それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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22話 神田明神チェイス・ラン

 

 初詣のお参りの後俺達は、『ねぇねぇ、折角だからみんなでおみくじ引いていこうよ!』という穂乃果の意見に引っ張られ、おみくじ売り場の所にまで来ていた。

 

 

「やったー大吉だぁ! 今年は良い事ありそう! ねぇねぇ、みんなはどう?」

 

「穂乃果ちゃんすごーい、ことりは……中吉!」

 

「二人共良い運勢ですね、では私も……って……あ、凶みたいです。

 ……そうですよね、私、ここに来てから恰好の所為で散々な思いをしてますし、今年はきっと私はずっとこんな目に遭うんですね……」

 

「う、海未(うみ)ちゃん……元気出して……ほ、ほら、穂乃果の大吉あげるから!」

 

「別に気を使わなくても良いですよ穂乃果、結局私が凶を引いたことは変わりは無いんです……」

 

 

 率先しておみくじを引いた三人の結果は会話を聞いて察せる通りで、穂乃果とことりのくじ運が良かった二人が凶を引いた海未を励ましていた。

 

 するとそんな落ち込んだ海未を見て、武司(たけし)は調子づいたように言う。

 

 

「はーっはっは! ザマねぇな海未、まぁそこで俺様のクジ運をとくと見てやが――ハァッ!? 大凶ッ!? ウッソだろ!?」

 

「ふっ……人を馬鹿にするからですよ、私の勝ちですね武司」

 

 

 落ち込む海未を挑発したバチが当たったのか、ノリノリでおみくじを引いて大凶を当てた武司を見て、途端に元気を取り戻したように勝ち誇る海未。

 

 

「畜生ッ! 凶のくせに! 凶のくせに調子に乗りやがってぇぇぇーー!!」

 

「凶と大凶……どちらが上でどちらが下か、それは言わなくてもわかりますよね?」

 

「ぎゃ、逆に滅多に出ない大凶引く方が中途半端な凶より運良いだろふざけんな! これぐらいで勝った気になるんじゃねぇぞ!」

 

「残念ですね……負け惜しみほど醜いものはないですよ、武司」

 

「この(アマ)……! ちょっとこっちが煽っただけで仕返しに煽り返すとか器小さすぎだろ……! そんな性格してっと、正也に嫌われるぞぉ!」

 

「なっ――正也の事は今は関係ないでしょう!?」

 

 

 そんな言い争いをしながら互いに張り合う海未()武司(大凶)――五十歩百歩とはまさにこの事だろう。そんな二人を苦笑いしながら穂乃果とことりは見守っていた。

 

 そして、ギスギスした雰囲気の二人を尻目に、花陽ちゃんと(あや)

 

 

「あ、小吉……」

 

「奇遇ですね、私も同じ小吉ですよ! フフフ……これは末永く花陽さんとはお友達として付き合えそうな良い予感がします!」

 

 

 とまぁこんな感じで、殺伐とした雰囲気とは無縁のほのぼのとした平和な光景が展開されていた。

 

 

 ――ちなみに、俺がこうやって他人事のようにみんながおみくじを引いてる所を解説しているのは何故かと言うと、単純にみんなでおみくじを引く流れに参加しなかったからだった。

 

 そもそもだ、今では初詣のついでにと気軽にやっていく人が多い『おみくじ』ではあるが、それは決して舐めてはいけない代物(シロモノ)だと言う事を理解していない人が多すぎる。

 だって考えてみて欲しい、おみくじというのは突き詰めて考えてみたら、わざわざ貴重なお金を払ってまでしてテレビでやる朝の星座占いを見せられてるのと同義なのだ。

 それでいて、なまじ神様のご利益という根拠が不確定な信頼要素まで付いていて、大吉とか当たった結果が良ければまだしも、悪い結果が出た時の心理的ダメージは星座占いや血液型占いのそれの比じゃないのだ。

 

 それに第一、こんな紙切れ一枚程度でその年の運勢を決められるなんてたまったもんじゃない。どんな不運だって運命だって、自分の手で届く範囲なら困難の全てを切り開いてみせるのが俺の座右の銘だ。

 ――さっき神様にお願いしたみたいに、本当にどうにもならない事もあるのも確かではあるが。

 

 まぁそんな暗い話はいい。つまり俺的に言わせて貰えば、おみくじは引くだけお金の無駄。

 だから俺はこういうみんなで和気藹々とした空気にあえて混ざらない――そう、()()()混ざらないのだ。

 

 

 

 だから別に、さっきのお参りの時にボーっとしてて、五百円玉と五円玉を間違えて賽銭箱に間違えて投下してしまって、おみくじを引くお金が無くなってしまったからだとか、そんなカッコ悪い理由では決してない……そう、決して違うんだ。

 

 

 

「だから、おみくじの結果をみんなで見せあうなんてそんなの……羨ましくなんてないぞ……ないんだからな……」

 

「正也先輩、みんなと一緒におみくじ引きたかったなら素直に言えばいいのに……」

 

 

 そんな俺に、同じくおみくじを引くのを辞退した(りん)が呆れた様にそう言った。

 素直に言えばいいのに? バカなそんな筈はない、俺がおみくじを引きたがってるように見えるか?

 

 

「うるさい、彩のラーメン屋に通う為にお年玉温存するとかいう、食い意地張ったお前と一緒にすんな!

 俺はしっかり『おみくじ』っていう神社の名物的な文化に対する、客観的視点に基づいた崇高な考え方があってだな……」

 

「正也先輩こそうるさいにゃ! 彩ちゃん家のラーメンはそれだけおいしいの! 

 それに――凛知ってるよ。客観的視点がどうとか、そういう難しい言い回しをした時って先輩、大体恥ずかしいのをごまかしてる時だよね?」

 

「……ぐっ」

 

 

 そうスパッと凛に言い捨てられ、俺は何も反論が出来なくなってしまう。

 俺は固く握り拳を握りしめ、絞りだすように言う。

 

 

「――ごめんなさい……俺、強がってました……!

 ものすごく皆楽しそうだから、拗ねて心にもない事言っちゃってました……!」

 

 

 ごめんなさい。さっきは長々とおみくじのダメな所を語ったけど、実はそんなに難しい事は気にしてないです俺。

 

 今の穂乃果達みたいに、おみくじをみんなでワイワイ言いながら結果見せあうの超楽しそうです。

 結果とかご利益とかお金の無駄とか、そんなの本心では一切気にしてません。

 みんなで楽しく騒げるならなんだって俺は良い――というかむしろ、そういう意味だったら俺おみくじ引きに行くの大好きです。

 

 

「うんうん、正也先輩は最初から素直にそう言ってればいいにゃ」

 

「素直にっていってもなぁ……」

 

 

 満足げにそう言って笑う凛に、俺は少しため息交じりになりながらそう返す。

 

 だって……仕方ないじゃん! 財布に入ってた五百円玉と五円玉間違えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って――そんなカッコ悪い所、俺が素直に皆に言える訳ないだろ! 

 新年早々俺の財布の中はすっからかんだよ! くそ、お金欲しいー!

 

 

 そんな半ば開き直ったような気持ちになりながらも俺は、理由は兎も角、折角凛と二人で話せる機会が来たので最近少し心配に思っていた事を聞いてみる事にした。

 

 

「まぁ、それはそれとして……凛、最近生徒会に俺顔出せてなかったけど、仕事とか大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫! 正也先輩が丁寧に教えてくれたし、仕事の内容をまとめたノートだってあるし分からない所は今の所無いよ、むしろ思ってたより仕事少なくて拍子抜けかなー?」

 

 

 そう言って笑顔で答える凛。

 ――良かった。凛が生徒会長になってからしばらくは毎日のように生徒会に顔出してたけど、最近色んな事あり過ぎて自分の事ばっかり考えてて、真姫の事と同じく凛の方にも気が回ってなかったから――反省しないと。

 

 俺はそう考えて軽く落ち込んだが、それを悟られないように明るく笑って凛に言う。

 

 

「そっか、なら良かった!

 でも、生徒会が忙しいのはこれからが本番だからな~。でも、まぁ気負い過ぎない程度に気を引き締めて、一生懸命にやってたら生徒会長の仕事は大体何とかなるから頑張れよ凛!」

 

「うん! 正也先輩みたいに……は、流石に無理かもだけど……それでも先輩に任されたから、凛は凛なりに生徒会長頑張るにゃ!」

 

「よっし、その意気だ凛! 期待してるぜ!」

 

「にゃー!」

 

 

 そう言い合って俺達は意気込み新たに、お互いにパチンと手を合わせてハイタッチした。

 

 

 ――それにしてもやっぱり、今の凛を見てたら絢瀬(あやせ)先輩の背中をずっと追っかけてた頃の中学二年生の自分を思い出すなぁ。

 

 凛がこうして何かにつけて俺の期待に答えようとするところを見る度に、俺に似てる所あるなと思ってしまうのだ……だから俺はどうしても、この時々猫みたいな喋り方をする変な後輩の事が他人のように思えない。

 

 それにその上、俺なんかのどこが良かったのかは分からないけども、凛は俺の事を慕ってくれている。

 まぁ当然、男として好かれているなんて自惚れはしないけど、でも尊敬する先輩として好かれている事ぐらいは凛の俺に対する態度を見てたらすぐに分かる。

 

 だから凛にとっての俺の存在が、昔の俺にとっての絢瀬先輩のそれと同じだというのなら、そんな凛の期待には全力で応えてやりたいと俺はそう思っている。

 

 そういう意味でなら……俺は、凛が一番大切な後輩だと胸を張って言えるだろう。

 

 

 

「いやー、新年早々、相変わらず凛さんと正也先輩は仲が良いですね~。やはり正也先輩のタラシのプレイボーイっぷりは健在といったところでしょうか?」

 

「あ、彩ちゃん……そんな言い方失礼だよ……」

 

 

 

 そう言っておみくじ売り場から戻って来たのは、ニヤニヤと意味深な笑顔で笑う彩と、その彩の歩みを止めるかのように袖を引く花陽ちゃんだった。

 穂乃果達は二人について来ておらず、どうやら向こうは武司と海未がまださっきの五十歩百歩な論争を続けているみたいで、二人はおみくじ売り場に歩みを進めていた。どうやら、結局もう一枚引いて決着をつける事になったみたいだ。

 

 ……まぁ、みんなが楽しそうなのはさておいて。俺がプレイボーイ? 何言ってるんだこの万年恋愛脳のパパラッチは?

