――俺と父さんの話し合いという名の弁論合戦は、先ずは俺が一方的に話し続けるというスタートを切った。
「ああ、俺は中学を出たら働くよ――勿論ただ働きたいって思ってるだけじゃない。ちゃんとしっかりこの先の事もしっかり考えてるから、絶対父さん達が心配するような事にはならないって断言する。もう働くところも決まってるし、そこは今バイトで――」
父さんに正面切って就職すると啖呵を切った後、俺は数十分にも及ぶ長い間の時間、俺がどれだけ本気で働きたいと思っているか、就職するつもりの所の社長がどれだけ信頼のおける人なのか――また、働いてお金が貯まったら通信制とはいえ高校にもちゃんと通う事――などの全ての事を、しっかりと理論立てて一方的に話し続けた。
元々俺が何時親にバレてしまっても何とか言いくめれるように――と、説得内容をあらかじめ決めていたのが功を奏したのか、自分の意見を全て言い終わるまで、父さんに反論を全くさせない事に成功した。しかし――
「――そうか……で、お前の言いたい事はそれだけか?」
そう言って俺の長い話を聞き終わった父さんは、重い口を開くようにそう言った。
――ダメだ。やっぱり分かってたことだけど、この程度で父さんを納得させる事は出来ないか……そう思って俺は唇を噛みしめる。
俺の父さんは、相手の述べる理屈がどれだけ正論だとしても、それが自分の意見と食い違っていたとしたら、それを遠慮なくブン投げ、自分の中にある『正義』を曲げず真っすぐに貫き通し、相対する相手の信念という名の『悪』と真正面から対立して叩き潰す。
どこまでもお節介で、どこまでも
「俺は、お前の言うごちゃごちゃした言い訳なんてどうでも良いッ!
正也……俺は言ったよな? 金はなんとかするから、絶対俺達に遠慮するんじゃねぇぞって……ふざけんなよ!? 遠まわしに言いやがって……ハッキリ言えよ、俺とひかりの為に高校進学諦めました――ってな! 認めねぇよ……そんなの、ぜってぇ俺は認めねぇぞ正也……!」
――そんな父さんだから俺は、他のどんな大人よりも憧れたのだから。
俺は怒りの形相で自分を睨みつける父さんを真っ向から見据える。
だからこそ――俺はそんな父さんの重荷になりたくはないんだ。
「今まで黙ってたけど、ずっと思ってた。遠慮するなって……そんなの無理に決まってるだろ父さん! 毎日必死な父さんと母さんを見てるだけで――俺だけ何もしないなんて出来る訳ないだろ!?」
「うるせぇ、そんなのは子供の考える仕事じゃねぇ! 子供はただ、友達と遊んで、勉強して、自分の夢を追うのが仕事だッ!! そんな余計な事考えてる暇あったら勉強してろ!」
父さんはテーブルを叩いて大きな音を鳴らしながら、俺にそう言った。
何だよ、子供子供子供って……!
俺だって必死に考えてるんだよ! それを『子供だから』って理由で全て否定する気なのかよ……!
良いぜ、だったら俺にだって父さんに言いたいことがあるんだ――
「――それが出来ないから言ってるんだよ!
第一、父さん達だってそうだ! 二年前、家に急に来たあんな怪しいシスター服のお婆さんの頼みを聞いて、借金の連帯保証人になんかなったんだよ!?
結局あのババアの借金を俺達が背負う事になってるじゃないか! それなのに、なんで父さんはあのババアに恨み言一つ無いんだよ!? おかしいだろそんなのッ!?」
俺は大声でそう言って、ずっと疑問に思っていた事を父さんに怒り任せにぶつけた。
「お前が、そう言いたい気持ちは分かる。
でも……“あの人”をババァていうのだけはやめろッ!
良いか、あの人はなぁ! 昔、俺とひかりを拾って育ててくれた孤児院の院長だ! そして、俺達二人にとっては母さん同然の存在だ! 子供は親を助けるのが当然だろ! 例え、その結果で裏切られたとしても……恨みなんて俺達には一切ない!」
そうか……そう言えば、父さんと母さんは孤児院で出会ったって、昔、二人がノロケながら俺に話してくれた事あったっけな。
父さんの話を聞いて俺は不意にそんな事を思いだしたが、それよりも大事な言葉が父さんの口から飛び出したのを聞き、すぐさま頭を切り替える。
――その言葉、墓穴掘ったぜ父さん。
「……わかったよ。父さんがそう言うならもうこの話はいい……だって、今話しても仕方ないもんな。
だったら、俺だって父さんと母さんのように、親の助けになりたいッ! 働いて、自立して、そして働いた金を家に入れる! 何もおかしくないよな……だって、父さん達だってあのシスターさんにやった事なんだから!」
そう言って、俺は鬼の首を取ったような勝ち誇った顔で父さんを見る。
どうだ、これなら何も文句言えないだろ。
しかし、父さんは全く堪えた様子もなく平然と言った。
「それとこれとは話が別だ。俺達がやるのは良い――だが、正也がそういう事をするのは俺達が許さないから無しだ」
「――暴論にも程があるだろそんな話ッッ!!」
俺は父さんの全く筋の通っていない話に我慢できずついにキレた。
椅子から半分立ち上がり、テーブルを両手で叩き付けながら父さんに詰め寄る。
すると父さんはそんな俺に――
「なぁ……正也、そんな事を言うなら、俺だってずっとお前に言いたいことがあったんだ……」
――と言って父さんは、俺の肩を両手で抑えながら、先程までの怒った様子が嘘のように静かになり、絞り出すような声で言った。
「なぁ、良く聞け正也……お前はもう十分やってくれたよ。
まだ中学生なのに、毎朝早起きして新聞配達をせっせとやってバイト代を稼いで、その金の大半を家に入れてくれた。俺がいくらそんなバイトなんかしなくても良いって言っても全く聞きやしねぇ―――それに、お小遣いも要らない、駄々もこねない、何も欲しがらない……だからもう良いよ、もう十分だ。
家の事はもう何も考えなくていいから、お前はお前のやりたい事をやってくれよ……頼むから……!」
――何を、言っているんだ、父さんは?
