東方物部録   作:COM7M

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ちょっと一息筆休み。気楽にすんなり書けました。



戦の後

世は大きく変わった。いや、戦とは無縁の、徴兵されなかった農民達からすればそこまで変わっていないのかもしれない。それを視野に入れると世が変わったと思う者の方が少数なのかもしれないが、この日の本の中心地である天皇の住まう宮は大きく変わった。

天皇の住まわれる高貴な場でありながら、使用人や彼等の主である豪族達はドタドタと慌ただしくあれやこれやと抱えて右へ左へ走り回っている。

法で管理された現代ならともかく、権力者が一声かければそれがまかり通る時代。そこまで慌てる必要は感じられんが、彼等からすれば戦が終わった後の方が一大事なのだから多めに見るとするか。

我は小さく苦笑しつつも、その慌ただしい光景が微笑ましく思え小さく笑みを浮かべる。彼等とは対照的に廊下を静かに渡り、目的の大きな扉の前に着くと、膝を床につけ小さく一礼して名を名乗る。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。馬子殿」

 

扉の先に座っていたのは一応我が夫ということになっている馬子殿だった。高御座(たかみくら)(天皇の玉座)と見間違えてもおかしくない…と言えば流石に盛り過ぎだが、そこらの役人が座るのは許されないであろう派手な椅子に腰かけておられた。その表情は満足げで、我を下座に着くように柔らかい口調で促した。

 

「それで馬子殿、話しと言うのは?」

 

「あなたなら皆まで言わずとも分かるでしょう。我等蘇我は物部に勝利した。勝者が得られるものが何かは分かっておられるはず」

 

「土地、ですな」

 

「ええ」

 

勝者が戦利品を受け取る、それはごくごく当たり前のことで、馬子殿は別段欲にまみれた事を言っているのではない。だがそれで、はいそうですかと頷けるほど理に適った言葉でもない。

 

「確かに蘇我は物部に勝ちました。だが物部の多くは未だ存命しており、戦犯は守屋とその一派です。ですから…」

 

「蘇我がもらえる戦利品は守屋が納めていた土地だけ、と? それでは割に合わない」

 

分かっておったがやはりそう来るじゃろうな。事実蘇我の軍の大半は馬子殿のものであり、またそれ以外の兵達も馬子殿の息の掛かった者達のものだった。馬子殿は間違いなく蘇我の勝利の功績者だ。天下を取った彼の取り分が、守屋が納めていた領地だけでは割が合わないのは確かだ。

 

「布都さん、私もこれ以上争いは避けたいのです。そこであなたから、物部の残党に正式に蘇我に降伏するように説得して下さい。それでこの戦いは、本当に終わりと言えます」

 

「…御意」

 

 

 

表向きは物部と蘇我の戦、実際は蘇我と守屋の戦、後に丁末の乱と呼ばれる戦が終わって七回ほど夜が流れた。

目が覚めて我が血眼になってやるべき仕事は無かった。強いて言えば、馬子殿曰く物部の残党の有力者達と今後について少しばかり話したくらいで、それ以外の時は体を休めていた。仮にも物部の頭領である我がこんなにものんびりできるのは、神子様が代わりに働いてくれているからである。

無論家臣である我の為に神子様に負担を掛ける訳にもいかぬと申したが、今は体を休めることが仕事だと役人モードの口調で言われたので逆らうことはできなかった。そしてようやく今日、神子様から動いてよいとお許しが出たので、馬子殿の元へ行った結果がこれである。

 

「所詮は馬子殿も欲深き人間ということか。それが間違っている訳では無いが、ああなると人の底は見えて来る…。さてはて…」

 

ドタドタと無駄に着飾った役人が横切る。流石に我の前で止まって一礼はしたものの、世がこんな状態でなければ無礼者と叱責されても文句は言えない。まあ我も堅苦しいのは嫌いな性質なので、我自身が咎める事は無いだろうが。

 

「我の戦もまだ終わってないようじゃな…」

 

史実では聖徳太子は蘇我馬子の力が強すぎてそれほど自由に政治が行えなかった、という一説があると聞く。事実それがどうかは分からない。何しろ聖徳太子の存在そのものがあやふやで不確定だ。

だが現に、後に聖徳太子と呼ばれるであろう神子様はこの世に存在する。神子様の望む政治を馬子殿が拒む可能性が少しでもあるなら、神子様のお力にならなければ。

しかしどうしたものか。いくら物部を束ねる力を持っているとはいえ、また戦争を起こしては守屋と同類だ。何より神子様が蘇我に立っている以上、我は蘇我に対して攻撃できん。

我は未来、正確には近代以降の政治を少しではあるが知っている。いや、例え現代の政治を全く知らなくとも、現代の価値観を持っているだけでそれは国を動かす者として大きな武器になる。だが人の腹を探り、どのようにして相手を出し抜くかに関しては地のスペックが要求される。こんな時こそ本物の天才である神子様の力が発揮される。

