某所で初恋雷ちゃんと聞いてびびっと着て書いたのですが、書きたいもの詰め込み過ぎて迷走したあげく恋愛要素激薄になっちゃったよ、ごめんね。

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司令官、大好き!

 

 

 

 

「お姉ちゃん……本当に行くの?」

 

 と、五人兄弟の中で三番目、今年で九歳になる弟が不安げな表情で一番上の姉を見上げる。当然だろう、彼女はこれから数年間、この家族から離れて艦娘として深海棲艦と戦うのだ。事実上の軍役である。もちろん場合によっては命だって危ない。事実激しい戦いで沈んでいったという少女は多くいると聞く。だがその代わりに艦娘になれば高額な手当と給与が与えられ、家計の苦しい家に大きな潤いをもたらすことだってできるのだ。

 そして適性検査の結果、艦娘の適正があると判断された。ここまでくれば彼女の決断は早かった。

 

「ごめんね。でも私が頑張ればみんなにきっと美味しいものを食べさせられるわ。しばらくの間会えないけど、お休みだってもらえるからその時にはきっと帰るわ」

「本当に?」

「もちろん。約束するわ。だからもうちょっとたくましくなるのよ」

「……うん」

 

 と、弟は渋々納得したように頷いた。恐らくまだ納得行ってないのだろう。だがもう戻れないのだ。心が痛むが、彼女はこの決断を取り下げる可能性は全くなかった。

 

「じゃあ、あとは頼むわね。みんな、仲良く暮らすのよ」

 

 と、十一歳になる次女に彼女はあとを託す。次女もまた少しばかり浮かない表情ではあったが、それでもこれは必要なことなのだと理解している。その両手には五歳になる双子の兄妹。妹弟たち四人を残して家を出るのは胸が痛むが、これしか方法が無いのだ。

 

「お姉ちゃん……頑張ってね」

「うん。行ってきます!」

 

 

 

 司令官、大好き! 

 

 

 

 窓から差し込む日の光が、絨毯で埋め尽くされた廊下を照らし出す。その移動空間は、彼女が今まで見てきた駅前ビルや友達のマンションなどとはまったく違う豪華な内装であり、衝撃を刻み込むには十分すぎる代物だった。

 ゆえにこれから自分の上官になるであろう人物へのもとに近づくたびに、緊張が高まっていく。いかにも『偉い人ここに居ます!』といった雰囲気を出すその部屋の扉の横には『提督室』と書かれていた。達筆に書かれた三文字を見て、ぶるりと体が震える。ついに来た。大事なのは挨拶である。緊張するが、ここではっきりと自分の印象付けをすべきだと彼女は知っていた。だから臆することなく、堂々とドアをノックし、中から『どうぞ』と返事が来るまでまった。

 

 しかしである。ノックをして十秒ほど経過したのだが、何のアクションも起こらない。おかしい、部屋を間違えた? そんなことを思いながらもう一度扉の横にある表札を見る。間違いなく提督室と書かれていた。という事は留守なのだろうか? いや、先ほど大淀に聞いた際は到着時間に合わせて部屋で待っているはずだと言っていた。ならいてもおかしくないのだが……と。

 

「ぜぇ、はぁ! ぜぇ、はぁ!」

 

 と、男性の荒い息遣いが聞こえて顔を向けると、顔全体に汗をびっしょりと流し、疲労困憊の表情を浮かべる男性がフラフラになりながら走ってきていた。思わずぎょっとしてしまう。が、身にまとっている服は真っ白な軍服で、その肩に目を向けると少佐の階級章。という事は彼がここの提督なのだろうか? いや、間違いなくそうだろう。少佐と言えば提督になるに必要な階級である。そして見た雰囲気では大急ぎでこの部屋に戻ってきた、といったところだろうか。

 

 目の前の提督(?)は、雷の三歩ほど前で停止し、膝に手を置いてどうにか倒れまいと踏ん張る。噴き出していた汗が一斉に床に降り注いだ。

 

「え、えっと……大丈夫?」

 

 あまりにも汗の量がすごかったため、思わず持っていたハンカチを差し出してしまった。提督であろう人物はしばらく息苦しそうにしていたが、ちらりと顔を上げると体を起こしてハンカチを受け取り、汗をぬぐう。

 

「す、すまない……君が来るのは知っていたのだが、うたた寝していたら時間を過ぎてしまってた……」

「い、いいのよそれくらい。ほら汗ふいて、この鎮守府のトップがそんなのじゃ示しがつかないわよ?」

「それもそうだな……あー、話には聞いている。とりあえず先にようこそと言っておこう。えっと……特Ⅲ型暁型駆逐艦三番艦、かみなり。着任を許可する」

「…………は?」

「え? いや、だから着任を許可するって……」

「いや、そうじゃないのよ。その前なんていった?」

「……特Ⅲ型暁型駆逐艦三番艦?」

「その、次!」

「……かみなり」

 

 絶句。かみなりと呼ばれた少女こと、特Ⅲ型暁型駆逐艦三番艦、雷(いかずち)は目を見開き、そしてむっと頬を膨らませながらこういった。

 

「雷(いかずち)よ! 雷(かみなり)じゃないわ!」

 

 

 

 

 一通りの着任手続きを済ませた後、雷はむすっとした顔で食堂に座っていた。向かい側には艦娘になる前からの幼馴染で、先に艦娘を志願し、初期艦として着任した電が苦笑いしていた。

 

「まったく、失礼しちゃうわよ! 私の事『かみなり』だなんて」

「まぁまぁ、司令官さんもわざとそう言った訳じゃないのでそんなに怒らなくても……」

 

 確かに抜けている所はあるが、それでもしっかりした所があることを初期艦である電は知っていたため、フォローを入れる。しかし、雷は平手で机をたたきながら勢いよく立ちあがる。残念ながら彼女の手は小さいため、そんなに大きな音はならず、むしろ逆に手が痛くなっただけだった。

 

「天然だからこそよくないわ! 仮にも艦隊を編成して艦娘を引っ張るべきこの鎮守府の最高責任者が自分の艦娘の名前も把握してないのよ! これはゆゆしき事態よ、他の艦娘が来たときに間違えでもしたら信用を大きく失うことになるわ。たとえば戦艦長門さんが来たとき、『ながもん』なんていったら41cm砲が部屋に大穴を開けて司令官吹っ飛んじゃうわよ!」

 

(噂では『ながもん』でも間違ってないそうですが)

 

 そんなことを頭の片隅に思い浮かべながら、電は引き続きフォローを入れることにする。

 

「けど、司令官さんは確かに抜けているところはありますけど、間違いなく私たちの命を預けられる、立派な人です」

「へー。たとえば?」

「んーと……」

 

 人差し指を顎に当てて、電は短くはあるがこの鎮守府の歴史を巡ってみる。一応自分は名前を間違えられずに済んだ。だがその後は何と言うか、始めての建造で謝って必要以上の数を使って建造を行ってしまっていた。最低限のレシピでよかったのに。

 いい所いい所……あれ、おかしいな。あまり思い浮かばない。何やら失敗談だけがやたら目立つ気がするのだがおかしい。いい所が無ければそれなりに好感は持てないのに、びっくりするくらい良い所が浮かばない。だが、いい所はある。でなければ今までやって来ていないのだ。

 

「……ともかく、しばらく過ごせば分かるのです」

「ふーん……」

 

 ちゅごごご、と雷はメロンソーダを飲み干すと、何かを決心した表情になり、うむうむと一人で頷いた。それを見て電は、ああなにか考え付いたんだなと予測がいく。

 

「決めたわ! 電、あなた今秘書艦やってたわよね?」

「はい。ずっとやってますけど……」

「だったら私と変わってちょうだい! 私が秘書艦をやって、司令官を鍛えなおすわ!」

 

 鍛えなおすってどうやって、と突っ込みを入れたかった電ではあったが、彼女の顔を見る限り完全に本気であることが伺えた。これはきっと断っても折れるまで言い寄ってくるに違いないと察しが行き、電は了承することにした。

 

「分かりました。私の方から司令官さんにお伝えします。ただ、いきなり引き継ぐことはできないので、二日間くらい私の付き添いで仕事をしてもらうのです」

「全然かまわないわ! ガンガン教えてちょうだい!」

 

 あまり成長していない胸を張り、雷はえっへんと得意げな顔になる。この仕草、姉妹艦である暁にそっくりだった。仕事は結構あるが大丈夫だろうかと電は思うが、まぁすぐになれるだろうと結論付けた。結果として、雷は十分秘書艦をやれるだけのスキルは持ち合わせていたのだから。

 

 そうして雷の秘書艦研修は電の指導もあって特に問題なく終了し、晴れて鎮守府を背負う秘書艦としてのデビューを果たした。提督は着任して日の浅い雷に任せて大丈夫だろうかという不安はあったが、研修時点での仕事ぶりを見れば問題ないことは明確であったため、素直に受け入れることにした。

 

 まぁこれが何と言うか、開けてびっくり玉手箱な物で雷は電よりもガンガン仕事をこなし、提督どころか他の艦娘達をも驚かせた。

 

「司令官、この書類まとめておいたわ! 一応あとでチェックしておいてね」

「司令官、今日の晩御飯は肉じゃがよ!」

「もー、どうしたの? 今日は元気ないわね。え、徹夜? そんなにお仕事残ってたの? 言ってくれたら手伝ったのに!」

「はーい司令官! お夜食作ったわよ! え、寝たんじゃないのかって? 司令官が頑張ってるのに私が寝る訳にはいかないわ!」

「ほらおいで。耳掃除してあげるわ。大丈夫よ、妹や弟たちで慣れてるから」

「お帰りなさい司令官! お部屋掃除しておいたわ。それと書類の区別がしやすいように要らないダンボールを使って仕分けるようにしたわ。どう?」

 

 彼女の働きぶりを見ると命がけで提督の事を支えようとしているとしか思えず、彼女の世話焼きスキルの高さに驚かされる。一応資料では雷を志願した彼女の家族構成は五人兄弟の長女と聞いており、恐らくそれが影響しているのであろう。

 

 それにしても油断していたら彼女に甘え切ってしまいそうである。慣れない提督業にやっと慣れてきて、少し息を吐きたいと思っていた矢先にこうも甘やかされるとこのまま溶けていきたいと提督は思ってしまう。

 

 しかし甘えてしまうのはよくない気がする。自分のためにも時折り秘書官を外した方がいいかと考えるが、料理を作ってくれたり、頭を抱える量の仕事を笑顔で手伝ってくれてなお且つ第一艦隊水雷戦隊旗艦も務めている雷は本当に楽しそうに毎日をこなしていた。彼女も喜んでやっていることだし、それにストップをかけるのはよろしくないと判断し、提督は一月ほど彼女に秘書艦を任せることにした。

 

 

 

 

 そんな日々を送りながら雷は今日も第一艦隊旗艦として出撃するために艦娘用の出港スロープに立っていた。艤装を背負い、出撃前の最終チェック。主砲よし、魚雷発射管よし、主機も問題無し。缶の音は好調そのものである。

 

「みんな、準備はいいー?」

 

 雷は自分の後ろで同じく艤装のチェックを進める艦隊のメンバーに目を向ける。電と響に暁の第六駆逐隊。そして夕立と時雨の合計六隻である。

 

「当然よ。レディは準備も素早くそして華麗に済ませるんだからね」

「姉さん、魚雷装填してない。そのままだとただの案山子」

「ふぇっ!?」

「暁ちゃん抜けてるっぽい~」

 

 あはははとメンバーたちの中で笑い声が上がる。ただ一人暁は不満げに頬を膨らませてぷんすかと怒るも、海に出ればさっさと忘れてしまうだろう。戦闘に出る前のいつものやり取り。そんな中雷はふと鎮守府本館の一室に目を向ける。