 

 

「何言ってるんだよ彩、俺なにも変なことしてないだろ?」

 

「そっ、そうだよ彩ちゃん! 彩ちゃんはすぐそんな風にカン違いするんだから! 凛はそういうのじゃないって、何回も何回も……本当に何回も言ってるにゃ!」

 

 

 そんな彩に、凛はすかさず憤慨したように否定の言葉を返す。

 

 ふっ……この手の話題を躱すのがなってないな凛、そんな風に変に慌てて返すと、かえって俺の事が好きみたいに見えて余計にからかわれるぞ。

 しょうがないな、ここは俺が凛の頼れる先輩として、こういう話が出た時のカッコいい大人な対応を教えてあげないと。

 

 と、俺がそんな風に考えていると凛の抗議を軽くスルーしながら彩は、隣に居る花陽ちゃんに軽く目配せをし、お互いに軽く見つめ合って何かの意思疎通をした後、俺にウインクしながら言う。

 

 

「またまた~、現在進行形で複数の女の子と親しくしてるじゃないですかっ。

 それでいて……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、正也先輩は抜け目ないですよねぇ~。これをプレイボーイと呼ばずになんと呼べば?」

 

 

 俺はその言葉に思わずため息をつかされた。

 やっぱりというか……またいつもの恋愛話のノリか。

 しかも今度はタチの悪いことに彩の中では、もう俺に彼女が出来てる設定になってるらしい。よくもまぁ同じネタ使って俺をからかえるもんだ。

 

 

「はぁ……確かに他の奴らと比べて女友達が多いのは認めるけど、でもアイツらはそういうんじゃないから! というか、本命はゲットしてるって何だよ? 全く話が見えないんだけど」

 

 

 俺はそう言って彩の返答を待った。

 

 ――さぁ、今回はなんだ? さっきの振袖姿の海未とのやりとり見て付き合い始めたって判断したか? それともまた穂乃果かことり関係か? 

 

 もうその手の話には慣れてるんだよ、ちょっとは変化をつけてみろってんだ――

 

 

「――まぁ……この先は私が言っても流されてしまいそうですので、ここからはバトンタッチです。花陽さん、言ってやってください」

 

 

 すると、俺がそんな風に軽く考えてタカを括った時、彩が急にさっきまでのふざけた雰囲気を声色から消し、真面目な表情でそう言って花陽ちゃんを見つめた。

 その視線に花陽ちゃんは彩が何を言いたいのかを悟ったみたいで、それに応えるように頷き、そしてその口を開いた。

 

 

「実は私達……その……み、見ちゃったんです」

 

「えっ……ちょ、ちょっと待ってかよちん! その話はやめて!」

 

 

 すると凛は慌てて花陽ちゃんの手を掴み、その先を遮った。

 ……あれ? 急に何なんだ二人とも? “その話”って何の話か俺には本気で分からないんだけど……?

 

 

「ダメって、じゃあ凛さんは……ずっと“あの事”、気になったままでいいんですか?

 正直私はどうでも良いですけど、私の友達の――凛さんが気になる事だったら、私も気になる事なんですよ! 

 私、残念ながら記者の卵ですので、『気になった事』は質問しないと気が済まない性質(タチ)なんです。ですから、ちゃんとこの場で正也先輩にハッキリさせて貰うつもりです」

 

「ごめんね凛ちゃん、私も彩ちゃんに賛成……だって、凛ちゃんあの日からずっとため息ばっかりついてるもん。凛ちゃんきっと、あの事ずっと気にしてるんでしょ? だったら……ちゃんと正也先輩に聞かなきゃだめだよ!」

 

 

 そんな凛を説得するような二人の言葉に、凛は首を勢いよく横に振って答える。

 

 

「り、凛は全然気にしてないって言ったよかよちん! ――そ、それに、もしも正也先輩がそうだったとしても、凛には関係ないよ!」

 

「また強がりを……もう認めてくださいよ凛さん! だってあの日泣いてたじゃないですか! 自分で気付いてないだけで、あなたは正也先輩の事を――」

 

「――熱くなってきた所ごめん三人共! ……悪いけど全く話の流れが見えない。話なら聞くから、順を追って俺に分かるように話してくれ」

 

 

 俺は三人の間に割って入るようにそう言って会話を止めた。

 話はよく分からないが、とりあえず俺の責任でこうなってる事だけは分かった。

 だから、もし俺が知らない内に、凛を傷つけるようなことをしてしまっていたのだったら、俺はそれをしっかり謝らなければならないと、そう思ったからだった。

 

「正也先輩……だっ、大丈夫! なんでもないにゃ! 二人が勝手に言ってるだけで――」

 

「――花陽ちゃん、さっき俺の何を見たって言うんだ? そこを詳しく教えてくれ。もし何か俺がやらかしたんだったら俺は謝るから……だから、頼む」

 

 

 必死で誤魔化す凛を無視しながら、俺は花陽ちゃんにそう言った。

 凛が俺の事を分かるように俺も凛の事がよくわかる。凛は時々変な所で意地を張る時があるから、正直に事情を説明してくれるとは思えない。

 でも、凛がここまでして隠そうとすることなんだからよっぽど大変な事なんだろう。だから頼む花陽ちゃん――俺の何を見て凛が傷ついたのかを教えてくれ。

 そんな事を思いながら、俺は花陽ちゃんの次の言葉に注目した。

 

 そして、ゆっくりと花陽ちゃんの口が開く。その口から飛び出た言葉は――

 

 

 

「去年……凛ちゃんが怪我して西木野総合病院に行った時に、偶然そこで正也先輩が……その、あ、赤い髪の女の子と一緒に二人で、仲よさそうに演奏会やってるの見ちゃって……。

 あのっ! あの子と正也先輩って……その、どういう関係なんですかっ?

 その……つ、つつつ付きあったり、してるんですかっ? お、教えてください!」

 

「…………はい?」

 

 

 

 ――え? あれ? もっとヤバい事だと思ったのに、そんな事?

 花陽ちゃんの言葉に、俺は張った緊張の糸が一気に緩むのを感じた。

 そんな俺の間の抜けた声に何を勘違いしたのか、彩が鼻息荒く俺に追及してくる。

 

 

「とぼけようったってそうは問屋がおろしませんよ正也先輩! ほら、ここにしっかり証拠の写真(ブツ)は上がってるんです!」

 

 

 彩はポケットから一枚の写真を俺に突きつける。

 その写真は去年、俺と真姫(まき)でひっそりと活動してた音楽グループの『Right(ライト) Cycle(サイクル)』の引退コンサートをやっている時の写真で、二人でギターとピアノを弾いている所を映していた。

 おお……それにしても良い表情で笑ってるじゃん真姫。彩って写真撮る才能もあるんだな、ベストショット撮ってるぞ。これ後で自分用と真姫に渡す用で二枚頼んで貰おうっと。

 俺はそんな事をのんきに考えていながら、ますますヒートアップする彩の語りを冷静になりながら素直に聞く。

 

 

「ほらほら見てさい、この子の表情! よっぽど正也先輩の事を信頼してないと出ない表情ですよこれは……これでただの他人と言われても全く納得がいきません! 

 正直に言ってください……先輩はこの人と付き合ってますよね? ……しかも、この可愛い子の事は調べさせて貰いましたよ?

 彼女の名前は西木野(にしきの)真姫(まき)

 あの地元で超有名な西木野総合病院の一人娘で、病院の跡取りが有望視される成績優秀な才女! しかも、ピアノの実力は去年開かれた有名なコンクールでも準優勝という、輝かしい実績を残した猛者でもあります!

 だから……そんな逆玉確実な上等な子と付き合ってたら、そりゃあ穂乃果先輩達なんてどうでもよくなるでしょうねぇ!? 正也先輩が誰とも付きあってないのも納得の事実ですよ!」

 

「――へぇ、よく調べたんだな?」

 

 

 俺は彩のリサーチング能力に素直に驚いた。

 割と真姫の名前自体は直ぐに分かるだろうけど、そこから先の調べが尋常じゃない。流石、記者の卵を自称するだけの事はあるなコイツ。

 俺の素っ気ない返答に彩は苛立った表情になって、一方的に語り始めた。

 

 

「このっ……! 図星だからってふてぶてしい……!

 別に私は、正也先輩が誰と付き合っていようともどうでも良いんですよ!

 でも……もし、正也先輩が付きあってる女の子が居るのにもかかわらず、凛さんの事を面白半分でその気にさせて遊んでるんでしたら、私は、それを許すわけにはいきません。

 私は確かに最初、正也先輩と仲が良いから何か知ってるんじゃないかと取材関係で色々利用させて貰おうと思って近づいただけでした……でも凛さんは、いつも取材取材としか言わなくて、クラスの皆とロクに話もせずに四方八方に走り回るこんなヘンテコな性格の私とでも、明るく接してくれました!

 だから、凛さんは私の大切な友達……いえ、()()()()! 

