「変な匂いがする」
重い瞼をこすり、匂いの出所を探るべく顔を回すと窓枠に真っ黒の少女が座っていて、その口には、火のついた紙で巻かれた何かが咥えられている。
「……夢じゃなかったかぁ」
「おはよう、ご主人様」
「おはよう。何してんの?」
「生を謳歌しているの」
トウコは口からゆっくり煙を吐き出しながら答えた。
「それ、とんでもない匂いね」
「その意見には同意だけれど、慣れればいい物よ」
「ふぅん」
「所で時間はいいのかしら?」
いつの間にか煙の元をどこかにやった透子の黒すぎる瞳がルイズの鳶色の瞳をのぞき込む。
「ひぇっ!? じ、時間? そんなのまだまだ……ん? んん??」
ルイズは日の傾きに違和感を感じ、次いで窓から身を乗り出して外の違和感に気付き、大慌てでタンスを開け放ち制服を引っ張りだした。
「なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!」
「聞かれなかったもの」
ルイズが部屋を飛び出し、トウコも続いて部屋から出る。と、ルイズがキュルケの胸に顔を埋めていた。
「あらあら、朝から情熱的ね」
「うももー! うんもうんーー!」
「やん」
キュルケがルイズを胸から外し、トウコの方へ視線を向けた。
「おはようルイズ、素敵な使い魔ね。おいで、フレイム」
キュルケの傍らに人より大きな赤いトカゲが這い出てきた。尻尾には火がついているし、舌の代わりに炎がピュルピュルと飛び出ている。トウコが軽く手を上げると、フレイムも軽く会釈をした。
「お、お、おはようキュルケ、そ、そっちの使い魔も中々じゃない」
どもり、呼吸を荒げ、額に青筋を浮かべながらもルイズはなんとかキュルケの使い魔を褒めた。実際褒めているのかはともかく、プライドが許す限りの最大の賛辞を送った。
「あなた、タバサのお友達なんですって? またお話を聞かせていただきたいわ」
「いいわよ」
「よくないわよ! なんで私の使い魔をアンタに貸さなきゃいけないのよ!」
「ご主人様、もっと優雅に余裕を持った方がいいわよ」
「あっはっは、そうよご主人様。余裕を持ちなさいな」
「ぐ、ぐぎぎぎ!」
5秒で形成されるルイズ包囲網に対し全力の歯ぎしりを返答に代え、淑女らしさの欠片も無いガニ股でフンフン言いながら階段を降りていくルイズにおとなしくついていくトウコを見てキュルケは変な奴は変な知り合いが出来るんだなぁとか思っていた。
「メイジの実力をはかるには使い魔を見ろって言われてるのよ!」
「じゃあご主人様は学園最強のメイジじゃない。良かったわね」
「はぁ!? いや、でもアンタは……うん? でも私アンタの実力なんて知らないわよ」
「知らないのと弱いのはイコールではないわ。励みなさい」
ルイズはなんか腹が立ったのでメイドの手伝いをするようにトウコに言いつけ、自分はさっさと食堂に入って行った。
段のついた石造りの講堂と表すと相違ないであろう、魔法学院の教室は既に生徒が大勢居た。トウコとルイズが入ると教室は静まり返り、全員一斉に二人を見たが、そそくさといつも通りを装う。
が、今までとは決定的に違う部分がある。使い魔の存在だ。
トウコを含む生徒たちの使い魔は、授業へ出席する際連れてきてもいい事になっている。
ルイズは席に着き、その隣にトウコが座った。不機嫌そうに口を開こうとルイズが横を向くと、ノートを広げた上にペンを乗せ何故か制服を着ているトウコがいた。
「……何してんの?」
「授業を受ける準備よ」
「……何で」
「使い魔として、自分の主人がどの程度の水準の授業を受けているのか気にしない訳にはいかないわ」
言われてみればその通りだ。トウコがどの程度魔法に詳しいのかは知らないが、本当にかつて始祖ブリミルと戦ったのだとしたら魔法の知識があってもおかしくはない。何故制服を着ているのかは突っ込まず、ルイズは渋々ながら納得し、扉を開けて入ってきた先生に注目した。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔を見るのがとても楽しみなのですよ」
などと言いながら教室を見渡す。その視線は一周した後ルイズ達の方に戻り、彼女にその口を開かせた。
「ミス・ヴァリエールの使い魔は中々勤勉なようですわね」
シュヴルーズが目を見開き、関心したように言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
「違うわよ!」
怒ってはいるものの、ルイズは平民呼ばわりされて怒ってないかの方が気になってトウコをチラチラと伺う。
「嘘つくな! 制服まで着せて、バカみたいだろ。やめてやれよ!」
ゲラゲラと教室中の生徒が笑う。
ルイズは怒りのあまり拳を握りしめ、からかってくるマリコルヌを睨み付け声を出そうとした所で、トウコが立ち上がってマリコルヌを見た。
「な、なんだよ」
「いいえ。ただ、それほど偉そうにしているけど、あなたと私のご主人様ならこちらの方がまだ立派だと思って」
マリコルヌは顔を真っ赤にして杖を取り、それを振り上げたが、どこから現れたものか、その口に赤土の粘土が押し付けられた。
「おやめなさい、みっともない。お友達を侮辱するものではありません。あなたはその恰好で授業を受けなさい」
マリコルヌは納得がいかないという顔をしているものの、教師に言われては逆らえないのか、そのまま席につき、トウコもそれに倣い椅子に座った。
「では、授業を始めますよ」
シュヴルーズは新学期一回目らしい、当たり障りのない基礎的な授業を行い、トウコはそれを逐一メモしながら、ルイズのノートを見る。
「ご主人様、そこ、間違ってるわよ」
「へ? どこよ」
「この系統魔法の順位よ。何が何に勝るなんて無いわ」
「でもミセスシュヴルーズは土が最も重要だって……」
「それは彼女が贔屓してるからよ。また後で詳しく話すわ」
そんな風に喋っていると、当然シュヴルーズに見咎められる。
「ミス・ヴァリエール! 授業中の私語は慎みなさい」
「すいません……」
「おしゃべりをする暇があるのなら、あなたにやってもらいましょう。ここにある石ころを、望む金属に変えてごらんなさい」
ルイズは立ち上がらない。トウコを見てシュヴルーズを見て、もう一度トウコを見る。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
シュヴルーズが再び呼びかけると、ルイズより先にキュルケが困ったような声で言った。
「先生、やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケの言葉に、教室のほとんどの生徒が頷いた。
「ルイズを教えるのは初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家ということは聞いています」
シュヴルーズはルイズを励まし、壇上へ導く。
途中、キュルケが黒めの肌を白くしてやめてと言ったり、生徒が祈りをささげ始めたりしたが、それでも時間は進む。
「ミス・ヴァリエール。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」
ルイズは短くルーンを唱え、杖を振り下ろす。
その瞬間、机ごと石ころは爆発した。
使い魔は驚き跳ね回り、生徒たちは混乱をより派手にする。先生は倒れ伏したまに痙攣している。
「ちょっと失敗したみたいね」
「最悪のギャグセンスね、ゼロのルイズ」
キュルケの突っ込みも疲れ果てていた。