 窓が開かれ、その中から提督がこちらを見ていた。艦隊が出撃する時、彼はいつも窓を開けて見送ってくれている。雷はそれを心強く感じ、必ずそれに答えるという信念がすっかり定着していた。

 提督室から見送る提督に向けて大きく手を振り、提督もまた振り返してくれる。元気の補充は完了。あとはしっかりと任務をこなすだけだ。

 

「よし、全員準備完了! 第一水雷戦隊、旗艦雷。出港します」

 

 主機の缶が唸りを上げ、背負った艤装から煙が小さく立ち上がる。雷が海へと一歩踏み出し、そして僅かながらに前へと進む。後続の艦娘もそれに続き、全員が海へと着水した。

 

「微速前身。鎮守府湾内を出たら原速前身。キス島に向けて進路を取るわ。全艦、単縦陣形成!」

 

 雷を先頭に、六隻の駆逐艦は綺麗に一列に並ぶと、外洋に向けて旅立って行った。今日向かうのは艦娘達には通称「さんにー」と呼ばれているキス島の偵察である。最近北方海域に置いて深海棲艦の動きが活発化しており、僅かながらにその地で暮らす島民の安全が脅かされていると言うことから、敵深海棲艦の本体を撃破するまで島民に避難勧告が出された。

 

 しかし、避難勧告は出したのだが、キス島周辺には既に深海棲艦の目撃情報がもたらされ、救助用の輸送船が近づけない状況になっていた。今のところ島に直接攻撃をすると言った行為は見受けられず、島民は学校の体育館に避難をしている。最近は島近くで偵察機の目撃され、無視できない状況になったことから駆逐艦編成での偵察任務の後、輸送船団の突破口を開くという作戦が提出された。

 

 さらに、キス島周辺海域は独特の海流の乱れにより、小柄かつ高速で移動可能な駆逐艦でなければあっという間に島とは全く関係のない北側へ流されてしまう。そのためこの作戦は自動的に駆逐艦のみでの遂行を余儀なくされてしまった。

 

 なら、次に疑問になるのはどこの駆逐隊をキス島に向かわせるのかであった。全国の鎮守府を運営、管理をする大本営の審議の結果、駆逐艦運用に置いて最も優秀な成績を収めていた雷率いる駆逐水雷戦隊に白羽の矢が立った、と言う訳である。

 もちろん艦の種類の中で比較的装甲の薄い彼女たちだけに任せるには荷が重すぎるため、ギリギリ海流の影響が無く島に近づける場所で戦艦や空母で編成された別鎮守府の主力部隊の護衛を手配してくれていた。正規空母赤城率いる空母機動部隊は随時偵察機も飛ばし、情報を提供してくれる。今現在も雷の耳に情報が届けられていた。

 

「…………んー、敵影なし、か。目視で探してもなにも居ないし、なんだか静かね」

 

 雷は双眼鏡を覗きこみながら周囲を警戒する。海は穏やかで、気温が低くなったことを除けば天気は快晴である。海流は情報通り流れが激しく、ちょっと気を抜けばバランスを崩して流されてしまいそうだった。現にさっきもうず潮に巻き込まれて脱出に燃料を無駄に消費してしまった。雷は燃料計を気にしながら敵深海棲艦の情報に耳を傾ける。空母隊が送り出してくれた彩雲からの情報は未だに無かった。

 

「ねぇ雷、これだけ探しても見つからないならもしかして敵は北の方に抜けてるんじゃないのかしら?」

 

 暁が無線越しに話しかけて来る。確かにこの辺りの海流は北へ続いており、深海棲艦もその流れに乗って北側に移動している可能性もある。だが先も述べた通り、北側には戦艦で更生された主力部隊が待ちかまえている。艦影を見つけたらすぐに無線がドンパチ言うはずだがそれも無しであった。と言うことは。まだこの近くにいてもおかしくない。

 

「……いいえ、まだこの辺りに居るわ。もしかしたら小島の影で私たちを待ちかまえているかもしれないから、隠れられそうな島を見つけたらみんな報告してね」

 

 雷は一応武装の再確認をする。主砲に砲弾を装填し、魚雷発射艦の軽いチェックをする。妖精さんたちは万事オッケーのサイン。缶の回転数も良好だ。あとはキス島まで無事に近づければいいのだが。

 

 そう思った瞬間である。電の悲鳴に似た叫びが無線を貫いた。

 

「右舷に砲撃を確認! 戦艦級です!」

「隊列乱さないで、取舵一杯!」

 

 雷は艦隊がパニックにならないように声を張り上げて右に舵を切った。直後、自分たちが進んでいた進路上に無数の砲弾が降り注いだ。あのまま進んでいたらタダでは済まなかっただろう。嫌な汗が流れ出るが、気にしていられない。すぐさま双眼鏡を覗きこみ、敵を確認する。

 

「…………うそでしょ」

 

 雷が見たのは赤く目を光らせている戦艦ル級二隻の姿。その後ろから同じく目の赤い重巡リ級が二隻、駆逐ハ級が二隻接近していた。雷だけではない。駆逐水雷戦隊全員がその圧倒的火力の敵艦隊を見て頭が真っ白になっていた。だが、次の砲撃の光を確認し、雷は頭を大きく振って旗艦の回転数を上げた。

 

「みんなしっかりして! 敵の戦力をしっかり記録、北側で待機している本隊に連絡!」

 

 響が真っ先にその声に対応し、時雨に打診を命じた。他の駆逐艦たちも冷静さを取り戻して舵を切る。主砲回頭、目標敵深海棲艦。主舵一杯第二戦速。左側に敵の砲弾が突き刺さり、水柱が上がる。雷は敵艦隊の情報を可能な限り目に焼き付ける。これで敵の戦力の情報がほんの少しではあったが収集することが出来た。あとはどうにか突破してキス島最深部に展開している敵艦隊の情報が掴めれば御の字だ。

 

「こちら時雨、敵艦隊の情報を本隊に打診完了」

「オッケー。どうにかして突破したい所ね……正直きついけど」

 

 雷はちらりと後方から付いてくる艦娘を見る。みんな冷や汗をかいているが、怖気づいてはいない。ここで踵を返して撤退するのはナンセンスだろう。確かに偵察任務はこのんで戦闘を行うものではない。が、こう見つかった以上戦艦の射程内から逃れるのにも時間が掛る。なら真正面から突っ切った方がまだましだ。無茶は承知だが、雷は決断する。

 

「旗艦雷より全艦へ! これより敵の艦隊へ突撃、そのまま強行突破するわ! たぶん無事じゃ済まないわ……」

「こちら響、一応聞くけど逃げるって選択は?」

「たぶんどっこいどっこいよ。それに……ちょっと気になるわ」

「気になる? なにがだい?」

「……いや、今はいいわ。他に意見のある子は居る?」

 

 雷の問いかけに、誰も首を振らない。もともと駆逐艦のみと言う無茶承知の作戦である。ここまで来たら一緒だ。雷は一安心した。

 

「なら行くわよ! 総員、第二戦速主舵二十!」

 

 雷が先陣を切る。近接戦闘に備えて艤装に懸架していたアンカーを右手に握って前をにらむ。再び砲撃を確認。だが恐れるな。今ここで引き下がったら、島の人たちが危ないのだ。

 

 自分を奮い立たせ、雷は突撃する。必ずやり遂げてみせる。そして提督に勝利の報告を必ず持って帰ってみせると、小さな彼女は目の前の深海棲艦と対峙した。

 

 

 

 

『緊急! 緊急!』

 

 鎮守府内部を緊急放送が駆け巡る。先に知らせを聞いていた整備、および救護班は大忙しで走り回り、提督も例外なく外へと飛び出し、被弾した艦娘の緊急搬送用の入港口へと向かっていた。

 

『損傷艦多数帰還中! 損傷艦は第一水雷戦隊、夕立が大破、および時雨、暁が中破! その他の艦も損傷ありとの報告、間もなく入港します!』

 

 湾内に複数の航跡が見えてくる。まず入ってきたのは損傷艦の護衛を担当していた重巡洋艦衣笠と青葉。その次に小破した雷が大破し煙を上げている夕立を曳航しながら入港する。提督は入水用のスロープから海へと構わず飛び込み、夕立に駆け寄った。

 

「夕立、大丈夫か?」

「えへへ……ちょっと無理しすぎたっぽい……」

「いや、よくやってくれた。しっかり休んでくれ」

「はーい……」

 

 スロープから引き揚げられた夕立は明石の用意した担架に乗せられ、そのまま医務室へと運ばれていく。切り離された艤装も工廠行きボックスの中に入れられて妖精さんたちが運んで行った。それをすべて見送り、提督は一息吐く。

 

「……意識があるだけ、まだましかな」

「司令官……」

 

 と、提督が後ろを振り向くと、やや服が破けて顔にも煤が張り付いた雷が申し訳なさそうな面持ちでそこに立っていた。提督はしゃがんで彼女の目線に合わせると、今にも泣きそうな雷は口を開いた。

 

「ごめんなさい……夕立は私をかばって大破しちゃったの……やっぱり、私の判断は間違ってたみたい……本当にごめんなさい……」

 

 と、雷は深々と頭を下げた。おそらく怒られると思っているのだろう。自分が大きな失敗をしてしまったから、提督に失望されてしまったに違いない。そう不安に思う彼女の気持ちが手に取るようにわかった。いくら強大な敵深海棲艦と戦う力を持った彼女でも、自らの失敗で招いた結果を受け止めるにはまだ子供過ぎたのだろう。提督は、そんな雷の心情を察して頭の上にやさしく手を置いた。

 

「そういうな。みんな無事に帰ってきたのが最大の戦果だ。気にすることはない」

 

 雷が顔を上げる。信じられない、といった面持ちだ。褒められるとは全く思っていなかったのだろう。きつい叱責も覚悟していた。それなのに降りかかったのは優しい労いの言葉だった。

 

「どう……して?」

「どうしてもこうしてもない。みんな無事に帰ってきた。それ以上に喜ばしいことが他にあるか? それに、お前の判断は正しかった。あのまま撤退していたらお前たちは後ろから回り込んだ敵潜水艦隊に不意打ちを食らって沈んでいたかもしれないんだ。軽空母部隊がそれを発見して掃除してくれた」

「敵潜水艦……」

「ああ。だからお前の判断は間違ってない。結果的に全員助かった。今はそれを喜ぶんだ」

「で、でも早くしないと島の人たちが……!」

「潜水艦を使った物資輸送作戦が行われている。贅沢はできないが、食いつなぐことは可能だ。いざとなれば島民が釣り糸を垂らして魚を釣ってでも食いつなぐ。だからお前は安心して今日は休んでろ。いいな?」

「…………」

 

 雷は返事をしなかった。どうしてか声を発することができなかった。提督の言っていることは確かに真実だと思う。だが、今の彼女にはその言葉がただの慰めにしか聞こえず、自分の不甲斐なさが一層際立つ気がした。だからどうしても複雑な気持ちになる。どうすればよかったんだろう。もっと上手くやれたのではないだろうか? そんな考えが何回もループする。

 

「雷、帰るぞー」

「…………うん」

 

 色々なことが頭にいっぱいいっぱい圧し掛かってくる。けど、提督の声を聞いてとりあえず帰ろうと思った。少なくとも彼は自分の味方だ。それを再認識して、雷は提督に追いつくために歩き出した。

 

 

 

 

 それから第一水雷戦隊の出撃はしばし見送られ、代わりの艦隊がキス島へと出撃し、他の鎮守府とのローテーションが組まれた。先陣を切ってキス島に出撃した雷艦隊の活躍により、敵の情報を仕入れることが出来た。おかげで後続部隊の戦闘がやりやすくなったそうだ。エリート戦艦が待ち構えているため大破者続出らしいが。

