それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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3話 夕焼け色の友情

 

 

 穂乃果ちゃんがこういう風に、新しいことをやろうと言い始めるのは今回に限った話ではない。

 

隣町への探検に行こうって突然言ったり、近所に新しいお店が出来た時にはそこを見にいこうと言い出したり――例をあげればキリがないぐらいだ。

 

 穂乃果ちゃんがそう言うたびに、僕と海未ちゃんとことりちゃんは、穂乃果ちゃんに巻き込まれる形でそれに付き合わされるのだけど―――でも毎回、必ずと言っていいほど酷い目に合う。

 

 隣町に探検に行ったら、僕がことりちゃんと一緒に2人で迷子になったり。

 お店の中を見て何も買わずにいたら、冷やかしだと言われて店員さんに怒られたり。

 

 ……本当に、色んな酷い目に遭うのだ。

 

 だったら、穂乃果ちゃんに付いていくのをやめれば良いのでは、と誰かに言われたこともあるけど、僕たちにそんな気はなかった。

 

 なぜなら――

 

 隣町で迷子になっても、親切に道を教えてくれたおばちゃんが僕達にくれた飴は美味しかった。

 新しく出来たお店の綺麗な内装にとっても感動した。

 

 ……という感じで、僕たちは穂乃果ちゃんに巻き込まれた時に、どんな酷い目に遭っても、それと同じぐらい良いことがあって、結局後悔だけはしたことが無かったんだ。

 

 だから僕たちは、いつも穂乃果ちゃんの突然の提案に巻き込まれ続けるのだが――今回は、少しレベルが違った。

 

 

「「ええーーー!?」」

 

「……む、無理ですー!」

 

 

 穂乃果ちゃんの提案に、僕とことりちゃんは驚き、海未ちゃんは早々に拒否の意思を示す。

 それは無理もない。穂乃果ちゃんが登ろうと言っているその木は、僕たちが登るにはあまりにも高かったからだ。

 

 

 ……しかし、そんな僕たちの声を無視して、穂乃果ちゃんは木にさっさと登り始めてしまった。

 

 

「どうしたのー? みんな早くー!」

 

 

 穂乃果ちゃんはそう言って、木を登りながら僕たちに呼びかける。

 でも、ことりちゃんと海未ちゃんは、そんな穂乃果ちゃんを見て、困ったように二人で見つめ合うだけだった。

 

 でも僕は、そんな悩む二人を見ながら静かに闘志を燃やしていた。

 

 そして、覚悟を決めて僕は言う。

 

 

「―――よし、僕行くよ!」

 

「ええっ!? 大丈夫なの正ちゃん?」

 

「ほ、本当に行くんですか……?」

 

 

 僕の決意に、驚くことりちゃんと海未ちゃん。

 

 でも、そんな二人の言葉を聞いても僕の決意は変わらなかった。なぜなら――

 

 

 怖いけど、これを乗り越えれば『カッコいい男』に近づけるかもしれない……

 

 

 ――という思いが、僕の中にあったからだ。

 

 僕の頭の中で、今日僕の事を笑ったあのガキ大将の顔が浮かぶ。

 

 ここで逃げたら、本当に僕は男の子としてダメになっちゃうかもしれない……だから、僕は泣き虫だけどせめて、穂乃果ちゃんの隣に行くぐらいの根性はあるんだって証明したいんだ!

 

 僕はそう決意すると、木の前で一度深呼吸してから、穂乃果ちゃんの後を追って木に登り始める。

 

 ことりちゃんと海未ちゃんは、そんな僕の姿を見てどうするか悩んでいる様子だったけど、結局置いて行かれるのが嫌だったのか、僕の後に続いて木をゆっくり登り始めた。

 

 そして僕達は、一生懸命に木を登り続け――ついに、穂乃果ちゃんの居る高さの木の枝までたどり着いたのだった。

 

 

「あ、みんな着いた!? 見て見て! きれいだよー!」

 

 

 すると、僕達より先に到着していた穂乃果ちゃんが、やっとのことでたどり着いた僕たちを見て、興奮したようにそう僕達に向かって呼びかける。

 

 

 

 

 ……しかし、僕たちはそれどころでは全くなかった。

 

 

 

 

