英雄になるのを望むのは間違っているだろうか   作:シルヴィ

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初めての――

 「あ~もぅ、待ってよアイズ~!」

 「待てない、急いでティオナ」

 「これ以上急げないから言ってるのにィ!」

 タッタッタ、と軽やかに走るアイズとは反対に、ドンッ、ドンッと床を踏みしめて道を行くティオナ。

 その理由は単純で、軽装のアイズと、自身の身の丈を上回る大剣を背負うティオナは、それだけ移動速度にも影響が出るせいだ。

 そもそもベート、シオンに次いで足の速いアイズと――付与魔法アリなら二人を追い抜く――パーティで最も足の遅いティオナの組み合わせである。全力で走ればあっさり置いて行ってしまうため、アイズもこれで相当気を遣って走っていた。

 ちなみに速度はともかく距離に関して言えばティオナがぶっちぎりの優勝である。彼女は短距離ではなくマラソンなどの長距離向けの人間だった。

 それはともかく。

 何故この二人がこれだけ慌てて移動しているのか。

 『グゥルルルルァ!!』

 「ひぃ、真後ろから聞こえてきた!?」

 「口を動かしてる暇があるなら足を動かして!」

 ――モンスターの群れを引き付けているからである。

 彼女達は知る由もないが、この時間、同じようにモンスタートレインを行っていたベート以上のモンスターを引っ張っている。

 彼と違って距離が開けないどころか徐々に縮まっているせいで、モンスターが無理に遠距離攻撃を行わず、自滅行為をしないからだろう。一歩でも足を止めれば、あるいは前からモンスターが襲いかかれば二人纏めてお陀仏する未来まで見えた。

 「今回、運が、無さすぎない!?」

 疲れではなく後方から迫るプレッシャーによって顔から汗が吹き出てきたティオナは、それを拭うのも惜しいとばかりに足を動かす。

 その意見に内心同意しつつ、アイズは注意深く周囲を見渡す。落とし穴が見つかれば、即座にそこへ向けて動くために。

 ――実のところ、二人がこの状況に陥ったのは、皆から別れてすぐの事だった。

 モンスターに気付かれないよう慎重に行動しようとしたのだが、十字路を通った時にバッタリ大型モンスターに遭遇。虎の姿をしたそれは、襲いかかる前に一度『吠えた』。

 フロア中に響き渡ったのではないかと思えるその音に引き付けられたモンスターの群れに、戦っていられるかと逃げ出して、早十分以上。

 そろそろ逃げるのも限界だ。体力という意味ではなく、追い詰められるという意味で。この階層のマップを覚えていない以上、袋小路に誘導されただけで終わるのだから。

 しかもこういう時に限って穴が見つからない。基本的にモンスターはその階層内でのみ行動していて、穴を降りて来る事は無いから、見つけられさえすれば撒けるのだが……。

 「って、アイズ、アレ壁!? まさかここで終わっちゃう!?」

 「……アレは、壁じゃない! モンスター!」

 壁に擬態したモンスター。確か名前はダーク・ファンガスだったか。

 「ティオナ、大剣で無理矢理押し通って! 毒は私が何とかするから……ッ」

 「わ、わかった!」

 走りながらティオナが大剣を抜き放つ。掛け声一閃、耐久力は無いに等しいきのこ型のモンスターは、断末魔の悲鳴をあげる暇もなく真っ二つに避けた。

 「【目覚めよ(テンペスト)】」

 それと同時、内部の毒袋に溜め込んでいた粒子が死体から湧き出てくる。斬るために前のめりになっていたティオナに躱す術はなく、まともに吸えば動けなくなるのは明白だ。

 「【エアリアル】!」

 だが、それほど強力な毒だからこそ、この状況では利用できる!

