千の呪文の男がダンジョンにいるのは間違っているだろうか   作:ネメシスQ

3 / 13
前回の後書きにも追記で書きましたが、活動報告にて、ダンまちとネギま!の魔法についての考察を載せました。興味があればぜひ。
あと、日間ランキングの30位にランクインしていました。皆様のおかげです。ありがとうございます。
※タグに独自解釈、独自設定を追加しました。




物語の幕開け

「いたか?」

「アカンわ。全然見つからん」

 

 リヴェリアの問いに、ロキが首を横に振る。

 医務室から姿を消した赤毛の少年を探すリヴェリアとロキだが、一向にその少年を見つける事ができずにいた。

 【ロキ・ファミリア】のホームは、敷地面積はさほどでもないが、横がダメなら上にとばかりに伸びた構造をしており、また部屋の配置もバラバラで、かなり無秩序な建物だ。

 右も左も分からぬ他所の子供では迷ってしまうのは確実である。

 早急に見つけなくては、と焦りを募らせるリヴェリアだが、そもそもの捜索範囲が広すぎる上、現在ほとんどの団員が夕餉をとるために食堂に集合しており、目撃情報も得られない。

 このままでは見つけるのにいくら時間がかかるか分からない。

 どうするべきか、と頭を悩ます二人に近づいてくる声があった。

 

「ロキー! リヴェリアさーん!」

 

 廊下の奥から第二級冒険者であり、真面目ながら貧乏くじを引くことの多い青年、ラウル・ノールドがリヴェリア達の元へ駆け寄ってくる。

 

「ラウルか。どうした?」

 

 息も絶え絶えな様子のラウルに何事かを尋ねる。

 二、三度深呼吸して息を整えたラウルは、どこか焦った様子でリヴェリア達に自身が来た目的を告げる。

 

「団長からの言付けを預かってきたっす! 例の少年を見つけたと」

「本当か!」

「おー、そりゃ無事でよかったわ」

 

 リヴェリアの顔に喜色が表れる。

 迷子になってしまったのではないかと心配していたが、見つかったと分かり、ようやく一心地つくことができた。

 それはロキも同様のようだった。自分の本拠の中で遭難者が出るなど、洒落にならない。

 そんな二人を見て、ラウルは気まずそうに顔を背ける。

 

「いや、まあ……無事と言えば無事なんすけど……」

「? 何かあったのか?」

「顔色悪いで?」

「いや、何でもないっす! すぐに団長の所まで案内します!」

 

 はっきりしない物言いのラウルを不審に思ったものの、フィンと合流しようと思っていたのはリヴェリア達も同じ。

 結局浮かんだ疑問を飲み込み、リヴェリアとロキはラウルの先導に従って少年を見つけたというフィンの元へ向かった。

 

 

 

 

 そこは、フィンが最初に向かうと言っていた大食堂の入り口だった。

 

「フィン! 見つかったのか!?」

 

 入り口の前で佇むフィンに、リヴェリアが声をかける。

 呼び掛けに気づいたフィンは、苦笑を浮かべながらリヴェリア達を迎えた。

 

「ああ、来たか二人とも。例の少年、見つけたには見つけたんだけど……」

 

 はっきりしない物言いのフィンに、違和感を覚えるリヴェリア。

 と、その時ロキが足元に転がっているものに気づいた。

 

「うわっ、何やこれ!? 扉がぶっ壊れとる!?」

 

 それは、文字通り何者かにぶち破られたかのようにドア枠から外れて床に倒れている、食堂の入り口の扉だった。

 そこまで老朽化が進んでいる訳でもなし、普通に扱っていればこの様に壊れることなどない。

 何かあったのか――?

