…ここは何処だろうか?周りを見渡すと、そこは自分の部屋ではなかった。辺りは薄暗く、静まり返っており、人の気配はない。恐らく使われていないビルだろう。
本当に転送されてしまったのだろうか。いや、異世界に転送なんて、あまりに馬鹿げている。あの通話相手が得体の知れない技術を待っているとしても、案外近くに転送するくらいのレベルかもしれない。もしかしたら、俺を気絶させてこの場所に運んだかもしれない。
とにかく現状を確認しよう。今、俺の手元にはスマホが二台とリュックサック、財布、ポケットティッシュ、筆箱がある。準備をする時間が少なかったため、少々心もとないが、財布とスマホがあるのがせめてもの救いだろう。
最後に服装だ。流石に寝間着で外を歩くのは、ご遠慮したいところだが、コレはもう、腹をくくるしかないだろう。
現状確認が終わったにので、荷物をまとめ、一端ビルを出て、外の様子を確認しようとした所で、突然スマホから着信音が流れ始めた。
そういえば、詳しくはスマホを見れとか言っていたか。まあいい、直接聞けば済む話だ。そう思って俺は着信に応じた。
「……もしもし」
『やっほー、生きてるー?』
通話口から聞こえてきたのは女性の声だった。人が変わったのだろうか?もし別の人なら、事情を話せばあの不正な契約を白紙に戻してくれる可能性がある。僅かだが希望が見えてきた。異世界を救うとか、高校生にできるわけがない。早速事情を話して──
『残念、私だ』
「薄々感づいてたよチクショウ」
『スマホはちゃんと調べたか?』
「いや、まだ調べてない」
『そうか、なら私が今からスマホの機能に付いて教えよう』
「機能?」
『たった今、通話しながら操作できるようにした。まずはホーム画面を見てくれ』
言われた通り、ホーム画面を見ると、そこには見慣れないアプリがあった。
『まずは一番左上にあるアプリを開いてくれ』
「わかった」
『そのアプリの名前はグローバルインフォメーション。今君がいる世界のクリア条件、これから起こる重要な出来事の情報。そしてお前がその世界を救うに当たって、重要となる人物の情報がわかる』
「……ん?クリア条件って何だ?」
『簡単に言えばその条件を満たせば、世界を救ったという事になる』
「本当に世界を救わせる気なのか?」
『それ以外に君が元の世界に戻る方法はないぞ』
「oh ……」
『ほら、次のアプリを開け、眠い』
何かもう泣きたくなってきた。理不尽過ぎる。労働基準法がある元の世界に早く戻りたい。そう思ったが、流石に寝られると困るので、俺は渋々二つ目のアプリを開いた。
『このアプリの名前はステータスチェッカー。君の現在の状態や、スキルによるステータス補正を知ることができる』
「スキルって、まさか超能力とか魔法とか使えるようになるのか?」
『それに付いては三つ目のアプリと一緒に説明しよう』
「もう開いたぞ!さぁ!早く!」
『急に元気になったな、良いだろう、三つ目のアプリの名前は──』
「あれ?」
『どうした、何かあったのか?』
「何か銃を撃つ音が聞こえるんだが……」
『なるほど、面白い状況になってるな。三つ目のアプリはまた後で説明しよう』
そう言い残して通話が切れた。すぐに、掛け直してスキルについて聞きたかったが、残念ながらアイツへの連絡手段は皆無だった。仕方なく、音の発生源に向かっていると、四足歩行の白い生き物がこちらに向かって走ってきた。
それだけならまだ良かったのだが、白い生き物と同じ方向から一人の黒髪の少女がこちらに向かっていた。これだけ聞くと、そこまでヤバい状況ではないと思うだろう。飼っているペットを追いかけているのかなと考える人も、少なからずいるだろう。だが、今の状況は割と危険だ。
何故なら、少女の右手には銃が握られていたからだ。少女は走りながら、白い生き物に向かって銃を撃っていた。走っているせいか、弾丸は白い生き物の真横を通り抜けている。そして白い生き物はこちらに向かって走っている。
お分かりいただけただろうか。このままだと、確実に巻き込まれる。俺は今、武器を所持していない。相手は少女とはいえ、銃を持っている。下手に不信感を持たれたら危険だ。それなのに今の俺の服装は寝間着だ。人気のないビルの中に、寝間着を着た少年とか、確実に怪しまれる。
少しでも不信感を減らすにはどうするべきか、行動を見る限り、少女の狙いは白い生き物だ。ならば、俺のとるべき行動はコレしかない。
「止まれ、珍獣!」
そういって俺は白い生き物に向かって全力ダッシュ、少女は俺に気付いたのか銃を撃つのを止める。そして俺はダッシュの勢いそのままに、白い生き物に向かって飛び込んだ。飛び込む際に少し擦りむいたものの、無事に白い生き物を確保した。さて次は──
「どうして、僕が見えるんだい?」
「何?」
いきなり謎の白い生物が、語りかけてきた。
「基本的に僕の姿は、この世界の人には見えないはずなんだ」
……この世界の人には見えない?ああ、なるほど。俺は別の世界から来たから、この白い生き物が見えるわけだ。あれ?そういえば今、この生き物しゃべった?でも口は開いていないし、別の人の声なのだろう。きっとそうさ、生き物がしゃべるわけがない。全く、ただでさえ俺はホラー現象とか苦手だというのに。
「どうしたんだい、急に黙り込んで?」
「…………」
「?」
「あー駄目だ。最近目の調子悪いわー。さっき白い生き物が見えた気がするけど全く見えねー」
「いや、さっき思いっきり僕の事見てたよね?」
「さーて、眼科でも行くか。よし帰ろう」
俺は白い生き物を解放し。立ち上がり。そのまま前に歩き出した。前にいた白い生き物を踏みつけて。
「何で僕は踏まれているんだい?」
「見えないから、しょうがない」
そう、見えないからしょうがないのだ。たまたま進行方向に見えない生物がいた結果、そのまま踏んでしまったのだ。
「今、明らかに返事をしなかったかい?」
「何だかここの床、踏み心地がいいなー」
「……あなた達、何をしているのかしら?」
気付くとすぐ近くに、銃を持った少女がいた。
「踏み心地の良い床を見つけたので、堪能してました」
「わかった、続けて」
「それは会話を続けてという意味だよね?僕を踏むのを続けてという意味じゃないよね?」
「あ、良かったら変わるかい?」
「いいのかしら?踏み心地を堪能した後に、銃で撃ち殺すけど」
「大丈夫だ、問題ない」
「いや、僕からしたら問題しかないよ!」
「じゃあ、踏んで見るわ。……悪くないわね」
少女は恍惚の表情で、踏み心地を堪能していた。白い生き物は一体何をやらかしたのだろうか。取りあえず、敵の敵は味方作成は成功だな。……おや?
