それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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21話 ゆく年くる年変わる時代

 

 

 綺羅ツバサという鮮烈な存在と出会って早二週間が過ぎ、俺の通う中学は冬休みを迎えた。

 

 中学三年生の冬休み。

 それは高校受験生にとってはまさに受験の天王山であり、この冬の過ごし方によって志望校合格がどうか決まってしまう大切な時期。

 ある者は机に向かって志望校の過去問と必死に向き合い。

 またある者は学期末の模試の結果に絶望し。

 そして全てを諦めた者は冬場の猫のように炬燵(こたつ)で丸くなる――そんな時期である。

 

 そんな受験シーズン真っ盛りの時期ではあるが、俺は既に日与子(ひよこ)さんと一緒に音ノ木坂学院入学に関する手続きなどを全て終えていて、後は日与子さんの入学許可の通知待ちといった状態という身分になっており、受験勉強とは無縁の存在になっていた。

 

 

――あれ? だったら冬休み遊び放題じゃん! 休みがふえるよ、やったね(しょう)ちゃん!

 

 

 ……なんて事を思った奴は即刻表に出ろ。

『おいやめろ』とか言えないレベルで、この冬休みの俺の多忙な日々を教えてやる。

 

 

 まずは朝、早起きして早朝の新聞配達のアルバイト。

 

 ちなみに余談ではあるが、新聞配達の仕事に就職する話はどうなったかと言うと、先日新聞配達の事務所の社長のおっちゃんに俺は――

 

『すいません、やっぱり高校に進学する事にしましたので、ここに就職する話は無かった事にしてください』

 

 と、誠心誠意謝りに行って、そして快くおっちゃんにそれを了承してもらった。

 でも、就職はしなかったが俺はおっちゃんに、また普通の学生アルバイトとしてまた雇い直してもらい、俺は心機一転と言った気分でまたバリバリ新聞配達を毎朝こなす日々に戻っていた。

 結局、就職するとかそういうのを抜きにしても俺は、新聞のいう名の、毎朝町の皆にいつもと変わらぬ“日常”を届け続けるこの新聞配達の仕事が気にいっていたらしい。

 

 

 そして、バイトが終わったら海未(うみ)の家の道場に行って海未と一緒に朝の剣道の稽古。

 

 海未になんとか剣道の試合戦績を勝ち越したいという気持ちで毎日試合に臨んでいるが、結果戦績は以前変わらず三回に一回ぐらい勝てたら良いぐらいのもの。

 しかし、それでも諦めずに毎朝のように挑みに行くのが長期休みに入った時の俺の日課だった。

 

 

 そして昼から夜遅くにかけて俺は、穂乃果(ほのか)の家でほぼ付きっ切りの家庭教師状態――

 

 

「穂乃果、図形の証明問題そこ間違ってる。この形は直角三角形だから……」

 

「あぁぁぁぁぁ……もう! 三角形の合同とか相似とかもうわけわかんないよーーー!! 何で図形証明問題なんてあるの!?」

 

「いや、俺に言われてもあるもんはあるんだから仕方ないだろ。でも、この手の証明問題は部分点が見込める場合が多いから、勉強しといたら問題で出たら貴重な得点源になるからやっといた方が良いんだよ、分かったな穂乃果」

 

「わーーん!! 正ちゃんの鬼ーーーー!!」

 

「はいはい、でもこれまだ基礎の所だから次の問題さっさとやろうか穂乃果。ほら、オトノキに受かるんだろー?」

 

「うぅぅぅ……はぁーい……」

 

 

 こんな感じのやり取りを延々と続けながら、昼から夜まで穂乃果の受験勉強を教えていた。

 

 普段から成績優秀な海未程頭は良くないけれども、日頃授業の復習だけは欠かさなかったお陰か全教科の基礎の所だけは穂乃果に教えれるぐらいに理解していた俺は、熱心にその基礎を穂乃果に叩き込んだ。

 

 ――だって、せっかく俺がオトノキに行けるんだ、こうなったら穂乃果にはオトノキに絶対受かって貰いたいし、オトノキでも一緒にバカやって過ごしたい。

 

 そんな俺の想いもあって、勉強を教える熱も高くなっていた。

 俺の努力と、自分の勉強の合間を縫って一緒になって教えてくれた海未とことりの協力の甲斐あってか、穂乃果は年末までになんとか合格ギリギリラインと言えるまでの学力にようやくたどり着く事が出来たのだった。

 

 

 

 

 ――とまぁ、そんなこんなで多忙な冬休みの日々を過ごし、大晦日の夜の除夜の鐘が響き終わってめでたく新年を迎えた頃。

 

 俺はことりと穂乃果、そして行きがけに暇そうに深夜の町中をブラブラしていた武司(たけし)を捕まえて、俺達四人は私服にコートを羽織ったラフな格好で神田明神(かんだみょうじん)鳥居(とりい)前に、新年の初詣を兼ねた合格祈願のお参りの為に集まっていたのだった。

 

 

 

「じゃあ改めまして、新年初めての集まりという訳で――あけましておめでとう! 

 穂乃果、ことり、武司、今年もよろしくな!」

 

「正ちゃん新年あけましておめでとう!」

 

「うんっ、あけましておめでとうー」

 

「はいはい、あけましておめでとう。

 全く……道すがら新年の挨拶は全員済ましただろうに、またやるとかめんどくさい奴だなお前も」

 

 

 俺と穂乃果達で新年のあいさつを交わす中、軽くダルそうな表情をしながらそう言う武司。

 めんどくさい? 全く、分かってないな武司は……例え年中行事の一つである初詣とはいえ、友達が集まれば立派なイベントの一つだから開幕の挨拶はキッチリとしないといけないのだ。

 そう思って俺は腕を軽く組んで武司を注意する。

 

 

「うっさい武司、みんな集まったんだし、もう一回しっかり言っとかないとカッコつかないだろ?