そんなの当然だろ? 中学生でも働けるなら努力するに決まってるだろ?
自分を生んでここまで育ててくれた親に対して、全身全霊で尽くすのは当たり前だろ?
だって……俺はカッコよくなりたいんだから。
俺の信じる『カッコいい男』は、自分を生んで育ててくれた親への恩をを大切にする人間なんだから……そうするのは当たり前だろ?
「――何を言ってるんだよ父さん、俺のやりたい事はもう決まってる。
働いて自立して、借金を早くでも返せるように父さん達と一緒に努力したいんだ。それが……俺の一番やりたいことなんだ」
「ああ……正也……おまえは……おまえって奴はなんでそうなんだ……!」
俺がそう言うと、父さんは
「――あの人の借金を背負う事に決まった時だってそうだった。
俺達はシスターには大きな恩があるからいい……でも、何も知らないお前があの時一番怒ってもいいはずだったのに、お前は怒ったり、俺達を馬鹿だと
そこで父さんは言葉を切り、俺の顔に自身の顔をグイッと近付けると、両目から涙を流して叫ぶ。
「お前おかしいだろそれ……!? そんな自己犠牲的な考え方、中学一年生の子供がすぐに思いついて良い発想じゃねぇよ……!
正也、なんでお前が選び取る選択肢にはいつも、
なに勝手に一人で現実悟ってんだよ! もっと、ワガママ言えよぉ……!
俺にッ―――もっとお前の親父面させろよぉっ…………!!」
「…………」
そんな必死な父さんの言葉に、俺は言葉を失う。
父さんがいつもそんな事思ってたなんて……そんなの、知らなかった。
でも、そんな父さんの言う事なんて――もっと知らない。
父さんが何と言おうと、俺は父さんに迷惑をかけたくないんだ。
だって……父さんは何時だって誰かの為に頑張ってるじゃないか――だったらせめて、息子の俺だけは父さんの為に頑張らないと……だから、俺は……!
「俺は……自己犠牲なんてしてるつもりはない。
今選んでる行動が俺自身の意志で――そして、俺が今一番やりたいことだよ、父さん」
「――やっぱり、ここまで言ってもお前は曲がってくれないのか……!
本当に……本当にそういう頑固な所、母さんに似たなお前は……!」
父さんは悔しそうに歯を食いしばりながらそう言うと、テーブルの上で拳を握りしめた。
悪いけど父さん、俺だってちょっとやそっとの覚悟で父さんに立ち向かってる訳じゃない――何か言われたから『ハイ、そうですか』って言って、簡単に折れてやる訳には行かないんだ。
「さぁ、もう良いよね……父さん。これ以上話し合っても俺の結論はきっと変わらないと思うし、やるだけ無駄だよ」
「いや、まだだ……お前が『高校行きたい』って言うまで、俺は諦めねぇ」
まだ、そんな事を言うのか父さんは……。
もう良いよ、父さんが俺の事を思ってくれてるって事はもう十分に分かったから、頼むから折れてくれよ……父さん。
「もういいよ父さん……それに、もし俺がここで高校行きたいって言ったらどうするつもりなんだよ? 月毎に暴利の借金の利子を払いながら借金の元金を減らすのが精いっぱいで、俺を高校に行かせるだけのお金なんてとても無いだろ?
――どうにもならないだろ? 俺には……俺の言ってる事より、父さんの言ってる事の方が無茶苦茶に見えるよ」
俺は父さんにそう言って、静かにとどめを刺す。
――決まった。
そう、議論を重ねていても、結局父さん側にこの問題がある限り俺の発言は正論そのまま。
父さんの反論を全部跳ね除けた俺は、後は父さんの降参を待つのみ……そんな段階にまで俺は父さんを説得する事に成功したのだ。
俺はそう思って、父さんに厳しい向けるその表情だけは崩さずに、心の中でだけ父さんを説得した達成感を感じていた。
「―――仕方ねぇな……やっぱりもう、こうするしかねぇみたいだな」
するとその時、父さんは俺に聞えるか聞こえないかぐらいの声のボリュームで、小さく言った。
「父さん、何か言った?」
父さんの発言を聞き返そうとした俺に、父さんはニヤッとした笑みを返す。
その表情は、まるで今までこの話題になるのをずっと待っていたかのようだった。
「いや、正也の言う通りだ……だから、俺はそんなお前の為に
父さんの言葉に、俺は本能的に嫌な予感を感じた。
しまった――忘れていた。
父さんは何事においても、追い詰められるまで『切り札』を切らずに温存するタイプの人間なんだって事を――!