 

 雷の所属する鎮守府も、出撃が無いとは言え攻略法を探す仕事は毎日流れ込み、雷もせっせとその書類を運んでは記入、承認。運んでは記入、承認と単純作業が続く日々が連続した。

 

「んー、やはり道中に居るル級エリートが痛いな。あの雪風ですら小破をもらったらしい」

「幸運艦も当てられるなんて、たまった物じゃないわね」

「全くだ。どうしたものか……」

 

 ぎし、と提督は背もたれに体重を掛けて腕を伸ばす。時計を見ると時刻はそろそろ間食の時間である。雷は鼻を鳴らして自分の机から立ち上がり、お茶を入れようとポッドに歩み寄った。

 

「司令官、茶葉はどのくらい入れる?」

「いつも通りで」

「はーい。おやつは甘いものにしましょう。霧島さんからの差し入れのカステラなんてどう?」

「お、いいな。甘い物が無いと頭が回らないし、頂こう」

 

 雷は戸棚の中からカステラの入った箱を取り出し、中からカステラを取り出すとお皿の上に置いて丁寧に包丁を入れ、応接用の机の上に置いた。

 

「明日は二回目の出撃だな。編成は前と同じで行くが、一つ違う所がある」

「夕立ちゃんが改二になるんでしょ?」

「その通り。この数日はいい訓練期間になって、夕立改二の完熟訓練も満足な結果だ。スペック見てみたが、この火力駆逐艦じゃないだろ完全に」

「夜戦訓練の結果見たけどこれ本当? 判定では撃沈が二隻、大破が三隻、これをシミュレーション計算すると戦艦級を二隻か三隻を同時に撃沈または被弾させたことになるわ」

「それが本当なんだよなぁ。俺は見ていたんだが、もうびっくりだ。赤い彗星かと思った」

「どっちかと言うとアナベ〇・ガトーなんじゃない? 元ネタこっちの方だし」

「お前良くそんなの知ってたな……」

「弟が好きなのよ、ガン〇ム。特にユニコーンが」

「俺はX2改が好きだ。ブースターのあのとげとげした奴がビジュアル的にグッド」

「私はサンダーボルトのビッグ・ガンを抱えたザクが好きだわ」

「お前本当に十代の女の子かよ……」

 

 そんな会話をしながら、二人はカステラを口に入れる。甘さを渋いお茶で中和、これだ。頭に糖分が回って行く。やはり息抜きは大事である。

 

「……司令官。私、次は絶対頑張るね」

「ん、ああ。頼んだ」

 

 提督は大して気にしていないように話していたが、雷は胸の内で一大決心をしていた。今度こそ、完璧な戦果をあげて提督の役に立って見せる。今この鎮守府の秘書官を務めている自分が一番頑張らなければならないのだ。

 

 提督に悟られないように雷は決心の息を吐く。だが彼女はまだ気付かない。自分の考えは正しくも間違っており、そして限りなく自分を追い詰めていることに。

 

 それに気がついた時は、もう痛い目を見た後だった。

 

 

 

 

―翌日 午後二時五十四分 キス島沖―

 

 巨大な水柱が上がり、水しぶきが雷の顔を叩く。砲撃を続行しながら雷率いる第一水雷戦隊はどうにか敵の弾幕をかいくぐっていた。以前はあっという間に全員が被弾に追い込まれたが、徹底的な作戦会議と訓練により、以前よりもかなり有効的な戦闘を繰り広げていた。

 特に、改装した夕立は大活躍で、開幕早々駆逐艦を二隻沈めて見せ、時雨と連携して重巡を一隻大破まで追い込むことに成功していた。

 

 二時方向に雷跡確認。主舵一杯、魚雷の隙間を縫うように避けて突破する。腰部魚雷発射艦展開。ガコン、と回転し、雷は敵戦艦に狙いを定める。発射準備完了のブザーが鳴り、魚雷投射。四本の酸素魚雷がル級めがけて突っ込む。

 一発が至近距離で起爆し、ル級を中破させる。だがそれだけでは終わらない。中破し、砲塔がひしゃげて攻撃力が落ちた瞬間に夕立が詰め寄り、至近距離で止めの砲撃を浴びせる。駆逐艦の主砲でも、至近距離でそれも主要区画を撃ち抜けば決定的なダメージになる。ル級が火を吹き、直後に爆発し、轟沈する。

 

 だが敵だってバカではない。残った戦艦ル級と重巡リ級が接近してきた夕立に集中砲火を浴びせる。夕立はかろうじて致命弾は避けたが、主機に砲弾を浴びて煙を吹いてしまい、速度が落ちる。そこへ暁が魚雷でフォローを入れ、電と響が夕立を囲んで援護しながら退避する。

 

「みんな、もういいわ! このまま突破して、キス島に一気に近づくわよ! 電、響は夕立のフォローをしながら行って! 私と暁と時雨は砲撃ながら追うわ!」

「ごめん、すぐに本調子に戻すっぽい!」

「了解。電、行くよ」

「なのです!」

 

 第三戦速、全力突破。缶が唸りを上げて一気に加速する。駆逐艦の最大の武器は足だ。持ち前の速度とすばしっこさならどんな艦にも負けない。戦闘で最も戦場を駆け巡り、真っ先に敵と接触し、戦闘を行う。それが駆逐艦なのだ。足が速いとその分仕事だって多い。普段なら戦艦や空母を交えてやっと負担が軽くなる戦闘を、その補助一切無しで行っているのだ。いつもの倍以上の負担が彼女たちに圧し掛かる。

 

 敵の包囲を突破し、追撃の砲撃が飛び交う。航空戦力が居ないだけありがたかった。これもキス島周辺でたびたび起こる濃い霧と上空の特殊な気流の乱れのおかげだろう。今でこそ霧は発生していないが、予報では夕方頃から一気に流れ込んでくるらしい。それまでに島に最も近い深海棲艦の戦力を無力化させればキス島への輸送航路が確立される。

 

「こちら夕立、缶の応急修理完了! 速度いつも通りになったっぽい!」

「了解、みんな離脱するわよ!」

 

 もう足止めの必要はない。雷は第一戦速から第三戦速へと加速。魚雷発射艦を収納し、砲塔を後ろに向けて砲撃を続ける。あとは半ば当たらないように祈るだけだ。

 直線的な動きにならないように蛇行しながら航行。すぐそばをまた砲弾がかすめる。だが、その制度も悪くなりつつある。あと少し、あと少しだ。

 

 汗が流れる。体の奥の本能が叫ぶ。早く、早く、早く。一刻も早くここから逃げるんだ。

 

 そして砲撃音が止み、海が急に静かになる。雷は恐る恐る顔を後ろに向ける。もう、敵深海棲艦の姿は見えなくなっていた。体も後ろに向けて左右を確認する。やはりいない。助かった、自分は一番の難所を突破したのだ。思わず安堵のため息を吐く。直後。

 

「!?」

 

 声を上げる暇もなかった。雷が次の瞬間目にしたのは、自分めがけて飛んでくる砲弾。皮肉なことに、その砲弾さえ避けることが出来れば、もう敵の攻撃は来なかった。だが、雷の最後の安堵による油断が警戒心を途切れさせ、偶然射線上に入った砲弾を認識するのに時間が掛った。それに気付いた時、雷は既に巨大な水柱に飲み込まれていた。

 

 

 

 

「第一砲塔が大破、魚雷発射管二番が中破、装甲にもダメージありで缶も損傷。主機はどうにか無事だから航行は可能なのです」

 

 艦隊はいったん手近な無人島に退避し、電が雷の損傷具合をチェックする。主機に致命的なダメージだけは避けられたが、それにしたって全体的なダメージの具合を見てため息をついた。こんな状態でまともに戦うことは間違いなく危険だろう。雷は意識こそ保つことはできていたが、呼吸は荒く、寒さが厳しい環境にもかかわらずに汗をかいていた。

 

「どうする? この状態じゃ作戦続行は厳しい。けど、ここまでキス島に接近できたのは私たちが初めてだ。チャンスとも言えるし、ピンチともいえる」

 

 響きが辺りを警戒しながら言う。確かにそうだ。これまでに合計五回キス島への出撃が行われたが、いずれもさっきの戦艦ル級率いる主力部隊に阻まれて撤退を余儀なくされた。

 しかし今は最大のチャンスである。キス島はもう目と鼻の先にあるといっても過言ではない。現に今響は前方に目視しているのだ。あとは島の高台まで行き、望遠鏡で周囲の索敵をしている夕立と時雨が敵本隊を発見すれば進撃のチャンスが大きくなる。そこをうまく利用して敵に打撃を与えれば一時的に指揮系統能力を失い、救助船の進路が確保できる。

 

「私は反対よ!」

 

 タオルを絞り終え、戻ってきた暁が反論した。その顔は迫力に欠けるが、彼女にとっては精一杯の抗議であった。確かに戦果は目の前にある。だが妹を危険な目に合わせてまで掴み取ろうと思うほどではないというのが暁の考えだった。

 

「こんな状態で戦いに行けるわけないわ。見るからに体力も限界よ。敵だってバカじゃないし、いい的だってすぐに分かるわ」

「姉さん、私は別に無理に戦果を取りに行こうとは思ってないよ。あくまで可能性を言っただけ」

「だからこそよ。仲間が危険な目に合うくらいなら最初から撤退のほうが断然いいわ」

 

 やや早すぎる判断とは思うが、正論ではある。電は鎮守府に撤退の通信を入れようと通信を入れる。

 

「こちら第一水雷戦隊、電です。鎮守府応答願います」

 

 通信機を受信モードにし、返信を待つ。しかし帰ってくるのは耳障りなノイズだけで、電はもう一度送信ボタンを押しこんでさっきよりも近くにマイクを近付ける。

 

「こちら第一水雷戦隊、電です。鎮守府応答願います。旗艦雷が大破、戦闘続行が厳しい状態です。現在的水上打撃部隊の包囲を突破してキス島付近にて一時退避中。指示をお願いします」

 

 再び受信にして応答を待つ。十秒、二十秒、やがて一分と時間が過ぎていき、電は鎮守府への指示を仰ぐことを断念した。

 

「繋がらないのです……」

「たぶん、上空の厚い雲のせいだろうね。それにここは鎮守府からかなり離れてるし、電波状況が悪いのも致し方ない。現代文明の力をもってしても、こればかりはどうしようもなさそうだ」

 

 そう言って響は皮肉交じりの息を吐く。こうなったら帰島するのが最善だろう。雷の容体だって悪い。早くベッドに寝かせてやりたいところだ。平静に見えても、響だって暁と同じくらい雷の事を心配していた。

 

「撤退しよう。それが最善だ」

 

 が、今まで息を荒くしていた雷がそれを真っ先に否定した。

 

「だめよ。このまま行くわ」

「雷!?」

 

 暁が素っ頓狂な声を上げる。一番のけが人が行くと言い出したのだ。響だって口をぽっかり開けて唖然としてしまっていた。しばしの沈黙ののち、暁が声を荒げて反対する。

 そんな中、電は多分こうなるだろうとは思っていた。まだ缶が動き、主砲も撃てて魚雷発射管も片方が生き残っている。不利な状況ではあるが、雷は行くと言い出すだろう。

 

「正気なの!? 航行速度だって第一戦速出るか怪しいのよ! そんな状態でまた戦艦にでも遭遇したら、今度こそ終わりよ!」

 

 第一戦速とは戦闘海域での軍艦の航行速度である。艦種によって速度の基準は違ってくるが、最低限この基準の速度が出なければ戦闘続行は不可能である。

 

「同感。さすがにこれはナンセンスだ。それに司令官の指示を仰がないのもよくない。反対だね」

 