 先程のラウルの態度も手伝い、不安が募る。

 事情を知らない二人が視線をフィンに向けると、フィンはそちらは大した問題ではないとでも言うように、二人の視線に応えた。

 

「ああ、そっちか……それは、例の少年がやったものらしい。だが、それよりも今は中を見てくれ」

「「?」」

 

 頭に疑問符を浮かべながらも、フィンに促されて食堂の中を覗いてみる。

 そして、リヴェリアとロキはそこで見た光景にしばし固まった。

 

「メシが足りねぇぞ! もっと持ってこい!」

「は、はいぃいいい!!」

 

 どんどん運び込まれる食事。量が足りないと料理を催促する件の少年。

 何故か少年の要求に従って動く食事担当の団員達。

 どうすればいいのかも分からず動けずにいる残りの団員。

 それを見て愉快そうに高笑いするドワーフの老兵、ガレス・ランドロック。

 そして、少年の足元で股間を押さえて蹲り、ピクピクと体を震わせている狼人の青年、ベート。

 

「……カオスやな」

 

 一言でいうと、これだった。

 

「一体何があった……?」

 

 リヴェリアの問いに、フィンは指で頬を掻きながら事の次第を語り始める。

 医務室にてリヴェリア達と別れた後、フィンが食堂に辿り着いた時にはすでにこの状況は出来上がっていたらしい。

 その場にいたラウルに話を聞いたところ、ようやく状況が把握できたのだとか。

 曰く、食事の準備をしていたところ、少年が文字通り扉をぶち破って食堂に進入。

 目にも止まらぬ速さで食事にかぶりついた。

 それは【ファミリア】のために用意したものであり、少年のための食事ではなかったため、なんとか少年を止めようと声をかけるも、料理に夢中になっていたのか、全くの無視。

 そこに通りがかったベートがその状況を見かねて、無理矢理少年の服の襟を掴んで食事を止めさせたが、食事を中断されてキレた少年がベートの股間を思い切り蹴りあげた。

 一八〇(セルチ)を越える長身のベートの体が、一(メドル)ほど浮き上がるほどの強烈な蹴りだったらしい。

 子供だからと油断していたベートはその一撃で完全ノックダウン。

 何事もなかったかのように食事に戻った少年のその姿は、団員達を恐怖に陥れた。

 その様子をちょうど見かけたガレスが面白い小童だと笑い出し、少年は料理の追加を催促した。

 ベートを下した少年に逆らえるはずもなく、次々と料理を運び込む団員達。

 こうして今の状況が出来上がったとの事だ。

 

「そこに僕が到着して、なんとか状況を把握。ラウルを呼び寄せて、君達を呼びにいってもらったんだ」

「なるほど、そういう事か」

 

 ようやく事態を把握し、納得するリヴェリア。

 

「しかし、無事だったのはよかったが、これは何とも……」

 

 今まで気絶していた少年がこうして元気な姿を見せたのは喜ばしいことだが、この状況にはどうコメントしていいのか分からない。

 それはフィンやロキも同様だった。

 

「あれ? おーい! 皆、入り口に突っ立ってどうしたの?」

 

 リヴェリア達が粗方の事情を把握した直後、ティオナが廊下の奥から声をかけてきた。

 見れば、アイズとティオネ、レフィーヤも一緒にいる。

 食堂に入ることもせず、入り口から中をじっと見ているリヴェリア達を不思議に思ったのだろうか。

 小走りで駆け寄り、何事かを尋ねる。

 ロキは無言で食堂の中を指し示し、アイズ達もそれにつられて中を見る。

 途端、先のリヴェリア達と同様に固まった。

 

「何、これ? うちの団員が顎で使われてる……ていうか、ベート死んでない?」

「うわ~、すっごい! あの小さな体のどこにあの量が入るんだろ? ティオネといい勝負じゃない?」

「わ、私……見ているだけで胸焼けが……」

「あの男の子……17階層で会った……」

 

 各々が目の前の光景に対して己の感想を口にする。

 抱いた感想はそれぞれ違うが、共通しているのはこの状況に圧倒されていることだろう。

 誰もが遠巻きに眺めることしかできずにいる中、一人のドワーフが少年に話しかける。

 

