孤島の六駆   作:安楽

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5話:ある終わりの開始地点・前

 戦艦・大和は固く閉じていた瞼を見開く。

 耳には空襲を知らせるサイレンが多重に反響して聞こえている。

 眼前、要塞島の仮設ハッチが展開し、朝霧が内部に流れ込む。

 日傘型の電探を改造した大傘を右手に、外へと踏み出す。

 早朝の静寂は、空気は、すでに焦げ臭い死の臭いに満ちている。

 粋なものではない。

 肌に触れる空気は湿っていて、油と煤と、時折爆弾の破片をも運んでくる。

 戦いの空気に、しかし、大和は高揚しない。

 取り戻したいくつかの感情の中でも一際負の方面に偏った、重苦しいものばかりが胸にある。

 人の身を持って感じることが出来た素晴らしいものすべてが、まるでなかったことになってしまいそうな、そんな心境。

 恐らくは敵の胸中。深海棲艦へと変わってしまったものたちの心境なのかと思う。

 ならば終わらせるべきだ。

 自分を果たし、敵を果たし、彼が望む終わりの先を取りに行く。

 

 頭部艤装が展開して、即座に情報収集が開始される。

 此度の作戦は全通信回線オープンで行く。敵にこちらの情報が筒抜けになることすら策の1つとして用い、その動向を衛星経由で本土や拠点各所へと公開するのだ。

 自分の戦っている姿が、誰かに届くのだ。

 支配海域外に知人が居るものならば高揚を覚えるのだろうが、大和にとって一番その姿を見せたかった相手はもういない。

 だから、その娘が居る場所まで届けとばかりに、これから大暴れするのだ。

 

 一歩一歩、ゆっくりと歩む大和の周囲は陽炎によって空間が歪曲しているようにも見える。

 艤装の排熱による青白い陽炎とは別に、大和が増設した格納領域によるものだ。

 その空間の歪みが彼女の姿を覆い隠すことはなく、逆にその存在感を際立たせる。

 

 要塞島から完全に姿を現した大和へと、敵航空機は急降下を始めた。

 まだ着水して間もない、速度が乗らない状態の今こそ、爆撃で確実にダメージを与えようという意図だろう。

 来るがいい。こちらは元より速度を出すつもりは毛頭ない。逃げも隠れもしないのだ。

 大傘の内側はモニターになっていて、空を覆わんとばかりに展開する敵航空機の数と装備を正確に把握する。

 左手を真っ直ぐ前へと伸ばし、指を揃えた掌を上へと向ける。

 すると、艤装のあちこちで軽微な金属音が重なり、対空兵装の展開が完了する。

 針山のような対空機銃は各々の銃口を空に向け、各機銃には妖精たちが大和の号令を待ちわびる。

 

「対空射撃、開始」

 

 静かな発声は、大和の戦いの合図となった。

 艦娘の艤装の中では最も軽く、強大な敵にとっては目くらましにしかならないような武力ではあるが、それが三桁の数になれば別の戦力に変貌する。

 給弾のタイミングをつくるため対空射撃は散発的に開始され、いずれ全機銃がそれぞれの銃身を加熱させる。

 隙間なく空を刺す砲火は、敵機が近付く隙を与えない。

 何万にも及ぶ排莢は浅瀬を熱し、海面を湯気に変えて消失させる。

 脚部艤装が海水に反応して駆動する構造上、このままでは戦闘続行が不可能となるため、大和はさらに一歩、もう一歩と前へ進む。

 10年ものあいだ自分を守っていた殻を捨てることに何の躊躇いも感慨もなかった。

 あったとすれば、あの場で彼女たちと過ごした時間のこと。それすらも振り払うように前へ出る。

 

 敵潜水級が足元に迫っている情報を、視聴覚ではなく通信から知る。

 情報は大型のヘッドフォン式探針儀を装着し、大和の艤装の影に隠れるように追随していた浜風からもたらされたもの。

 この浅瀬ではこちらは爆雷を遣えず、しかし敵も雷撃を行えない。

 だから、敵潜水級たちは生態艤装による攻撃ではなく、接触距離での白兵戦を仕掛けてくる。

 次々と海中から身を出して近付いてくる敵潜水級を攻撃するには、大和の副砲は最適だ。

 

