俺の意地から始まった進路問題は、色んな人を巻き込んで最終的には日与子さんに、自分自身の気づけなかった想いに泣きながら気付かされるという、自分ながらカッコ悪い幕引きを迎えた。
結局あの後、日与子さんは泣いている俺が落ち着くまで待ってくれた後に、音ノ木坂学院に入学の為に必要な書類を作成する為だと言って、性格審査という名目の軽い口頭によるいくつかの質問を受けたり、学力検査の代わりになるのに提出する必要がある小論文を書くための用紙を渡されたりした。
また、その他にも沢山書類を渡されたり細かい説明を受けたりしていたら、全てが終わるころにはもう午前零時過ぎになってしまっていた。
だから父さんは家に帰ると言った日与子さんに、流石にこの時間から一人で帰るのは危ないだろうと引き留め、色々あって結果として俺が日与子さんを家まで送り届ける為一緒に家まで付き添う事になったのだった。
「――こんな時間に送って貰って悪いわね、正也君」
「良いですよこれぐらい、日与子さんがこんなに遅くなったのは俺の所為ですし、この時間からの女の人の一人歩きは危険ですからね――任せてくださいっ! それに中学生だからと侮るなかれ、鍛えてますんで数人程度の悪漢なら返り討ちにしてやりますよ!」
夜の道を日与子さんと二人で歩きながら、俺はそう言って頼りになる事をアピールする為に何もない空間に向かって軽くシャドーボクシングをする。
実際、俺はこの前だって一人ナイフ持ちが居る三対一をかすり傷ひとつ負うのみで勝ってる。だからそこらのチンピラに今更負ける気はさらさらしなかった。
「ふふっ、悪漢って大げさね。こんなおばさんを襲う物好きな人なんていないわよ」
「いえいえ、日与子さんは綺麗ですから絶対気を付けた方が良いですよ。もう俺今臨戦態勢に入ってますからね――周囲に近づく怪しい影があれば、すぐにでも飛んでいきますよ!」
俺はそう言いながらも周囲をくまなく見まわして警戒を怠らない。
お世辞じゃなくて日与子さんは実際年齢と釣り合わないぐらいに綺麗な人だからな……今だって、狙ってる悪い男が居ないとは限らないし気を付けないと。
「はいはい、正也君は女性をおだてる言葉を自然に言うのが上手いわね……お父さん似かしら。そういう言葉はことりに言ってあげなさい、きっとあの子とっても喜ぶわよ」
「む、お世辞じゃないですよ……それに、俺は父さんの代わりって事で母さんから任されてるから、気は抜けないんです」
「そういえば響也、
――まぁ、発信源が発信源だから、遅かれ早かれ話は伝わると思っていたけど大丈夫かしら……潮は何だかんだ言って響也のことが大好きだから、今回の事は相当頭にきてる筈なのよね……無事に済めば良いんだけど響也」
日与子さんはそう言うと、歩きながら軽くため息をついた。
正直、母さんの頬を手形が残るくらいにぶっ叩いた後、父さんを怒鳴り散らすレベルで怒っていた日与子さんが言える話じゃないと思うけどなぁ……。
でもそう――日与子さんの言っているように、本来は今俺がやっている日与子さんを家まで送る役目は父さんがするはずだったのだ。
しかし、日与子さんを送ろうとして父さんが家から出ようとした瞬間、鍵が開いたままだった玄関から潮さんが物凄く怖い顔をしながら入って来て、そのまま有無を言わせないかように『来い』と一言言うと、父さんを引っ張って行って何処かに行ってしまったのだ。
抵抗
だから急遽、俺はそんな父さんの代役をする事になったのだ。
まぁ、今はそんな父さんの心配は後回しにしよう。
日与子さんを家まで送るまでの道すがらというこの一番色々質問しやすいタイミング、だからここで、俺は日与子さんにどうしても聞いておきたい事があった。
「そうだ……日与子さん、俺がオトノキに行くって穂乃果達に言っても良いですか?