 別に二回言っちゃいけないっていう決まりも無いし、みんな集まったタイミングでピシッとカッコよく決めたい親友の気持ちも察してくれよ、な、穂乃果?」

 

「うんうん、気持ちすっごくわかるよ正ちゃん! 神社の前で改めて挨拶するとなんかこう……これから初詣行くぞーっていう気分になるよね!」

 

 

 話の流れで話題をふると、元気よく俺に賛成してくれる穂乃果。

 流石こういうノリの時は話が合うな穂乃果は、ノリがいい親友を持てて俺は幸せだ。

 

 

「はぁ……いくら新年明けたばっかとはいえ、こんな夜遅くに何でこいつらはテンション高いんだよ」

 

「ふふっ……でも、正ちゃんと穂乃果ちゃんがいつも通りでことりは安心するなぁ」

 

 

 武司はそんな俺と穂乃果にそう言って互いに軽くため息をつき、ことりはその様子を見てクスクスと笑う。

 そんないつもの俺達の会話のノリ、しかし今日はそんないつもの輪の中で一人メンバーに欠員が出ていた。

 

 

「――しっかし、それにしても、何で海未は急に初詣行かないって急に言い出したんだ?」

 

「さぁ……? 海未ちゃんどうしてだろう、穂乃果達と毎年初詣に来てたのに……」

 

 

 穂乃果は俺の言葉に軽く首を傾げた。

 そう、年明けにこうやって集まって初詣に行くのは今年に始まった事でなく、中学に上がってから毎年のようにやっている事で、海未はいつも一緒に初詣に来ていたのだが、今年に限っては電話で急に『私は良いので先に行って下さい』と、妙に慌てたような声で海未から連絡が入って、急遽今年は海未抜きで集まる事になったのだ。海未は本当にどうしたって言うのだろうか。

 

 俺がそんな考えをしていると、武司は穂乃果の言葉を返すように言った。

 

 

「――まぁ、仕方ないんじゃねぇの? 海未のやつも毎回年明けが暇って訳でも無いだろうし、そもそもお前らみたいに幼稚園時代からのクサレ縁が続いてる自体奇跡みたいなもんなんだから、今年都合悪かった位どうでもいいだろ」

 

「く、クサレ縁って……あ、でも(たけ)ちゃんも私たちと小学生の時から話すようになったから、そんなに穂乃果達のこと言えないんじゃないの~?」

 

「そう言えばそうだねっ、ことりそんなの全然意識してなかったけど、武司くんもそれぐらい長く仲良くしてるよね?」

 

「ああーそういえばそうなるか。正也とツルみ始めてからの付き合いだと、もうお前らともそんなに長くなるのかぁ……実感ねぇなぁ……」

 

 

 武司は穂乃果とことりの言葉にそう言って、軽くやれやれといったように首を振って返した。

 

 ――そう言えば、確かにそうだ。

 俺と武司は、喧嘩して仲良くなるという非常にややこしく熱血な経緯を経て友達になったのだが、穂乃果達と武司はそういうのが全くなくて、気が付けはいつの間にか自然と仲良くなっていたという感じだった。

 

 ……俺と穂乃果達のこの差は何だろうか。

 しかも武司と穂乃果の二人に至っては、俺が原因になって言い争いになり互いに印象最悪だったはずなのに、今のこの関係である。

 やはり俺と穂乃果の対人スキルの高さの根本的な違いなのだろうか、小学生時代の俺の友達作りの不器用さにため息をつかずにはいられない。

 

 

「そうだよねぇ、実感ないよねぇ……でも、せっかくここまで長い付き合いなんだから、正ちゃんとだけじゃなくて、これからも私達とも宜しくね、武ちゃん!」

 

 

 俺がそんな内心ため息をついていると、穂乃果は明るく武司にそう言った。

 武司はそんな穂乃果の言葉に、軽くそっぽを向きながらぶっきらぼうに返す。

 

 

「――何回も言ってると思うが穂乃果、ここでもう一回言っとくぞ。

 俺がお前らとツルんでるのは、あくまでもお前らが『正也の親友』だから仲良くしてるんであって、別にお前らと俺が“友達”って訳じゃないから、そこら辺カン違いしてあまり俺に馴れ馴れしくするんじゃねぇぞ? 分かったな?」

 

「も~、素直じゃないなぁ武ちゃんは。こうやって一緒に初詣にきてくれるんだから、本当は穂乃果達の事も友達だって思ってるんだよね?」

 

「だぁぁーー! 何回言っても聞きやしねえなコイツ! もうお前の無神経考えナシのそのポジティブさは一体どっからくるんだよ!? そんなだからお前はいつまで経っても“猪突猛進女”なんだよ!」

 

「あー! 酷い、私だって色々考えてるもん!」

 

「お、おいおい……穂乃果、武司、年明け早々なんで喧嘩してるんだよ、周りに俺達以外にも初詣で人は居るんだからとりあえず落ち着け。――ほら、初詣にきたんだからいつまでもここに立ってないで早く行くぞ」

 

 

 あれ? 仲良いかと思ったらやっぱり悪いのかどっちなんだこの二人は……? 

