最初に当然のように差し出されたのは、やはりというべきか丸いコードリール付きの携行用XSBケーブルだった。すでに向こう側の先端は、白っぽいスケルトンモデルのニューロリンカーに繋がれている。
「流石に、この期に及んでゴネないけどさ。バーストリンカーって心臓に悪いこと多い気がするよな」
「聞かれちゃ困る事が多いから。役得だと思って流せばいいの」
「その境地まではあと二、三年は居るな……っと」
警告メッセージをスルーしつつ、思考発声に切り替えて説明を聞くことになった。
『……要するに、やることは普通のタッグマッチと変わらないってことか?』
『そう。だけど形としてはやっぱり負けないように私が守る、とまでは行かなくても保険としての存在であることには変わらない。だからミャアは、『絶対に自分とはやりたがらないだろうから』って、私に』
『……お手数おかけします』
『謝るくらいならもともとミャアの言うこと聞くべきだったの……少し嬉しそうだったミャアも大概甘いと思うけれど』
返す言葉もない……ん、あれ。嬉しそうだった?
『それって……』
『さて、といっても話はそんなに簡単な事じゃないの』
『露骨に話題変えたなぁ』
苦笑しつつも、実際目下最優先しなければならないのはわざわざ美早が自分の親に頼ってまで作ってくれたこの機会で、ニアデス状態を脱することだ。
『まず問題なのは、私達のレベル差なの』
『あー、美早が確かレベル4だったっけ。つーことはあきら……サンはそれ以上?』
『呼び捨てでいい、というかミャアと同い年なら私は年下なの……私のレベルは6。アクア・カレントって知ってる?』
『アクア……ああ、名前は。ネガビュの《
未だレギオンに属さない低レベルキャラーーーもっとも美早が時々受けてる勧誘のついでで、赤の王《レッド・ライダー》率いる《プロミネンス》や、相性のお陰で結構な数格上にも勝ててるせいか、向こうでそこそこ名が知れてきたらしい、近接主体の青の王《ブルー・ナイト》率いる《レオニーズ》なんかには勧誘されたこともあるが、ピンと来なくて保留している。美早も別にプロミに誘ってくるわけでもないしーーーではあるものの、その名前は噂に聞くことが在る。
『水色じゃない、水を纏ったアバターだとかなんとか……あと、うち一人が美早と仲悪いんだっけ?スカイ・レイカーとか言ったかな』
『仲が悪い……かは、ともかく。その認識であってるの。対して貴方のレベルは2……合計レベルが8、効率的には決していいとはいえないの』
『相手の合計レベル8以上ってなるとそもそも安定して勝てねぇし、それ以下になると一回の負けで俺のポイント消し飛ぶかもだしな』
バーストポイントの移動は、同レベルなら敗者から勝者へ10点移動。自分のレベルが相手より高ければ高いほど、手に入るポイントは少なくなって失うポイントは多くなる。逆もまた然りである。
このレートはタッグバトルの場合、平均ではなく合計で計算する。つまりレベル差の大きいこのタッグはあまり賢い組み方とは言えないのだろう。
『……分かっている割には、焦ってないの』
『焦ってせかせか動くのはだせーだろ。そうならないための、常日頃の速さだぜ』
『生き急ぎすぎた結果が現状を呼んだの、そこは反省』
『……さーせん』
見た目や語尾の割りに結構スパッと言う娘だなぁ……
『まぁこの状況でムキになって意地を張り通すのはまたちげーだろ、ってことで多少のダサさは呑むけどさ。勝てなきゃ全損ってのは別に理不尽でもないあたりまえのことじゃんよ。そこまで神経質になってくれなくていいぜ、つか負ける気で戦ったことなんてねーしよ!』
『……分かったの。こんなレベル差があるタッグは初めてだし、君の特徴は噂で聞いたのとミャアの説明くらいだからぶっつけ本番になるけど……』
『そりゃこっちも同じだって。KK』
せっかち星人の真似してやれば、あきらはクスっと笑い……そして気負いのない、しかし真剣な顔になる。
『それじゃ、まずタッグ登録。グローバル接続したら乱入される前に加速するの。この千代田区で、ひとまず50ポイントに達するまで休憩もはさみつつ連戦。何か質問は?』