 空への対応をする片手間とばかりに、大和の副砲群は浮上した潜水級の本体へ次々へと吸い込まれてゆく。

 ひとつひとつが重巡・軽巡級の主砲クラスだ。それらが連打で敵に吸い込まれ、その姿を破片と燃料、残骸へと変えた。

 艤装の影に居る浜風もヘッドフォンを片手で押さえながら、海面下の情報と大和へ語りかける。

 返答する余裕こそないが、浜風がこうして話しかけてくれることで、大和は戦いに傾き過ぎそうな自我をかろうじで保っていた。

 通信によって水無月島の動向は逐一伝わってくるし、幾度か挟まれる予想外の動きに微笑ましさを覚えるが、それも集中しすぎると聞こえなくなる。

 この大和という個体の欠点だ。戦いにのめり込むと周りが見えなくなる。

 視野狭窄もいいところだし、水無月島の艦隊に編成されていた時期は、一度も旗艦を務めたことはなかった。

 常に誰かに付き添われ、しかし、いつもひとりで戦ってきたのかもしれない。

 現在から振り返ると、後悔する戦いばかりだった気がする。共に戦った仲間たちに対して申し訳ないとも。

 

 今は違う。敵へ対応しながら、周囲に気を配る余裕すらある。

 敵の攻撃がまだ対応可能な範疇にあるから、というのもあるだろう。

 それでも要塞島を出た直後のような心持ではなくなっていた。

 戦いに対して義務感や悪感情が多くを占めていたものが、徐々に塗り替わってゆく。

 忘れていた。戦うのがこんなに楽しい。

 敵を倒して破壊し滅ぼすことが、ではない。

 仲間たちとひとつの目的に向かって、方角は別々ではあるが、進むのだ。

 楽しくないわけがない。

 同時にひどく申し訳なくも思う。

 こんなに楽しいことに、自分は水を差していたかもしれない。

 ただ1隻、視界を狭め、誰かにフォローを任せて。心配をかけて。

 

「……大和? 大和!? 泣いていますか!?」

 

 浜風の問いかけに、大和は「いいえ」と即答。

 流れる涙を拭うのは、泣いてる事実を肯定することになるのでダメ。

 だから笑顔のまま、戦いを続けるのだ。

 まだまだ現状のままで対応可能な範疇に留まる。

 これしきでは沈みすらしない。

 このままこちらの弾薬が底を付くまで続けるのだとしたら、それは永遠に来ないだろう確信がある。

 

 掌を天に向けた位置から人差し指をくいと動かし、格納領域から己の背後へ向けて巨大なコンテナを取り出す。

 コンテナはひとりでに駆動し、開放、展開。複数の小型コンテナとアームが忙しなく動作し、次々と大和の艤装へ装填されてゆく。

 敵機が来ると言うなら幾らでも迎え撃つ。現状を維持するだけならば1日中でも続けられる。

 大和型並みの格納領域を保有するまるゆが何日もかけて運び込んだ物資だ。使い切る方が難儀するだろう。

 こんなものかと、出来る限り全身に余裕を滲ませ、微速で前進を開始する。こちらへ手勢を割かなければ、このまま“クレイン”の下へ向かってしまうぞとばかりに。

 それならそれで構わない。このまま空を制圧することだって可能だ。砲撃で敵を穿つことも。

 

「さあ、厄介者が戦線に加わってしまいますよ……?」

 

 足取り優雅に踏み出す。

 敵の対応が形になるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 ○

 

 

「抜錨! 全艦出撃!」

 

 水無月島鎮守府は第一出撃場。

 大淀の号令で艦娘は次々と出撃してゆく。

 敵航空機が大和へと集中し始めたため、水無月島への攻撃が一時手薄となり、出撃するタイミングが回って来たのだ。

 真っ先に海上へ飛び出すのは榛名、霧島両名。2隻の補完艤装を合一させた超高速巡航形態は最高速度を維持し、目標地点への最短ルートを行く。

 後続との速度差が著しいこの艤装で戦うということは、味方と足並みを合わせず戦うということだ。

 艦隊の動きではなく、艦娘の性能限界を試す無謀。

 蝋燭の残りを著しく損なうやり方を推し進めてきたこれまでを、榛名は唇をかみしめつつ、しかし振り返りはしない。

 自分たちには時間がなく、だから時計の針を進めようと決めて、こんな無茶を続けてきた。

 決して自分たちを省みなかったわけではないが、改めていける程の余裕はなかった。

 このまま進むと決めた。終わりまで。出来ればその先まで。

 

