学園生活部と一人のオジサン   作:倉敷

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何とか八月になる前に書き終えることが出来た。
次回はもっと遅くなると思われる。
あと、アニメは結構原作と変わっていて面白いですね。


しょうかい

『あれからどれだけの時間が経っただろう。私たちはまだ無事に生活している。由紀さんは相変わらず笑顔で、胡桃さんも変わらず私たちを支えてくれている。若狭さんも皆を引っ張っていてくれる。オジサンさんも、皆を安心させようと振る舞っている。私はどうだろう。何か、皆の役に立ってくれていればと願う。』

 

 私はそこまで書いて一度ペンを置いた。すぐ近くでは由紀さんが寝ている。可愛い寝顔だ。彼女の笑顔が曇る日は来て欲しくない。寝返りを何度もうっている子供っぽい仕草を見て、罪悪感が湧いてくるときもある。でも、だからこそ、私は最期まで先生でいようと思えた。

 

 私は持っている手記を閉じた。いや、遺書と言ったほうがいいのかもしれない。特別誰かに当てたものではないけれど、もしこれが誰かの手に渡る時は、恐らく、私はもう、私ではないだろうから。

 

「……っ」

 

 そうなってしまった私を考えて、体が震える。こんな姿、皆には見せられない。オジサンさんには、一度見せてしまっているけれど。思い出して、顔が熱くなる。

 

 確か、あの時も日記をつけたはずだ。私はノートのページをめくり、時間を遡った。パラパラと音が鳴って、随分と書いたものだと感慨深くなる。そうやっていると懐かしくなり、最初のページから見てみた。

 

 ボールペンで書いているから、修正個所はすべて二重線が引かれていた。中には一ページすべてが真っ黒になっているものもあった。この生活が始まったころに書いたものだ。私は先生なのだからしっかりしなくてはいけない、生徒に心配をさせるわけにはいけない、と必要以上に力み過ぎて疲労が溜まっていて、暗いことばかり書いていたような気がする。あまり、思い出したいものではなかった。

 

 少しして目的のページを見つけた私は、あった、と心の中で呟いた。

 

『昨日、私は確かに噛まれたと思った。腕は痛みを訴えていたし、血が流れるのを感じていた。だから、私は生徒会室の扉を皆にすぐに閉めさせた。中からは由紀さんの悲痛な叫びが聞こえてきて、涙が流れそうだった。でも、私は一人奴らの中にいた。いた、はずだった。気が付いたときにはオジサンさんに抱えられていた。オジサンさんが苦しそうに息を切らせて階段を上って行ったから、あの場所は多分、屋上だ。陽の光を眩しく感じられたのを、微かに記憶している。だけれど、そこからの記憶がない。血が流れ過ぎたのか、それとも人ではなくなっていってしまったのか。それはよく分からない。ただ次に目が覚めた時には、安心したようなオジサンさんの顔がすぐ近くにあって、思わず声を出してしまった。オジサンさんの、困ったように笑った顔が、印象に残った。』

 

 その日の書き込みはそこで終わっていた。私は改めて読んでみて、オジサンさんはいったい何者なのか、と疑問が湧いた。これを書いた日はそんな考えが浮かぶほど頭が回っていなかった。だから今になって不思議に思う。

 

 噛まれたり、傷をつけられたりしたら、今もまだたくさんいる奴らの様になってしまうのだろう。恐らく、それは間違いではないはずだ。だから、私も例外ではなく、自分が消えて学校を徘徊しているはずなのに。

 

「……」

 

 でも、今私は皆と一緒に生活している。出来ている。噛まれたと思ったのは気のせいだったのだろうか。そうであれば、オジサンさんが急いで助けてくれたと言うだけで、納得はできる。でも、そんなことはない。あの時、確かに。オジサンさんが、何かをしてくれたのだろうか。

 

 僅かに、違和感を覚えた。

 

「……あれ? めぐねえ何読んでるの?」

 

 いつの間にか起きていたらしい由紀さんの声が聞こえて、私ははっとして顔を上げる。すぐ近くに由紀さんの顔があった。数学の本を読んでるの、と誤魔化すと、由紀さんは嫌そうな顔をして離れてくれた。そして着替え始めた。上手く誤魔化せたみたいだ。

 

 あっ、と私は大事なことを思い出して、先ほど書いたものの後に、少し付け加えようと思った。私は期待に胸を膨らませ、今まで書いていた文字よりも幾分丁寧に書く。

 

『今日は新入部員が来るかもしれない。今から楽しみだ。』

 

 ノートを閉じて、そっと横に置いた。

 

 違和感は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 ○

 

 

 

 

 

 生徒会室には全員が集まっていた。腰の関係で立っているオジサンの隣には、直樹が気まずそうに座っている。オジサンの隣にいるのは、少しでも知っている人の近くにいたほうが気が楽だからだろう。オジサンと直樹が朝から校内見学をしていたのは既に皆に伝えてあった。だから不思議に思っている者もいないようだ。

 