 

「う~む、やはりこの手の事は神子様が一番…。しかし馬子殿に対する評価は憶測でしかない以上、神子様にお話しするのも…」

 

顎に手を当て、廊下の木の目を眺めながら歩いてぶつくさ呟いていると、突如真横にあった扉がガラガラと開かれた。

 

「私がどうかしましたか?」

 

「うわっ!? って、神子様?」

 

驚いた我を、首を傾げ不思議そうに眺める神子様。チラリと目線をズラして神子様が出て来た部屋の中を覗くと、先日の戦の時に本陣にいた一人の男が座っていた。我と視線が合った彼は頭を軽く下げて来たので、我もまた同じように返す。

 

「河勝、話は以上だ。あなたにばかり頼んですまない。今度何か礼の品でも送ろう」

 

「お気になさらず。皇子のお力になれるのなら何よりです」

 

我の時とは違って深々と頭を下げた河勝と呼ばれた男性は、我と神子様がいる扉とは別の扉を開いて部屋を去って行った。

 

「とりあえず、中で話しましょうか」

 

「え、え~と…」

 

「私に話せない事か?」

 

「うぅ…、怒らないで聞いて下さると」

 

 

 

 

 

布都が目を覚ましたのは、戦が終わってから二日後の事だった。死んだように眠っていた布都が私の名を呼んで目を覚ました時は、安心と喜びで涙ぐんでしまったのは私と布都の看病をしていた侍女だけの秘密だ。

戦が終えてから世は大きく変わろうとしていた。これまで多くの重大な役職についていた物部が負けたのだ。その空いた席を奪い取ろうとする者は蘇我は勿論、その他の氏もまたこれを好機だと私や叔父上にゴマをすり始めた。

普通なら信用にできる者に空いた役職を与えて終わりなのだが、今回はそうもいかない。何しろ表向きは物部は戦に負けたが、実際のところ物部はまだ力を持っている。物部が兵の半数以上を失う前に、戦犯の守屋が死んだことであの戦は終わった。物部の有力者達も守屋によって殺された者もいたが、生き残った者もいる。そんな彼等がはいそうですかと負けを認め、大人しく役職を明け渡すわけがなく、結果蘇我の方が優勢とは言え、以前のぎくしゃくとした関係は治っていない。

とりあえず私は、蘇我も物部も今は戦後の事後処理、戦死者の供養や遺族への賠償に集中するようにと私が直々に話をつけた。相も変わらず頭の固い連中ばかりで手間がかかったが、布都の体調が回復するまでの間は大人しくしておくように双方に説得(命じた)。物部の者達も何故か私の言葉は聞いてくれるようで、叔父上の部下の者達が会談した時よりもすんなりと私の要件を受け入れてくれた。私の口が上手いのか、私の言葉が理に適っていたからか、布都の存在が彼等にとって大きいのか。おそらくどれも正解だろうが、順序をつけるのならやはり布都の存在が彼等にとって大きいのが一番だろう。布都は正式に尾興殿の後を継いで物部の頭領になった訳では無いが、彼女は上に立つに相応しい頭脳と武を兼ね備えている。皆まで言わずとも、布都が物部の後を継ぐのは周知の事実だったのだから、守屋やその一派を除いて内部分裂が起こらないのだろう。

そういう点では、布都に兄弟がいないのは良い事なのかもしれないな。腹違いの兄弟は多いらしいが。

 

「皇子、どうされました?」

 

「ん、ああ。すまない、少しボーとしていた」

 

せっかく本命の河勝との対談だと言うのに気が緩んでしまった。

 

「一日何十の者も相手にしておるのです、少しお休みになられては?」

 

「なに、下心ある者の話は適当にやってる、心配するな。それより分かっているな? 物部の力が衰えた今、我等は多くの寺院を建て、信仰を集めることとなるだろう。その時はお前の力を借りることになるだろう」

 

「心得ております」

 

「お前への分配は増やしておくように私からも馬子殿に伝えておく。馬子殿も横には振らんだろう。それだけ我等蘇我はお前に期待している」

 

「ありがたきお言葉」

 

うむ、と彼の忠誠の籠もった言葉に満足げに頷く。河勝は布都ほど信用している訳では無いが、というより布都より信用している部下は他にいないのだが、彼は私の言う通りよく動いてくれる優秀な部下だ。

私の性別の秘密は未だ教えていないが、私も徐々にだがハッキリと女の体に成長してきているのでいずれ私から言わずとも気づくかもしれない。私の本当の性別を知ったところで掌を返す様に態度を変えたりはしないだろうが、念には念を、なるべく彼には働きに見合う以上の分け前を与えて恩義を与えておく必要がある。

