「やっぱ、先生は認めてくれなかったか……」
学校からの下校途中、俺は一緒に帰っていた穂乃果達と別れてから、その後家に帰る気にもならずに1人でぶらぶらと町中をあてもなくさ迷い歩いていた。
その道中ついつい呟いてしまうのは、学校で行った先生との話し合いの結果に対するほんの少しの文句だった。
「まぁいいか……とりあえず俺がふざけてあんな事書いたんじゃないって伝わって貰えただけで、最初の話し合いの結果としては良い感じだろ」
でも最低限先生に自分が真剣だってことだけは伝える。
その目的が達成できただけで良いと俺は自分を納得させた。
そう……俺はただ、“高校に行きたくないから”って駄々こねるだけの子供っぽい理屈は並べてはいない、しっかり将来の事も考えていたはずだ。
俺はそう思いながら、職員室での先生との会話を思い返す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『
『はい、分かってるつもりです』
職員室の担任の先生の机の前で、俺は厳しい顔をした先生と二人で向かい合って座り、開口一番に2人でそんな会話を交わした。
いつも面白くて皆から愛される明るい性格が人気の先生が、今はその明るい雰囲気を取り払って重く真剣な様子で話を切り出してきたところから察するに、やっぱり俺の進路に反対しているのがひしひしと伝わる。
大丈夫だ……予想してたはずだろ俺、進路用紙を提出した時からこんな風に反対される覚悟はできていた筈だ。
そう思って俺は、自分の固い意志を伝えるつもりで、ジッと俺に厳しい目を向ける先生の事を真っ直ぐ目を逸らさずに見つめ続ける。
そんな俺に、先生はため息交じりにこう言った。
『はぁ……織部君。僕は生徒の進路指導をする上で、
生徒会の仕事をきっちりこなし、勉学も疎かにすることも無く、生徒と……そして、
『それは、先生が問題にしなければいいだけの話じゃないんですか?
このまま俺はその進路で行かせてください。じゃあこれで話は終わりですね――では」
俺はため息をつく先生にキッパリそう言って、席を立とうとした。
『待ちなさい。その屁理屈が通らないって事ぐらい、君なら分かるはずだろ?』
そんな俺の手を取って再び席に着かせた後、先生は机の上からファイルをおもむろに取り出して、俺の名前が書かれた進路希望の用紙を一枚、机の上にスッと置く。
そこには、俺が書いたのだから当たり前ではあるが――紛れもなく俺の字で、中学卒業後の進路の希望の欄に“就職”と記入されていた。
『で……これの理由を聞かせて貰おうかな、織部君』
『そんなの……理由なんて一つですよ、俺は働きたいんです。それじゃ、ダメですか?』
『働きたい……ねぇ、簡単に言うけど、その年で就職先を探すのがどれだけの苦労になるのか君は知ってるのかい?