「活きのいい小童じゃな。ほれ、小僧。こっちの肉なぞ中々いけるぞ。どうじゃ?」

「おっ、オッサン気が利くじゃねえか! うおっ、こりゃ美味ぇ! てか、オッサンは食わねえのか?」

「ガハハハ! そうじゃな、儂もいただくとしよう」

 

 ガレスから皿を受け取り、笑顔で咀嚼していく少年。

 ガレスもまた、愉快だと言わんばかりに笑いながら、少年に付き合って食事を始める。

 気が合ったのか盛り上がる少年とガレスの二人。

 しかし周りの団員達は、第一級冒険者であるガレスに向かって少年があんまりにもあんまりな態度で話すので、気が気でなかった。

 当のガレスは孫を見るような目で少年を見ていたため、全くの杞憂だったのだが。

 とはいえ、同じ第一級冒険者であるベートに危害を加えた以上、すでに手遅れである。

 それから数分と経たない内にようやく少年の食事を進める手が止まり、最後に締めのドリンクを手に取った。

 ゴクゴクと喉をならしながら、一気に中身を流し込んでいく。

 やがて空になるまで飲み干し、一息ついた赤毛の少年は手にした木のジョッキをテーブルに置き、周囲を見渡すと、唐突に首を傾げて呟いた。

 

「で、お前ら誰だ?」

『『『『『こっちの台詞だよ!!』』』』』

 

 食堂にいた殆どの人間が、少年の発言にツッコミを入れた。

 

 

 

 

 その後、困惑する団員達を他所に少年を連れ出したロキ達は、場所を執務室に移した。

 アイズ達も随伴したいと申し出ていたが、ひとまずは首脳陣だけで話したいという事で、その申し出を断った。

 現在この場にいるのは5人の人(神)物。

 【ファミリア】の主神であるロキ。団長のフィン。副団長であり、少年を保護したリヴェリア。【ファミリア】一の古参であるガレス。そして、当事者である赤毛の少年だ。

 少年一人と向かい合う形で、残りの四人が机を挟んで座っている。

 

「ほな、まずは自己紹介からやな」

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら、ロキが先陣を切って口を開いた。

 

「うちの名前はロキ。この【ロキ・ファミリア】の主神をやっとる女神や。自分も名前くらいは聞いたことあるんとちゃうか?」

「全然?」

「さ、さよか。それはちょいとショックやな……」

 

 【ロキ・ファミリア】はオラリオでは知らない者はいないとまで言われる、超有名派閥である。

 それは自他ともに認める事実であり、相手が子供とはいえ、全く知られていなかったのは存外にショックだったようだ。

 

「つーか、女神って言ったか?」

「ああ、そうや。この下界に降臨した神々の内の一柱や」

「ふーん。そうは見えねえけどな」

 

 そう言う少年の視線はロキの絶壁に等しい胸に注がれていた。

 つまりは、全く女としての威厳がないと言外に告げている。

 

「どこ見て言うとんねん、このクソガキー!!」

 

 キーキー喚くロキの両腕をガレスが押さえる。

 見た目からして生意気そうな子供だったが、ここまでとは。ロキの怒りはすでに頂点に達していた。

 女どころか、明らかに神としての威厳さえ全くないロキの有り様にフィンは苦笑し、リヴェリアはため息を吐く。

 

「そこの駄女神は放っておいて、私達も自己紹介するとしようか」

 

 駄女神とは何やー! と、抗議の声が聞こえるが、それを無視してリヴェリアが自己紹介を始める。

 

「私は、リヴェリア・リヨス・アールヴ。この【ファミリア】の副団長を務めている。元気に目覚めたようで、何よりだ」

 

 慈愛に満ちた、女神よりも女神らしい優しい笑みを向けながら、少年に自身の名を告げるリヴェリア。

 それに続いて、残った面々も名を告げる。

 

「団長のフィン・ディムナだ。よろしくね。それから、そっちでロキを押さえているのが……」

「ガレス・ランドロック。【ファミリア】の中では一番の古参じゃな。さっきは楽しませてもらったぞ、小僧」

 

