それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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 今回はあとがきで一つお知らせがあります。
 もし良ければ是非目を通して頂ければ幸いです!


19話 出会いから始まる運命分岐

 病院での演奏を終えた後、俺は真姫に連れられ秋葉原の駅前にまで来て、大型チェーン系列の喫茶店にやって来ていた。

 俺と真姫は店内に入って店員の方に席に案内され席に着いたと同時、真姫は開口一番に

 

 

「すいません、コーヒー二つ、ホットでお願いします」

 

「はい、かしこまりましたお客様」

 

 

 ――と言って店員さんとやり取りをすませ、さっさと注文を終らせてしまった。

 

 

「えっ、いや俺の分は良いよ真姫(まき)。すいませんさっきの無しで、コーヒーとお冷お願いしま――」

 

「いえ、彼の言う事は気にしないで、そのままコーヒー二つでお願いします」

 

「ちょっ、待ってよ真姫」

 

「え――は、はい、かしこまりました。コーヒー二つですね、では少々お待ちください」

 

 

 真姫は俺の言葉を遮りながら強引にそう言う。

 すると店員さんは、真姫と俺の意見がかみ合わなくて混乱したものの、結局真姫の意見を聞き入れたみたいで、そそくさとカウンターの方に戻ってしまった。

 

 

「な、なんでだよ真姫、俺は別にいいって言ったじゃんっ」

 

「何? 別にお金の事は心配しなくてもいいわよ、会計は私がもってあげるから」

 

「いや、そういう訳にはいかないって――ちょっと待ってろ、ええっと……確か財布に五百円ぐらいはあったよな……?」

 

 

 勝手に俺の分までコーヒーを注文した真姫に文句を言うと、何でもないような反応でそう返す真姫。

 しかし、そんな奢りの提案を断ろうと思って鞄の中の財布を漁ろうとした俺に、真姫は呆れた様な顔で言う。

 

 

「もう正也は……私とこういう所来た時はいつもそれ。今日は私が誘ったんだから、今日ぐらい素直に奢られなさいよ。正直、私のお金の心配をする人なんて正也とひかりちゃんぐらいよ?」

 

 

 そう言って真姫は頬杖をついた。

 ――まぁ真姫の言う通り、確かに真姫はあの西木野総合病院の一人娘でお金持ちのお嬢様。

 しかもその上、真姫はお父さんとお母さんにそれはまぁ大事にされているらしく、金銭面での苦労は全くしたことが無いらしい。

 そのお金持ち度合いは、以前俺が冗談のつもりで『お金持ちって別荘とか持ってるイメージだけど、流石に真姫は無いよな~?』って言った時に、『え? 普通にあるわよ、良かったら来る?』と素で返されたレベル。ちなみに、丁重にお断りした。

 

 だから正直他の人から見れば、借金を背負っていた家の俺にとって金銭面的に言えば真姫は別世界の住人で、お金の心配なんてする必要もないって思われるのだろうけど――

 

 ――でも、そう思われそうだからこそだからなんだ。

 

 

「……いや、こういう所でしっかりしないと、俺が真姫の親友なのがそういうのが目的みたいになっちゃいそうで俺が嫌なの。

 俺は真姫のそういうところ以外が好きで一緒にいるんだから……よっしっ! 百円玉三枚と、五十円玉が二枚と、十円玉が十一枚で……ギリギリ五百円以上あるぞ! 会計払えるっ!」

 

「も、もう……本当に頑固ね正也は、やっぱり親子。ひかりちゃんに似てるものそういう所。

 じゃあ……だったらこれは、正也のさっきの演奏の聴講料(ちょうこうりょう)って事で受け取っときなさい。良い演奏を聞かせて貰った私からのお礼よ」

 

「――む。な、なら分かったよ、ご馳走になります」

 

 

 むむ……奢りって言うなら遠慮するが、お礼って言われると弱いな。

 何故か顔を赤くしながらそう言う真姫に言いくるめられ、俺は財布をから小銭を出すのをやめて椅子に座りなおした。

 

 

「ええ、分かったならそれでいいのよ。ねぇ……それでどうだった? 私無しで一人でみんなの前に立ってギター弾いてみた気分は……楽しかった?」

 

 

 するとそう言って、少し楽しそうな表情を覗かせながら質問してくる真姫。

 おいおい真姫……その顔、もう聞く前から俺の答えなんてとっくに知ってるんじゃないのか?

 俺は思わず可笑しくて頬を緩ませながら答える。

 

 

「ああ……楽しかった、最高だった。

 ああやってさ、皆の前でギター弾いてる時、ずっと空でも飛んでるようなふわふわした気分が続いてて――今もすこしその感覚が残ってる感じ、本当最高」

 

「そうだと思った。ほら、私前に言ったじゃない、正也は自分の感情を音楽に乗せて表現するのが上手いって。だから正也の演奏を聞いたら、こっちも思わず正也の気分に乗せられて本当に楽しかったわ、お疲れさま」

 

 

 真姫の言葉に俺は、前に夜一緒に帰った時真姫がそんな事を言っていた事を思いだした。

 特に意識してギターを弾いていた訳じゃないけど、でもやっぱり真姫にそう言って褒めてもらえるのは嬉しい。

 

 

「そうか……あははっ、やっぱ真姫が褒めてくれるのが一番うれしいな。

 そんなに言ってくれるなら、またギター弾いてみよっかな」

 

「そう、じゃあその時は――まぁ、暇だったら聞きに行ってあげるから、やるなら連絡しなさいよ」

 

 

 俺の言葉に対して真姫はそっけなくそう言った。

 でも俺は知ってる、行けたら行くなんて興味ない感じで素っ気なく言ってても、連絡したら結局毎回来るっていう、そんな真姫の素直じゃない所を。

 俺はそう考えると思わず口元が緩んでしまうのを抑えられなくなってしまって、俺は少し調子に乗りながら言う。

 

