あれ? これって『ラブライブ!』だよね   作:片桐 奏斗

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第26話 一縷の希

「……熱は、ないね。よかった」

 

 家へ帰宅した光莉と希の二人。

 希が甲斐甲斐しく世話をした結果もあり、早期完治に終わった。しかし、一時ではあったものの熱が急激に上昇した実績があるので、本人は熟睡しているが、希は一切寝ようとしない。

 少女の額に置いている濡れタオルが熱くなったら、冷水に浸し、水を絞ってから元の位置へ戻す。

 

「光莉ちゃんは本当にあの子と似てるよね」

 

 幼少期に出会った一人の少女。

 ただ会って少し話しただけと言えばそうなのだが、希には少女が忘れられなかった。親の仕事の都合で転勤となることが多く、希も転校となるのが多かった。当時は何度目度重なる転校に嫌気が差していた。友達を作ってもすぐにいなくなる。正確に言えば、自分がいなくならないといけない。

 別にもう友達なんていらないや。そう思っていた自分の前に現れた少女がいた。綺麗な黒髪を携え、映し出す人の心すら洗い流すようなライトブルーの瞳が特徴的だった女の子。

 

『私は……っていうんだ。あなた、一緒に遊ぼ?』

 

 その子の名前はなんと言っただろうか。

 あの時はどうせいなくなる、一緒に遊べなくなるクラスメイトの一人と思って聞き流していた。それから幾度と遊ぶ仲になるのだが、今更名前を聞けなくて、いつも“キミ”って呼んでた。

 

『希君って言うんだ。じゃあ、のん君だね!』

 

 そんな愛称を今まで付けてくれるような友達はいなかった。彼女が始めてで、その次に彼女と同じぐらい好きになった友人は絵里しかいない。にこも普段から話す仲ではあるけれど、そこまでじゃない。彼が一方的に距離を取っているような気もするけど。

 当時はのん君と呼ばれることが若干恥ずかしかった。けど、彼女が自分を呼ぶ時にだけ使う特別な呼び名——そう考えたら嬉しかった。

 もしかしたらその時から恋をしていたのかも知れない。

 

 

 希の初恋——。

 いつか少年の親友である絵里と二人で仕事の合間に話したことがあった初恋の話。

 あのときは自覚してなかったけど、少女に激似な光莉の姿を見て自覚したーー。

 

 あの名も知らない思い出の子に恋をしたんだ、と。

 だからこそ、希は思った。

 

「キミじゃ、ないよね」

 

 あの子がそのまますくすくと成長していたなら、今の光莉ちゃんにそっくりだ。ただ一点——瞳の色が違うだけ。

 彼女は青く染まった瞳の色をしていた。例の少女はライトブルー。似て非なる色なために、希は違うと確信を持った。

 瞳の色はカラーコンタクトでもしない限り変わらない。外見を意識する心が若干欠けている光莉にカラコンをする可能性は皆無と言っていい。

 

「気のせいだよね」

 

 光莉が規則正しい寝息を立てて、夢の中で滞在していることを確認した後、希はゆっくりと扉を閉める。

 

 

「光莉ちゃんが小腹空いた時用におかゆでも作っておいてあげよ」

 

 生姜は身体に良いって聞くけど、意識的に遠ざけている節が光莉の挙動に現れていたので、嫌いとまではいかないにしても苦手なのだと希は考え、シンプルなおかゆにしようとキッチンに立つ。

 一人暮らしをし始めて、料理を作りだした最初の頃はおかゆですらも苦労したなぁとしみじみと思いながら慣れた手付きで調理を行う。

 

 

 トントン……。と、ノックの音が廊下に響く。しかし、中にいる人の返事はない。

 最前提として寝ている人なため、希は扉を片手で開けて中へ入る。

 

「起きてる? 光莉ちゃん」

 

 声をかけながら、少女の下へお粥を載せたお盆を持っていく。当然、起きるわけがないと思いながらだけれど、夕食を何も食べずに寝ているお姫様がお腹を空かせたらいけないので、希は彼女の付近のテーブルの上にお盆を置いた。

 

 

 ——瞬間。

 

「……のん、君」

 

 少女の口から紡がれた一言。それは、希の思考回路を麻痺させた。

 ただ一言、名前というか愛称を口ずさんだだけ。それも良くある愛称だ。決して自分のことじゃない。希はそう自分に言い聞かせた。

 

「まさか……ね。ただの偶然だよね」

 

 希はそのまま退室し、扉を閉めた。

 そのまま扉に背を預け、呟いた。

 

「光莉ちゃんがあの子だったなら、俺は……」

 

 時期が来るまで『μ’s』を見守る位置に徹しようとしていたスタンスを根本から覆さなければならないな。と思う。

 

 もし、倍率が高い光莉ちゃんがあの子だったら、誰にも負けない。負けたくない。

 

 

 ——自分を変えてくれたあの子が、好きだから。

 

 

 


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