「た、高いっ……!」

 

 

 僕は木の上から地面を見つめてその高さを実感し、あまりの恐怖で立ちながら身動き一つ出来なかったのだった。

 

 

「わ~ん~! 怖いよぉ~~!」

 

「ひっ…! こ、怖いですーー!」

 

 

 ことりちゃんと海未ちゃんは、そう言って木の枝の上で座り込んで、お互いに抱き合って泣いていた。

 

 木を登っている時には登ることで頭が一杯で、全く下を見ていなかった僕たちは、目的地に着いて、はるか下の地面を見て思ったのだ―――落ちたら死ぬと。

 

 そう思えるぐらいに、僕たちにとってはその高さはあまりにも恐怖だった。

 

 

「みんなどうしたの? ほら見て、きれいだよー!」

 

 

 そんな僕達の状況も全く気にせずに、穂乃果ちゃんは笑いながら僕たちに向かってそう言う。

 

 だから僕は……

 

 『む、無理だよ穂乃果ちゃん! 怖いよーー!』

 

 ………と、言おうとして、僕は穂乃果ちゃんの方を向こうとした。

 

 

 

 その時――眩しいオレンジ色の光が、僕の目の端に映る。

 

 その輝きが気になって前を向くと、そこには木の上の高さから見える、とっても綺麗な夕日の姿があった。

 

 

 

「……きれい…………」

 

 

 

 僕はそう言って言葉を失う。

 

 それはとてもすごい光景だった。

 高いところから見る町並みが、沈みかけの夕日によって鮮やかな茜色に染められていて、視界全体が綺麗な茜色の輝きを放つ。

 そんな、まるで赤いルビーが詰まった宝石箱みたいな光景から、気が付いたら僕は目が離せなくなっていた。

 

 

「ふわぁ……すごい…」

 

「きれいです……」

 

 

 すると、ことりちゃんと海未ちゃんの方から、そんな感動するような声が聞こえてきた。

 どうやら、二人は目の前の綺麗な景色に夢中になってしまったみたいだ。

 その証拠に、さっきまで泣いていたのが、今はすっかりと泣き止んでしまっている。

 

 

「ね、きれいでしょー?」

 

「……うんっ! すっごくきれいだよ、穂乃果ちゃん!」

 

 

 そう言って、自慢げな顔をする穂乃果ちゃんに、僕は目を輝かせながらそう返す。

 

 ここに来て僕は、穂乃果ちゃんが何故、木を登ろうと言い出したのかの理由がやっとわかったのだった。

 きっと穂乃果ちゃんは僕たちに、この景色を見せたかったに違いない。

 

 

 ……でも、なんでいきなり穂乃果ちゃんはこんな事を? 

 

 と、そんな考えが僕の中で浮かぶ。

 

 

 すると穂乃果ちゃんはそんな僕の疑問に答えるように、僕の方を向いてこう言った。

 

 

 

「――正ちゃん、今日はいろいろあったけど元気出して!

 ぜったい正ちゃんならできるよ! だって穂乃果達が味方だもん! がんばって……ううん、ファイトだよ!」

 

 

「え……あ……穂乃果ちゃん……?」

 

 

 

 穂乃果ちゃんの言葉が、飛び箱の事を指していることに僕はすぐに気付いた。

 

 そして僕は穂乃果ちゃんの本当の目的に気づく。

 穂乃果ちゃんはさっきまで落ち込んでいた僕の為に、この場所を教えてくれたのだという事に――

 

 

 

「正ちゃん、大丈夫、ことりも応援してるよっ!」

 

 

 

 穂乃果ちゃんの言葉の後に、僕に向かって笑顔でそう言うことりちゃん。

 

 

 

「……正也なら絶対にできます。がんばって下さい」

 

 

 そう言って、僕に優しい笑顔を僕に向けてくれる海未ちゃん。

 

 

「ことりちゃん……海未ちゃん……」

 

 

 僕はそんな三人の優しい言葉を聞いて、胸の奥からこみ上げるものを抑えきれなくなってきていた。

 それでも最初はそれを我慢しようと思ったけど、泣き虫な僕が、そんな事なんて出来る訳もなくて……

 

 

「ひっく……グスッ……ありがとう……ありがとうみんなぁ……」

 

 

 結局、僕は泣いていた。

 

 本当に……大好き……みんな……!