「――なんとかしたって、それ一体どういう……」
「これで、文句ねェだろ……正也ァ!!」
父さんは大声でそう言うと、ズボンのポケットの中から厚みのある封筒を取りだし、テーブルの上にドンと置いた。
「――何、これ……父さん?」
「金だ……中に百万円入ってる。正也、
人間、あまりの事があるとショック状態になり頭がロクに動かなくなる事があるらしいが……俺は、それを実体験をもって知る事になるとは思ってもみなかった。
俺はしばらく何も言う事が出来ないまま、父さんの言葉を理解するのにたっぷり数十秒の時間を要す。
「はぁ……? 百万……なんで……? UTX……?」
「もう察しの良いお前なら分かってると思うが、今日の夕方ぐらいにお前の先生から連絡が来たんだ――内容はお前の進路についての話と――そして、お前に今日の放課後に話すつもりだったらしいが、逃げたから最後まで話せなかった話の伝言を頼まれたんだ。
正也……お前に、UTX学園への『指定校推薦』の話があるらしいぞ」
「――嘘だろ……何それ?」
俺は、さらなる事実に開いた口が塞がらなくなる。
指定校推薦って……あれだよな? 高校が中学側に頼んで、中学校内でその高校に進学したいって希望する生徒の中から、とびきり優秀な生徒を少数選んでその高校に入学させるっていうやつ……だったよな?
普通に受験するより遥かにその高校に入学しやすいという噂だけ聞いてる――
って――待てよ、俺はUTX学園に入学したいって希望したつもりは無いぞ!? 何でそんな話が出てるんだよ!?
すると、そんな俺の疑問に答えるように父さんが話を続けた。
「これはちょっとアレな話らしいんだがな……音ノ木坂中学はずっとUTX学園側に、この推薦枠が欲しいってオファーを出し続けてたらしいんだ。
当然だよな……今やあそこは、この都内じゃ入試倍率がトップクラスの高さを誇る、超有名校だ。
そんな有名な学校に、毎年決まった人数の入学者を送りだせる――これは、学校全体のイメージアップにも繋がるし、推薦枠があると知った生徒がその枠目当てにやってくるから、結果的に入学者増加にも繋がる。
つまり分かりやすく言えば、生徒の数が減り続けてる音ノ木坂中学にとって、学校存続のための起死回生の策――って訳だ」
「――それが……俺が選ばれたって理由と何の繋がりがあるんだよ」
先生から話を詳しく聞いたと思われる父さんの話を聞きながらも、俺は全く今の状況との関係が分からず、思わずトゲのある言い方になりながらも父さんに話の先を促した。
「――続けるぞ。そして、ようやくその願いが叶って――今年から、たったの一人きりの枠だが、推薦枠をもらう事が出来たらしいんだ」
「……やっぱり待ってくれ、生徒会長やってたけど、そんな話聞いたことないぞ!
第一そんなおいしい話があるんだったら、今頃みんなの噂になってる筈だ! 俺の学校でUTX学園に進学を希望してる奴なんていっぱい居るんだぞ!?」
「落ち着け……話はここからだ。
正也が言うように、推薦枠があると言えば多くの生徒が推薦を希望する事は学校側もわかり切った事。
――でも、学校は敢えてその推薦枠を公表せず、本当に優秀な生徒を教員会議で選抜して、そしてその生徒にUTX学園の推薦枠がある事を伝えることにしたんだ。
今回で優秀な生徒を入学させることによってUTX学園側から信頼を得て、来年からも推薦枠を継続してもらう為にな」
「おい……それって……まさか……」
ここまで来ると、嫌でも話の流れを悟ってしまう。俺は冷や汗を額に滲ませながら父さんの次の言葉を待った。
「――そうだよ正也。
全く……嬉しい話じゃねぇか。職員会議でどの生徒を推薦するかの話し合いで、真っ先にお前の名前が挙がって……そして、教員満場一致の賛成で、お前を推薦したいってなったんだってよ。
だから、正也が行く高校決まってないのなら……是非
「――な、なんで俺なんだよ!? 他にもっと俺より成績いい奴居るぜ!? 例えば海未とか――」
「さぁな、流石に俺もそこまでは詳しく聞いてねぇよ。
でも、お前の性格や人柄も総合的に判断されたんじゃねぇか? 生徒会長だってやってたんだろ……それに、お前は成績だって良い方だ、選ばれるのはなんの不思議もないんじゃないか?」
「くそっ……クソッ……! どうして誰も俺の事をほっといてくれないんだよ! 俺はUTXに行かないぞ! ――そもそも、高校自体行かないって言ってるじゃないか! なのに……何で……!」
俺はままならない現実に、そう言って毒を吐く。
こうなったら気は進まないけど、明日にでも先生の所に行ってしっかり話を断らないと――いくら優秀な生徒を推薦したいって言っても、その俺が拒否すれば、推薦の話なんて無くなるだろ。
それに俺がダメでも、他の候補ぐらい先生たちは用意してる筈――
しかし、父さんは俺のそんな思考を先読みでもしたかのように続けてこう言った。
「正也、何を考えてるのか分からないが、とりあえずカン違いはしてくれるなよ?
この話、もう俺の方で了承しておいた。――正也、お前はUTXに通うんだよ」
――今、なんて言ったんだ、父さんは……?
