あれ? これって『ラブライブ!』だよね   作:片桐 奏斗

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第27話 産みの親

 

 

「……今、何時?」

 

 電気の消えた暗闇の中、私は目を覚ました。

 倒れてからの記憶が完全にないけれど、だいぶ気絶していたことだけはわかった。

 身近に置かれている小さな机の上には、お粥が作られていた。一目見て、希先輩が作ってくれたものだとわかり、一口食べてみる。

 

「あったかい……」

 

 時間が経っているので、温かいはずはない。けど、私には不思議とそう思えた。きっと彼の気持ちが篭っていたのが自然と理解出来たからなのかも。

 

 希先輩はいつもそうだ。そうやって周囲に気を利かせて、より良い空間を作ろうとする。確かにその空間は居心地が良いけれども、希先輩が自我を殺してまで頑張って作るほどの空間ではない。

 

 

「本当に、不器用な人……」

 

 いつも……?

 私は何故、そんなにも一緒にいない希先輩に対してそんな表現をしたのだろうか。

 更に可笑しいことを挙げるとすれば、記憶が曖昧であること。私はこの世に生を受けてからもう十数年となるが、実際に記憶が残っているのはここ数日のみ。

 まるで、ここ数日の間に生を受けた感じに。

 

(まさか、ね……)

 

 きっと私自身が忘れてしまっているだけ。

 記憶の引き出しにぽっかりと空いてしまった穴。昨日までは思い出せたはずなのに、今はもう思い出せない。

 

「どう……して」

 

 私は一体、誰なのーー。

 全く記憶がないわけではなく、過去の記憶のみが消えており、常識などは消えていない。その事実が私を不安にさせた。

 

 

 

 ◇

 

 

「光莉ちゃん? 大丈夫?」

 

 前日に倒れたばかりだけども今はピンピンとしていて、メンバーと共に練習をしていた。

 拒否してもどうせ無理矢理参加するだろうと海未が言ったことでほぼ強引に参加させてもらうことになった。

 そして、練習の合間に取っている小休憩の最中、スポーツドリンクを入れたボトルに口を付けながら各々で会話を行っていた。その時間に見かけに寄らず意外とメンバーのことを考えているリーダーこと穂乃果は私に心配の声を掛ける。

 そんなにも辛そうな表情をしていたのかと不安に思いながら、穂乃果には大丈夫と返事をする。

 他のメンバーから少し離れた場所で座り込むように休憩を取っていた私。別に疲れが溜まっているわけではない。

 

「そこまで心配しなくても大丈夫だよ」

 

 笑みを浮かべながら穂乃果に対して訴える。そんなにも気に掛けなくても良いと。そこまで私は上等な人間じゃないよ。

 

「心配するよ! だって、仲間なんだから」

「穂乃果……君」

 

 君はいつもそう。人の話もまともに聞いたことはない。けれど、損はしたことないし、させたことはない。何事にも一直線に突っ走り、思い付きであっても必ず実行する行動力を持っている。

 そして、誰よりも周囲の人間を気にする。

 自分の思い付きについて来てくれている大切な仲間だから。

 

「……ごめん。気にしないで」

 

 会話と同時に休憩も切り上げ、練習開始の合図を出す。

 見る人が見れば、これ以上追求されたくなくて練習に逃げたと予想が付くだろうが、実際にはその通り。私はこの話をこれ以上広げたくない。ここにいる人——それがたった一人にでも心配をかける必要性を感じないから。

 

 自分の中の迷いを振り払うように練習に精を出す。とは言っても、練習を実行するのは私ではなくてμ’sのメンバーであるけれど、文句はなかった。

 誰もが丁寧に真剣に、私が言い出した練習メニューに取り組む。

 こうして見れば、μ’sが人気急上昇ピックアップスクールアイドルになる理由がわかる気がする。

 メンバーは皆個性的で特徴が類似している人は誰もいない。そして、全体的に歌のレベルが高い。歌だけで言ったら現段階でスクールアイドルの頂点に立つA-RISEに匹敵する程、上手いと私は勝手に思っている。だけど、後一歩が踏み出せてない気がしなくもない。

 もちろん、更に歌が上手くなるなら順位も自然と上がるだろうけど、手っ取り早く順位を上げるならもっと別のことに着手すべきだ。

 

(とりあえず練習をするのであれば、ダンスでしょうね。ダンスはまだまだ上限があるし、μ’sに足りないものを挙げるとすればそれしかないから)

 

 歌の練習時間を少し削って、ダンスの練習に当てるべきかな。今のままじゃ、μ’sのダンスに魅力は感じない。ダンスでも人を魅了したいのであれば、これではダメ。

 

(何処かにダンスの上手い人がいれば良いのだけどもーー)

 

「光莉ちゃん。ちょっと良い?」

「希……先輩?」

 