 俺はそんな事を思いながら言い争いに発展しそうになった武司と穂乃果を抑え、二人の背を押しながら鳥居をくぐって神社の本殿に向かおうとした。――その時だった。

 

 

 

「――あけましておめでとうございます。

 正也くん、穂乃果ちゃん、ことりちゃん、そして……君は正也君の友達の……確か名前は武司くんでしたよね? 皆さん、ちょっと待って貰ってもいいですか?」

 

 

 

 そう俺達を呼び止める声に振り向くと、そこには着物姿の舞華(まいか)さんがいた。

 

 

「あ……おばさん! あけましておめでとうございます!」

 

 

 そう穂乃果が言った後、ことりと武司もそれにならって新年の挨拶を返した。

 俺は若干びっくりしたせいか、その挨拶の流れに遅れながらも舞華さんに言う。

 

 

「え……あ、あけましておめでとうございます舞華(まいか)さん!

 どうしたんですか一体? 舞華さんも初詣ですか?」

 

「ううん、私は違うのよ。どうしてもこの子が行かないって聞かないものだから……ほら、折角綺麗なのに、見て貰わなくてどうするの?」

 

 

 にこやかに微笑みながらそう言って、舞香さんは後ろを振り向いた。

 すると、舞華さんに隠れて見えないが、手を引かれていかにも無理やり連れて来られたように見える人物が慌てたような声で言う。

 

 

「わっ、私はいいの……いいんですお母さん! ほら、やっぱりみんな私服じゃないですか! 私だけこんなの恥ずかしいです!」

 

「あらあら、ここまで来ておいて何言ってるのかしらこの子は。

 それにいつかあなたが大人になったら着物を着る事も多くなるでしょうし、今のうちから慣れて貰おうと思って。

 ほら、綺麗なんですから皆さんに見て貰いなさい。特に……正也くんとかには、ね?」

 

「でっ……ですからお母さん! そういう気使いとか要らないって言ってるんです! 大体、この服仕立て直したのはお母さんが勝手に――わっ!?」

 

 

 その言葉の途中で舞華さんはスッと身を引き、そして背中をポンと押してその子を俺達の前に出させた。

 すると、慌てた声を上げながら海未が俺達の前にその姿を晒す。

 その姿を見た俺が海未がこの場に来ようとしなかった理由を察するのと、穂乃果達が海未の姿に対して絶賛の声を上げるには同時だった。

 

 

「ふわぁ……海未ちゃん綺麗……!」

 

「へぇ……なかなか良いじゃねぇか、お前もやるな海未」

 

「おおーーー! 海未ちゃんすっごく可愛い!! ねぇ、それって振袖(ふりそで)だよね!? だよね!?」

 

「うううううっ……! は、恥ずかしいです……」

 

 

 自分の着ているものを隠すように身を小さくしながら、恥ずかしそうにそう言う海未。

 そう、海未が着ているのは日本の礼装の一つである振袖だった。

 

 その振袖は、海未の髪色に合わせたように紺色を基調とした作りになっており、袖口や足元にはキラキラとした小さな花柄が、その振袖が本来持つ落ち着いた雰囲気を損なわない程度に程よくあしらわれていて――正直、海未に似合っていてとっても綺麗だった。

 

 

「おお……すっごく綺麗だよ海未! 振袖の色も海未に似合ってて綺麗だし良い!

 まったく……何でそれで恥ずかしがる必要があるんだよ、堂々と一緒に来れば良かったじゃん!」

 

 

 だから俺は、本当に海未のことを綺麗だと思ったのでそのまま素直に褒めた。

 

 

「―――っ~~!!! は……はい……ありがとうございます……正也……」

 

 

 すると海未は何かの許容量の限界をを迎えたのか、これ以上ないと言うぐらいに顔を真っ赤にして顔を背けると、消え入りそうな声で俺にそう言った。

 そんな海未の姿を見ながら舞華さんは笑顔で言う。

 

 

「流石正也君、期待は裏切らない子ですね……満点の反応です。

 海未さん、これでわかりましたか? 自分が真に求めるものを得ようとするなら、怯えずに進む度胸は必要なんですよ。

 では後は若い子達に任せて、おばさんはすぐに家に戻りますね、さよならー」

 

 

 そう言い残して、舞華さんはそそくさと家に帰ってしまった。

 後には顔を真っ赤にしたまま動かなくなってしまった、振袖姿の海未だけを残して。

 あの……この何とも言えない状況をどうすれば良いと言うのですか舞華さん?

 全く、立ち振る舞いは丁寧な大和撫子風なのに、何故か行動の端々で物事を面白がる愉快犯的な所あるよなあの人……。

 

 

「ええっと……とりあえず、色々あったけどお参りしに行こうよ」

 

「あ、ああそうだな穂乃果。ほら行くぞ海未、そんな所で固まってても仕方ないからな」

 

「は、はい……分かりました……」

 

 

 気を取りなおしたようにそう言う穂乃果に従って、俺達は何故かフラフラ状態の海未と共に、鳥居の先の神社の本殿に向かう。

 

 そうこうして入った神社の境内の中は思った以上に人が多く、俺達は本殿の賽銭箱の前に並ぶまで並ぶ事になった。

 

 

「――わぁ、今年は去年より人が増えてる。まだ深夜なのに凄いねー!」

 

「年々、隣街の秋葉原の発展の影響で、この辺りも都市開発が進んで人が沢山来るようになってきたからな。この神社の知名度も上がって来てるんじゃねぇか? 