父さんの言葉を、頭が理解を拒否する。
でも俺は、何かの聞き間違いという
「父さん……今なんて?」
「だから、先生からこの話を聞いた時に、もう俺はその時点で『その話ありがたく受けさせて頂きます』って言ったんだよ。だから正也――もう一度言うぞ?
――
父さんのその言葉を聞いて、俺は一瞬頭が真っ白になる。
しかしその後、燃えるような怒りが心の底から湧き上がってくるのを感じた。
「―――ふっざけんなよッッ!!!!
俺になんの相談もなしに、何勝手に何決めてるんだよ!? 俺がいつUTXに行くって言ったんだよ!」
本当にふざけるな、俺の進路は俺自身で決める。
それを何で勝手に決められないといけないんだ! それもよりによって、UTXなんて学費が大量にかかるような金持ち学校になんて……絶対に嫌だ!
せめて――そんな話になるなら俺に一言相談があっても良いだろッ……!!
そんな事を考えながら怒鳴る俺に、父さんは静かに言った。
「正也――なんだお前? 何か文句でもあるのか?」
「あるよ! 大アリに決まってんだろ!? せめて、一言ぐらい俺に相談――」
「――――
「――ッ!!」
心に、痛恨の一撃を喰らった気がした。
それは、父さんだけが今この場で振りかざせる圧倒的な正論。
そんな暴力的な正論に怯み、反論しない俺に向かって、父さんは畳みかけるように言葉を浴びせかける。
――その全ては、
「わかったか? お前の言いたい反論すべてが、俺の味わった気分そのものだ。
本当はこの話になる前に、お前に高校に行くって言わせたかったんだけどな――まぁ、終わった事はもう良い。だからこの事実を踏まえて、俺は言わせてもらうぜ?
――正也、
「…………くっそぉ……! くっそぉ……!!」
俺は、父さんの言葉に何も言い返すことが出来ない悔しさで歯を食いしばる。
しかし、どれだけ悔しがっても意味が無いぐらいに、父さんの言っている事は悲しい程に正論だった。
俯いて何も言わない俺を見て、父さんは話を切り上げるようにテーブルから立ち上がる。
「さて……話はこれまでだな。正也、明日は推薦の件で詳しい話があるから、俺と一緒に先生の所に行くぞ、朝早いから今の内から寝とけ」
「――待てよ」
俺はそう言って何処かに行こうとする父さんを呼び止めた。
――別に、父さんの論に対抗できるような画期的な反論が浮かんだわけではない――ただ、一つだけ気になる事があったのだ。
「――どうした? さっきも言ったが、文句なら受け付けないぞ正也」
「父さん……一つだけ聞きたいんだ……
――そう、どうしても気になったのだ。
貯金が全くないに等しい我が家の懐事情から、どうしてそんな大金をポンと出せたのかという、その父さんの使った手段を。
すると父さんは、俺の問いに暫く黙った後、やがてゆっくりとこう言った。
「――借りた。今借金してる所からさらに借りて来た」
「は……?」
――絶句。
それ以外の言葉が思い浮かばないレベルで、俺は父さんの取った手段に絶望を覚えた。
「父さん……今借りてる所からさらに借りたって……何だよそれ……あの
「ああ――まぁ、どれだけ腐ってても相手は金融業者だからな、利子を滞納せずにしっかり払って話し合いもして、しっかり『信用のおける客』になっちまえば、UTX学園の入学金の百万なんて、ニコニコ笑顔でポンと貸してくれたぞ」
「――馬鹿野郎ッ!! それもう奴らから完全に金ヅル認定されただけだろッ!!」
「大丈夫だ、今回の借金は俺個人の名義にしてあるから、最悪の事になってもお前らには迷惑をかけない。
それに、俺のツテを頼れば、仕事内容は厳しいが今よりももっと良い収入がある仕事だって紹介してもらえるしな――まぁ、どうにでもなるから心配すんな、お前は高校生活を楽しんでたらいいんだ」
「なんでっ……なんでそうなるんだよぉ……父さんッ!!」
俺の反論に、なんともないような顔で平然とそう言って借金地獄に落ちようとする父親に、俺は自分の失敗を悟った。
しまった……完全に自分の父親の
俺はテーブルの椅子から立ち上がり、父さんに向かって必死に言う。
「ふざけんな……!! 認めねぇよ……そんなの、ぜってぇ俺は認めねぇぞ父さん……!
そんなんだったら『反論させない』なんてクソ喰らえだ! 自分がやった事だって全力で棚に上げてやるよ! ――俺は絶対に高校なんて行かないぞッ!!」
「――理屈なんてどうでも良いってか?
おいおい――おかしい話だな。もう完全に俺とお前で、話し合いが始まった時と今で、立場が逆になっちまったじゃねぇか」
「知るか――何度だって言ってやるよ! 俺は絶対に高校に行かないで働く! それでもどうしても行かせたいってんなら、今持ってる百万をすぐにアイツらに突っ返して、そして他の方法で金を持ってこい! そうしない限り俺は絶対に首を縦には振らないからな!」
俺はそう言って父さんに徹底抗戦の意志を示す。
――理屈が通じなくなったなら、もうここからは意地と根性の勝負。
例え徹夜する事になったって、俺は父さんの考えが変わるまでこの場所を動かない!