 

「勿論! じゃあ真姫は、俺のファン第一号って事でよろしく~」

 

「え、何よそれ、なんで私が正也のファンって事にならないといけないの」

 

「はいはい、素直じゃないだけで真姫は俺のギターに夢中って事はもう分かってるって~

 大丈夫大丈夫、俺は真姫のピアノのファン第一号だから、これで公平って事で」

 

 

 俺はビシッと親指を立てながら真姫にそう言った。

 

 

「何その理論……それに、その理論で行くなら私のピアノのファン第一号はひかりちゃんだから、正也は二番目よ」

 

「ああそうだったっ。じゃあ二番目でいいからそれでっ……!」

 

「何があなたをそこまでにさせるの……わ、分かったわよ、そんなに言うんだったら、私は正也のギターのファン第一号って事で良いわ。

 ――ま、まぁ、聞いてて楽しかったのは事実だから……」

 

 

 真姫は段々と尻すぼみになっていく声の調子でそう言うと、恥ずかしいのか真姫は自分の髪の毛先をクルクル指で弄りながら俺の顔を見ないように少し目線を逸らした。

 

 

「やったーありがとうっ! じゃあ、せっかくだからサインでもどう? ちょっと今から練習するから待ってて……!」

 

 

 俺はそう言うとすぐさま立ち上がって鞄を開き、ノートとサインペンを机の上に出す。

 さーて……本名の漢字を崩した感じのサインにするか、それともイニシャルか……どっちにしようか。

 俺がそんな事を考えながらサインペンのキャップを開くと、真姫は慌てて小声で注意するようにこう言った。

 

 

「ちょっと何やってるのここ店内よ正也っ、もう……調子乗ったらすぐそれなんだから……!」

 

「え? ――あ、そうだった今店の中に居るんだった! ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……」

 

 

 そう言って俺はこっちを注目してくるお客さんに対してペコペコ謝る。

 

 ああもう、またやっちゃった……やっぱりテンション上がって気を抜くと、すぐに周り見えなくなっちゃうのも悪い癖だな。こんなんじゃ、いつまでもカッコいい男になれる日は遠いぞ……。

 

 ――と、俺がそんな風に反省していると、その間にさっきの店員さんが注文したコーヒーをもってやって来て、俺と真姫の前にコーヒーをスッと置いた。

 そして真姫は、テーブルの上に備え付けられた小箱に入っている角砂糖を一つコーヒーの中に落として、その後にテーブルに備え付けられたミルクポットのミルクを少し注ぎ、軽く飲んで落ち着いてから話を再開する。

 

 

「ところで……その……話があるんだけど」

 

「ああ……そういえばそうだったな。話あるって言ってたもんな、どうした真姫?」

 

 

 そう言って真姫に真剣な表情を作りながら俺は問いかける。

なぜなら真姫は俺より年下なのに色んな事を一人でなんでもこなせて解決できる器用な奴で、俺にこんなふうに話を持ち掛けるという事自体が少ない。

 だからこそ、そんな真姫がわざわ内容もそれ相応のヘビーなもののはず――と、そう思ったからだ。

 しかし、そんな俺の予想とは裏腹に、真姫はゆっくりとこう話し始めた。

 

 

「――その……私、来年受験生で、進路そろそろ考えないといけないじゃない? 

だから……参考……そう! ()()()()()、正也は高校どこに通うつもりなのか聞いておこうと思って……ほ、ほら! 普段は全くそんな気しないけど、こんな時ぐらいにしか正也が一個上の人生の先輩だっていう利点が生かせないでしょ?

 だから正也、早くどこの高校行くつもりなのか教えなさいよ……その意見をあくまでも()()()()()()()、進路考えるから」

 

 

 『参考程度』にという単語をやたらと強調しながら真姫はそう言い、俺に答えを促した。

 なんで真姫がその単語ををやたらと強調しているのかは分からないものの、その質問内容に俺は思わず脱力してしまう。

 なんだそんな事か、てっきりもっと重い相談がくると思ってた。

 

 

「ああ……なんだ、そんな事か」

 

「そんな事って何よ、こ、これでも私にとってはその……だ、大事な事なんだから!」

 

 

 顔を赤くしながらも、少しムキになった様子でそう言う真姫。

 ああ……確かにそうだな、受験生にとって進路の事は大事な事だもんな……これは真姫に失礼な事を言ってしまったかもしれないな――そう思って俺は、反省しつつ真姫に言う。

 

 

「ああ、そうだよな……進路って大切だもんな……すまん真姫。

 で、話を戻すけど、俺の行くつもりの高校がどこかって話だよな?」

 

「ええそうよ。ほら、早く教えなさい」

 

「ああゴメン、言うよ言うよ……実は、ビックリするなよ真姫……! 俺の行くつもりの高校は―――」

 

 

 そう言って急かす真姫に、俺はもったいづけるように“音ノ木坂学院”の名前をあげようとして……言葉をそこで止めた。

 

『――ごめんなさい、正也君には申し訳ないんだけど、この話はまだ誰にも話さないでもらえるかしら』

 

 この前の日与子(ひよこ)さんとの約束を思い出し、俺は思わず冷や汗を流す。

 ――あっぶない、さっそく約束破るところだった。

 でもどうしよう……ここまで溜めたからには、真姫に適当な高校名言う流れじゃないし……

 だから俺は、話を誤魔化すために頭の中でパッと浮かんだ有名な高校名を咄嗟(とっさ)に口にした。

 

 

「――そ、そう! UTX学園! じ、実はさ、生徒会長やってたおかげで内申点結構良かったらしくてさ、俺そこの高校に指定校推薦の話もらったんだよね……だから、面接試験と小論文提出して合格貰ったら俺、もうそこの生徒になれるんだよなー……」

 

 

 そんな嘘と本当を織り交ぜた事を言いながら――俺は思いっきり『やってしまった』という思いにかられる。

 この間の話し合いで父さんに言われて、妙にインパクトある話だったからって、なんでそんな行かない高校に行くなんて嘘言っちゃうんだよ俺っ!?

