「……ずいぶんと……自惚れたね、ジェミニ・ブリッツ!!」
「うおおおっ!?!?」
雨の強さが周期的に変化する《暴風雨》ステージ。今はバケツで水をぶち撒けたようなスコールが視界を阻害して、俺の足元も何度か掬われかけていた。
悪条件は相手も同じのはずなのに、なんだか妙に……というかかなりキレているらしい小柄なメタルカラーを纏う対戦相手、もはや2日~3日に一度は対戦している因縁の相手《リチウム・ブースター》は的確に俺を狙って、己のポテンシャルの全てをつぎ込んだ車型強化外装で突っ込んでくる。
「何キレてんだよ?!」
「分かんないなんて言ってみろ、全損させてやる!」
「こんのっ……!」
一瞬も気を抜けないラッシュを紙一重で躱しつつ、隙を見出して車を破壊、ないし無力化する。何度も繰り返される俺とブースターの対戦は、常にその一点に終始した。
俺が躱せないほどのスピードで俺を轢き潰すか、それよりも早く動いて対応してみせるか。予定調和のように繰り返されるその攻防の中で、弱点だと発覚したテクニックによる活路を見出そうとしていたのだが……
「勝ち越してるからって、馬鹿に、するなぁっ!!」
「してねぇよ!?って、しまっ……!!」
迫るヘッドライトに、理解が及ぶ……ああ、もうちょっと早く気づくべきだった。
車相手にテクニックなんて無ぇよ。
「負けたぁっ!!」
通学路の途中、人気のない公園に意識は戻ってくる。乱入しておいて返り討ちにあうとは、いつも以上に悔しいもんだ。
「畜生……つかあのキレ様は……やっぱ、あれか?速さ勝負から逃げたとでも思われたのか?それはそれで今度はこっちが釈然としねぇけど……」
唸りながら残り半分ほどの通学路を歩く4月中旬、バーストリンカーとなってからおよそ半月……ジェミニ・ブリッツこと矢光翔、迷走中である。
授業を聞き流しながらぼんやりと考えるのは、7月に待つ都総体や最初の中間テストよりも、加速世界のことだ。
初戦で勝ったはずの《セレスト・スラッシュ》、なのに正面から子供扱いするようにあしらわれてそいつに負けた俺。そのセレストに完勝した美早の《親》、《アクア・カレント》……
「(カレントの完勝はレベル差もあるだろうけど、なら俺がレベル上げれば同じこと出来るかって言えばそうじゃない。速さを活かせないどころか裏目に出たのと同じことだ)」
『別に、キミみたいに自分が耐えられないほど無駄に早すぎる必要はないのよ。ようは、効率』
『キミ速いけど速いだけなのよ。あたしみたいなのからしたらカモ同然』
「(……ちっ、ああもう、その通りだよクソッタレ……!)」
《ラディカル・グッドスピード》が攻略法なんざ掃いて捨てるほど存在する、いわゆる死にスキルなのか弱いのかと言えばそれは全く違う。
問題はジェミニ・ブリッツの脆弱さ……ですら、無いのだろう。
「……だって陸上部だぜ。喧嘩だってほとんどしたことねぇし、所詮技術云々とか考えたこと無えし……」
ソーシャルカメラが発達したこの現代で怪我上等の殴り合いなどすればすぐに警備員が飛んでくるのだ、武道もやっていないのに慣れている方がおかしいってもんだろう。
俺にはどうしても、《格闘》の経験値が足りていないのだ。
「VR空手でも習うかぁ?でもなぁ……ん……」
芸術的なまでに俺の耳を素通りする物理学の授業をBGMに、窓の外を眺めていると……セレストの腹立つセリフの他に、思い出す言葉があった。
「……銃を持った剣士……」
あのどこか抜けたところのある武人が言いたいことは、付け焼き刃の技術など枷にしかならないだとかそういうニュアンスなのだとはわかる。事実アイツと戦っていた時の俺は、途中でテクニック云々を諦めて俺の土俵まで勝負を持ち込もうとしていた。決着は有耶無耶になったものの、負けていたつもりはない……というのはあっちも同じだろうが。
……だったら、俺の“剣”ってなんだ?