もしその意志が本気なら、君はこれからどうやって就職するのか、そして、就職してからどうするのか……君がどれだけ未来の事を真剣に考えているのか、それを聞きたいところだね』
そう言って先生は険しい目線で俺を射抜く。
上等だ……こっちだって簡単に同意してもらえる話だとは思っていない。
そう思って俺は、前々から計画していたことを話すために口を開いた。
『――働いてるアルバイト先の社長に相談しに行ったら、たとえ中卒でも何とか面倒を見てくれるって、俺に言ってくれました。
そこで働きながら金を稼いで、それが一定額溜ったら、通信教育や夜間学校とかでなんとか高卒の資格を得て、それからまた就職先を探すつもり――そう考えてます』
そんな俺の計画を聞いた先生は、急に発生した頭痛を抑えるように片手を頭に置きながら、また長い溜息をついた。
『――はぁ……織部君。なんというか君は、時々中学生とは思えないほどの行動力を見せるね、気が付いたら話がトントン拍子に決まってる辺り……まるで
でも同じ無鉄砲でも、もしかしたら君の方が
あの子は周りを巻き込む所があるから、何があってもわかりやすいけど、君は黙ってどんどん先に行って……気が付けは遥か遠くに君は居る。
今まで、それを誰かに相談しようと思わなかったのかい?』
『こんな事、みんなに相談したら反対されるのぐらい目に見えてます。だから俺は今まで黙ってきました』
こんな事を誰にも相談せずに決めた事に対する、穂乃果達への罪悪感は勿論ある。
でも、それ以上に……俺はみんなに心配をかけたくなかったんだ。
みんなは、もうすぐ自分の受験がある。
海未とことりはまだ良いとしても、問題は穂乃果だ。
いくら今年も定員割れが噂されているという音ノ木坂学院と言っても、そこは“公立校”。それなりの点数の合格基準点は存在するのだ。
その点に今でギリギリのラインの穂乃果にこんな事を相談して、勉強の邪魔になる心配をかける訳にはいかない。
だから俺は、穂乃果に少しでも気取られないように俺は全力で隠し通して来た。
きっと俺の心の中を覗くような存在が居たとしても、バレないぐらいに今まで完璧に振る舞ってきた――そんな自信がある。
『……そうかい。君がそこまでの覚悟で言っているのだったら、教え子の意思を尊重する“教師”としては、君の事を応援してあげたいよ、僕は』
『せ、先生……!』
『でも人生の先輩として……1人の“大人”としては、簡単に賛成できない話だ。
織部君、君が就職したいって言った時に、そこの社長さんは心から喜んでくれたかい?違うはずだよ?』
『それは……』
俺は先生の言葉を聞いて、いつも俺の事をもう一人の息子のように扱ってれるアルバイト先の社長が、嬉しさ半分悩み半分……というような顔で俺に言った言葉を思い出す。
『正也君みたいに真面目で、そして明るい子がウチに来てくれるなら、おっちゃんはとっても嬉しいよ』
『でもおっちゃんはね、君は……こんな小さな会社に入って、未来の可能性を閉ざしてしまって良いような、そんなスケールの小さな若者じゃないって思うんだ』
『だから、ウチに来る前にもう少し考えてみないか正也君?』
『なぁに、おっちゃんは正也君の決断をゆっくり待ってあげるからさ!
――大いに悩めよ……若者!』
雇ってもらうことをオーケして貰えたという嬉しい思いで、真剣に受け止めなかったそんな社長の言葉が、今頃になってチクチクと俺の胸を刺す。
でも、もう決めたんだ。
普通の人が送るような高校生活なんて俺には要らないんだ。
デザインの良いカッコいいブレザーを袖に通して、今日一日どんな事が起こるかを想像して楽しみにしながら高校に登校する時間も――
中学とは違って難しくなった授業内容に文句を言いながらも、友達と一緒にわいわい騒ぎながら分からないところを教え合う時間も――
そして、高校で新しい部活に入って、そこで出来た仲間と一緒に目標に向かって努力する、そんな輝かしい時間も――
……その全てが俺には要らない時間なんだ。
そうだ、だから俺は羨ましくなんてなんともない。
だって、俺は―――!
『――ふう、今はこれ以上話しても無駄みたいだね。
さて、そろそろ授業が始まる時間だから、今日の所はこれで終わりにしようか』
『はい……わかりました』
『また、後日話し合いをしよう。
大丈夫だ、織部君が本気だって事は分かった。でも、次はもっと視野を広く持って、就職以外の進路も考えるようにしておいて欲しいかな……じゃあまた教室で会おう、織部君』
今日はこれ以上話しても無駄だと悟ったのか、
■ ■ ■ ■ ■
「なんで……気が付けばここに来てるんだろうな?」
俺は考え事をしながら歩いていたら、いつの間にか周りの景色が古風な街並みの通りから雑多なビル群に変わり、大通りを人が大勢歩いているのに気が付いた。
俺は慌てて周りを見回し、いつの間にか自分が秋葉原の中央通りの方まで来ているという事実に気が付くまで、たっぷりと五秒の時間を要してしまったのだった。
全く……どれだけ長い時間ボーっとしてたんだ俺は。
本当になんなんだろうか
もしかしたらこの場所は、不思議と人を集める何かのオーラでもあるんじゃなかろうか?
