東方物部録   作:COM7M

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け、賢将…っ

ナズーリンに キミはほんとに馬鹿だな と言われたいです。
でも一番は ほんとに探していたものが見つかったよ と赤面で言われたいです。
ナズ可愛いよナズ。


因みに今回の話とナズーリンは一切関係ありません。
(ナズを期待した方は)悔しいでしょうぬぇ


賢将

私は守屋様の父上、麻沙良様の代から仕えていた者である。私は記憶力が良い方であり、特別裕福な家では無かったが時折麻沙良様からお借りした書物の内容を事細かく覚えていたことから、その知恵を買われて今や守屋様の参謀となっていた。

本家の生き残りの娘がこの屋敷に来た時も私はその一室におり、事の終止を見ていた。声を荒げる下品な蘇我の小娘に、堂々とした立ち振る舞いの守屋様、そしておかしくなった本家の娘。

この娘の事は昔から気に入らなかった。それは私だけでなく、他の者達もまた心のどこかでは嫌っていたに違いない。女子でありながら剣を振るい、矢を放ち、表舞台に堂々と出るその姿は品が無いとしか言えない。だがそんなものはただの表面上の理由でしかない。結局のところ、私もその他の者も彼女に嫉妬しているのだ。

何人もの男を相手にしても、もろともしないその強さ。斬新な発想と年不相応の知識を持つ才覚。顔でも悪ければそれをダシに笑えるのだが、絶世の美男子と噂される豊聡耳皇子の隣にいても見劣りしないとのこと。事実、初めて彼女を見た時は、不覚にも彼女の美貌に感嘆したものだ。

そう、だから私は彼女を嫌いではあるが、本当に心の底から憎い訳では無い。他の者もまたそうだ。何しろ蘇我を庇護しているのにも関わらず、未だあの守屋様の評価が下がっていないのだから驚きだ。確かに守屋様は彼女に対して、蘇我を守ろうとすることへの不満を持っているが、それ以外の点では彼女を高く評価している。だからこそ、守屋様は彼女が馬子と結婚すると聞き人一倍怒ったのだ。

しかし私の評価は先の一件で下がった。私の知る物部の天才児は、豊聡耳皇子に依存した無様な女へとなり下がったのだ。しかもあろうことか、夫がいながら義理の息子の名前を私達の前で呼んだのだ。

守屋様はそんな女を軍師として取り込もうとしている。私にはそれが辛抱ならなかった。

 

私は少し乱雑に軍議室の扉を開けると、男物の着物に頬を摺り寄せている気味の悪い女の姿が目に入ってきた。我等物部の大戦の為の軍議に、こんな女がいると思うと吐き気がする。しかし守屋様の一言でこの場にいるからには、無理やりここから追い出すわけにはいかない。それにここには守屋様の腹心以外にも、先ほどまで守屋様の事を疑っていた各地の有力者たちの姿もいる。ここは適当にあの女が出した案に穴を見つけ、追い出すのが得策と言える。

 

一通り集まったのを確認すると、守屋様が軍議の開始を告げた。

同じ物部と言えど、血の繋がっていない者も居り決して一枚岩ではない。そもそも私は守屋様に仕えているが、私自身は氏など当然持っていない。なのでこの場に居る有力者達が各々案を出し合い、一番よいと思われた策を取り入れることとなる。

まず、最初の一人が話し始めた。もっともそれは策と言えるものでは無く、今あるこの軍勢で蘇我を滅ぼすという、ただの意気込みだった。だが感情的に亡き尾興とその妻の無念の晴らすと言えば、この場にいる多くの者がそれに賛同して今すぐにでも攻撃するべきだと叫び出した。叫んでいないのは、守屋様と私、そしてあの女だけだ。

先程から変わらずに着物を抱き続ける彼女の姿を不審に思った男の一人が、彼女に声をかけた。

 

「布都様! あなたは父上と母上の敵を討とうとは思わないのですか!」

 

(かたき)…? ああ、そうだな。だが今は全員の話を聞いてからではないか?」

 

