学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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書き終えてしまった。
今回はオジサン回。
学園生活部メンバーの出番は少ない。
オジサンに興味ないよって人は読み飛ばしてもらっても大丈夫くらいの話です。


ゆめ

 丈槍と直樹が仲良くなったのかはさておき。生暖かい視線を感じた直樹が、「は、話を進めましょう!」と言ってきたので、学園生活部の説明へと移った。意気揚々と言った風で話し始めようとした佐倉だったが、唐突に手を上げた丈槍に止められた。

 

「はいはーいっ」

 

「ど、どうしたの?」

 

 自分を猛烈にアピールしてくる丈槍に、佐倉は戸惑っている。

 

「わたしが教えてあげるよ!」

 

 そう言うや否や、丈槍は直樹の手を取った。

 

「え?」

 

「学園生活部の部活はね、学校全体が舞台なんだよ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださ――」

 

 丈槍はそう言って、止めようとしている直樹を気にすることもなく、共に廊下へ出ていった。廊下を駆けていく音が聞こえ、少しずつ遠ざかって行った。残されたメンバーは、恐る恐ると言った様子で佐倉の方を見る。

 

「わ、私が言おうとしてたのに……」

 

 やはりそこには落ち込んでいる佐倉の姿があった。ずーん、と言う効果音が似合いそうだ。オジサンと若狭と恵飛須沢は、顔を見合わせ苦笑した。何だか、佐倉はこんな役割が回って来る星の下に生まれてしまったのかもしれない。

 

「まあ、部員同士で親睦を深めるって言うことにもなるしねえ。い、良いんじゃないかなあ」

 

「そうだよめぐねえ。元気出そう、な?」

 

「ゆきちゃんだって、先生の負担を無くそうと頑張ってくれてるんですよ」

 

「そ、そうなのかしら……」

 

 少し立ち直った佐倉。その言葉に、他の皆はうんうんと頷き同意を示す。

 

 最近、佐倉のポジションが決まりかけている気がしてならないオジサンたちであった。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 立ち直った佐倉と他二人を置いて、オジサンは少し休んでくるね、と言って一人自室として使っている職員更衣室へと戻った。中には今日の分の洗濯物が至る所に掛けられていた。設置されているロッカーの中には、購買部から拝借してきた衣服が入っている。だがさすがにスーツなどは売られてなく、男子生徒用の制服くらいしかなかった。故に、今までの生活の中でオジサンがスーツ以外を着ることはなかった。意外と用意の良かったオジサンは、ワイシャツを持ってきていたので何とかなったのだ。

 

 室内はそれほど広いとは言えないが、一人で使う分には問題なかった。そしてオジサンは広い場所よりも狭い場所を好む。広い場所は落ち着かないのだ。だから、ここはちょうどいいのだろう。

 

「ふう……」

 

 オジサンはゆっくりと姿勢を下げていき、いつも使っているマットに横になった。歩き始めた時は殆ど問題なかったのだが、それも時間が長くなると腰に来るらしかった。横になると、いつもは気にならないところも気になって来る。

 

 自分の部屋としたときに掃除はしたのだが、やはりそれも完璧にやったわけではない。横になって見てみると、室内にある埃やらなんやらの塵があるのが見えてしまった。オジサンは潔癖症でもなければ綺麗好きと言うわけでもないが、こう見えてしまうと気になるものである。

 

 掃除したいなあ、と思うオジサンだが、寝転がってからもう一度立ち上がるのは勇気が必要だった。掃除をしたい欲求と、腰の痛みを我慢する勇気を天秤に掛けた結果。

 

「まあいいか」

 

 となった。事なかれ主義、と言うよりも痛みが怖いだけであろう。

 

 オジサンは何かやることはあったかなと考えたが、特に何も浮かび上がってこなかった。寝ようにも、昨日良く寝たから眠気も起きない。どうしようか、と呟いて。

 

「あ」

 