多分――いや、俺が自惚れていなかったらですけど、絶対みんな喜んでくれると思うんです。
それに……海未には今回の件で一番迷惑かけたって思いますし、こういう事になったって事を報告したいんですけど」
そう、これが俺が一番気になった事。
一度穂乃果達とは、男の俺も一緒に行けるような都内の他の高校にみんなで進学しないかという議題で、随分な口論にだってなった事があるのだ。
だから俺がオトノキに行くことになったって言ったら喜んでくれるはずだし、穂乃果だってもっと勉強頑張ってくれるかもしれない。
それに俺は、何よりも一番に――海未に『高校行くことにした』っていう報告がしたかったんだ。
「――ごめんなさい、正也君には申し訳ないんだけど、この話はまだ誰にも話さないでもらえるかしら」
すると、そんな俺に日与子さんは申し訳なさそうな顔をしてそう言う。
その日与子さんの返答に俺はガックリと肩を落とす。
「ダメ……ですか、そうですか。それは、残念です……」
「本当にごめんなさいね……共学化の話は決まってる話ではあるけど、正式に世間に発表するのはまだ少し先なの。だから正也君が三人に話して、その話が今広がっちゃったら色々困った事になっちゃうのよ――だから、悪いけど黙っていて欲しいの」
「そういう事だったら、海未に少し悪い気がしますけど分かりました――黙っておきます」
確かに日与子さんのいう事はもっともだ――そう思って俺は日与子さんに従う事にした。
――海未には後で上手く説明しておかないと。高校には行くけど行き先はぼかすみたいな感じにすれば何とかなるかもだしな。
日与子さんはそんな俺を見て、安心したような顔に戻ると言った。
「分かってくれて助かるわ、ありがとう正也君。
――後、他に聞いておきたいことはないかしら? まぁ今じゃなくても、後で私に電話かけてくれるなり、家にまで聞きに来てくれたらいつでも質問に答えてあげるわよ。
なんならついでに泊まってくれたって――あっ、そうだわ! 今日もう遅いからウチに泊まっていったらどうかしら正也君?
今だったら海外に出張してる旦那の部屋のベットが丁度空いてるし、良い考えだと思うのだけど?」
すると、案を思い付いたとばかりに明るく笑ってそう言う日与子さんに虚をつかれた俺は、ビックリしながら言葉を返す。
「――えっ!? い、いやいやいいですよ、今から行っても迷惑ですし、それに今の時間だったらことりも寝てるでしょうし……というか、今の時間から女の子の家に泊りに行くとかそういうの何となくダメな気がするんですけど……」
そう言って俺は正論を提示し、日与子さんのお誘いを丁重に断る。
「大丈夫よ、正也君がことりに悪い事する子じゃないって私は信用してるし、それに、もしもそうじゃなかったとしても……どちらにしても悪い方に話は転ばないから……ふふふふっ」
「な、なんかその笑い方怖いからやめてもらえません?」
そう言って変な含み笑いする日与子さんに俺は拒否の意味を込めたツッコミを入れる。 なんか企んでたりしないよなこの人……?
この人の話のペースに乗せられたらきっとだめだ。勿論、俺がことりの家にお泊まりするという選択肢は最初からないし――よし、話題を変えよう、そう言えば今日渡された書類について聞いておきたい事があったんだった。
「そうだ――質問と言えば日与子さん、今日貰った書類全部記載し終わったら日与子さんにそのまま渡したらいいですか? あれ全部一週間先で良いって言っていましたけど、出来るなら早めに出した方が助かりますよね?」
「あーあ、逃げられちゃった。
――まぁ話を変えるにして、そうね……早めに出してくれたら助かるけど――でもいいわよ、形式上必要ってだけだから完成度を求める訳じゃないけど、小論文だって書いてもらうんだからゆっくりで良いわよ。むしろ一週間でも短すぎだって思うのだけれど」
心配そうにそう言う日与子さんに対し、俺は軽く自分の胸を叩いて答える。
「大丈夫ですよ、人間やってやれないことは無いです! 流石に穂乃果レベル――とまではいきませんが、俺も元気とやる気と行動力は人一倍な自信ありますし! 早かったら三日後には提出出来るように頑張ります!」
「もう……ふふっ、冗談でも気を使ってくれてありがとう正也君。
本当はこんなややこしい手続きなんか無くても、私は正也君の事は信用してるんだけどね……でも、他の先生や偉い人達はそうじゃないから。
だからこれは他の子がやって貰ってることだから、一応形式上だけでも正也君にもやって貰わないといけなくて……これだけは特別扱いできないの、手間をかけちゃってごめんなさいね」
――そう言ってまた謝る日与子さんを見て、俺は家で日与子さんにさっきして貰った説明をふと思い出す。
