それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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すいません、今回でまとめきるつもりでしたが、どうしても文章量が多くなってしまいましたので、今回と次回の二話構成にさせて頂きました。

その代わりにですが、次回は間隔開けず、明日か明後日に投稿させて頂きますのでお許しを...

では、始まりは三人称でお送りします――どうぞ。





16話 繋いだ絆が

 

 ――正也が自らの父親と対峙する事になる、その二時間前の事。

 

 そう、これは正也がまだ、これから先に待ち受ける運命など(つゆ)も知らず、穂乃果達と海未の家で勉強会をしていた時の話――

 

 

「――本当に、あれで良かったんでしょうか……」

 

 

 そう言って海未は一人自宅の軒先に立ち、旧家ならではの日本庭園を思わせるような広さの庭を何をするでもなく眺めていた。

 今日の放課後、偶然知ってしまった正也の抱える家庭の問題。

 そして、その事情を知った時の自分の正也に対する自分の意見が、本当に『正也の選択の賛成』で良かったのかと、海未は自身に問い掛け続けていた。

 

 

「ああ……もう疲れた~……正ちゃ~ん、一旦休憩しよう~?」

 

「ダメだ穂乃果、そのプリントが全部終わるまで休憩は無いぞー」

 

「うう~~! 正ちゃんのケチ~~!」

 

「穂乃果ちゃん、頑張ってっ!」

 

 

 そんな中ふと、海未が耳を澄ませると、障子を隔てた後ろの客室から勉強する穂乃果達の声が聞こえてくる。その声を聞きながら海未は、自分が本来居るべき場所に居れていない事を自覚させられた気分になり、深いため息をつく。

 

 

(ああ、こんな所で私は何をやっているのでしょう。正也とことりに穂乃果を任せたままにして……)

 

 

 海未はついさっきまでは、客室に居る正也達と共に勉強会に参加していた。

 しかし、つい十五分前に少し休憩したいと言い、部屋を出てこうして物思いにふけっているのだった。

 

 

(正也の事……必要以上に気にしないように、気を付けていたつもりだったんですけどね)

 

 

 しかし、自分が高校進学しないにも関わらず、穂乃果の勉強を一生懸命教えている正也の姿を見ていると、どうしても考えてしまう。

 借金を背負った親の為に進学せずに働いて自立すると言った彼の選択を――あの時、肯定してしまって本当に良かったのだろうかと。

 

 彼女自身の考えを記すとするなら、高校には通うべきだと考えを彼女は持っている。

だから、本来ならばあの場面は、働きたいという正也を一喝し、彼女は自分の考える正しい道を指し示して、正也と海未は対立する場面ではあった。

 ――しかし、それが出来なかったのは、正也の親が借金を抱えているという重くのしかかる現実。

 園田家という日舞の家元の次女として生まれた彼女は、金銭感覚をきっちり養ってほしいという両親の教育方針上、それほど多くのお小遣いを与えられてはいないものの、それでも両親がお金に困ることなど想像も出来ないぐらいには、自身の家が裕福である自覚は海未にはあった。

 だからこそ、実際に想像もつかない人生の苦難を語る事も出来ないし、それを背負った上での正也の決断を、どうして止められようか――という想いが彼女の中であったのだ。

 

 しかしそれでも、正也のこれからの人生を考えると、やはり反対しておけば良かったのかもしれないと考えてしまう自分もいた。

 正也は働きながらお金を貯め、そしてやがては通信制の高校に通うと言っていたが、それには一体どれだけの苦労があるのだろう。そして、もしそれが成し遂げられたとしても、その時にはもう彼の歩んだ人生は少なくとも、『普通の人生』を送ったとは言えないものになるだろう。

 だったら、例え正也と真っ向対立してしまう事になって、彼の志を折る事になってしまっても、自分は反対の意思を正也に叫び続ければ良かったのかもしれない――と、どうしても考えてしまうのだ。

 

 賛成と反対、そんな二つの感情が同じ位せめぎ合って、結果、あの時正也の意志を尊重し、賛成してしまったのは――

 

 

「やっぱり……これが俗に言う『好きになってしまった弱み』というものなのでしょうか。口では対等なライバルだと語っておきながら、いざ真に対立するとなると尻込みしてしまう……これでは、まだまだ私は正也のライバル失格ですね。

 意見の対立があったぐらいで、正也は私の事を嫌ったりなんかしないって事……そんな事ぐらい、私が一番分かっているはずなのに……」

 

