彼は再び指揮を執る   作:shureid

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束の間の休息

人混みに流されながら辺りをキョロキョロと見渡していると、見覚えのある桃色の頭が短く縛ったポニーテールを左右に揺らしているのが視界に入る。真っ先に悪戯する事を思いついた朝霧は、浴衣姿の大衆の中、艤装姿の明らかに浮いた存在になっている不知火の背後に忍び寄る。背後に気配を感じ、不知火が振り返ろうとした瞬間、両手を目元へと被せようと手を伸ばす。しかし、その直前に両腕を鷲掴みされた上に朝霧の関節を極め腕からは嫌な音が響く。

 

「ぐあああああああああああ!」

 

「おや、司令でしたか」

 

朝霧だと分かると何時もの事だと溜息を吐き、両手を離す。涙目になりながらも朝霧は道端を親指で指し、人混みを掻き分けながら進む朝霧の背中を不知火が追う。道端へ出た朝霧は石垣に背中を預けると、後から来た不知火と目を合わせる。何処となく表情が沈んでいる様に見えた朝霧は、一人で棒立ちしていた事に疑問を覚え尋ねる。

 

「何で一人で居たの」

 

「陽炎と居たのですが、はぐれてしまいました」

 

「そうかい…………って、どした?」

 

不知火はもたれかかっている朝霧の横へ寄り添うと、道端から人だかりの出来ているたこ焼き屋をまじまじと見つめ、直ぐに横目で朝霧をチラ見し、また視線をたこ焼き屋に戻す。五回程繰り返すと、朝霧は観念して背中を起こすと両手を上げる。

 

「あー!分かったよ!買ってくればいいんだろ!」

 

「不知火は何も言ってませんが?」

 

「目が買えって言ってたぞ」

 

朝霧は再び人混みの中へ体を押し込むと、流されぬようまるで激流の最中の対岸へ渡る様に足を踏ん張る。やっとの思いでたこ焼き屋の前に辿り着いた朝霧は、順番を待ちながら目の前でたこ焼きを買っていく人々を見つめる。まさかジーパンにシャツ一枚姿のこの男が横浜鎮守府提督だと思う者は居らず、家族連れや学生、将又恋人等様々な市民がたこ焼きを手にし、笑顔を浮かべている。

 

「…………」

 

たこ焼きを買って戻った朝霧は、不知火に発泡スチロールの容器を手渡すと、辺りを見渡し座れそうな場所を探す。少し先にあった神社の石段を見つけると、不知火に同行を促し石段付近まで歩み寄る。歩き疲れた人々が疎らに座っており、五段目まで階段を昇った所で腰を下ろす。その横に座り込んだ不知火はたこ焼きの容器を開けると、一つのたこ焼きに刺さっている爪楊枝を手に取る。

 

「……昔な」

 

「ふぁい?」

 

熱々のたこ焼きを頬張りながら、予想外の中身の熱さに舌の上を転がしていた不知火は、突然の朝霧の言葉に無理矢理たこ焼きを飲み込む。

 

「俺がまだ提督になり立ての頃。最初っから戦果を上げられた訳じゃなかった」

 

「…………」

 

朝霧が自身の過去を語ることは滅多に無く、秘書艦時に聞ける昔話は海域攻略の話ばかりであり、身の上話を聞くのは不知火が初めてだった。腰を上げ座り直した不知火は容器の蓋を閉じると、緊張した面持ちで次の朝霧の言葉を待つ。

 

「そんな堅くなるなよ、只の思い出話だからさ」

 

「そうですか」

 

再び容器の蓋を開けた不知火は、二個目のたこ焼きに爪楊枝を刺し、大口を開け頬張る。

 

「上からはずっと愚痴を聞かされててさ、最初は鎮守府に攻められてばかりで訳も分からず資材大量消費、それでも必死に防衛ばっかやってたけど何回も大目玉食らってさ」

 

「鎮守府を防衛したって戦果は貰えないし、誰かに褒められるワケじゃない。支持されるのは難解海域を攻略した提督だけだってな。何でこんなクソつまんねえ事してんだろうなって北上に愚痴ったら、丁度その時やってたこの祭りに連れて来られてよ」

 

 

 

「まー、確かに私達のやってることって直接褒められたりする事って全然ないよねー。でもまあ、此処で皆が笑ってお祭りを楽しめてるのは頑張ってる提督のお陰だと思うよ。少なくともアタシは提督が頑張ってること知ってるよーって……らしくなかったね」

 

 

 

「そう言われてな、年甲斐なく号泣した」

 

「あっふあふ、色々大変だったのですね」

 

「まーそういう事よ、この話にオチは無いし、偶々思い出しただけ」

 

朝霧の表情を見た不知火は、四つ目のたこ焼きに爪楊枝を刺し、持ち上げると口へは頬張らず、たこ焼きを見つめ視線を朝霧に向ける。体を横へ向け、無言でたこ焼きを口元に差し出してきた不知火に朝霧は一瞬戸惑ったが、口元を緩めるとたこ焼きを頬張る。

 

「……うまいな」

 

「……はい」

 