「ああ……これだけは言いたくなかったんだけどな……はぁ……」
そんな俺を見た父さんは悔しさを滲ませた表情でそう言い、深いため息を吐く。
そして俯かせた顔を上げ俺の顔を見た父さんはついに――今この場で最も言ってはいけない言葉を口にしたのだ。
「ごちゃごちゃうるせぇ――いいから黙って子供は、親の言う事聞いてりゃ良いんだよ」
その言葉は、親子の話し合いと言う場を根本から否定する殺し文句。
――今この瞬間父さんは、
「それ言ったら……それ言っちまったらもう話し合いもクソもないだろッ!!!」
俺はついに我慢が出来ずに、父さんの顔を思いっきりぶん殴ろうとテーブルから身を乗り出すと、右拳を真っ直ぐに父さんの顔面に向かって突き出す。
するとその瞬間――世界が反転したと同時に、背中に強い衝撃が走る。
「――カハッ!?」
――気が付けば、俺はテーブルの上に寝転がって天井を見つめていた。
まさに一瞬だった。俺の突き出した右手の手首を掴まれ、軽く捻られたと思ったら体をひっくり返されて、そのまま背中からテーブルに叩き付けられた。
それが合気道の技の一種だと気付いた時にはもう遅く、俺はそのまま腕を押さえつけられて、身動きが出来ない状態にされる。
嘘だろッ……! 父さん、こんなに強かったのかよ……!
「――はい、一丁あがり。
子供が大人に勝てると思うなよ?」
「クソッ……! クソッ……!」
俺は全力でもがくが、体の重心を上手く抑えられていて全く微動だにする事も出来なかった。
最悪だ……口で負け、そして腕っぷしでも父さんに負けた。俺は悔しさで歯を食いしばって歯ぎしりする。
そんな完全敗北した惨めな俺を押さえつけながら、父さんは言った。
「なぁ……正也、もう良いだろ? 意地張らずに高校に行きたいって言えよ……」
「……絶対に嫌だ。どう言われたって行くもんかよ……! もしたとえ行きたかったとしても……父さんの事を犠牲にしてまで行きたいなんて、俺は絶対に思わない!!」
頭と力――その他の全部において完全敗北を喫した俺でも、心だけは負けを認めない。
こうなってしまった父さんは、何と言おうと止まらない事ぐらい知っている……でも、折れる訳には行かなかった。
「そうか……なら、仕方ないな。
――いくぞ正也、さっきいきなり俺を殴ろうとしたお返しに、一発だけ鉄拳制裁だ。
多分、お前が次目を覚ます頃にはもう、完全に話がまとまった後だろうよ。いくらお前でも、話が決まっちまえばもう何も文句は言えないだろうからな」
そう言って、父さんは片手だけで器用に俺を押さえつけながら、右手を高く振り上げる。
――くそっ……嫌だ……! なんで……こんなことになったんだ。
俺は、ただ、父さん達に迷惑をかけたくなかっただけなのに……!
結局――父さんは更に借金を背負って、俺は無理やり高校に行かされる結果になってしまった。
ああ……こんな事になるならせめて、反対されるって分かってても、しっかり初めから父さん達に進路の事で話し合ってたら良かった……!
そしたら、こんな悲しい結末じゃなくて……また他の結果があったかも知れないのに――!
「よし、覚悟は出来たな? ――さぁ、いくぞ」
そう言って父さんは振り上げた拳に力を込める。多分、この一撃をもらえば俺は気絶して、そのまま寝ている間に話は進められてしまうだろう。
それは嫌だ……でも嫌だけどもう、どうにもならない……きっとこれは、やり方を間違えた俺への報い……父さん達の想いを無視して、勝手に突っ走ってしまった俺への罰なのかもしれない。
それでも……でも、それでも……みっともなく俺は願う。
「誰か……助けてくれ……!」
こんなどうしようもない……悲しい結末しか見えないこの状況を、全てひっくり返してしまうような……そんな都合のいいヒーローの登場を
「―――許せ、正也」
そう最後に小さく呟いて、父さんは振り上げた拳を今にも振り下ろそうと力を込める。
数瞬の内に顔面に飛んでくるであろうその拳に対して、せめてもの抵抗に歯を食いしばって衝撃に備える。
ああ……願っても、結局誰も助けなんて来ないか。
当然だ……親の事を考えてるようで、本当はなにも考えてなかったような、そんなどうしようもなくカッコ悪い俺なんて、助けてくれるヒーローなんて居ないよな――。
そう思って、俺が全部を諦めて目を閉じたその時――
「やめなさい――響也!!」
――ヒーローは、現れた。
「
「響也……どんな理由があっても、親が子供に暴力を振るうのはダメよ」
目を開けると、父さんの振り上げた拳を掴みながら、俺を庇うように父さんに真っ向から立ち向かう日与子さんの姿が目に入った。
庇われながら見つめる、そのことりに似た後ろ姿に俺は――小さい頃よくテレビで見た戦隊もののヒーローの背中をダブらせる。
――嘘だろ……本当に……助けに来てくれた……!
俺は感謝の想いを抱きながら、緩んだ父さんの拘束を脱し、テーブルの上から急いで降りて、自分が邪魔にならないように少し離れた所から二人の様子を見る。
「……ほっとけ! 俺だって、やりたくてやってる訳じゃねぇよ!