 一応、ここは都心のパワースポットの一つだって聞いた事があるしな」

 

「へぇ……穂乃果が小さかった時はここまで人が来てなかったのに……時代の流れって凄いなぁ……」

 

「アニメ文化やアイドル文化、その他には鉄道や城プラモとかその他色々――サブカル文化の宝庫だからな秋葉原(あそこ)は。

 秋葉原は今日本で一番注目されてる街だって俺の舎弟が鼻息荒く騒いでたが……あながち間違ってねぇのかもなそれも」

 

「じゃあ、その内こんな感じで『穂むら』にも人がいっぱい来るかな!? お店の売り上げが上がったらその分穂乃果のお小遣いも……!」

 

「それは諦めろ穂乃果、豪勢で派手で目立つ秋葉原とは違って、お隣の俺達の住む、歴史情緒に溢れる神田淡路町は、()()びに理解がある少数の年寄りしか集まってこねえよ」

 

「わーん! 一つ隣町なだけなのに差が酷すぎるよー!」

 

 

 行列に並びながら穂乃果と武司は、秋葉原という街に対してそんな会話を交わしていた。

 そんな中、その話題をそれ以上聞かないように心の中でシャットアウトをかけながら俺は、海未が落ち着きなく周りを見ていたのが気になったので声をかける事にした。

 

 

「海未大丈夫か? そんなにキョロキョロして……何か気になる事でもあるのか?」

 

「い、いえ……その……なんだか、見られてるような感じがして落ち着かないんです……」

 

 

 小声でそう言う海未に俺は、何だそんな事かと思って言い返してやる。

 

 

「そりゃ、そんな振袖着てたら誰だって海未の事気になるに決まってるだろ?

 だから人の目線なんて気にしないで、ドーンと構えてたら良いんだよ。そんな風に縮こまってたら、折角綺麗なのに台無しだぜ海未?」

 

「そっ、そう言ってもらえるのは嬉しいですが……! やっぱり、目立つのが苦手でどうしても……」

 

 

 褒めても効果なしというか、むしろ逆効果。海未は俺に身を寄せるように周囲の人の目線から隠れてしまった。

 海未……この前の生徒会引継ぎ式の時も思ったけど、やっぱりどうしようも無く恥ずかしがりだな本当。流石に俺もちょっと心配になっちゃうぞ。

 

 

「――いいなぁ、海未ちゃん」

 

「え? どうかしたかことり?」

 

「う、ううん! なんでもないの、なんでも! 海未ちゃんの振袖が綺麗で良いなぁ……って、ことりも振袖あったら着てたのにって考えただけだから、全然それ以上の意味なんてないから気にしないで正ちゃんっ」

 

 

 そんな俺達を見て、ことりが何故か羨ましそうな声のトーンでそう言ったので聞き返すと、途端にことりは慌てて両手を振って否定する。

 そんな挙動不審なことりを不思議に思っていると、元気な後輩の声が列の後方から聞こえてきた。

 

 

「正也センパーイ!! 穂乃果センパーイ!! あけましておめでとうございまーす!!」

 

「あ、(りん)ー! 来てたんだなー! あけましておめでとうーー!!」

 

 

 振り返るとそこには、列の後方から両手を上げてブンブンと振りながら、己の存在をアピールする凛が居た。

 その横に控えめにこちらに手を振る花陽(はなよ)ちゃんと、その存在を認めたくはないが、凛と同じ位手をブンブンと無駄に元気に振っている(あや)も加えると、二年生生徒会メンバーの三人が集まっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

「わぁ……! 海未先輩……キレイだにゃ!」

 

「わぁ、すごい……振袖とっても綺麗です海未先輩……」

 

「おお、これはこれは素晴らしいです海未先輩! 記事にしなくても一枚写真が欲しいレベル……! あ、一枚撮ってもいいですか? いいですよね!?」

 

「あ、ありがとうございます……で、でも、そんなにじろじろ見るのはやめて下さい……あ、後、写真なんて絶対ダメですからね!」

 

 

 凛たち二年生メンバーと合流し、列に並びながら新年の挨拶をそこそこに済ました後、すぐに海未がまた振袖姿について褒められるというある意味予想通りの展開になり、真っ赤になって慌てながらそう返す海未。

 本人達は全く悪気はないとはいえ、本人があまりにも気にするので流石にこの段階になって海未の事が可哀そうになり、助け舟を出すつもりで話題を適当に変える事にした。

 

 

「それにしても彩、お前カメラ持ってないように見えるけど、それでどうやって写真撮るつもりなんだよ?」

 

 

 俺そんな質問をしながら彩を見る。

 その姿は隣に居る凛と同じく、ズボンを履いた動きやすいボーイッシュな服装にコートを羽織っていたが、その両手にはカバンどころがカメラですら何も持たずに手ぶらだった。

 一体どうやって彩はそれで写真を取ると言うのだろうか。

 

 

「ふふ~ん! 私の“記者魂”、舐めないで下さいよ正也先輩……ほら!」

 

 

 すると、彩はセミロングの明るい色の茶髪を軽く揺らしながら首をかしげて微笑むと、なんと驚くことに、次の瞬間にはもう手にカメラを構えていた。

 

 

「え……はぁっ!? お前、それどっから取り出したんだよ!?」

 

「わ、私、カバン持ってきてたので、彩ちゃんのカメラ重そうだから預かってたんです」

 

「そうです! 花陽さんの優しい心遣いをありがたく受け、今さっきまで花陽さんのバックの中に私のカメラは眠っていたのです! あ、しかしご心配なかれ! スクープの瞬間あった時には逃さず、瞬時にこのように取りだせますので! 私、自分で言うのもなんですけど、早業とフットワークの身軽さには自信あるんですよ?」

 

 

 すると、彩のすぐ隣に居た花陽ちゃんは軽くはにかみながら手提げカバンを軽く示し、そしてカメラを取りだした自分の早業を自慢する彩。

 

 

「早業ってお前、それもう手品師レベルだぞ……ある意味すごいわ」

 

 

  俺はそんな彩に感心しつつ内心で、例え自称でも新聞部のエース記者を名乗る彩が、自らの分身に等しい程大切にしてるであろうカメラを、気軽に花陽ちゃんに預けてしまってることに自体に驚いてしまった。

 

 成る程……本人は自覚してないみたいだけど、相当彩に信頼されてるみたいだな花陽ちゃん。ちょっと見ないうちにそこまで仲良くなったとは……うん、いい事だ。

 そんな事を考えながら俺は、自慢して満足した彩からまたカメラを受け取る花陽の横顔を見つめた。

 

 

「新年の初詣にまでカメラを持ってくるその情熱。

 そこまでになると最早呆れるのを通り越して、感心の域にまで達してしまいそうになりますね」

 

「えへへ~、それほどでもないですよ海未先輩! それに、新年初詣は人が集まるイベントでもあります! 