 

 しかしそんな俺の言葉に、真姫は珍しくパァっと目を輝かせて、明らかに上機嫌だとわかるような表情になって喋り出す。

 

 

「――そうなのね! あのUTX学園に推薦貰えるなんて凄いじゃない正也!

 そ、それにしても奇遇ね正也。じ、実は、私も高校はUTXが良いって思ってたの」

 

「ああ……うん、そうなのか真姫、それは偶然だな~……」

 

 

 俺は上機嫌で自分の進路の希望を話す真姫を見て、さらに『やってしまった』という罪悪感で一杯になりながら心の中で冷や汗をダラダラと流す。

 どうしよう……なんか、思った以上にマズいことになったような気がするぞこれ

 

 

「正也は小論文はまだしも、面接で落ちるなんて私全く考えられないし――もうUTXに行くの決まったみたいなものね。

 だったら仕方ないわ、偶然正也が私の第一希望にしようと思ってた高校に行くって言うんだから、私がUTXに受かったら、私達同じ学校に通うって事になるわね。

 ――ねぇ、どう? 今日は私気分が良いし、今から正也の事を特別に『正也先輩』って呼んであげましょうか?」

 

「い、いや良いよ、今更真姫に『先輩』扱いされても、逆に慣れないから止めてくれ。

それに……もう、そんな年とか気にする仲じゃないだろ俺達」

 

 

 俺をからかうようにそう言って笑う真姫に、俺は少し焦りながら取り繕うように返した。

 そう、真姫と俺は小さい時に出会ってからずっと学校の違いなんて関係なくつきあってきた。だからもう俺の中では真姫はもう、年が下だけど同い年みたいな――そんな感じだったから。

 

 

「ふふふふっ……それもそうね、私だって正也の事を先輩扱いするなんて今更無理よ。

 まぁ――冗談だから気にしないで。正也が私の先輩になっても、普通に私は正也って呼び続けるわ」

 

 

 真姫はそう言うと、さっきまで俺が考えていた事と全く同じ事を考えていたかのように笑った。――やっぱり、真姫もそう思うよな。

 

 

「ああ、そうだな、普通にそうしてくれると嬉しいよ。

 ――で、でもさ、俺と真姫が同じ高校に行くって決まった訳じゃないから、まだ決まった話をするには早い……と思うんだけど……」

 

 

 だからこそ、俺は機嫌よく笑う真姫に恐る恐るそう言って注意した。

 勿論、それは俺が真姫に同じ学校に来てほしくないから言った言葉ではない。

 ――そう、真姫には言えないけれども、俺はもう音ノ木坂に行くことを決めていてUTXに行くことは無い。だからこそ真姫がUTX学園に行くという意志を俺は、それとなく折ろうと思ったのだ。

 

 

「え、急にそんな事言ってどうしたのよ正也」

 

「いや……別にさ、高校はUTXだけじゃなくてさ、この辺りにも一校良い所あるだろ。

 ――ほら、音ノ木坂学院とかどうだよ? あそこは歴史があって、校風も生徒の雰囲気も良いし……それに、真姫は実家の病院を継ぐつもりなんだろ? だったら病院経営するのに地元の人との(えん)とかも必要だろうし、そこに行っても良いじゃないのか?」

 

 

 そう言って俺は、真姫に音ノ木坂学院を具体的な理由を示しつつ推してみた。

 真姫は頭が良いし、時々理屈っぽい所があるから簡単には聞き流すことは出来ないだろう……我ながら良いアピールだ。

 

 後は真姫がこの提案に乗ってくれれば、無事俺と真姫は同じ高校に行くことができるし、そして、音ノ木坂学院は来年度の生徒数を少なくとも一人多く確保できる。これは日与子さんの力になりたい俺にとって、早速その力になれるチャンスという事。

 だから俺の提案に上手く真姫が釣れてくれたら、まさにいいことづくめじゃないか――と、そこまで思った時だった。

 

 

 

「――なにそれ意味わかんない! 正也までパパと同じ事言うの!?」

 

 

 

 真姫はテーブルをバンと大きな音をたてて叩きながら立ち上がり、怒った表情で俺を睨みつけた。

 

 

「――ま、真姫……? ど、どうしたんだよ急に……こ、ここ店の中だぞ。落ち着けよとりあえず……」

 

 

 俺は急に怒りだした真姫に意味も分からず、しどろもどろになりながらそう言った。

 すると真姫は、目を閉じて軽く深呼吸した後、普通にテーブルの椅子に座りなおした。

 

 

「ごめんなさい正也、あなたに当たっても仕方なかったわ……でも、あんまりにもパパと言ってることが同じだったからつい……」

 

 

 本当にすまなさそうにそう言って真姫は軽くため息をつく。

 そんな真姫の態度に、俺は何となく真姫の抱える事情を悟ってしまった。

 

 

「――まさか、父親に無理やりオトノキに行けとか言われてるのか?」

 

「いや、それは無いわ……進む進路は自分で選んで良いってパパは言ってくれてる」

 

 

 真姫の返答に俺は少しほっとした。

 よかった……そうだよな、真姫の父さんとは前に一回会ってみたけど、あの人はそんな娘が嫌がるようなことを強制するような人に見えなかったもんな。

 しかし、そんな事関係ないとでもいうように真姫は口を開く。

 

 

「でも……強制はされないけど、もうパパとママの態度見てたらわかるのよ。

 毎日のようにオトノキの良い所とか、オトノキの卒業生の今の実績とかを話題にされて……もう、私に音ノ木坂学院に行かせたいのが丸わかり!

 なんなのよもう……高校なんてどこ行ったって大した違いはないんだから、口出ししないでよ! 私の事をよく考えてくれるようになったのかな……って思ってたけど、とんだカン違いだったわ! 