体を正面へ戻すと、再びたこ焼きを口の中へと放り込み流れていく人混みを見つめる。まだ暑さが残っている初秋の夜が、じめじめとシャツを汗で濡らし始めたのを感じ、帰ろうかと腰を上げようとした時。

 

「不知火も」

 

「ん?」

 

「不知火も知っています。不器用なのに艦娘と過度なスキンシップを取ろうとして空回っているヘタレな司令を、告白しようとして逃げ出したもの」

 

「おいぃ!そこでその話するの!?」

 

「……そして司令が皆の事を真剣に考えて、考えて……とても必死なのを」

 

不知火の真剣な瞳に朝霧は思わず押し黙り、恥ずかしさからか胸ポケットから煙草を取り出し咥える。少し震える手で火を点けると、話を続けていく不知火の言葉に耳を傾ける。

 

「…………」

 

「初めて会った時、正直不安でした。この人が司令になって鎮守府は大丈夫なのかと」

 

「…………」

 

「たった三か月程ですが、様々な事がありました。そうしていく内に段々その人に興味が出てきました」

 

「…………」

 

「その人はヘタレで不器用ですが、艦娘を分け隔てなく大切にする方でした」

 

「…………」

 

「やがて興味が好意に変わりました。最初は分からなかったのですが、確かにその人の事が好きになっていました」

 

「…………」

 

「その人にプレゼントを頂いた時、舞い上がってしまいました。ですがどうしてでしょう、それ以上の物が欲しくなってきました」

 

「…………」

 

「朝霧司令。不知火は司令の事をお慕いしております。もし戦いが終わることがあれば、その時は結婚して頂けないでしょうか」

 

表情は何時も通りの冷静な不知火であったが、手袋の中は汗で塗れ、先程から容器を持つ手が震えている。鎮守府内なら絶対に言えなかったこの言葉だったが、祭りの雰囲気が不知火の告白を後押しさせていた。返事を待つ不知火の頬は紅潮し、背中や額からは汗が流れ落ち唇やシャツを濡らしていく。

 

「……すげえ嬉しいよ。でも俺には好きな人が居るんだ」

 

「……そうですか」

 

朝霧は不知火と目を合わせないまま、階段を降りていくと携帯灰皿に煙草を押し込み人混みの中へ入っていく。その背中を立ち尽くしながら見送った不知火は、頭を垂れると残りのたこ焼きに爪楊枝を刺していく。目頭が熱くなっていき、ぼやけていく視界に、初めての涙を流すと言う不思議な感覚を覚えていく。断られることは分かっていた、翔鶴に指輪を渡してるのも、龍驤の事が好きなのも。しかし、言わずにはいられなかった。普段感情を露わにする事は少ない自分だが、朝霧には自分の正直な気持ちを知っていて欲しかった。

 

「……しょっぱいですね。塩なんてかかっていましたか」

 

「っと、居た―!不知火ー!……って、何で泣いてるの!?」

 

その時、聞き覚えのある声と共に、相方の陽炎が階段を駆け上がってくる。不知火の顔を見るや否や、陽炎は驚きの声を上げる。長年の付き合いだが、陽炎は不知火が涙を流している所をまだ見たことが無かった。

 

「……別に」

 

「もう!そんなに私とはぐれて寂しかったの?不知火は可愛いなー!」

 

「…………」

 

何時もなら鉄拳が飛んでくる所だが、しおらしく俯いている不知火に陽炎はどうしたもんかと頭を悩ませる。

 

「まー、胸なら貸してあげるわよ。泣きたい時は思いっきり泣いたらいいのよ」

 

陽炎は不知火の横に腰を降ろすと、そっと不知火の頭に手を回し、両手で優しく撫で始める。

陽炎の胸へ顔を押し付けた不知火は、声を押し殺して嗚咽し始めた。

司令室に戻った朝霧は、書類が全て片付いている事に驚きながらも龍驤に感謝し、ソファーへ腰かける。デスクに散らばっていた編成の書類はファイルに纏められており、それを手に取ると再び編成についての思考を巡らせていく。十数分後司令室の扉がノックされ、断りを得て扉を開けた人物に朝霧は驚きのあまり手に握っていたファイルを床に落とす。

 

「失礼します」

 

「っとと……ぬいぬい、どした?」

 

泣きはらした目のまま目の前に立ちはだかる不知火に少し恐怖を覚えると、まさか報復されるんじゃないかと身構える。

 

「色々考えましたが、妻では無く愛人としてなら大丈夫ではないでしょうか」

 

「……は?」

 

「と言うことで、失礼します。たまにはお休みになられて下さいね」

 

突然の不知火の告白に言葉を失っていた朝霧は、部屋を去った後も呆け続け、後に部屋に訪れた鈴谷に顔をつつかれ正気を取り戻した。

 

「どうしたの?そんな間抜けな顔で」

 

「……いや、一夫多妻制って良いよねって」

 

「いや……浮気は良くないでしょ」

 

こうして日々は過ぎて行き、大きな襲撃も無くついに作戦決行前日を迎えた朝霧は、司令室に睦月と如月を呼び出していた。

 

 


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