 それでも、無線封鎖をしていた時期よりはマシなはずだと、榛名は各艦が上げる声に耳を傾ける。

 今や各艦が思い思いに無線に自らの動きを告げては動くを繰り返している。

 敵を攪乱するためだと銘打たれている策ではあるが、その実敵にとっては無意味に等しいだろうと確信している。

 敵は最早、こちらの動きなど気にはしないだろう。榛名はそう考えている。

 かつて共に戦った彼女ならば、物量という力を手に入れたのならば。

 そして最早、それらを小出しにする時期は過ぎているのだ。

 

「どちらかと言えば、こちら側への横槍を警戒する色が強いものです。この乱雑なトーク合戦」

 

 隣りの霧島が言うには、島の外の人間側からの横槍を牽制する意図の方が強いとの事。

 今や水無月島周辺の海域支配は解除され、外界との情報のやり取りに置いて障害は無くなった。

 だからこそ、この総力戦を公開するに至ったわけだが、そこで危惧されたのが、霧島が言ったような人間側の勢力からの干渉だった。

 ただ援軍・援助をくれるのならばこれ以上に嬉しいことはないが、そうではない勢力も数多い。

 

 そう言った諸々へのけん制としてのこの無線ではあるが、まったく無意味な言葉を並べているわけではない。

 “F作業”に入ったという報告ひとつとっても、駆逐隊たちの場合は対潜掃討に入ったという意味だし、重巡戦隊ならば敵影見えるまで各々好き勝手、と言った具合だ。

 冗談が得意なわけでもなく、言い回しにも工夫を凝らせない榛名としては、実直に目の前の状況を告げるしか出来ず、日ごろからもっと上手い事言おうと頭を使って置けば良かった後悔が先に立つ。

 

「霧島、マイクチェック入りまーす」

 

 口を「え」の形にしてほぼ双子の妹艦を見やる榛名は、眼鏡の位置を直した手をそのまま前方を指さす形にした霧島が横目でこちらを見つつ、「はい、3、2……」とカウントダウンを始める様に、慌てて視線を先へと戻す。

 敵の防衛線に到達したのだ。単縦陣で無謀にも砲撃を開始する敵駆逐級に対して、こちらは加速して吶喊。

 敵艦隊の横腹ど真ん中へ無遠慮に突っ込むなど、もはや艦の動きではないなと嘆息するも、これが中々嫌いにはなれない。

 迂回せずに最短距離を、敵艦隊の中心部を目指す。

 そんなこちらの意図はお見通しだとばかりに、蹴散らし置き去りにした敵の残存部隊からは雷撃が、そして進む先からは戦艦級の砲撃だ。

 

「マイクを変えましょうか」

 

 ぽつりと呟く榛名に霧島は頷いて、機関が焼け付くほどに加速させた補完艤装をパージして、複縦陣にて待ち構える敵艦隊へと進ませる。

 減速を忘れた合一補完艤装は微かな波に足を取られて前につんのめり、縦の回転を得て敵艦隊を強かに打撃した。

 パージの衝撃で宙に放り出された榛名と霧島はと言えば、姿勢を乱さぬよう両手を広げてバランスを取り、高速で迫る海面を最低限のステップで駆け抜け、格納領域から新たな補完艤装を取り出し、展開し、再艤装状態となって速度を取り戻す。

 

「デユエット続行、次の曲目は?」

「……ええ、と。“アナタのハートにバーニング・ドライブ”」

「あらやだ、ごりごりにニッチな選曲。金剛お姉さま呼んでこないと」

 

 聞いたら怒るなあ、などと半笑いの榛名は、速度を上げて敵陣の中心を目指す。加速する。

 

 

 ○

 

 

