彼は再び指揮を執る   作:shureid

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秘書艦瑞鶴の一日 午後

朝食を終え、司令室に戻った瑞鶴の目には、朝霧が書類を睨み付けたまま、微動だにしていない姿が映った。

 

「何してるのよ」

 

「んー」

 

瑞鶴は、秘書艦用の執務机に腰掛けると、ペン立てに刺さっている筆の一つを手に取り、机の上に丁寧に並べられた書類にペンを走らせていく。睨めっこに疲れたのか、書類を机の上に放り投げると、瑞鶴にちょっかいを出そうと椅子から立ち上がる。しかし、一歩踏み出したところで司令室のドアがノックされ、それを諦めると返事を返し、ソファーに倒れこみ、そのまま仰向けに寝転ぶ。

 

「失礼しまーす」

 

司令室を訪れた人物は、中に入るやいなや、緑のロングヘアを靡かせながら、朝霧が寝ている方とは反対のソファーに向かい飛び込んだ。瑞鶴はいつもの光景だと気にせずに、黙々とペンを走らせていく。朝霧は業務をよくサボっていたが、やるべき仕事だけはその日の内に必ず終わらせるので、瑞鶴は特に文句を言うことも無かった。しかし、自分の書類が終わったからと言いながら、自慢のツインテールにちょっかいをかけて来ることがしばしばあったので、過去に数回、艦載機を撃ち込んだことがある。

 

「あー、落ち着くー。今日は非番だしここで遊んでていいよね」

 

うつ伏せで倒れこんだまま、鈴谷は気の抜けた声で朝霧に問う。前提督の時も、こうしてこのソファーで寛いでいたものだ。

 

「好きにしなさいな」

 

「やたー」

 

朝霧は天井を見上げながら、先程まで睨み合いを続けていた書類の内容を思い出していた。

 

「なあずいずい」

 

「何よ」

 

「建造しようと思うんだが」

 

「…………」

 

建造。

それは新しい艦娘を生み出す技術である。艦娘と言う存在が登場してからも、その全貌は解明されきっていない。その中でも、建造という方法で艦娘が誕生することは確認されており、それを行う権限が提督にはあった。数が増す一方の深海棲艦に対し、艦娘の絶対数は必ず減っていく。それを補っているのが建造であり、鋼材、燃料、弾薬、ボーキサイト。これらの艦娘に必要不可欠な資材を使い、艤装を作り上げる。提督として取るに足る存在がそれを行った時、大戦時、海の底へと散って行った艦がその思いに答え、艤装に宿る。人の形を成し、今の姿になるのだ。大本営の調査で、建造されたばかりの艦に、どこから来たのか問うと、自分は昔沈んだ船で、自分を必要としているものに呼ばれて来たと、一律の回答が帰ってきている。このことから、厳密に言うと艦娘は人間では無いのだが、その身体、思考、言動、感情、どれを取っても人間そのものであり、陸に居る時は完全な人間として扱われている。問題が一つあり、この建造は誰もが行えるわけではない。大本営の調査結果によると、提督として着任した者でも、建造により生まれたものは、ただの艤装のガラクタだった例が報告されている。何度やっても失敗したが、別の提督が行った瞬間、新たな艦が生まれた例も報告の中にある。

かと言って、むやみやたらに建造を行うことは許されていない。

建造を行うための資材は、現行業務でも大量に消費しており、建造に充てる分の資材の確保が難しいのだ。大本営に建造申請を送り、承認を得てようやく建造が行えるのだ。更に、一度建造に失敗したらその提督には二度と建造許可が下りない。無駄な資材の消費を避けるためだ。どんな提督が成功に導き、失敗するのか、数多の実験から、提督としての資質が重要となる、それが大本営の答えだった。

過去に沈んだ艦は大勢居る。

建造により、沈んだ艦が還って来た例は多数報告されている。

ならば轟沈しても次の艦を作ればいい、と言うことにはならない。建造した瞬間の艦は、同じ艦でもそれまでの記憶は一切無く、装備や経験も振り出しに戻ってしまう。それまでどれだけ思い出を共有していようが、その艦が沈んだ瞬間、それは全て無に返る。建造と言うが、実際には降臨の儀式と言っても差し支えないだろう。艦を沈め、建造を繰り返していた提督に、艦が一切応えなくなった例もあり、艦娘を真剣に見据え、信じることが出来る人物のみに許されたものが建造であった。朝霧は既に五度、建造を行っている。結果は五回とも成功しており、赤城、加賀、金剛、瑞鶴、龍驤。その五隻が、朝霧の想いに答え、その姿を表したのだ。現在横で寝転んでいる鈴谷も、自分の後の提督に呼び出されたものだろう。その提督が自分の前から居なくなった時、その艦は何を考えるのか。そう考えると、自分のしてきたことの罪深さが更に重く圧し掛かる。誰に建造されようが、その鎮守府に着任し、その提督と共に戦うことを決めた時点で、その艦娘にとっての提督は、その人間なのである。