 オジサンは腰に手を当てている。朝から歩いて疲れたのだろう。背筋を伸ばして腰に手を当てていると、何やら若く見えた。今のオジサンなら三十代と言っても嘘だとはばれないに違いない。弱っているときに若く見えるとは、オジサンは案外稀有な人間なのだろうか。それが必要とされるものかどうかは別として。

 

「あなたのことはオジサンから聞いたわ。直樹さんよね? 制服からして、ここの生徒だと思うけど」

 

 直樹たちとは長机を挟んで向かい合って座っている若狭が、真っ先に声を上げた。若狭の両隣には丈槍と恵飛須沢が座っている。佐倉は丈槍の近くで立っていた。皆の視線が直樹に集中する。直樹の言葉を待っている間、誰も口を開かない。それだけ注目されているようだった。

 

「……2Bの直樹美紀です」

 

 直樹は緊張した様子で名乗った。

 

「あ、じゃあわたしが先輩だね!」

 

 丈槍が手を上げ、胸を張ってそう言った。どこか誇らしげだ。心なしか、えっへん、という言葉が聞こえてきそうである。

 

「わたしは3年C組丈槍由紀だよ。よろしくね、みーくん」

 

「み、みーくん……ですか?」

 

 直樹は突然のあだ名に困惑し、思わずと言った様子で聞き返した。

 

「そう、美紀だからみーくん! 可愛くない?」

 

「美紀でいいです。可愛さは求めてないので」

 

 直樹は素っ気なく答える。丈槍が苦手と言うわけではなく、どう対応したものか困っているようだ。頬には赤みが差している。

 

「えー、みーくん可愛いのに。ね、めぐねえ」

 

「もう、強引過ぎよ、ゆきちゃん。美紀さんも困っているみたいだから、ほどほどにね」

 

 今にも抱き付いていきそうな丈槍を見て、佐倉はそう言った。元気が良すぎるのも困りものね、とでも思っているのかもしれない。

 

「むぅ、めぐねえが冷たいよー」

 

 そう言う丈槍を見て、恵飛須沢は笑った。

 

「まあでも、そうやってどんどん行くのがゆきの良いところだよな。あ、あたしは恵飛須沢胡桃だ。よろしくな」

 

 恵飛須沢は今思い出したかのように、自分の名前を最後に付け加えた。それに続くように、若狭が直樹に手を差し出した。

 

「若狭悠里よ。よろしくね、美紀さん」

 

「どうも」

 

 直樹は差し出された手をしっかりと握り返した。

 

 まだ直樹の表情はやや硬いが、それでも最初ほどではない。彼女たちの雰囲気に触れ、人となりが分かったからだろう。

 

「じゃあ、最後は私かしら」

 

 佐倉は息を整えて、朝から頭の中で用意しておいたセリフを言う。

 

「佐倉慈です、よろしくね。そして歓迎します。ようこそ、学園生活部へ。顧問としてもとても嬉しいわ」

 

 そう言われた直樹はきょとんとした顔になり、首を傾げ、そして。

 

「あの、学園生活部とは何でしょうか?」

 

「……え?」

 

 笑顔で言い切り、決まった、と思っていた佐倉だったか、予想していなかった返答が来て呆けた声が出た。沈黙が流れる。そんな中、オジサンが咳ばらいをした。そして申し訳なさそうな顔で話し始めた。

 

「えーと、その、何だろうね、あー……実は、学園生活部については、直樹さんに何も言ってなかったんだよね、オジサン……あはは」

 

「……え?」

 

「本当に散歩してただけでさ。伝えてたのは、ここにいるのはオジサン以外女の子ってくらいで……」

 

「え? ……え?」

 

「その、何だろうねえ。端的に言って、今佐倉先生滑ってます」

 

「そ、そんなっ……今上手くできたと思ったんですよ!? せめて最初くらいは先生らしくと思って、朝から考えてたのに……」

 

「うん……ごめんなさい」

 

 オジサンは佐倉の意気消沈した姿を見てそう言った。もし腰が痛くなかったらいつぞやのヘッドスライディング土下座を敢行していたに違いない。

 

 まるで漫才でもやっているかのような二人を見て、直樹はくすっと笑った。丈槍はそれを目敏く見つけた。長机に身を乗り出して、直樹の手を取った。

 

「やっぱりみーくん可愛いよ!」

 

「か、可愛くありませんっ」

 

 直樹はそっぽを向いて否定する。頬は赤くなっている。照れているのが丸わかりだ。

 

「一安心、ってところかしら」

 

 そんな二人を見て、若狭は息を吐いた。

 

「りーさんは心配し過ぎなんだよ。それほどのことじゃないって」

 

「そうね……そうよね」

 

 若狭は丈槍に褒められて照れている直樹を見て、眩しいものを見つめるように目を細め、優しく微笑む。仲良くやっていけそうな人で良かった。そう、若狭は安心していた。

 

 オジサンと佐倉も、いつの間にか仲良く、かどうかは分からないが、じゃれあっている二人の姿を見ていた。柔和な笑みを浮かべている。学園生活部について説明しようと言う考えは、すっかり抜けてしまっていた。

 

 学園生活部、今日も楽しく活動中。

 

 


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