 自身を除く全員から自己紹介を受けた少年は、頭の中でロキ達の顔と名前を整理しているのか、腕組みをして考え込む姿勢を見せる。

 

「えーと、無乳がロキで、とんがり耳のねーちゃんがリヴェリア。ちっせーのがフィンで、髭のオッサンがガレスだな。よし、覚えたぜ!」

 

 何とも言いがたい覚え方だが、少年はロキ達の事を把握したらしい。

 無乳のくだりでロキが再び暴れ出したが、少年は全く気にも止めず、次は自分の番だと椅子から立ち上がった。

 

「今度は俺の番だな! 俺の名はナギ・スプリングフィールド! 最強の魔法使いだ!」

 

 尊大ともとれる態度で自身の名を告げる少年、ナギ。

 それを聞いて、フィンとガレス、そして怒りに溢れていたロキも、面白いものを見つけたように目を細める。

 名実ともに迷宮都市(オラリオ)最強の魔導士であるリヴェリアを差し置いて最強宣言とは、ずいぶんと怖いもの知らずな奴だ、と。

 一方のリヴェリアは、ナギの言葉に驚きはしたものの、魔導士ではなく魔法使いと名乗った事に違和感を覚えた。

 しかし今は気にする事ではないと、追求することはせず、流しておいた。

 お互いに自己紹介を済ませ、話は本題に入る。

 

「それで、ナギ言うたな。自分、今の状況分かっとる?」

「いや、さっぱり」

 

 即答だった。それにしてはあまりにも楽観的に過ぎるが、先程の騒ぎを見るに、物事を深く考えない性質なのだろう。

 ロキはナギに、ここに至るまでの経緯を掻い摘んで説明する。

 

「リヴェリア達の話によると、自分はダンジョンの17階層で倒れてたんやと。そんでモンスターに囲まれとって襲われかけてたんやけど、飛び起きて自力で返り討ちにしたらしいんや。その後、また倒れてもうた自分を保護して、本拠(ここ)に連れてきたんやけど、どこまで覚えとる?」

「全然覚えてねえ。確か、麻帆良の図書館島で変な光る本見つけて……そっからの記憶が全然ねえ。夢ん中でなんか変なバケモンをぶっ飛ばしたような気がしないでもねえけど、あれ、夢じゃなかったんだな……つーか、ダンジョンって何だ? さっきから【ファミリア】やら、何やら分かんねえ事だらけなんだけど」

「そっからかい!!」

 

 話を聞く限りでも謎だらけの子供だったが、まさかダンジョンの事さえ知らなかったとは思わなかった。

 さらに、さらっと流してしまいかけたが、夢の中でと言うナギの発言に、寝ぼけた状態でゴライアスを倒したのか、とナギの為した異常な偉業に戦慄する。

 同時、ナギの発言の中に聞き覚えのない単語が含まれていた事にロキが気づいた。

 

「ところで、今自分が言うてたマホラって何や?」

「麻帆良は日本にある学園都市の名前だぜ。かなり有名みたいだから、アンタらも知ってんじゃねえのか?」

「ん~、聞いたことないわ。そもそも、ニホンってどこやねん」

「は?」

 

 沈黙が場を支配した。

 

 

 

 

「せやから! イギリスっちゅう国も、日本っちゅう国もここには存在せんのや!」

「はあ!? そんな訳ねえだろ! 実際に俺が住んでたんだ! 存在しないとかあり得ねえ! つーか、俺はオラリオって迷宮都市がある事すら知らなかったぞ! そっちのがおかしいんじゃねえのか!?」

「それこそあり得へんわボケェ! オラリオもダンジョンも知らんとかなめてんのかぁ!!」

 

 お互いの認識に違いがありすぎると感じたロキ達は、一度ナギから生い立ちや故郷、そしてダンジョンに来るまでの経緯について話を聞き、そして自分達も迷宮都市やダンジョンなどについての知識をナギに教えた。