 

 もし、正也の理論が圧倒的に間違っているなら、海未は真っ向から対立出来た。

 しかし向こうにも理があると、どうしても彼を応援して支えてあげたいという少しの女心が、賛成反対と揺れる彼女の決心を賛成へと押し出したのだ。

 

 

「……ふぅ、いけませんね、一度賛成すると決めた事です。なら、こんな所で悩んでないで早くみんなの所に戻らなくてはいけないはずですのに……どうして私はまだ悩んでいるのでしょうか……」

 

 

 しかし、賛成すると決めても割り切れない思いを抱えているのも事実であった。

 

 ――それに海未は一つ、正也の態度にどことなく違和感を感じていた。

 

 彼が両親の為に働きたいと、本心から言ったのは紛れもない事実。それは、彼の事を誰よりも良く知る海未自身が保証出来る事だ。

 しかし、それでも引っかかる。

 

 何故、何故正也は―――

 

 

 

「いくら穂乃果に勉強を教える名目があるとはいえ――何故正也は、勉強をそこまで頑張っているのですか? ――貴方は、勉強が受験に必要って訳ではないのでしょう?」

 

 

 

 正也自身にその答えを直接聞けば、『進学しないからって言って、勉強しないのはカッコ悪いだろ?』という返答が返ってきそうで、事実それが真実なのだろうという十中八九の確信が海未にはある。

 ――しかし、頭ではそれが分かっていても、それでも海未はモヤのかかったような疑念を振り払いきれずにいたのだった。

 

 すると、そんな悩みを抱えながら一人で庭を眺める彼女に、そっと声をかける人影があった。

 

 

「あら――こんな所でどうしたんですか、海未さん? 穂乃果ちゃん達とお勉強会してるんじゃなかったの?」

 

「――!? お、お母さん? ビックリした……急に、声かけないで下さい」

 

 

 その人影は、園田舞華その人だった。

 軽い調子でそう言い、急に現れた自分の母に驚いて小声でそう文句を返す海未。

 その口調は驚きと、親と二人きりだというリラックスした空間の自覚ゆえか、普段の丁寧な口調を少し崩したような話し方になってしまった。

 

 そんな慌てる海未を、面白そうに笑いながら舞華は同じく軽い感じで問いかけた。

 

 

「海未さん……実は私、さっきから海未さんが難しい顔をしながら庭の池の方をじっと見つめていた所をずっと見ていました。一体どうしたのですか? 悩んでいるなら母親の私が相談に乗ってあげますよ……ほら?」

 

「……心配させてごめんなさい。なんでもないです、お母さん」

 

 

 そう言って、自分の母親の心遣いを断る海未。

 それもそのはず、今悩んでいる事を話すという事は、それは正也とした約束である『他言無用』という約束を破る事になるから――。

 しかし、そんな海未の想いを知ってか知らずか舞華は続ける。

 

 

「そうですね……海未さんがそんな思いつめた表情をするという事は、大体穂乃果ちゃん達の事で悩んでいると相場は決まっています。

 それに、何でもないと言ってるわりは何かを知っているような反応。――という事は、誰かに黙っていてと頼まれたという事。

 そしてあの三人の中で、海未さんが貴方らしくもない嘘をつくような頼みを了承するという相手となると……もうその相手は決まったも同然。

 ……正也君に何かを相談されて、それを他の皆に黙っているように頼まれたんですね? そうでしょう?」

 

「――っ!?」

 

 

 海未は自分の母親の推察力の高さに、びっくり仰天と言った顔で絶句した。その海未の反応から確信を得た舞華は、優しい笑顔を作ると海未の手をとって両手で包み込む。

 

 

「海未さん……貴方は父親に似て、真っすぐで、そしてとてもしっかりした良い子に育ってくれました……でも、貴方はまだ子供。

 悩みを一人で抱え込めないなら、その心の荷物を母親である私に預けて下さい。 

 それとも……秘密にしておいてと頼まれたから、約束を破ると正也君に悪い? 

