ルイズたちは教室を片付けている。
他の先生が騒ぎを聞き駆けつけた時に、トウコがなにやら交渉を行い、今回の件については教室の掃除だけで済む事になったのだ。
「笑いなさいよ」
「ふふふ」
「バカにしてんの!?」
「ご主人様が笑えと言ったんじゃない」
トウコは机を片手で持ちあげながら、教室の隅で丸くなってるルイズの文句に苦言を返す。
「ええそうよ、私は魔法を全く使えない、成功率ゼロのルイズよ! あなたも心の奥底では私をバカにしてるんでしょう!」
「落ち着きなさい。あなたは私の知る限り少なくとも二回は魔法を成功させてるわ。サモン・サーヴァントとコントラクト・サーヴァントね。この二つには共通点がいくつかあるわ」
「…………」
「一つは使い魔に関わるという部分。使い魔に関する魔法なら成功することもあるということね」
「それだけじゃない。サモン・サーヴァントは何回も失敗したし……」
「もう一つが、この二つは無属性魔法という所よ」
「無属性魔法? 何それ、聞いた事も無いわ」
「じゃあ人間の魔法は6000年のうちに退化したのね。伝わって無い訳だわ」
「あんたの知ってる事教えなさいよ」
「ええ。いいわよ。でも、その前に昼食じゃないかしら」
ルイズが顔を上げると、そこは元と何も変わらない綺麗な教室があった。
「へ? ちょ、え? えぇ?」
「行くわよ、ご主人様」
ついて来なさい。と、ルイズは堂々たる背中がそう語っているように見えた。
食堂につき、ルイズは自分の席に座る。
「そういえばアンタ昨日と今朝は食事はどうしたの?」
「食べてないわ」
「へ? だ、大丈夫なの?」
「まあ、必要はないわ」
「アンタが良いなら良いんだけど……それじゃあ好きな事して待っててなさい」
「そうするわ」
トウコは迷いなくどこかへ歩いて行った。
食堂の裏、メイドや料理人の行き交う厨房に足を運んだトウコはあるメイドと挨拶した。
「こんにちは、シエスタ」
「トウコさん、こんにちは。昨日はありがとうございます」
「大したことじゃないわ」
「今日はどうされたのですか?」
「ご主人様に外で好きな事をするように言われたけど、やる事もないから手伝おうと思ったの」
「そうだったんですか。ミス・ヴァリエールも人使いが荒いのですね」
「そうでもないわよ」
トウコは即答する。実際、ルイズがトウコに頼んでいる事など知れているが、シエスタはそれを知らない。やはり貴族というのが先に立って見えてしまうのだろう。
「まあそういう訳だから、何か手伝えることは無いかしら?」
「なら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」
ルイズはさほど悪くない機嫌で食事を摂っていた。さて、そろそろデザートかとワインを口に流しながらチラッと視線を泳がせ、あるものを見たとたん、そのワインを吹き出した。
「うわぁ!? 何するんだよ!」
「悪かったわよ、黙ってなさい」
抗議の声も聴かずに、お金を相手の胸ポケットに突っ込み睨み付ける。
相手は完全に委縮したあと、胸ポケットに詰められた金額を見て少し口の端がつり上がってるが、そんな事は気にしてられない。
「ケーキよ」
うちの使い魔が不愛想にメイド服でケーキを配っているのだ。
トウコは笑顔の一つも無く、片手に3枚もトレイを乗せ、危なげなく次々とケーキを配っている。そのままバカな話をしているギーシュたちのグループにもケーキを持って行った。
「なあ、ギーシュ! お前は、今は誰とつきあっているんだよ!」
「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
気持ち悪い事を言いながらギーシュは派手にアクションする。そのとき、ギーシュのポケットから紫色の液体が入った小瓶が落ちた。
「落としたわよ」
トレイを持ったまま器用に小瓶を拾い上げ、机の上に乗せると、ギーシュは苦々しげにトウコを見て、一瞬言葉に詰まって、小瓶を押しやった。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
しかし、小瓶の中身に見覚えのあるギーシュの友人たちが大声で騒ぎだす。
「その香水は、もしや、モンモランシーの香水じゃないのか?」
「ソレがギーシュのポケットから落ちたってことはつまり、お前は今モンモランシーとつきあっているんだな!」
「違う。いいかい? 彼女の名誉のために言っておくが……」
ギーシュは脂汗をかきながら何かを言おうとしていたが、その前に後ろの席に座っていた後輩の女の子がコツコツと歩いてきて、先に口を開いた。
