彼は再び指揮を執る   作:shureid

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恋するヲ級

その瞬間からの不知火の行動は迷いが無く、非常に素早かった。殴りかからんとしていたその腕の肘を掴んだまま軽く腕を薙ぐと、まるでゴムボールを放るかの如く男の体を天井へと放り投げる。男は一瞬宙に浮いた感覚に陥るが、次の瞬間には凄まじい衝撃が襲い、意識を吹き飛ばした。その鈍い音に気付いたリーダー格の男は素早く振り返り、腰から下げていたマシンガンを握り締め、銃口を向ける。

暴れだした人質が居るのかと思い、粛清してやろうと意気込んだ男だったが、その光景に唖然とし、言葉を失う。男はそれを見た。脱げたキャップから覗かせた、桃色の髪を揺らしながら宙を舞う少女を。トリガーを引く間も無く、もう一人の仲間の男はその少女の餌食となり、壁と眠りを共にする事となった。地に足を付け、床へと降り立った少女は視線を此方側に向けると、その鋭い眼光で憎悪を込めながら睨みつけてくる。艤装を外し、艦娘としての防御力を維持する機能を破棄した不知火は、代わりに圧倒的な身軽さを身に着けていた。しかしそれは諸刃の剣であり、艤装を纏っていない今の不知火に銃弾が直撃すれば、軽傷ではすまないだろう。不知火自身もそれを自覚している。しかし、自分の身などどうでも良かった。

 

「お前、艦娘か」

 

「陽炎型二番艦、不知火。参ります」

 

一目でその少女が艦娘だと言う事は理解した。ならば躊躇う必要は無い。容赦無くトリガーを引き、無慈悲な銃弾が不知火へと吸い込まれる。同時に人々は悲鳴を上げながらテーブルの下へと頭を下げ、頭を抱えその脅威が去るのを怯えながら待つ。蹴り上げた床がミシミシと悲鳴を上げ、抉れる程力強くその足を踏み出した不知火は、テーブルの上へ飛び乗り、男へ向かい距離を縮める為テーブルの上を走り抜けて行く。確実に屠る為に絶え間なく降り注ぐ銃弾の数々は、不知火の眼前を掠めながら壁や窓ガラスに穴を開ける。数発掠めながらも、直撃する事無く間合いまで迫った不知火は、一瞬で終わらせる為再び床を強く蹴り上げ、男の眼前へと距離を詰める。まさかあの距離を全て避けられるとは思っていなかった男は、咄嗟に勢い良く懐に手を捻じ込むと同時に、それを不知火の眼前に放る。男は同時に腕で目を覆うと顔を俯かせ、体を背後へと逸らす。

 

「ッ――――」

 

その円状の筒は、抜かれたピンと共にゆっくりと宙を舞う。不知火は一瞬グレネードかとも考えたが、それでは男の命は無い。男の行動からそれがスタングレネードである事を察するが、その時には既に筒は破裂寸前であり、不知火は咄嗟に目を固く瞑る。やがてグレネードが炸裂し、店内は強烈な閃光で覆われる。

サングラスに加え、目を腕で覆い顔を伏せていた男はダメージを負うことは無く、すかさず立ち上がると思考を巡らせる。咄嗟に体を逸らした不知火は強烈な目眩に襲われながらも、這いずりながらテーブルの下へと滑り込んでいた。殆ど直撃に等しいダメージを負った不知火は、何とか目を開けようとするが、思うようにはいかず一旦息を潜める選択を取った。艦娘の姿は見えない、閃光は確かなダメージを与えていた事を確信すると、取るべき行動を選択した。

あの艦娘を屠るのは非常に骨が折れる。ならば、邪魔をされる前に確実にあの提督を殺しておけばいいのではないかと。もし此処で自分が捕まってしまっても、横浜鎮守府提督の首と言うのは戦果の一つとしては十分すぎる。

少しふらつきながらも、あの死に損ないへ銃口を向ける。もう邪魔するものは居ないだろう、この引き金を引けば終わる。そう思いながら向けた銃口の先には、一人の少女の背中が映っていた。

 

「大丈夫?凄く眩しかったねー」

 

碧色の髪を揺らしながら、横たわっている朝霧の背中を擦っていたヲ級は、殺気を感じ立ち上がると踵を返す。首を傾げているその少女に男は退けと一言告げる。

 

「なんで?」

 

「……死ね」

 

押し問答をしている場合ではない。あの艦娘が何時復活するか分かったものではない。その人間を殺戮する為の兵器は、容赦無く口から火を吹きながらその弾丸を弾き飛ばした。このまま撃ち続ければ後ろの提督諸共お陀仏なのは確実だ。男はそう確信し次の目標である不知火へと頭を切り替えた。

 

「いたたっ」

 

しかしその頭は切り替わること無く、そのままその思考を停止する事となった。先程の艦娘は銃弾を掠めただけで腕から出血していた。海へ出ている時はいざ知らず、今の艦娘にはこの兵器は有効打となる。ならば何なのだ、目の前の生き物は。銃弾がまるでゴム鉄砲のように、その少女の体に当たっては跳ね返っている。