 そんな私の優しい親友の心を(もてあそ)ぶ気なら――私は、例え正也先輩でも私が持てる全ての情報を駆使して、社会的に抹殺してやりますッ!」

 

 

 そう言って俺を見つめる彩の目は、普段の飄々(ひょうひょう)とした態度とは打って変わったように熱く燃えていた。

 社会的に抹殺……そんな重い言葉は軽々と言ってのけたが、それができるだけの才能が彩にはあるだろうし、そしてそれを()()()()()()()()()()

 

 それもこれも友達の為にか……全く、そんな友情に熱い奴だから、俺はお前の事が嫌いになりきれないんだよ彩。

 そんな彩の後に、花陽ちゃんは続けて言う。

 

 

「そ……そうですっ! 凛ちゃんは髪が短くて明るい性格だから、よくクラスのみんなから男の子っぽいって言われて、何言われても気にしない子だって思われてます。

 でも、本当はそんな事全然なくて、小さなことにも傷ついて、それを表で出さないで心で泣いてるだけの……凛ちゃんはそんな、可愛い女の子なんです!

 だから……凛ちゃんに酷いことするなら、例え恩人の正也先輩でも私は……!」

 

 

 花陽ちゃんはそう言って、俺をまるで敵であるかのように睨みつける。

 そんな花陽ちゃんの普段は見せないような表情に、俺は思わず気圧(けお)された。

 

 へぇ……そうか、凛の為ならそんな目も出来るんだな、花陽ちゃん。

 

 

「彩ちゃん……かよちん……」

 

 

 凛は自分の為に必死になって言ってくれる二人に何か感じるものがあったのか、びっくりしたような表情で呟く。

 

 ――良かったな、凛。お前の事をここまで思ってくれる親友に巡り合えて。

 

 俺はそう思った後、三人の誤解を解くために口を開いた。

 

 

 

「――いや、ごめん。何かカン違いさせたみたいで悪いんだけど、俺、真姫と付き合ってるとかそういうのは一切ないから」

 

「「「――えっ………?」」」

 

 

 

 俺がそう言った瞬間、狐につままれたような表情でポカンとする三人。

 そしてしばらく後、正気に戻った彩が反論するように写真を指し示しながら言う。

 

 

「じ、じゃあ……なんでこんなに親しげなんですか!? 正直、付き合ってでもなければここまで仲良いなんて信じられないんですけど!?」

 

「ああ、別に隠してるつもり無いから言うんだけど、俺の母さん看護師でそこの病院に勤めててさ、真姫とはその関係で小学生の時に会う事があって仲良くなって……まぁ簡単に言ったら、その子は穂乃果達と同じく俺の幼馴染って事。わかった?」

 

「えぇ……じゃあ、さっきまでの私って、一体何だったんですか……?」

 

 

 そう言ってガックリ肩を落とす彩に続き、花陽ちゃんは何故か真っ赤になりながら口を開く。

 

 

「じ、じゃあ、なんでその子と演奏会やるのみんなに黙ってたんですか……? 

 その所為でてっきり私、正也先輩とその人が……その、ひっ、人には言えないような秘密の関係だって思っちゃって……」

 

「ナイナイナイナイ!! そんな変な風に考えないで花陽ちゃん!

 いや、みんなに教えなかったのはさ……その、わかるじゃん? 俺ギターまだ初めてそんなに経ってないし、まだまだ上手くないから……知ってる人に聞いてもらうの恥ずかしくてさ……」

 

「まっ……紛らわしいですっ……!」

 

 

 花陽ちゃんは珍しく言葉を強めながらそう言い、怒ったような表情を向けた。

 いやぁ……花陽ちゃんってこんな感じで怒るんだな。初めて花陽ちゃんの怒った所見たかもしれない。

 

 

「ああ……でも、よくわからないけど、この事で揉めてたんだったら悪かったよ。

 でも三人とも水臭いな、あの時来てたんだったら声かけてくたら良かったのに……そりゃあ、みんなに恥ずかしくて隠してたけど、もう見られてるんだったら関係ないし……」

 

 

 俺はそう言って改めて謝った。何はともあれ、みんなに迷惑をかけてしまったのは事実なのだから。

 

 

「――い、いえいえ! そんな謝らなくても良いですよ正也先輩。

むしろ本人に事実確認を取らず、変に誤解したまま虚偽を信じこんでしまった私たちの方が悪いのです。むしろ私の方が反省すべき事案。将来情報を発信する立場になりたいと望みながら、情報の表面だけ見て深く考察せずに鵜呑みにしてしまうとは……私もまだまだです、反省しました」

 

 

 すると、さっきのショックからもう立ち直ったのか、彩は素直にそう言って謝った。

 そして彩は、満面の笑みを浮かべながら凛の方を見る。

 

 

「……それに、私達的にはその方がとっても素晴らしい事なんですから……ね? 凛さん?」

 

 

 上機嫌でそんな事を言う彩に、俺は文句を言いたい気分になる。

 おいおい彩、なんで俺に彼女居ないのが素晴らしい事なんだよ。俺的には全く素晴らしくないぞ、そんなに俺の事をモテないってバカにしたいのか―――

 

 

 

 ―――え? いや、待てよ。

 

 そもそも何で、俺に彼女居たり居なかったりであんな真剣な話になったんだ? 

 

 

 

 彩に対する文句を考えているうちにふと、そんな考えに思い至り、俺は急に心臓の鼓動が早くなるのを感じた。

 え……なんで? 別に俺に彼女居てもそっちには何も関係ないだろ?

 そんな、まさか凛が本当に俺の事を好きって訳でもないだろうし――

 

 ――え? まさか本当に?

 

 いやいや、無いなそんなの。

 だって……凛だぞ? 今までそんな素振り無かったし……俺が調子に乗って何か言おうもんならやけに辛辣なコメントが飛んでくるし、好かれている気が全くしない。

 そもそも凛は、恋愛自体に興味無さそうな性格な気もする。

 ……うん、凛が俺の事を好きじゃないって思える理由を挙げるならまだまだあるぞ。

 

 だから凛が、俺の事をそんな風に思うなんて事、絶対に無い筈なんだ。

 

 そう思い俺は凛の顔を見る。

 きっと性懲りもなく自分をからかってくる彩に、流石に怒ってるだろうと思いながら――

 

 

 

「ああ……そう、だったんだ……()()()()()…………えっ? ええっ?」

 

 

 

 しかし、俺が目の当たりにしたのは想像とは全く違ったものだった。

 

 心底安心したように発してしまった言葉に、凛は自分でも信じられないかのように反射的に自らの口を手で塞ぎ、そして徐々にその頬は赤く染まっていく。

 

 彩と花陽ちゃんはそんな様子の凛を見て、目を輝かせながらお互いを見てニヤッとイタズラっぽく笑う。

 花陽ちゃんと彩の二人とは対照的に、俺は更に心臓の鼓動が激しくなるのを感じていた。

 

 

 

 ――え、嘘だろ凛。

 

 そんな、まるで――()()()()()()()()()()()()、そんな反応しないでくれよ。

 

 

 

 俺に彼女が居ないのが『よかった』って――どう考えても、そういう事だよな?

 凛……お前、本当に俺の事が……?

 嘘だ、ど、どうしよう……! 今まで女の子から告白された経験なんてロクに無いし、こういう時ってどんな反応したらいいのか分からない。

 ――そもそも凛、俺なんかのどこが良かったんだ!? 

 スポーツだってめちゃくちゃ出来るって訳じゃないし、勉強はそれなりだけどすごく頭良いって訳じゃないし、お調子者だし、今だってみんなに高校の件で隠し事してるし、時々嘘だってついてしまう事もあるし――こんな、カッコいい所なんてまだ何一つないような、カッコ悪い男のどこが好きになったって言うんだよ……!?

 

 あ……ダメだ、頭がぐちゃぐちゃで考えが上手くまとまらない。このままじゃ、どうにか返事しようにもどうすれば良いのかわからない……! 

 どうしよう、どうしよう、とりあえず何か言った方が――!?

 

 

 

「正ちゃーん! みんなー! 人が多くなってきたからそろそろ帰ろうって海未ちゃんが言ってるから帰ろうよー!」

 

 

 

 そう思って俺が内心パニックになりながらも、とにかくなにかを言おうとした瞬間、遠くから俺達を呼ぶ穂乃果の声で俺は正気に戻る事が出来た。

 見ると、どうやら海未と武司のクジ運底辺争いはようやく終わりを告げたみたいで、穂乃果はおみくじ売り場からこちらに手を振っていた。

 

 よ、よかった……訳わかんなくなって変な事を口走っちゃう所だった……ナイスタイミング穂乃果! とりあえず、ここは一旦落ち着かないと……。

 そう思い、俺は何も気づかなかった風を装って、まだ少しうるさい心臓の音を必死になって落ち着かせながら、敢えて当本人である凛に向かって明るく笑顔で言う。

 

 

「――お? やっと武司と海未の方が決着ついたみたいだな。さぁ、そろそろ帰ろうぜ凛、花陽ちゃん、彩!」

 

「せ、先輩っ、今のは違うにゃ! 今のは……そ、その……あの……」

 

 

 しかし凛は、さっきの反応で俺に気持ちが悟られたと思ったのか、真っ赤になってしどろもどろになりながらにも必死で誤魔化そうとする。

 

 ああ……凛、表情で全然誤魔化せてないぞそれ……。むしろ今のその反応の方がより怪しいって……!