 姉二人は三番艦の言葉に断固たる反対の姿勢を見せる。正しい判断だろう。だが雷は二人の言葉に耳を貸そうとはしなかった。それに今の旗艦は雷である。意識を失うなどの不測の事態が起きれば、指揮権は電に委ねられるが、雷は見ての通り意識をしっかり保ち、思考力についても全く問題はないレベルであった。強いて言うならこの判断そのものに思考力低下の疑いを投げかけたかったが、それを差し引いてもすべての決定権は今雷にゆだねられることになるだろう。

 

「旗艦命令よ。このまま進軍、敵本隊を発見して撃破。夕立と時雨の報告を待つわ。先手が打てるなら作戦を練る」

「雷!」

 

 暁が声を張り上げる。駄々をこねてでも止めるつもりだと響は察する。実際そうでもして止めてもらいたいのが今の心境であった。しかし、雷は反対の意見を述べる暁に対し、首を横に振る。

 

「駄目よ。ここで撤退したら、せっかく分かることも分からないままで終わるかもしれないわ。島の人たちの命がかかってるの、引くわけにはいかない」

「でも!」

 

 それでもと暁は食らいつく。旗艦命令が出ている以上、逆らうことはできない。しかし「雷」の姉である以上、妹の危険を避けるのが暁の仕事だ。どうにか言い聞かせられないかと模索する。せめて鎮守府に今の状況を伝えることが出来れば、最高指揮官の権限で呼び戻すことが出来るかもしれない。反論の言葉が浮上することはなかった。

 

「…………ばか。怒られるのは雷だけにしてよね」

 

 暁は持っていたタオルを雷に投げつけると、地面に置いていた艤装を手に取って主機を背負うと弾薬の確認をする。旗艦命令を出された以上、雷を何としてでも守り通すのが随伴艦の使命である。怒りだとか呆れとかが混じった溜め息を吐きながら、暁は海の方へと向き直る。好きにしろ、と言う意図だ。

 

「みんなー、敵の本隊を見つけたっぽい!」

 

 島の頂上で偵察していた夕立と時雨が戻ってくる。手に持っていた偵察用のデジタルカメラを取り出し、再生ボタンを押しこむと撮影した画像を表示する。今の艦娘は偵察作戦を行う際にはデジタルカメラを多用する。変に偵察機が搭載しているような高性能なカメラを使うより、ズーム性能の高いデジタルカメラ一個を持っているだけの方が効率的なのだ。時折り偵察任務の写真に混じって、合間にイルカの写真や夕日の写真、堂々と眠っている艦娘の写真が提督に見つかって大目玉を食らう時もあったが。

 

 表示された画像を響と電が覗きこむ。表示された画像には、キス島沖にある無人島の影に深海棲艦が集結しているのが映し出されていた。駆逐艦に輸送艦が見え、その中に一際目立つのは黄色い目をした軽巡ホ級フラッグシップが目に入る。恐らく、こいつが旗艦で間違いないだろう。暁もやや遅れて写真を覗きこむ。

 

「これが敵艦隊の本隊? なんだか想像していたのよりも強力な奴ってわけでもないわね。ヲ級が三隻くらい居る物だと思ってたわ」

「でも、キス島に居るのはあくまで一般人。島の周りを警備し、監視するのなら水雷戦隊でも十分だよ。補給艦からの支援を受けて、ひたすら周囲を航行すれば半永久的に目を光らせることが出来る。あとは艦娘が近づけないように戦艦を配置すれば守りは完成する」

「なら、私たちだけでも撃破は出来そうですね」

 

 作戦の続行は現実味を帯びて来た。雷も立ち上がって艤装を装着する。だが、表情はやはり優れなかった。可能な限りのフォローをしようと電は決意する。

 

「行くわよ。第一水雷戦隊、出撃」

 

 

 

 

 海に出てみると、雷の損傷が思いの外機関にも響いていることが分かった。速度はどうにか第一戦速までは出る様であったが、缶からいびつな音が聞こえていた。無理な戦闘は厳しいに違いない。

 

「もうすぐ敵艦隊が補給していた無人島だよ。近くに居るから気を付けて」

 

 雷に代わり、先頭を航行する時雨が注意を促し、全員は神経を尖らせる。出来れば先に見つけて奇襲を仕掛けたい。だが、守備部隊を突破したことは本隊にも通達が行っているだろうしどこかで待ち伏せをしている可能性もある。電探が電波を飛ばして周囲を探る。と、敵の反応をキャッチしたサイレンが鳴る。

 

「電探に感あり! 一時方向、数は六。さっきの艦隊とほぼ間違いなし!」

 

 電は迷いなく双眼鏡を覗きこんで確認する。間違いない、あの黄色い瞳フラッグシップの軽巡ホ級。警戒はしているようだが、まだこちらには気付いていない。雷は迷いなく声を張り上げた。

 

「全艦、砲雷撃戦用意! 目標は敵輸送艦、ゆさぶりを掛けて混乱を誘うわ!」

 

 雷の号令と共に、艦隊の空気が張り詰める。と、その時だった。無線機のコールが鳴り、大きめのノイズの後にクリアな音声が飛び込んできた。

 

『こちら鎮守府執務室! 第一艦隊応答しろ!』

 

 切羽詰まった提督の声が響く。一同思わず安心の溜め息を吐いた。やはりこういう時に提督の声を聞くのは非常に頼もしかった。

 

『やっと繋がったか。お前たちの状況はさっき送信した無線で把握できたが、こちらの送信は行き届かなかったようだ。みんな無事か? 現在状況を知らせてくれ』

「こちら雷。現在キス島から南東に四十キロの地点で敵水雷戦隊を発見したわ。旗艦はホ級フラッグシップ、おそらく本隊だわ。現在その本隊に奇襲を仕掛けるために接近中」

 

 と、報告した所で雷は思い出す。そう言えばさっきの電の報告の中に、自分が大破しているという情報も混じっていた。さっきの通信が受信だけ出来ていたとすると、提督が五月蠅くなるのは明白だ。現に、提督は声を荒げて返信してきた。

 

『なに!? 待て、本隊を見つけたのはいいが進撃だと? 雷、今のお前は危険な状態なんだぞ!』

「分かってるわ。でも今しかないの! 今行かないと次はいつここまで来れるか分からないのよ、だから!」

 

 と、精一杯の反論をするが、恐らく彼は許してくれないだろう。無茶は承知なのだ。自分だって生半可な気持ちでここまで来ているわけではない。

 

『ダメだ――許可――きない!』

 

 と、まるで雷の思いが通じたかのように突如として無線機の感度が悪くなる。見上げると鉛色の雲が流れ込み、空がどんどん暗くなっていく。スピーカーの向こうで提督が声を張り上げているが、もう半部に上聞き取れなかった。

 

「司令官さん、こちら電です。敵と接触したため、無線を封鎖します。あとの報告は帰頭後に行います」

『いなず――待て、てった――聞い……のか――!!』

 

 それを最後に、鎮守府からの通信が入ることはなかった。もはや通信を入れるのは無意味と判断した電は電源を切る。雷はやや驚いた表情で電を見ていた。

 

「雷ちゃん、行きましょう」

「……恩に切るわ」

「まったく、わがままな妹達ばかりで困っちゃうわ」

 

 皮肉っぽく暁がそう言うが、その表情はやや晴れやかな物で、吹っ切れた様子だった。最後まで付き合ってやろうと言う意思を感じる。響も夕立も時雨も、やれやれと言った面持ちだった。

 

「みんな、いくわよ!」

 

 砲塔回転、目標敵輸送艦。砲弾装填、発射準備完了。雷が叫ぶ。

 

「全艦、てぇーっ!」

 

 駆逐艦に搭載された12.7cm連装砲、そして10cm連装高角砲が火を吹く。観測開始。3、2、1……弾着、今!

 

 輸送ワ級に雷たちの砲弾が突き刺さり、爆炎を上げる。いくら駆逐艦の主砲でも、六隻分の砲弾が一斉に突き刺さればひとたまりない。輸送ワ級はあっという間に真っ二つに折れて沈んでいった。敵も察知して警戒をするが、まだ発見されていない。雷は一気にたたみかける。

 

「次! 軽巡ホ級フラッグシップ!」

 

 砲塔回転。目標敵水雷戦隊旗艦、軽巡ホ級。次弾装填完了のブザーが鳴る。雷は再び声を張り上げた。

 

「てぇーっ!」

 

 その時だった。発射されるかと思われた雷の主砲が砲撃ではない爆音を上げて直後に外装がはじけ飛んだ。破片が飛び散って雷に降り注ぎ、火災発生の警報が鳴る。とっさに砲塔をパージして難を逃れたが、これで雷の主砲は全て死んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 苦痛の表情。電がとっさに雷の前に出る。直後に敵から砲撃を確認。雷は回避指示を出して舵を切る。だが反応が鈍い。前を行く時雨と同じタイミングで操舵したのに動きが悪い。操舵系統にも問題があるかもしれなかった。

 

 とっさに電が雷の手を引いて回避する。さっきまで二人が居た場所に砲弾が突き刺さり、冷や汗が出る。艦娘の利点はこのように人間らしく立ち振る舞える点である。この小回りの良さが生存率をぐっと高めてくれたのは過去の実験データおよび実態調査でも実証されており、そのほか任務中の海域調査やごく稀ではあるが海中遺跡などを発見した際、そのまま目視で調査を行うことだって可能だった。もっとも、その小回りの良さから運河を上っての侵略も可能だという声も聞くが、深海棲艦に制海権を奪われつつある現代、そんなことを気にしている余裕など微塵もない。

「しっかりするのです!」

「ご、ごめん……舵が上手く動いてくれないみたい」

「わかってはいましたけど、雷ちゃんは無理しすぎなのです。一人で行こうと考えない方がいいのです。私がフォローしますから離れないでください」

「助かるわ……」

 電は10cm連装高角砲を発射し、敵艦隊に肉薄する。陣形単縦陣、敵艦隊の真正面を横切る形になる。T字有利だ。これならこちらに分がある。

「もう一回行くわよ! 全艦、てぇーっ!」

 一斉砲撃。先頭にいるホ級めがけて一斉に砲弾が飛ぶ。しかしそれを守ろうと駆逐イ級が前に出て代わりにその砲撃を受け、一撃で爆炎に包まれた。その中からホ級フラッグシップの砲撃が飛ぶ。その進路上に暁の姿。

「きゃぁあ!!」

 とっさに暁は腕に装着している防御装甲で砲撃を受け止めたが、派手に吹き飛ばされて海面を転がる。残った敵艦がこれを好機とみて一斉に砲撃を始め、水柱が上がる。すかさず響が間に入り、暁を引っ張ると砲弾を防ぎながら退避した。

「くっ、このぉ……見てなさいよ!」

 暁は体勢を立て直し、砲撃を再開する。どうやら相当頭にきたようで、魚雷発射管を展開して投射。しかしまともに狙いをつけていなかったため、敵は冷静に回避運動し、砲撃を再開した。

「フラッグシップ、やっぱり面倒っぽい!」

 夕立が思わずぼやいた。狙いを定めて撃ってはいるのだが、いかんせん相手も巧みに回避していた。たまに当たったかと思えば装甲も強化されて致命的なダメージを与えるほどでもないし、早くも全員は長期戦を考え始める。だが、それだけは避けたいと思う。雷の艤装が、長期戦に耐えられるほど持つとは到底思えなかったからだ。

「だったら……」

 雷は次の作戦を練る。あまり長くは戦えないのは自分も十分承知だった。なら早急に戦闘を終わらせるのが最大の策。遠距離からの撃ち合いをしていてもらちが明かない。なら、確実に相手を仕留める方法は一つ。

