「そういえば、穂乃果が言ってた作曲家予定の西木野君って音楽室にいるかなぁ」
生徒会室からの帰り道。ついでに勧誘が出来るのであればしておきたいなと思い、俺は音楽室を探すことにした。
道行く度に、擦れ違う少年達からの視線が痛い。
好奇心で見る者、下心剥き出しで見る者、ああいう子を彼女にしたいなという待望の視線を向けてくる者。目立つ行為を率先して実行することを極端に嫌う俺は、足早にこの教室練を抜けて音楽室に向かう。
「……どこにあるんだろう」
数分後――。完璧な迷子になっている俺がいた。
ここに来るまでに何度も話しかけてくる男子がいたから悪いんだ。そんな人らに律儀に返事をしていたから、話しかけたら反応してくれると思い込んだ人達が多くこんなにも時間が掛かったとも言えるが。
「今日は諦めて、教室に戻ろうかな」
歩き出す方向を翻し、一歩踏み出そうとした瞬間。
何処からか透き通る歌声とピアノの音が耳に入って来た。
「この声って、もしかして……」
歌に導かれるように足はそちらに向かっていく。
この曲は音楽室から発せられている。ピアノの時点でそれを理解しているし、おそらくこのピアノを弾いている人こそが探している人だという確信もあった。
確かに会って話して『μ's』に入って欲しいとも思っている。が、この足が歩き出したのは自分の意志を介していない。自然と足がそちらに向かっていた。
会って話したいこと、言いたいこと、纏めてから会いたかったのに。歌声に手を引っ張られているように一歩また一歩と近付いている。
早く話したいことを纏めないと。頭の中で思い浮かべようとしているのに、何も浮かばない。頭に入ってずっと残っているのは曲ばかり……。
『……さぁ、大好きだばんざーい♪』
ドアの窓部分から中の様子を見る。すると、そこにいたのは予想通りの人物。
真っ赤な髪と綺麗な、それこそまるで宝石のような紫色の瞳が特徴的な少年が。その少年は周囲の景色が見えていないのか、俺の存在に気付いてないのかわからないけど、頭ん中の余計なものを削ぎ落とすように、一心不乱に歌っていた。
その声は扉一枚という遮蔽物を通してという状況であっても、綺麗に透き通っていた。
(……綺麗)
直接聴きたい。
その想いが次第に強くなり、音を立てないように扉をゆっくり開ける。
「――誰っ!?」
「あっ、ご、ごめんなさい。お邪魔してます」
扉を閉める際に少し物音を立ててしまい、その音に反応した少年が演奏を中断し、こちらを睨み付けるように見てきた。
最初に俺を見た際に驚愕の表情を浮かべたような気がするが、気のせいだよな。
「え、えっと、二年の片桐 光莉です。よろしくね。西木野君」
「……名前、誰から聞いたんですか」
「穂乃果……ううん、『μ's』から聞いた。私、『μ's』のマネージャーになったから」
隠し通して仲良くなってから『μ's』に勧誘しようと思っていたけど、そんな騙し討ちみたいな真似をしたくないので、最初から打ち明けることにした。
『μ's』の名前を出したことで「あー、やっぱり」といった表情を浮かべるようになったが、このままいくしかない。
「お願い! 西木野君。あなたの力が必要なの、『μ's』に入って」
「お断りします。第一、片桐先輩がそこまでする必要はないと思いますけど」
「……そうだけど。やっぱり、諦めきれないよ。あんな綺麗な曲を聴いてしまったのだから」
心の奥底にまで響くような綺麗な歌声。
やっぱり、『μ's』には彼の力が絶対に必要だ。
「先輩。どうしても俺に入って欲しいんですか?」
「え、う、うんっ! 入ってくれるのっ!?」
俺の熱意があの真姫に届いたのだと、嬉しくて本人もびっくりの速度で真姫の近くまで寄り、手を握ってしまう。
「……ええ。でも、俺が『μ's』に入ることでメリットが欲しいなと」
「メリット?」
楽しい学院生活を保障する。とかじゃダメなのかな。
『μ's』は絶対にこの音ノ木坂学院を守る。だから、後輩が出来るし、楽しい高校生活が送れるようになるし。
「例えば……」
「えっ……。ちょ、ちょっと」
一つ下の後輩であっても、やはり力強い男なんだと思わせるような力で強く抱き寄せられる。
こんな光景前にもあったなぁ、と他人事のように思ってしまう俺はおそらく女としてはダメなのだろう。全然、ドキドキもしないし、何より自分の体だと思っていないからかも知れない。俺じゃない『片桐 光莉』がこんな目に遭っているそう思っているから、他人事のように感じてしまっているのかも。