 アイズの持つ、付与魔法の領域を超えた付与魔法。アイズの意のままに動く風を使い、毒の粒子を包んで外へ逃さない。

 「ティオナ、真っ直ぐ!」

 「……!」

 返事も惜しいとばかりに頷いて、上手く体勢を整えつつ帯剣する。その動作のせいで若干もたつき、足が遅くなる。

 大丈夫、問題ない、とアイズは逸る己の心を落ち着かせる。

 ティオナが走る体勢に戻った瞬間、風を動かしてその背を押す。驚いた声を出す彼女に並走するように移動する。

 ――一。

 それを追って来るモンスターを、顔だけ振り返って確認。

 ――二の。

 未だ風に包まれて空中を漂う毒素。それに眼を向けること無くダーク・ファンガスの死体を踏んだのを見計らって。

 ――三!

 爆発、させる。

 吹き荒れる風に足を止められ、それに乗る毒を顔面にまともに受けた。モンスターだから人よりも耐性はあるだろう。だが、それでも、しばらくは動けない。

 更に後ろから押され、転ぶように倒れる先頭にいたモンスター。立ち上がれず、ドミノ倒しのように、渋滞を引き起こし、遂には詰まった。一番下で挽肉になったのと、今挽肉にされかけているモンスターの目が潰れ、顔から飛びかけているのが見えた。見えてしまった。

 「え、えげつないね」

 「……やらなきゃ死んでたよ?」

 その光景にドン引きしていたティオナも、端的な指摘に言葉を詰まらせる。アイズとて好んでこんな光景を作りたかった訳ではないのだ。えげつない、という感想は心外だった。

 ティオナは小さくごめん、と謝ったので、いいよ、とアイズも許す。

 やっと余裕が出てきた二人は、小さく笑い合って、疲れた体を軽く解しつつ歩き出す。それから一分と経たず、それを見つけた。

 「穴、だね」

 「うん。でもこれ、二層以上先まで落ちる感じかな」

 一層分ではなく、二層、あるいは三層先まで落ちる穴。これに入ればまず間違いなく戻ってこれなくなる。

 「残念だけど、これはスルーして次の奴を……アイズ?」

 「……うん、多分……行ける」

 ――行けるって何?

 何か嫌な予感がしたティオナは、恐る恐るアイズを見る。そのアイズは頭の中で何かをシミュレートしていたようで、うんうん頷いていた。

 逃げようとジリジリ後ずさっていたティオナの腕を、突如アイズが掴む。そのままズルズルと穴の付近にまで移動していく。

 「やめて!? 私死にたくない、まだ死にたくないんだよ!?」

 「大丈夫。私の予想通りなら死なないから」

 「それ大丈夫じゃない奴だから! 落ち着いて! まだ他にもあるから! きっと! イ」

 ――ヤァァァァァァァ!??

 

 

 

 

 

 「……死んだかと、思った」

 「大丈夫だって言ったよ?」

 「一歩間違えたら死んじゃう状況で信じるのは難しいからね!?」

 余りの恐怖に腰が抜けて立てなくなったティオナは、不思議そうに首を傾げているアイズを見て思う。

 ――シオンの悪いところがアイズにも伝染っちゃった……!

 目元を押さえるティオナは、ついさっきの出来事を恐怖と共に思い出す。

 ティオナの腕を掴んで飛び降りたアイズは、『エアリアル』を発動させたままだったのだ。強力な風を操るそれを使って、壁を蹴る勢いを加速、地面に落ちる速度を減少させて、うまく穴から離れて一層だけ落ちるようにした。