「接近戦を仕掛けるわ。全艦魚雷発射管用意!」

「雷!?」

 またも暁が素っ頓狂な声を上げる。確かに進撃の判断には妥協して付き合うことにした。しかし接近戦を試みるなんて正気の沙汰ではない。さすがにこれは止めるべきだと反対の声を上げようとしたとき、再び砲撃が至近距離に着弾し、思わず顔をしかめる。その間に雷は進路を敵艦隊に向けており、止めようにも止められない位置にまで移動していた。

「ああもう! 無茶ばっかするバカ妹! 夕立、時雨前に出るわよ!」

「暁ちゃんまるで一番上のお姉さんっぽい」

「まったくだ。頼もしいね」

「失礼ね、私は一番艦よ! 響は艦隊の最後尾をお願い!」

 暁たちは速力を上げていったん雷を追い抜くと、彼女の前で三角形の形に陣形を取る。暁の主砲が回転し、夕立と時雨が12.7cm連装砲BⅡ改を構える。敵も旗艦と残った補給艦を守ろうと、ホ級、イ級エリートが壁になる。敵砲塔の旋回を確認。おそらく向こうはこちらの意図を察しているだろう。だとすれば、至近距離で雷撃を仕掛けられる可能性が高い。至近距離で雷がそれを食らうようならば間違いなく轟沈する。それだけは何としてでも避けねばならない。

「雷を死守するわ! てぇーっ!」

 敵味方の砲弾が空中ですれ違い、お互いほぼ同時に着弾する。時雨が至近弾を食らって魚雷発射管の片方が沈黙する。暁も衝撃を抑えるために右手の防御装甲で顔を守るが、半分以上の亀裂が入っていることに気が付いて迷わずにそれを捨てる。あの状態ではもう砲撃を防ぐことはできない。

「ごめんね、暁……付き合わせちゃって」

 雷が小さくそういった。暁は全くだと思ったが、ため息をついて答える。

「次こんなのやったら許さないんだから」

「ありがとう……帰ったら間宮さんのアイス、おごるね」

(雷ちゃん、それ死亡フラグってやつなのです)

 ふん、と暁は鼻を鳴らす。ちょっぴり背中がご機嫌になった気がした。何とわかりやすいことだろう。敵艦隊との距離、さらに縮まる。暁は第三戦速まで速度を上げ、一時的に前に出る。そのタイミングで魚雷発射管の次弾発射準備が完了し、ブザーが鳴る。再度発射管を回答、投射間隔を調整する。設定完了。射程まで残り6秒……3……2……1、投射!

 暁の艤装腰部に搭載された四連装酸素魚雷が打ち出され、すぐに海中へと消えていく。酸素魚雷の最大の強みは推進剤である酸素から排出される二酸化炭素が海中にすぐ溶け、雷跡がほぼ完全に見えなくなる点である。投射に気づかれなければ、相手は魚雷の接近に気付くことなく海の藻屑と化す、旧日本海軍最強の切り札の一つだった。例え人間サイズの縮小版だとしても、その威力は十分である。姫級でさえ、条件さえ満たせばこの魚雷で葬り去ることが可能なのだ。

 しかし、それはあくまでそれは投射に気づかれなかった場合である。敵は目と鼻の先に見えるから、暁の投射にはとっくに気づいているだろう。魚雷の射線から離れようと進路が変わる。そのタイミングを見計らって今度は時雨が前に飛び出した。今の彼女は最低限の主砲だけを残し、魚雷発射管をありったけ搭載した雷撃仕様だった。

「魚雷全弾投射! さぁ、避けられるかな?」

 暁と同じく搭載した四連装酸素魚雷、合計十六発が一斉にばらまかれる。一度回頭した敵艦はこれには驚いただろう。あわてて反対方向に舵を切るが、その先には暁が投射した魚雷郡が到着し、先頭のホ級エリートに直撃した。どうにか沈まずには済んだようだが、続けて時雨の魚雷が止めとなって爆沈する。残るは駆逐イ級と輸送ワ級、旗艦のホ級フラッグシップの三隻。

 

「今よ、夕立!」

「ぽい!」

 

 今度は夕立が陣系から離れて単艦前に出る。はたから見れば無謀だと思われる行為。現に敵艦は飛びだした夕立に向けて集中砲火を浴びせる。しかし夕立はそれを巧みに回避し、一気にホ級に肉薄する。イ級がそれを食い止めようと進路を塞ぎ、砲撃する。着弾。夕立の腰部に搭載されている副砲が折れた。だが構わずに夕立は主砲を装填中のイ級に詰め寄り、砲塔を押しつけて発砲。頭部が凹んで燃え上がる。

 禍々しい悲鳴が辺りにこだまし、イ級は悶えるように夕立に食らいつこうとする。だが、その鼻先には夕立がイ級をすり抜けたとほぼ同時に投射した魚雷が待ちかまえていた。

 

 直撃。真正面から魚雷を食らったイ級は原型を無くし、そのまま海に沈んでいく。残るは二隻。夕立は尚も突撃する。だが、流石はフラッグシップ級と言ったところだろうか。ホ級の砲撃は恐ろしく精密で、ほんの少しでも甘い操舵をすれば直撃を食らうような至近弾ばかりが飛んでくる。対抗しようとこちらも主砲を撃つが、すばしっこい。本当に軽巡なのかと疑いたくなる回避率だった。

 

「うわぁっ!」

 

 主機に被弾。ほんの少し思考を弱らせただけでこれか。夕立は歯を食いしばる。すると突然煙突から黒煙が上がり、缶が悲鳴を上げる。さっきの被弾で応急修理していた機関がお釈迦になったようだ。みるみる速度が落ちていく。このままではまともに戦えない。しかし止まる訳にはいかないのだ。

 

 夕立はとっさにマストに装備された帆を展開する。白い布生地がまるで白鳥の羽のように広がり、固定される。風向きを確認し、体が追い風を受けるように進路を変える。全開とは言わないが、幾分ましな速度が出る。風が止まないことを祈る。

 

 反時計回りに動きながら、夕立は副砲でけん制を行う。ホ級から魚雷投射を確認。雷跡を目で追うと投射間隔は広めだった。隙間を縫って再接近を試みようと夕立は決断する。

 

「夕立ちゃん!」

 

 電の声が飛ぶ。とっさに振り向くと電が何かを投げる。第六駆逐隊が艤装後方に懸架している近接戦闘用のアンカーだった。それを夕立はキャッチし、電の意図を察した。

 

「夕立、突撃するっぽい!」

 

 機関始動。相変わらず嫌な音を立てているのだが、ほんの一瞬だけでいい。ホ級に近付いて一撃を加えれば決まる。魚雷発射管用意。ホ級が放った魚雷が迫るが雷跡を目視できたため、その隙間に体を滑り込ませる。向かって左側に進路を取るホ級の目の前に魚雷を投射。相手も察して進路変更、真正面から突っ込んでくる。副砲回頭、主砲構え。砲撃開始!

 

 砲弾はホ級の上部砲塔に突き刺さり、そしてホ級の砲撃も夕立の主砲に直撃する。見てみると僅かに煙を上げており、夕立は弾薬への誘爆を恐れ、とっさに投げ捨てるとほぼ同時に主砲が爆発した。

 

 だが夕立は進撃を止めない。ここからが本番だ。夕立はアンカーを両手に握ると機関出力を絞りだして加速し、アンカーを振りかざす。

 

「だぁぁあありゃぁあああああ!!」

 

 衝突。夕立の振りかざしたアンカーはホ級の魚雷発射管を砕き、そのまま損傷した主砲に食い込んで兵装が完全に沈黙する。追撃を加えようかと一瞬思うが、缶の制御を担当する妖精さんがもう危険だと悲鳴を上げた。

 夕立は迷わず緊急離脱する。だが目的は達成した。あとは彼女たちに任せるしかない。

 

「雷ちゃん、電ちゃん、今よ!」

 

 夕立が振り向いたその瞬間、海の中からワイヤーが現れる。それはさっきホ級に叩きつけたアンカーに繋がっていた。電はアンカーに曳航用のワイヤーをくくり付けて、ホ級と自分を繋げたのだ。それを一気に巻き上げて接近する。その後ろには手を引かれた雷の姿。

 

「なのです!」

 

 全魚雷発射管展開。主砲回転、照準よし。全砲門発射。電の全身全霊を掛けた砲撃がホ級めがけて飛んでいく。回避運動をしようとするホ級ではあったが、がっちりと食い込んだアンカーが抜けずに身動きが取れない。回避行動は不能であるとすぐに察し、残った砲での攻撃に移行する。思い切りの良さは流石と言った所だ。

 

 砲弾が迫る。電は艤装に搭載されていた防御装甲を腕に装着し、それを全て受けとめる。あっという間に盾は砕け散り、すり抜けた一発が電の主機に直撃し、煙が上がる。だが十分な間合いだ。電は雷の手を思い切り引っ張り、そして彼女を前に送り出す。もう、敵に装填の時間はない。

 

 雷は自分のアンカーを強く握る。体を少しでも軽くするために使えない兵装や損傷した装甲は全てパージする。この状態で一撃食らったら間違いなく沈む。だが今こそ最大のチャンスである。今度こそ、今度こそ仕留める。そして提督に勝利を届けるのだ。

 

 雷はアンカーを振りかざす。だがその瞬間に激痛が走り、苦痛で顔が歪む。体のあちこちが悲鳴を上げていた。痛い、痛い、もうやめろ。逃げるんだ。そんな声が聞こえてくる気がした。

 しかし止まる訳にはいかない。今ここで止めたら危険を承知で付き合ってくれたみんなの苦労が無駄になる。島の人たちだって危険に晒される。視界の隅にはキス島の全景がはっきりと映っていた。そこで暮らす人たちのことを考え、そして待ってくれている提督顔が頭の中を走り抜けた直後。雷の思考は本能を上回った。

 

「機関一杯!」

 

 機関一杯、それは缶が壊れても構わないほど回せと言う意味だ。雷は賭けに出る。損傷した機関に更に鞭を打って持てる限りの速度を出す。最悪の場合缶が爆発してしまう。運が良くても溶けるくらいはあるかもしれない。機関が死ぬのが先か、雷が勝利するのが先か。あと数秒もしないうちにどちらかが確実に決まる。ホ級との距離が一気に縮まる。距離200……150……100……50……!