でも、そうしないと
そう言って、父さんは自分の行動の正当性を日与子さんに向かって主張した。
――しかし、それを聞く日与子さんの瞳は、普段の穏やかで優しげな色が消え失せ、怒りで燃え盛っていた。
「――響也はっ! それを息子に言う前に、自分でまず実践しなさいよっ!!」
「ひ、日与子……?」
日与子さんのそんな剣幕に、父さんは思わず気圧されたようにそう言う。
多分、初めてなんだろう……ここまで日与子さんが怒りを露わにするのを見るのは。
「思えば、あなたとひかりちゃんは
「馬鹿、そんな事ねぇよ……俺だって困った時は頼りにするって……」
「――嘘つきっ!! 全然っ……黙ってるじゃないっ……! 借金抱えてるなんて……何で話してくれなかったの……!?」
日与子さんがそう言った瞬間、俺は何故日与子さんが此処まで怒っているのかの理由を察した――父さん達のついてた嘘がついにバレたんだと。
「日与子……何で……それを……!」
そう言って驚く父さんに、リビングの入口からゆっくりと様子を窺っていた人影が、ゆっくりと部屋に入りながら答えた。
「――響也、ゴメンね……」
その人影は母さんだった。母さんの顔の右頬をよく見ると、多分日与子さんにやられたのであろう赤い手形が付いている。
そうか……さっき父さんが電話で、母さんが呼び出されたって言ってたけど、その為の話だったのか。
「ひかり……お前……」
「違うの響也……! 私が話したのは借金の額はいくらかっていう経済的な話だけで、借金してること自体は日与子ちゃんに何故か知られてて――」
「――響也、ひかりちゃんに話を振って誤魔化さないで。
何で私がこの事を知ってるのかの話は後、今私が聞きたいのは何で黙ってたのかよ。
――何? 私達の事そんな頼りないと思ってるの?」
父さんと母さんの会話を無理やり遮り、日与子さんは怒った鋭い目つきで父さんを睨みつけた。
「それは違っ――!」
「だったら何でなの!? 言ってみなさい! ちなみに言っておくけれども、さっき同じ質問をひかりちゃんにした時に受けた答えは『迷惑かけたくなかったから』だったわ。今のひかりちゃんの顔の手形を見て同じことが言えるなら是非どうぞ、響也」
「くっ……!」
そう言って父さんは、激怒する日与子さんの迫力に何も言い返すことも出来ず、顔を俯かせて黙ってしまった。
そんな父さんに、日与子さんはなおも続ける。
「ねぇ……響也……私、あなたの事いっぱい頼りにしたわ。
この前の土曜日に私の愚痴を聞いてくれた時だってあなた……実はキツイ体力仕事の後だったのよね? 私……そんなの何も知らなかったっ……!
そうよ、昔っから響也とひかりちゃんは何時だってそう……しょうもない悩みは私達にすぐに話して笑い話にするくせに、本当に大事な悩みだけは絶対に話さずに最後まで抱え込むの……! そういうの、もうやめてって昔言ったのにっ……!」
途切れ途切れになりながらも、そう言う日与子さんの目には涙が浮かんでいた。
そんな、いつもは落ち着いた大人である日与子さんが、まるで俺の同い年ぐらいの子供みたいに怒っている姿を見て、俺は悟る。
――この人は、大人としての社会的外面を全て放り投げて、今この場に一個人として――『織部響也と織部ひかりの親友』として立っているのだと。
きっとそれは――俺の知らない物語。
中学時代からの親友だった父さん達が、どんな出会いをして、どんな事があったら今みたいな関係になったのか――。
父さんの子供である俺には、どうやってもそれを知る事は出来ない。
でも、今の日与子さんの様子を見るだけでも、確かに分かる事がある。
それは、その物語の中では、絶対に父さんと母さんは今のままの性格で――そして日与子さん達にとっては、まるで二人は主人公みたいな存在だったのだろうと。
「だから、私は決めたわ。
響也とひかりちゃんがそういうつもりなら、私はもう我慢するのはやめて、思いっきり迷惑かけてやることにしたの。
――親友で恩人の二人と、その子供の正也くんを、『私の事情』に巻き込みたくないって思って今まで意地でも話さなかったけど……今なら言えるわ……いえ、言ってやるわ」
――と、日与子さんはそこで言葉を切って、俺の方を向いてそのまま真っすぐこちらに向かって歩きながら続けた。
「――正也君、君のその捨てるつもりの高校生活の三年間、
俺の高校生活を……日与子さんにあげる? 一体どういう事なんだそれ?
日与子さんの言ってる意味が分からずに、俺は日与子さんに聞き返す。
「そ、それって……どういう意味ですか?」
「ええ、言葉通りの意味よ――三年間、私に協力して欲しいの。
勿論、無理やり頼むんだから断ってくれてもいい――でも、もし私に協力してくれるなら――私は正也君に、ほんの少しだけの“見返り”をあげる事が出来るわ。
――『高校生活』という名の見返りをね」
「おい……それって、まさか……日与子……?」
話をそこまで聞いて父さんは何かを悟ったのか、そう日与子さんに呼びかける。
しかし日与子さんはそれを無視し、真剣な顔をしながら俺の目を真っ直ぐ見て言った――
「正也君。『共学化試験生』の内の一人として、私の学校――国立音ノ木坂学院に入学してくれないかしら――君の力を、貸してほしいの」
――その言葉を聞いて一瞬、俺は耳を疑った。
すぐに俺は日与子さんに慌てて言う。
「――ま、待ってください! オトノキって、昔から由緒ある伝統の“女子校”なんじゃないんですか!? 俺……男ですよ!?」
「ええ、正也君が男の子なのは勿論分かってるわよ。私は『共学化試験生』――って言ったわ。だから、男の子である君に入学資格があるのよ」
――共学化試験生……共学化……まさか……!?
