「やっぱり、この問題はオレが部長についた瞬間から考え直すべきだったんだよ」
アイドル研究部の部室に緊迫した空気が流れる。
全員が真剣な面持ちになり、にこ先輩の言葉を待った。
彼らが今から話し合おうとしていることは、練習をするよりも、何よりも大切なこと。これからの『μ’s』の在り方がどうなっていくのかを左右する重大な問題なのだから。
「ボクは穂乃果君が良いけど……」
にこの言葉を受けたことりが一目散に穂乃果を推薦する。
私的にも穂乃果が『μ’s』のリーダーになった方が良いと思う。『μ’s』を作るキッカケを作ったのは穂乃果だし、穂乃果だからここまでの人数が集まったんだから。
「ダメ。あの後、希と話したことを忘れた?」
「いや、覚えてはいるけど」
インタビューを終えて、生徒会室に戻り、帰り支度を済ませた希先輩とバッタリ会った『μ’s』メンバー。
その際に会話した内容が、練習メニューの計画や管理、振り付けや作詞作曲、それに衣装作りは誰がしているのかという話。そして、そのどれにも担当していない現リーダーである穂乃果は何をしているのかという問題に直面した。
その言葉を聞いたにこは誰よりもこの問題を重要視し、今に至るというわけだ。
「リーダーにはまるで向いてないんだよ」
「同意見だ」
穂乃果にはリーダーに適性がないと言い張るにこ先輩の意見に賛同する真姫。
まぁ、確かに能力的に言ったら穂乃果が『μ’s』の活動に役に立つことは今までもこれからも一切ないかも知れない。
――けど、本当にリーダーが穂乃果でなくてもいいのかな。
「リーダーを決めるんだったら、早く決めた方がいいよね。希先輩から借りるビデオカメラでPVだって録るんだし。勿論、新しいリーダーをセンターにして」
「じゃあ、一体誰が……」
新しいリーダーをセンターにするとなると、今の曲で合わせることになる。つまり、ポジション的な問題が発生するので早めに決めてもらいたいところだ。
とりあえず今は、穂乃果センターでダンスの振り付けとかを考えているけど。
花陽の問い掛けに待ってましたと言わんばかりのにこ先輩は備え付けのホワイトボードにリーダーとしての在り方と説明文が書かれていた。
「リーダーとは、まず第一に誰よりも熱い情熱をもってみんなを引っ張っていける人で、精神的支柱になれるだけの懐の大きさを持っている人間であること」
……やっぱり穂乃果じゃない?
話を聞いてて思ったんだけど、やっぱり穂乃果で良いと思う。確かにスクールアイドルに対する熱い情熱は今は持っていないかも知れない。これから持つかどうかも少し怪しい。けどね。みんなを引っ張っていける人で、精神的支柱になれるだけの懐はあるよ。
「そして、何よりメンバーから尊敬される存在であること。この条件を全て備えたメンバーというと……」
にこ先輩はみんなに対して問い掛けていた。
おそらくにこ先輩は「にこ先輩がリーダーに向いてます」とメンバーに言って欲しいのだろうね。だから、部長についた瞬間からなんて言ったんだ。
希先輩から絶妙なパスを受け取って、今がチャンスだと思って言ったわけか。
でも、にこ先輩にみんなを引っ張っていける力があるのかと言われたら微妙な気がする。誰よりも熱い情熱は持っているだろうけど。それに、他のメンバーから尊敬されているのかな? 年上ではあるから若干の尊敬心はあるだろうけど、まだ親しんでない以上、まだないと思う。
「海未先輩かな?」
「なんでやねーん!」
凛の海未推しなコメントに対して、にこ先輩はやはりツッコミを入れた。
やっぱり私が予想した展開を期待していたのだろう。
「僕ですか?」
「……海未君なら向いてるかも、リーダー!」
「穂乃果はそれで良いんですか?」
「えっ? なんでさ」
穂乃果も凛の意見に賛同し、海未をリーダーにと推すが、海未は穂乃果に対して問い掛けていた。おそらく海未もわかっているのだろう。
「リーダーの座を奪われようとしているんですよ?」
「……それが?」
「何も感じないのですか?」
「みんなと『μ’s』をやっていくのは一緒だろ?」
「でも、センターではなくなるのですよ?」
「あ、そうか」
何度も質問をした後、やっと穂乃果も理解したのか納得はしていた。
「別に良いんじゃない。確かに俺はことり君並みに裁縫が上手いわけでもない。海未君みたいに歌詞も書けない。真姫君のように作曲も出来ない。ダンスの振り付けやポジションの構成だって光莉ちゃんに一任しているし、俺が出来ることは何もない。それで、リーダーを辞めろって言われるんなら、辞めるよ。みんなと『μ’s』をやっていくことに変わりはないんだから」
「穂乃果……」