 

「はぁああああああ!!」

 

 交錯。その瞬間缶がオーバーヒートを起こしてついに停止する。だがそれは同時に雷の勝利を意味した。渾身の一撃をホ級の脳天に叩きこみ、強烈な断末魔が響き渡る。その亡霊の叫びに似た声は海を越え、キス島の山の斜面まで届き、そして死者の魂を天に捧げるかのように空に向けて消えていった。

 

 

 

 

 雷率いる水雷戦隊の全員帰還はすぐに鎮守府に通達された。それも敵本隊の撃破に成功し、現に深海棲艦の統制が乱れているとの報告もあり、鎮守府は湧きあがった。

 ただ、その代償に第一水雷戦隊はかなりの損害を受けてしまった。時雨と暁が小破、電が中破、雷と夕立に関しては大破、曳航中との報告だった。

 

 湾内に艦隊が入ってくる。先頭は唯一被弾のなかった響。その後方には火災の煙を上げて曳航される雷の姿。ぐったりとした彼女の顔にいつも明るく振る舞う秘書艦の面影は全くなかった。そしてその後方、雷が背負っている艤装を見た艦娘達は青ざめる。武装はおろか艦娘の生命線ともいえる主機に大穴が開いて煙を吹いていたのだ。機関銃一発でも轟沈してしまいそうなレベルだ。もしも帰りに敵艦に襲われたらひとたまりもなかっただろう。

 

 夕立と電、特に夕立も酷い有様で、機関が完全に沈黙して時雨に曳航されていた。しかし、やや疲れ気味の表情ではあったが迎えに来た艦娘に手を振り返していた。取りあえず心配はないと思うが、ならば雷の容体が一番気になった。

 

 スロープまで到着し、雷が引き上げられる。すぐに艤装が外され、妖精さんが大急ぎで消火活動を開始する。煙を上げていた主機の煙はみるみる消えていき、消火完了。妖精さんは一安心して改めて修理のために工廠に向かう。

 それを見送り、提督はぐったりしている雷の肩を支える。虚ろな目であったが、雷は提督の顔を見て少しばかり笑みを浮かべた。

 

「司令官……やったわ。今度はちゃんと、勝ったわよ……」

 

 精一杯笑顔を浮かべる。正直全身の苦痛が大きすぎてそれ以上言えなかった。でも、これで彼は楽になる。もしかしたらいつも以上に褒めてくれるだろうか。そんな期待がちょっと生まれてきた。

 

―パァンッ―

 

 乾いた音が桟橋に響く。主砲の発射音や警笛よりも小さな音。だがその音はその場に居る全艦娘の視線を集めるには十分すぎた。それだけ提督の行動が衝撃的だったからだ。

 

 雷だって呆然としていた。正直全身痛いからビンタの痛みなんて感じない。だが、ややはっきりとしてきた視界に写った提督は喜んでもなく、泣いている訳でもなく、本気で怒りを露わにしていた。

 

「お前、自分がどれだけ危険なことをしたのか分かってるのか?」

 

 怒りのこもった提督の声。だが、その声がかすかではあったが震えていることに雷は気付く。ほんの少しだけ、提督の目元は潤んでいた。

 

「お前のやったことは大きい。誇りに思ってもいい。けど、それは運が良かったからだ。もし進撃の途中で缶が爆発したら、もし敵深海棲艦の援軍がやってきたら、もし夕立や電が大破してお前を庇えない状況だったら……そんな危険を背負ってお前は進撃したんだ。帰ってこれたのは偶然だと言ってもいい。いいか雷。俺はそんな危険を冒してまでもぎ取る勝利は価値が無いと思ってるんだ」

「でも……でも私たちは深海棲艦からみんなを守るために、命がけでやる覚悟でここに居るのよ」

「その覚悟は必要だ。だが忘れるな。駆逐艦雷の魂を宿しているとはいえ、お前たちは兵器である以上に人間でもあるんだ。兵器は壊れたらまた作り直せばいい。でもお前たちは家族だっている人間なんだぞ! 命を危険に晒してまで勝利を得る、それはもう過去の話だ。昔のままじゃ艦娘が生まれた意味なんて全く無いんだぞ!」

 

 雷は反論できなくなった。確かにそうだ。自らを犠牲にして戦う、そんな精神で行くなら艤装を応用した兵器を作ればいい。だが艤装の魂がそれをしないのはなぜなのか。

 理由簡単だ。海の底に沈んだ自分たちの魂を宿し、母体となってくれる人間を生かす為である。艦娘の魂になる前の軍艦たちは、その腹の中に多くの命を抱えたまま海の底に沈んでいった。雷に関しては生存者なし。魚雷の一撃を受けてなすすべもなく海の中に消えていった。

 

 そんな事を繰り返させたくない。これが艤装に宿った軍艦たちの願いである。危険が付きまとうことに関しては変わりない。母体となった少女たちが命だって落とすこともある。だが、それでも必要なのだ。自分たちを手足の様に操れる、人間が欲しいのだ。彼女たち兵器は、人間に作られたのだから。

 

「提督。そろそろ医務室の方へ」

 

 と、金剛型戦艦三番艦の榛名が提督をなだめに入る。そろそろクールダウンさせないと空気が重くなりすぎると判断したのだろう。提督も薄々は感じていた。榛名に一言返事をし、雷を抱え上げると担架の上に乗せると赤くなっている頬にそっと手を添えた。

 

「お咎めは終わりだ。痛かったよな。本当によく頑張った。ゆっくり休め」

 

 提督の言葉を合図に、そのまま雷は医務室に運ばれていく。提督は残った電たちに向き直って改めて報告を聞く。その後ろ姿を見ながら雷は電の言っていたやがて意識が遠くなり、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 その後の報告でキス島を包囲していた深海棲艦は、旗艦隊を失ったことにより統制を失い戦闘機能を失ったことが確認された。その隙に島民救助用輸送船はキス島へと到達。全住人を収容した後、無事に離脱した。今後はキス島に残存する深海棲艦の掃討作戦が計画されるそうだ。

 

 だが、その仕事は他の鎮守府の水雷戦隊が請け負ってくれることで、しばらく雷の所属する鎮守府は出撃無しになっていた。その期間を利用して、雷は秘書艦から離れての療養が与えられた。一応表向きは命令違反による始末書付きの謹慎処分となっているが、大淀からそう言った書類が送られてくることはなく、鎮守府内を自由に歩き回れたから実際処分は無いに等しい状態だった。

 

 しかし雷の気分は晴れることなく、第六駆逐隊の寮部屋にてお気に入りのワニ型抱き枕にしがみついていた。提督が言ったあの時の言葉がまだぐるぐるしていて、動く気力が湧かなかった。せっかくの療養をもらっても精神面で持ち直さなければせっかく健康になった肉体もあっという間に腐る。頭では分かっている。だが心が動いてくれそうになかった。もぞもぞと、雷は布団の中で足を動かし、また止まった。

 

 そんなベッドに沈む雷を、部屋の真ん中に置かれた机から電が見つめる。相当応えたのだろう、ここ三日ほど雷は部屋から出ずにぐったりとしていた。提督は別に気にしていないのだが、雷自身が許さないのだ。おかげで長期戦になりそうだった。本日七十二回目のため息をしたところで、見かねて電は声をかける。

 

「雷ちゃん、ご飯食べに行きましょう」

「…………あとで」

 

 またか。電はこんなやり取りをここ数日続けていた。食事を持ってきても半分も食べないし、顔だってまともに見ていない。電が思うに多少なりともやつれているのは確かだろうと思う。

 

「そんなこと言ってたら体に悪いのです。この前も全部食べてませんでしたよ?」

「……お腹空いてないもん」

 

 いじけている子供のような言い訳だった。実際間違ってはいないのだが、雷の場合自分の納得がいく結論が見つからない限り終わらないタイプなのだから性質が悪かった。艦娘になる前の人生半分以上を彼女と過ごしていた電だからわかることである。

 

 今の雷は、命を掛けてまで戦ったのにどうして怒られているのかが理解できない状態だろう。主に兄妹たちのために、叶えられることは自分を犠牲にしてでも叶えて来たのだ。今回だって命がけで提督に勝利をもたらした。

 だが、帰って来たのは平手打ち。自分が頑張れば誰かがほめてくれる、それを当たり前に思っていた雷にとっては巨大隕石が激突してきたかのような衝撃だった。

 

 別に、雷は褒められる為だけに頑張っているわけではない。昔から家族のために力を尽くし、家を切り盛りしてきた。そんな彼女を周囲は褒め称え、雷はそれを誇りに思っていた。そんな日々を送り続けていくうちに、雷の中で「自分が頑張る=必ず誰かが褒めてくれる」という概念が生まれたのだ。それを、完膚無きまでに砕かれたのだ。少し例えは違ってくるが、自分が今まで犬だと思っていた動物が猫だったと知れば、しばらくは動揺を隠せないだろう。

 

 電は決めた。このままでは絶対に良くない。面倒な幼馴染の中身を変えてやらなくてはならない。ならそのために今だけ電の名前を捨てよう。幼いころからの親愛なる幼馴染のために、一人の人間として行動するべきだ。そう決断すると電は迷いなく立ち上がり、雷に声を掛けた。

 

「雷ちゃん、ちょっとお夜食作ってきますね」

「…………」

 

 雷は返事をしなかった。だが構わない。今必要なのは食事ではないのは知っていた。確かに食欲を満たすのも大事だが、その前に一つ薬をもってこなければ食欲も湧かない。電は部屋を出ると、一路提督室へと向けて歩き出した。

 

 悔しいが、おそらく今の自分では雷を立ち直らせることはできない。出来るのは提督だけだ。雷の事をまだ子供としか見ていない彼にしてみれば自覚はないだろう。だが、それでも彼女を立ち直らせるだけの要素は含まれているのだ。

 

 駆逐艦寮を抜けて中庭を通り、空母寮の前を横切って本館に入ると、会談を小走りに駆け上がって息を切らしながら提督室前に到着する。電は一つ深呼吸をすると、扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 中から聞こえてきたのは提督ではなく、榛名の声だった。少しばかり都合が悪いかと思うが、今はそれどころではないと思い直し、「失礼します」と中へ入る。相変わらず積み上げられた書類が提督の周りに置かれ、榛名もそれを片付けようと机に向かっていた。二人は入ってきた電のただならぬ雰囲気に空気が張り詰める。だが構わず続けた。

 

「司令官さん、折り入ってお願いがあります」

 

 発した彼女の言葉は、いつもの電とは違う雰囲気の声だった。その変化に提督は敏感に反応し、雷の事に違いないと察してしっかりと少女の瞳を捉えた。

 

「雷の事か?」

「はい」

 

 電は返事をすると、髪の毛を後ろで束ねていた髪留めを外す。見た目よりもずっと長く、艶やかな栗色の髪の毛が現れ、思わず榛名は息を飲んだ。

 

「艦娘としてではなく、あの子の幼馴染としてお願いにやってきました」

 

 

 

 

 電が出て行ってから一時間ほどが経過した。雷はちらりと誰もいないことを確認して抱き枕から体を離す。窓の外を見ればとうの昔に日は沈み、窓の外に見えるであろう鎮守府湾内は闇に包まれ、代わりにクレーンの航空衝突防止灯と外れの岬にある灯台の光が時折り目に入った。

 

 雷はふと部屋に置いてある姿鏡に目を向ける。そこに写る自分はひどくやつれていて、目の下にクマができていた。頬も少しばかり痩せこけて、髪の毛もぼさぼさ。自分からしてみても不健康そのものだという事が分かった。

 

(……こんなだらしない姿、誰にも見せられないわ)

 

 雷は再びベッドに倒れ込み、ため息をついた。以前よりはだいぶ落ち着いてきたが、それでもあの時の痛みがさっきの事のように頭をよぎる。

 

 電は雷のためだと言っていた。確かにそうだろう。自分だって弟たちにしつけだってする。でも頑張って叱りつけたことはなかった。一体何が違うのか、彼女には分からない。雷の中ではその知識が乏しかった。

 

「…………だめだわ。しっかりしないと」

 

 そう呟いて、雷は体を起こす。無理矢理にでも前向きにならなければ本当にダメになってしまう。いつも通りに戻って仕事をしなければならない。この所は榛名に任せっぱなしだ。

 

 外の空気を吸って気を取り直そう。雷はそう思い立ち、ローファーを履いてそのままドアを開け、外へと歩き出す。取りあえず駆逐寮から出ようと階段を下り、誰ともすれ違うことなく外へと出る。

 扉を開けるとまるで雷を出迎えるかのようにそよ風が頬を撫でる。空を見上げればキス島とは打って変わって綺麗な夜空が広がり、空には満月が光り輝いて雷と鎮守府を見降ろしていた。

 

 海に目を向けると真っ暗な海が遠くに広がり、波の音が雷の鼓膜を叩いた。水平線が月の明かりで反射して白く光り、妖しくも美しい雰囲気を持っていた。そう言えば夜戦をする時はあまり意識して見ていなかったが、自分はいつもこの中を航行し、戦闘をしていたのかと思うと少し怖くなる。月明かりが無ければ本当に真っ暗な世界が永遠と続いているのだ。よくもまぁこんな暗闇で魚雷を当てることが出来たものだ。

