あれ? これって『ラブライブ!』だよね   作:片桐 奏斗

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第12話 恐怖症

 

 

 

 

Kotori side

 

 

 

 

「疲れたー!」

 

 『神田明神』での朝練を終えたボク達は制服に着替えて、ほんの少しだけでも休憩してから学校に行こうと三人で話し合って結果が出た。

 なので、建物の影に隠れるような感じで壁に凭れかかる。

 全体重を背中の壁に預けて、朝練で疲労した体力の回復に努める。

 

 いつもならそのまま行くところだけど、今日は授業に体育があって体力を温存しないといけないこともあり休憩を挟むことにした。が、ボク達が本当に休憩を挟んだ理由はこれじゃない。神社で働いている希先輩と話したかったからだ。

 

 

「……お疲れ様やね」

「希先輩」

 

 巫女服を着用して、男子にしては比較的長い髪を後ろで一つ結びにしている希先輩の姿がこちらに近づいて来る。

 前に神社であった際に何故、巫女服に女装しているのかと質問した。そしたら返答が「神社のバイトってね。女性ぐらいなんだよ。男は少なくとも神職を希望している人しかダメなんだって」と発言していた。

 

 家から近いこと、朝と夕方から入れるバイトといえばここしかなかったみたいだ。時給も中々に良いみたい。

 ボクもここでバイトしようかな。色々と衣服の勉強をしつつ喫茶店などを巡ってるけど、良さげな服がないんだよね。

 その点、女装には手を出していないので、斬新な発想であり、注目される衣装を作れるかも。

 もしかしたら、海未君は嫌がるかもだけど。

 

「そろそろ話があるんやないかなって思ったんやけど、あるよね」

「……さっきの話ですが、本当の話ですか?」

 

 今だに信じ切れていない海未君が希先輩に問い掛ける。しかし、帰って来たのは望まない嫌な返答だけ。

 

「あの恐怖を感じる家に帰すよりは、誰かが一緒にいてあげれる空間に彼女を連れていって安心させてあげようって思ったから家にいるけどね」

「え……。てことは、今は希先輩の家に光莉ちゃんが?」

「うん、一つ屋根の下の同じ空間にね」

「いいなぁ。光莉ちゃん可愛いし」

 

 彼の言う言葉には理解もしてしまうし、納得してしまう。

 光莉ちゃんと一緒に生活できるなんて幸せだ。

 

 ……けど、それは相手が正常であれば。

 

 

「穂乃果、不謹慎ですよ。彼女は身に危険を感じて男性恐怖症になってるかも知れないのですから。逆に希先輩の立場なら気を使ってしまいますよ?」

「確かにそうだよね」

 

 彼女はとっても可愛くて素敵な女の子だから。決して傷付けたくないし、彼女の泣いた顔は見たくないし、させたくない。

 スクールアイドルのマネージャーに誘う際に、ボクが仕出かしてしまった行為に対しても若干後悔していた矢先のこの事件だ。

 もしかしたら男性恐怖症になっていてもおかしくはない。もしも、彼女が男性恐怖症になっていたとしたら……ボクは。

 

 

「ことり君?」

「え……? ど、どうしたの? 穂乃果君」

「どうしたのじゃないよ。急に難しい顔して考え込んでたから」

「あ、あはは……。大丈夫だよ。じゃ、じゃあ、希先輩の家に今日お邪魔してもいいですか? お見舞いって言ったらおかしいかもですけど」

 

 話を変えようと口から漏れた言葉は、この場にいる人全員にきちんと聞き届けられた。

 穂乃果君は「ことり君、ナイスアイデア! 良いね。希先輩お願いします」とボクの意見に肯定的で、今にでも向かいそうな勢いだったが、反対に。

 

「僕はやめておいた方が良いと思います」

 

 海未君から返って来たのは否定の言葉だった。

 

「えー、なんでよ。絶対に盛り上げた方が気が楽だよ」

「確かに気分を明るく持つことは良いことだと思います」

「だよね。だったら……」

「ですが、それはこの場合では適さないと思いますよ。変態に家を弄られてて、男性恐怖症になってるかも知れない子のところに男が行くのはどうかと」

 

 それは一般的な人に問い掛けたら絶対に返答されるであろう世間の声だとボクは捉えていた。

 十人に聞けば十人がそう答える予想も出来てしまう。極当然且つ当たり前な意見。

 仮にもし、彼女がボクらを拒絶してしまったら、ボクらは明日から平気な振りして学校に来れるだろうか? ――否、少なからずボクは無理だし、きっと穂乃果君も精神的にダメージを負うことになると思う。

 

 だって、本人は隠しているつもりかも知れないけど、転入生として彼女が紹介された時からずっと、穂乃果君は彼女に見惚れていた。だから、きっと、穂乃果君も彼女のことが……。