日与子さんが言うには、実は俺の他にもこの共学化試験生として協力してもらっている男子生徒達は居て、その人達はもうこの手続きを一か月前の提出期限までに終わらせていたらしい。
そしてさらに聞けば、日与子さんはこの共学化の経営改革において、本気で父さんと母さん達に頼る気はなかったらしく、昔の学院のOBの人達に声をかけその息子さんなどに協力を取り付けていた。
つまり――俺だけが本来の期日後に決まったいわゆる『特別枠』というもので、既に決まっていたのは四人の共学化試験生の生徒で募集は締め切られていたのだ。しかし元々の定員は五名で一人余っていたので、日与子さんはこの余りの一枠に俺を無理やりに推薦しようというわけなのだ。
――もうぶっちゃけて言ってしまえば俺は、日与子さんの私情たっぷりの純粋なコネで滑り込んだ形になっている。
それを知った俺は、日与子さんにすぐに謝罪の言葉を言おうとしたが、その言葉を遮るように
『だから、気にしないで良いのよって言ったじゃない。どうせ週明けに会議で提出するつもりだった書類は全部書き直さないといけなかったし、それに期日外の申請にはなるけど、君を入れてようやく本来の定員ぴったりなんだから、計画に大きな変更はないしね』
――と言われてしまい、俺は謝罪の言葉をその時に飲み込んだのだった。
そんなやりとりを思い出しながら、俺は日与子さんの謝罪に対して言い返す。
「手間なんてそんな……むしろ、俺の方が日与子さんにお礼を言いたいぐらいですよ。
――もし、あの時日与子さんが助けてくれなかったら……きっと、後悔しか残らない結果になってたと思います。
それに学費だって負担してもらえるんですし、これ以上言ったらきっと罰が当たりますよ」
「いいえ、それを恩に感じるのはお門違いよ、あくまでもこれは互いの利害が一致したギブアンドテイク。
むしろ私は、お金に困ってる所に付け込んで、交換条件で君に女の子ばかりの肩身の狭い高校生活を
そう言って日与子さんは、俺に軽く微笑みながらウィンクをする。
――嘘ばっかだ日与子さん。
本当に俺を利用するだけのつもりの人間が、何回もこっちの質問にごめんなさいって謝ったり……あんなに優しい手で俺の頭を撫でる訳ないじゃないか。
それに……何が“ギブアンドテイク”だよ、俺が居なくても結局共学化の計画の話は進める事は出来たんじゃないか。
これから日与子さんはわざわざ俺一人の為に、しなくても良かった追加の書類作業に追われ、そして職員会議で急に生徒の候補として入って来た俺のことについても再度説明をすることになるんだろう。
――正直、俺を新たに迎え入れるのに、メリットデメリットで言ったらデメリットの方が圧倒的に多い筈なのに、それでも日与子さんは俺に『気にしないで』と言って笑うんだ。
本当……この人も俺の父さんと母さんに似て、お人好しが過ぎるよ……
「――日与子さん」
「うん? どうしたの正也君?」
急に立ち止まった俺に対し、不思議そうな表情をしながらそう言う日与子さん。
そんな日与子さんに俺は、たった今決めた覚悟を口にする。
「俺、決めました。
共学化の成功だけじゃない――音ノ木坂学院の廃校の危機だって、俺がなんとかしてみせます」
俺がそう言って数秒後、さっきまで優しい目をしていた日与子さんが厳しい目つきにゆっくりと変わるのを感じた。その姿に俺は、日与子さんの中でハッキリと公と私のスイッチが切り替わったのだと悟る。
「――正也君、その気持ちは嬉しいのだけど、私は『試験生』として協力して欲しいと言っただけで、君にそこまで背負ってほしいとは頼んだ覚えはないわ。
それが私への恩義の為だって言うんだったらやめなさい。――そんなつもりで私は君に、この話を持ってきたわけじゃないの」
日与子さんはそう言うと、俺を
そうか……今俺の前に立っているのは、さっきまで気さくに話していた『ことりのお母さん』としての日与子さんじゃない、『国立音ノ木坂学院の現理事長』としての――『教育者』としての日与子さんなんだ。
そんな日与子さんの慄然とした態度に負けず、俺は自分の思ったままを吐き出すつもりで口を開いた。
「恩は確かに感じています……でも、それが理由って訳じゃないです。
だって、日与子さん言ってくれたじゃないですか……カッコつけない俺が一番カッコいいんだって……思うまま、自由に生きて良いんだって」
それは、俺の中で強く残る日与子さんから貰った言葉。
――頑なになっていた俺の心を溶かしてくれた言葉だ。
そして俺は息を軽く吸い込んだ後、思いっきり想いを叩き付けるように言った。
「だから俺は……状況に流されてやるんじゃなく、誰に言われたからでも無い、助けられたからの義務感で行動する訳でもないッ!