 

 特に考えることなく、雷は歩みを進める。ぼんやりと海を横目に見ながら歩き続けた。鎮守府内も消灯時間が近いことからまったく音もせず、人の気配がまるでしない。唯一感じる気配は寮と本館の窓から漏れる光だけだった。

 

 気がつくと、雷は入渠ドッグの近くに居ることに気がついた。今整備中なのは大破した夕立や自分の艤装だ。特に自分のは酷い損傷だから修理に相当な時間が掛るのは容易に想像できた。どれくらい修理が進んだのだろうか。雷は気になって入ってみる。

 

 中では妖精さんが資材を溶かしてパーツを作りなおし、主機に空いた穴を塞ぐべく新しく作った装甲板を溶接したり、投棄した防御装甲を新しく作り直していた。兵装に関しては全て投棄してしまったため、作り直しが終わるまで予備の装備が回されることになっていた。幸い艤装の原本は残っているため、やや時間は掛るが雷が全て投棄した装備はまた作れるとのことだった。

 

 ただ、一番大きいのは缶だった。損傷した状態で機関一杯に入れた缶は、ギリギリのところで爆発はしなかったものの、あのまま放置していれば誘爆を起こす危険があったため投棄した。投棄した後、海中に沈んだ缶は小さく爆発し、おかげで雷はただのボートとなって電に引っ張られることになったのだ。

 その缶が丸ごと無くなってしまったため、これは最初から作り直しと言うことになった。それが艤装の修理に時間が掛る、最大の要因だった。

 

「こんばんは。ごめんね、こんな時間まで」

 

 びしっ、と修理妖精さんの一人が敬礼し、そんなことはないと言う。これが我々の仕事だし、むしろよくぞ帰って来てくれた。修理してまたあなたを海に送り出すことが出来ることが我々の誇りです。その言葉のありがたさに、雷は心が軽くなった気がした。

 

「ありがとう。また頑張るからね」

 

 そう言って雷は優しく妖精さんの頭を撫でてやると、きらきらと顔が輝いて元気に飛び跳ね、仕事に戻って行った。工廠を見回すと自分や夕立だけでなく、他の艦娘の艤装も点検していて忙しそうに歩き回っていた。これ以上自分が関わることはないだろう。溶接機を駆使して修理を行う妖精さんたち一礼をし、雷は工廠から外に出る。やはり真っ暗な海が彼女を出迎え、潮風が髪の毛を撫でた。

 すると、突然右の頬に冷たい物が押しつけられ、雷は小さく悲鳴を上げてしまう。驚きつつもその場から飛び退き、一体何が起きたのかと原因を探ると、工廠の入り口横に缶ジュースを持った提督が月明かりに照らされながら彼女の事を見降ろしていた。

 

「しれい……かん?」

「夜更かしとはあまり感心しないな。そろそろ消灯時間だぞ」

「えっ……えっと……」

 

 しまった、見つかってしまった。そんなつもりはなかったのだが、何も知らない提督からしてみれば違反をしているように見えても仕方が無い。また怒らせてしまうのだろうか。

 

 不安げな表情で提督を見上げる雷だったが、提督の表情はすぐに柔らかい物になり口を開いた。

 

「と、言いたいところだが。今日は早めに仕事を切り上げて今は業務時間外なんだ。よってお前に指導する権限は今の俺に無し。と言う訳でちょっとばかし夜更かしでもしようじゃないか」

 

 ほれ。提督はコーラを雷に手渡す。雷はきょとんとした顔になるが、提督が防波堤から足を投げ出す形で座り、ビールのプルタブを開けて一口入れる。未だにどうしたらいいのか分からない雷はきょろきょろと辺りを見回す。提督が「ほら、座れ」と促してようやく提督の隣に座ると、同じようにプルタブを開けた。

 

「あー、大仕事終えた後の一杯は最高だ。大本営からは称賛の声が届いて、ここに物資の支援を送るって言って来た。おかげでしばらくは資材に困りそうにないぞ。お前の活躍にも一目置いて大本営直属にどうだっていう声もちらりと聞いた位だ。全部お前のおかげだ、本当によくやったな」

 

 投げかけられた言葉は、叱られたあの時からは全く予想のできない内容で雷は戸惑った。まるで自分の命令違反が無かったことの様に話す彼の姿に、違和感しかなかった。

 

「……どうして、怒らないの?」

「うん? お前が命令無視して突っ込んだ事か。言っただろ、お咎めはあれで終わりだって。一回言って次に生かしてくれればそれ以上求めることはない。それともまだ叱られ足りないか?」

「ち、違うわ! こう、心にグサッと来たから……大丈夫よ」

 

 とは言うものの、口にした言葉の最後の方に力が入らなくなっていき、最終的には何を言っているのか聞き取れないくらいになっていた。提督はそんな彼女を察して何も聞かず、頭だけを撫でてやる。

 

「ひゃっ……」

 

 一瞬体が跳ね上がるが、その手の動きに怒りなどは一切なく、むしろ愛情のこもった動きを感じて雷は大人しくなる。そう言えば今まで兄妹の頭を撫でた事はあった。けれどこうして誰かに、加えて男性に優しく頭を撫でられたのは初めてだった。

 

「お前やり方に問題はあったが、無事に終わった。今は喜ぼう。と言っても俺は終わりよければすべてよしって言うのはそんなに好きじゃないんだ。そう言えるのは何事もなく終われた時だけだからな。何かあったら元も子もないし。今回はまぁどうにかなった。それで良いだろう」

 

 雷はすごく落ち着かない気がした。いや、むしろこれは緊張しているだろう。しかしなぜか嫌じゃない。なんでだろう? 疑問に思いながら提督の顔を見てみると、月明かりに照らされた彼の顔がじっと雷を見降ろしていた。きゅう、と息がつまる。

 

 一通り頭を撫でまわした後、提督の手が雷から離れてビールに戻る。それを見て少し寂しくなり、なんだかビールに提督を取られたような気がして不服に思う。それを紛らわす為に、雷はコーラをぐいと流しこみ、むせた。

 

「おいおい大丈夫か?」

 

 思わず提督は雷の背中を優しくさする。雷はしばし涙目になりながらもどうにか大丈夫だと言おうとするが、言葉を発しようとするたびに器官が抵抗して言葉にならなかった。

 

「ケホッ、ケホッ……ごめん、コーラなんて久しぶりに飲んだから」

「意外だな。今の小さい子ってもっと炭酸飲むものだと思ってた」

「弟たちが炭酸とか好きで、毎日飲もうとするのよ。私も好きだけどさすがに毎日は飲みすぎだから極力飲まないようにしてたわ。ま、たまにゴミ箱の中から空き缶やペットボトルが見つけたときはお仕置きしたけど」

「お仕置きって?」

「おしりぺんぺん。飲んだ量の十分の一の回数よ。だから500mlのペットボトル見つけたら五十回ね」

「まさにお艦……」

 

 雷の教育精神の高さはとても十代とは思えなかった。さすがは肝っ玉長女、家をきりもみしてきただけはある。提督は雷のプロフィールを思い出す。本名はプライバシーの関係上知ることは禁止されていたが、家族関係などの情報は艦娘のそれぞれの微妙な精神ケアや、万が一家族の危篤の知らせが入った場合に備えて把握されている。雷の両親は、五年前に深海棲艦の襲撃を受けて亡くなった。それ以降は雷が親戚の家を転々としながら家事を学び、幼い兄弟たちのために一人で家をきりもみしていた。

 

 まだまだ遊んでいたいであろう年頃の少女が、こんなにも過酷な家庭環境にいることを思うと情が湧いてしまう。自分が同じ境遇だったら誰かのためを思って行動するなんて到底できそうになかった。それでいて生活費が苦しくなり、艦娘を志願した。今の世の中、家族のためにここまで体を張れる子供はいないだろう。

 

「お前の旦那になる奴は幸せ者だろうな」

「そうかしら? 兄弟がいっぱいだと旦那さんはお年玉は大金を用意しなきゃいけないわよ?」

「わーお、とんでもなくリアル……」

 

 最低一人辺り一万円だと想像すると、四人で四万円。なんということだ、自分の学生時代の給料二か月分じゃないか。当時の自分が聞いたらたまげることだろう。

 

「……できれば、あの子たちにお年玉あげたいわ。諭吉さんの一人や二人あげて、欲しいもの買わせてあげたい」

 

 雷の一言がやたらとはっきり聞こえた。その一言が提督の胸に突き刺さる。今まで子供たちが普通にできることができず、もらえたものがもらえないというのはどれだけ辛いことなのだろうか。周りのことが羨ましくなるに違いないだろう。それを思うと、提督の心は少し苦しくなった。

 

「……今月の給料、来週だからな。秘書艦手当もそれなりに出るぞ。ここだけの話、お前の初任給は俺より高いからな」

「うそ!? こんなにたくさんの艦娘をまとめる大仕事やって私より少ないの!?」

「そんなもんだ。お前たちは体張ってるんだ。俺はといえば鎮守府で指示を出して、書類を書くだけのデスクワーク。前線の苦労に比べたら比じゃない」

「でも、私も秘書艦の仕事してるけどすごく大変だと思うわ! あんなにたくさんの書類や報告書を書くのって実は難しくて時間がかかって……」

「けどお前はその書類仕事と戦闘をこなしているんだぞ。しかもミスもなく優秀にこなしてくれている。その苦労に比べたら全然さ」

「それでも……!」

 

 それでもと言おうとしたとき、雷の頭に再び提督の手が置かれて体が固まってしまう。そのせいで頭の中が一瞬で真っ白になってしまい、それ以上言葉を発することができなくなる。そんな雷を知ってか知らずか、提督は言葉を上書きする。

 

「いいんだよこれで。お前たちのおかげでこの土地は守られてる。正当な報酬を受け取るのは当然のことだ。まぁ、死んだら元も子もないけどな。だからこそ必ず帰ってきてほしい。そして忘れるな。お前たちは子供だが兵士に変わりない。優秀な兵を失うことは戦力や士気の低下を意味する。だがそれ以前に兵士には必ず家族がいる。その家族を泣かせないように必ず帰還するのがお前たち艦娘の仕事でもあるんだ。任期を終えたら普通の女の子に戻って、家族とまた暮らせる。好きな男と結婚して子供を作る。当たり前の暮らしができるんだ。だから必ず帰ってこい。いいな?」

(…………ああ、そっか)

 

 雷はようやく理解した。時々ドジで、頼りない面がある提督がどうして電に慕われているのか。本当は誰でも気がつくことが出来る物だった。この人は誰よりも自分の、自分たちの事を一番に考え、その為だったら嫌われることだって覚悟できる人物であると。

 

 自分をあんなに叱ったのは彼が初めてだった。誰かのためなら自分はどうなってもいいと思っていた。だが、それは本来許されるものではなかった。誰かを助けるなら自分も助かる。それが一番なのだ。

 

 単純なことだった。人間として当然のことを忘れかけていた。きっと気付かなければ自分は近いうちに死んでいたかもしれない。まだ幼い兄弟を残して暗い海の底に沈んでいた。

 

 それを認識した瞬間。急にそれが怖くなり雷の体が震えだした。危険を知ったことによりいかに自分が危険なことを犯していたのかを理解し、様々な可能性が頭の中に流れ込んで追いつかなくなる。どうにか抑え込もうと肩を抱く。が、震えは収まるどころか一層増していくばかりだった。

 

「雷?」

 

 提督が雷の異変に気付き、頭に置いていた手を持ち上げる。そのせいかどうか分からない。ただ、一気に体の震えが増してついには歯がガチガチと鳴りだした。

 

「おい、大丈夫か? そんなに頭触られるのが嫌だったのか?」

 

 提督が焦った顔で覗きこむ。雷は否定しようとするがでてくるのは言葉にならないような呼吸音だけで、喉が動いてくれなかった。何とかして呼吸を整えようとするが全く言うことを聞いてくれない。どうにか合間合間を縫って、言葉を作っていくのが精いっぱいだった。

 

「ち……がう……の……」

 

 やっとの思いで作った言葉はそれだけだった。それ以降雷は声が出ずに、ついには涙が浮かんできた。呼吸が乱れて鼻に水分が溜まっていく。嗚咽が混じり始め、寒気が体中を舐めまわす。恐怖と不快感しか無い。ただひたすらに恐くて、そして何より今の自分を提督に見られたくないと心の中で叫んだ。

 

(お願い……司令官、見ないで……!)