 結局の所、大事なのは世間体とかお金の事ばっかり――バッカじゃないのあの俗物(ぞくぶつ)!」

 

「――おい、落ち着け真姫」

 

 

 そう言って俺は、ヒートアップする真姫の両肩を掴んで落ち着かせた。

 自分の親を俗物扱いは流石に言い過ぎだ。

 真姫は普段どんなに怒ってもここまでの事は言わない。

 だからこそ、真姫の両親が意識していなくともかけてしまう期待という名の重圧からくるストレスを、真姫はずっと今までため込んでいたんだって事がわかる。

 だから俺は、真姫のお父さんとお母さんを庇うつもりで言う。

 

 

「真姫……きっとさ、二人共そんなつもりがあって言ってるんじゃないって。

 真姫が凄い奴だから、どうしても期待しちゃってお節介焼いちゃうだけなんだよ……だって俺も、真姫に期待しちゃう気持ちわかるからさ」

 

「うん……正也に言われなくても分かってるわよ……わかってるのよ……そんな事ぐらい」

 

 

 真姫はそう言うと、自分の言い過ぎてしまった言葉を後悔するようにバツの悪い表情をしてそっぽを向いてしまった。

 やっぱり自分の親の事ぐらい自分が一番よく分かってるんだな。俺が心配するまでもなかったか。そう思って俺は真姫を元気づけるように明るく言う。

 

 

「ならよし……まぁ真姫の頭ならUTXも余裕だろうし、オトノキにどうしても行きたくないってんならそれでいいんじゃないのか? 

 進路とか親に強制されるのが嫌な気持ち……俺もよくわかるからさ。」

 

 

 俺はそう言って、少し残念に思う気持ちを押し隠しつつ真姫にオトノキを薦めるのを諦めることにした。

 本人が嫌がってるのを強制する訳にはいかないからな……これも仕方ないことだろう。

 

 

「――やっぱり、正也ならそう言ってくれると思った」

 

 

 俺がそう言うと、真姫はそう言って少し元気を取り戻したように少し笑ってくれた。

 ――うん、元気に戻ってくれたなら誘うのを諦めて良かった。

 そして、気を取りなおしたようにいつもの調子に戻って真姫は言う。

 

 

「ええ、そんなの当り前よ、私が勉強したら行けない高校は無いわ。

 それにそうよ、オトノキなんて古い歴史だけが取り柄って言うだけの、入学希望者が少なくて廃校の噂が立ってるあんなオンボロ公立学校……誰が行きたいって思うのよ?

 正直、無理やりにでも行かされない限り、絶対あそこは私が行きたくない高校ね」

 

「ゴフッ……! あ……あははは……ま、まぁ、そう考えるのが当然だよなぁ……うん」

 

「どうしたのよそんなショック受けて。正也には関係無い話じゃない――女子校の話よ?」

 

「おお……そ、そうだな、すまん関係ないから気にしないでくれ、うん!」

 

 

 真姫の率直で正論な意見がグサグサと胸に刺さるのを感じながら、俺はそう返して真姫の方を見ないように若干顔を背けた。

 

 すまん真姫……俺行くんだ……今真姫がボロクソに言ったその音ノ木坂学院に……通うんだ……。

 

 でも、やっぱり今の真姫の意見が客観的な今のオトノキの評価なんだろうな――日与子さん、音ノ木坂学院の廃校問題の解決はまだまだ先が長そうですよ。

 

 俺がそんな事を考えていると、真姫は俺の顔を覗き込むようにして言った。

 

 

「変なの正也……大丈夫? そんな今からボーっとしててUTXの面接受かるの? もしかして、今から緊張してる?」

 

「えっ……いやいや緊張してないって! おう、もっちろんだ、当然受かるに決まってるだろ! 俺の対人スキル舐めるなよ~面接なんてチョロイチョロイ!」

 

 

 俺は慌てて真姫の質問にそう答える。

 あぶないあぶない――俺、真姫の中ではさっきの話の所為でUTX学園受けるって“設定”になってるんだった。

 つい忘れて反応遅れちゃったよ……。俺はそう思い内心冷や汗をかく。

 やっぱり俺って隠し事は出来ても、嘘をつくのは苦手みたいだな……気を付けないと。

 

 

「――本当? 正也、無理して強がるの得意だから全然信用できないんだけど」

 

「おいおい信用しろって……どれだけ信用無いんだよ、いくら俺でも傷つくぞ~」

 

「はいはい、それは身体に三十八度の熱が出てながら『大丈夫』って言い張った事がある人が言うセリフじゃないから黙りなさい」

 

「あ、あれは違うっての、だって俺しんどくても動けてたじゃん。動けるうちは全然俺の中で大丈夫の内に入ってるんだって」

 

「だから正也はそれがダメなのよ! もう……仮にも医者の娘が言ってるんだから、素直に体調に関しての忠告は聞きなさいよ」

 

「はーい……気を付けまーす……」

 

 

 俺は真姫にしぶしぶそう言って返した。

 全く……全然大丈夫なのに、心配性だな真姫は。

 そう思って俺はコーヒーを砂糖を入れないままに軽くすすった。

 ――ううっ……苦い。やっぱりブラックはまだ飲めないかぁ……飲めたらカッコいいと思ったんだけどなぁ。

 そう思って俺はコーヒーを飲むのをやめ、角砂糖を三つコーヒーに入れた後、ミルクをこれでもかという程に注いで再度飲んだ。ああ……甘くておいしー……

 

 

「ふふっ……正也、随分幸せそうにコーヒー飲むのね……子供みたい」

 

「な……なんだよ。はいはいそうですよ~、俺はブラック飲むのがカッコいいと思って挑戦した挙句、惨敗してカフェオレにしちゃったカッコ悪い男ですよ~だ」

 

 