 ただしそれを知らないティオナにとって、飛び降りた瞬間は片道切符の地獄のジェットコースターに無理矢理乗せられた気分だったが。

 「せめて一言説明が欲しかったなぁ」

 さめざめと泣きつつ、笑っている足を壁を支えに立ち上がる。アイズは相変わらずわかっていなさそうだったが。

 これは後で説教だね。シオンにも。と若干の煽りを受けた――ティオナの中ではシオンが悪いという事になった――シオンに誰かが合掌しつつ、始めてくる27層を見渡す。

 「見たところ上とあんまり変わらない、かな?」

 「下層とか深層に入る訳じゃないし、そんなものだと思う」

 考えていたより普通だな、と思った瞬間だった。

 遠くから、男女の折り重なった悲鳴が聞こえてきた。音が反響しているせいでどっちから聞こえてきたのかわかりにくいが……恐らく、左側だ。

 「……どうしよっか」

 今の悲鳴が敵か、味方かもわからない。シオンの考えではこの状況が人為的に起こされた物である以上、助けに行く相手が敵である、というリスクがあって然るべき。

 そして敵であるのなら、当然、助けた後に襲われ、殺される危険性も考慮しなければならない。

 「助ける」

 その事をわかった上で言い切ったのは、アイズだった。言葉が少なく、意図を誤解される事も少なくない彼女は、その真っ直ぐな心根を変える事はない。

 「……ふふ、そっか。なら、助けに行かないとダメだね」

 その真っ直ぐさは、生来の物か、あるいは――シオンの影響か。

 二人のお説教は勘弁してあげるかな、とティオナにとっても妹分の彼女の成長を微笑ましく思いながら、先導するようにティオナが前に立つ。

 「アイズ、もしもの時は私を盾にしてね」

 「うん。前は任せる、後ろは私。いつも通り、だよね」

 微かな笑みを浮かべるアイズに、満面の笑みを返すティオナ。その口元は、お互い自信に満ち溢れる物だった。

 体力を大きく失わない程度に、だが体を温めていつでも厳しい戦闘を行えるように。その程度を見極めつつ走る。

 走り、距離を稼ぐ毎に聞こえてくる、悲鳴のような怒声。それだけ追い詰められ、余裕がないという事なのだろう。

 だが、二人は焦らない。呼吸を乱さない。助けるのにも、助け方という物がある。それを見極めるために、二人はそっと角から覗き込むように状況を確認した。

 「十字路? ……ううん、小さいけどもう一つ道がある。そこからモンスターが来てるって事は巣みたいな物があるか、ちゃんと通れる獣道みたいな感じかな」

 「私達がいるこの通路以外からモンスターが来てるね。……もしかして、この声の人達」

 声の()()()()から考えて、この声の主達は、恐らく。

 「袋小路に閉じ込められてる。それも私達の時みたいに擬態されてるんじゃなくて、本物のダンジョンの壁に」

 通るべき道を選び間違えたのだろう。この余裕の無さを鑑みるに、動けないレベルの怪我人もいると考えてもいいくらいか。

 「アレだけの数がいたら、私達が横から食いついても食い返されるだけ、かな」

 「五人揃ってるなら、別だけど」

 見えてるだけのモンスターならまだしも、後から後から湧いてくるアレらを相手取るのは不可能だ。助けると判断したのは良いが、助けるだけの力が無いかもしれない。

 「最悪見捨てるしかないよ」

 「待って」

 言いづらい事を敢えて言ったティオナの眼を、アイズは見る。アイズの瞳には、『諦観』などという感情は欠片も無かった。

 「……何か、策でもあるの?」

 だから、ティオナもそれを信じた。

 「策って程じゃないけど。……どうにかできる技なら、ある、かも」

 それでもどことなく不安そうなのは、さっきの無茶を思い返してだろうか。より明確な死への道筋が見えるからか、ヤケに消極的だった。

 「じゃ、行こっか」

 「え?」

 「どうにかできる、スッゴイ技があるんだよね? それを初お披露目、しに行こ!」

 そう言って手を差し出すティオナに、どうしてかアイズは目を細め、けれど確かに、頷いた。

 ――アイズの言う『技』を最も効果的に使うには、できるだけ直線を作るほうがいいらしい。

 となれば、まず最初にする事は決まっている。

 合流、だ。

 まともに考えれば、あのモンスターの雪崩に飛び込むなど自殺行為。自分達よりも遥かに大きく数も多いのだから当たり前だ。

 ならば事は単純。

 まともに飛び込まなければどうとでもなる。

 「ティオナ、風に、身を任せて……ッ」

 通路を大きく、半円を描くように緩やかに移動する。相手の視界に映らないよう、また助走距離を稼ぐために。

 その助走に加え、アイズがずっと発動し続けている風の付与魔法が柔らかく体を包む。それは決して彼女達の邪魔をする事はなく、母に抱かれるかのような安心感のみを覚えさせた。

