千倍じゃ足りない   作:野分大地

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03.デビュー戦

 ブラッド・レパードこと美早のレクチャーを受けた翌日。昨夜は結局興奮冷めやらず現実世界で夜通しジョギングして睡眠不足であるものの、俺のテンションは未だ下がらずに居た。

 寝ても覚めても付き纏う、あの世界(・・・・)での疾駆。真紅の豹と、障害物を物ともせずに限界を振り絞って走ったあの一瞬が忘れられず、足がムズムズしてぐっすり眠れなかった。授業中は貧乏ゆすりを注意されるほどだ。

…………その欲求不満に付き合って練習終了前にバテて潰れた部活の仲間には悪いと思ってる。だがやっぱり走るのはいい、少々物足りなくはあるものの、わざわざ生身で走るのはまたちょっと風情も求めるものも違うものだ。

 

 部活が終わり、もはやここ数日でとっくに馴染んだコースを走って行く。とはいっても今日は別に店まで行く必要はないと言われていた。

というのもブレイン・バーストのマッチングはエリア毎に区切られており、俺の家や通っている私立梅郷中学校がある杉並区でマッチメイクしても、例えば練馬区の店にいる美早の名前はリストに現れないのである。せっかくだから初戦は観戦したいとのことで、ひとまずグローバルネットは遮断して練馬区に引っかかるところまでダッシュしているわけだ。

 

「……みっともねえところは見せたくないわな。初戦敗退とか、ケチが付くみたいだしよ」

 

 誰に言うわけでもなく漏らしてから、小さく苦笑する。これでは部活の相川君と同じだ。肩肘張りすぎてポテンシャルを発揮しきれなかった彼の自己ベストは、やはり初日の計測よりも速いところにあった。

 

「何事も適度に、しかし速さだけは話が別だ。……っし、来たぜ練馬区!やるか!」

 

 ああ、ここまで走ってきたというのにまた足がムズムズして落ち着かない。グローバルネットに再接続する僅かなラグがもどかしい。最初の相手は誰にしようか。やはり同ポテンシャルであるレベル1でいざ尋常に、ってか?それとも思い切って2に挑んでみるか。初手大物食い(ジャイアントキリング)から店まで悠々凱旋、スマートにケーキでも……となるとまさかのレベル3?調子のりすぎかなぁ、いや、いや……

 

「……とと、つながってた。んじゃ、早速……《バーストーーー

 

 そう、言い切る直前に……加速時特有のあの衝撃音が俺の頭に響き渡る。世界が暗転し……しかし、あの青い世界を一弾飛ばして対戦フィールドであろう光景に変わってゆく。

地面も建物も、乾いたような乳白色に変わり……広がる夜空には、距離感を狂わされるように巨大な月。

 

【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】

 

「……さながら《月光》ステージ、ってところか?」

 

 デュエルアバター《ジェミニ・ブリッツ》と化した自分の爪先で地面をトントンと叩きながらも、燃え尽きていくアルファベッドを見送る。どうやら、挑むまでもなく誰かに勝負を仕掛けられたらしい。

視界上部中央に浮かぶ【1800】の数字(タイムリミット)、そして左右に伸びる青い体力ゲージと、その下にはまだ空っぽの、緑色の必殺技ゲージ。

対戦相手はーーー《セレスト・スラッシュ》。

 

「セレスト?何色だ。ぜんっぜんわからんけど……下がスラッシュか。やっぱ剣士?いいねぇ、王道じゃん!」

 

 視界中央で【FIGHT!!】と炎が燃え上がるのを尻目に、肩の力を抜いて足首を回す。

視界に映る小さな水色の三角形が、この広いフィールドの中で対戦相手を探し出すガイドカーソルだったはずだ……それが指し示す方向にはまだ影も形も無いのを確認して、歩き出す。

 適当にオブジェクトを蹴り壊して必殺技ゲージをためながら、体の中で解き放ってくれとがなりたてる疼き(・・)に急かされるように進む。

……ふと見れば、乱立する骨のようなオブジェクトの一つの上でこちらを観戦するギャラリーが数人。品定めするようにヒソヒソとしゃべっているようだ。あの中の一人が美早なのだろう。

 

「応援サンキューな!!やこっ……ジェミニ・ブリッツのデビュー戦見たんだってそのうち自慢させてやっから、見逃すんじゃねえぞ!瞬き厳禁だぜ、なんせ俺は……」

 

 せっかくだから沸かせてやろうとパフォーマスのつもりで声をかければ、なんだか思ってたのとは違う反応が帰ってきた。なんというか……呆れ?生暖かい目だ。なんだろう、外したのか俺?