『いつでもいーぜ』
駆け出しプレイヤーにはこんな機会でもないとありえない、七大レギオンの幹部とのタッグマッチだ。せっかくだし楽しませてもらおう……などと、考えていたのがケーブルを伝わったのか。
あきらが、どこか不思議そうに……しかし嬉しそうに、目を細めたように見えた。
「「《バースト・リンク!》」」
「さって……おお、マジで水だ」
「そういう貴方も、ずいぶんと……いえ、ともすると色相も彩度も0に近いグレーなの」
「アビリティも珍しいっぽいしな。つってもスタイルはただの蹴りだけどよ」
引き当てた《黄昏》ステージの属性はよく燃える、すぐ壊れる、意外と暗い……と、要するにオブジェクトを壊しやすい場所だった。俺はさっさと必殺技ゲージをためながら話す。
僅かにぶれながらも一方向を指し続けるマーカーは、相手もオブジェクトを壊しながらこっちに来ているのであろうことを示していた。
「んで、相手は知ってる奴?」
「流石にこの状況で初対面を選ぶのはリスキーなの。相手は貴方と相性のいい青系、どちらもレベル4のタッグで合計値は同じ」
と、さくさく壊してすでに半分ほど溜まったゲージを見ながら相手の名前を確認し……思わず固まる。
「片方は《ネイビー・スパイク》、大量の針を纏って、
「…………あぁ……」
説明を聞き流しながらも、思い出されるのは直近のリチウム・ブースターとの戦いとは別の意味で、忘れがたい戦い。
俺に《零戦》などと不名誉なアダ名が付けられるきっかけとなった、それなりに苦い初勝利の記憶……
……相手のタッグは《ネイビー・スパイク》ともう一人……忘れもしない初戦の相手、《セレスト・スラッシュ》だった。
わざと選んだのか?いや、ネガビュの幹部がいちいち新参の戦闘なんて見てないだろうし、おそらく偶然なんだろう。
なんとも言えない気分になりつつも、小さく息を吐く。
「……いいぜ、どっからでも来いよ。何度やったって俺から逃げ切ろうなんざ……」
「あら、たった一回勝っただけで随分余裕ね?そっちの保護者さんのお陰で気が大きくなっているのかしら」
「っ……!」
思わず目を見開く。
目の前に立っているのは、あまりゆっくり見る機会はなかったもののざっくりしたシルエットが記憶に残っている灰がかった空色の装甲。
見るからに身軽そうな流線型の薄い装甲は、しかし猛禽というよりは小鳥のように可愛らしい丸みを帯びた意匠だったが……その外見に油断した相手から、一瞬で勝利をかすめ取る強かさを持っていることは十二分に承知済みだ。
「……今日は不意打ちはいいのかよ?」
「一対一ならそれでもよかったんだけどね。あたしが逃げ切ったってスパイクが二体一で潰されちゃ意味が無いじゃない。それに……」
と、いつの間にかセレストの手の中で弄ばれている空色の短剣の切っ先が、俺の喉元に向けられる。
「キミみたいな粗暴なケダモノと競争なんてしたら、か弱い小鳥は引きずり降ろされて貪られちゃうって学んだから」
「人聞きの悪い奴だな!?つか何処がか弱い小鳥だ、狡い手使ってたくせに!」
「ああやだやだ、男のくせに見苦しいの……だから」
セレストが俺の後ろを軽く顎でしゃくるのを見て、またお得意の不意打ちかと訝しみつつ……すぐに反応できるようにそちらを確認すれば、挟み撃ちにでもするようにハリネズミのように刺々しい濃紺の装甲を持つアバターが、アクア・カレントと対峙していた。
「今度は、小細工しない。する必要もない。レベル2成り立てで、しかも笑っちゃうくらい脆いキミをさっさと仕留めて、二体一でのんびりそっちの保護者さんを潰すわ……すぐ行くから粘ってねースパイクー」
そういってひらひらと俺越しに仲間に手を振るセレスト。明らかに俺をおちょくるような素振りに、ふつふつと戦意は燃え上がる。
「……いいぜ、また速さ勝負も悪かないが……そういうのも好みだ。《ラディカーーー」
「待つわけ、無いでしょう?」
しかしアビリティを発動しようとした瞬間、セレストの姿が目の前から一瞬で掻き消える…………いや、違う、足元ーーー!?