 今ならシオンやベートにも走り負けない――そんな錯覚を抱かせる程の速度を出しつつ、ティオナは跳んだ。

 一歩制御を誤ればティオナをモンスターの群れに叩き込んでしまうアイズは、己も跳躍しつつ、額に汗を浮かべながら二人の体を細かく操る。これによって、ただの人間であれば絶対にありえない程の飛距離を、二人は跳んだ。

 そして二人は、()()()()()()

 前ばかり見ているモンスターは、壁に足を着けた二人に気付かない。風を真横から叩きつけて無理矢理足を壁に押し付けているため体は重いし、思ったように動かせない。だが、それでも、壁走りという偉業、いや異業を為しながら、今尚剣を振るう彼等に合流した。

 「セイ、ヤァ!」

 「……!」

 ティオナが足を曲げたのを見て、アイズは風を動かすのを止める。風の楔から解き放たれたティオナは、猫のように壁を蹴って身を捻ると、大剣を複数のモンスターに当てる荒技を使って空白地帯を作り上げる。

 彼女が作ってくれた一瞬の空隙。そこを縫うようにアイズも移動する。唐突に現れた助っ人、だが見た目十代になったばかりの少女達――それも外見上かなり美しい。人形のような、という言葉が似合うレベル――の姿を見て、傷だらけの女性が言った。

 「ど、どこから……!? いえ、そんな事より。貴女達、私達の事はいいから逃げなさい!」

 ここに来れたのなら、戻る事もできるでしょう、と存外冷静な彼女を見て、アイズはホッと一息吐いた。これで暴言でもぶつけられたら、何を言えばいいのかわからなかったからだ。

 「助けに、来ました」

 小さく細い、だがよく通る声に、言われた側である女性は絶句した。……恐らく二十代を過ぎた大人が、己の半分程度の齢の少女に言われれば、それも仕方ないが。

 「助け、って……貴女達が? どう、やって?」

 半信半疑、いやほぼ九割以上疑われている。シオンのように弁が立たない事を自覚しているアイズは、携帯ポーチから回復薬をいくつか取り出して女性に差し出しつつ、軽く言った。

 「私の前に、立たないで下さい。全員」

 ――じゃないと、死にます。

 端的過ぎて、端折りすぎて、だがそれが事実なのだという、淡々とした声音。ゾクリとした感覚が、それが恐怖によるものだと自覚しないまま、女性は言った。

 「皆、あの子の直線上に立たないように動いて! 数体ならいっそ抜かしてもいいから!」

 少女の言葉を微塵も疑わない自分に、だが不思議に思う間もなく彼女は行動している。女性の指示に驚きつつも、恐らく彼女が纏め役なのだろう。素直に動いてくれた。

 ――これで、『道』ができた。

 「皆、回復薬よ。これでできるだけ傷を癒すの。軽い傷は後回しにして、できるだけ大きめの傷に塗りつけなさい」

 言いつつ薬を配っている女性を横目に、アイズは構えた。

 シオンに倣って片手で持っていた剣の柄を両手で持ち、小さく前後に足を開く。その状態で半身になり、顔の右側に両手を持ってくる。剣の先は、出来た『道』の先へ向けた。

 その出来た『道』に、モンスターが走る姿が見えた。隙だらけのアイズ目掛けて、一直線に。だがアイズは気にしない。

 「――はいはい、ここで通行止めだよ」

 己には、最も信頼できる『盾』があるのだから。

 巨大な大剣を片手で振るうアマゾネスの少女の姿に、前で盾を構えて戦っていた男性が一瞬固まった。その男性の背中の鎧を軽く叩いて正気を戻させると、その背中を叩いた拳を、モンスターの顔面に叩き込んだ。