 

 

 

「それでも……。だからって、はいそうですか。ってわけにはいかないよ! だって、光莉ちゃんは俺らのマネージャーで絶対に関わらないわけじゃない。なら、今のうちにハッキリさせておきたい。線を引くべきなのか、今まで通りで良いのか」

「穂乃果……」

「穂乃果君」

 

 ボクらは穂乃果君のことを勘違いしていたのかも知れない。

 彼はきっとボク達以上に光莉ちゃんのことを想って行動しようとしていたのかも。彼女がボクらを拒絶して自分の世界に閉じ籠ったなら、ボク達は彼女から距離を取り、マネージャーの仕事もさせないようにする。今まで通りでも良いのであれば、通常通り一緒に練習して、一緒に学校生活を謳歌する。

 

 ボク達なら確実に距離を取って、彼女の気持ちを受け止めないで突き放す。

 それが最善だと信じて――。

 

 

 でも、穂乃果君は違った。

 

 一見、自己中な思考だと思うし、バカにされても文句は言えない。けど、一度決めたらその道を突っ走る穂乃果君だから出来ることだし、相手のことをきちんと思い遣っている心に感動した。

 

「……例え、それが俺らに取っては好まない結果に繋がったとしても、俺達は素直に受け止めないといけない。きっと、棘の道なんだと思う。けどね。可愛い女の子を傷付ける男子ってかっこ悪いじゃない?」

 

 あっけらかんと言ってしまう穂乃果君に思わず笑みを堪え切れなくなり、ボクと海未君は表情に出してしまった。

 

「まったく……。また思い付きで言ったのかと思いましたが、きちんと考えているのなら、僕は文句ありません」

「ボクもね。穂乃果君がそこまで考えているとは思わなかった」

「そこまで彼女のことを考えて想っているのなら、うちには止められへんな」

 

 穂乃果君やボクと海未君の気持ちを汲んでくれたのか、本当に彼女のことを心配で彼女のことを想っているのか試していたのかわからないけど、希先輩は自分の住所を教えてくれた。

 そこで初めて希先輩が一人暮らしだと知った。光莉ちゃんは被害に受けたという希先輩からの話で頭の片隅には情報として記録していたけども、まさか希先輩もだったなんて。

 

 

「……ほな。また放課後にね」

 

 そういって自分の情報を告げた後、バイトに戻っていく希先輩の後ろ姿を見ながら、穂乃果君は言った。

 

「本当に希先輩には感謝しないとね」

「……穂乃果?」

「彼がその場にいなかったら、光莉ちゃんがどうなっていたかって、考えるとね」

 

 自身の拳を強く握り締める穂乃果君の横顔をチラッと視界に入れる。

 ボクの瞳に映った穂乃果君は、唇を噛み、力になれなかったと悔いているのが直ぐにわかってしまった。

 

 ――何故、一人で帰してしまったのだと。

 

 

 後に悔いる。本当にその通りだと思った。

 ここにいる三人のうち、誰か一人でも彼女と一緒に帰っていたら被害は防げなかったとしても、彼女の力になってあげれていたかも知れない。希先輩に出会うまで、逃げ回っていたみたいだし、その際に測り知れない恐怖を味わったと思う。

 誰か一人でも……気を使って帰宅してたら。

 穂乃果君の悔しい思いが隣に座っているボク達にも伝わってくる。

 

 

 

 

「……守りたいな。強くなって」

「その為には練習しないといけないんじゃないですか。僕達がもっと上手くなれば、マネージャーの彼女も早く帰れますし、一緒に帰って守ることも出来ます」

「そうだよ。だから、一緒にがんばろ!」

 

 しみじみと呟く穂乃果君の台詞に海未君が反応し、上手く練習への流れにしていたので、ボクもそれに便乗し、穂乃果君の気分を乗せることにした。

 

「そう、だね。……よし、明日も朝練がんばろー!!」

「明日の朝練から練習開始するよってメール入れとくね」

 

 昨日、教えてもらった一年生三人に一斉送信でメールを送る。

 その際にふと気付いてしまったことを口に出してみる。

 

 

「あれ、ところで穂乃果君。なんで一年生には今日から朝練だって言ってないの?」

「あ、あははは……。ごめん。完全に忘れてた」

 

 顔の前で手を合わせて謝罪する穂乃果君。 

 その姿を視界に捉えた瞬間、ボクと海未君は理解せざるを得なくなった。

 

 

 

(うん。やっぱり、穂乃果君は穂乃果君だね。今日の放課後にこんなミスをしないと良いけど)

 

 

 

 今日の放課後までに、ボクはちゃんと立ち直れるかな。

 穂乃果君みたいにボクはきちんと割り切れないから、大好きな彼女に拒絶されたら、ボクはきっと――。

 

 

 


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