「“速さ”だ」
一瞬の自問自答。そこだけは何一つ迷うことも、疑うこともない。
「いやいや、その速さが通じないって話で……ん?まてよ、誰に通じないんだよ。俺は最速だぞ」
……考えているうちになんだか腹が立ってくる。俺の速さが通じない?そんなわけがないだろう。
そんなわけがないなら何故負けたのか、それはアイツの技術が……技術……待て、そういうことなら確か、今朝の対戦で答えが……
瞬間、脳裏を稲妻のエフェクトが走ったような感覚。思わず俺は立ち上がって叫んだ。
「そうだっ、車になろう!!」
「…………矢光、そのまま立ってろ」
「……ウス」
もちろん、俺の身体をトランスフォーマーよろしく車に変形するわけじゃない。というかそんなことは出来ない。
思い出すのは今朝の対ブースター戦、俺の技術が未熟以下だったことももちろんあるだろうが、あれは一つの真理を示していたように思う。
「うおおおおおおおおおお!!」
「……矢光、今日もやたら気合入ってるな……」
「もも上げっつーかもう膝蹴りみたいになってるぜアレ、俺なら足攣りそー」
「オーバーワークとか大丈夫なのかね、天才様は体の作りも違うとか?」
もっと速く走るんだ。もっと速く身体を動かせるはずなんだ。技術なんかじゃどうにも出来ないような
俺の本当の限界へ、イメージした通りの最速の走りへ追いつくんだ。もっと行けるだろう、俺!
短いインターバルを挟んでのダッシュで、弱音を吐きそうになる自分をいじめ抜く。出を潰されればどんな速さにも意味が無い。瞬発力だ……ああくそ、そうなるとやっぱり筋力が足りない!膝への負担を御しきれないで硬直する一瞬が致命的なラグになる。
「(瞬発力、瞬発力!でもそれだけじゃダメだ、先読みされても意味が無い!直線だけじゃない、直前で軌道を……)」
深い深い集中の中、ダッシュで往復しているそのコースの真中に空色のデュエルアバターが見える。アイツは俺よりも遅いが、行動の予備動作の時点で俺の直線上から外れ、いとも簡単に必殺の蹴りを避けるのだ。
「(ラグはゼロには出来ねぇ、なら直前で軌道を……でも速さが死んだら本末転倒だよな?スピードを殺さずに、直前、で……)」
陽炎のように目に映る仮想セレストの目前で、ブレーキを踏むのではなくスピードをそのままに踏み出す左足の歩幅を縮めーーー
ーーービキィッ!!
「あ、があああっ!?」
……僅かに緊張の
「(こ、これは駄目だ……!負担なんてもんじゃない、こんなの続けてたら故障待ったなしだぞ。練習するにしても、
「おい矢光、大丈夫か!?保健室行くか……?」
「あぁー……ちょっと、擦りむいたんで。洗って消毒したら大丈夫っすよ」
心配してくる顧問の門田先生に苦笑混じりの返事をして、水道へけんけんで移動する。
痛みは不快だが、そんなこと意識の外に追いやるように……傷を洗い流しながらさっきの感触を思い出す。
「(負担は半端ないけどあそこで踏みとどまれれば、敵の目の前で、『トップスピードのまま再スタートを切れる』……あとは、俺の速さをもっと磨き上げれば……!)」
そう遠くないところに見えてきた気がする雪辱戦に向けて、笑みが浮かんでくる。
蛇口から流れる冷水が、傷や膝の痛みをクールダウンしていく中……燃え上がる俺の闘志は、むしろ俺の胸を焦がさんばかりに熱かった。