 甘いコーヒーを飲んでいる俺を見て笑う真姫に、俺はバカにされた気分になってそういい返す。そんな俺を見て真姫はまたさらに笑い、その後、話題を変えるようにそのまま病院で会った面白い患者さんの話を始めた。

 そして、そのまま俺と真姫は最近あった事を話をして喫茶店でのひと時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■ 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ありがとな真姫、コーヒーごちそうさまでした」

 

「だからお礼は良いって言ったじゃない、コーヒー一杯ぐらいで大げさよ正也は」

 

 

 あの後二時間話した後、ようやく一通り話題も尽きて俺達は喫茶店を出た。

 そして店の外でコーヒーの礼を言った俺に、呆れた様にそう返す真姫。

 真姫は気にしなくても良いと言うが、俺の感覚では五百円そこらの金でも大金に部類する。なのでいくら聴講料とか何とか言われてても、このまま何もしないで奢られたままという訳にはいかない――そうだ、こういうのはどうだろう。

 

 

「あ、そうだ。じゃあせっかくだから真姫、この後時間ある? よかったら一緒にこの後付き合ってくれないか?」

 

「え……?」

 

「いや、別に都合悪いとかだったらいいんだけどさ、この辺りに俺の後輩……っていうか、前に言った事がある奴だと思うんだけど、(あや)っていう奴の家がラーメン屋やってるお店があるんだ。

 ――まぁ、彩の人間性は()(かく)、そこの親父さんが良い腕してて、物凄くそこのラーメン上手いんだよな! だからそこのラーメンの良さを布教するついでに一緒に食いに行こうぜって話なんだけど……」

 

 

 そう言って俺は真姫に提案をした。

 あそこのラーメン屋なら店長である彩のお父さんとは結構顔なじみだし、彩が手伝いで働いてるなら、友達だって言って真姫を紹介すれば、ついでに値段とかをサービスしてくれるだろうっていう狙いがあった。

 それに、真姫ってあんまりラーメンとか食べそうにないから、この機会に是非、庶民の国民食であるラーメンの良さを知ってもらいたいっていう布教心も働いたのだ。そして、そんな俺の提案に真姫は――

 

 

「都合悪いとかある訳ないじゃない! 行くわ、私も連れて行きなさいそこに」

 

 

 ――俺の予想以上にノリノリでそう言って、俺の誘いに乗ってくれた。

 そうか……真姫、案外ラーメンに興味あったんだなぁ……。

 俺がそう思っていると、真姫は上機嫌な明るい声の調子で言う。

 

 

「それにしても、正也からそんな風に誘ってくれるなんて久しぶりね……いいわ、ついでに秋葉原で最近新しいお店が出来たらしいし、ご飯食べ終わったら一緒に買い物に付き合ってほしいんだけどいい?」

 

「おお、いいよ当然! 俺から誘ったんだしな……なんならせっかくだし、真姫が良いなら今日は一日街中ぶらついて遊ぼうぜ」

 

 

 そのままサクサクとその後の予定を楽しそうに立てる真姫に、俺は笑いながらそう言って返した。

 そんなに遊びに誘われるのが嬉しかったのか……こんなに喜んでくれるなら、誘ってみて良かったのかもしれない――そう思いながら。

 

 

「ええそうね、そうしましょう。

 じゃあそう決まったら、早くそこのラーメン屋さんに案内しなさいよ。

 前から行こうと思ってた所がいっぱいあるんだから――それに、正也がUTXに合格するように神社まで行って合格祈願を一緒にしてあげるのも悪くないわね。

 私は神頼みはそんなに好きじゃないけど、正也はそういうゲン担ぎって好きそうじゃない?」

 

「うっ……ああ、そ、そうだな。別に神様を頼りにして努力とかを怠る訳じゃないけど、幸運とか奇跡とかそういう不思議な力もあるって俺は思うし、俺はやれることは全部やる派だから真姫のその気持ちは嬉しいよ」

 

 

 そんな真姫の提案につい罪悪感が生まれるが、極力気にしないようにしながらそう言って返す俺。

 ――本当どうしようかなこれ、完全に嘘ついたのを謝るタイミング逃がしたぞ。真姫にいつ謝ればいいんだろうか……そう思って俺は内心で頭を抱えた。

 

 

「じゃあだったら、ここからしばらく歩かないといけないけど湯島天神なんてどう? あそこ学問の神様として全国的に有名って聞いた事があるし、私の家から歩いて行ける距離にあるから案内できるわ。

 それか――ここから近い神社だと、行くまでにちょっと長い階段上らないといけないけど神田(かんだ)明神(みょうじん)もあるわね……どうするの?」

 

「じゃあ近い方の神田明神で、そんな俺の都合で真姫に遠出させるのも悪いしな、湯島天神はまた今度自分で行くし」

 

 

 そう言って俺は、そもそも神頼みする必要もないというのも合わさり、真姫に苦労を掛けるのも悪いと思ってそう提案する。

 

 

「正也が言うならそれでいいわ。じゃあ決まったならお昼食べに行くわよ、ラーメン食べるなんて久しぶりだし」

 

「了解、じゃあこっちだから付いてきてくれ!」

 

 

 予定が決まったとばかりにそう言って、ラーメン屋を目指し俺達が歩き始めた時だった。

 真姫のポケットの中から着信音らしき音が鳴って、俺達は足を止めた。

 

 

「もう何よこんな時に……って、あ……」

 

 

 そう言って真姫はスマホの画面を見つめてフリーズする。

 電話に出る様子が無い所から見ると、さっきの音は何かの予定を知らせるアラーム音だろうか、真姫はスマホの画面を恨めしげに睨みつけていた。

 

 

「どうした真姫、やっぱり何か予定でもあったのか?」

 

 

 そんな俺の問いかけに反応せず、真姫は目を閉じてずっと何かを考えこむように黙ってしまった。

 どうして真姫はそんなに悩んでるんだ? ま、まさか、なにか大変な事でも……!?

