千倍じゃ足りない   作:野分大地

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08.銃を握る剣士

「……お疲れ様、なの」

「…………ん」

 

 対戦を終えて、加速が終了し……ぼんやりと、10増えたポイントに目をやる。

 

 ……あの後。俺が手も足も出なかったセレストと、ネイビー・スパイクの二人がかりでアクア・カレントがリンチされるのを幽霊状態で見守る…………などということには、ならなかった。

ほとんど同じか、ともすろとそれより早くネイビーを倒していたカレントは、自己申告通り低火力・低耐久であったセレストをその流水の装甲で軽くあしらうように……俺との対戦と立場を入れ替えたかのように、完勝したのだ。

そうして俺は完膚なきまでにボロ負けしたにもかかわらず、ポイントを得ている。

 

 ーーー無力感?違うな。なんか……宇宙だとか海だとかのことをずーっと考えてたら途方に暮れそうになるような、あの感じだ。

 

「……上見りゃ果てしねぇな、加速世界」

「ヘコんでるかと思ったけど、心配は要らなそうなの」

「んぁ?」

 

 言われてふと、頬に手をやり気づく。悔しさや無力感で心がぐらぐら煮立ってるように感じていたが……どうやら俺は、笑っているらしかった。

 

「あー……や、死ぬほど悔しいし、情けねえけどさ……アイツ、別にウソは言ってなかったんだよな」

 

 加速していたことで随分と経っているような感覚はあったものの、現実世界では頼んですぐで氷も溶けていないクリームソーダを口に含む。

 

「つまり、結局のところ俺のほうが速いのは揺るがないんだ。負けたのは、俺がそれを活かしきれなかったから……軽自動車にレーサーが乗ってるのを相手に、かけっこしか知らねぇ俺がスポーツカー使って競争して負けたようなもんだろ」

「その例えで少しでも謙遜してるつもりならいっそ感心するの、ボロ負けだったのに」

「今日のところは感心は遠慮しとくよ、謙虚な気分なんだ。……とりあえず課題は見えた」

 

 アイスを沈めつつ口の端を吊り上げる。

 

「“バーストリンカーの戦い方”だ。ジェミニ・ブリッツにはそいつが要る……つってもあきらに頼むのも道理が立たねぇし?勝手に盗ませて貰うぜ、カレントや相手からこっからの数戦でな」

「それこそミャアの仕事……って言っても聞かないのはわかってきたの」

「言ったろ、安いプライドなんだよ。……だから、絶対に負からん」

「今どき“男かくあるべし”、なんて流行らないの……それじゃ次に行きましょう、とその前に」

「んー?」

 

 さっさとコマンドを唱えようとしていた俺に、待ったがかかる。

 

「どしたよ」

「いえ、さっきの戦い見てて気になったんだけれど……レベルアップボーナス、何にしたの?」

「あー、えー、確かー、いくつか出てきて美早に聞こうとして、ああ(・・)なって…………」

「…………」

「…………」

 

 忘れてた。

 

 

 

「くらいっ……やがれぇ!」

「ムゥッ……!」

 

 四角っぽいフォルムのゴツい緑系アバターの顎を、《ラディカル・グッドスピード》の超加速を使ったサマーソルトもどき(・・・)でカチあげる。

いつものゴリ押しでは無くちゃんと考えて戦おうとするものの、どうにも小慣れた様子の相手にはなかなか効果は感じれれなかった。

とはいっても防御力に定評のあるカラー相手に必殺技も使わずそれなりに削れている……が、消耗度合いでいえばこちらも似たようなものだ。

 

 あれから連戦に次ぐ連戦を闘いぬき、俺は勝ったり負けたり、しかしカレントは一度《溶岩》ステージを引き当てた試合以外は負けること無く、俺のポイントは着実に戻っていった。

この戦いに勝てば、十分安全圏と言っていいだろうといった瀬戸際。

 

「(再加速して一発でブチ抜くか?……ってそうじゃなかった。テクニック、テクニック……)」

 

 レベルアップボーナスを迷わずアビリティ強化につぎ込んだおかげで、STR(筋力値)DEX(素早さ)なんかのステータス、各種ゲージの上昇なんかのレベルアップそのものの恩恵があったにもかかわらず、継戦能力はほとんど向上していなかった。変換効率が上がったからか《ラディカル・グッドスピード》もフルゲージからならある程度のオブジェクトで膝下まで覆えるようになり、あの超加速や必殺技を使わなくても緑系に少しずつダメージを与えられるほどにはなったが……

 

「フンッ!!」

「のわっ……!?」

 

 低い重心、どっしりと構えた体躯から、蛇のように妙に伸びる(・・・)両腕に必要以上に距離をとって躱してしまう。

 

 ーーー無論、アビリティでもなければ必殺技でもない。

これが俺に無いもの。圧倒的に速いはずの俺を惑わし、捉える『技』。

 

「……柔道?」

「二段だ」

「黒帯かよ」

 

 律儀に応えるいかにも堅物らしい声に一瞬気が緩みそうになり……すぐさま引き締める。

 目の前で堂に入った構えを見せるのは、かれこれ1000秒以上こうして鎬を削っている相手……《ターコイズ・ハンガー》だ。

 

「俺の《親》は、俺を見て完全一致(パーフェクト・マッチ)だと言っていた」

「はっ、偉そうな名前だなオイ」

「済まない、自分から名乗ったわけじゃないんだが。それに、俺だけじゃない」

 