 

 でも、さっきまでとは違って、今は悲しいから泣いてるんじゃない――あんまりにも嬉しいから、泣いているんだ。

 だから……いいよね、今は思っきり泣いても……

 

 

「あー正ちゃん、また泣いてるー! もう、本当に正ちゃんは泣き虫なんだからー」

 

 

 すると、さっきボールの事で笑われたお返しのつもりか、そう言って僕をからかう穂乃果ちゃん。

 僕は慌てて穂乃果ちゃんに言い返す。

 

 

「な、泣き虫なんかじゃないよ! これは嬉し泣きだから、泣いてるうちには入らな……いや、入るかも……」

 

 

 穂乃果ちゃんにそう言い返してるうちに、やっぱり自信が無くなってきた僕は、ガックリと肩を落としながらそう言い直した。

 

 

「あはははは! 正ちゃんおかしいー!」

 

「ふふっ……ごめんね正ちゃん……ことりも限界……」

 

「二人とも……笑ったら正也に悪いです……ふふふっ」

 

「もー! みんなして笑わないでよー!」

 

 

 三人にそう言って笑われて、なんだか恥ずかしくなった僕は、恥ずかしさを誤魔化すように大声でそう言った。

 

 あれ? さっきの公園での穂乃果ちゃんみたいになってないか僕!? 

 ……まぁ、いいかな、みんな楽しそうだし。

 

 僕はそう思うと同時に、次の体育の時間に対するリベンジ心が湧いてくるのを感じた。

 

 

 よっし……みんなにこれだけ励まされたんだ……絶対、次の体育の時間では飛び箱を飛んでみせる!

 そして、今度は絶対あのガキ大将や、他の男の子達をギャフンと言わせてやるっ!

 もう二度と飛び箱が出来ない、弱虫で泣き虫な男だって思わせてなるもんか!

 

 

 ……公園で落ち込んでいたままでは、絶対こんな気持ちにはなれなかっただろう。

僕は改めて、この三人の心優しい友達に感謝した。

 

 

 

 本当に……三人ともこんな泣き虫な僕には、もったいないぐらいの最高の友達だよ。

 

 

 

「さて、正ちゃんも元気になったことだし、そろそろ帰ろー!」

 

 

 

 そして思いっきり笑った後、穂乃果ちゃんはそう言った。

 

 その言葉に、僕と海未ちゃんとことりちゃんは現実へと戻される。

 

 

 

「「「あ………………」」」

 

 

 

 綺麗な景色を見て、僕たちはすっかり忘れてしまっていたんだ

 

 

 

 ここが、とっても高い木の上だってことに

 

 

 

 しまった……降りることなんて全然考えてなかった……

 

 この、落ちたら死んでしまうかもしれない高さから降りなければいけない、僕はその事実に足がすくんでしまった。

 

 僕は、木の幹側にいる海未ちゃんとことりちゃんに目を向ける。

 

 

「無理です……絶対無理です……」

 

「怖いよ……お母さん……お父さん……」

 

 

 やっぱり予想通り、二人とも僕と同じ気持ちのようだった。

 

 

「どうしたのみんな? 早く降りようよー」

 

「穂乃果ちゃん……高いよ……おりれないよ……穂乃果ちゃんが先に降りて」

 

 

 僕は震えながら穂乃果ちゃんにそう言う。

 僕達が動けないからには、穂乃果ちゃんに先に降りてもらって、誰か助けを呼んでもらうしかないと僕は思ったからだ。

 

 

「えー? このぐらいへっちゃらだよ? よーし、見てて……」

 

 

 そう穂乃果ちゃんが言った瞬間だった。

 

 

 

 ミシミシ……ベキッ!!

 

 

 

 僕たちに不幸をもたらす音が鳴り響く。

 

 

 

「「「「えっ…………!?」」」」

 

 

 

 

 その音と同時に、僕たちの足場である丈夫な木の枝が……折れた。

 

 

 

 




 

うん……ここまで折れずに持ってくれて、ありがとう木。


では、今回は短めですが、区切りが良いのでここで切らせて頂きます。

もし良ければまた次回もよろしくお願いします!

 

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