 しかし、どちらの話もお互いにとっては荒唐無稽で、自分達の知る常識をぶち壊すようなものばかりだった。

 まず、ナギの話から。

 モンスターもダンジョンも存在せず、科学技術というものが発達して魔法や魔石なしでも便利な生活を送ることができる世界。

 ナギが育った村は魔法使いの村だったため、魔法によって生活を成り立たせていたようだが、それはほんの一部であり、大部分は科学技術に頼って生きている。

 その証拠に、魔法使いなどは存在しているが、その存在を一般人から秘匿しているので世間からは知られていない。

 それらのナギの世界の常識を踏まえつつ、ナギは麻帆良に来てから図書館島に潜り、謎の本を発見するところまでを語った。

 どうしてダンジョンに倒れていたのかは分からないと。

 それを聞いて、あまりに信じられないことではあるが、その謎の本がナギをダンジョンへ転移させたということは推測できた。

 ナギがダンジョンの事を知らない以上、ナギは冒険者としてダンジョンに潜っていたのではないと判ったからだ。

 そうなると気になってくるのは、ナギの素性である。

 神の前で嘘はつけないのだが、ロキから見てナギは嘘をついていない。

 つまり、ナギの言うことはすべて本当であるということだ。

 しかし、ナギの言うようなものはこの世界にはほとんど存在しない。共通しているのは魔法があることくらいだ。

 これはどういうことなのか……

 一方、ナギもまたロキから聞いた常識に首をかしげていた。

 モンスターを生む巣であるダンジョンにバベルという蓋をし、その周りに作られた都市であるオラリオ。

 そして、暇を持て余し、天界から下界に降臨してきた『超越存在(デウスデア)』である神々。

 いくらナギが勉強が苦手で世間を知らないとはいえ、そんな話があれば絶対に知っているはずだ。

 それぞれがお互いの世界の常識をぶつけ合った結果、ナギとロキの二人は徐々にヒートアップし、口論にまで発展した。

 それを眺めつつ、残りの面々もまたナギから聞いた話を反芻していた。

 

「にわかには信じられんな。魔石もなしにそのような芸当ができるとは……」

「小僧の故郷は随分と面白いところのようだな! 鉄の塊で空を飛ぶとは夢物語みたいじゃ」

「リヴェリア、ガレス……今問題なのはそこじゃないよ。問題は、そんな場所がありながら僕たちが、何より神であるロキが、その存在を知らなかったことだ。本当にそんな場所があるのなら、とっくに知っているはずだからね」

「「ううむ……」」

 

 リヴェリア達も、ナギの言うことをすべて鵜呑みにはできずにいる。

 その根幹には、フィンの言うような理由があるのだろう。

 

「あんな、ナギ。うちかて、自分が嘘を吐いてるとは思うてへん。けど、自分の知ってるもんがここにはないのも事実なんや」

 

 長く生きている分、先に冷静になったロキが諭すようにナギに告げる。

 その口振りから、自分をからかっている訳ではないと判断したナギは、そこで一つの可能性を思い付いた。

 

「それじゃあ、ここは魔法世界(ムンドゥス・マギクス)なのか?」

「ムンドゥス……何やて?」

「魔法世界……文字通り、この世界とは別の空間にあるもう一つの世界で、大半の魔法使いはそこで暮らしてるって聞いたことがある。亜人の人口もかなり高いって聞いたしな。リヴェリアなんかがそうだと思ったんだけど、違うのか?」

「私か? 確かに私はハイエルフ……亜人(デミ・ヒューマン)だが……魔法世界という言葉は聞いたことがない」

 

 リヴェリアの尖った耳はエルフの特徴であり、人間では持ち得ないものだ。

 もしかしたら、亜人が住んでいるという魔法世界に何かの拍子で転移してしまったのでは、と考えたのだ。

 しかし、それはリヴェリアの口から否定される。

 とはいえ、リヴェリアも自分が知らないだけである可能性があったので、ロキに視線で確認をとるが、ロキは首を横に振った。

 