……僕はただ、そんな物凄くお人好しな日与子さんが、必死で守ろうとしてる
例え、日与子さんにやらなくても良いって言われても構わない……僕は勝手に日与子さんの力になる!
僕の大好きな親友の言葉を借りて言うならそう――やるったらやるんだ! ただそれだけの気持ちなんだ! だから――それじゃ、ダメですか?」
気持ちが先走ってしまって、いつもの言葉遣いが乱れるのも構わずにそう叫ぶ。
途中自分の事を、また僕って言ってしまった気がするが、それも今だけは気にしない。
もうさっき一回崩れてしまったから、立て直すにはまたしばらくの時間が必要になりそうだと自分で感じながら。
「――ああ、もう反則よ……響也、ひかりちゃん。二人とも一体どんな育て方したらここまで正也君は昔のあなたたちそっくりになるの? まるで生き写しじゃない……正也くんに二人がダブって見えたわ。
……降参よ。良いわ、正也君の好きにしなさい。
第一、断っても勝手に協力してくるっていうのだったら、もう拒否のしようがないものね……」
日与子さんはそう小さく言った後、さっきまでの厳しかった表情を和らげて、優しく笑って握手をするかのように手を差し出しながら言う。
「なら、改めて言わせてくれないしら――正也君、音ノ木坂学院を救うために私に協力して。これから私たちは同じ目標を共にする仲間よ、よろしく」
「――はいっ! 任せて下さい日与子さん!」
そう言って俺は、差し出された日与子さんの手を力強く取る。
――こうして深夜の月明かりの下、俺と日与子さんは協力関係を結んだのだった。
■ ■ ■ ■ ■ ■
色々――本当に色々な事があり過ぎた金曜日の夜から一日が経った日曜日の朝。
俺は西木野総合病院にギターケースを背負ってやって来ていた。
「一か月ぶりか……真姫、元気にしてるかなぁ」
そう呟きながら内心、今日来ると連絡していないから居るはずがないだろうと思い、無意識に口についたその言葉に自分で可笑しくなってしまった。
それだけもう俺の中では、西木野総合病院イコール西木野真姫のイメージが出来てしまっているのだ。
そう思いながら病院の中に早速入ろうする俺の背中に声がかかる。
「――ええ、元気よ正也。
誰かさんが最近めっきり会いに来てくれなくて寂し――いえ、退屈してたけど」
その声にビックリして振り返ると、少し不機嫌な顔をして俺の事を見つめる真姫が立っていた。
いつの間にそんな所に立ってたんだと思いながらも俺は言う。
「よっ、真姫。一か月ぶりだな、元気そうで何より」
「もう……一か月も何も連絡してこないで、病院にも来ないってどういうことよ正也。てっきり何かあったのかと思ってひかりちゃんに大丈夫か聞いちゃったじゃない……」
ちょっと怒ったような表情でそう言う真姫を見て、真姫も真姫なりに俺の事を心配してくれた事を悟った。
真姫に悪い事しちゃったな、自分の事ばっかり考えてて周りの事が見えてなかった――こんなんじゃ、まだまだ俺はカッコいい男にはまだまだ遠いな。
「ごめん真姫――俺な、ちょっと長い間自分に嘘ついてたみたいだから、またこれから再出発しないといけないみたいなんだよ」
「全く、正也はいつもそう……こっちが心配してる間に、勝手に立ち直って元気になってるんだから――無理、してるんじゃないでしょうね?」
「無理なんてしてないよ、むしろ俺は今までが無理してたんだ。
なぁ真姫、俺さ……中学卒業したら高校生になるんだぜ?」
その言葉を口にしながら、俺は自然と口元がニヤケてくるのを抑えきれなかった。
どうしよう……今まで自分で諦めてたから、その分の反動で嬉しくてたまらない――!