俺がそこまで思い至った瞬間、その俺の考えを肯定するかのように日与子さんは、強い覚悟を
「――そうよ。今までずっと何か手はないかと色々やって来たけど……学院の名前を残すためには、今までの保守的な考えで立ち止まっていたらもう限界なの。
だから、来年度から国立音ノ木坂学院は、今までの伝統だった女子校としての歴史を私の理事の代で捨て――共学化への道を歩むわ」
「共学化……!? オトノキが……!?」
俺は驚愕で目を見開いた。
――だって……そうだろ? ずっと今まで『女子校』の音ノ木坂学院というイメージが、小さい頃からあった、あの音ノ木坂学院が――この
父さんと母さんの表情を見ると、二人の表情も俺と同じく驚愕の色を覗かせていた。
やっぱり、父さん達もこの話には驚いたみたいだ。
そんな俺達をゆっくり見まわした後、日与子さんはなおも続ける。
「――驚くのも無理はないわ……でも、この共学化の経営改革案は、在校生の生徒アンケートでの過半数の生徒の支持と、職員会議での教員の過半数以上の賛同と、理事会のメンバーの四分の三以上の賛同を得て、正式に決まった話よ。
――本当、我ながらよくやったわね……学院に古くから務めている教師達の保守的な考えを説き伏せ、頭の固い理事会のメンバーを説得するのに物凄く頑張ったわ。
正直、詳しい話を無理やり聞き出そうとせずに、時々こんな私の愚痴を聞いてくれる『誰かさん』が居なかったら、こんな事できなかったって思うわ」
「日与子……! 何でそれを詳しく話してくれなかっ……チッ……俺が言える話じゃなかったな」
父さんはそんな日与子さんに文句を言おうとしたが、自分の事を思い返して途中で口を閉じた。
父さん……自分が日与子さん達にやった事、真面目に反省してるんだな。
日与子さんは父さんが黙ったのを見た後、そのまま言葉の続きを再開した。
「でも、いくら共学化が決まったとはいえ、学校の設備、校則、生徒の意識、教育カリキュラムの抜本的見直し……改善する所はあり過ぎて有り余るわ。
本当なら少なくとも一年は共学化するまでの期間が欲しい――でも、時代の流れは待ってはくれないわ。待っていたら、それだけチャンスを逃がしてしまう。
――だからこその『共学化試験生』
来年度から試験的に男子生徒を受け入れ、女子校のままではあるけど、事実上では一年早く共学化をスタートさせる。
正也君……君にはそのための力になって欲しいの……だから……!」
そこまで言って、日与子さんは俺の目を見てそのまま沈黙する。
――これ以上、言葉は要らないって事か……
まったく……待ってくれよ……今日は驚くことがいっぱい過ぎてわけわかんないよ。
なんで展開は俺を置き去りにして、どんどん先に行っちゃうんだ……。
それにこんな話、俺をUTX学園に行かせるって言ってた父さんが黙ってる訳――
「――正也、良いぞ。お前が選べ……お前の
「父さん……!?」
すると、そう言って俺の右肩に手を置いた父さんを、俺はビックリして見つめる。
「正也……本当なら私は、日与子ちゃんの頼みを聞いてあげてって言いたいけど――でも、私、正也に一杯重荷を背負わせてる事に気づけなかったから……何も言わないわ。
好きに生きて、正也の進みたい道を選んで……私達の事を気にせずにただ真っ直ぐにね」
「――母さん……」
そう言いながら父さんとは反対に、俺の左肩に手を置く母さん。
――なんだよ……父さんも母さんも……そんな……俺が高校行く前提で二択を迫ってるんだよ……!!
「――待ってくれよっ! 父さん! 母さん! 日与子さん!
俺は……ずっと言ってるけど、高校になんか通わないってずっと言ってるじゃないか!
――働いて、自立するんだ……第一……共学化試験生で入学してくれって言ったって……高校に通うお金なんてないし……!」
俺は肩に手を置く父さんと母さんの手を振り払いながらそう言って、選択を迫る三人に思いの丈を思いっきりぶつけた。
そんな俺を見た日与子さんは、優しく微笑んで俺の言葉にこう返した。
「正也君、私は君に協力してくれる見返りに高校生活をあげるって言ったわよね。
私は君に、本当に高校生活を『あげる』の。
――授業料免除、教科書代と制服代の支給、その他に学校生活で必要な物は経費負担。
これら全てが共学化試験生には適応されるわ――だって当然じゃない? まだまだ設備も体制も十分でない段階で、
だから正也君――誰よりも優しい君は、もう何も気にしなくてもいいのよ」
俺は日与子さんにそう言われた瞬間――ロクになにも喋れずに固まってしまった。
――父さんと母さんに、お金で何も迷惑かけなくていいの……?
