいけなくなってしまう。

 それだけは……それだけはカッコいい男を目指す身としては認められない。何としてでもこの状況を何とかしないと、何か手は――って、あれは!

 

 すると、俺をこの状況から救ってくれるかもしれない存在が通りがかるのを見つけ、俺は必死で声をかける。

 

 

「先生!! せんせーーい!! たすけてくださーい!! 教室に戻りたいのに、皆が俺をイジメるんですーー!!」

 

 

 俺はそう言って、通りがかった担任の先生に必死に助けを求めた。

 

 良かった助かった! なにせ先生は俺が高校行かないって言った時に、俺に何かあったんじゃないかと思って、わざわざ自分の時間を削ってまで放課後に根気強く俺を説得してくれたほどの、超お人好しで優しい先生だ。

 きっと、今の俺の事も助けてくれるはず!

 

 すると、先生は俺の方を見てすぐに状況を察すると、やれやれといった表情で口を開く。

 

 

「織部君ー! 教室での最後のホームルームはまだ後だから、ゆっくり楽しんでくれよー。じゃあ、先生はまだ話があるからまた後でなー!」

 

 

 先生はそう言うと、平然とそのまま歩き始めてしまった。

 

 

「ちょっ!? 見捨てないで下さい先生ぇーーーー!!!」

 

 

 嘘だろ放置か!? くそう先生め、そういえば先生は入学の手続きの時点で日与子(ひよこ)さんの方から、もう俺が音ノ木坂学院に進学する事は話はされてるんだっけ……。 

 じゃあ進学の問題が解決したらもう俺には興味なしか! この冷酷教師ぃーー!!

 

 俺がそう心の中で叫んだ瞬間、先生はまるで俺の心を見透かしたように振り返り、そして何かを俺に向かって言って、その言葉を最後に去って行ってしまった。

 

 小声で何を言ってるのか聞き取れなかったけども、口の動きを見るだけで、俺には先生が何を言ったのか分かる。

 

 

『よかったね、卒業おめでとう織部君』

 

 

 ――くそ、先生それズルいって、不意打ちで泣きそうになっちゃったじゃないか。

そういえば先生には進路の件だけじゃなくて、生徒会で困った事があった時に色々相談に乗って貰った事もあったっけ。

 そう思えば、この中学校生活で先生には沢山迷惑かけてきちゃったよな……本当に、今日までありがとうございました。

 

 俺はそう思い、胸にこみ上げるものをぐっと堪えた。

 しかし、みんなは俺がそんな感傷に浸っているのもお構いなしで、今度は制服の袖のボタンまで全て奪い取っていく。

 

 

「隊長! 取れるボタンは全部取り尽くしました! 次はどうしましょう!?」

 

「甘いわ! まだ中のワイシャツのボタンがとれるじゃない! 織部先輩が身に付けてるボタンというボタンを全て、ひとつ残らず(むし)りつくすのだー!」

 

「流石隊長~! じゃあ、先輩の服脱がせちゃおう、そーれ!」

 

「ちょっ……やめ……! みんなもういい加減にしてくれぇぇぇーー!!」

 

 

 そしてついに調子に乗って、今度は服まで脱がせようとする後輩達に、俺は半分もう無駄と分かっている抵抗を続ける。

 

 

 ああ……一体いつになったら、俺はここから解放して貰えるんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃のこと。

 

 穂乃果(ほのか)とことりと海未(うみ)の三人は、後輩から正也が中庭で熱烈な卒業祝いを受けている様子を、教室を出た廊下の窓からから眺めていた。

 

 

「――はぁ、随分と騒ぎになっているから気になって出てみれば、やはり正也ですか。

全く……卒業式の日なのにあんなに騒いで、正也は最後の日くらい落ち着くことは出来ないのでしょうか?」

 

 

 後輩の波に抵抗する正也を眺めながら、海未はそう言って呆れたように軽くため息をついた。

 

 

