千倍じゃ足りない   作:野分大地

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09.心意の光

「……で、どうしろって?」

 

 安全圏までポイントが溜まったので即解散……とは当然行かず。あの後すかさず直結対戦にまで持ち込まれた俺は、灰色のアバターとなってアクア・カレントと対峙していた。

 

「必殺技を使って見せて欲しいの」

「別にそれはいいけどさ、せめて説明をだなぁ……」

「……大事なことだから、話すことにはなるの。けど今はひとまずお願い」

「……はいはい」

 

 よくわからないが深刻そうな様子に小さく溜息を一つついた。淡黄色の空の下、《荒野》ステージに立ち並ぶ赤茶けた巨石を削って必殺技ゲージをためていく。

 

「一回目は普通に、単発でお願い」

「あいよ」

 

 ゲージが貯まると後退り、軽く膝を曲げた。必殺技と言われれば、俺が使えるのはただひとつ。

 

「《ファースト・ブリット》!」

 

 片足で踏み切っての、システムアシストも伴った渾身の飛び蹴り。生身で放ったことも何度かあったが、やはり速度はともかく威力がいまいち物足りない、といったところか。

 

 罅の入った巨石にちょっと悔しげな一瞥をやってから振り返ると、カレントはじっと俺の足を眺めていた。

 

「どうだ?」

「次、アビリティも使って」

「……了解」

 

 やらせといて感想すら無いのかよ、とぼやくことなど当然せずに、せっつかれてまたゲージ貯めに従事。カレントの意向でフルゲージまで貯めると、別の手頃な巨石オブジェクトを探す。

 

「《ラディカル・グッドスピード》……っと。やっぱフルゲージからなら膝下まで出るな」

 

 元からある最低限のプロテクターと違い、しっかりとした存在感を持つシャープなフォルムのそれは、もはや(スパイク)というよりも脚甲(グリーヴ)に近い。

必殺技ゲージは残り半分、一発は撃てる。

 

「んじゃ、二発目行くぞ……衝撃の《ファースト・ブリット》!!」

 

 必殺技としてのアシストに踵のギミックによる超加速が加わり、傍から見ればその場から消えたように見えただろう。気を抜くと現在位置を見失い、制御を失ってしまいそうな速度を無理やりねじ伏せる。

予備動作も溜めも無く、HPを削りながら放たれた飛び蹴りを受けて今度こそ巨岩は砕け散った。

 

「ふぅ……やっぱこっちのが圧倒的だな。で?これで何がわかったんだよ」

 

 首を鳴らしながらカレントの元に戻る。彼女はしばらく迷った後口を開いた。

 

「……タッグマッチ中に何度かちらちら見えたし、今確認してもそうだったけれど……やっぱりその必殺技には、変形モーションは存在しないの」

「ん?あー、そうだっけ。そうだな。アビリティ使ってれば踵のピストン出るけどそのくらいだ……あ?」

 

 今まで意識もしていなかった点を指摘され、納得する……のもつかの間、すぐに妙な点に気づく。

 

「でも確かさっきスリット開いて……いや、それだけじゃない。あんま覚えてないけど、ブースターと戦った時もピストンから光が漏れてたような……」

「……信じがたい……とまでは、言えないか。前例は無いけれど、可能性としてはありえた話なの」

 

 

「……その光は《過剰光(オーバーレイ)》……ブレイン・バーストに秘められた、“イマジネーション”を力に変えるシステム。《心意(インカーネイト)システム》が作用している証なの」

 

 

 

 

 心意(シンイ)……読んで字の如く心の有り様に強く依存するその力は、通常アバターへ脳からの指示を伝える運動命令制御系とは別系統であるイメージ制御系を通して、プログラムの制約すら超えた事象の上書きを引き起こすものなのだという。なんでも乱用するとデュエルアバターの精製に深く関わる心の虚に近づきすぎ、呑まれてしまう事があるというのだ。