 そんな俺の心配をよそにしばらく悩んだ後真姫は、苦渋の決断をしたような表情で言った。

 

 

「――忘れてたわ。今日はこの後、家庭教師の人がウチに来て勉強みてもらう予定だったの。だから今日は遊びに行くのは無理ね……ごめんなさい」

 

 

 その真姫の言葉に、思わず俺は肩透かしを食らってしまう。

 

 

「な、なんだよ、そんな事か。別に忘れてたのは気にしないし、やっぱり予定あったなら普通にすぐ言ってくれたらよかったのに……何であんなに考えこんでたんだよ?」

 

「――そんな大した事ないわ。ちょっと考え事してただけだから」

 

 

 そう言って真姫はそっぽを向いた。

 

 考え事って真姫……まさか、家庭教師の勉強の予定をサボってまで俺と遊びに行こうとか考えてたんじゃ……いや、いくら何でもそれは自惚(うぬぼ)れ過ぎだな。きっと他の事考えてたんだ――そう思っておこう。

 すると真姫は悔しさを堪える様子で俺に向かって吐き捨てるように言った。

 

 

「ああ……もう正也! この埋め合わせに、また今度休日暇があったら絶対私をデー……じゃない、遊びに誘いなさいよ! 分かったわね!?」

 

「あ……ああ! また今度暇があったら絶対遊びに誘うよ、だから、大丈夫だからもう遅刻しそうなら早く帰った方が良いぜ、今日はコーヒーとか色々ありがとう! また今度な真姫!」

 

「ええ、じゃあ私遅れそうだからこれで帰るわ、また今度ね」

 

 

 そう言った後、真姫は早足で自分の家の方角に歩いて去ってしまった。

 さて、これで俺は今日の予定がまるまる空いちゃった訳だ……

 

 

「はぁ……一人で秋葉原をぶらつきたくもないし、さっさと帰って日与子さんに提出する書類全部もう仕上げちゃおうかな……」

 

 

 そう呟いて俺は一人、家に向かって歩きだした。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 ♪~♪♪~♪~

 

 

 

 家に向かう最中(さなか)、ふと音楽が聞こえて来て俺は足を止める。

 その音楽が聞こえる方に目を向けると、ビルっぽい建物の前にでっかく掲示された、テレビモニター前に人がまばらに集まっていていた。

 

 その光景になにかのイベントがあったかと一瞬不思議に思ったが、その建物の名前を見て俺は何が起こっているのか納得した。

 

 

「ここって――ああ、UTX学園か。だったらあの人達、もしかしたら“アレ”を見に来たのかな?」

 

 

 そう呟いて、俺はさっきの真姫の話の中で話題にもなっていたから何となく気が向いて、音楽が鳴って人が集まっている方に歩き向かった。

 

 そして、UTX学園の建物の正面にデカデカと掲示されているテレビモニター良く見える場所に立ち、モニターを見あげる。

 

 するとそのモニターの中には、シックな紫色を基調とした目立つ綺麗な衣装に身を包んだ三人の少女が、一糸乱れぬ見事な動きで踊りながらポップな軽い曲調の歌を(うた)う姿が映されていた。

 

 その姿を見ながら、俺以外のモニター前に集まる人々は口々に叫ぶ。

 

 

A-RISE(アライズ)ーー!! 大好きだよーーー!!」

 

「好きだ海璃(かいり)ーーー!!! 結婚してくれーーー!!!」

 

 

 そんな感じの男女混じった周りの声を聞いて俺は、やはり見に来る前に予想を立てた通り、今モニターに映っているのがUTX学園の“スクールアイドル”である、『A-RISE』の現メンバーの卒業ライブだという事を悟った。

 

 

 

 

 

 ――“スクールアイドル”

 

 

 その言葉は未だ世間に広く浸透してはいないが、このUTX学園が生徒の人気を集める一番の理由であり――UTX学園が創立(そうりつ)以来もっとも力を入れている、『芸能学科』の教育カリキュラムの中の目玉でもある。

 

 その教育カリキュラム内容はその当時、今までのどの芸能関係の教育機関もやった事が無いぐらいに斬新かつ挑戦的なものだった。

 

 それは、学園が芸能学科で抱える生徒の内で最も優秀な生徒を選出し、そしてその生徒をそのまま、まだ学生のうちでありながらも歌って踊るアイドルとして世に売り出してしまうといった、アイドルを育てる芸能学科として非常に実践的なシステム。

 

 『A-RISE』は、その教育カリキュラムの上でUTX学園が、その威信を賭けて売り出すアイドルのグループ名のブランドである。

 なので毎年三年生のメンバーが卒業する度に、芸能学科では厳しいオーディションが行われ、それに選出された生徒がまたA-RISEの新メンバーとして加入する。

 

 そう……それはつまり、芸能学科に入っている生徒なら誰にでもアイドルになるチャンスがあるという事。

 

 だからこそ『君もアイドルになれる!』いう(うた)い文句で、UTX学園は生徒を集める事に大成功したのだ。

 そんな学園の経営陣の努力もあり『A-RISE』は、存在するだけでUTX学園の価値を高める、歌って踊ってUTX学園を生徒にアピールする“広告塔”としての立ち位置を確立した。

 

 

 

 学校の名前を背負って活動するアイドル……それは言うなれば“学校のアイドル”

 

 そんな『A-RISE』はいつしかこう呼ばれるようになった――“スクールアイドル”と。

 

 

 

 

 

「――今ではそんなUTX学園のやり方をマネするように、UTX学園に限らず県外の他の学校で、あくまでも部活動の範囲でだけどスクールアイドルやろうって動きも出てきてる。

 この調子だったら近い将来、“スクールアイドル”って言葉が全国的にメジャーになる日も本当に夢じゃないかも。

 そしてUTXは、その流行りの最先端を行く唯一無二の高校としてドンドンさらに有名になっていく―――

 やっぱ、悔しいけどよく考えられたシステムだ。

 こんな所と生徒の取り合いしたら、オトノキが負けてる今の状態も悔しいけどよくわかるな……」

 

 

 

 と、そこまで考えた時、俺はいつの間にか口が動いている事に気がついた。

 

 ――しまった、声に出しちゃってたか!?