 上着がないことに気が付いた。生徒会室に置きっぱなしにしてしまったのだ。以前は大事なものも入っていたが、今では何もない。だから必要ではないのだが、いつもあったものがないと言うのはどこか気持ちが悪かった。そしてオジサンはまた天秤にかけ、その結果。

 

「まあ、いっか」

 

 気持ち悪さは持ち前の鈍さを活かし、極僅かに抑えた。ある意味才能である。

 

「うーん……どうしよう」

 

 オジサンは一人ぽつんと呟いてみたが、誰もいないのだから反応もない。このまま考えていると、思考がネガティブになっていきそうだったので、オジサンは仕方なく目を瞑った。何も考えないように、すぐさま寝てしまいたかった。でも夢は見たくなかった。夢よりも、今の方が幸せだから。

 

 眠くなくとも、目を瞑っていればいつかは意識が落ちるものだ。腰を動かさないように体をもぞもぞ動かし調整し、無理矢理寝ることに集中した。眠れないと思っていたオジサンだったが、数分後にはもう寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

「――い! 先輩!」

 

「ん? ……んんー」

 

 オジサンは誰かに呼ばれる声がして、目を開けた。久しぶりに聞いた声だった。もう、聞くこともないはずの声だ。しかし、オジサンはその時気づくことはなかった。

 

「やっと起きました? まったく、仕事が終わったからってそのまま寝るやつがありますか。こんなに散らかして」

 

 オジサンの近くでは、オジサンよりも若々しくエネルギーあふれる若者が、オジサンのデスクの周りに散らばっている書類の山を片付けていた。ぶつぶつと文句を言っている。それを見てオジサンは首をかしげた。オジサンはその若者の名を呼ぶ。

 

「小山君?」

 

「はい? 何ですか?」

 

 小山と言われた若者は振り向いた。

 

「何でここに?」

 

「もう忘れたんですか? 仕事帰りに一杯飲みに行こうって言ってくれたじゃないですか」

 

「あ、そうだったっけ?」

 

 オジサンはそう言われると、そう言う気もした。オジサンは少しずつ思い出してきた。

 

「そうですよ。僕ももう終わりましたから行きましょう。あ、今からやっぱり行かないって言うのはなしですよ? 急いで終わらせてきたんですからね」

 

「そんなことは言わないよ」

 

 オジサンは座っていた椅子から立ち上がった。違和感を覚えたが、気にすることはなかった。

 

「じゃ、行こうか」

 

 オジサンと小山は、連れだって会社を出て外へ行く。もう夕方を過ぎ夜に近くなっていたが、夏と言うこともあり未だ汗が滲むほど暑かった。暑さにげんなりとした二人が出口で突っ立っていると、生暖かい風が二人の頬を撫でた。そうすると、どちらからともなく歩き始めた。

 

「夏は嫌だねえ。歩くだけで汗が出るよ」

 

 オジサンは近所の居酒屋に行こうと考えていた。小山は並んで歩いている。

 

「それ、春にも言ってましたよね」

 

 小山は前を向いたままオジサンに答えた。

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「春は嫌だねえ。陽の光が気持ちよくて眠くなってくるよ、って」

 

 小山はオジサンの声を真似て言って見せたが、全く似ていなかった。オジサンは苦笑する。

 

「よく覚えてるなあ。俺すっかり忘れてたんだけど」

 

「もちろん覚えてますよ。こんな適当な人でもやっていけるんだ、と元気が出ましたから」

 

 小山はからからと笑った。その言葉に嫌味はなく、オジサンを慕っていると言うことが伝わって来る。小山は独特の爽やかさを持った、気持ちのいい男だった。

 

「あ、そう? いやあ、それは良かった。俺でも誰かに良い影響を与えられるとはねえ」

 

 自信持っちゃおうかなあ、とオジサンは続けた。それを見て、小山はまた笑った。そんなどうでもいい会話を繰り広げながら、二人は更に暗くなってきた夜道を歩く。夜空には星が輝き始めていた。

 

