彼は再び指揮を執る   作:shureid

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第六駆逐隊救出作戦 終結

「私達……大丈夫……なのかな」

 

完全に艤装が破損し、足の半分が水に沈み、照りつける日差しに体力を奪われ続けている第六駆逐隊の雷は、その日五度目の弱音を吐く。普段、私を頼りなさいと、強気な姉を演じている彼女だが、今の状況は最悪に近く、自然と弱音が漏れていた。

 

「しっかりして雷ちゃん!絶対助けに来てくれるよ!」

 

それを支えているのは同じ姉妹艦の電。弱気になっている雷を何度も励まし続けている。今日は厄日を言っても過言ではない日だった。安全とされている海域で、何時も通りタンカーの護衛任務を行っていたはずが、敵主力艦隊に出遭い雷と暁が大破してしまった。なぜか自分達にある程度の砲撃を行うと、踵を返していった深海棲艦に疑問を持ちつつ、これは僥倖だと珊瑚礁付近まで逃げ込んでいた。兎に角味方の救援を待つことしか出来ない電は、また深海棲艦がやって来るのではないかと言う恐怖に襲われていた。暁も雷と同様に、艤装に酷い損傷を受けており、意識も朦朧としていた。今は同じ姉妹艦響の腕の中で、苦しそうに寝息を立てている。もしまた、深海棲艦に見つかるようなことがあれば、逃げ足の無い自分たちは確実に沈む。雷、暁を見捨てたのならば、逃げることは可能だろうが、そんな選択肢は彼女らの中ではありえないことだった。いよいよ雷が六度目の弱音を吐こうとしたその時。

 

「……っ、電、何か来るよ」

 

響は、自分達が逃げてきた方角を見据えると、目を凝らした。それは水平線上で点としか認識出来ず、それがもし深海棲艦だった時のことを考えると、電と響は青ざめる。しかし、その不安を悟られないように腕の中に居る姉妹に激励を飛ばす。

 

「助けが来たみたいだよ、暁」

 

「来てくれたのです!」

 

「……本当?」

 

雷は薄目を開けると、笑顔で自分を見ていてくれている電の顔が飛び込んでくる。それに安心すると、再び目を閉じ、体を預ける。二人の心臓は今にも弾け飛びそうだった。心拍数の限界を超えているのではないだろうかと思うほど、心臓の鼓動は高鳴り、大量の汗が額から流れ落ちる。あれが凶悪な深海棲艦だったらと思うと、気が気ではなかった。点がやがて姿になり、それを認識出来るようになる。それはやがて二人の視界にくっきりと映る。

まず目に入るのは凶悪と言える笑み。

場違いの黒のレインコートに身を包み、前面を露にしているその扇情的な姿は、まさに二人にとっては死神といえる。

 

「ッ――――――」

 

二人はあまりの衝撃に、声にならない叫び声を上げる。まるで肺を直接握りつぶされたかのように、肺の中の空気が一気に外気へと吐き出される。それの反動で一気に空気を吸い上げようとするが、過呼吸を起こす寸前まで呼吸が乱れていた。逃げるどころの話ではなく、二人は蛇に睨まれた蛙のように、指一本たりとも動かすことが出来なかった。レ級は目標を見つけると、先ほどの雷撃により損傷した砲撃部と握り締めると、無理矢理引きちぎり海へと投げ捨てる。主砲一本あれば事足りると言わんばかりの行動は、二人の心に更なる恐怖を植えつける。レ級の遥か向こう、それはまだ点としか分からないが、大量の黒い点が押し寄せてきているのは理解できる。それでも尚、心が折れなかったのは、その黒い点の上空を、見慣れた艦載機が飛び交っているのが確認できたからだった。電は恐怖心を何とか押さえつけ、今の状況を判断する。恐らく、空母部隊が助けに来て応戦しているが、深海棲艦は自分達を沈める気で向かってきているのだろうと。自然と暁の手を強く握り締め、響は神に祈った。この状況を打破出来ることと言えば、空母がレ級を沈めてくれることだが、それはあの黒い点、恐らく駆逐艦に阻まれているのだろう、対空射撃により艦載機を落とされ叶うことはなかった。これが意味することは、自分達はレ級に屠られると言うことだった。響はそっと目を閉じると、腕の中で寝息を立てている姉にしがみつき、その温もりを感じていた。もう、この暖かさを味わうことは出来ないのだろう。これまでずっと四人で過ごし、戦い、生き残ってきた。

もし、神が居るのならば。

レ級は砲撃可能な距離まで滑走すると、第六駆逐隊目掛け最初の砲撃を放つ。その砲撃は電達の後方に着弾し、轟音と共に水飛沫があがる。

せめて自分以外だけでも助けて欲しい。そして二発目の砲撃は、電達の少し手前で着弾する。

 

ああ、次は――。

 

「ぎりぎりセーフ!なのね♪」

 

次に響いた轟音は、第六駆逐隊に砲撃が命中したものではなく、レ級を中心として上がった水飛沫だった。

レ級は最期に見た。青白い光が、泡を立てながら自分へと向かってくるのを。それは数十本にも上り、避けることは叶わない。その数秒後、視界は白く染まり、体から力が抜けていくのを感じた。完全に体が崩壊し、海の中に沈んでいくレ級の目には、多数の魚雷を構えた艦娘達が映っていた。それは朝霧の最後の砦。瑞鶴達が出撃して行ったその後、入渠ドックに着いた朝霧は、ドック入り口のディスプレイに入渠中の伊8、伊19、伊58、伊168の名前がある事を確認すると、残り入渠時間が五分にも関わらず、艦娘が入渠を一瞬で終えることの出来る貴重な高速修復剤を四つ使う。突然高速修復剤を使われた事に驚いた伊号潜水艦の面々は何事かとドックから飛び出してくる。