「ギーシュさま……」
彼女は涙を流している。
「やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼らは誤解しているんだ。ケティ。いいかい、僕の心の中に住んでいるのは、君だけんぶぼ!!!」
ケティは思いっきりギーシュの頬をひっぱたき「さようなら!」と言って駆け出して行った。
ギーシュは頬をさすった。
それから間もなく、見事な縦ロールの金髪少女がギーシュの前に立つ。仁王像のような表情だ。
「モンモランシー、誤解だ。彼女とはラ・ローシェルの森へ遠乗りをしただけで……」
トウコは見てる義理も無いかと、また「ケーキよ」と、見ればわかる事を言いながら配り歩いている。シエスタはハラハラしながらギーシュとトウコを代わる代わる見ているが、間もなく「うそつき!」と後ろから聞こえてきた。と、同時に、トウコもケーキを配り終える。
「待ちたまえ」
シエスタに次の仕事は何か訊こうとしたが、彼女はただただ居心地が悪そうにしている。
「君だ。待ちたまえ」
「私かしら?」
ギーシュは足を組んでトウコを見ている。その頭からはワインが滴っている。
「君が軽率に、香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「そうね、双方納得の上で二人同時に付き合う事は出来ず、かといってどちらかを選ぶことも出来ないあなたの方がどうかした方がいいんじゃないかしら?」
ギーシュの友人たちは笑い転げた。
「このメイドの言うとおりだ! お前がどうにかしろ!」
ギーシュの顔にさっと赤みが差した。
「いいかい、メイド君。僕は君が香水の瓶をテーブルに置いたとき、知らないフリをしたじゃないか。話を合わせる機転があってもよいだろう?」
「そうね、ごめんなさい。えっと……二股のギーシュ、でしたっけ?」
「うぐっ……! どこまでもバカにして……!
ん? 君は確か、あのゼロのルイズが呼び出した平民じゃないか。なんでそんな恰好をしているのかは知らないが、君のような浅ましい生まれの者に貴族の機転を期待した僕が間違っていた。行きたまえ」
「そうね。ただ、あなたのその浅ましい生まれというのは、私の家を、父や母をバカにしていると取っていいのかしら?」
「だったらどうだというのかね、平民君?」
「殺すわ」
「ちょっとストーーーップ!!!!」
ギーシュとトウコの間にルイズが割って入り、大声で叫んだ。
「どうしたの、ご主人様? まさか止めろとは言わないわよね? 他の何を許せても白波は、私の家族をバカにする者には容赦しないわよ」
「わかった、わかったけど殺すのは良くないわ」
「何故?」
ルイズは青ざめた。怒っている。そればかりか、倫理観が根本的に違いすぎる。人を殺してはいけないという、極当然に理解しているべきことをトウコは理解していない。
「お願いだから……。殺さない程度にして」
ルイズは最後の手段として情に訴える事にした。目に涙を浮かべトウコを見る。
「わかったわ。殺しはしないわよ。でもどうすればいいのかしら?」
「任せなさい」
この間、約1.5秒である。
「ギーシュ、あんたがさっきからバカにしているこの子は平民の出ではないわ。とはいっても、貴族でもない。ただ、家名には誇りがあるの。貴族ならわかるでしょう?」
「……確かに。軽率な発言だった。そこは謝ろう。でも、彼女が働いた数々の無礼な行為についても不問にしろとは言わないだろう」
「そうね。だから決闘よ」
「はぁ? 君と僕がかい? 正気か、ゼロのルイズ?」
「うぐ……私じゃないわ。貴族同士の決闘は禁止されてるでしょう。トウコと貴方がよ」
「それこそ正気じゃないぞ。僕はね、君の使い魔が頭を地に付けて謝るなら赦してやろうという寛大な心を以ってだね……」
「いい加減にしてくれないかしら? 私は何か謝らないといけないような事をしたの? あなたの落した瓶を親切心で拾ったらあなたの浮気がバレただけの話でしょう? むしろそんな事で時間を取らせた貴方が謝るべきじゃないかしら?」
「尤もだ」とヤジが飛んでいるが、茹ったギーシュには最早聞こえない。
「い、いいだろう。そこまで言うなら決闘だ! ヴェストリの広場で待っている。用事が済んだら来たまえ」
ギーシュの友人たちが、わくわくした顔で立ち上がり、ギーシュの後を追った。
シエスタはぶるぶると震えてトウコを見た。ルイズがトウコの両肩に手を乗せて「絶対に殺さないでよ」と青ざめた顔で言っているのを見て、更に顔を青くした。