「光莉先輩が俺のモノになってくれたり、とか」
だからといって、恥ずかしい目に遭わされて恥ずかしくならないなんてことはない。抵抗出来ないように両手を防がれた挙句、耳元で囁くように言われた台詞に俺の精神はノックアウト寸前になった。
俺の奥底に秘めている『片桐 光莉』の部分がココアにスティックタイプの砂糖を五本ぐらい入れたと同等な甘さを持った台詞に反応しているのが手に取るようにわかる。
「……なんてな。俺は絶対にあの人らのグループには入らないよ。例え、君みたいに可愛い子から勧誘されたとしても」
口説かれた過去がない俺は、真姫の妙に慣れた口説き文句や愛でるように頭をなでる手付きに呆けていると、足早に音楽室から出ようとしている音が聞こえ、急いで真姫の手を掴む。
「っ! ま、待って!!」
ギリギリ真姫の制服の袖口を掴むことが出来た俺は真姫の口から言葉が発せられる間もなく、次の言葉を放つ。
「もし、これを見て、ほんの少しでも『μ's』に興味を持ってくれたなら、来て。早朝は『神田明神』で、放課後は基本的に屋上で練習してるから。……待ってる」
歌詞の書かれたメモの切れ端を真姫のポケットに強引に入れ、掴んでいた袖口からすっと手を退けて、颯爽とその場から立ち去る。
年頃の少女のような行為を自分がしてしまった羞恥心と、このチャンスを逃したらもう二度と巡って来ないかもという虚無感がごちゃごちゃになって訳がわからなくなって、気付いたら体は勝手に動いていた。
「あれ、遅かったんだね。おかえりー」
「……た、ただいま」
二年の教室に戻って来た俺を迎え入れてくれたのは、『μ's』の三人だった。
教室から出た時と今の自分。見比べて色々と相違点があることに気が付いてしまったのか、穂乃果達はお互いを見合い、代表してことりが口を開いた。
「なんか顔赤いよ。どうしたの?」
「あ、えっと、な、何でもないっ! ささっ、練習しよー!」
追求されないように自分の鞄を持ち、そそくさと教室を飛び出す。
今日の練習場所は『神田明神』の一部を借りて行うことになっているので、穂乃果とことり、海未に捕まらないように一生懸命に逃げ去る。
(……ほんと、どうしたんだろ。俺)
◇
校内の三階――。
校門に向かって走り去る一人の少女と三人の少年を見下ろすように、眺めている少年がいた。
彼の視線に映るのは、たった一人の少女だけ。
あれからずっと頬を赤くしたままなのか、真実は本人以外誰も確認する方法を知らない。けれど、それを見ただけでも少年の心は揺れ動いた。
「本当に可愛いな。光莉先輩は」
今までずっと見ていたメモの切れ端を懐にしまいながら呟く。
普段クラシックやジャズしか聴かないし、弾かない少年だったが、彼女の為だったらアイドル向けの曲を作ってあげても良いかなとメモの切れ端――歌詞を読んでいた。
本人が歌詞を考えたわけではないだろうけど、始まりを告げる歌には心が惹かれつつあった。
この音ノ木坂学院にスクールアイドルを設立して、廃校という暗い未来が待ち受けていたとしても、新しい道を切り開いてみせる。そんな歌――。
「……良いよ。この真姫君が君達に最高の曲をプレゼントしてあげよう」
(けど、惜しかったなぁ。あのまま口説いてたら俺のモノになってくれてたかも)
ま、あれが最初で最後のチャンスだったってわけじゃないし、もっと仲良くなってからにしよう。自宅への道程をゆっくり歩きながら、真姫は微笑を浮かべた。
年頃の少女の視界に入っていれば、十人中十人は絶対に見惚れてしまうだろうという優しげな微笑み。
『μ's』に捧げる最初を告げる曲の構成を考えると同時に、思い浮かべてしまうのはやはり光莉先輩の姿。
今までにないタイプの少女に心奪われていたのは自分の方かも知れないな。と、真姫は思った。
(……最高の曲をプレゼントするよ。光莉先輩)
【問題】不協和音とは、二つ以上の音が同時に出された時、全体が調和しないで不安定な感じを与える和音のことですが、このサブタイの『不協和音』は、何を示すでしょうか?
答えがわかった方もわからなかった方も口を閉ざしてくださいよ~。
決して真姫ちゃんが作る曲がこれに関係するとかはないですからね!!
そして、物語の方ですが、いかがでしたでしょうか。
作者推しの真姫が出てきましたが、ちょっとチャラ男っぽいですかねw
μ'sに関わっていく中でメンバー全員が少しずつ変わっていきますので、今はこれでも勘弁してください!!
しゅ、終盤になったらきっと変わりますし……(たぶん)