「うちも、魔法世界いう呼称は聞いたことないわ。というか、自分の口ぶりやと、自分のいた世界に亜人(デミ・ヒューマン)はおらんって言うとるみたいやけど……」

「ああ。召喚魔法で妖や悪魔を呼び出さねえ限りは、人間だけだな。ぬらりひょんみてえな頭したジジイはいたけど」

 

 ナギの頭の中で、麻帆良で出会った妖怪みたいな頭部を持つ好好爺の姿が浮かび上がる。

 しかし、あれは少しばかり見た目が変わっているだけで、分類上は人間のため、除外する。

 ともあれ、魔法世界という新たな意見を否定されてしまった。

 ナギは戸惑う。

 ロキやリヴェリアの容姿から、日本ではないと思ってはいたが、せいぜいヨーロッパのどこかだろうと思っていたのだ。

 彼らが話しているのが英語ではないとわかっているため、少なくとも英語圏ではない事は確かであった。

 ちなみに、言葉が通じるのは日本に来てからかけっぱなしの翻訳魔法のお陰である。

 ともかく、ヨーロッパという可能性も、魔法世界という可能性も否定された。

 なら、一体ここはどこなんだ? 答えは一向に出てこない。

 

「ふむ、もう一つの世界……なあ。っ、まさか……!」

「どうしたんだい、ロキ?」

 

 と、ここに来てロキは、一つの可能性に思い至った。フィンの声にも反応せず、ロキは真っ直ぐにナギを見つめる。

 

「なあ、ナギ。一つ思い付いたことがあるんやけど、言ってええか?」

「何だよ」

 

 神妙な雰囲気を醸し出すロキに、ナギも自然と居住まいを正す。

 ロキは咳払いを一つすると、自身の中で出した一つの推論を口にする。

 

「まず、これまでの話で、ナギの世界にあったものがこっちにはなく、またこっちにあるものが向こうにはないと分かった。せやな?」

「ああ」

「そんで、ナギが言うには、魔法世界っちゅう別の世界が存在する。そんなら、他にもそういう世界があってもおかしくないんとちゃうか?」

「どういう事だよ?」

 

 ロキの説明を理解できていないのか、ナギが早く続きを言えと催促する。

 

「つまりここは、自分の言う魔法世界とも違う、さらに別の異世界やっちゅう事や!」

「な、なんだってー!?」

 

 スドォン、と雷が落ちたかのような衝撃を受けるナギ。

 それも無理はないだろう。自分が全く知らない世界に飛ばされたのだとわかったのだから。

 

「こんなの、こんなの……」

「ナギ……」

 

 顔を俯かせ、その体をブルブルと震わせる。

 そんなナギの様子に、ロキ達、とりわけリヴェリアが憐憫の眼差しを向ける。

 それは、理不尽にも見知らぬ世界に放り出された幼い少年への同情の視線だった。

 

(何だかんだ言っても、まだ小さな子供や。どことも知れぬ場所へいきなり飛ばされ、知り合いもおらん。そんな状況じゃ、不安に駆られるのも仕方あらへんな)

 

 自分達ができる限りの事をして、ナギを助けよう。少しでも彼の不安が和らげられるように。

 ロキ達は揃って決意を新たにする。

 だがしかし、それはすぐにナギの続く発言によって吹き飛ばされた。

 

「すっげえワクワクする話じゃねえか! 最っ高だぜ!」

「はいぃ?」

 

 訂正。ナギは全く堪えていなかった。

 それどころか、未知の世界にやって来たことに興奮すら覚えているように見える。

 

(こいつは大物やな)

 

 呆れたように笑うロキ。まさかここで泣きわめくのではなく、笑うとは、神であるロキにも想像がつかなかった。

 リヴェリアなどはまだ心配しているのか、辛くなったらいつでも頼れとナギに伝えている。フィンとガレスも同様にしている。

 その様子を微笑ましい気持ちで眺めていたロキは、唐突に気づいた。

 