そうだったら今のこの街の発展ぶりも頷ける話だ。
俺はそんな事を考えながら人混みの中で立ち止まる。
すると、前方から歩いてきたサラリーマン風の男が、俺を鬱陶しそうな目で見ながら、半身で俺の事を障害物か何かのように躱し、そのままこちらに
「感じ悪いな……もう……」
俺はそのサラリーマンの背中を、やるせないような気持ちになりながら見送った。
「はぁ……もういいや、ここまで来ちゃったんだし、せっかくだから久しぶりに“あそこ”に行くか」
そんな発展都市特有の人の冷たさを感じて、ただでさえ落ち込んだ気分がさらに落ち込んだ俺は、うんざりしたようにそう吐き捨てる。
やっぱり、
そんな思いを胸に抱き、目的の場所に向かって歩き始めた。
そんな俺が向かう先は、秋葉原の中央通りから少し外れた所にある、ちょっとした個人店が立ち並んでいる小さな通り。
俺はその通りを歩きなれた足取りで目的の店まで一直線に歩き、そして立ち止まる。
「――この店に来るのはだいぶ久しぶりだな、最後に来たのはいつだっけ?
そうだ、小学六年の時以来か……懐かしいなぁ」
俺は懐かしい思いを抱いてそう呟き、そしてその店の前にまで近づいた。
そう、ここは……この秋葉原の中で多分俺が唯一好き“だった”場所。
その場所の名は“
ここは父さんが、俺が
そして、
俺はその店の閉じてしまったシャッターに手を当て、そしてその表面を優しく撫でた。
「もうこのシャッター、随分と錆付いちゃってるな。
そりゃそっか、この店を父さんが閉めた時からもう三年も経ってるんだもんな……手入れもロクにされてないんだし、当然っちゃ当然か」
もし俺が今誰かにこうなってしまった原因を説明するとしたなら、それはお昼のドラマを見ればよくある話になってしまうだろう。
底抜けにお人好しな自分の両親が、ある日訪ねて来た昔の恩人らしい人に、借金の“連帯保証人”になって欲しいと頼まれ引き受け……そして、その人に逃げられただけの、単純で、それでいて残酷な物語。
今でも俺はこの場所に来れば思い出せる。
小学校であった話をしながら、楽しく父さんと一緒に店番をした時の思い出。
お店によく来てくれた常連のお客さんに色んな楽器の事を教えて貰った思い出。
お客さんが居ない時に、父さんにギターの弾き方のコツをこっそりと教えて貰った思い出。
ここは俺にとって、そんな思い出がいっぱい詰まった、大切な場所だったんだ。
「……ねぇ、父さん……俺が早く働いて借金返してさ、いつかこの店を何とか復活させたいって思うの……そんなにダメな事かな?」
――俺の父さんはこの店を閉めてから、昔のツテを頼って何とか工事現場の仕事に就き、店を売り払っても未だなお残る借金を母さんと一緒に頑張って返している。
そんな生活をしている上に、父さんと母さんは、みんなに心配をかけたくないからと言って何とか外面だけは普段通りに振る舞い、周りの人にそれを上手く隠し通しているのだった。
事実、この前の土曜日に父さんは
『いや、日与子の事見てたら、俺もしっかりしないとなって思ってな。
いいか正也――行きたいなら、どんな高校でも遠慮せずに言えよ……金なら俺がなんとかしてやるから……“絶対”何とかしてやるから! だから……
そんな時、ふと頭の中でこの前の土曜日の夜、日与子さんを見送った後に父さんが俺に言った言葉が再生される。
「気にしないなんて、出来る訳ないだろ……父さん」
先生に早く働きたいと言ったのは、あくまで建前。
今でさえ家にはお金の余裕が無いんだ、だからこれ以上お金で負担をかけさせるなんて事……俺は絶対にしたくない。
今だってそうだ、自分で使うお金は全てアルバイトをして稼いでる。
そう思いながら、自分の制服のポケットの中に入っている携帯電話を握りしめた。
この携帯は俺が自分で使用料金を支払っている……紛れもない俺の携帯。
そう俺は、一刻も早く親元から離れて経済的に自立したかった。
だから、俺は高校には行かないって決めたのだ。
「親に迷惑をかけずに、自分の人生は自分の力で切り開く……うん、今の俺って、最高に“カッコいい”よな」
俺は誰に聞かせるでもなく、決意の形を口にして呟く。
しかし、そう呟いた瞬間何故か不思議と胸が痛くなるような気分を覚えた。
なんでだ……俺は間違った事をしてる訳じゃないだろ? ――そうだよな?