 

「何でちかー……後五分でバケツなんて……」

 

「あれ、もしかして……提督なのッ!」

 

入渠ドックの前で待っていた朝霧の姿を確認した潜水艦伊19は、朝霧の顔を見るやいなやその胸に向かい走り出し、飛び掛る。それを受け止めた朝霧は後ろに仰け反りそうになるが、右足を一歩下げ踏ん張り、立ち止まる。

 

「俺のこと覚えてたか?」

 

「忘れるわけないのね!……でもどうして此処に?まさかまた――」

 

朝霧は伊19の後頭部に手を回すと、胸板に向かい引き寄せ、伊19の顔を埋める。

 

「わふっ」

 

「重要なことを話すから一回で覚えろ」

 

朝霧は先ほどポケットに押し込んだ地図を取り出し広げると、入渠ドッグの入り口に叩きつける。伊19以外はその地図を食い入るように見つめ、伊19は胸に押し付けらた顔を上げ、腕の中で地図を見上げる。

 

「第六駆逐隊が珊瑚礁付近で座礁しているのは聞いたか?」

 

「さっき放送で聞いたの」

 

「珊瑚礁付近に上位固体が来ている可能性がある、だからお前らは真っ先にこの第六駆逐隊を探し出せ」

 

朝霧は地図の珊瑚礁地帯を丸で囲むと、そこから、先ほど翔鶴から伝えられた第六駆逐隊が対敵した地点を×で印をする。そしてその場所と、丸で囲まれた地点を線で結び、その中点にペンを押し付ける。

 

「お前らは出来れば此処で待機してろ、かなりの確率で戦艦か重巡が通る筈だ」

 

「つまりイク達は此処で待ってそれを落とせばいいのね?」

 

潜水艦と言う名の通り伊19達は海へと潜り続ける。全員がスクール水着を着用し、背丈も小学生ほどのそれは、隠密に優れ、敵からの攻撃を一定の艦種からしか届かない。敵艦載機に見つかることの無い潜水艦は、待ち伏せとしては最高の艦種だった。

 

「理解が早くて助かるな、今すぐ行けるか?」

 

伊号潜水艦の顔を見渡すと、四人とも目を合わせ、首を縦に振った。

 

「お前らが最後の砦になる、頼んだぞ」

 

「はーい!」

 

「分かったわ」

 

「やるでち!」

 

「頑張る」

 

各々が返事を返すと、朝霧は伊19を引き離し、司令室へと駆け出した。その後姿を見ていた伊19は、直ぐに出撃と命令されたにも関わらず、朝霧の背中が小さくなるまでその場を動かずに立ち尽くしている。

 

「イク、どうしたの?」

 

伊168がそんな伊19の様子を不安がり、近付き顔を覗き込む。伊19は嬉しそうな、それでいて退屈そうな表情を浮かべていた。

 

「……ん、何でもないの。その内戻ってくれるはずなのね」

 

「早く行くでち」

 

伊168は伊19の意味深な台詞に首を傾げるが、伊58に引っ張られ、出撃ドッグへと向かった。伊19達はなかなか第六駆逐隊を発見できずにいたが、寸での所で発見し、それに対峙しているレ級に雷撃を仕掛けていた。それは際どいものであったが、まさに第六駆逐隊の命を刈り取ろうとする三撃目の寸前、伊号潜水艦が放った魚雷はレ級に届き、それを食い止めていた。響達が顔を上げると、そこには海の中から浮上してきた伊号潜水艦の姿が見えた。

 

「みんな……」

 

「お礼はいいの、提督にいってなの!」

 

「危なかったー……遠征ばかりだと魚雷が当たるか心配になるでち」

 

「間に合ってよかったわ……」

 

「やりましたね」

 

レ級が先行し、まさに第六駆逐隊に襲い掛かろうとしていることを確認した瑞鶴は、気が気ではなかったが、突然現れた伊号潜水艦により事なきを得たことを確認すると、その弓を駆逐艦に向ける。

 

「みんなっ!最後の大勝負よ!全機発艦ッ!」

 

瑞鶴の最後の号令により放たれた艦載機、砲撃により駆逐艦や軽巡は悉く海底に沈み、残すは南方棲戦姫のみとなった。しかし、駆逐艦が沈み、広くなった視界の中に、南方棲戦姫は既に居らず、軽く見渡すがその姿を確認することは出来なかった。

 

「どうするー?偵察機出すー?」

 

航空巡洋艦鈴谷は、その軽い口調で瑞鶴に指示を仰ぐ。

 

「……いや、此処は引きましょう。兎に角珊瑚礁付近は奪還出来たわ、いずれまた取り返しに来るかもしれないけど、今は退避が得策よ。レ級は片付いた訳だし」

 

「そうだねー。帰ってみんなで間宮さんとこにアイス食べにいこっ!」

 

筑摩や雷達以外でも、南方棲戦姫の砲撃を受け、中破しているものがおり、深追いするのは危険と判断し、撤退命令を出す。その日、絶望的な状況下がいくつもあったが、結果的に戦死者、つまり轟沈したものは居らず、揃って鎮守府へと帰還した。人類の反撃とは程遠いが、その第一歩が切り開かれた瞬間だった。

 

 


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