「っ、の、らぁ!?」
俺の股下を潜るかのような急激な踏み込みを知覚した瞬間、咄嗟に上に跳ぶ。俺の全ての起点である
「《ハイディング・スタブ》」
最初に戦った時と同じように完全な知覚外から振るわれた必殺技は、俺の背中に鋭い痛みを走らせ……やはり一撃でHPを二割強も削り取っていく。
「がぁっ……!くっそ、また躱せなかった……?」
「別に、キミみたいに自分が耐えられないほど無駄に早すぎる必要はないのよ。ようは、効率」
着地しながら先程よりも距離を置く俺に、妖艶に笑いかけながら短剣を弄ぶセレスト。
「言ってろ、俺の速さはーーーぐっ!?」
「ほら、また当たっちゃった」
まるで、意識の隙にするりと滑り込んでくるような一閃。必殺技でないそれは先程よりも減りは少ないものの、確実に俺のHPを奪う。
「(……っんでだ!?俺のほうが速いのは前にやったとおりだってのに……?!)」
「ほんとなら火力ぜんっぜん足りなくて
「言ってろ、んにゃろ!」
わざとらしく溜息をついてみせるセレストに、今度はこちらから足を振るうものの……
「わ、生身でもやっぱ速いのね」
白々しい感嘆の声と共に悠々と回避されてしまう。
「な、んで……」
「だから、言ったでしょ。キミ速いけど速いだけなのよ。あたしみたいなのからしたらカモ同然、ほら」
「ッ……!」
正面からの斬りかかり。集中力を研ぎ澄ませ、その刃の軌道を見るとほぼ認識に同期した回避行動に移りーーー
「素直な子は好きよ?ツマンナイからいい人止まり、だけど」
ーーー次の瞬間、全く意識の外からの一撃に斬られている。
「く、そっ……!?」
わけがわからない、今までも勝ったり負けたりしてきたが、完封負けはそれこそ赤系の飽和射撃くらいだ。近接戦闘、それも似たようなスタイル相手にどうして、こんな……
HPゲージは半分を切り、必殺技ゲージはとっくに溜まっているものの使う隙がない。
対する相手は当然の無傷、そしてこちらを景気良く切り刻んでいるお陰でゲージも7割ほどだ。
「(……認めるしかねぇ、俺の速さはこのままじゃコイツには通じない。まずはゲージ使って足を……)」
「あら?何処行くのかしら。もういじけちゃったのかしら」
苦渋の決断で一旦バックステップで離脱する俺に、茶化すようなことを言いながらも追撃してくる様子はない。やはり単純な速度でコイツが俺を上回っているわけではないのだ、そんなはずはない。
「(どういう種かは知らねぇが、今の速さで駄目ならもっと疾くなればいい!)反撃開始だ、《ラディカル・グッ……ろ……ぁ……!?」
二度目の発動を試みるも……舌が痺れ、アビリティを発動できずに終わる。
すぐに四肢の末端にも同じような痺れが走り……ついには、立っていることもままならずにその場に崩れ落ちた。
「はい、聞かれる前に答えてあげる。あたしの強化外装《サイレント・シーカー》ね。攻撃力も耐久力も中の下なんだけど、ほんのちょっとだけ斬る度に麻痺毒を出すのね」
「……く、ぅ……」
「それこそほとんど気のせいレベルだし、実際一度しか切れてなかったこの前はほとんど効いてなかったみたいだけど……さっすが脆いし打たれ弱いし、状態異常耐性もだいぶ低いキミにはキツかったみたいね?」
もはや、勝ち誇っているか嘲笑を浮かべているか、もしくはその両方であろうセレストの顔を見上げることも出来なかった。
力なく横たわる俺の首に、短剣が添えられる。
「それじゃ私、あっちの増援行くから。バイバイ」
当人が言うとおり薄く、頼りないその短剣は……それでもたやすく、俺の首を切り落とした。