俺がそんな事を考えていたその時、ここからそう遠くない所から1人の男の怒鳴り声が聞こえて来た。
「おい、コケにすんのもいい加減にしろよ女ぁ……! あの古臭い“オトノキ”通いの貧乏人風情がぁ!
ちょっと自分があのガラクタ市みたいな骨董品女どもが集まる中で、マシな容姿してるからって、お山の大将気取ってんのかぁ!?」
俺はその声を聞き、一瞬で誰かがもめている雰囲気をを感じ取り、その怒鳴り声のする方にほぼ反射的に駆けだした。
……よりによって、
怒りに燃える思考でそんな事を考えながら、声のした現場である細い路地の方に辿りつく。
すると、そこには白いブレザーを着た制服姿の男が三人と、その男達の後ろの陰になって顔は分からないものの、紺色のブレザーにチェックのスカートを履いた女性の姿があった。
「その強気なツラ……今に泣き顔に変えてやるよ!」
そして三人の男の内のリーダ格のチャラそうな金髪の男が、その女性に向かい拳を今にも振るおうとする――その瞬間の現場を目撃する。
――アイツだな。
現場を見、善悪を瞬間的に判断――そして行動。
「……おい、やめとけよ」
俺はその男と女の人の間に瞬時に割って入り、女の人に向かって振り下ろされる男の拳を掴んでそのまま金髪の男の背後に回り込み、その肩を抑えて関節を
「――っ! 痛い痛い痛い痛い痛い!! 何だよテメェ!」
「名乗るほどの者じゃねぇ――たまたま
何があったか知らねぇけど、女相手に男三人がかりで暴力はいけないって思うぜ?」
俺は金髪の男を抑えつつ、いきなり現れた俺に対して敵意を向ける残り二人の男に睨みを効かせながらそう言った。
「あ……!」
「おおっと! 心配しなくても大丈夫ですよ、“オトノキ”のおねーさんっ!
あなたの事は、バッチリ俺が護ってみせます!」
その時、後ろに庇っている女の人が何かを言おうとしたが、俺はその言葉を遮ってカッコよくそう宣言する。
とりあえず、この男と目の前にいる男二人は制服の色とデザインから判断するに、恐らく、“UTX学園”の男子生徒だろう――そして、後ろにいる女の人は“音ノ木坂学院”の生徒……となると、このもめ事の原因は大体察しが付くな。
相手は三人、年上の男だけど喧嘩の腕は素人に毛が生えた程度……この程度の相手なら、
「調子乗んなこのキザ野郎!」
「リョー君から手を放しやがれ!」
俺の余裕の態度に腹を立てたのか、目の前の男二人はそう言いながら俺に殴りかかってくる。
ってか今抑えてるコイツって、リョー君って名前なんだな。ま……どうでも良いけど。
さて――こんな騒ぎを起こしてくれて、さっきまでの落ち込んでた気分にさらに水を差してくれた礼だ。
なるだけ“正当防衛”の範囲で、派手にカッコよく決めてやる!