少しばかり目を細めて河勝の姿を見ていると、部屋の外から小さくだが布都の声が聞こえて来た。そう言えば布都は叔父上に呼ばれていたと言っていたな。

 

「河勝、布都が来たのでそろそろ切り上げにする」

 

「え? 布都様が、ですか?」

 

「ああ」

 

彼の耳には聞こえないのだろうが、私には布都が私の名を呼んだのがハッキリと聞こえた。耳が良すぎると言うのは便利なものだが、感覚が普通の人間と違うのは時に面倒だ。

この年で早くも重くなってきた腰を上げると、扉を勢いよく開く。

 

「私がどうかしましたか?」

 

 

 

 

「なるほど、布都は叔父上を警戒しているのか」

 

神子様に我の思っていたことをそのまま話し終えたのだが、神子様の表情は少々強張っている。

や、やはり言うのは不味かっただろうか? 神子様が馬子殿のことをどのように思っておられるのかは、正直よく分かってはいないが、もし神子様が我が思っている以上に馬子殿を尊敬されているなら、間違いなく地雷を踏んでしまった。

 

「まあいいんじゃないでしょうか? 叔父上の好きにさせておけば」

 

「へ? なんとも、えらく軽いですな…」

 

「元より私と叔父上は敵対している訳でもなく、協力し合っている。彼が力をつけたところで、私に不利益が生じる訳でもない」

 

馬子殿を好きにさせておくと決めた判断材料は、神子様らしい損得勘定だった。人間だれしも損得勘定はするしそれは当たり前と言えば当たり前のことなのだが、やはり神子様はこの時代のお方にしては客観的に物事を見、メリットデメリットで判断されることが多い。

出過ぎた事を言ったと頭を下げて謝ろうとするが、それを遮る様に神子様はだが、と付け加えた。

 

「だが、私の政治を邪魔するのなら…例え叔父上が相手でも容赦はしない」

 

それは神子様の綺麗な声から紡がれたものとは思えない氷のように冷たく、人の心の籠もっていない声だった。

背筋がゾクッと震える。恐怖からでは無い。感動によるものだ。

軍事力や資金面に置いて今やこの国の頂点に立っている馬子殿をも、神子様は一瞬の躊躇いも無くそう仰った。いくら我と二人だけの場とはいえ、こんなことをここまで冷淡に、しかし感情に籠めて言葉にできる人間はそういない。やはり神子様は上に立つべきして立っているお方だと、改めて惚れ直した。

 

「おやいけない。布都は叔父上の妻だったな」

 

「何を今更。神子様の為でしたら、後世に残虐で愚かな女だと罵られようとも剣を振るいます」

 

「それは頼もしい限りだ。だがあくまで布都の憶測だし、叔父上が物部の領地の多くを受け取るべきなのは事実です。……物部はもう負けるべきだ」

 

「心得ております」

 

下手に土地を奪わず力を残しておくと、いつまた守屋の様な反乱分子が生まれるとも限らない。人の思想とは伝染していく。特に新聞やネット等という情報ツールが無いこの時代では、情報得る主な手段は自分で見るか他人から聞くかの二つだ。我等豪族にはそれに加え文や書物も情報の一つではあるが、この国で紙を使える者はほんの一握りだ。この時代の人々は純粋で、それ故に恐ろしい。ある日突然吹き込まれた嘘が真実だと受け入れてしまう可能性がある。

そうならない為にも、物部は縦の繋がりもだが横の繋がりを弱めなくてはならぬ。さもなければ後々、蘇我に警戒され滅ぼされるだろう。

 

「明日、物部一同が集まります。皆すぐに納得するとは思いませぬが、必ず説得してみせまする」

 

「ええ。こちらとしても、下手に土地の多くを奪って反抗されても面倒だ。半分以上は貰う気は無い。だが半分は必ず…」

 

「貰うと。分かりました。神子様が物部の土地を必要とするならば、我が用意してみせましょう」

 

さて、意気込んだがいいが我が物部の領地全体の半分となるとかなりの広さになる。それを蘇我に献上するように説得するには骨が折れる。

 

「期待していますよ。…どの道その半分はあなたのものになるのですから」

 

「む? すみませぬ、最後の方が聞き取れなかったのですが」

 

「何でもありません。ただの独り言です」

 

 






この間久しぶりに男性向けの恋愛漫画読んで、最初は初々しい男女カップリングにニヤニヤしていたのですが、ハーレムになって来た途端ニヤニヤが消えてパタンと閉じました。ハーレムが特別嫌いな訳じゃないんですけど。
恋愛は少女漫画の方が好み(真顔)


東方のカップリング(恋愛)で一番好きな組み合わせはゆかれいむです。
霊夢好き好き~って感じのも好きですが、ゆかりんが霊夢と親として姉として接し、それに対し霊夢がちょっと意識している感じのがグッドです。

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