 そう思って俺は口を手で覆いながら周りの人を見ると、その中の数人が、モニターを見ずに俺を怪しむような目で見ているのが分かった。その目線に俺は、今まで考えていた事全てを口に出して喋ってしまっていた事にようやく気が付いた。

 

 うわぁぁぁぁぁ……! 恥ずかしい! なんか少年漫画でよく出てくるような解説キャラみたい事やっちゃってたよ俺! 一体誰に解説してたんだよ俺!? 傍から見たら一人でブツブツ言ってる危ない奴じゃん……怖っ! 俺怖っ!

 

 俺はそう思って、恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなるのを感じた時だった。

 

 

 

 

 

「――へぇ、A-RISEについて良く知ってるじゃない、凄いわね君」

 

 

 

 

 

 そう後ろから声をかけられたと感じた瞬間、俺は背後から凄まじい程のプレッシャーを感じた。

 

 

「――――っ!!??」

 

 

 俺は思わず小さな声で声にならない悲鳴をあげながら、背後に居る奴が放つ圧力に気圧(けお)され、振り返る事出来ずに身を竦ませる。

 

 何だコイツ……声からして女の子……!? 

 後ろに立っていられるだけで意識を全部背後にもっていかれる……! なんてプレッシャー……いや、違う……? こっちに対する敵意を全く感じないから、むしろこれは存在感に近い……?

 

 何だよそれ、存在感だけでここまでの圧力を放てる奴なんて俺は知らないぞ!

 いや、知ってるか――確か、臨戦態勢の武司(たけし)海未(うみ)か、それとも、百メートル走のスタート前のクラウチング状態に入った時の(りん)――そんなレベルの天才(バケモノ)達と同等……いや、コイツはもしかしたら()()()()()()()()―――!!??

 

 

「え……ええっと……俺、実は、今年受験生で、その……高校のパンフレットとか……読む機会があったので読んでて……それで、なんか凄い事やってる学校あるんだなぁって思って覚えてて……」

 

 

 俺は最早モニターから流れるA-RISEの歌なんて聞ける余裕も無く、背後に居る者の存在感に圧倒されながらも、絞り出すような声でようやくそう言う事が出来た。

 

 

「へぇ、そうなの……ふーん……」

 

 

 その瞬間、俺は背中に刺すような視線を感じると共に寒気を覚える。

 その感覚に俺は、今自分が何をされたのか分かってしまった。

 今俺は、後ろに居る存在に俺という存在を“値踏み”されたのだ。

 そしてそのまま、俺の背後に立つ存在は言う。

 

 

「でも、パンフレット読んだだけでそこまで覚えてるってのはスゴイわね。じゃあ、試すついでに……あのモニターに映ってる三人について言ってみてくれない?」

 

「は、はい! わかりました! 今期のA-RISEのあの三人は全員三年生で、今年で全員卒業が決まっています! 

 名前は左から、スポーツ自慢の(わたり)英子(えいこ)、真ん中のリーダーの中津川(なかつかわ)海璃(かいり)、そして右端の人は不思議系のがウリの東雲(しののめ)来夏(らいか)……って名前だったはずです……これで、合ってますか?」

 

 

 後ろに居る者の言葉に逆らう事も出来ずに、俺は知っている事を話した。

 

 

「うん、合ってる。確かに、全部パンフレットの資料に乗ってる内容そのまま全部覚えてるみたいね……そんな事、軽く読んだ程度じゃ出来ないわ。

 よっぽど記憶力が良いのか――それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そのどちらにしても、面白いわね君」

 

「――なっ……!?」

 

 

 お互い初対面である筈なのに、たった一つの質問とそれまでの会話のやりとりから、二分の一で自分でも最近まで気づかなかった内面を言い当てられた俺は、思わず息を飲んだ。

 な、なんて強い人間観察力と推察力なんだ。もしかして、ことり以上かもしれないコイツ……!

 

 

 

「オーケー、君の事はよくわかった。ねぇ、そんな君を見込んでちょっとお願いがあるんだけど……良い? とりあえず、このままじゃロクに話も出来ないからこっち向いてくれないかな?」

 

「……はい! わかりましたっ!」

 

 

 

 その未だ痛烈な存在感を放つ声の主にそう言われ、俺は覚悟を決めて後ろを振り向く。

 ここまでの強い存在感――きっとマトモな奴な訳がない。

 

 さぁ、鬼が出るか邪が出るか……どっちだ!?

 

 そんな決心で振り向き、俺はその人物の姿を目にする。

 

 その姿を見て、俺の口から飛び出た第一声は――

 

 

 

「……え……か、可愛い…………」

 

「――へぇ……私、今まで色んな人に会って来たけど、顔を合わせて第一声で口説(くど)かれたのは君が初めてね――やっぱり君面白いわ……ありがと、嬉しい」

 

 

 

 つい自分の口から出てしまった言葉に、笑顔でそう返されて俺は顔が一瞬で(ゆだ)るような暑さに襲われた。

 

 初対面の人になんて事言っちゃったんだよ俺!?

 でも、だって……仕方ないだろ!? てっきり声だけ女の子っぽくてかわいい感じの(いか)つい女の人を想像して振り向いたら、全く正反対の綺麗で可愛いお姉さんが居たんだから!!