 少しだけ開けたドアの隙間から顔を覗かせる副会長。彼はこちらへ視線を向け、他のメンバーに声を掛けるわけでも、堂々と入ってくるわけでもなかった。だからこそ、彼は私にだけ用事があったのだと悟り、メンバーの誰にも見つからないように希先輩の所へ向かった。

 

「どうしたの? 学校ではあまり接触しないでおこうって、希先輩が……」

「そうなんやけどな。一つだけ伝えておこう思って」

 

 学校で一緒に住んでいることをバレてしまうのは良くないから、ボロが出ないようにあまり接触しないようにしようと決めた。

 本当は家からずっと一緒に登校しているけれど、途中で待ち合わせして登下校を共にしているという設定で。

 

 屋上を後にし、数分間歩いて着いた場所は中庭のベンチスペース。

 落ち着いた空間の中で会話をするならうってつけの場所だ。

 

 

「これを見て」

 

 差し出して来た希先輩の携帯——スマートフォンを手に取る。その画面に映るのは、金色の髪をたなびかせながらキレの良いダンスを披露する生徒会長の姿が。

 私は言葉を失ってしまったーー。

 今のμ’sの誰よりも上手く楽しそうな表情で踊る絵里先輩。

 他にも一緒に踊っている人がいるけど、彼と共に踊っている希先輩の姿ぐらいしか目に入らない。それでも、希先輩よりも、凄く綺麗に踊り切ったのが絵里先輩だ。別に希先輩が下手なわけじゃなく、それ以上に絵里先輩があまりにも上手すぎるだけ。

 

「綺麗……」

「光莉ちゃんなら、そういうと思って見せようかなと」

 

 直接言葉にはしていないけれど、今までの上昇と比べるとμ’sのランクは停滞気味だ。ここに至るまでの上昇率は異常だったかも知れないが、彼らの実力を考えれば当然だと思う。しかし、最後の一歩が踏み出せない。それがダンスだと検討は付いたけど、アテがなく打つ手なしだった私に希先輩は救いの手を差し出してくれたのだと悟った。

 希先輩はやはりμ’sのことを気に入っている。絵里先輩は生徒会長として、本当に合理的な手段しか取らない人で、可能か不可能かわからない曖昧なスクールアイドル活動は認めないと言っているし、生徒会の手助けは受けられない。そう思っていたけれど、希先輩は違った。彼は生徒会サイドでも、こっちサイドでもない。云わば、傍観者。守り神とでも言ったら良いかな。

 

「光莉ちゃん」

 

 おふざけが一切感じられない真剣な表情を浮かべて、私の名を呼ぶ希先輩へと視線を向ける。その際に再生していた動画は止めて希先輩にスマートフォンを返す。

 それを手で受け取り懐にしまいながら、私に告げる。

 

「エリチは不器用で人付き合いを積極的にするタイプじゃないけど、決して悪い人間じゃないから。学校が好きで好きで仕方なくて、この学校を守りたいだけで」

「わかってますよ。希先輩」

 

 彼が本当に学校が大好きで、絶対に守りたい。そう思っているからこそ、未来が見えないアイドル活動に対して否定的な意見を持っているだけ。もっと、合理的な方法で学校を救いたいと思っている。学校を救いたいという思いは一緒なのにね。

 でも、そんな彼がアイドル活動を認め始めた。『音ノ木坂学院』の名前を背負って『ラブライブ』に出場しても良いと。だけど、ラブライブに出るためには私達の力だけでは一歩足りない。その一歩を踏み出す為にはやはり絵里先輩の尽力が必要だ。

 

「だからこそ、私は……絵里先輩に入ってもらいたいんです」

「うん。光莉ちゃんならわかってくれると思ったよ。『μ’s』は彼らでいないといけない」

 

 その言葉で私は察した。

 やっぱり『μ’s』という名前を付けたのは希先輩だった。何となくというか、たぶんそうなんだろうなと思いながら確信はなかったけれど、この言葉を聞いて確信を持った。

 希先輩はきっと、『μ’s』に賭けているんだ。『μ’s』なら……穂乃果達なら何とかしてくれると。

 

「エリチはきっと否定するだろうけど、彼もやっぱり気になってるんだよ。何かとウチに聞いてくるんや。あの子らはどうなんだってさ。気になるんなら自分で見て()いやってね」

「まぁ、絵里君らしいんじゃないかな」

 

 楽しくアイドル活動をし、結果を出している彼らと違い、

一生懸命試行錯誤しているにも関わらず結果を出せていない自分が歯痒くて、μ’sに興味を持っているのに意地を張り続ける少年。

 現在のμ’sメンバーにも似た人はいるけれど、リーダーを見習って欲しいよ。

 やりたいからやる。

 後のことはまた、その度に考えたら良い。

 何事にも真っ直ぐ進む彼に一人、また一人とついて行くのだから。

 

 

 

 

 


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