 

「なんだよ、ノリの悪い奴らーー

 

 

 ーー瞬間、後頭部に軽く衝撃と痛みが走る。

 

「だっ……?!んだぁ今の、攻撃……?」

 

 視界の端で確認すれば、俺のHPゲージが二割ほど減少している。完全な不意打ちだったからか、無防備な急所にぶち当てられた一撃はそれほど派手でなくてもダメージを与えてくれたらしい。あるいはそういう必殺技やアビリティを持っていたのか?

 

「……このあたし相手に呑気にも程があると思ったら、新人さんなのね。納得」

 

 そう言って攻撃モーションから体制を整える眼前のデュエルアバター……セレスト・スラッシュは黒っぽい空色で線の細い、滑らかなフォルムの女性形アバターだった。その手にはいかにも尖そうな短剣を逆手に握っている。

 

「……スラッシュなんていうからにはガチガチの剣士なのかと思ったら、どっちかというとアサシンみたいだな。しっかし今みたいな不意打ちが二度も通じると思うなよ?さっきは流石に間抜けすぎたが、俺は反射神経にも相当の自信が……」

 

 感心したようにニッと笑いわずかに目を伏せ、気を取り直して睨みつける。

……そこには、すでに何も居なかった。

 

 

「…………………………え?」

 

 ギャラリーの中で「あちゃあ」とでも言いたげに額に手を当てているのは美早だろうか?や、そうじゃなくて。なにこれ、なんで?ドコ行ったの?

 

呆然とする間にも時計は進み、残り時間は300秒もない。それでも奴は現れない……いや、違う。そういうことか。

 

「……タイムアップ勝ち……なーるほど、かすり傷でもHPを減らせばあとは逃げ切って勝利、と。なるほど、なるほど」

 

 理解が及び、感心し。

 

「…………じょぉぉぉだんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

 ……空に浮かぶ巨大な満月に吠える。

成程よく考えた作戦なんだろう。見るからにあの短剣では鋭いのかもしれんが正面切っての立合いでは頼りなく、あの細い体ではそもそも殴り合いには向かない。代わりにスピードは出るのだろうから、割り振られたポテンシャルを最大限活かすためのマッチしたスタイルだ。

 

 しかし。

 

「俺が、俺が昨日寝れなくなるくらい楽しみにしてた初戦で、ずいぶん安っぽい真似してくれたなァ……それもその作戦、残り300秒間俺より速く逃げきれる前提で組んでやがる!どっちかというと後者のほうが、気に入らないッ!!《ラディカル・グッドスピード》ォ!!」

 

 適当な白いオブジェに当たりをつけて、アビリティを発動する。道中のオブジェクト破壊にあの会心の不意打ちで五割ほど溜まっていた必殺技ゲージが丁度半減し……元は一軒家であっただろう建物が一瞬で塵になる。

 

 ジェミニ・ブリッツ()の《ラディカル・グッドスピード》は、一律で発動時の必殺技ゲージの半分を消費して発動するアビリティだ。その能力は、オブジェクトを破壊し、それを材料にあらゆるものを速く(・・)作り変えるもの。

やろうと思えばデュエルアバター全体を変成も出来るはずだが、低レベルの今はその効率が圧倒的に悪い。これだけのオブジェクトを使用して、ギリギリスパイク一足分だ。

 

 粒子化したオブジェクトが発光しながら俺の足元に収束し、足首まで覆う赤紫がメインのシャープなパーツに変わるのを確認しながら……俺は跪くように片膝と両手を地につける。

 

 

 

 

 

 

「なんだあれ」

「“orz(やっちまった)”じゃね、あんだけ余裕かましといてこれは恥ずいだろうしよぅ」

「さっきのオブジェクト破壊は八つ当たりかぁ?」

 

 からかうようにブリッツの様子を眺めるギャラリー達を尻目に、美早のダミーアバターだけがじっとブリッツを見据えていた。

 

 《セレスト・スラッシュ》。彩度の低い空色のかのアバターの名の由来はthrush(ツグミ)……苺泥棒などと愛らしい呼び名も在る鳥である。

その戦法は初撃不意打ちでHPを削ってからのタイムアップ勝ち、同格以上にはめったに勝負を挑まないレベル4の嫌われ者だ。

 

 そんな彼女に対して知らないとはいえ(というか誰に対してもあの油断は閉口モノだが)あんな態度を取り、見事に勝利パターンに嵌められてしまったブリッツ()

思わず呆れはしたものの、まだ勝負が決まったわけではないと期待を込めて我が《子》を見る。

 