そんな口元が緩んでいる俺に、真姫は不思議そうな顔をして言う。
「ええ、そうよね……急に当たり前の事言ってどうしたの正也?」
「そうだな……当然だな。でも、当然の事だから嬉しいんだよ俺」
「――なにそれ、意味わかんない。
でも……正也に最近何かいいことあったって事は分かるわ。
だって、なにか憑き物がとれたって顔してるもの」
「そっか……そんなにわかりやすいか俺って、やっぱり単純な性格してんのかな……じゃあ真姫、俺そろそろ行って来るよ」
そう言って俺は、真姫に背を向けて病院の入口に向かって歩き出す。
今日、俺がここに来た本当の目的を果たすために。
「パパから聞いたわ……正也、受付エントランスの使用許可取ったらしいじゃない。
あそこで何をするつもりなの?」
「――最近さ、言われたんだよね……自分のやりたい事を思いっきりやれって。
カッコつけない俺が一番カッコいいんだって……だから、カッコなんて気にしないで自分のやりたい事を、思いっきりやってくるつもり」
「そう……私が手伝わなくても大丈夫?」
「いや、真姫の気持ちは嬉しいけど今回は一人でやらせてくれ……俺が、そうしたいんだ」
「分かった、じゃあ私は今回は応援に回る事にするわ。
――正也、終わったら少し時間
そんな真姫の声を歩きながら背中に聞き、俺は後ろ手に手を振りながらその言葉に応じる。
さて……思いっきりカッコなんて気にせずに行きますか。
■ ■ ■ ■ ■
西木野総合病院の受付エントランスに、俺は愛用のクラシックギターを肩にかけて一人立っていた。
ギターを肩にかけた男という、病院に不似合いなその姿は周囲からの注目を集めまくり、診察を受けに来たお爺さんやお婆さんたちや、風邪をひいた子供たちとその親達からの目線を一身に俺は背負う。
しかしその目線の中には、真姫と一緒に組んでいた音楽グループ『Right Cycle』の関係で俺の事を知ってくれていて、今から俺が何をするのか期待している目線も混じっている――というか、そんな好奇心の混じった目線の方が多いように感じた。
そんな注目を浴びる中、俺は呟く。
「――この感じ、この前にやった引退コンサート以来だな。とは言っても……今回は隣に
そう、俺は今日この場所にわざわざ真姫のお父さんの許可を取ってまでして、無意味にギターを持って悪目立ちするために来たわけじゃない。
俺はここに――真姫のピアノ無しの、俺の『音楽』を聞いてもらいに来たんだ。
「皆さんおはようございます……初めましての方は初めまして! そうでない方はお久しぶりです、俺の名前は織部正也って言います!
今からギターの演奏と……ちょっとした歌を歌いますので、良かったら病院の診察待ちの間でも良いので聞いてくれたら嬉しいです!」
そう言った時、俺の事を知ってるらしい人達から小さくパチパチという拍手が聞こえる。
中には「頑張れ~」と、明るい無邪気な声援を送ってくれる子供も居た。
よし――今までこっそりとみんなに隠れてコツコツ練習してきた成果を全力で発揮して、この期待に答えてみせる!
そう決意し、俺は軽く手を動かしギターをストロークさせ、一弦から六弦までの音を広いエントランス内にジャーンと響かせる。
そして、一瞬手を止めて最初の音の余韻が消えた後、俺はメインの演奏に入った。
演奏する曲は『20th
またこの曲は俺にとって、以前父さんがまだ楽器店をやっていた頃によく店内BGMとして流していて、それを父さんとお店番をする時によく聞いていたから、小さい頃からとても大好きな曲だった。
「―――♪ ―――――――♪」
ギターの前奏の後、俺は英語の歌詞を歌う。
――歌いながらだとギターの伴奏にミスが出るからカッコ悪いなんて気にするな。
――英語の発音が完璧じゃないからカッコ悪いなんて事も気にするな。
思うままに、自分の好きな音楽を楽しみに来たんだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺はギターの伴奏に乗せて歌を歌った。
ギターの技術も歌の上手さも関係なく、ただ俺の大好きな曲を全力で歌うだけで良い――そんな思いだけで奏でる音楽は、真姫と一緒に演奏している時とはまた違った良さがあって――最高に楽しかった。
「―――っ、ありがとうございました!」
すると自分が気が付いた時にはもう曲を歌い終わっていたので慌ててお礼を言うと、俺は待合のソファーで座っている人達から大きな拍手を貰っていた。
瞬間、訪れる幸福感と達成感。