 いいえ、それは女性にそんな悲しい表情をさせる隠し事を頼んだ殿方の方が悪いです。

 だから……ほら、私に話してみてください、海未さん」

 

 

 そう言って、手を優しく握りながら諭す母親の言葉に、その手の温もりに

 

 

「―――はい、わかり……ました」

 

 

 海未は固く閉じた口を優しく溶かされるように、ゆっくり開いた。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「成程……そういう事に、なっていたんですね」

 

「はい……お母さん……私は、本当に賛成してしまって良かったのでしょうか? ずっとそれを悩んでいて……」

 

 

 あの後、正也達が居る部屋の前から離れた後、海未は全てを舞華に打ち明けた。

 母親に諭されたからなのもあるが、彼女自身の振り払いきれない想いが、最終的に海未に正也との約束を破らせたのだった。

 

 

「大丈夫ですよ、考え過ぎです。それに人生に必ずしも正解の選択肢はありません。正也君だって悩んだ上の決断なら、その背中を押した海未さんの選択も、決して間違いではありませんよ」

 

 

 海未の問いかけに、笑って海未の選択を肯定する舞華。

 

 

「で、でも、お母さん――むぐっ」

 

「――だから、もう考えなくても大丈夫だと言いましたよね、海未さん?」

 

 

 そんな答えでは納得しきれないというように海未は舞華に詰め寄ったが、しかしそんな海未の口を、舞華は人差し指で抑えて言葉を制した。

 

 

「大丈夫です、海未さんはもう十分に悩みました。あなたの決断は決して間違ってはいませんよ……だから、海未さんは正也君の味方で居てあげて下さい。

 ほら……みんなの所に戻って一緒に勉強してらっしゃい。それが、正也君の為に海未さんが今してあげられることですよ」

 

「――お母さん。……分かりました、そう言ってくれるなら、少し胸の憑き物が落ちた気分です。そう、ですよね、今私が正也の為にしてあげられることは、結局、それしかありません……」

 

 

 そう言って力強く断言する舞華の言葉に、海未は何処か晴れやかな様子でそう答えると、舞華に一礼した。

 どちらが正しいか正しくないの判断がつかないのならば――難しいことを考え過ぎず、自分はただ正也の味方で在る事――それが今の自分に出来る唯一の事だと海未は決断したのだ。

 

 

「ありがとうございますお母さん――おかげで、私は迷わずにいられそうです」

 

「そうですか、それは良かったです。じゃあ……この話はここまでですね」

 

「あ、後……お母さん。この話は……」

 

 

 誰にも話さないで欲しい――とそう言って海未が続けようとしたが、一人に話してしまったからどうでも良いと思わず、正也との約束を守ろうとする真面目な所をやはり母親はお見通しのようで、舞華は海未に笑ってこう言う。

 

 

「――ええ、分かってますよ。この話は私の胸の中にしまっておきます」

 

「良かった……ありがとうございます。じゃあ、私は正也の所に戻ろうと思います。

 そろそろ心配される頃でしょうし……」

 

「ええ……勉強頑張って下さい。後、穂乃果ちゃんの勉強を見てあげるのは良いですが、しっかり自分の勉強もしなさい。自分の実力より下の高校を受けるからと油断していたら、試験当日に痛いしっぺ返しをくらいますよ」

 

「はい、もちろんです!」

 

 

 明るい声の調子で海未はそう言い、正也達の居る客室に戻っていく。

 

 

 海未が客室に入るのを見届けた舞華は、静かにもと来た廊下を逆戻りする。

 気付けばその表情は、先程まで自分の娘に向けていた暖かなそれとは正反対の、厳しいものになっていた。

 

 

 

「……借金ね……成る程、今までひかりちゃんの態度が変だなと思った事は時々ありましたが、海未の話を聞いてようやく納得がいきました。

 なんで、私は今まで気が付かなかったんでしょうね……ひかりちゃんと響也さんが、そういう無理を押し通す人達だって事、私は(うしお)さんからよく聞いていた筈でしたのに……」

 

 

 

 廊下を歩きながら、舞華はそう言って自分の唇を噛みしめる。

 その表情に浮かぶのは、友達の苦難を気づけずに見過ごしてしまっていた自分に対する憤りと、それを隠していたひかりに対するありったけの文句と不満。

 

 

「ああ――こんなに怒ったのは久しぶりですね。潮さんが私に黙って他の女性と食事に行ったあの時以来でしょうか……? いえ、潮さんはあの時仕方がない事情があった分、まだ情状酌量の余地がありましたが――それがない分、今が一番怒っているかもしれませんね――私」

 

 

 そして、舞華は自宅の固定電話の前に立つと、ある人物の携帯電話番号に繋がる番号をブッシュする。

 

 