 

 しかし、そんな色々ギリギリな凛と、この場を早く何とかして収めたい俺との利害関係は一致したので、俺は凛に便乗することにした。

 

 

「ああ、うん分かってるよ凛。今まで俺がモテないってタカを括ってたから、俺に彼女が出来てて、先を越されてなんか負けた気分になってたんだろ? 残念ながら、まだまだ俺は彼女なんて出来ませんよ~だ」

 

「あ……う、うん! そうそう、それにゃ! も~正也先輩が彼女居るなんておかしいって思ったよ、あ~よかった! そっ、それよりっ! 穂乃果先輩たちが呼んでるから早く行こー!」

 

 

 凛は無事俺が気づいていないと勘違いしてくれたみたいで、ホッとした表情を見せた後、でも俺と顔を合わせ続ける恥ずかしいのか、すぐにそう言って穂乃果達の元に駆けて行ってしまった。

 

 そんな凛の後ろ姿に、俺は結論を先延ばしにしてしまった罪悪感に襲われる。

 

 ――ゴメン、凛。気づかないふりしちゃって。

 でも俺、今は凛の気持ちにどう答えたらいいのかわからないから……ちゃんとしっかり考えさせてくれ。俺なりにお前の気持ちにしっかり真剣に向き合うから……。

 

 そう考える俺に、彩が呆れたように口を開く。

 

 

「うーん……今日で決着つくと思ったんですけどね。全く、肝心なところでヘタレるんですから凛さんは……」

 

「……どうした? 彩も帰るぞ」

 

「はぁ……先輩、ここまでされても気づかないとか、流石に鈍感(きわ)まってません?」

 

「む……鈍感ってなんだよ、俺はどちらかって言うと人より敏感な自信あるぜ?」

 

「はいはい、説得力ゼロの反論ありがとうございます。花陽さ~ん、こんな馬に蹴られた方が良い先輩なんて放っといて、先行きましょう~」

 

 

 そう言って彩は花陽の手を引いて行ってしまう。

 よしオーケー。前に高校行かないつもりだった事を隠し通してきた経験で、鍛えてしまったポーカーフェイスもこういう時便利だな。一番厄介な奴が追及を諦めたぞ、これでとりあえずは何とかなっただろ……

 

 と、俺がそう思った時、花陽ちゃんが彩に手を引かれて俺の横を通り過ぎる刹那に小声でつぶやいた。

 

 

「――凛ちゃんの事、真剣に考えてあげて下さい。よろしくお願いします」

 

「っ……!?」

 

 

 俺は驚愕してロクに声を上げれずに花陽ちゃんの方を見る。

 すると彼女は優しく微笑んだ後、彩に手を引かれるままに穂乃果たちの方に向かった。

 

 間違いない――あの子、()()()()()()()()()()()()()()

 嘘だろ、凛と彩は完全にバレてなかったのに……流石優しい子だな、人の感情の変化に敏感って訳か。

 

 

「わかってるよ花陽ちゃん……当然だ」

 

 

 そう自分に言い聞かせるように呟いて、俺は三人に遅れる形で穂乃果の所に向かった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

 全員集合し、おみくじ売り場の隅っこ辺りで体育座りになって、二連続で大凶を引いて海未に負けた不幸に落ち込んでいた武司を何とか宥めた後、俺達は増えてきた参拝客で、神田明神の境内に人が多くならない内に帰る事になった。

 そんな中ふと、ことりに

 

 

「――ねぇ正ちゃん、さっき凛ちゃんと何かあったの?」

 

 

 と言われ、俺は内心で心臓が飛び出そうになるのを必死で抑えながら、なんでもないように返す。

 

 

「え? ああ、さっき改めて『生徒会頑張ってな』って言ったんだよ。それが一体どうしたんだ?」

 

「うん……何か、凛ちゃんの様子がおかしいなぁ、って思って」

 

「凛がおかしい? どこが?」

 

「う~ん……なんていうかそのぉ……う、ううん! 正ちゃんが気付いてないならいいのっ。変な事言っちゃってごめんね?」

 

 

 そう言って、ことりは両手を合わせて謝ってきた。

 

 気づいてないなら……かぁ。

 

 ことりにはああ言ったものの、実は、俺は凛の様子が明らかにおかしいのは十分に分かっていた。

 

 なぜなら、凛はさっきから俺の方を見、そしてすぐ顔を真っ赤にしながら目線を逸らすという行為を何回も繰り返しているからだ。

 これで流石に何もないと言う方がおかしいだろう、だから俺はことりがそう聞きたくなる気持ちも分かる。

 

 というか……俺が言う事じゃないだろうけど、分かりやす過ぎるだろ凛! もうちょっと隠す努力しようよ!

 

 ――勿論、俺に対して凛がそういう気持ちをもってくれているというのは正直言って嬉しい。でも、そんな想いと同時に、どうしても困ってしまう思いも抱えていた。

 

 今までそういう目で凛を見たことは全く無かったが、いざ意識してみると凛はとっても可愛い女の子だ。

 よく本人曰く『凛は全然女の子っぽくないし、かよちんの方がよっぽど可愛いにゃ~』と言っているが、俺からしたら全然そんな事はない。目はパッチリ開いてて可愛いし、明るい性格で元気な笑顔が魅力的な女の子だ。

 

 だから、そんな可愛い女の子に自分を意識した態度をとられると……恥ずかしくてどうすれば良いのか余計に分からないのだった。

 ああどうしよう……今は良いけど、次に凛と話す時、俺は一体どんな顔して話せばいいんだろう。

 

 

「うーん……やっぱり凛ちゃん、()()だったんだ。どうしよう、複雑だなぁ……」

 

 

 すると、ことりが小声でため息交じりにそんな事をつぶやいたのが聞こえてきてしまう。

 ことりは俺に聞かせるつもりは無かったんだろうけど、聞こえてきてしまったその言葉に、俺は改めて心にズシっとのしかかるものを感じた。

 

 やっぱり、ことりもあの凛を見てそう思うか。

 今の所、他のみんなは先を行ってて凛の今の状態を見ていないからバレてないけど、きっと今の凛を見たら全員ことりと同じ感想を抱くだろう。

 

 ――とにかくこのままじゃマズい。

 俺の中では最早今は、凛の気持ちにどう答えるという問題よりも先に、今後どうやって凛と気まずくならないように接するかという問題の方が重大なものになってきている。

  流石に今後ずっとあんな調子でいられたら俺、凛と普通に話せる自信なんてないぞ……。

 

 どうしよう……そうだ! 気付いたみたいだしいっそ、ことりに相談してみようか。

 きっと一人で悩むより建設的な考えも浮かぶだろうし――それに、前の俺の高校進学の件みたいに、一人で黙って抱え込み過ぎて、もし取り返しのつかない事になったらそれこそ最悪だしな。

 そう思って俺はことりを見つめた。すると俺の目線に気付いたことりが言う。

 

 

「どうしたの正ちゃん? ――何かお話、あるの?」

 

「いや、ことり……実はさ――」

 

「――そうでした! そう言えば私、カメラ持ってきているのに今日一枚も写真撮ってないのを思い出しました! 皆さん、よかったら今日の記念に一枚みんなで集合写真なんてどうですかっ!?」

 

 

 しかし、俺の話は彩のそんな能天気な提案にかき消された。ことりの意識もそっちに持っていかれ、とても話を続ける雰囲気でなくなってしまう。

 ああもう、話を提案するタイミング悪すぎるぞ彩、それ今じゃなくても良かっただろ……。

 

 でも……まぁ良いか。よく考えてみたら、凛の気持ちを想像するとそんな軽々しく相談していい話でもなかったしな。また間違えるところだった……反省反省。

 結局、この問題も一人で向き合うしかないんだよな……。

 

 俺がそんな事を思ってことりへの相談を諦めた時、彩の提案に海未が不思議そうな顔をしながら聞き返した。

 

 

「え? 人も多くなってきてますし、写真なんて無理に撮ろうとしなくても……」

 

「海未先輩、いくら自分の振袖(ふりそで)姿を写真に収められたくないからって、言い逃れは見苦しいですよ! 今だったらまだ人も余裕ありますし、境内で固まって写真を撮るスペースはあります! だから行きましょう、早く!」

 

「成程……彩が私の写真目的だという事は分かりました。私は絶対嫌ですよ!」

 

「え~、良いじゃないですか! 思い出ですよ、思い出!」

 

「そうだね彩ちゃん! 確かにみんなで一緒に集合写真撮るのいいかも、ほらほら~海未ちゃんも観念しようよ~」

 

「穂乃果まで……! もう……わかりました。そういう事でしたら一枚だけですからね……」

 

「やりました! 穂乃果先輩ありがとうございますっ! じゃあ皆さん、あっちの方ならまだスペース空いてますし、人が来ない内に撮ってしまいましょう!」

 

 

 最初は渋っていた海未も、彩と穂乃果の強引な二人組に根負けしたようで渋々首を縦に振って承諾し、俺も思い出の為に一枚写真撮りたいって言う穂乃果の意見には同意で、他は反対意見も出なかったのでそのまま集合写真を撮ることが決まったのだった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

「それにしても、今日は折角夜でも綺麗に撮れるタイプのカメラを持ってきたのに、使うような事件に出くわさなくて残念でしたよ。

 どうしましょう、冬休み明けに『音中新聞』の特集号をデデーンとでっかく掲載しようと思ったのに、これでは記事のネタが少なくなりそうです……」

 

 

 彩はそんな事を言いながら、写真を撮るためのカメラ用の三脚を組み立てていた。

 正直、お前カバンとか何も持ってなかったのにどこから取り出したんだよそんなの――とツッコミたい気分だったけど、この色々無茶苦茶な自称エース記者様にそんなツッコミは最早意味なんてないと思えてしまって、俺は呆れたようにその様子を見守るのだった。

すると、そんな彩を見た武司は怪訝そうな顔をしながら言う。

 

 

「おい“記者っ子”、残念そうにしてるけどなんだ? その、まるでトラブルでもあって欲しかった言い方は……物事を面白がる性格なのは良いが、ちょっと不謹慎じゃねぇのかそれ?」

 

「あ、言い方が気に触ってしまったならすいません。

 ――しかし、この辺りで最近ひったくり事件が多発してるのは事実なんです! 