でも、これでまだ終わりじゃない――まだ俺はこの場でもう一曲やらないとダメなんだ。
だってこの曲は、真姫が自分で作曲したオリジナル曲を聞いてから、自分も曲を作ってみたいっていう対抗心に似た想いで、ずっと歌詞を考えていた“自分だけの曲”なんだから――
そう思い、自分を引き締め直して俺は宣言する。
「皆さん……ありがとうございます! でも、早いけど次でもう最後です。
最後の曲は――自分で作ったオリジナル曲を歌います。
まぁオリジナル曲って言っても、自分が今までに体験した事や感じた事、そしてこれから自分がどう生きたいのか――っていう想いそのまま歌詞に詰め込んで、そしてその歌詞に自分が好きなようにギターで伴奏を付けただけの、好きなように作っただけの曲なんですけど。
それでも良かったら聞いて下さい――曲の名前は『絆信じ望む
そう宣言してから、俺はギターの弦をバラードの曲を弾くみたいにゆっくりと鳴らす。
その瞬間、小さな拍手が聞こえた。
そうだ――自分の音楽を聞いてくれる観客が目の前に居てくれるんだ。
だから失敗を恐れるな――例え笑われたっても、カッコ悪くたって良い、自分の全部を歌に乗せる気持ちで歌え。
そんな覚悟を胸に、俺はギターの伴奏と共に大きく口を開いて歌い始める――
涙ながら憧れた
気づきはスタートに変わった
友達の為にと強く願う心で変える自分
弱い自分を蹴飛ばして変えた未来
俺は演奏をしながら思い出す――
幼い頃に憧れた穂乃果の背中を
その憧れが実はただ甘えているだけだった事に気付いた時を
そして、変わりたいと誓ったあの木の上での誓いを――
そんな自分の熱い感情がギターの弦を弾く自分の手の力に移って、気が付けばどんどんギターの旋律がテンポアップしていくのを感じる。
でもそれでも良い、ミスに構いはしない。だってなによりも音楽は楽しむものなんだって――俺の相方がピアノで教えてくれたことなんだから。
だからなりふり構わず俺は歌う。
『カッコいい』を探し彷徨う道
自分の無力に流れる涙
時には自分の中にあるカッコいい『正義』を信じて無茶した時だってあった。
その過程で自分が何にも“持ってない”人間だと気付いてしまって、へこたれて折れてしまいそうな時だってあった。
時には自分の信念を見失って、迷ってしまう時だってあった。
でも繋ぐ手が弱さぶっ飛ばすから
どんな
もう迷わない 挫けない 曲がらない
でもそんな時は、何時だって俺には支えてくれる仲間が居た
だから――俺は。
そして曲はサビ部分にさしかかり、俺は声を張り上げて歌う。
だから強く固く絆握りしめ
心のままに強く
支え 支えられ 行く先に 望む
やった……歌いきった。
今度こそ俺は、そんな達成感に身を任せて目を閉じる。
――ヤバッ! 終わりの挨拶してない!
そして目を閉じて数秒して、そんなミスに気が付いた俺は慌てて目を開けて観客の方を向く、するとその瞬間大勢の患者さんの観客からの拍手が俺を包んだ。
よく見れば、そんな観客のみんなの後ろの方で真姫も拍手をしているのに気が付いた。
『……そっかぁ! だったら俺、聞いてて楽しいって思ってもらえるような、そんなギターが弾けるように頑張る!』
俺はそんな皆の拍手を聞きながら、引退コンサートがあった日の帰り道、真姫に言った自分自身の言葉を思い出していた。
――日与子さん、カッコなんて気にしないで自分がやりたい事は何かって、俺色々考えてみたんですけど……すぐに思いつくのってこれぐらいしか無かったです。
でも、これで良いんですよね。
ありのままの自分で生きる事……自由に思うままに、カッコなんて気にしないで自分に縛られずに生きる事が、逆にカッコいい男になる為の近道なんですよね――。
「皆さん、今日は俺の歌を聞いてくれてありがとうございました!」
最後にそう言って、俺は観客の皆に頭を下げる。
――ああ、音楽って楽しいなぁ。
観客の皆に笑顔を送りながら、俺はそんな気持ちを抱いたのだった。
読者の方はお分かりだと思いますが一応言っておきます。今回の話で正也君が歌った二曲目の曲は、自分で作詞しましたので著作権等の心配は要りません。
では、ここまで読んで下さってありがとうございました!
また、前回の話で高評価を付けてくださった方。
shibukiさん、bocchiさん、雅和さん、kyoheiさん 本当にありがとうございました!
また、前回感想を書いて下さった方や、お気に入り登録してくださった方々にも大きな感謝を――。
では、次回もまた良ければ読んで頂けると幸いです!