「どうしたのかしら?」
「足音が聞こえた」
「足音?」
どうやら踏むのに夢中で気付かなかったようだ。
「確かに聞こえるわね。誰が来たのかしら?」
そう言って、少女が足の力を抜いた瞬間。白い生き物は最後の力を振り絞り、足音のした方へ逃げ出した。そしてその方向には──
「あなたなの?私に助けてって呼んだのは?」
ピンク色の髪を持つ少女がいた。
「まどか……」
「ほむらちゃん!?」
「そいつから離れて」
「だ、だって、この子、怪我してる」
すいません。俺がやりました。
「ダ、ダメだよ、ひどいことしないで!」
「貴女には関係ない」
「彼女の言うとおりだ!その白い生き物は自ら踏まれに来たのだ!」
「誰!?」
「ただの寝間着男よ、気にしないで」
「君だってその服装は、コスプ──」
「大丈夫?まどか!」
そう言って、何処からともなく現れた水色の髪の少女は、あろうことか、消火器を使って、俺達の視界を奪い。そのまま、まどかと呼ばれていた少女の手をとり、逃走してしまった。
「追いかけるわよ」
「了解」
俺と黒髪の少女は、二人を追いかけた。そして、後少しで追いつくといった所で、異変が起きた。
周囲の景色が、何かに飲まれていくように変化していた。
「これは一体?」
「魔女の結界よ」
「魔女?」
「とにかく。あの二人を助けるわよ」
一体何から助けるというのか。その答えはすぐに、現れた。
離れたところに、先ほど逃走した二人の少女を、ヒゲの生えた毛玉に蝶の羽のような足をした怪物が囲んでいた。しかし、助けようにも、この距離で間に合うのか?戦力は銃を持っている彼女しかいない。素人が殴って倒せるのだろうか。だが、こうして考えている今も、あの二人に怪物達が迫っている。
一体どうすれば……。そう思った矢先の事だった。あの二人を囲むようにして、鎖が落ちてきたと思ったら。魔法陣のようなものが現れ。怪物達を倒してしまったのだ。そして、二人の元に黄色い髪の少女が現れ。二人と何か話した後。何か宝石のようなものが光ったと思ったら、彼女の服装は変化していた。いや、変身したと言うべきか。
その後、彼女は銃を用いて、残りの怪物達を倒し始めた。戦いに慣れているのだろうか。怪物達の攻撃を軽々とよけ、一体ずつ確実に倒していく。俺が近くに駆け付けた時には。怪物達はもう残っていなかった。
「魔女は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい」
そう言って、黄色い髪の少女が目を向けた先には、先ほどまで一緒に走っていたはずの黒髪の少女がいた。
「今回はあなたに譲ってあげる」
「私が用があるのは……」
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」
……何でこんなに険悪なのだろう。取りあえず俺は、フォローを入れることにした。
「待ってくれ、彼女は二人を助けようしていたぞ」
「それはわかったわ。でも、キュゥべえに傷を負わせたのは、彼女よね?」
「それは違うぞ、そのキュゥべえとやらが階段でコケて、錐揉み落下して傷だらけになった所を、彼女が治そうしたんだが、あまりにも治療が下手すぎて、キュゥべえが逃走したんだ」
……完璧だ。完全に騙したなこれは。これで険悪ムードとはおさらばに──
「どうして、彼女を庇うのかしら?」
──なりませんでした。
「まあいいわ、それよりも──キュゥべえ大丈夫?」
そう言って、彼女がキュゥべえに手をかざすと、暖かい光のようなものが現れ、キュゥべえの体を包んでいく。
「ありがとうマミ、助かったよ」
「お礼はこの子たちに。私は通りがかっただけだから」
マミと呼ばれる少女がキュゥべえにそう言うと、キュゥべえは二人にお礼を述べた。
「どうもありがとう。僕の名前はキュゥべえ」
「あなたが私を呼んだの?」
「そうだよ、あの二人に殺されそうになったから。テレパシーで助けを読んだんだ。」
「失礼な、俺はキュゥべえに新たな道を指し示そうとしただけだ」
「それなら仕方ないわね」
「……わけがわからないよ」
「そういや、キュゥべえの姿は普通の人には見えないはずだよな、どうして、二人に見えてる?」
「二人にお願いがあったからだよ」
キュゥべえの言葉に二人の少女は戸惑う。
「私達に……」
「お願い?」
「そうなんだ、鹿目まどか、それに美樹さやか」
「僕と契約して、魔法少女になってよ!」