 ですから、ひったくり犯は人が集まるこの初詣の時を狙って来ると思って備えてたんですよ!」

 

 

 そう言って、謝りながらも熱く自らの記者の卵としての推察を説く彩に、ため息交じりに武司は言う。

 

 

「はぁ……考え過ぎだっての、そんなホイホイ目の前でひったくり事件なんて起こってたまるかよ。全く、“記者っ子”はこれだから……」

 

「――あの、すいません。それにしても……以前の生徒会インタビューでお会いした時に言おうと思ってたんですけど、なんですかその“記者っ子”って言い方は。――やっぱり、私の事ですよねそれ?」

 

 

 そんな武司に彩は、いつもの明るいノリをどこかに投げ捨てたかのように不機嫌そうにそう返した。

 

 

「ああ、お前の事だよ“記者っ子”。悪いけど、俺は正也と違ってあんまり興味ない奴の名前は憶えないし、そもそも呼ばないんでな。

 とりあえず記者記者言ってるから、“記者っ子”って記憶してるんだがお前の事」

 

「何ですかそれ! 私にはちゃんと御手洗(みたらい)(あや)っていう立派な名前があります!」

 

「大丈夫だ、因みにお前だけじゃないぞ。その後ろに居る()()()()()()()()()()()()()の事は、時々にゃーにゃー変な事言ってるから俺は“猫娘”って呼んでるしな」

 

 

 その言葉に親友を馬鹿にされたと思ったのか、彩は完全に頭に来た様子で言う。

 

 

「ほぉ、言うに事欠いて私の親友を馬鹿にしますかぁ……! 私言っときますけど、人の事を馬鹿にしたような名前で呼ぶ人は個人的に嫌いなんですよねぇ……!

 ちなみに、私はあなたの事は以前から知ってますよ(ひいらぎ)武司さん?

 あなたが、音中の不良グループをまとめ上げてる番長的存在だってことも。ですから、 ちょっと喧嘩が出来るからって調子に乗って貰っちゃ困りますよ? 

 私の事を舐めてるのでしたら、『ペンは剣よりも強し』って言葉――その身をもって体感させてあげましょうか?」

 

「――へぇ、面白い。やってみろよ……」

 

「おい落ち着け武司!」

「あ、彩ちゃん、抑えて抑えて……!」

 

 

 

 彩の挑発に応えるように武司が好戦的なオーラを発したのに気づき、慌てて二人を速攻で抑える俺と花陽ちゃん。

 まさか、ここまで武司と彩が性格合わないとは思っても見なかった。新年早々喧嘩とか勘弁してくれ!

 

 

「全く、武司お前なんで喧嘩売るような事言ってんだよ……! 

 ゴメン彩、武司(コイツ)これでも友達思いの良い奴なんだけど、ちょっと人を選ぶ所ある奴でさ……とにかく、ここは俺の顔に免じて許してやってくれ、な?」

 

「おい、別に俺は喧嘩売ってるつもり無かったぞ、あっちが勝手に押し売りセールスしてきただけだ。クーリングオフしてやって何が悪い?」

 

「むぅ……色々気にいりませんが、正也先輩がそう言うなら特別に許してあげます。良かったですね――“お山の大将”さん?」

 

「あ? なんだそれ俺のマネか? 上等だ“記者っ子”……!」

 

「わわわっ……! そんなケンカ売るようなことしちゃだめだよ彩ちゃん~~!」

 

 

 意趣返しのつもりか、挑発するような態度の彩を止める花陽ちゃん。

 ああ、ダメだ。この場が収まる気がしない。かくなる上は凛にも彩を止めるの手伝ってもらうしか――

 

 

 

「り、凛が、正也せんぱいの一番の、おっ、お気に入り……? え、ええっ……?」

 

 

 

 ――あ、これ凛、今俺が話しかけたらダメな感じのやつだ。

 

 どうやら、さっきの武司の言葉が効いたみたいで、真っ赤になった顔を両手で押さえながら俯く凛を見て、俺は慌ててそちらから目を逸らす。

 

 しかし、咄嗟にとはいえそんな行動をしてしまった自分に軽くショックを覚えた。

 

 嘘だろ……今、無意識に凛の事避けなかったか俺?

 どうした俺、仲良い後輩に好かれてる事がわかったぐらいで態度変えるとか、カッコいい男じゃないじゃないか! しっかりしろって……!

 

 そう思い気合を入れ再び凛に声をかけようとした時、隣りに居た海未が喧嘩する二人にドスの効いた圧力のある声色で言う。

 

 

「あの……巫山戯(ふざけ)るのもいい加減にしてくれませんか? 写真を撮るなら早く撮りましょう」

 

 

 どうやら口論する二人に反応しこちらを見る人が増え、一番目立つ振袖姿で注目を浴びる海未が恥ずかしさの我慢の限界を迎えたみたいなのか、海未は本気で怒ったような表情で二人を睨む。

 

 

「分かった止める、悪かった海未……許してくれ」

 

「ごっ、ごごごごごめんなさい海未先輩……!」

 

 

 すると二人は一瞬で口論を止め、海未に二人同時に頭を下げた。

 流石、本気で怒った海未の剣幕は一味違う。彩は兎も角、音中の不良を統括する豪胆な性格の武司ですら、飼いならされた犬のように指示に従わせる迫力があった。

 

 だから、そんな海未のお陰で一件落着と言いたいところだけど……でも、俺が凛に声をかけるタイミングを失ってしまったのもまた事実だった。

 

 マズい、思った以上に事態は深刻だ……早くこの気まずいのをなんとかしないと。

 

 

 ――よし、決めた。

 凛の気持ちに応じるかそうでないかを考えるのはとりあえず後にして、今日のうちにどうにかして凛とまず話をしよう。

 ……そうじゃないとこのままじゃ、ロクに話も出来なくなってしまいそうだから。

 

 

 

「えーっと、そろそろ他の人の邪魔になっちゃいそうだから、早く写真撮っちゃおう?」

 

 

 ことりがそう言ったのを聞き、俺は境内を改めて見まわすと確かにさっきよりもさらに人が増えているのに気づく。

 確かにいい加減ここにたむろっているのは邪魔だろうし、とりあえず凛と話すタイミングを作るのはこの後になりそうだな。

 

 

「そ、そうですね! すいません、私としたことがすっかり写真を後回しに考えてしまっていました。

 さて花陽さん、三脚組み終わったんで私のカメラ渡して貰っていいですか?」

 

「あ、うん。待ってて彩ちゃん……」

 

 

 彩の指示に従い、カバンの肩紐を外して中を漁る花陽ちゃん。

 そして花陽ちゃんはカバンからカメラを取りだし、それを彩に渡す。

 俺はそれを凛の事を考えながら、ぼんやりと見守っていた。

 

 

 

 

 ――しかし()()は、俺が気を抜いていた瞬間に起こってしまった。

 

 

 

 

「――悪いな」

 

「きゃ……! あっ、カバン……!」

 

 

 

 カメラを手渡す時の花陽ちゃんの意識がカバンから離れたその一瞬の隙を狙い、黒いジャージの男は花陽ちゃんのカバンを自然な動作でひったくり、そのまま参拝客の人混みに向かって駆け去って行く。

 その犯行から逃走までのその鮮やかな一連の動作は最低にも鮮やで、恐らくずっと前から標的としてマークされていたことは明白だった。

 

『――しかし、この辺りで最近ひったくり事件が多発してるのは事実なんです!』

 

 さっき、武司とのやり取りでの彩の言葉が頭によぎる。

 

 クッソ……! 本当にひったくり犯居たのかよ……!

 

 

 

「かよちんのカバン返すにゃぁぁぁーーーー!!!」

 

 

 

 俺がそう思ったと同時、そう言って凛が猛スピードでひったくり犯の背中を追った。

 

 そして凛は、犯人に対しスタートが出遅れたにも関わらず、そんな事はお構いなしと言わんばかりにその背中に肉薄する。

 

 ――凛、(はや)っ!? 

 そういえば、いつも気楽に話してるから実感なかったけど、凛は部活だったら実力全国区レベルって言われてる、天才短距離走者(スプリンター)だったのを思い出した。

 もしかして、いけるのか……!?

 

 しかし、凛が男の背中に手を伸ばした瞬間。男はニヤリと笑って急に進行方向を変えて凛の手を躱し、本殿前に並ぼうと歩く人の境内の中心の密集地帯に突っ込む。

 そして男は一切の無駄な動きもなく、人の波をまるで泳ぐように駆けていく。

 あれでは例え、列に並んでる人に呼び掛けて協力してもらっても、捕まえる前にすり抜けられてしまうだろう。

 凛は男を追うも、人と避けながらでは勝手が違うのか、目に見えて追うスピードが落ちる。

 

 アイツ……相当追手を撒くのが上手い……! 加勢しないと、このままじゃ逃げられる!

 

 

「――正也先輩っ!」

 

 

 うっさい彩、分かってるよ!

 

 急かすように俺にそう言う彩に内心でそう吐き捨て、突然の犯行にフリーズする彩以外の他の皆の顔を見回し――俺は、相棒(パートナー)を選択する。

 

 

 

「――ことりっ! アイツどっちに逃げたか()()()()()()!?」

 

「……あっ、う、うんっ! 黒ジャージの人、向かって右に走っていったよ!」

 

「あっちには確か……裏参道か! 了解、逃走経路把握、最短距離一直線ッ!」

「――行って正ちゃんっ! ことり、高い所探してくる!」

 

 

 

 俺は人混みの中でも正確に犯人の動きを捉える事が出来ることりを選び、犯人の逃げる先に先回りを狙う。

 

 ことりはそう言って、スマホで俺の携帯に電話をかけながら境内全体を見渡せる場所に向かう。

 俺は電話をスピーカーモードにして電話に出て胸ポケットの中にしまう。これで、ことりの指示をいつでも聞くことが出来る。

 でも、早くしないと――照明があるとはいえ境内はそこまで明るくない。流石のことりでも長時間犯人を目で追うのは難しいだろう。

 そんな事を考えた時、隣から海未の声がかかる。

 

 

「正也! 私も付――」

 

「海未は自分の動きにくそうな今の恰好見てから言ってくれ! 穂乃果、警察に連絡お願い、武司はもしこっちに犯人戻ってきたら待ち構えて捕まえて!」

 

「う、うんっ! 頑張って正ちゃん!」

 

「おう、任された!」

 

 

 付いて行くと言いそうだった振袖姿の海未をそう言って遮り、穂乃果に警察に連絡を頼み、武司に指示を送りながら俺は最短距離を駆ける。

 

 

「――っ! ……やっぱり恨みます、お母さん……!」

 

 

 悔しそうにそう呟く海未を背中に、俺は一直線に裏参道を目指し駆ける。

 

 ――花陽ちゃんのカバンを盗ったまま、街中に逃がしてたまるか!