「そんなに離してほしいんなら、離してやるよ!」
「そうだよ離……ああっ!?」
俺はそう言って、今まで“リョー君”の肩を掴んでいた手を離すと、そのままリョー君をこっちに向かってくる二人の方に押し飛ばす。
「「おおおッッ!!??」」
「――クッ、畜生!」
一人の男が俺が押し飛ばした“リョー君”に正面衝突し、そのまま二人で倒れ込む。
しかし、それを躱して残った後一人の方はまだこちらの方に向かって来る。
でも怒りに任せた所為か、拳を大ぶりに振って予備動作が大きいので攻撃の軌道を読むのは簡単だ。
……これなら俺でも
「これでも喰らいやが……っ!?」
「――遅いんだよ」
殴りかかる男の懐に瞬時に入り込み、その手を掴んで流れるような動きで男を背負い込み、殴りかかって来た男の力の勢いを利用しながら、勢いよくその男を背負い投げた。
「――カハッ!!??」
地べたに叩き付けられた男は、自分の身に何が起こったのかも分からないような顔をしながらも、その衝撃で肺の中の空気を一気に吐き出す。
俺が今再現した動きは、この前の二次元文化研究部の一件で海未が体格差のある男を投げ飛ばす時に見せた、力の流れを利用し最小の力で最大の“結果”を生み出す古武道の技術――海未が素手の時によく得意とする技だ。
もっとも、天性のセンスを持つ彼女だからこそ自由に使いこなせるのであって、俺みたいな凡才にはてんで使いこなせない技術なんだけど……どうやら今は調子が良いみたいだな。
「コイツ……やりやがったな!」
「覚悟しろッ!」
一人撃退した直後、さっき倒れた“リョー君”と1人の男が起き上がり、同時に襲い掛かって来た。
そのまま二人は俺に一撃を入れようと躍起になって、拳や蹴りを振り回し続ける。
でも残念ながら、コテコテの武道家で1対1なら最強の海未とは違って、どちらかというと
二人から放たれる拳と蹴りの嵐を、今までの喧嘩の経験からくる勘を働かせながらも、キッチリと全て見切って躱し続け、二人の攻撃の隙を冷静に見極める。
「なっ……コイツ、俺達の攻撃が当たらな――カフッ!?」
「ニワカ仕込みのコンビネーション。そんなんで、やられてやる訳には行かないな」
驚いた男が喋ったその隙を見て、俺はその男の鳩尾に容赦なくミドルキックを叩き込んだ。
白目を剥いてその場に倒れ込む男……やっばい、正当防衛の範囲を超えてやり過ぎたか? いや、向こうも全力で殴って来てんだから仕方ないよな、うん。
「て、テメェ……もう容赦しねぇぞ!!」
すると倒れた仲間を見て、リョー君が俺との実力差を理解して逆ギレしたのか、懐からバタフライナイフを取りだし、刃の部分を俺に向けて興奮したようにそう叫んだ。
どうせ、刃物でビビらせれば何とかなると思ったんだろう。なら、相手を間違えたな。
――むしろ、
俺は怯む事無く、その男に向かって突進する。
「ハァッ!? 狂ってんのかお前ェェーーー!?」
男は想定外すぎる俺の行動に驚愕し、そのまま俺の接近を防ぐために無茶苦茶に刃物を振り回した。
俺はその無軌道に振り回される刃物の
「――ッ!」
瞬間、頬にひりつくような感覚を感じる。
どうやら滅茶苦茶に振り回された所為で躱しきれず、刃物の切っ先が
でも、こんな痛みぐらい気にしてられっか……!