仮に自分がもう一度赤城を建造したとしても、その赤城は、自分の知っている赤城とは別人である。手間のかかる自分に怒ることも無く、何時も笑みを絶やさなかった、まるで大和撫子を象徴するような女性。他の艦もそうだ、二年の間、数え切れないほどの出来事があり、絆があった。それを捨て去ってしまった自分に、再び艦は応えてくれるのだろうか。大本営の決まりから、一度建造に失敗した提督は二度と建造を行えない。今の自分が提督として、取るに足る存在か分からない、だからこそ、その一歩を踏み出そうか悩んでいた。

 

「良いんじゃないかしら。どこの鎮守府も万年人不足だし」

 

「鈴谷も賛成ー。この鎮守府大きいのに戦艦四隻は少ないっしょー。正規空母も二人だけだし」

 

「そうか、んじゃあやってみるか」

 

建造に関わらず、資材を消費する時は、逐一大本営に向けて提出する資料に詳細を書き込む。

無駄な資材の消費を避けるためであった。昔、提督になった男が、資材を大量消費しながら私利私欲のまま艦隊を動かしていたことがあった。それが露見してからと言うもの、大雑把だった資材の用途は常に大本営にチェックされていた。

 

「そういえば、あれはまだ残ってるのかな」

 

朝霧はソファーから跳ね起きると、戦術指南書が纏められている木製の本棚の前に立ち、ガラス戸を開く。そして、その指南書の中から、中央付近にある一つの本を手に取るとページを捲っていった。すると、僅かな金属音と共に、銀色の鍵が床に転がり落ちた。

 

「お、あったあった」

 

朝霧はその鍵を手に取ると、机の引き出しの中に放り込み、再びソファーに寝転んだ。

 

「何よそれ」

 

「秘密。それじゃあ建造の許可証書いといてー」

 

「はいはい」

 

朝霧は瑞鶴に仕事を任せると、既に昼寝の体制に入っている鈴谷と同様、睡眠を取る為に頭の後ろで腕を組み目を閉じた。艦載機の整備を終え、午後過ぎの空母遠征まで特にすることが無かった龍驤は、暇つぶしにと司令室へ向かう。扉を開け、先ず目に飛び込んで来たのは、二つのソファーに寝転び昼寝している馬鹿二人と、それをまるで居ない者と扱いように机に向かいペンを走らせている瑞鶴の姿だった。

 

「おー、こいつらまた寝てるんかぁ」

 

鈴谷は前任の提督の時から、よく司令室に遊びに来ては直ぐにソファーで眠っていた。朝霧も書類をある程度終わらせると、よくそのソファーで眠っていた。

 

「鈴谷は知らないけど、こいつは疲れてるんでしょう、まあ寝かしておいてあげるわ」

 

「おやぁ、今日の瑞鶴秘書艦はお優しいなぁ」

 

「……あなたの太股の寝心地が悪かったんじゃない」

 

「なぁ!?朝もそうやったけど何でみんな知っとるんや!」

 

「しーらない」

 

龍驤は顔を真っ赤に染めると、何やら言い返したそうに口をもごもごとさせたが、やがて吹っ切れたのか朝霧の横に寝転び、添い寝し始めた。瑞鶴は、ようやく書類の半分に差し掛かったかと言う所で、扉がノックされたことに気付いた。

 

「どうぞー」

 

「失礼しますわ、鈴谷は――」

 

扉を開けて現れたのは、ソファーに寝転んでいる鈴谷の姉妹艦、熊野だった。瑞鶴は書類に目を落としたまま、後ろを親指で指す。その先に視線を移し、気持ちよさそうに寝息を立てている鈴谷の姿を目撃すると、またかと溜息を吐く。

 

「まったく……はしたないですわね」

 

「そっちの二人にも言ってやってよ」

 

この横浜鎮守府最高責任者と、現横浜鎮守府最古参がソファーで寝転び昼寝している様を指す。

 

「…………」

 

呆れた表情を浮かべた熊野だったが、その二人の様子を見て、鈴谷が寝転んでいるソファーに自身も寝転び始めた。瑞鶴は、座ったまま体を捻り、後ろを振り向くと、怪訝な表情で熊野を見つめた。