 

 歩く人を最小限の動きで躱し、犯人より先に裏参道を目指す。

 そして、目先に赤い鳥居と下りの階段を捉える。あそこを下ると犯人を町に逃がしてしまう。

 

 しかし俺は一歩遅く、走る先に犯人が先行していた。

 

 

「カバン返せ、このひったくり野郎ーーー!!!」

 

 

 そんな俺の声に男はニヤッと悪意のある笑顔を向けて返し、そのまま何も言わず走る。

 このままでは男が先に裏参道から街中に逃げてしまうだろう、流石に街中に出られたら、路地に逃げこまれてしまっては追跡は難しい。

 

くそっ……間に合わなかったか……!

 

 

 

 

 

「神様のおる所で悪さを働くなんて、誰か知らんけどいい度胸やん」

 

 

 

 

 

 しかしその瞬間、裏参道の入口に一人の巫女さんが立ちふさがった。

 

 

「っ!? ――クソッ!!」

 

 

 男は巫女さんの妨害で裏参道からの逃走を諦め、別経路で逃走するつもりか元来た道を全速力で駆け戻る。

 

 助かった……! 誰か知らないけど関西訛りの巫女のお姉さん、ありがとうございます! このご恩はいつか!

 

 そう思いながら、俺は駆ける犯人を目で追う。

 

 すると犯人は、猛ダッシュで自分を追って走ってきた凛とすれ違う。

 凛はとっさに犯人の方に手を伸ばす。

 しかし犯人は凛の手を、両手でカバンを守るように抱きかかえながら身を(よじ)って強引に躱し、そのまま走りだした。

 

 アイツ今の……!

 

 俺はその動きを見て確信した。人波を躱しながら進むフットワークの軽さと、走りの力強さ……そして今さっき見せた、追手からカバンを盗られないように守りながら躱すテクニック……確実に、アイツはラグビーかアメリカンフットボールの経験者だ。

 

 しかも技の練度を見ると俺みたいな素人目でもアイツは、盗人に身を落とす前はプロか最低でもセミプロレベルのプレイヤーだったと考えられる。

 

 

「もうっ! すばしっこい!」

 

「凛、大丈夫か!?」

 

 

 イライラしながら走る犯人の背中を睨む凛に俺はそう声をかけた。

 

 

「正也先輩! 早く、アイツ、かよちんのかばんを……!」

 

「落ち着け凛、悔しいけど今までの立ち回りを見て分かった、アイツはプロだ。一人じゃ捕まえられない」

 

「じゃあ、どうしたら……!」

 

 

 

 そう言って、焦ったような余裕のない表情で俺を見る凛。

 その焦りも分かる、だって今まさに自分の親友が犯罪の被害に遭っているのだ、むしろ焦らない方がおかしい。

 凛も必死だ、全力で花陽ちゃんのカバンを盗り返そうとしているのは分かる。

 しかし、そんな凛の必死の走りもあの犯人には届かない。

 

 なら、凛一人の力で犯人を捕まえる事が出来なければどうするか――答えはたった一つだ。

 

 俺は自信たっぷりに笑って言う。

 

 

 

「簡単さ、一人じゃ無理ならどうすれば良いなんて、そんなの決まってるだろ?」

 

「まさか、先輩……」

 

「ああその通りだよ――俺と凛の二人の力なら、あの悪党に勝てる!」

 

 

 

 俺がそう言うと凛は嬉しそうに目を輝かせた後、逃げる犯人の方を見据える。

 そして凛は地面にしゃがみ込み、陸上の100m走の時のクラウチングスタートの姿勢をとる――その瞬間、凛の全身からまるで肌がピリつくような威圧感を感じた。

 

 成程。今度は()()()()()って訳か。

 

 そして凛は、俺に向かって挑戦的な口調で言った。

 

 

 

「――正也先輩、凛についてこれる?」

 

 

 

 おいおい凛……お前、自分で何言ってるのか分かってんのか?

 陸上部の現エースの走りについてこいって……そんなの、無茶過ぎるだろ。

 

 俺はそんな無謀な要求をする凛に、しかし俺は顔が喜びでニヤつくのを抑えられなかった。

 

 皆の助けが無かったら何も出来ないようなこんな普通の男を、目の前のスゴイ後輩は頼りにしてくれる。

 

 そんなに真っ直ぐ信じられたら、絶対に裏切れないじゃないか。

 

 ましてや、それが俺に惚れてくれてる女の子の頼みとあっちゃあ――そんなの、『カッコいい男』として、全力で答えてやらない訳にはいかないだろッ!

 

 俺はそんな決心と共に、凛に宣言する。

 

 

 

「当然だ――頼りになる先輩ってもんは、後輩を引っ張ってなんぼだからな! 逆に俺がお前を引っ張って行ってやるよ、凛ッ!」

 

「…………やっぱり、正也先輩はカッコいいにゃ」

 

 

 

 俺の返答に凛は小さくそう言った後、しゃがんだ状態から腰を上げ短距離走スタート直前のフォームをとる。

 俺もそれに習い、凛と同じクラウチングスタートの体勢をとった。

 

 ――何故だろう。不思議と凛とこうして二人で並んでいたら、風よりも早く走れてしまいそうな気がする。

 

 そして、その高揚感に任せて俺と凛は、短距離走のスタートを告げる空砲の代わりに、二人で言葉を紡ぐ。

 

 それは、逃走する標的に必縛(ひつばく)を宣言する誓詞(せいし)

 

 

 

 

 

「――テンション……あがるにゃーー!」

「――なら、そのテンション俺も相乗りさせてくれ!」

 

 

 

 

 

 瞬間、弾けるように二人で地面を蹴り――俺と凛は風になった。

 

 凛は真っ直ぐ犯人の背を追って一直線に走り、俺はそんな凛の走りに全力でついていく。

 周囲の景色が猛スピードで流れ、俺はまるで自分が世界から置いて行かれたような気分になる。

 そしてその直後、隣を自分と同じ速さで走る存在を感じて、ようやく俺は世界が自分を置いて行ったのではなく()()()()()()()()()()()()()()()のだという当たり前の事実に気が付いた。

 

 凄い、これが凛が短距離でいつも見ている光景か。

 

 そんな感傷に浸りながら俺は最短距離を突っ切り、犯人の背中を見据える。

 犯人は、猛スピードで追いすがる俺達二人に気付き、走る速度をより一層上げて逃げる。

 

 流石速いな――でも、俺達の方がもっと速い。

 悪いけど、俺が凛の速さに合わせて走れそうな時間もそう長くなさそうだからな――早めに決めさせてもらうぞ!

 

 そう思って俺は凛と共に、犯人の背中に再び手を伸ばす。

 

 すると犯人は、また引っかかったかと言いたげに笑い、急速に進行方向を変更し俺達を振り切りにかかる。

 それはまるで、ラグビー選手が相手守備のタックルを躱す時に使われるフェイントのような動き。

 凛はさっきこの動きに対応できずに、大きく犯人との距離を引き離された。

 

 ――しかし、今は違う。

 

 

「そこだッ!」

「こっちっ!」

 

 

 相手が進行方向を変えようとすると同時、俺達は二人で犯人の両サイドから同時に掴みかかり、左右どちらに逃げても捕まえられるように囲む。

 

 

「――ッ!? ガキが浅知恵を……!!」

 

 

 そんな俺達に初めて焦りの表情を見せた犯人は、右の俺の方に避け、俺は犯人の服の裾を軽く掴む事が出来た。

 

 しかし、すぐさま犯人の走る勢いに手はすり抜けられてしまったが、それでも手が届いたというその事実は俺達二人なら犯人を捕まえられるという大きな確信に変わった。

 

 

 

「こんなところで――しかも、よりによってガキに捕まって終わりなんて認められるかぁぁぁぁーーーーッッ!!!」 

 

 

 

 そんな空気を感じたのか犯人は、今までが手を抜いていたかのように走るスピードをさらに上げる。

 

 なっ……まだスピードが上がるだと!? くそっ、今まで余力残してやがったのか! 

 流石にもう追いつけな――

 

 

 

「――先輩……まだまだいっくにゃーー!!」

 

 

 

 そんな弱気になりかけた俺を鼓舞するように、隣りから凛の声が響く。

 

 マジか凛。お前これが最高速じゃないのかよ、まだ上があるってのか!? 

 今でもついてくだけで精いっぱいなのに、これ以上は――いや……上等ッ!! 限界超えてやってやるッ!!

 

 爆走特急凛号、フルスロットルでかっ飛ばせ!

 

 ――終着駅まで相乗りしてやるよッッ!!!

 

 

 

「にゃぁぁぁーーーー!!!」

「うおぉぉぉーーーー!!!」

 

 

 

 咆哮疾駆。俺と凛は更に走る速度を上げた。

 周りの景色は見えず、ただ自分の存在と隣を走る凛の存在。

 そして、前を行く犯人の姿――それ以外の存在は最早存在しない程に加速した世界を俺達二人は駆け、そして徐々に犯人との距離も詰まっていく。

 しかし、俺の脚にも限界が近い。ただでさえさっきで全力疾走、最早今は気力だけで脚を動かしてるようなものだった。

 

 ああ――あんなに大口叩いたのに結局こんなもんかよ、カッコ悪いな俺……!