 上空からの攻撃だけならば丸1日でも持ち堪える自信はあった。

 しかし、だからこそ、大和の側に二個艦隊も差し向けられたのは充分すぎる釣果であり、“クレイン”が水無月島の艦娘を1隻たりとも生かしておくつもりがないと、確信する。

 

「主砲、1番から3番まで装填。目標、敵戦艦級。1番から順次砲撃開始!」

 

 主砲を解禁する。

 砲撃する度に海面に新たな波紋が生まれ、大和に寄り添っていた浜風は余波がダメージとならない位置まで離れざるを得ない。

 空を裂き弧を描く砲弾は峡嵯を経て目標に着弾。

 戦艦級の装甲をも易々と砕き、敵艦隊を即座に轟沈せしめる。

 これしきでは負荷にすらならない。空に対し、海上に対し、海面下の察知は浜風が担ってくれる。

 迫る雷撃には三式弾を装填した3番砲塔で対応。

 すべての歯車が噛み合っている。絶好調だ。絶好調過ぎた。

 

 白熱化して変形した機銃の砲身を交換する区画が増えたため、対空網に僅かな穴が生ずる。

 敵機はその穴を見逃さなかった。

 まずは敵機の特攻だった。対空機銃の連打で残骸と化した球状型の航空機が爆弾を抱えたまま直撃。

 潰された区画を担っていた穴を埋めるため、対空射撃の密度が薄くなる。次はそこを狙われる。

 機銃だけでは対応出来なくなり、三式弾を対空網へ加えはじめる。

 そうすれば今まで魚雷に対応していた部分が疎かとなり、海面下の右脚部艤装に雷撃を受ける。

 僅かな傾斜はものともしないが、流れが悪い方へ傾き始めている。

 敵艦隊も増援が迫る。今度は倍の四個艦隊。倒せば倍数を、あるいは乗数を差し向ける気か。

 

「修復! 入りますよ!」

 

 背後から聞こえてきたのは明石の声。

 迷彩装備を解除した工作艦は、大和の背後に張り付き己の艤装を全展開。

 戦闘行為を続行する大和の現状を維持しつつ、明石は修復を開始する。

 それでも間に合わない。

 敵の攻撃が浜風にも及び始め、大和自身への復旧速度は破損と拮抗。

 砲弾の破片が目元を掠め、一瞬だけ視界が霞む。

 致命的な一瞬、砲弾の飛来は既に予測されていたので、前へと突き出していた左手を己を守るようにすれば、届いたのは着弾音と僅かな余波だけ。

 薄く目を開けて前を見た大和は、そこに1隻の軽巡が背を向けて立っている様を見る。

 長い髪を結って後ろに流した背中に、大和は艦艇時代の白黒の記憶がフラッシュバックする。

 思わず「矢矧……?」と呟くも、すぐに違うと首を振る。

 敵戦艦級の砲弾が直撃してひしゃげてしまった増設バルジをパージして、阿賀野型軽巡・酒匂は対空装備を展開。

 増設されたミラーで背後の大和へ視線を返し、前へと進む。叫ぶ。

 

「酒匂旗下、水雷戦隊は大和を中心に輪形陣! 対空、対潜警戒! 誰も沈まないで! 沈ませないで!」

 

 悲鳴のような号令に、一際大きな了解の意が返り、水無月島の増援は到着する。

 磯風が、雪風が、初霜が、そして凉月が、大和を囲むように輪形陣を構築。対空射撃を開始する。

 呆けた顔のまま周囲を見渡す大和は、彼女たちがそれぞれ敬礼したり手を振ったりして、短くも参加の挨拶をする姿を見る。

 誰もが大和に指揮を求めず、守りは任せて好きにやれと、各々好き勝手に防空対応を開始。

 指示らしい指示は、酒匂が最初に発した曖昧なものだけだったが、それでも各々が自分の配置と役割を理解しているためか、ちゃんと艦隊の動きに近付いてゆく。

 建造されて日が浅い艦も居るだろうに、こうして高い連携を見せてくれる。

 多くの時間を訓練に、それも、この時のために費やしたことは想像に難くない。

 それでいて、彼女たちは“これ”に囚われたりしていない。

 誰もがここを終わりとする気がない。ずっと先を見ている。

 