「あははっ、でもスゴイよね正ちゃんって、卒業式の日にあんなに沢山の人から祝って貰えるなんてさ。正ちゃんも嫌がってるように見えるけど、本当は嬉しいんじゃないの~?」

 

 

 海未と同じく窓から正也を見下ろしながら、穂乃果は冗談っぽく笑う。

 そんな穂乃果につられたのか海未は、やれやれといったような呆れた表情をしながら言う。

 

 

「まぁ確かにあれは、正也が今までこの学校で頑張ってきたことに対する、みんなからのせめてもの恩返しのつもりなのでしょうけど……でも、それにしても少し賑やかすぎますね。

 ――ふふっ、ですが今さらですし、注意するつもりはありませんけど」

 

「うんうん、それに正ちゃんならあれぐらい、自分でなんとかしてくれるよきっと」

 

 

 そう言うと二人は、中庭でみんなのおもちゃと化してしまった正也を眺めながら笑った。

 どうやら二人は正也の助けに入らずに、そのまま見守ることに決めたようだ。

 

 するとそんな中、廊下に出てから何も言わずに中庭の様子を眺めていたことりが、唐突に一言発した。

 

 

 

「……五人」

 

 

 

 ことりの言った不思議な一言に、穂乃果と海未は驚いてことりの顔を見る。

 そんな二人の視線に気づいたことりは、慌てて言葉を返した。

 

 

「ああっ……ごめんね穂乃果ちゃん、海未ちゃん。驚かせるつもりは無かったんだけど……」

 

「いえ、別に構いませんけど……それよりことり、その五人っていうのは一体何の人数なんですか?」

 

「ううっ……それは……その……」

 

 

 海未の言葉に一瞬迷った後、ことりは少し躊躇うようにゆっくりと口を開いて言った。

 

 

 

「あの……あそこの正ちゃんの周りに居た後輩の子達の中で、()()()()の、人数」

 

「「えっ……!?」」

 

 

 

 ことりの言葉に、思わず息を呑む穂乃果と海未。

 

 そう、ことりは見てしまっていたのだ。

 あの正也を中心とした、賑やかでふざけた明るいムードの中。正也の服から取ったボタンを、まるで大事な宝物を抱えるかのように両手で胸の前で握りしめ、その場を静かに駆け足で去った女の子達が居た事を。

 

 

「やっぱり……正ちゃんって女の子に人気あるよね。ことりも後輩の子からそれは聞いた事があったけど……でも、こうしてそれを実感しちゃうとつらいなぁ……」

 

 

 ことりはそう呟き、なんとも言えない表情で窓の縁に突っ伏した。

 

 ことりはかつて所属していた手芸部で、後輩の子の間で正也が人気だという話を耳にしたことがあったものの、実際にそれを目の当たりにするのは初めてだった。

 

 その上彼女は、凛が正也に想いを寄せている事も知ってしまっているのもあってか、どうしても心になんとも形容しがたい焦りを感じてしまっていたのだった。

 

 そして窓の縁に突っ伏したままことりは、悲しげな声で呟いた。

 

 

「ことりは正ちゃんの事好きだけど……でも、もし将来告白してダメだったとしても、正ちゃんは穂乃果ちゃんか海未ちゃんと一緒になって、そしてどんな形でも四人でずっと仲良くしていられるって思ってたの。

 でも……それって違うんだね、正ちゃんが誰かほかの子と付き合って、そしてそのまま疎遠になっちゃうかもなんて……今まで、考えたことも無かった……」

 

「ことり……」

 

 

 沈んだ表情のことりに対し、海未は何を言えばいいか分からずに戸惑う。

 ことりはそんな海未に目線を向けながら問いかける。

 

 

「ねぇ海未ちゃん……中学校を卒業しちゃったら、正ちゃんとは今みたいに一緒にって訳にはいかないよね?」

 

「それはそうですけど……でも、正也は別の高校に行っても私達とは変わらずに親友でいてくれると約束してくれました。ですからきっと、高校にいっても疎遠になることはありませんよ」

 

 

