続けてどーん!!
19話を仕上げてから2時間の突貫作業でした。
……意外と出来るものですねw
アイドル研究部にびしょ濡れなまま戻ると、決まって全員に心配されたけれども、特に酷かったのは海未だ。
穂乃果達はそこまで心配してないのか、海未が過保護過ぎるのかは判断がつき難いが、穂乃果達の意識はアイドル研究部の内装にいっていた。
「……光莉、大丈夫? 寒くないですか?」
「大丈夫だよ。海未君」
薄情だなとは思わないけど、もう少しぐらい心配性になってくれても良いんじゃないかな。
海未は優しく濡れてしまった私の髪を撫でるように何度も所持していたタオルで拭き取ってくれて、私の鞄に入っていた小振りなドライヤーで乾かしてくれる。
手付きがとても優しくて、なんだかお母さんにしてもらっているような雰囲気を感じ取ってしまっていた。こっちの海未は男子だから、お父さんかな。でも、一つ一つが丁寧で凄く気持ちいいんだよ。
「うわぁ~! すっごい!」
「A-RISEのポスター!!」
「あっちは福岡のスクールアイドルか」
部室の中は全国の中で特に注目されているスクールアイドルのポスターで埋め尽くされていて、棚の中身もスクールアイドル関係のCDやDVDなどが並べられている。ここだけ見ればスクールアイドルの専門店のような品揃えだ。レンタルショップみたい。
校内にこれだけの物を置いていても良いのだろうか。セキュリティ的な意味でも、校則的な意味でも。
誰しも驚きを隠せない中、花陽は別段驚いていた。手には分厚いDVDBOXを持っていた。
「こ……これは伝説のアイドル伝説DVD全巻BOX! 持っている人に初めて会いました」
「ま、まぁね」
素、なんだろうけど。
アイドル関係のグッズを見た際の花陽のアクションだけ、いつもの花陽とはまったく違う気がする。まるで三倍の速度で動いているような錯覚が。
「へぇ、そんなに凄いんだな」
「し、知らないんですか!?」
あ、穂乃果が地雷を踏み抜いた気がする。
花陽が熱く語り始めたのをきっかけに、私はそちらから意識を逸らし、海未とことりと会話をしようとしたその時だった。
ことりの視線が一点に集中しているのに気付いた。
「ことり君? どうしたの?」
「あ、それ。気付いた? 秋葉の伝説執事ミナリンスキーさんのサイン色紙だ。まぁ、オレも会ったことはないんだけど。ネットで手に入れただけだし」
露骨にほっとしたような様子のことり。
あ、こっちでは伝説執事なのね。てか、伝説バトラーのが言いやすくて良いような気がするけど、それって私だけなのかな。
「とにかく、この部屋すごいっ!」
早く会話の方向性を変えたいのか、ことりが大きめな声で言い放った。
それを合図に、穂乃果もここへ来た内容を思い出したのか。にこ先輩に対して告げた。
「アイドル研究部さん!」
「にこでいいよ」
「にこ先輩。実は俺達スクールアイドルをやってまして」
「知ってるよ。どうせ希辺りに部にしたいなら話をつけてきぃやって言われたんだろ」
「おお。話が早い」
私達は生徒会室からこっちへ直でやって来た。希先輩に先回りする余裕なんて絶対にない。要するに話が早いわけではなくて、以前から言われていたんだろうね。さっきの生徒会でも一人ぼっちの部活がどうのこうのって希先輩が言っていたし、このままズルズルと一人でやっていたら部費の問題とかがあって、生徒会からこっちに話があったのだろう。
その際に希先輩から告げられた話の中に、この話題があったのだろうね。
音ノ木坂学院のスクールアイドルがいて、その団体が部活にしようとしているという話が。
「お断りする!」
「えっ?」
「お断りだって言ってるんだ! 言っただろ? あんたらはアイドルを汚しているんだ!」
「でも、ずっと練習してきたし歌もダンスも……!」
「そういうことじゃなく。あんたら、ちゃんとキャラ作りしてるか?」
「キャラ?」
にこ先輩が言っているキャラの意味がわからないのだろう。
メンバー全員がきょとんという表情を浮かべていた。
「そう、お客さんがアイドルに求めるものはそれは夢のような時間だろ? だったら、それに相応しいキャラってものがあるんだよ!」
確かに夢のような時間ではあるよね。
女性が男性アイドルを追い掛けている時間も夢のようだし、結果的に財布の中身は夢のように儚くなくなっていく未来が見えるけれど。
でも、キャラ作りまでするのは、ちょっとヤラセくさくないかな。
「ったく、しょうがないな。いいか……例えば」
私らから距離を取って後ろ向いたにこ先輩。
そして、振り返ったにこ先輩が口を開いた――。
「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー! 笑顔届ける矢澤にこにこー! にこにーって呼んでラブにこ!!」
……これ。どういう反応をしたらいいのかな。
男子になってちょっと変わってたりするのかなと期待してた分、まったくおんなじでどう反応していいのかわからないんだけれど……。妙に女顔でハスキーな分、似合ってないとも言えないし、でも、やっぱり男としては何か微妙な感じがして。
「どうよ?」
「これは……キャラというより……」