 彼女たちの、そして今は大和の提督でもある彼は言ったのだ。

 終わりの先を見せてと。

 

「大和だって、その先を……!」

 

 言葉の代わりに、砲声を轟かせる。

 

 

 ○

 

 

 “F作業”に入った重巡・鳥海は、妖精たちの口を通じて伝えられる各所からの情報に、自分の口元を緩ませていた。

 隠そうとしてもバレバレなのは先ほどプリンツに指摘されたばかりなので、もはや隠すこともしない。

 率いる重巡戦隊の仕事は遊撃で、榛名と霧島が大暴れしているため、基本的にはあまり仕事がないものだ。

 ならば大和たちの方へ加勢に行ってもとは思ったが、自分たちの仕事はこれから先が本番であるため、今はひたすら温存の時間。

 敵戦力がこちらに向かって来れば迎撃に移る手はずとはなっているが、当分それは無いだろうと確信する。

 

 大和の側が敵の注目を集めて離さないのだ。

 敵の航空戦力や水雷戦隊のほとんどがそちらへと侵攻を続けている。

 あの強大な火力に動かれると厄介だと“クレイン”が判断したものかと思うが、本当のところは違うのではないかと、鳥海はそう思い始めている。

 彼女は旗下を使って再現行動を起こそうとしているのだろう。かつてあった日の焼き直しを。

 そのため、彼女への攻撃は微力を差し向けるところから初めて、徐々に負荷を増やしてゆく。

 彼女1隻だけを沈めるのではなく、必要な艦数が揃うまで焦らし、集まった同胞諸共、という考えなのだろう。

 

 なるほど、確かに効率的だ。

 そう頷く鳥海ではあったが、それにしては何かがおかしいとも感じていた。

 まだ漠然として言語化出来てはいないが、言葉を選ばずに形にするならば「舐めすぎていないか」だろうか。

 

「そこは、手を抜き過ぎてはいないか、では?」

 

 のほほんとした顔の航巡・筑摩に指摘されて思わず眼鏡を直すが、確かにその通り。

 こちらを沈める気は余るほどに抱いているのだろうが、それにしては雑すぎる。

 物量任せの押し切りが出来るからと言って、これではあまりにも杜撰過ぎるのだ。

 時間をかけるのは、こちらの感情ごと水底に沈めてしまおうという意図か。

 鳥海は敵の意図に、それ以上のものを感じる。

 何かを待っているのだ。

 こちらと同じように、増援の到着を待っている。

 

「あら? 龍鳳リングイン。塩撒きを始めましたの?」

 

 編成唯一の空母・熊野が妖精に聞き返し、皆は一瞬動きを止める。

 来た。鳥海は拳を握り、皆はそれぞれの動きを再開する。

 空母支援のために同行していた卯月と菊月が戦隊を離れ、手を上げて明後日の方向へ離脱。筑摩はさらに別方向へ加速する。

 熊野は飛行甲板をはじめとする航空戦装備をパージして、格納領域から重巡としての艤装を展開し、艤装化した。

 

「打撃戦は久しぶりですの」

「あの変な掛け声も?」

「気合の声ですのよ? 全身に力が入りますの」

 

 そうだったのかと投げやりな理解を示す面々は、各々艤装の診断と残弾の確認を手早く済ませ、次の動きに移る。

 こちらの増援が到着したのだ。これから合流を果たしに行く。

 

 

 ○

 

 

 敵の増援は留まることを知らなかった。

 最早どれだけの敵航空機を落としたかもわからないし、どれだけの敵艦を沈めたのかも数えていない。

 

 そのおかげで“クレイン”へと向かった榛名たちへの障害をある程度こちらへ引き付けることは出来たが、よってこちらが戦線を維持できなくなってきている。

 問題は数かと、大和は今さらに思い知らされる。

 大和1隻だけならすでに潰れていたが、増援のお陰でここまで持ちこたえた。

 しかし逆に、艦隊の動きとなってしまったため、連携の隙に敵戦力がねじ込まれているのが現状だ。

 物量任せの面攻撃。例えこちらの練度を上げたところで、突破されるのは時間の問題だったはず。

 その時間をなるべく引き伸ばし、そして逃げ切りを狙いたかったが、それが適わない段階まで来ている。

 あと数分もすれば、脱落する艦が出始める。

 そうなってしまえば、艦隊としての死はもうすぐだ。

 もはや巻き返せない。

 