 

 こんな情けない姿を見せたくない。司令官を鍛えると言ったのは自分じゃないか。そんな自分が情けなく泣きじゃくってどうするのだ。第一水雷戦隊旗艦雷がこんななりでどうするのだ。止まれ、止まれ、止まれ。

 

「ったく、手間のかかるお艦だな」

 

 その声が雷の耳に入った直後だった。突如として自分の体は何かの中に押し込められ、がっちりと固定されて動けなくなる。しかし、押し込められた場所はとても温かく、これほどにない居心地の良さを感じた。雷はようやく自分が提督の胸の中に抱かれていることを理解した。

 

「恐かっただろ。当たり前だ、普通なら怖気づいて逃げ出したくなるような敵と戦ったんだ。一歩間違えればお前は今頃海の底だった。泣きたくなるのも当然だ。意地張ってないで思い切り泣いていいんだぞ?」

 

 泣いていい。その言葉が雷の胸に深々と突き刺さった。泣いていい? でもなんで? 自分より泣きたい人なんて沢山いるだろうに。そんな人たちのことを考えると自分の悩みなんて些細な物じゃないか。そんな考えが頭をよぎる。

 だが、伝わってくる提督の体温はゆっくりと雷の体を包み込み、恐怖に震えていた彼女の体を鎮めていく。生まれて来るのは誰かがそこに居るという安心感。きっとこの人なら湧きあがる嗚咽を受け止めてくれるに違いないと確信した。何年ぶりに声を上げて泣くだろうか。久しぶりすぎて泣き方を忘れていないだろうか。どうでもいい事が頭を流れていき、一粒の涙がこぼれた瞬間に雷の感情は弾けた。

 

「ぅう……うっ……ひっぐ、うあああぁあぁあああ……」

 

 今まで出したことのないような、獣のような嗚咽が湧き上がる。しかし一度流れ出した涙と呻き声はまるで解放されたダムのように流れ出し、その勢いを増していく。

 

 それをすべて受け止めるため提督はより一層強く雷の顔を自分の胸の中に押し込んだ。声は服の中に飛び込んでくぐもり、聞こえるのはこの場にいる二人だけだった。

 

 提督は電の言葉を思い出す。

 

『雷ちゃんはずっとずっと我慢しているのです。我慢して我慢して、周りのためだけに頑張ってきたから自分は大丈夫、怖いものも怖くないって思い込んでいます。でもそんなことはない、司令官さんに怒られたとき心のどこかで自分がおかしいって思い始めています。けど、それを否定しようともしていて、あの子はたぶん壊れてしまいます』

 

 電としてではなく、雷の幼馴染として言い放った彼女の言葉を思いだす。その通りだ。彼女の口から聞いた家庭の事情や生い立ちを聞くと、とても十代の少女が耐えられるとは思えない重い現実だった。思わず耳を塞ぎたくなったほどだ。そんな現実に彼女は真正面から立ち向かった。そして見事に打ち勝ち、今日までを生きてきた。が、それでも少女は少女のままで、本当は誰かに打ち明けたかったに違いない。

 しかし、「強い姉」として生きてきた彼女にとって、誰かに泣きつくのは兄弟への不安の要素になるとして却下してきた。それは艦娘になった今でも続き、雷を追い詰めていった。

 

 それも今日で終わりだ。目の前の艦娘は、今までため込んできた涙をありったけ流している。誰かに愛されるべき彼女は、自分よりも兄妹のために愛情を注ぎ続けて来た。なら彼女には一体誰が愛情を注げばいいのか。

 

『だから司令官さん、雷ちゃんのことを気に掛けてあげてください。あの子の支えになってください。あの子は、司令官さんの事……』

 

 家族のために注いだ彼女の愛情は今にも干からびそうだった。乾ききった彼女に潤いをもたらせることが出来るのは、自分だけだと電は言った。それがどう言う意味なのか。自分に自惚れることになるが、場合によってはそう言うことになるのだろう。どちらにしても、今彼女を救えるのは自分だけだ。現に、雷は今までにないくらい安心して身をゆだねていた。徐々に濡れていく自分の服がそう物語っていたのだから間違いない。

 

 提督は、今一度雷の頭に手を置く。願わくば、今日限りで小さな母親である彼女の心が安らぐことを切に願った。

 

 

 

 

 それから半刻ほどの時間が過ぎ、雷の嗚咽も収まってだいぶ落ち着いてきたようだった。

 

「もう大丈夫そうか?」

 

 雷は返事をしなかい。そのかわり本当に小さく頷くだけで、じっと体を提督の胸に埋めていた。ならもういいだろうか。提督は頭に置いていた手をはなそうと

 

「もうちょっと……」

「うん?」

 

 少しだけ顔を離し、雷は提督を見上げる。月明かりに照らし出された彼女の顔は、まだ物欲しそうな表情をしていた。その顔がとても愛らしく、提督は思わず口元がほころんでしまう

 

「わかった」

 

 もう一度雷の頭に手を置き、よしよしと撫でまわす。その一方でこれはセクハラになるのではないのだろうかと考えたが、まるで子犬の様に甘え、心地よさそうな表情の雷の姿を見て思わずどきりとし、本人が望んでいるから合法だと自分に言い聞かせてそっと彼女の頭をより一層優しく撫でてやった。

 

 雷はちらりと提督の顔を見上げてみる。ちょっとだけ唇を吊り上げ、月明かりに照らされる彼は微笑んでいた。それを見て胸の奥がきゅんと切なくなる。そのとき、雷ははっとした。

 

(これ、もしかして……)

 

 なぜ自分の体がこうも表現しがたい状態になっているのか雷は理解できなかった。目の前に彼がいるだけで胸が熱くなる。でも見ていたい、ずっと一緒にいたい。けど、体は恥ずかしがって震えている。なぜ自分の体が矛盾した反応を見せるのか。今自分の考えているそれが正しいとすればすべて納得がいく。自分の体は心の反応と矛盾を起こしていたのではない。恥ずかしい、けどずっと居たい。こう思うのは当然の事。まさかこれがそうだと思わなかった。だが意外なことに雷は冷静に理解できた。

 

(ああ……たぶん私、これから司令官の事好きになっちゃうんだ)

 

 

 

 

「しれいかーん、お茶が入ったわよ~」

 

 と、にこにこしながら雷は湯呑みに入ったお茶を提督の机の上に置く。対する提督は一言「ありがとう」と言うがその表情は浮かない物だった。雷は心配そうに覗きこむ。

 

「元気ないわね、どうかしたの?」

「いやー、大本営が指定してきた次期作戦海域の作戦を俺らの鎮守府に任せるって言って来たんだが、これが最初から最後までまる投げ状態でよ……いくらキス島解放作戦に成功した俺たちだからと言って、これじゃあ体の良いパシリだ。あーもう嫌だ……」

「もう、そんなんじゃダメよ。ほらこっちおいで」

 

 応接用のソファーに座り、雷は自分の膝の上にぽんぽんと手を置く。提督は一瞬どうしようかと思うか、キス島で有名になった今仕事が一気に増えて根を詰めていたし、彼女に甘えることにした。

 

 雷の隣に座り、軽く首を回してから体を倒し、彼女の太ももの上に頭を乗せる。その提督の頭を優しく雷は撫でてやった。

 

「あぁ~……雷の太もも柔らかい……」

「もう司令官ったら、私まだ子供だから少し固い方よ? お世辞は言わなくていいの」

「んあ、ばれたか。でもこのやや硬い太ももが柔らかくなるのを想像すると楽しみな気もする」

「ま、スケベな司令官!」

 

 とはいいつつも雷はまんざらでもない表情で提督の頭を優しく撫でてやる。開け放たれた窓から吹き込む風が二人を包み込み、つかの間の安らぎを与える。ああ、許されるならこのまま一日が終わってしまえばいいのに。

 

 提督が転寝を始め、雷もそれに合わせてこっくりこっくりと船を漕ぎだした頃。少しだけ開け放たれたドアの隙間から覗く三人の瞳がきらりと光った。

 

「……なんか、前より司令官の事甘やかしてない?」

 

 暁が呆れた表情でそう言う。響もそれには同委の様で、こくりと小さく頷いた。確かに第三者から見れば前より甘やかしの度が増していると思う。いや、実際そうだろう。膝枕で転寝とは明らかに以前よりも甘やかしぶりが増している事が伺えた。

 だがそれは同時に二人の距離が一気に縮み、より親密な関係になったことを意味していた。電はそれを見て一安心する。

 

「まぁ、雷ちゃんが元気になったらそれで何よりなのです。今は休ませてあげましょう」

 

 電がそう言うと、暁はまだ納得のいかない表情だったが自分たちがうるさく言う物ではないと察して立ち去り、響もそれに続く。電は心地よさそうに眠る二人に笑みを向け、そっと扉を閉じた。

 

「…………行ったかしら?」

「ああ、行ったな」

 

 むくりと提督は起きあがり、大きく伸びをしてソファーの背もたれに腕を置き、雷は提督の頭の重さでやや疲れた足を伸ばす。

 

「まったく、覗きとはよろしくないな」

「そうね。暁の帽子が完全に部屋の中に入ってたからバレバレだわ」

 

 くすくすと笑みを浮かべる雷を横目に、提督は差し入れられたお茶を一口飲む。雷の作るお茶は飲みやすさ重視で余計なしつこさが無いからいつでも美味しく感じた。

 

「……ねぇ、司令官」

 

 雷が袖をきゅ、と引っ張る。提督が顔を向けると、雷はやや頬を赤くして何か物欲しそうな目で提督を見上げていた。ああなるほど。提督は大体納得するが、少し意地悪しようとあえて聞きかえした。

 

「なんだ?」

「その、ね。私も……」

 

 もじもじと体をよじり、雷の目が泳ぐ。誰にも覗かれなくなったことで安心したのだろう。この後は哨戒任務も控えていることだし、彼女の栄養補給に付き合うのも提督の務めである。

 

「わかったよ、交代だな」

「うん!」

 

 今度は雷が提督の太ももに足を乗せて横になる。まだまだ体の小さな少女の頭は驚くほど軽く、改めてその小さな体に秘められた心の強さを思い知る。けど、それでも彼女はまだ子供なのだ。誰かに甘えたくて仕方のない、十代の半分も行かない少女なのだ。

 

 ようやく人の温かさを知った雷は幸せだった。誰かに甘える。今まで自分が他人を甘やかしていたが、甘やかされる側はこんなに心地よかったのかと思い知らされた。ダメになるとはこういうことなのだろう。

 

 けど、それだけじゃない。こうして心から甘えて、身を任せることが出来るのは彼しか居ないだろう。誰よりも自分たちの事を想ってくれて、こんな自分に安らぎを与えた彼にしか自分は甘えられないだろう。この先提督の元を離れることだってあるかもしれない。その事を考えると色々苦難はあると思う。

 

 それでも。

 

「司令官」

「んー?」

「司令官……大好き」

 

 それでも、今この瞬間生きている幸せを堪能しても罰は当たらないだろう。雷は、そう思っていた。

 

 

 



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