 

「何やってんのよ」

 

「ちがっ!違いますわよ!これは鈴谷がソファーから落ちてしまわぬようにわたくしが外側のガードに……」

 

「今まで鈴谷がソファーから落ちたことなんて一回も無いわよ?」

 

「万が一ですわ!猿も木から何とやら、と言いますわ!」

 

熊野はそう言い張ると、鈴谷の横で目を瞑り、少しの時間を空けて寝息を立て始めた。

瑞鶴の書類がようやく終盤に差し掛かろうとしていた所で、再び司令室のドアがノックされた。今日はやたら来客が多いと思いながら、扉の向こうへ返事を返す。

 

「失礼します!朝霧提督は居られるでしょうか!」

 

少し賑やかと思えば、その扉の向こうに居たのは、陽炎達第七駆逐隊の面々だった。陽炎を筆頭に部屋に入ると、その光景を見て後方の如月達が盛り上がる。

 

「うわぁ!ラブラブっぽいー!」

 

「両方のソファーも濃い雰囲気だね……」

 

「よし!睦月も寝るよ!」

 

「スペースが無いんじゃないかしら」

 

「寄りかかれば何とかなるっぽい」

 

「ちょっと!何寝る前提になってるのよ!今日こそ演習の勝ち方を――」

 

「でもその提督さんも寝てるっぽい」

 

「………………」

 

「睦月も眠いであります!」

 

「遠征までは時間があるね」

 

陽炎は、此方を向いている瑞鶴に視線を向けると、盛大な溜息の後に首を縦に振った。それを見た睦月、如月、夕立、時雨は手を上げ喜ぶと、ソファーへ向かい駆け出す。陽炎と不知火は、その様子を見つめながら互いの顔を見合わせる。

 

「あんた達はどうするのよ」

 

目の前で気持ちよさそうに眠られては、起こす気力も起きず、更に冷房の効いたこの部屋は昼寝をするには快適であった。

 

「……まずい!足が勝手に!」

 

眠りの魔力へと引き寄せられ、陽炎は一人芝居をうちながらソファーへと歩み寄って行く。不知火もそれに続くと、陽炎が腰を下ろし、もたれ掛かった横に座り込む。

 

「不知火も引き寄せられました」

 

「そうね。おやすみ」

 

地面に座り込み寝るのは、普段の瑞鶴ならば絶対に許していないのだが、こうなってしまってはもはやどうでもよかった。

 

「それにしても……ねえ」

 

この部屋には、現在総勢十名の艦娘が昼寝をしている。鎮守府の主となる作戦室であり、全ての司令塔になるこの司令室で、許されて良いものなのか。艦娘達の気持ちよさそうな寝顔を見ていると、怒りは湧いてこず、代わりに溜息ばかり出てくる。こんな光景、この男が居ない鎮守府で有り得ただろうか、せいぜい鈴谷が昼寝しに遊びに来るだけであり、大勢で昼寝等有り得なかった。それもこの男のせい、いや、この男のお陰だろうか。出撃は必ず隊を組む、仲が良いのに越したことは無いのだ。

太陽が真上を通り過ぎ、沈もうとした頃。

 

「うーん。終わったあー」

 

ペン立てに筆を戻すと、立ち上がり背を伸ばした。昼寝をしていた連中は、遠征やらで朝霧を残して出て行ったが、この男は未だに熟睡していた。

 

「どんだけ寝てるのよこいつ……」

 

掛け時計を見ると、そろそろ夕飯の時間だと言う事に気付き、食堂へ向かおうと朝霧を起こす。

 

「ほら、起きなさい、夕食行くわよ」

 

「んー……後瑞鶴の胸が大きくなるまで……」

 

朝霧の戯言に、鉄拳を振り落とすと、胸倉を掴み、ソファーから引き摺り降ろした。

 

「ってぇ……何気にしてた?」

 

「馬鹿やってないで行くわよ」

 

何時もと変わらず、書類仕事を終えただけの一日だったが、たまには良いだろうと思うと、朝霧の仕度を待った。

 

「まっ、賑やかは嫌いじゃないわね」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「別にー。さーて、今日の夕食楽しみね」

 

こんな仕事に就いている関係上、必ず終わりは来てしまう。ならそれまで、楽しんでいてもバチは当たらないだろう。瑞鶴は朝霧に見えないよう背を向けると、笑みを浮かべ、食堂へと歩み始めた。

 


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