「そんな物騒な
「ゴッ……!!」
その男に拳が届く範囲にまで迫った俺は、ギュッと握った右拳を全力でその顔面に叩き込んだ。
拳を顔面にストレートに受け、後方に飛んで倒れたソイツはそのまま地面に倒れてのびてしまった。
「悪いな――俺は昔、
地面にのびた男に向かって、そう吐き捨てるようにそう言い捨てた後、俺はさっき背負い投げた男の方に目を向ける。
「さて、そこで倒れてる“フリ”してる奴――今の見てもまだやるか?」
「――っ!!?? く、くっそ! 覚えてやがれぇ!」
俺の投げを喰らって倒れたふりをしていた男は、そんな三流のセリフを吐き捨てて地面にのびている二人の肩を担ぎ、一目散に逃げて行った。
「はぁ、捨て台詞もテンプレなド三流のチンピラか……カッコ悪い。
あれがあのUTXの生徒ってんなら、例えどんなに良い学校でも、そこに集うのは“良い生徒”とは限らないって事を証明する良い例だな全く……」
俺は逃げていく三人を見ながら、そんな感想をぼそっと呟いた。
さて、アイツらの事はもういいか。とりあえず今は、後ろにいるお姉さんを安心させないと―――
―――そう思った瞬間だった。
「ふぅ……とりあえず色々言いたいことはあるけど、ありがとう正也君……助かったわ。
それにしても一年ぶりだけど、君は全然変わって無さそうね」
俺の背後から聞こえてくる、忘れるはずもない“その声”。
その声は、今日見た夢の中で聞いた声と全く同じで―――
俺はまるで油の差していないロボットのように、首だけでギギギッとゆっくり後ろを振り向く。
すると俺の目に入ったのは、目の覚めるような金髪ポニーテールに、澄んだサファイアブルーの瞳。
くっきりと整った目鼻立ちで、道行く人に尋ねれば10人が10人とも“美人”だと答えるようなその美しい容姿。
その人は、俺の一番憧れだった――いや、
「あ……あ……
「――わっ!? そ、そんなに驚かれるとビックリするじゃない正也君……」
「す、すすすすすいません!! ま、まさかこんな所で会えるとは思ってもいなかったのでつい!!」
そう、俺の目の前に居たのは、先代の音ノ木坂中学の生徒会長――
「もう、そういう所も変わってないわね――って正也君、血が出てるじゃない! もしかしてさっきの……」
目をビックリしたように見開かせた先輩の言葉に、俺はヒリつく自分の頬に手をやると血が流れてるのに気が付いた。
これは……さっきの“リョー君”って奴のナイフのかすり傷か……血が出るまで深く傷ついてたんだな。
「あ……確かに。でも大丈夫ですよ! こんなかすり傷程度、ツバでも付けとけばすぐに治ります!」
「そういう訳にはいかないわ、ほら、行くわよ正也君」
「えっ……えっ……せ、先輩……!?」
絢瀬先輩はキッパリそう言うと、俺の腕を掴んで引っ張って行ってしまう。
ああ……自分の意見を押し通すこの強引な所……間違いなく絢瀬先輩だ! 夢じゃない!
せ、先輩が俺の手を掴んでこんな近くに……!
もしかして、これは夢なのか……? いや、夢じゃない……!
「ここから一番近い所で座れる場所は――あそこね、あと、正也君の怪我の治療もしないと……今日は財布の中身に余裕があって良かったわ、消毒液とか絆創膏を買わないといけないし……」
ああ……今日は色々嫌な事があったけど、そのおかげで絢瀬先輩に会えたんだったら、もうこれだけで全部チャラでいいや……
何やらブツブツ先輩は言っているようだが、俺はそんな事を気にも留めずに、先輩と一緒に歩けているこの幸福感に身をゆだねる事にしたのだった。
感想を書いて下さった方と、新しくお気に入り登録してくださった方々すべてに心からの感謝を――
また、この度新しく評価をしてくださった方々
お寿司さん、kiellyさん、ケチャップの伝道師さん、サロメさん、シベリア香川さん、マナミズさん
以上の皆様に心からの感謝の意をこの場を借りて述べさせて頂きます、ありがとうございました。
では、誤字脱字や感想などがございましたら、是非お気軽に感想欄にどうぞです!