 もう少しで目当ての居酒屋に着きそうな頃、小山が聞きづらそうに口を開いた。

 

「……あの、先輩?」

 

「ん、どうしたの?」

 

「また、上の人と言い合いしたって聞きましたよ。……大丈夫なんですか?」

 

 オジサンはうーん、と唸った。夜空を見上げて、また前を向いた。

 

「さあねえ。駄目かもしれないし、駄目じゃないかもしれない。俺には分からないね」

 

「そんな適当な……」

 

「不満を持ちながらやり続けるのもどうかと思うしさ。実際、今の仕事好きじゃないし」

 

「でも、言ったところで変わらないじゃないですか」

 

 オジサンはそうなんだけど、と前置きをして。

 

「それでもやっちゃいけないことってあると思うんだよ」

 

「やっちゃいけないこと、ですか?」

 

 小山にはそれが何なのかは分からなかった。

 

「……うん」

 

 オジサンはそこまで言って口を閉じ俯いた。その続きを説明する気はないらしい。小山はそれが分かったようで、気にはなるが詮索しようとはしなかった。オジサンの表情は晴れない。嫌な沈黙が下りてしまった。小山はどうしたものかと考えて。

 

「秋は嫌だねえ。何か中途半端じゃない」

 

 小山はオジサンの声真似をして、そんなことを言った。オジサンは顔を上げた。微妙に笑っている。そんなことを言ったのは、ちょっとだけ記憶に残っていた。

 

「それもしかして、俺の真似かな? あはは、似てないねえ」

 

「え、似てませんか? おかしいですね、僕の十八番なんですけど」

 

 小山は真面目腐った顔でそう言い、すぐに笑った。良い後輩を持ったなあ、とオジサンは嬉しく思った。出来れば、こんな毎日が続けばいいんだけど、そこまで考えて、誰かに呼ばれた気がした。女性の声だった。オジサンは振り返った。小山が不思議そうに同じ方向へ視線を向ける。だがそこには通行人はいるが、オジサンを呼んだ者はいないように思われた。

 

「何かありましたか?」

 

「いや、気のせいだったみたい」

 

 オジサンはまだ後ろを見たまま固まっていた。

 

「あ、ありましたよ。ここでいいんですよね?」

 

 そんなオジサンに声が掛けられた。小山を見ると、居酒屋を指さして止まっていた。

 

「あ、うん。今行くよ」

 

 何とも気の入っていない返事をして、オジサンは視線を元に戻し小山のところまで歩いていく。その途中で、また声が聞こえた。よく聞くと、聞き覚えのある声だった。それも一つではなく、幾つも聞こえる。皆、「オジサン」と呼んでいた。思わず立ち止まる。

 

「……オジサン、か」

 

 オジサンはようやく理解した。ああ、と言うことは、これは。オジサンの視界が突然ぶれ始める。小山の姿が消えていく。町並みも、人通りも、何もかも。

 

 ――そして。

 

 はっ、と目が覚めた。どれくらい時間が経ったのかは分からないが、起こしに来た人もいないようだから、それほど経ってはいないのだろう。オジサンが顔を擦ると、涙が手に付いた。どうやら、泣いていたらしい。なぜ泣いていたのか。何か夢を見ていたのだろうか、と思い出そうとしたが、

 

「……何だったっけ」

 

 結局、泣くってことは悲しいことだろうから、思い出さない方がいいか、と独り言ちた。でも、オジサンの胸の中には理由のわからない喪失感が渦巻いていた。だから、自分はこう言いたいような気がしたのだ。

 

「……冬は嫌だねえ。だって寒いんだもの」

 

 自分で言っていて意味が分からないが、オジサンはなぜだか涙が出そうになった。おっさんの泣き顔なんて誰も求めてないよ、と自分を笑い飛ばして涙を引っ込める。

 

 どこかで誰かが笑った声が、聞こえたような気がした。

 

 学園生活部、オジサンは一人夢を見る。

 

 


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