 人が集まれば、誘拐、スリ、ひったくり、これらのトラブルが起こる可能性が必ず増えます! それ即ち、スクープの瞬間を捉え犯人の悪行を白日の下に晒すチャンス! 

 それを逃がしてどうして記者を名乗れようか……否、名乗れる筈がありません!!」

 

「こんな感じで、彩ちゃんはずっと凛たちと出かける時は、いつでもカメラを持ってくるんだにゃ」

 

「性格ブレないなぁ(あや)……」

 

「あ、正ちゃんっ。そろそろことり達の順番近いみたい」

 

 

 彩の事を言いあってると、ことりからそう伝えられ俺はいつの間にか、列がだいぶ前まで進んでいた事に気が付いた。

 

 あ、ヤバい、そういえば何お願いするか全く考えてなかった。

 うーん……この冬休みを使ってバッチリ教えたつもりだけど、やっぱりまだ穂乃果の受験が心配だから、穂乃果の合格祈願にしようかな。うん、そうしよう。

 そんな感じで新年の願いが俺の頭の中で決定した時、穂乃果が俺の思考を読んだかのように言った。

 

 

「あ、正ちゃん、先に言うけど今年はちゃんと“自分”のお願いしてね? わかった?」

 

「……え!? なんで今俺が穂乃果の合格祈願しようと思ったの分かったんだよ!?」

 

「正ちゃんやっぱり……それは穂乃果が自分でお願いするから、ちゃんと正ちゃんは自分のお願いして!」

 

「ちょ、なんでそんな事言われないといけないんだよ穂乃果! 俺が何お願いしても自由じゃない!?」

 

「正ちゃん、去年と一昨年来た時、ことり達に何お願いしたか言ってくれたけど、その時自分で何をお願いしたって言ったか覚えてる?」

 

 

 すると、俺と穂乃果の会話に割り込んで有無を言わせないような笑顔で俺にそう言うことりに、俺は去年と一昨年の初詣の時の願いを思い出しながら素直に返す。

 

 

「ええっと……去年は確か、海未が剣道の大会で県大会優勝しますようにって願って、一昨年はことりが――」

 

「そう、そういう所だよ正ちゃん! 正ちゃんは初詣でいっつも他の人の事をお願いして自分のお願いした事ないでしょ!

 だいたい正ちゃんはいっつも自分の事考えなさすぎだから、しっかりそこから直していこうよ。

 ――そ、そりゃ正ちゃんが心配してくれるのは嬉しいけど、ちゃんと私だって、正ちゃんが冬休みの勉強付き合ってくれて頑張ったから大丈夫だよ! ――だからわかった!?」

 

「ああ、俺も穂乃果に全面的に同意だ。お前ちょっとは俺達の心配も考えろよ?」

 

「ことりも、穂乃果ちゃんと武司くんに異議なーしっ」

 

「――私が穂乃果達に賛成か反対かなんて、言わなくてもわかりますよね?」

 

「み、みんな……わ、わかったわかった、ちゃんと自分の事お願いするよ!」

 

 

 そんな穂乃果の勢いに押し切られ、俺はお願いを考え直すことにした。

 それにしても、皆そんな怖い顔で言わなくてもいいのに……ちょっと俺傷ついたぞ、しくしく。

 

 

「ムフフ……いや~、相変わらず愛されてますねぇ……正也先輩」

 

「でも、凛はちょっとだけ先輩たちの気持ちもわかるにゃ……」

 

「正也先輩……自分を、大事にして下さいね?」

 

 

 俺達のやり取りを見ていた外野の後輩たちからも続けてそんな言葉を投げられる。

 花陽ちゃんに至ってはもう、かわいそうな人を見る目でこっちを見てくるからもう手遅れ感が半端ない。ここからどう印象アップを狙っていけばいいのやら……。

 

 まあいい、それにしても自分の事か――あれ? 一体何をお願いすればいいんだろう? 

 そんな事を考えながら、一向に願いが思い浮かばない自分に内心本気で冷や汗をかき始める。

 

 マズい、自分が何をお願いしたらいいのか分からない。

 

 こういう時に悩む時点でもうヤバいのかも……これは穂乃果達が心配するのもわかる気がするな、こういう『自分の事を全く考えない』考え方、まるで父さんと母さんの悪い所そのままじゃないか。

 今まで反面教師にしてきたつもりだったけど、もしかしたら根っこのところからもう染みついてしまって取れなくなってしまってるのかも……。

 

 そんな事を考えていると、もう順番がすぐそこまで迫って来て本気で焦る。

 どうしよう……『カッコいい男になれますように』っていうのは、別に神様に頼らなくても自分で叶えてみせる願いだから違うし、やっぱり神様に願わないと出来ない事をお願いするべきだよな……。

 

 だったら、どうしたら――

 

 

 

 あ、そうだ……“自分の力じゃどうにも出来ない事”、一個あったじゃないか。

 

 

 

 そう思い、俺は一週間前にあったある出来事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 ――それは、冬休みに入って一週間ぐらいが過ぎたある日の事だった。

 

 いつも通り穂乃果の家に行って勉強を教えた後、夕方に家に帰ると、玄関前で父さんと母さんが、黒いスーツを着た上に明るい金髪という配色のアンバランスな目立つ恰好の、若い男の人と話してる所に出くわした。

 

 あのお兄さん、見ない人だけどお客さんかな?