 自慢するでも、茶化すでもなく大まじめに返答するターコイズに、戦意は衰えないもののどうにも毒気を抜かれてならない。

 

「デュエルアバターは現実の特徴などとは全く無関係に作成される、材料になるのは心だからだ。だが、それでも時折……現実の体と偶然では済まない親和性を持つアバターが出来上がることがある」

「それが、完全一致(パーフェクト・マッチ)ってか」

「……」

 

 悠然と構えながらも、馬鹿正直に頷いて返してくるのに単純な疑問を返す。

 

「……で、なんでそんなこと俺に話すんだよ。対戦相手だぜ」

「不快だったか、いや別段余裕ぶろうというわけではないんだが。お前は一瞬でも気を抜けない相手だ、そこはーーー」

「ああ、そういうのはいいっていいって。お前のキャラはなんとなく見えてきたつもりだし」

「ム……いや、な。正直なところ俺にもよくわからんのだ、ただ……戦っていて、惜しいと思った」

「惜しい?」

 

 決して豊富とはいえまい語彙を必死にひっくり返している音が聞こえてきそうな素振り。やがて、言葉を選ぶように口を開く。

 

「……俺は柔道二段だが、アバターが赤系ならそんなもの活かせはしなかった」

「当然だな」

「ああ。そして今から銃も、剣も持つ気はない」

「うん」

「…………」

「…………え終わり?なんだその顔!?『な?』じゃねえよ説明下手か!」

「ム……」

 

 困ったように頬をかくターコイズに怒鳴りながらも、言葉の意味に思いを馳せる。

 

「……よーするに、あれか?今の俺は、銃撃ってる剣士みたいなもんだって?」

「……」

 

 なんかもう勝手に満足気に身構えて対戦モードな相手に、これ以上の問答は出来ないと悟る。残り時間もさほど無い。

 

「ったく、無駄に意味深な……ま、せっかくの助言だ。ありがたく覚えとくけど……それはそれ、だ。勝たせてもらうぜ」

「来い……!」

 

 手の射程や踏み込みなんかも考えて、その人間大の岩のように鎮座している前方2mは奴の制空権と言っていいだろう。

柔道二段の腕前を遺憾なく発揮するこの難敵に、付け焼き刃のテクニックなんて通じないと考えて当然だろう。それはアイツの世界だ、わざわざ俺が合わせてやる必要もない。

 

 ーーー自己弁護完了。

 

「ーーーなんで。正面突破ァ!!」

 

 パーフェクトだかなんだか知らねえが、こっちはグッドスピードだ。速度勝負(俺の世界)に引きずり込めば、誰も俺には追いつけないーーー!

 

 足首から爪先までの赤紫色のスパイクだったそれから膝下まで伸びた、やはり赤みがかった白のプロテクター。そのスリットが開き、隙間から青緑の光が漏れる。

 レベルアップの恩恵か、装着部分が増えたからなのか。より安定して発動できるようになり……それのをいいことにさらなる速度を出そうとして安定性は結局失われるものの、成長したには違いない必殺技を発動する。

 

「衝撃のォーーー!!」

「《スマッシュ》……!」

 

 対するターコイズも、種も仕掛けもない掴み/投げ属性技《スマッシュ・クウェイク》の予備動作に入っていた。接近どころか移動前にそうしているのは、ひとえに俺の速さをすでに知っているからだろう。そうして俺が射程に入るその瞬間に、技の出を合わせようという……同レベルにしてやはり雲泥の差を感じさせるテクニックだ。

 

「《ファース「そこまで、なの」トッ、だああ!?」

 

 互いが接触するかといった刹那、氷柱(つらら)の射撃を受けて僅かに姿勢がぶれ……高速機動の制御が効かなくなり、明後日の方向にすっ飛んでしまう。

 めまぐるしく動く視界の中、同レベルの相手と戦っていたはずのカレントがそのまま、ターコイズを流れるように仕留めるのが見えた。

 

「か、カレント、テメ……何を……」

 

 今日一日で三度目になる技の不発というのは思ったよりも心にクるもので、思わず流水を纏う少女に厳しい視線を向ける。

しかし、ともするとそれ以上に険しい空気を纏ったカレントはそれを意に介さずに俺の元へずかずかと(もちろん性質上そんな足音は鳴らないのだが)やってきて見下ろしてきた。

 

「『何を』?それはこっちのセリフなの」

「は……?」

 

 いかなるすれ違いか、どうにもこの少女は結構な本気で怒っているように見えた。

 

「まだミャアにも教えてないの、なのに誰から聞いたの?いや、それよりもレベル2になったばかりで、それも一週間足らずのレベル1の間にどうやって知って……どうして使った(・・・)の」

「使った……って、何が!必殺技縛りなんてした覚えねえぞ!?」

 

 相手は美早の《親》だ、年下の女だ、薫伯母さんの娘だ……と、必死に念じてヒートアップしないようにしつつ言い返す。何を言っているのかサッパリわからないのが向こうにも伝わったのか、向こうもバツが悪そうな様子になった。

 

「……本当に、分からないの?」

「何言ってんのかサッパリだ」

「…………早とちり……?いや、そんな」

 

 ざわつくギャラリー、混乱する俺、考えこむカレント。

掴みかけた何かがまたするりと掌から抜けていくのを知覚する事もできないまま、1800秒のリミットに達し加速が終わっていく。


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