 凹む、撓む、そして弾ける。一見すれば柔らかな手は、だが何より恐ろしい凶器であった。

 「さ、どれだけ来てもいいよ? 一対一なら、負ける気がしないもんね」

 実際ただのモンスター相手なら負けた事が一度もないティオナは、血に塗れた拳を顔の横まで上げて、笑顔で言ってのけた。

 後ろから見ても割とホラーである。狂気染みたその笑顔を、前や横から見たモンスターと、女性の仲間達の心情や如何に。

 「……貴女の仲間は、その……結構、ユニークなのね」

 「アレで結構、家庭的、です、よ?」

 事実であった。掃除洗濯料理に編み物、一通りの家事は人並み以上に熟せる。というか、この辺りの作業だけで『器用』の値を伸ばしていたりする。

 ただ、この言葉を聞いていた全員が一切信じていなかったのが、アイズの涙を誘った。その涙を一切表に出さず、無表情を維持していたアイズも、実は結構引かれていたのだが。

 それを知らぬまま――知らない方が幸せな事もある――アイズは、ふぅ、と息を吐く。練習では何度も成功していて、だが実戦では初の技だ。

 名前もまだ無い、新たな必殺技。

 「『風よ、纏え』」

 アイズの付与魔法は、彼女の想いに呼応して動く。だから、言霊なぞ無くても、技自体は発動する。

 だが、これだけは例外。

 ロキに『技名を言ったほうが威力が上がる』と言われたからではない。

 この技は、()()()()()()()()()()()()()()()ほど、精密な動作を必要とするのだ。

 「『我が風よ、我が身に纏え。大いなる風よ、我が剣に纏え』」

 アイズの魔法『エアリアル』の風が、アイズを中心に渦を巻く。最初は小さく遅く、次第に大きく、速く。近くにいた女性の髪が、大きくなびく。

 その風はアイズの両足、膝、腿、腰を通り、下半身から上半身へ移動していく。その風はやがて腕を伝い、剣に。

 「『逆巻け、逆巻け』」

 全ての風がアイズの体を伝って、剣に乗る。強烈に、超高速で回転するそれは、アイズの剣を数倍に大きく見せた。

 だが――それはまだ変化する。

 「『全てを貫く、万象の風となれ』!」

 ギュッと、風が薄く、鋭く、凝縮された。収斂された。アイズの剣の刀身が見えるまでに。代わりに、アイズの剣の先が、長くなる。

 もう、風の影響はない。

 最も近くにいるアイズさえ、風に吹かれていない。

 風の力、その全ては、剣に閉じ込められたから。

 「イ、ヤアアアアァァァァァァ――――――――――ッッッ!!!」

 後ろ足を、前に踏み出す。その勢いを持って、捻っていた体を、顔の横に動かしていた腕を、同期させつつ、ただ前へ。

 ――突き刺した。

 まさしく神風。神速の一撃が、『道』を通って全てを貫く。どれだけ硬い装甲を持っていようとも無意味。細い針のようなそれは、遍くモノを、射抜いてしまう。

 哀れにも射線上にいたモンスターが絶命し、倒れ伏す。それは他のモンスターの通り道を若干ながらも塞ぎ、雪崩の一部を食い止める柵となった。

 「ハ……ハ、ハ……」

 余程集中していたのか、今の一撃だけでアイズは肩で息をし、大きく胸を動かす。額から流れた汗を腕で拭い、周りを見る。

 「し、死ぬかと思った……って、タンマタンマ! 一秒でいいから!」

 集中しすぎて意識していなかったが、ティオナはギリギリで避けたらしい。尻餅をついていた所を狙われて慌てて起き上がり、そのまま剣で頭を砕いていた。

 「あ、貴女、今のは……」

 だがそれはティオナだけのようで、横で唖然としていた女性がアイズを見てくる。その視線の意味はわかっていたが、アイズは敢えて無視した。

 「まだ、全部は倒せてない。話は後」

 前方に作られた死体の山を見てもなお、冷静に状況を判断しつつ、アイズは再度構える。それは先ほどのモノと同じで――だからこそ、全員がギョッとした。

 「ま、またやるの?」

 「もう一、二回は撃てる。けど、針はもう意味ないだろうから……扇を、やる」

 ……何となくだが、意味は察した。

 『針』が先程の一直線の突きなら、『扇』は面による制圧だろう。恐らく、今前で戦っているモンスターは粉切れになるだろうか。

 なるほど、これほどの強さがあるなら確かに『助っ人』だ、と見た目で判断していた己を恥じつつ、女性は弓を構えた。

 「せめて露払いくらいはさせてちょうだい」

 それくらいしか出来ないのが情けない。そう自嘲しつつ、彼女は矢を番えた。

 「私はミエラ。あなたは?」

 「アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン」

 「アイズ……って事は貴女、【風姫】のアイズ? なるほど、さっきの風を見れば納得ね」

 さっきの一撃が余程強烈だったのか、ミエラは疑う事無く頷いた。一方で気になる事があったのか、視線でティオナを示すと、

 「彼女の二つ名は?」

 「【初恋(ラヴ)】」

 「え?」

 「だから、【初恋】」

 「……えぇ……」

 色んな意味でドン引きしていた。【風姫】には一瞬で納得していたのに。幸いティオナは忙しすぎて聞こえなかったのだけが、救いだろうか。

 