「俺、ちょっと無理」
「ちょっと寒くないかにゃー」
メンバーからしてもドン引きしているみたいだ。
うん。わかるよ。その気持ち……。実際に前世の自分にやらせてみたらどうなるか想像しただけで、ちょっと気持ち悪かった。
「そこのあんた。今寒いって言った?」
「いえいえ。と、とてもかわいかったですよ!」
「あ、でもこういうのも良いかもですね!」
「そうですね。お客様を楽しませる努力は大事です」
可愛かったというのは、男子に対して褒め言葉であるのだろうか。
今の台詞はおそらく可愛さ路線を目指しての台詞だろうから、褒め言葉で良いのかな。
「よ〜し。これくらい俺だって!」
「出てけ!」
「えっ?」
「とにかく話は終わり。とっとと出てけ!」
アイドル研究部の部室から強制的に追い出されたメンバー一同。
私はとりあえず制服が乾くまでいても良いということなのか。私だけは追い出されなかった。
「……遅いんだよ。今更」
「にこ先輩」
一度、裏切られて一人ぼっちになってしまったにこ先輩の悲しみは痛いほどわかる。
スクールアイドルの頂点を目指して共に練習して、共に悲しみも挫折も解り合って、共に喜んで。そんな関係を目指していたのに。自分の高過ぎる目標について来れなくなったメンバーがいなくなり、一人ぼっちになった。
「にこ先輩は『μ’s』が嫌いですか?」
「えっ?」
「確かにパフォーマンスはまだまだで、今でも発展途上でしょう。アイドルとしての誇りを大事にしているにこ先輩からしたら目の毒かも知れないです。……でも、ありさまも嫌いですか?」
次第に視線を落とし、じっくりと考え込むにこ先輩。
そんな彼の様子を見て、私は席を立ち、アイドル研究部の部室を後にしようと足を踏み出す。
「……嫌いじゃ、ないよ」
ほんの小さな声音だったけれど、にこ先輩の本音が漏れた。
「あいつらが人一倍も努力してるのもわかってる。けど、もう遅いんだよ! 勝手なのもわかってる。でも、オレは二年前に一人になって、何も出来なくて……。今になってオレの気持ちをわかってくれそうなあいつらがスクールアイドルをしてて、楽しそうに、毎日を送っていて。せめてあと一年でも早くしてくれていたらって。思ってもしょうがないだろ!!」
正直に言ったら私や穂乃果達に辛く当たってもしょうがない。
おそらく、にこ先輩にもわかっているはず。それでも、誰かに当たらずにはいられないのはきっと、誰よりもスクールアイドルが大好きで本気だったから。そして、今も――。
一年生の途中でメンバーが次々と辞めていき、一人ぼっちになって約二年間も何も出来なくて。気が付けばもう受験生。アイドルになんて現を抜かしている場合じゃない、か。
……ホント、この人も不器用だよね。
私はもう一人、彼に似た人を知っている。
父親が経営する都内でも屈指の総合病院の一人息子で、一年生ながらに勉学に励み、一生懸命に後を継ごうと毎日毎日勉強をして、音楽という夢を捨ててまで、そっちの道へ努力し続けた頑張り屋な少年を。
今は音楽と医学。両方を道を得るために、頑張っているみたいだけど。
「……バカですね。にこ先輩。確かに思っても仕方ないですよ。でも、今から始めても遅いなんて誰が決めたんですか!」
「え……」
「確かに先輩は今年度いっぱいで卒業します。進路のこともたくさんあるでしょう。でもね。それは、半年以内に廃校問題もどうなるかわからない穂乃果達と似たような境遇なんですよ。でも、彼らは遅いだなんて思っていない。時を巻き戻したいなんて思ってない。誰もが今を楽しんでいるんですよ。だから、『μ’s』はあんなにも輝かしく見えるんですよ」
思い付きで事態をどうにかしようとするバカなリーダーを筆頭として、彼らが増えて今や六人となった。
スクールアイドルのトップである『A-RISE』は確かに強大かも知れないし、魅力もあっちの方が格段に上であると断言出来る。けど、『μ’s』から目が離せないのはたぶん、そうせざるを得ない何かがあるから。
それを持っているのはきっと、人を動かせる力がある穂乃果だ。
「だから、にこ先輩。『μ’s』に入ってくれませんか」
感情を一気に吐き出してしまったからか、涙ぐんでいるにこ先輩の頭に彼のブレザーをかけて、私は言う。
恥ずかしがっている場合じゃない。
「にっこにこにー!! ですよ。にこ先輩」
「……ぷっ。恥ずかしがるならやらなければ良いじゃん」
「うるさいです」
頬を赤く染めながら羞恥心を抱きながらも実行する私の姿がさぞ滑稽に思えたのか、にこ先輩からやっと笑顔が漏れた。正真正銘、心から笑っている笑顔が。
「……返事、今日じゃなくていいです。明日でも明後日でも良いので、穂乃果にまでお願いしますね。あ、ブレザーありがとうございました」
そういって鞄を手に、一目散に部室を出ていく私の背中に聞こえた気がした。「気持ちなんてとっくにアンタらに傾いてるっての」という、にこ先輩の本音が。
明日はきっと、良い日になるだろう。
誰もがにっこりと笑えるようなそんな日が――。
これから複雑な物語にしていく予定ですので、にこ編までは終わらせておこうと思い投稿しました。
これが正真正銘の打ち止めです。