 

 そう思った俺は、すぐさまその場に行こうとせずに近くまで寄って電柱の陰に隠れ、話してる内容に耳を傾ける

 すると丁度話が終わって帰る所だったのか、父さん達と向き合う若い金髪の男が去り際に言う。

 

 

「じゃあ織部さん、ボクはこれで……あ、言い忘れてました。

 織部さん、借金完済おめでとうございま~す。

 これでもう定期的に会う事は“多分”ありませんが、また機会がありましたら是非、ウチの会社をよろしくお願いします」

 

 

 そう言って、金髪の男は見るからに人が良さそうな人懐っこい笑みを浮かべる。

 

 しかし、そんな人畜無害な笑顔の裏に、まるで人を騙し慣れた老獪(ろうかい)な狐のような得体の知れないオーラを感じて、俺は身震いした。

 

 何なんだこの得体の知れない嫌な圧力は――それでいて、一度どこかで体験したことがあるようなこの既視感は何なんだ……?

 っていうか今借金って……アイツ、まさか借金取りの奴か!

 

 俺が目の前の男についてそんな事を考えていた時、父さんが嫌そうな顔をしながら金髪の男に言葉を返す。

 

 

「ああ――もう二度とくんなクソッタレ」

 

「おやおや、嫌われてしまいましたね。

 織部さんはちゃんと利子を払って下さる“良いお客”ですから、ボクとしても『目に見えるような目立つ借金の取り立て方はしない』など、そちらの要求を出来る限り呑んできたのですけど……」

 

「無駄口叩く前にさっさとどっかに消えやがれ、手続きとか言って散々長く居座りやがって……息子が帰って来ちまったらどうする。

 間違っても俺はお前を、息子に合わせる気は無いからな」

 

「はいはい、そうでしたね――『息子さんに関わるな』っていうのも、そちらの要求のうちの一つでした……全く、何を恐れているのやら? 

 まぁ、それはいいでしょう。土地を競売(けいばい)にかける決断をようやくして頂けたわけですし、ボクもそれに敬意を表して大人しく退散させて貰います。では……これで」

 

 

 そう言って最後にまた人柄の良さそうな、しかしそれでいて寒気を感じるような笑顔で一礼し、金髪のスーツ姿の男は何処かに去って行ってしまった。

 

 時間にしておよそ一分。

 俺が“その男”の存在を認識したのはそんな短い時間だったが、俺はもう既にその男の事を忘れる事が出来なくなっていた。

 

 一体何なんだアイツは――

 そんな事を一瞬考えたが、俺はそれよりもっと重要な事に気が付きそこで考えを止めた。

 

 

 借金返済した……? 

 土地を競売って、それ土地を売ったって事だよな……?

 でも、俺の家にそんな売れるような土地がある訳――――まさか。

 

 

 そこまで考えて、気付いてはいけない事に気が付いてしまい、俺は心が凍りつくような感覚を覚えた。

 

 

 ――そんな、まさか、あり得ない。

 だって……どんなに利子返済が厳しくても、あの店の土地は売らないって……経営しても赤字になるから今は閉めるだけだって……いつか借金返したら店を開けるって……そのつもりだって父さん言ってたのに……!

 だから、俺、いつかその日を楽しみにして今日まで……!

 嘘だろ……? 嘘って言ってくれよ……。

 

 そこまで思った時、目の前の母さんが父さんに確認するように言った。

 

 

 

「……響也(きょうや)。本当にあの店、売って良かったの?」

 

「ああ――あの土地は元々担保に入れてたから半分向こうの物みないなもんだ、相手が売る気だったらどうにもならねぇよ。

 それに、あの辺りの秋葉原の土地の地価は金持ちの経営者がでっかいビルをおっ建てる計画で血眼になってるからな、今が最高値で売れる時だって話だ。

 売るタイミングだったらこれ以上ないってぐらいに最高だから安心しろ、ひかり」

 

「――っ! 私はそういう意味で言ったんじゃないわよ! 

 だって、あの店を再開するためのお金を作るために響也が一番頑張って働いてたじゃない! 自分はギタリストの夢を諦めたけど……それでも、音楽の世界で頑張るって決めた他の人を応援したいって言ってたじゃない! 

 音楽の世界でまだやりたいことがあるんだって言ってたじゃない! だから私っ……」

 

「ゴメンな、今まで俺のガキみたいなワガママに付きあわせて苦労かけて。

思えば、最初からあの土地を売って借金返済してりゃ良かったんだよ。お前と……挙句の果てには息子の正也まで迷惑かけた。

 本当、最低な男だよな俺って……ちょっと自分の子供を育てた程度で“大人”になったってカン違いするんだから救えねえ。

 (うしお)にもこの前言われたけどよ、本当にその通りだった。

 ――俺は、本当に中学のガキの頃から全く成長出来てねぇ」

 

「響也……」

 

「あの日……日与子(ひよこ)に優しく撫でられながら、やっと年相応に大泣きした正也を見て悟ったんだよ――俺は、父親として最低な事を正也にしちまったんだ。

 俺は親として、ガキだった自分にケジメをつけなきゃなんねぇ

 だから――“織部楽器”は、今日が本当の意味での閉店だ」

 

 

 

 

 

「……嘘だッッッ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 それ以上父さん達の会話を聞くことを頭が拒んだ。

 

 そう叫んで()()、その場から背を向け一心不乱に父さんの店がある秋葉原に向かって走る。

 

 頭の中は真っ白で、もう何も考えられなかった。でも走った。

 

 

「――正也っ!!??」

 

「正也っ! 待って……正也ーーー!!」

 

 

 僕の声に気付いた父さんと母さんが、走る僕にそう言うけども、僕は聞かなかったふりで全力疾走する。

 

 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!