思っていた以上に穂乃果はスクールアイドル……『μ’s』に熱中しているみたいだね。
昔は興味を惹いたもの全部やってはすぐに辞めてっていうのを繰り返していた男の子だったのに。今ではこんなに一つのことに集中して――。
(えっ? なんで、今……)
感慨深い気持ちに陥っていたのだが、不意に思っていたことに驚きを隠せないでいた。
どうして私はそんなことを思い出しているのだろう。
「……光莉はどう思いますか?」
「え? あ、えっと、正直に言って、穂乃果がリーダーじゃないなら、海未とことりは無理だと思うよ。海未はリーダーに期待される能力はあるかも知れないけど、リーダーとしては今一つ。ことりは副リーダーって感じでサポートに向いてるから」
これじゃあ中々リーダーが決まらず平行線なままだよね。
なら、私がいい企画を発案してみようかな。
「ってことで、どうせロクに決まらないと思ったので、簡単にリーダー決定戦を考えてみました!」
紙に纏めているのは、歌、ダンスと書かれた項目。チラシ配りを入れても良かったのだけど、それはやめておいた。街角で某人気アイドルっぽい風貌の少年らがチラシ配りをしていたら、それこそ凄いことになるんじゃないかと思ったからだ。この世界だとどうなるかはわからないけれども。
「歌とダンスで評価が高かった人がリーダーってことで、勿論、それに最適な店もあるよ。ちょっとお高くなるけど……そこは」
視線を赤髪の少年に向ける。
すると、『μ’s』全員の視線も彼に集まり、各々がなるほどといった表情を浮かべた。
流石、西木野総合病院の一人息子。
お金関係の話題が出たら視線は一人に集中するんだね。私がじっと見ていたからかも知れないけれど、まぁ、許してくれるよね。
「なんでこっち見るんだよ」
「真姫君、お願い!! リーダーを決めるのに必要なことなんだ」
椅子に座ったままの真姫の付近まで行き、真姫の手を両手で包み込むように握り締めて、少し上目遣いにして、原作ことりの必殺技的な感じの甘える声を出して、真姫に縋る。
マネージャーさんは今月色々とあったせいで、金銭面に余裕がないのです。
急遽、洋服を買いに走ったりとか、色々と
……ね。部屋に置いていた衣服はあまり着たいと思えなくなっちゃったからね。あんだけ荒らされて物色された衣服を好んで着れる人はいるのかな。
「……別にいいよ。それくらい」
私から視線を逸らして渋々了承する真姫。そんな彼の姿が微笑ましく思える。
今はまだ私にしか心を開いていない様子が堪らなく嬉しい。まだ、心を開きかけてる途中かも知れないけど。
「やった! ありがとー。真姫君」
「……良いんですか? 光莉が無理を言ったみたいですけど」
「いいよ。他の人だったら許さなかったけど、光莉先輩だったら別に」
なんか海未の対応を傍から聞いてたら、穂乃果が何かをやらかした際にサポートに徹する海未の対応とそっくりで、女版穂乃果とでも思われてたりするのかなと心配になってくる。
でも、ね。このセンター決定戦はマネージャー的には絶好のチャンスなんだ。みんなの歌唱力がわかるのも良いことだし、何より全員のダンスのレベルがわかる。おそらく使う台はゲームセンターにある足のステップが主になるあの機械だろうけど。足運びが出来ていたら腕の振りなどはどうにかなる、と思う。実際に自分はそうだったから。
そんなわけで、マネージャー的にはみんなのレベルが把握出来る良い機会なんだよ。
真姫には悪いことをしたという自覚はあるよ。無理矢理、自分の意見を通そうと思っているのも。でも、やっぱり、この機会は逃したくない。
「まぁ、タダで貸すのはちょっとアレだから。今度、うちに二日間ぐらいメイドのバイトに来てよ」
「考えておきます……」
今でも少し女性服には抵抗がある。
フリフリした服を着るのが少し苦手というか、出来れば着たくないんだ。ボーイッシュな服装や長めのスカートであれば着れる。けど、フリルがついた服は何故か着たいとは思えない。
そのメイドのバイトをした際に着る服もスカートが異様に短かったり、フリフリでなかったら良いな。
「よし、じゃあ、問題も解決したし、さっそく行こう!」
「「「「「おー!」」」」」
「お、おー……」
穂乃果の掛け声に合わせるようにやる気に満ちた返事をする『μ’s』メンバー。
問題解決って言っても、私が西木野家でメイドをするという条件の下、成り立っているということだけは理解しててね。
『μ’s』のために私も体を張っているという事実だけは理解してて欲しい。ただ単に借りるだけだと嫌な気分になるから、交換条件を出してくれた方が公式の手段を使って手に入れたお金に思えて、まだ気分的にマシだけど。