 

 

 

 

 二度目の『扇』も強烈だった。というより、凄惨だった。モンスターと言えど、皮が、肉が、内蔵が、骨が、血が粉のように細かく千切れる様は、見ていて精神衛生上とても悪い。

 実際風が晴れた後、その通路はドス黒い血と肉で汚れていて、正直通りたくない。臭いもかなり酷く、吐き気を催す者も出た程だった。

 アイズもこれには予想外だったのか、この技は封印しよう、と内心決めた程だ。

 「……ァ……ッ!」

 とはいえそれはあくまで心で考えただけ。言葉を出すのも億劫なのか、足を曲げ、女の子座りで地面にお尻をつける。

 「アイズ、大丈夫? 無理しすぎよ、後は私達に任せなさい」

 「うん、そうする……」

 返事をするのも億劫な様子を見せつつ、アイズは前をぼうっと眺めた。アレだけの光景を見ていながら、未だにモンスターは襲いかかるのをやめない。

 ――……モンスターには恐怖とか、そういうの、無いのかな。

 シオンはよく、勝てないなら逃げるのも手だ、という。当の本人がほとんど逃げないので説得力の欠片も無いが、逃げて生きられれば、それはそれで勝ちだから、と。

 そんな事を考えていたアイズは、隙だらけだった。

 体力気力、共に消耗し。すぐには動けない体勢で。もう大丈夫だろうと、余計な事まで考えている始末。

 ああ、そうだろう。

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()

 「えっ!?」

 ――だからこそ、対応しやすいんだけど、ね。

 女の子座りから、片手で地面を押して体を持ち上げ、回転して立ち上がる。その行動によって先を取られた誰かの顔を見る前に、もう片方の手で首を掴んで押し倒す。足りない勢いは風で後押しすればいい。ついでに持っていたナイフは遠くに飛ばしておこう。

 「ぐぇ」

 首、ひいては喉を押さえられたせいか、くぐもった声が相手から漏れる。……感触的に相手は女性だろう。体格から考えて、十五、六と言ったところか。

 「……?」

 何だろう、とアイズは首を傾げた、この少女の顔、どこか既視感がある。どこで見たものだったっけ、と考えていると、すぐ横から驚いた声が聞こえた。

 「リエラ? 貴女、どうしてこんな事を!?」

 そちらを向いて、すぐに納得した。この女の子は、ミエラと似ているのだ。姉妹、だろうか。そのミエラは、己を見ているアイズの視線に気付き、沈痛な面持ちを浮かべながら頭を下げた。