(って、ちょい待てぇ? ナギが異世界の出身やとしたら、ナギは誰からも神の恩恵(ファルナ)を授かってない事になる。そんな状態でゴライアスを倒した……? こないな事、他の神連中に知られたらえらい騒ぎになるのは間違いない。これはうちらで隠し通すしかないなぁ……)

 

 異世界から来たという、特異な出自。【ステイタス】の恩恵なしで未知の魔法を操り、階層主(ゴライアス)を単独撃破したという驚異的な戦闘力。

 神々の興味を引くには十分すぎる。

 まだ幼く、ある意味で純粋そのものなナギを、神々(おとな)の都合で振り回させる訳にはいかない。いや、自分がさせない。

 ナギの素性と能力がバレた時のリスクを考え、ロキはすぐに決断した。

 

「ナギ、うちら以外に異世界から来た事は誰にも言うんやないで」

「あ? 何でだよ?」

「何でもや!」

 

 有無を言わせないロキの真剣な顔に、ナギも何か感じるものがあったのか、

 

「分かったよ」

 

 と渋々頷いた。

 その返答に満足気に頷いたロキは、表情を真剣なものへと変える。

 

「で、こっからが本題なんやけどな。ナギ、自分今どこにも住むとこないやろ」

「まあな。でもその気になりゃ、そこら辺で野宿できるぜ」

「子供にそんな事させられる訳ないやろ。で、ちぃと考えたんやけどな」

 

 リヴェリアとフィン、ガレスが、ロキの考えている事に思い至り、笑みを漏らす。

 確かにロキのしようとしている事が通れば、この【ファミリア】はますます賑やかになるだろうと、未来への期待に胸を膨らませる。

 そして、ロキが一つの提案をナギに出した。

 

「どや? うちの【ファミリア】に入らんか? 自分が元の世界に戻る、その日まで」

 

 ナギは考える。せっかくの異世界に来るという、誰にもできないような貴重な経験。

 せっかく出来たこの世界での縁。

 すぐに断ち切ってしまうのは、もったいなさすぎる。

 魔法学校を中退してから一人、旅を続けてきたナギだが、こんな仲間と一緒に過ごすのも悪くない。そう思った。

 

「へっ、面白え!」

 

 ナギの心はすでに決まっていた。

 

「いいぜ、入ってやるよ。アンタの【ファミリア】に」

「決まりやな」

 

 満足気に頷いたロキは、ナギに向けて手を差し出す。

 

「これからよろしゅう、ナギ」

 

 その言葉に、ロキの意図を察したナギが自身の手をロキのそれに伸ばす。

 

「こっちこそ」

 

 お互いに笑みを浮かべながら、二人は握手を交わした。

 今この時をもって、ナギ・スプリングフィールドは【ロキ・ファミリア】の一員となった。

 そして、後の世にまで語り継がれる伝説はここから始まる。

 異世界からやって来た一人の魔法使いの少年が紡ぐ、新たな物語が今、幕を開けた。

 

 




 ※今回ナギの大食い描写がありましたが、普段のナギは別に極度の大食いキャラという訳ではありません。しかし、世界を渡る前の朝食以来、ずっと何も食べておらず、その状態でモンスターとの戦闘を行ったため、普段よりもずっとエネルギーを必要とする状態になったことで、いつもの数倍食べたということになりました。普段は成人男性と比べて少し多い程度の量です。


~おまけ~

 話を終えた後の一幕――

「いきなりにどことも知れぬ場所に放り出されて……不安もあるだろうが、私達がついている。存分に頼れ」
「おう! 不安とかはねえけど、こっちの事何も知らねえしな。よろしく頼むぜ。つーか、いきなり頭撫でたりしてどうしたんだ?」
「フフ、何でもないさ。それよりナギ、もう少し撫でさせてくれないか?」
「まあ、別に構わねえけどよ」

 二人から一歩離れた場所には、

(アカン、もうリヴェリアが母親(ママ)にしか見えんわ)

 自分の言った冗談が冗談でなくなってきている事に戦慄するロキがいた。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。