 自分にそう弁解しつつ、俺はもう一度そのお姉さんの姿をよく見た。

 

 その、薄茶色のショートボブのヘアースタイルをしたお姉さんは、UTX学園の生徒である事を示す白い女物のブレザーに身を包み、、エメラルドグリーン色に輝く瞳をこちらに向けながら、見る者を全て魅了するかのような可愛らしい笑顔で微笑んでいる。

 しかし、可愛らしい見た目で、さっきまで背中で感じていた強い存在感はそのまま。

その証拠に俺は――この人から感じる魅力から、目を離す事が出来なくなっていた。

 

 ――こんな可愛らしい人が、ここまでの存在感を出せるなんて

 

 そんな信じられないような思いを抱えながらも、俺は慌ててさっきの失礼を謝ろうと口を開く。

 

 

「い、いえ、口説くなんてそんなつもりは……! すいませんでした!」

 

「ううん、別にいいわ。可愛いって言われて嬉しくない女の子は居ないもん。

 それで話を戻すけど……さっき言ってたお願いを聞いて貰っても良いかな?」

 

「は、はいどうぞ! 是非なんでも言ってください!」

 

 

 俺はお姉さんの目を見たままそう言って、次の言葉を待つ。

 その間、俺の意識はお姉さんの動きの一挙手一投足の全てに注がれていた。

 じろじろ見るのは失礼だと思って意識を逸らそうとしても、どうしても注目してしまう。

 

 そうか、人を惹きつけるこの力……噂には聞いていたけど、もしかしてこれが俗に言う“カリスマ性”ってやつなのか!? なんて凄い……この人は一体何なんだ……!?

 

 

「その前に――その、良かったら、名前教えて貰っても良いですか?

 お、俺は! 音ノ木坂中学校三年生の織部(おりべ)正也(しょうや)って言います!」

 

 

 思わず俺は名前も知らないお姉さんに勢いよくそう言って、名前を尋ねながら自己紹介をする。

 

 するとお姉さんは、軽く笑ってパチンと可愛くウインクをしながら言った。

 

 

 

「初めまして織部君。

 私はここUTX学園の芸能学科一年、綺羅(きら)ツバサよ――宜しくねっ」

 

 

 

 綺羅ツバサ――なんて“らしい”名前なんだ。

 俺はそう思ってその名前を頭に刻みつけた。きっと、忘れられない名前になるだろう。

 

 

「お名前聞かせてくれてありがとうございます! 話を遮っちゃいましてすいませんでした、じゃあその頼みを言ってください……なんでも俺に頼ってくれても構いませんよ、綺羅(きら)さん!」

 

「じゃあ早速――」

 

 

 そう言って綺羅さんは俺に頼みを言おうと言葉を紡ぐ。

 ――こんな凄い人が、何を俺に頼むって言うんだろう……でも、頼られたからには、カッコいい男としてしっかり力にならなければ!

 

 そう思って俺は次の言葉に集中する。

 

 すると綺羅さんは、さっきまでの余裕に満ちた明るい笑顔の表情を崩し、情けないようなヘナっとした困った顔になって、今まで全身から放っていたカリスマオーラを一気に払い去りながら言った。

 

 

「ごめんなさい……この辺りで、私の学生証を落しちゃったと思うんだけど、一緒に探してくれない?」

 

「――へっ?」

 

 

 意表を突かれたその頼みごとに、俺は思わずそんな情けない声をあげてしまう。

 あれ……さっきまでの威厳は何処に行ったんだこの人……?

 そんな俺の思いをよそに、綺羅さんは地面をキョロキョロと目で探しながら言う。

 

 

「落とした心当たりを探して駅からずっとここまで探しながら歩いて来て、後の心当たりはこの辺りだけなのに、気が付けはA-RISEのライブ始まってて人が集まって探しにくくなっちゃって……

 UTX学園の校門ゲートは生徒証がないと入れない仕組みになってるから私、このままじゃ学校に入れないの……どうしよう……! でも、さっきからずっと探してるのに無いし、まさか……風にとばされて何処かに行ったとかないよね……!?」

 

 

 そう言ってオロオロとする綺羅さんを見て、俺はこの人の事が何となく理解出来てしまった。

 

 ああ――この人、凄い人なんだけど、どこか抜けてる人なんだなぁ……。

 

 そう思って俺は、少し悩んだ後、UTX学園の入口ゲートの方を見ながら口を開いた。

 

 

「――すいません、余計なお世話かもしれませんが一ついいですか?」

 

「な、何っ!? どうしたの? まさか私の生徒証拾ってくれてたの!?」

 

「い、いえ、そうじゃないんですけど――生徒じゃないのでUTX学園の出席システムはよく知らないんですが、あそこに居るUTX学園のゲート前に立ってる警備員さんに事情を話したら、生徒証が無くても通して貰えたりしないんですか?」

 

「…………えっ? ああ……」

 

 

 俺の言葉に動きをピタッと止め、じっと警備員さんの方を見て固まる綺羅さん。

 

 どうやら――図星だったらしい。

 

 そんな綺羅さんの態度に、俺はついつい笑ってしまいそうになる。

 なんだ……どんな人間離れした人かと思ったけど、普通の高校生のお姉さんじゃないか。

 俺はそう思いながら、綺羅さんに対して抱いていた警戒心を解いた。

 

 

 

 

 

 

 これが俺と、綺羅ツバサという、一人の輝く才能の権化(ごんげ)との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで下さってありがとうございました!

また前回の更新で高評価してくださった

ゆいろうさん、孤独の龍さん、またたねさん、AQUA BLUEさん

本当にありがとうございました!
そして、感想やお気に入り登録してくださった皆様にも、心からの感謝を……

そして、今回皆様に一つ告知をさせて頂きます。
 
この度私は、鍵のすけさん主催の、毎日夜の21時に更新されている、ラブライブ!サンシャイン!のアンソロジー企画小説に参加させて頂きました。
そしてその企画に私は『夕日色キッス』という名前の作品を投稿させて頂きましたので、もし良ければ是非読んで下さると嬉しいです。

ではではー
 

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