「(……でも、あの構えは……何故今?足場(スターティングブロック)がなければ意味が無いのに)」

 

 少ないギャラリー達が見守る中、しばし蹲っていたブリッツがついに動きを見せる。

 

 

 

 

 ーーークラウチングスタート。

 丁度現在から150年前、アテネオリンピック陸上競技の部において2つの金メダルを取った選手トーマス・バークが使って以来世界に広まった……

 

「(位置について……)」

 

 ーーー最も爆発力に長ける(・・・・・・・・・)スタートである。

 

「(用意……)」

 

 もはや俺の骨身に刻み込まれた習性……スムーズな体重移動。腰がわずかに持ち上がり、弾丸を放つ炸薬の役目を果たす運動エネルギーが脚部でその時(・・・)を待つ。

おあつらえ向きに踵部分から迫り出した柱状パーツが、ブロックの役目を果たしそのともすれば不安定な体制の受け皿となり。

 

「ーーードンッ!!」

 

 俺の蹴り込みと共にそれがかちりと噛み合い、完全なタイミングで炸裂する!

 

 瞬間、俺は風景を置き去りにした。

現実世界の生身での俺の100m走自己ベストは10"58。それが今はこの機動力に特化したデュエルアバターで、更には速さだけをアシストするアビリティの上乗せ……かつてVRのとんでもレースゲーム(音速や光速まで叩き出せているらしい(・・・)ほとんどバカゲーだった)の感覚が信頼に足るものなら、その初速は秒速300mは下らない……拳銃並だ。

 

「(残りは、226秒?余裕だっての!)」

 

 殺風景なステージを最速で駆け抜ける。ジリジリとHPゲージが削れているのは、さほど耐久力の無いデュエルアバターがこの速度に耐え切れないのだろう。しかしアビリティによる馬鹿げたスタートダッシュは、たとえそれ以外の恩恵が物足りないものであっても十分すぎるほどだった。

ある程度は蹴散らし、しかしまだ制御は追いつかず、道中のオブジェクトは必要以上に大きく膨らんで躱してしまったりと減速も著しいがこの区切られたステージにおいては大したロスじゃない。

 今の俺の全力なら、練馬区を端から端まで横断したって300秒とかかるものか。

 

 しばらくかっ飛ばせばあの細い人型が視界に映る。

 

「見つけたァ!!」

「え?……はぁっ!?ちょっ、ウソでしょ!?」

 

 信じられない、とでも言いたげな絶叫を上げるスラッシュ。もっとも俺に言わせてもらえば、お前のほうが馬鹿にしてる。

 

ガイドカーソル(互いを直線で結ぶモン)なんてのがある状態でなァー!!俺から逃げ切れるワケ無いだろうがよォ!!」

「意味が、わかんないわよっ!!」

 

 射程圏内に捉えた。速度はそのままに跳ぶように一歩、歩幅を大きくする。

アビリティを使った残りに、道中蹴散らしたオブジェクト……三割強まで溜まった必殺技ゲージを消費しての一撃。

 

「教えてやるよ……《ラディカル・グッドスピード》の赤寄りの紫(・・・・・)はなァ!『飛び道具に等しい近接攻撃』ってこった!」

 

 再び閃光と共に爆ぜる踵、それまでの速度も相まって、もはや俺は一個の弾丸に変わっていた。

 

「衝撃のォ……」

(はっや)ーーー!?」

「《ファースト・ブリット》ォォッ!!」

 

 たった一瞬のトップスピード、秒速300mで放たれる飛び蹴りが突き刺さる。

たとえ俺のアバターに攻撃力など期待できなくても、事ここに至ってはもはや関係のないことだ。弾丸並の速さで人間大の質量が直撃などすれば、耐えきれるものでもない。

 強引な超加速からの高機動に俺のHPは独りでに1割を切ってーーー二度見したが本当に一割もなかった、一発しか攻撃受けてないのにーーーいたものの、対する敵手のHPバーは1ビットも残っていない。

 

 俺の勝ちだ!!

 

 そう、大声を上げようとした瞬間……両足に罅が入って砕け散る。

 

 呆然と巨大な月を見上げながら、俺は呆然と加速を終えていった。

 




 脚部限定未満。初速だけで言えば《親》のトップスピードを超えていますが、そこからは素の走りに毛が生えたような補助のみ。元が速いのでまだマシですがすぐ失速してしまいます。
……その辺まで計算に入れての「300秒で練馬区横断」宣言なのでしょうが、実際は半分でバテます、確実に。見栄があんだよ男の子には!

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