 

 頭の中でそればかり考えながら走り続け、そして気付けば秋葉原の“織部楽器”がある小売店が立ち並ぶ路地にまで辿り着く。

 

 

 嘘だ……父さんと母さんも……あと、あの金髪の男も全員嘘をついてる。

 目の前の角を曲がったら、そこはいつも通りシャッターが閉まったまんまだけど、いつも通りの僕の父さんの店があるはずだ!

 

 

 そんな願うような気持ちで、角を曲がった俺に飛び込んできた光景は――

 

 

 

 

 

 ――見るも無残な程に残骸と化した、かつては店だったものの瓦礫の山と

 

 ショベルカーに踏みつけられ下敷きになって、もう修繕が効かないぐらいに砕けてしまった店の看板だった。

 

 

 

 

 

「なん……で……?」

 

 

 その光景を見て、僕は力が抜けたようにその場に膝から崩れ落ちた。

 

 さらにそんな瓦礫の山の前に立っている『建築計画のお知らせ』と書かれた看板が、そこに新しく建物が建つ事を残酷な程に明白に示していて、僕はそんな現実から目を背けたくて瞼を閉じる。

 

『――ねぇ、父さん……俺が早く働いて借金返してさ、いつかこの店を何とか復活させたいって思うの……そんなにダメな事かな?』

 

 僕は、絢瀬(あやせ)先輩と再会した日、この店の前で言った言葉を今になって思い出す。

 そんな……今となっては永遠に叶う事の無くなった、僕のささやかな将来の夢を。

 

 

「……まさか、そこまでこの店の事を……悪い正也、俺の事を殴っても良いぞ」

 

 

 気づけは、僕の事を追い掛けて来ていた父さんにそう言われ、僕はやるせない気持ちになりながら目を開いて言葉を返した。

 

 

「ううん、なんか……そんな気も湧かないよ……仕方ない事だったんだよね?」

 

「ああ……考えたが……こうするしかなかったんだ。

 それを思えば、もっと早くにこうするべきだったんだ――そうすればお前にあんな苦労をさせず済んだ。――全部、俺の責任だ」

 

「父さん……本当にそれでよかったの?」

 

 

 僕はこの行き場のない怒りをせめて父さんにぶつけたくて、父さんの顔を睨みつけながら言った。

 

 

「……ああ、よかったよ。それに、この俺の店だけじゃなくて、この辺りの店を全部更地にして、そしてデカいビルをその上に建てるっていう計画らしい。

 ちなみに建設中止なんて甘い夢を考えない方が良いぞ、今の秋葉原は新しいビルやマンションの建設ラッシュで、土地の需要も上がってる。この辺りの他の店の店主も全員金で転びそうだ。

 ――まぁ、そのお陰で俺もさっさと借金完済出来たから良いんだけどな」

 

「父さんも皆も……なんですぐに自分の店を捨てれるんだよ……昔はこの辺りの店も、もっと活気あって、みんな楽しそうにお店やってて……それなのに、意味わかんないよ……」

 

「これも時代の流れってやつだ正也、仕方ないことなんだ」

 

「時代の流れって何だよ……わかんないよ、僕には」

 

「“都市再開発計画”……丁度、あの『UTX学園』のビル校舎が建った頃位から始まった市の計画なんだけどな。まぁかみ砕いて言えば、古い建物ぶっ壊して、人気の施設やビルを新しくバンバン建てて、もっと秋葉原の街を発展させて行こうっていう市の方針らしい。

 まぁ、当然だよな……古いのと新しいものだったら、当然新しい方が人気が出るだろ? つまり、そういう事だ。

 俺もこの通りの店の連中も、来る客の数が年々減ってってるのを感じながら、でも気づかないふりして、心の中ではずっと悟ってたんだ。

 ――いつまでも古いだけのモンは要らないって、時代が言ってることにな」

 

 

 父さんはそう言って、秋葉原の都市再開発の現状について語りながら、膝をつく俺に手を差しのべる。

 そんな達観したような物言いの父さんだけど、その顔は悔しさを必死で顔に出さないよう耐えるみたいに唇を強く噛みしめていた。

 

 そんな父さんを見て、僕はなんて思い違いをしていたんだろうと恥ずかしく思ってしまった。

 

 父さんは、決して簡単な気持ちで店の土地を売ったんじゃないんだって――

 そして僕なんかよりずっと、この瓦礫の山を見て辛い思いをしてるのが父さんだってことに。

 

 だから一度深呼吸して心を落ち着かせた後、()()それ以上を言うのをやめ、父さんの手を取って立ち上がった。

 

 

「ごめん、父さん……俺の方こそ、何もわかってなかったよ」

 

「良いんだよ、俺の一番大切なもんは何かって事に、最初から気付いてればよかったんだ。

 ――俺は、お前とひかりが笑っててくれたら、それだけで良かったんだって」

 

「父さん……」

 

 

 父さんは吹っ切るようにそう言って、そして笑った。

 その表情は無理をして前を向こうとしてるのは明らかで……でも、俺にはそんな父さんに何も言う事ができなかった――できなかったんだ。

 

 

 『古い』って理由だけで、そこにある人の想いを蔑ろにしながら破壊して、その上に新しい物を作って利益にするなんて――そんな考え、クソくらえだ。

 

 

 

 俺はこの日、目の前の瓦礫の山と、悔しさを必死に押し隠そうとする父さんを見ながら……努力してもどうにもない、時代の変化という名の現実を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一週間前の事を思い出した後に神様にした俺の願いは、思い返したらあまりにも子供っぽ過ぎて恥ずかしくなってしまいそうなものだった。