 

 でも良い……それでも、凛が俺を信じてくれているのなら――隣に凛が居るなら、どんなにカッコ悪く必死になっても俺は何よりも速く走ってやるよ!!

 

 

 速く――速く――速く―――――もっと、速くッッ!!

 

 

 ただひたすらに速さを求めて走り、そしてついに俺と凛は犯人の背中に手が届く距離までに追いすがる。

 

 

「畜生! ガキ二人が生意気に何処までもついてきやがってッ!!」

 

 

 犯人は未だ引き離されない俺達を見てそんな悪態を吐き捨てる。その瞬間、犯人の走る速さが鈍ったのを俺は見逃さなかった。

 

 俺達を舐めたのが仇になったな! これで終わりだ!

 

 凛と俺は同時に犯人を捕らえる為に手を伸ばした。

 

 

 ――しかし、犯人は再び余裕の笑みを浮かべて笑う。

 

 

 

「――だがまぁ、ガキにしてはよく頑張ったが、残念……ここまでだ」

 

「はぁっ……!?」

「えっ……!?」

 

 

 

 その瞬間犯人は、機敏な動きで俺達の手を身を低くして躱し、瞬時に方向転換して再び、参拝客が密集している人の波に潜った。

 

 クソッ! アイツ……油断したと思ってたら、こっちから仕掛けるのを誘ってやがった!

 

 

「すいませーーん! ソイツひったくりです! 誰か捕まえてください!!」

 

 

 俺はダメ元で参拝客の人達にそう叫ぶも、やはり犯人もそれは想定済み。

 

 人ごみの喧騒でただでさえ声が届きづらい上に、あまりにも早すぎる人の波の間を抜ける速さ。

 俺の声が届くころにはもう既にそこに犯人の姿は無く、人々は居ない犯人を捜して騒ぎになって人並みが乱れ犯人をさらに追いづらくなってしまった。そんな光景に俺はここまで犯人の想定済みなのかと悔しさで歯を食いしばる。

 この慣れた手際……恐らくこの手法が犯人にとっての奥の手なのだろう。

 

 そうして犯人は瞬く間に人の波の中に消え――そして、完全にその姿を見失ってしまった。

 

 

「そん……なぁ……かよちん、先輩、ごめんなさい……折角……凛を頼ってくれたのに、こんな……」

 

 

 凛は力が抜けてしまったように、その場で肩で息をしながら両膝をついて崩れ落ちた。

 そんな凛に、俺も息を切らせながらも出来る限り優しく声をかける。

 

 

「――謝るな凛……大丈夫だ」

 

「大丈夫って……もうどこ行っちゃったか分かんないよ、これじゃ、もう……」

 

 

 確かに凛の言う通り、もう既に犯人は完全に人の波に消え、何処に行ってしまったのかもう俺達には知りようが無かった。

 

 ――認めよう。俺と凛の力では僅かに犯人には届かなかったことを、俺達二人では、犯人を捕まえる力が足りなかったと。

 

 

 

「それでも……もう一度言うぜ凛、()()()()

 

 

 

 だけどそれは、諦める理由にならない。

 

 一人でダメなら二人で挑んで勝つ。

 

 

 ――じゃあ、二人でもダメなら? 

 

 

 そんなの決まってるだろ――――

 

 

 

 

 

『――犯人補足完了。犯人目測計算、人混みを減速して走り抜け直進方向に逃走中っ! 

 諦めないで正ちゃん、凛ちゃんっ! ――ことりが支援するよっ!』

 

 

 

 

 

 ――だったら、三人で挑めばいいだけの話だ。

 

 俺の胸ポケットの携帯から響くことりの声が、凛の瞳に輝きを再び取り戻させる。

 

 全く――遅いんだよことり。この境内を見渡せる所に行くって言ってたけど、こんな絶好のタイミングで満を持して登場とか、まるでヒーローにでもなったつもりかよ。

 

 でも、ナイス! 最高にカッコいいぜことり!

 

 

 

「ほら……大丈夫だったろ凛?」

 

「……! う、うんっ! ことり先輩……よろしくお願いします!」

 

 

 

 凛はそう言って、再び元気を取り戻したように立ち上がった。

 

 

 さぁ、反撃開始だ。

 

 例え一つ一つの力は足りなくても、束ねて()(つむ)げばより強くッ――!

 

 俺達を『ガキ』って言って侮ったお返しだ――目にもの見せてやるよ!

 

 

 そして、携帯からことりの指示が響く。

 

 

『犯人現在、正ちゃんから見て左に逃走中! 多分あっちの方には……』

「よっし! ことりサンキュー! 逃走経路把握……凛、行くぞ! アイツ“男坂”の方から逃げるつもりだ!」

 

「うん、分かった! 行くよ正也先輩……今度こそ捕まえて見せるにゃ!」

 

「ああ、勿論! 突っ走るぞ――俺達二人でどこまでも!」

 

 

 そう言って俺と凛は再び犯人を目指して駆ける。向かう先はこの神社から街中に抜けるもう一つのルートである“男坂”の下り階段。

 

 今度こそ――花陽ちゃんのカバンは返してもらうぞ!

 

 そして駆けだしてすぐに、ことりの声が届く。

 

 

『正ちゃん! 凛ちゃん! 犯人近いよ、時計一時の方向っ!』

 

 

 その声に反射的にその方向を向くと、駆ける犯人の姿を再び捉える。

 やっと見つけたぞ……! もう今度こそ逃げられると思うなよ!

 

 

「チィッ……! いい加減しつこいッ……!」

 

「……もう観念するにゃ!」

「俺達は何処までもお前を追ってやるよ!」

 

 

 撒いた筈の俺達がまだ追って来てるという事実に気付き、振り向いてこちらを見ながら苛立ちを露わにする犯人に、凛と俺はそう言い返して追うスピードを上げる。

 

 今度こそはもう油断しない、絶対確実に捕まえて見せる。

 

 

『正ちゃん――階段まであと直線距離約五十メートル! 焦らなくても追いつけるよ!』

 

 

 ことりの声を聞き、俺と凛は焦ること無く距離を詰めていく。

 五十メートルも余裕があるなら、俺達の速さがあれば必ず追いつけるはずだ、さっきみたいに焦って犯人を逃がすなんてヘマはもう二度としない……!

 

 

 しかし――それでも、この場の悪運は完全に犯人に味方していた。

 

 

 

「――ハハッ、ラッキー……!」

 

『ああっ……! 正ちゃん、前に気を付けてっ!』

 

 

 

 犯人が急に調子を取り戻し、携帯から急に焦ったような声で注意を呼びかけることりの声に俺は嫌な予感を覚えた。

 

 そして、次の瞬間目の前に広がった光景に俺は自らの不運を呪う。

 

 前方から、男坂の方から参拝に来た団体の参拝客が一斉にこっちに向かって来ていた。

 しかも最前列の若い男の人達は隣どうしで喋っていて、全く前方の俺達に気が付いていない。

 

 ダメだこれじゃあ――さっきと同じように逃げられる!

 俺は目の前の人達に気付いてもらおうと、再び声を張り上げる為に口を開く――

 

 

「――遅い、じゃあな」

 

 

犯人は俺が何か言う前に走る速さを上げ、集団の先頭の数人をタックルで弾き飛ばして強引に人波に入り込み、一気にそのまま人波をかいくぐりながら、あっという間に見えなくなってしまった。

 

 

 クソッ……! またかよ……まだ届かなかったって言うのか畜生……!

 

 

 

「――――正也先輩!」

 

 

 

 そう俺が諦めかけた瞬間、俺の隣からではなく、後方から凛の大声が響く。

 振り返ると、俺と並走するのを止めていたのか俺と二十メートルぐらい離れた後方で凛が立ち止まっていた。

 

 

「凛、なんでそんな所で立ち止まって……?」

 

「正也先輩、凛いい事考えたにゃ! ()()()()()()()()()を通って犯人を捕まえる方法――あるよ!」

 

「え? ――って、おいまさか!? やめろ凛! それは危険だ!」

 

 

 その口ぶりに凛が何を考えたか悟ってしまった俺は、慌てて凛を止めた。

 でも、そんな俺の言う事が聞こえなかったか無視したか、凛はお構いなしに続ける。

 

 

 

「大丈夫! 正也先輩は、人の期待を……凛の期待を絶対に裏切らない『カッコいい』先輩だって……凛は信じてるにゃーー!!!」

 

 

 

 凛はその言葉と同時に、猛スピードで俺に向かって走ってきた。

 おいおいおいおい! マジで()()をやる気なのか!? 

 

 今凛のやろうとしている事は、成功すれば確かに大きい。でも、少しでも俺がミスをすれば凛が大ケガを負う恐れもある手段だった。

 

 俺が失敗したら、自分がどうなるかとか考える気は無いのかこの後輩は!

 いや、違う――凛はそもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 冗談じゃない、そんなイチかバチかみたいなその方法で凛を危ない目に遭わせるなんて俺には――

 

 

 

『そうだよね……好きな人の前だったら、いつも以上に頑張りたくなっちゃうよね……気持ち、分かるよ凛ちゃん。

 ――やろう正ちゃん、凛ちゃんの気持ちに応えよう。

 大丈夫、正ちゃんなら出来るよっ。だって今の正ちゃんには――ことりがついてるから』

 

 

 

 すると遠くから観察して状況を察したのか、胸ポケットから聞こえることりの声が俺の背を押した。

 

 ああもう……! 全く二人して俺を過大評価し過ぎだって……!

 分かった、やってやるッ! 凛を心配するなら絶対に失敗しなければいいだけの話だ!

 行くぞ――ことり、凛! 俺達三人の力、あの犯人に見せてやろうぜ!