そんな事を一瞬思って、すぐさまその想いを頭を振るって振り払う。
「で……でもっ! それだけじゃなくて……! 俺が働いてお金を入れたら、もっと早く借金返せて……だから俺は……!」
俺は日与子さんの誘いを突っぱねるように、強気でそういい返す。
そうだ……父さんと母さんに迷惑かけない為だけだったら、俺は奨学金でもなんでも借りて高校に通う! それでもそうしなかったのは、俺が父さん達の助けになりたかったから――!
「――正也君……でも、それを一番望まないのが君の両親だってことも、君は分かってるんじゃないの?」
「そ……それは………」
日与子さんに優しくそう論破され、俺は何も言えなくなってしまう。
そんな俺の方に歩みよると、日与子さんは言った。
「正也君……君が働きたいって言ったのは、それは確かに君のやりたいことだったんでしょうね……でも、それは君が
『誰かの為に自分がやりたい事』をじゃない、『自分の為に自分がやりたい事』を――思いっきり言いなさい」
「自分の為に……俺がやりたい事……?」
「そうよ……『カッコよくなりたい』って言って、焦ってカッコつけて、無理に背伸びしようとしなくてもいいのよ……もっと大人に甘えていいの、自由に生きて――。
だって君は……まだ、中学生の子どもなんだから」
――ホロリと、気が付けば目から涙が流れているのに俺は気が付いた。
ダメだ……泣くな……泣いたらカッコ悪いって俺……。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、涙を止めようと思っても、とめどなく涙があふれてくる。
おかしい……なんでだよ……今俺子供扱いされたんだぞ? なんでそれなのに……どうしてこんなに嬉しいんだよ……!
涙を流しながら俯く俺に、日与子さんはポンと俺の頭に手を置き、そして頭を撫でながら言った。
「正也君――実はね、ことりは今でも、昔正也君に助けられた事を嬉しそうに話すのよ。
小学生の時に夜道に迷った時、泣きながらでも自分の事を心配してくれた事。
木から落ちそうになった時に、怖がってた自分の事を励ましてくれた事。
中学二年生の時に、怖い先輩に酷い目に遭わされそうになった時に駆けつけて、そしてボロボロになりながらにでも必死に守ってくれた事――その全部を、いつ聞いても今日あった事のように嬉しそうに話すの」
ことり……そんな事まだ覚えてるのか。
一つ目は、カッコつけようとして大失敗して大泣きした記憶。
二つ目は、カッコよさなんてかなぐり捨ててただ必死だっただけの記憶。
三つ目は――ただ親友を取られたくないだけの、みっともない独占欲を丸出しにしただけの記憶。
ははっ……カッコ悪い所ばっかりじゃん……なんでそんなの覚えてるんだよ……ことり。
日与子さんは、そんな事を考える俺に――言った。
「――その全部がカッコつけようと思ってやった事なの?……違うわよね。
ねぇ――正也君……気づいてる?
だからこれは、ずっと私の娘を助けてくれた君への、私からの恩返しでもあるの。
それだから、私に対して悪いとも思わなくてもいいのよ――正也君」
そう言いながら、自分の頭を撫でてくれるその暖かい手に俺は――自分の中でずっと凍っていた想いが、溶かされるように涙になって目から流れ落ちていくのを感じる。
そんな俺を見て泣いているのか、後ろから母さんのすすり泣く声が聞こえてきた。
口を開けば、嗚咽が漏れそうになる。でも……それでも俺は小さく口を開いて、ゆっくりと言った。
「ほんとに……ほんとに……いいのっ……?」
「ええ、ワガママ言って良いわよ……君が今、一番したいことは何?」
そう言われた瞬間――今の自分を構成する大事なものが、ガラガラと崩れるような感覚がした。
そして俺は、崩れた自分の中から見つけ出した、本当の本心みたいなものを渾身の想いで吐き出す――。
「おれっ――
もっとみんなと一緒に勉強したいっ! 高校の部活に入ってみたいっ!!
何も考えずに――高校で友達やみんなと一緒に――もっと遊びたいよぉ!!」
「――ええ、いいわよ。
いらっしゃい――
我が歴史ある国立音ノ木坂学院は君を、その長い歴史の中で初めて迎える男子生徒として――あなたを歓迎するわ」
日与子さんがそう言った後、背中に父さんと母さんが抱き着いた感覚を感じた。
「――馬鹿野郎ッ……! 最初っから素直にそう言ってれば良いんだよぉ……!」
「私達の所為で……ごめんねぇ……! ……ごめんねぇ……正也ぁ……!」
そのまま二人は力強く抱き着いたまま、離れてくれなかった。
仕方ないから
ああ……やっぱり、さっき口に出しちゃったけど、気を抜いたら自分のことを
こうして――色んな人に支えられながら、俺の未来は変わってく。
変わった先の未来はきっと、素晴らしいものになるだろうと俺はこの時確かに感じたのだった。
ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございました。
シリアス展開は今回でやっとの収束を見せました。ことりママは本当にヒーロー。
次回からは軽いノリも入れられるかと思います!
では、前回投稿で高評価を付けて頂いた
奄美さん、本当にありがとうございました!
そして、お気に入り登録してくださった方や感想を書いて下さった方にも大きな感謝を――
では、次回もまた良ければ読んで頂けれは幸いです。
報告はこれで以上です! ではでは……