 

 まぁ……それでも、神様に願う俺自身の願いって言ったらこれしかないし、仕方ないか。

 

 そう思って俺は賽銭箱の前から離れ、先にお参りを済ませて列から離れたところに集合していたみんなの元に行く。

 すると開口一番に穂乃果が、

 

 

「――正ちゃん、結局さっきは何お願いしたの?」

 

 

 と、ある意味予想通りそんな事を聞いて来たので、俺は用意していた答えを返した。

 

 

「心配しなくても大丈夫だって、ちゃんと自分の事をお願いしたから。

 それよりも穂乃果は、ちゃんとオトノキ受かるようにお願いしたんだろうな?」

 

「――う、うん。ちゃんとお願いしたよ」

 

「おい穂乃果、何だ今の間は? なんか心配になるんだけど」

 

「だ、大丈夫大丈夫! だいたい同じ意味のお願いしたから平気だよ!」

 

「だいたい同じ意味って、それ違うって自分で言ってるみたいなもんじゃん! まぁ、自信あるって事ならそれでいいけどさ……」

 

 

 そう言って俺は、穂乃果はいつも通り大雑把だなと軽く呆れながらも、そんないつも通りである穂乃果に安心した。

 

 なぜなら、俺の願いは――

 

 

 

『俺の周りの大切なものが、これ以上無くなったりしませんように』

 

 

 

 ――そんな、子供っぽい願いなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おまけ3】 『ほのかな願い』

 

 

 

 

 穂乃果は賽銭箱の前で、やけに神妙な顔つきをしながら真剣に手を合わせて祈る正也を横目で見ていた。

 その横顔が何を考えているのかは分からない、しかし彼にとって、真剣な願いをしている事は容易に察せる事は出来る。

 

(しまった、私も正ちゃんを見てる場合じゃなくて早くお願いしないと)

 

 穂乃果は急いで願いを考える。

 さっきまでの正也との話の流れを考えると、音ノ木坂学院への合格祈願をするので穂乃果の願いは決まっていた筈ではあるが、それでも穂乃果はそうしなかったのだ。

 なぜなら、穂乃果の中でそれよりも優先すべき願いがあったからだ。

 

(初詣が終わったら、卒業式まであと三か月……ううん、もっと少ないよね。あとそれだけしか正ちゃんと一緒に居られないんだ……)

 

 女子校である音ノ木坂に進学するのを最終的に選んだのは彼女自身であるが、それでも後悔せずにはいられなかった。

 

 海未、ことり、そして正也、この三人と一緒に今までずっと仲良く過ごして来た。

 だから今更一人欠けるなんて考えられなかった。

 親友としても、そして、正也の事が好きな一人の女の子としても。

 叶うなら、大人になるまで……いや、大人になってもずっと一緒にいたい。

 例え、最終的に正也が恋人に選ぶのが自分でなくても、それでも一緒に居られるならそれで構わない。

 高坂穂乃果という少女は、それほどまでに正也の事が好きだった。

 

 だから一度は、小さい頃からのオトノキへの憧れを捨て、徒歩通学の範囲ではなくて電車通学になっても、それでも正也と一緒に通える普通の公立校を目指そうと思った。

 実際に本気だった。だから三年生になってすぐ、正也やことりと海未にもこの考えを話した。そのぐらい本気だった。

 

 それを話した時、ことりがすぐに賛成してそれなら私もと言い、海未もそれに反対する意思を見せなかった。

 やっぱり二人も私と同じ事考えてたんだ――と穂乃果が喜んだのも一瞬、その本人である正也にまさかの反対を貰った。

 穂乃果は怒った、思わず『好きだから一緒に居たいの!』と、失言をしてしまいそうになるくらい怒った。実際には何とかそんな失言をせずに思いとどまる事ができた。

 正也もそれに徹底抗戦の意志を示した。

 

 

 オトノキにあんなに行きたがってたじゃないか、あれは嘘だったのか?

 

 例えどれだけ離れていたって、俺達は絆で繋がった親友だ。

 

 ――頼むから、俺の為に自分を曲げたりしないでくれ、穂乃果。

 

 

 そんな正也の切実な願いに穂乃果は負け今、音ノ木坂学院を目指している。

 そんな正也の言葉を疑う訳もないし、むしろ全面肯定が基本であるが、それでも穂乃果は不安だった。

 

 どんなに口で言えても、それでも一緒に登校する事が無くなったり、一緒の教室で勉強する事が無くなったりするだけでも大きい。会えない日だってあるあろう。

 

 ――それでも、正也は変わらずに親友でいてくれるのだろうか。

 

 だから、穂乃果は願う。

 

 

 

 

 

『高校に行っても、正ちゃんとずっと仲良くいられますように』

 

 

 

 

 

 穂乃果の願いはこの日から三か月後――これ以上ないぐらいに最高の形で叶えられることを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで下さってありがとうございました。

前回感想を下さった方や、お気に入り登録してくださった方全員に感謝を……
いつも更新の励みにさせて頂いております。

では、今回はちょっとだけ次回予告を……



【次回予告】


正也達の初詣はハプニング無しには終わらない。

そして正也の前に、ついにあの謎の巫女さんが――「あっ、ついにウチの出番なん!?」――現れるかもしれないし現れないかも「ちょっと!?」

逃げる一人に追うもの二人――この二人からは、誰も逃げられない。

「テンションあがるにゃー!」
「――じゃあ、そのテンション俺も相乗りさせてくれ!」


――次回、『神田明神チェイス・ラン』


「ううっ……ウチ、完全に弄ばれてるやん。いつになったら本編に出してもらえるん……?」


ごめんねスピリチュアルさん……では、近いうちに公開予定です、よろしくお願いします!








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