 

 そして、俺とことりは行動を開始する。

 

 

「――ことりッ! 犯人までの距離と速度、大体でいいから予測頼む!」

 

『うんっ! 犯人との現在距離約十五メートル、人の間をすり抜けながらでも速度約二十キロの速さで逃走中!

 ――そしておまけっ、犯人は前に居る団体さんの人波を後、十秒ぐらいで抜けるよ!』

 

「ナイス追加情報! ――犯人の速度距離共に把握。角度、力調整……!」

 

 

 俺はそう言いながら、こっちに向かって走って来る凛をしっかり見据えつつ、体勢を低くし手を組んでバレーボールのレシーブの姿勢をとる。そして犯人の逃げる速さと現在距離、そこから予測される未来の距離を計算に入れて力を調整する。

 よし! これで多分……いや、絶対大丈夫だ! 凛の為にも必ず当ててやる!

 

 そして凛は走る勢いそのままで足を、俺の組んだ手の上にのせ、踏み切り台に乗るような勢いで飛び乗った。

 

 その瞬間と同時、ことりと俺と凛は三人で言葉を重ねる。

 

 それは、狙う先に必中と必縛を宣言する誓詞。

 

 

 

 

 

『――私の瞳はあなたの瞳っ!』

「――四つの瞳で見据える先は必中っ!」

「いっくにゃーー!」

 

 

 

 

 

 そして凛が飛び出すのと同時に全力で、俺は組んだ腕を犯人の方向に向かって跳ね上げる――そして凛はその瞬間、人波を越えるように宙を飛んだ。

 

 これは、凛の並外れた脚力に俺の腕力を合わせて凛を高く飛ばすという、凛考案の即興協力技――それに俺とことりの精密なコントロールを合わせたもの。

 

 空飛ぶ人間砲丸と化した凛はそのまま――まるで、彼女の名を表すかのように深夜の“星空”を一直線に駆けるように、寸分の狂いなく犯人の逃げる方角に飛んでいく。

 

 そして、人波を抜け後は逃走するだけだった犯人は、気を抜いたように頭上を見た瞬間、凛が空中からタックルをするように飛びかかってくる姿を見て叫ぶ。

 それが、その男の最後の言葉だった。

 

 

 

「そっ、()()()()()()()()()()()―――――ゴフッ!?」

 

「――つっかまえたにゃーー!!」

 

 

 

 凛は空を飛んだ勢いのまま犯人に猛烈なタックルをかまし、犯人はそのまま気を失った。

 

 

 

――こうして俺達三人は、激走の末に花陽ちゃんのカバンを取り返すことに成功したのだった。

 

 

 

 

 

■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

「せ、先輩、本当にありがとうございました。凛ちゃんもありがとう……」

 

「そんな、お礼なんて良いって花陽ちゃん、むしろ俺より凛の方が頑張ったから凛をもっと褒めてやってよ」

 

「別にお礼なんていいよかよちん、凛はやりたい事やっただけだから」

 

 

 そう言って花陽ちゃんの感謝の言葉に俺と凛は軽く返した。

 

 あの後、穂乃果が呼んだ警察がすぐに駆けつけて、気絶したひったくり犯は御用になり、俺達はそのまま近くの交番に事情聴取を受ける事になった。

 

 犯人の男は警察の話によると、確実に力の弱い子供のみをターゲットにするひったくり犯で、ここ最近の秋葉原付近のひったくり被害の殆どを占めていて、警察からもマークされているレベルの悪質な犯人だったらしく、どうやら俺と凛とことりはまた後日、警察の方から表彰されるらしい。

 

 そしてとりあえずそれら諸々の話も終わり、しばらくしてようやく今、俺達は警察から解放されて深夜の夜道を帰っているのだった。

 

 

「む~……それにしても一生の不覚です。いくら他の事に気が散ってたとはいえ、目の前の犯行に咄嗟に反応できなかったとは……この御手洗彩、スクープ記者としてもう一度修行のし直しですね」

 

「しかし、私達に中で二番目に反応が早かったから良いじゃないですか……私なんて、服装の所為で何も出来なかったんですから……やっぱり、私は凶なんです……」

 

「まぁまぁ、海未ちゃん……今回は仕方ないよ」

 

「良いじゃねぇか海未、今回俺だって正面出口に立って通行止めにしてただけで、そんなに大した事できたわけじゃねぇしな」

 

 

 そんな事を言いながら落ち込む彩と海未、そして海未を軽く励ます穂乃果と武司。

 俺としては彩はそのまま記者の道を諦めてくれて一向に構わないが、海未は正直申し訳ないと思った。俺は服汚れないようにって気を使っただけなのになぁ……。

 

 

「あっ、そうだ! 正也先輩、ことり先輩、今回はありがとうございました! 凛一人だったら犯人捕まえるのはきっと無理だったから……」

 

 

 すると凛が、俺とことりに改めてお礼の言葉を言ってきた

 

 

「ううん、いいよ凛ちゃん。だって凛ちゃん一番頑張ってたもんね」

 

「そうそう、その通り。俺達は凛の手助けしたに過ぎないんだから」

 

「でも……それでも、ありがとうございました!」

 

 

 それだけ嬉しかったのか、凛は俺とことりがそう言うのにも関わらずまた頭を下げた。

 もう……気にしなくても良いってのに凛は、そうだ―― 

 そう思って俺は軽く提案するように凛に言う。

 

 

「そうだ! そんなお礼よりも凛、今日やった俺達の協力技(コンビネーション)に名前付けようぜ! いやさ、やっぱりカッコつける為にはそれなりのカッコいい名前も必要だと思うしさ!」

 

「――えっ?」

 

「うーんと……そうだ! 『双雷疾駆(デュアル・ラン)』なんてどうかな!? カッコよくない!?」

 

「……はぁ……先輩、何か色々台無しにゃ……」

 

「ええ~! まって、気にいらないなら凛も何かアイディアとかないの!? それ採用するから!」

 

「名前とか凛はどうでもいいの! もう、万年中二病の先輩に凛はつきあってられないよ」

 

「おっ、俺は中二病じゃなーい!」

 

 

 俺はそう言って中二病を否定すると、凛はようやくおかしそうに笑った。

 ふぅ……よかった。これでもう恩を引きずらないだろ。こんな事ぐらいで変に後輩に貸しを作るのも悪いからな。

 ……それにしても凛、万年中二病とか流石に言い方酷くないか!? 

 全く、これで俺の事好きとか本当に信じられないんだけど――あっ、そう言えば。

 

 そう思った時、俺はようやく今の今まで凛に対して気まずい思いを抱いていた事を思い出した。

 

 俺は、笑う凛を見ながらもう一度声をかける。

 

 

「――凛」

 

「うん? 先輩どうしたの急に?」

 

「いや、なんでもない……後、学校行事は卒業式が残ってるから、またその時は宜しくな凛」

 

 

 さっき沢山話したお陰か、自然なやり取りが普通にできるようになっていて俺は安堵する。

 良かった……これなら、きっとまた落ち着いて話が出来る。

 

 

 

「――うんっ! 正也先輩、凛、頑張るにゃ!」

 

 

 

 そんな凛の笑顔と共に、今日色々あった初詣は、俺に課題を残しながらその終わりを告げた。

 遅くても絶対卒業式の日までにはしっかり考えて、凛の気持ちにどう答えるか決めよう――それが、凛に対して返せる俺の精一杯の誠実さだ。

 

 

 ――卒業式の日は、もうすぐそこまで迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

【おまけ4】 『謎のスピリチュアル巫女』

 

 

 

 

 

「今の子、ショウヤ先輩って――成る程、あの子が例の“ショウヤ君”なんやね」

 

 

 裏参道の入口に立ってひったくり犯の逃走経路を妨害し、正也と凛が共に走り去るのを見送った巫女服姿の女の子が、楽しそうに微笑みながら一人そう呟いた。

 その口ぶりからは、正也の事を前から知っていたような雰囲気を伺わせる。

 

 

「うーん……なかなかエリチも角におけんなぁ。あんなカッコいい後輩の子と親しいなんて……」

 

 

 そう言って、巫女は先程目の前で行われた正也と凛の二人のやりとりを思い出す。

 

 

『当然だ――頼りになる先輩ってもんは、後輩を引っ張ってなんぼだからな! 逆に俺がお前を引っ張って行ってやるよ、凛ッ!』

 

『…………やっぱり、正也先輩はカッコいいにゃ』

 

 

 そこまで思い出し、巫女はより一層その笑みを強める。

 

 

「それに、カッコいいだけじゃなくて――とっても()()()()()子やん! 

 あれはあのお堅いエリチが気に入るのも納得。うん、物凄くあの子に興味でてきたから、また会う時があったら今度は声かけてみよかな……」

 

 

 そう言って、巫女はアルバイトの為なのか、その場から元の自分の持ち場に戻るために歩きだした。

 

 

 

「でも、次あの“ショウヤ君”と会う機会なんてあるかな……いや、絶対ある。だって――」

 

 

 

 巫女は自信ありげな笑みを浮かべながら、どこからか一枚のタロットカードを取りだしてそれを見つめながら呟く。

 

 

 

「――カードが、ウチにそう告げるんやから」

 

 

 

 その巫女が見つめるタロットカードは――

 

 

 大アルカナの十番目『運命の輪(Wheel of Fortune)』の正位置

 

 

 ――運命を告げるカードだった。

 

 

 

「うん……とってもスピリチュアルやね」

 

 

 

 そう満足そうに言ってカードをしまいながら、巫女服の少女――東條(とうじょう)(のぞみ)は、その場から去って行った。

 

 

 この東條希という名の少女のカードの予言通り、正也はある種の運命に導かれるようにこの少女と出会う事になるのだが……それは、また後のお話。

 

 

 

 




ここまで読んで下さってありがとうございました。

では、前回の更新で高評価をしてくださった

レオンハートさん

本当にありがとうございました!
感想やお気に入り登録してくださった方にも心からの感謝を……

では、また次回にお会いしましょう!



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