それが引き起こした最悪の例として、加速世界の黎明期にとんでもない悲劇が起こっており……それ以来心意はタブー視され、純色の七王の協定によって全てが秘されている。

 

 

「……それを、俺が使ってるって?」

「あの光は、間違いないの」

「つっても、なぁー……俺そんな大仰なことしてるつもりも、心当たりもねえよ。そこまですごいもんなら、ポロッとできちまうもんじゃ無えんだろ?」

 

 何か、()的な物を溜めたりだとか……そういう風なことをしたことはないはずだった。今まで二度光った時も、その他とくらべて特に気負って使った覚えはない。

 

「だけど、あの光は《過剰光(オーバーレイ)》に他ならないの。本当に、何も心当たりはない?使った後で気分が妙に落ち込んだり、逆に過剰に盛り上がったり、しんどくなったり気だるくなったりは?」

「無い!」

 

 即答で断言すると、今度こそカレントは困ったように悩みだす。

 

「……本当に、どういうこと?確かに心意を使っているにしては、威力は高いものの普通の蹴りに見えたし……あれが心意技じゃないとしたら、いったい何処に作用している(・・・・・・・・・)の……?」

「とりあえず、その心意技とやらを相手に使っちまってるってわけじゃないならいいんじゃないのか?」

「そういう単純な問題じゃ……だけど、現状だと対応しようがないのも確かなの」

 

 はぁ、と小さな溜息を一つ。

 

「……最後に一つだけ。足が光った二回、共通して考えてたこととか、無い?」

「共通して…………」

 

 問われて、二度の戦いを想起する。両方印象深い戦いだった、心に焼きついたそれは……

 

「……ああ、いつものだな」

「いつもの?」

「ああ、ずっと思ってる……『速さ(コレ)なら負けねぇ』、ってさ」

「……そう」

 

 短くそう言うと、思案を断ち切ったらしいカレントが俺を見据えていった。

 

「もしかしたら、いっそ心意を扱えるように教えた方がいいのかもしれない。だけどまだ私には判断がつかないの。あまりにも早過ぎる……これだけは、覚えておいて。それが貴方にどんな影響を与えているかは未だ未知数なの。王達が必死に隠すのも、決して大げさじゃないっていうこと……なにか不調があったら、すぐにミャアか、私にでも伝えて」

「わぁーったよ、覚えとく」

 

 それだけ言うと、先程までの深刻な空気が和らぐ。どうやら一段落ついたらしかった。

 

「……それじゃ、ちょっと……どころじゃなく予想外のアクシデントもあったけれど。これで貴方は安全圏、タッグマッチもおしまいなの。お疲れ様」

「ん、手間かけさせたな」

 

 試合をドローで終わらせて、現実世界に意識が戻る。直結していたケーブルを抜きながら、俺も慣れてきたなぁと苦笑。

伝票を持ちながら席を立つと、手を差し出す。

 

「ありがとなあきら、おかげで助かった。今度はまた、ただのバーストリンカー同士として会おうぜ」

「……ミャアによろしく言っておいてほしいの」

 

 握手を交わして立ち去り、会計を済ませる。

店を出ながら美早にコールすれば、すぐさま通話がつながった。

 

『終わった?』

『ああ、ポイント50越えて一先ずな。……しっかしあきら、伯母さんにそっくりなのな……』

『最初に言うのがそれ?』

 

 呆れた様子の美早だが、向こうも安心した様子なのは感じ取れる。

 

『それで、なにか問題は?』

『……なかったよ』

『そう』

 

 “なにか”はあったことを明らかに見ぬかれているが、それでも追撃が無いことに甘えてお茶を濁す。

 

『ま、結構いい機会だったよ。面白いやつにも会ったんだーーー』

 

 最初の苦いリベンジされた試合からのことを話しながらの帰り道は珍しく、誰にも乱入されることはなかった。

 


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