 ことりを元気づけるように明るくそう言う海未に、ことりは首を静かに横に振りながら、中庭でなおも続く、正也のボタン争奪戦の様子に目を向けて言う。

 

 

「でも……正ちゃんは友達作るの上手だから、きっと、どこの高校に行ってもあんな風に沢山新しい友達できちゃうと思う。

 そしたら、例え正ちゃんに悪気はなくても、新しいクラスのみんなと付き合っていくうちに私達のことを少しずつ後回しにしちゃうかも……。

 そして……いつか、他の女の子から告白されて、それをもし正ちゃんがオーケーしちゃったら……そしたら……もう本当に正ちゃんとは会えなくなっちゃいそうな気がして……」

 

「それは……おそらくないと思いますけども……」

 

 

 海未はそんなことりの、妙に現実味を帯びた話を、ハッキリと否定する事が出来ずに言葉を濁した。

 

 確かに正也は、どんな時でも友達をに大切にする優しくて強い心根の持ち主で、海未はそんな正也だからこそ想いを寄せている。

 だがそれと同時に海未は、そんな性格の正也だからこそ、新しく出来た友達も同じように大切にして、その結果ことりの言うような事になってしまうのではないかという疑念をどうしても否定することが出来なかったのだった。

 ことりは目を閉じて願うように呟く。

 

 

「正ちゃんの通う高校、ことり達と同じ方向にあったらいいなぁ……そしたら、学校に行くときだけでも一緒に通えたりするのになぁ……」

 

「それは……残念ですけど期待できそうにありませんね。

この辺りの高校で歩いて通えるのは私達の行く音ノ木坂学院か、それかあのUTX学園ぐらいしかありません。

 正也は、どこの高校に行くか詳しくは話してくれませんでしたが、両親に金銭面的に負担をかけない高校に行くと言っていました。ですからきっと、自転車通学できる距離にある、学費の少ない公立校に通うのでしょう。

 なので……徒歩通学の私達とは、登校する時に待ち合わせするのは難しそうですね」

 

「だよね……ことり、正ちゃんと離れたくないなぁ……」

 

「そんなの……私だってそうです。でも、こればかりは仕方ないじゃないですか……」

 

 

 

 そう言って、二人が寂しげに呟いたその時だった。

 

 

 

「――よしっ。海未ちゃん、ことりちゃん……私決めたよ」

 

 

 

 そんな二人に、ずっと黙って考えていた様子だった穂乃果が突然、何かを決心した表情でそう言った。

 

 

「なにを……決めたんですか穂乃果?」

 

「な……何を決めたの、穂乃果ちゃん?」

 

 

 恐る恐る穂乃果にそう尋ねることりと海未。

 穂乃果は大きく深呼吸をした後、宣言するように言い放った。

 

 

 

 

 

「私……正ちゃんに今日告白する! だから、ことりちゃんと海未ちゃんも、穂乃果と一緒に告白しよう!!」

 

「「え……ええええええええええーーーーー!!!???」」

 

 

 

 

 

 そんな突然の穂乃果の宣言に、ことりと海未は同時に驚愕の声を上げた。

 

 

「な……なんで突然そんな事を言うんですか穂乃果!? そんな急に言われても……無理です! 絶対無理です……!」

 

「そっ……そそそそそそうだよ穂乃果ちゃんっ! 私……全然心の準備もなにもっ……」

 

 

 真っ赤になりながら慌てる海未とことりを見ながら、そんな二人に言い聞かせるように穂乃果は口を開く。

 その口から放たれる言葉は、確かな意志に裏打ちされた力強い響き。

 

 

「でも、ここで何もしなかったら本当に、ことりちゃんの言う通りになって正ちゃんと離れ離れになっちゃうかもしれない……そんなの、絶対に穂乃果やだよ!

 だったら何もしないでいるより今日告白して、そして正ちゃんの彼女(特別)になれれば……そしたら、高校が違ってもこれから先もずっと、また四人で一緒に居られる機会もいっぱいできる!