そのマガジンが無くなるまで弾を撃ち続けた男は、一瞬の間の後、ようやく自分の持っている銃の弾が切れた事に気付く。そして、その弾を撃ち切ってなお、目の前の化物に掠り傷一つ与えていないことにも。事前に艦娘は人間と違い圧倒的な運動神経を備えている事は知っていた。そして艤装と呼ばれている装備を外している時は、たとえ艦娘であろうとこの兵器で事足りる事も事前に調べていた。

 

「何これ?もしかしてこんなので私を倒せると思ったの?」

 

ああまたかと、ヲ級は溜息を吐く。感謝や信頼等とは無縁であったが、周りの環境から憎悪や恐怖と言った感情とは慣れ親しんでいる。目の前の男が浮かべている表情には見覚えがある。小賢しい駆逐艦や軽巡が己の持てる武装を使い、全てを振り絞り自分へ攻撃を放った後の顔だ。せめてもの慈悲に、直接手を下してやろうと足を一歩踏み出す。

 

「私のご飯を邪魔した罰」

 

「来っ……来るなぁあああああ」

 

ヲ級は一歩、一歩と更に男へ歩み寄っていく。男は錯乱状態に陥りながらマシンガンを手放すと、腰に差していた拳銃を手に取りそのトリガーを引く。真っ直ぐ歩いてきているヲ級へ銃弾は全て直撃するが、それがヲ級を傷つける事は無く、男の叫びとは虚しくひん曲がった弾丸が床へ転がり落ちていく。目の前のドス黒いモノは果たして艦娘と呼べるのだろうか、それは純粋な殺意。それと対峙した男は、不知火の暴力を目にしながらも失わなかった冷静さを失っていた。

腰が抜け、後方へと崩れ落ちた男の眼前で立ち止まったヲ級は、無表情で右手を振り翳すと、左手で男の胸ぐらを掴む。まるで先ほどの意趣返しのように右手に力を込めたヲ級は、その拳を振り抜こうと体を捻る。

 

「そこまでです」

 

殆ど回復していない視界に不快感を覚えながらも、半分目を瞑り不知火はヲ級の肩に手を置く。男は既に気を失っており手を話したヲ級の腕から力無く崩れ落ちて行った。

 

「良いの?」

 

「貴方のそれでは死んでしまいます。後はあちらに任せましょう」

 

強い立ち眩みに襲われながらも、何とか立ち上がった朝霧は、何時の間にか外で待機していた警官隊に割れた窓から突入を要請する。やがて警官隊が流れ込み、速やかな犯人の確保や客の保護等が滞り無く行われた。軍属でもある朝霧は、自分から事情聴取を買って出るが、先に救急車へと案内される。

 

「司令……」

 

隠していた艤装を身に纏い、先程のダメージが殆ど無くなった不知火は朝霧の身を案じ顔を俯かせながら、そして朝霧が無事であった事に安堵しながら歩み寄っていく。ヲ級は朝霧の命に別状は無いことに安堵すると、ファミレスの外に展示されている食品サンプルに目を輝かせながらディスプレイに張り付いていた。

しかし、背後から聞こえた乾いた音に何事かと振り向いたヲ級は、左頬を手で抑えた不知火が頭を下げ、朝霧が右手を振り抜いている光景を目にした。

 

「命令違反の罰だ。待機してろと言っただろ」

 

「ですが、司令が」

 

「俺の事なんてどうでも良いんだよ。結果的に直接的な怪我人は俺だけだったが、運が悪けりゃ一般人にまで被害があったかもしれないんだよ」

 

「……申し訳ありませんでした」

 

口惜しいが命令違反は事実であり、何も言い返せない不知火は悔しさで肩を震わせた。だがそれを未然に防ぐ事など不可能であり、どうしようも無かったのは事実だった。その運の悪さも呪いながら頭を垂れる。

 

「と、此処までは上官として、だ」

 

次の瞬間、不知火の後頭部へ手を伸ばした朝霧は、先程とは打って変わって優しく不知火を抱き寄せると、頭を胸部へと埋める。

 

「ッ――――」

 

「ありがとよ、助かった。流石ぬいぬい。頼りになるな」

 

「……ずるいです、本当に。これを誰にでもやってらっしゃってるんですか?たらしの原因はこれですね」

 

朝霧のジャケットを掴むと、上げられない顔を更に胸部へと押し付ける。

 

「……いてて。まあそう言うな。俺はこれから病院とか事情聴取とか色々あるから、ヲ級連れて戻っててくれ」

 

「はい」

 

不知火はヲ級へ視線を向け、目で合図をすると鎮守府へ向かい歩き始める。慌てて不知火の横へと追い付く。一連の流れを見届けていたヲ級は、何故人間はこんな回りくどい言い方をするのだろうと疑問に思い、それを不知火にぶつける。

 

「さあ、魚類には分かりませんよ」

 

「深海類ですぅー」

 

艦娘との和解はやはり難しいと嘆いたヲ級だったが、食べられなかった夕食を代わりに食べさせてくれると言う不知火の言葉に、腕を振り上げると、先程の悩みは吹き飛び、一転嬉々としながら帰路へ着いた。

 


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