 だからこそ、こちらにも増援がもたらされるとは夢にも思わず、しばらくの間、我を忘れて固まってしまった。

 

「――今から撃墜数抜くなら! 何機落とさなきゃいけねえんだ! なあ!」

 

 前に出た酒匂を狙って放たれた爆弾は、彼方から飛来した大型バルジによって防がれる。

 更にと降り注ぐ爆弾を対空機銃で撃ち落として合流するのは、大型の艤装を纏い、巨大な増設バルジを両翼に備えた夕雲型駆逐艦・朝霜だ。

 真っ赤な目の駆逐艦娘、その袖には水無月島鎮守府と熱田島鎮守府、両方の腕章がある。

 

「数に拘らないで戦線を支えなさいな! 疲れた味方よりも先にへばったら恥よ!?」

 

 同様の艤装を纏った艦娘がもう1隻合流し、朝霜と共に酒匂の両翼を固める。

 朝潮型の霞だ。両翼のバルジを接続して右脇に回し、両腕に装備した対空機銃で天を掃射。

 

「皆わかっているでしょうけれど、改めて言うわ! これは天一号作戦じゃないわ。坊の岬の焼き直しなんかじゃないの!」

「じゃあ何さぁ! 霞ぃ!」

「ちょっと騒がしい同窓会よ! ねえ、そうでしょ! 大和!」

 

 酒匂から離れて輪形陣に加わる朝潮型と夕雲型は、大和に軽く手を上げて挨拶。

 そして、さらにまだ加勢は居るぞと、掌で彼方を差す。

 

「初霜がおるなら、もう少し早く合流するべきじゃったのう?」

 

 被弾して傾斜しかけた初霜を抱き留めたのは、大きな扇子で口元を覆った初春型のネームシップ。

 言葉が出ない妹艦を明石の方へと押しやり、初霜の担っていた位置を埋めるべく対空装備を展開する。

 

「雨は上がった。なら、次は雲が晴れる時だよね」

 

 左舷側から接近する重巡棲姫に魚雷が直撃。体勢を崩した敵の頭上に、踵落としが落ちた。

 奇襲の初撃を成功させた艦娘は、海面に叩き付けられバウンドした重巡棲姫へと追撃する。

 己の背部に接続されていた主砲を分割して両腕に担い、敵の腹部に押し当て、砲撃したのだ。

 飛び散った疑似燃料の雨をよけて、致命傷を受けてもなお砲を下ろさなかった敵のその腕へ、頭部へと、掃海具を転用したワイヤーが絡み、裁断する。

 白露型駆逐艦・時雨が、戦線に加わる。

 

「敵の数が多い? じゃあこっちも増援よ!」

 

 輪形陣に加わるのは艦娘だけではない。

 10数機を超える自律稼働型砲塔たちが各艦の下へ寄り添い、対空射撃を開始。支援に加わる。

 それらの指揮を統括するのは、陽炎型駆逐艦の天津風。

 デフォルトの姿であり、かつて水無月島に居た彼女とは違う個体だ。

 思わず対応の手を止めてしまった艦娘たちに対して、天津風は「な、なによ……」と戸惑いを隠せない。

 それでも、彼女の傍らに佇む継ぎ接ぎだらけの連装砲くんの姿を見れば、各々は事情を察するに至れる。

 

「同窓会。いい響きじゃないか。再会する仲間が、愛おしい家族が健在なことは……」

 

 いつの間にか戦列に加わっていたその艦娘は、静かに告げた。

 纏う艤装は朝霜や霞の様に大型化され、巨大なバルジを携えた姿。

 背が高く、くせの強い髪は黒くて長く、しかし次の瞬間に真っ白に彩られた。

 

「水無月島鎮守府所属、駆逐艦・響、輪形陣に加わる。私自身のために、そして誰かの代わりにこう言うよ」

 

 大和の記憶の中の少女が、己へと振り向いた目の前の艦娘と重なる。

 

 

「今度は、一緒だ」

 

 

 


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