 そうする為にはもう今しかないんだよ! だから頑張ろうよ……海未ちゃん! ことりちゃんっ!」

 

「穂乃果……」

「穂乃果ちゃん……」

 

 

 穂乃果のその、決して引く事のない覚悟の籠った言葉に、ことりと海未は信じられないといった思いで穂乃果の名を呟いた。

 

 何故なら、穂乃果の口ぶりから察するに、穂乃果の中では既に決心はついていて、正也に告白しに行くことはもう彼女にとって決定事項だった事は明白だ。

 

 しかし穂乃果は二人に黙って一人で正也に告白しに行くという手段を取らず、わざわざ自分が告白する事を宣言し、あまつさえそれを二人にも薦めたのだ。

 その行為は本来あるはずだった彼女の勝率を、三分の一以下にまで削る暴挙と言っても過言では無かった。

 

 でも、それを自覚していても穂乃果がそうしたのは、自分一人が抜け駆けしてしまう事に対する罪悪感を無くすことと――それ以上に、海未とことりに正々堂々でいたいという、穂乃果自身の意志の表れだった。

 

 そんな穂乃果の意志を理解した二人は、その決意の強さに引っ張られるように、瞳に力強い輝きが灯る。

 

 

「そうですね……そうでした。自らが欲するものがあるのなら、恐れずに前に進む強い意志が大切だと、以前母から言われたことをすっかり忘れていました。

このまま何も出来ずに終わる位なら……私も穂乃果と一緒に正也に想いを伝えます!」

 

「……うん、ことりも頑張る。だって、もう二度と自分の気持ち……諦めたくないからっ」

 

 

 海未とことりはそう言った後、三人は無言で頷きあった。

 その瞬間、三人の中で言葉は交わさなくとも、例えこの中の誰が選ばれたとしても後悔はないという想いが共有された。

 もし自分が正也に選ばれなかったとしても、同じ位大好きな幼馴染の二人(存在)になら――まだ納得できる、許せる、祝福できる。だから今は勇気をもって告白をしよう。

後になって後悔だけはしたくないから。

 穂乃果とことりと海未は、そんな決心をそれぞれ固めた。

 

 

「よーし、じゃあ早速どこで告白するか考えようよ! どこがいいかな……やっぱり、ちょっと恥ずかしいから、あんまり人に見られない所が良いよね……?」

 

「場所もそうだけど穂乃果ちゃん、どうやって正ちゃんを呼びだすかも考えないと……」

 

「そうですね……恥ずかしながら私は正直、今の精神状態で告白前にまともに正也に顔を合わせられる自信がありません。で、ですから直接呼び出すのは厳しいです……。

ですが、かと言ってメールで呼び出すのも礼儀に欠けるような気もしますし……どうしましょう……」

 

 

 

 そしてそんな風に三人が、正也に告白するための話し合いを始めた時だった――

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()。悪いが……それをさせる訳にはいかない」

 

「「「えっ……?」」」

 

 

 

 

 

 まるで冷水を浴びせかけるような冷たい制止の声に、驚いて三人が振り向く。

 するとそこには、真剣な表情をした武司(たけし)が立っていた。

 

 

「た、(たけ)ちゃん? 何時からそこに……ってそれより、今なんて言ったの……?」

 

 

 穂乃果は武司に、言葉の意味の説明を求めるようにそう聞き返した。

 武司はその問いに暫く沈黙して思案した後、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「――おいおい、ここまできて察しが悪いぜ穂乃果? 

 さっきの言葉通りに決まってる。穂乃果、海未、ことり……お前らが正也に告白するのを、俺は止めに来たんだ――それぐらい理解しろ、“猪突猛進女”」

 

 

 

 

 そう言って武司は、これから始まる舌戦の口火を切る。

 

 こうして学校の廊下の片隅で――正也の預かり知らぬ場所で、大切な四人の幼馴染同士の闘いが、静かに幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更新が止まっていて申し訳ありませんでした。
最近リアルの方が忙しくてなかなか時間を取ることが出来なくなっていました……申し訳ございません。

次回は出来る限り早く投稿したいと考えています。

では、また。


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