「海未さんごめんなさい――先程私は『胸にしまっておく』と言っただけで、『他の人に話さない』とは約束していませんので」

 

 

 舞華は自分の娘に対する謝罪の言葉を軽く口にした後、受話器を耳に当て、コール音を聞きながら相手が電話に出るのを待つ。

 

 

「正也くん……大人(わたしたち)が、今まで気づいてあげられなくてごめんなさい。

 こんな重い荷物を今まで背負わせていたなんて――でも、もう大丈夫よ」

 

 

 胸に浮かぶ想いは、自らの不甲斐なさの所為で今まで悩ませ続けてしまった少年に対する、心からの謝罪と――決意の想い。

 

 

「子供が大人の都合に翻弄されるのはもう終わり。――ここから先は、私達大人に任せておきなさい」

 

 

 そして、数コール後に電話の発信音が止み、相手が電話に出た。

 

 

『はい、舞華さん? 一体どうしたのこんな時間に……』

 

日与子(ひよこ)さん。さっき、娘から聞いた話があるんだけど……聞いてくれるかしら?」

 

『……重要な話みたいね。良いわ、聞かせて。

 私も今丁度、次の職員会議に提出する書類作業をまとめ終わったところだから、時間はあるわ……どうぞ』

 

 

 そして日与子に促され、舞華は海未から聞いた話を全てそのまま話し始めたのだった――

 

 

 

 

 

 

 

――『もし、あの時ああしていたら』……という、『もしも(If)』の話を考えたことがあるだろうか?

 

もしも――幼い頃の穂乃果が気まぐれを起こさずに、公園の隅に居た正也に声をかけていなかったら?

 

もしも――小学生の時に正也が、弱い自分を変えたいと思わず、木の上から落ちそうになっていた穂乃果を、何も助けようとせずにオロオロと見守っているだけだったら?

 

もしも――自分を変えようとひた向きに真っすぐに努力する正也の誠実な姿勢に、海未という少女が()かれていなかったら?

 

もしも――正也の担任の教師が、正也の将来を心配して期限ギリギリまで粘り、正也の進路希望に反対を続けていなかったら?

 

 

そして、もしも――正也が海未に自分の置かれた状況を話す事なく、一人で抱え込み続ける道を選んでいたとしたら?

 

 

――断言しても良い、この今まで積み上げて来た幾多(いくた)もの『もしも(If)』が、どれか一つでも欠けていたら、この電話がこの日この時に、日与子の元に通じる事は無かったと。

 

そして――そう、今なら言えるだろう。

 

この電話こそが、()()()()()()()辿()()()()()()()()()()を、大きく変える事になる重大なターニングポイントになった。

そしてそれこそが――これから先の物語を繋ぐ、『伝説』の始まりとなったのだと――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞華から全てを聞いた日与子は、情報を伝えてくれた舞華に対する礼を言葉少なにすぐさま伝えた後、受話器を叩き付けるかのような勢いで速攻で切り、すぐに行動を開始した。

 

 朝から今の時間まで、約八時間以上もの時間を費やして作成した資料全てを、日与子はまとめてシュレッダーにかけゴミ箱に捨りこみ、そして彼女は、静かに熱を帯びる怒りの焔をその瞳に灯しながらスマホを操作し、織部家の固定電話の番号に電話をかける。

 すると数コールの後すぐにその相手は電話に出た。

 

 

『あ、日与子? あなたが電話かけてくるなんて珍しいわね~?』

 

「ひかりちゃん……急で悪いんだけど、一人で近くのファミレスにまで来てくれないかしら? そこで――とっても“大事な話”があるの」

 

『――大事な話……まさか、何か困った事があったの!? わかった! 待ってて、五分――いや、三分で今すぐそっちに行くわ!』

 

 

 ひかりはそう言うとすぐさま電話を切り、急いで家を飛び出し日与子に指定されたファミレスに向かってひた走るのだった。

 

 

 

 そして――巻き戻した物語の時計の針は再び、正也が響也に高校に行かずに働くと啖呵を切った瞬間に戻る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ここまで読んで頂いてありがとうございました。
また今回の続きである次回は、明日か明後日かぐらいに投稿しますので、またよろしくお願します。

また前回の話で高評価をしてくださった
幻猫さん、ありがとうございました!

そして、お気に入り登録してくださった方や感想を書いて下さった方にも大きな感謝を――
では、次回もまた良ければ読んで頂けれは幸いです。


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