 「ごめんなさい。首を押さえるのを、やめてもらっても良いかしら」

 「わかった」

 頷いて、ゆっくりと手から力を抜いていく。それによって塞がれていた気道が開き、リエラという少女は幾度か咳き込んだ。

 それを心配そうに見つつ、ミエラはこれ以上リエラが何かしないよう、注視しながら聞いた。

 「リエラ、どうして、こんな事を……」

 本当にわからなかったのだろう。ミエラの顔を見れば、それがわかる。だがリエラは、それに憤怒の表情を浮かべて、吠えた。

 「どう、して? どうして、だって!? あんたが言うのか、それを! よりにもよって、あんたが!」

 アイズに上半身を固められていることなど知ったことかと、唾を飛ばしてミエラを睨む。その目には、どうしようもない憎しみがあった。

 だがそれは、すぐにアイズの方へ向く。

 「あんた達が来なきゃ、こいつら全員殺せたのに……!」

 その言葉の意味を、すぐに理解できた者はいなかった。

 ただ一人、あらゆる意味で部外者だった、アイズ以外は。

 「……リエラは、『闇派閥』?」

 「ッ、ええ。ええ、そうよ! 何、悪いっての!?」

 確信を持って投げられた問いに一瞬怯み、だが気丈に睨み返す。命の生殺与奪権を奪われていながらこの反骨精神。

 ……一体、何があったのだろう。気にはなったが、どこまで行っても部外者でしかないアイズは固まっていたミエラを見つめる。

 「『闇派閥』って……どうして、貴女が。なんで、【ファミリア】を壊すような、真似を」

 「うるさい! 何が家族(ファミリア)よ! ふざけるな、ふざけんな! あたしの家族は母さんだけだ!」

 吠える。

 怒りを胸に。憎しみを携えて。かつての慟哭を、ぶつける。

 「あのクソ野郎を! あのクソアマを! 偽善者のあんたを! 全員、全員殺す! あたしの母さんを死に追いやったあんたらの家族なんて、死んでもごめんだ! だからここに連れてきたんだよ!」

 「……まさか、自分事? 自分を巻き込んででも、私達を、殺したかったの?」

 「ハッ、あたしは『闇派閥』だ。死ぬことなんてどうでもいいね。どうせあたしらは――」

 そこで、言葉を止める。それ以上先を言うつもりなど無いというように。そして、未だ己を組み伏せて離さない、己より圧倒的な才を、美貌を持ち、運に恵まれた相手を見る。

 「……あんたみたいな、何の挫折も知らなそうな人間に止められるなんてね」

 「……私、は」

 知っている。挫折も絶望、味わった事がある。だが、この相手にはそれを伝えても無駄だろう。それがわかっていたアイズは、沈黙を選んだ。

 それを肯定と受け取ったのか、リエラは何かを、あるいは己を嘲笑うように口を歪めた。

 「忠告だ。シオン、とかいうののパーティと、その周辺の人間は狙われてる。……精々足掻いて見せな。あんたらが無様に這いずってるのを地獄で見守ってやっからよ」

 言外に、リエラがどうしてアイズを狙ったのか、その理由を告げつつ――彼女は奥歯を噛み砕いて、そこに仕込んでいた毒を飲み込み、刹那の内に絶命した。

 その事を悟ったのだろう。ミエラは最後まで、どうして、という言葉を、言い続けている。

 アイズは一度目を閉じると、柄に添えていた手から力を抜く。そうして立ち上がると、先の言葉に動揺しつつも戦っている者達のところへ歩を向けた。

 「……アイズ」

 「事情は、聞かない。聞いても、仕方がないから」

 ただ、と視線を、死んだ彼女の方へ向ける。

 結果的には、アイズが殺したのだろう、少女へ。

 「本当にその人を愛していたなら。……綺麗に終わらせてあげるべきだと思う」

 その言葉の意味を、意図を読み取り、ミエラは静かに涙を流す。アイズはそれに背を向ける。逃げるように――いいや、逃げたのだ。

 直接、剣で斬った訳ではないけど。

 アイズは、これが初めての人殺しだったから。




 結構アイディア湧いてきたせいで時間足りなくなりました。1時間遅れ投稿です。代わりにちょっと長めなので許してください。

 アイズの新技。作中ではまだ成功回数が数回なので技名がない、という設定ですが、ぶっちゃけ私が技名思いついてないだけ。ぷりーずあいでぃあ。
 感じ的にはFateの青王の風王○槌(ストライク・○ア)。ただしあちらと違い、超圧縮しているので、範囲激減、射程・威力超強化。
 有効射程・アイズの視認範囲全て。貫通精度・モノによる(事実上無い)。
 弱点はそれなりの数列挙可能。使い方は慎重にね!

 メイン運用は『針』。亜種として『扇』があります。尚当たった結果グロすぎて封印指定になった模様。

 ミエラとリエラの関係は異母姉妹。それ以上は説明しません。蛇足過ぎる……気になる方は感想で言ってくれれば設定だけ書きます。

 次回はティオネ・鈴ペア。
 最初に出てきたある『モノ』が出てきますよ~。お楽しみに!

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