少し意外だった。私の予想では豊聡耳皇子の名を呟くか、もしくは守屋様に皮肉を言うのかと思っていた。

随分と冷静な返事に盛り上がっていた男達は一度静かになり、咳払いをした男が別の案を繰り出した。

やはり流石本家の娘だけあって発言力が強い。本当に彼女がこの場で真実を暴露しないか、額から汗が流れる。しかし守屋様は大丈夫とおっしゃったなら、私はそれを信じるしかない。それにもし、真実を話そうものなら蘇我の娘の命は無い。あの女が何か不審な点を見せたら、守屋様の一声で殺せるようにしているのだ。

結局二人目の話も似たようなもので、蘇我へ突撃しようと言ったものだった。違う点と言えば、道中にある寺を壊して進もうと付け加えられている事か。

 

「次に、お前の案を伝えるのだ」

 

「はっ!」

 

守屋様からの命が下ると、私はなるべく落ち着いて話し始めた。軍師とはいかに冷静に状況を把握するかが大切である。説明する段階から既に、軍師としての裁量が試されるのだ。

 

「まず私は攻めるのではなく、守るのがよいと思われます」

 

「蘇我を相手に我等がただ突っ立っているだけと言うのか!?」

 

頭の固い男の一人が声を荒げる。これだから馬鹿は困る。

 

「我等物部の多くが弓の得意なものが多い。ならそれを活かすなら攻めるのではなく守り、確実に相手の兵力を奪っていくことがもっとも確実な策と言えましょう。更に唐から伝わる書物によると、攻めるには守りの二倍以上の兵力が必要となる。どうやら蘇我もかなりの兵を集めているようですが、二倍とまではいくまい」

 

「おぉ~」

 

私を怒鳴った男も含め皆の声が重なり合う。やはり唐から伝わる書物は決して悪いものでは無い。ただ唐は仏教であることがいかんのだ。何故神道の素晴らしさが理解できんのか。

どうやら攻めようと叫んでいた男達も私の言葉に呑まれたのか、守りの方針もありかと言っている。そう、自分の案を通すにはいかに冷静であるかが大事と言えよう。より先を見ている風貌のある者こそ、信用できるものだ。

 

「具体的にはどのように守る?」

 

「この屋敷を稲で大量に囲み、強力な壁とするのです。そうすれば蘇我の貧弱な兵は手も足も出ないでしょう」

 

再び部屋に男達の関心の声が重なった。そう、稲で囲い強力な防衛を築く事こそ私の案の最大の特徴。さながら稲城とでも言うべきか。

守屋様も何度も首を縦に振っておられ、私の案で確定の様だ。

 

「なるほど。では布都様、あなたはどう思われます?」

 

他の有力者の前であるからか、守屋様の口調が丁寧なものへと変わる。彼女はそれに対し守屋様にニヤッと笑って返した。挑発のつもりなのかは知らないが、やはり十四の小娘の挑発はその程度のものなのだろう。現に守屋様はただ冷静な表情で小さく頭を下げるだけだった。

 

「では我の案を話そう。まず我も、先ほどの彼と同じように守りを固めるべきだと考える」

 

「おお~。やはり布都様も」

 

単純な思考をしている男達の声が重なり合う。私が守るべきと告げた時とは随分と反応が違う。だがそれも当然だろう。いくら本家が襲撃されたとは言え順当に考えれば現時点の頭領はあの女であり、何より守りの方針の利点を先ほど私が説明した。大方私の案が良かったからそれに合わせただけに過ぎない。どうせすぐにボロが出る。

 

「じゃがこの屋敷を稲で囲うのはいかがなものかと思う」

 

「ほう…。私の案に何か不満があると?」

 

「ああ。まずこの屋敷は防衛に徹するにはいささか狭い。だがかと言って稲で固めるには広い、要するに防衛には不向きの大きさだ。広さは大事である。例えば弓兵が使う大量の矢を置いておく場所や、折れた剣や槍の予備、傷兵の医療施設、兵糧、水。これらをこの屋敷のどこに置いておく?」

 

やはり狂っても物部の天才児。その辺りには気づくか。だがまだ甘い。

 

「屋根裏や廊下をふんだんに使えばそれくらいの量造作もない。それにこの時の為に稲も多く蓄えておる」

 

「ふむ、まるで蘇我の軍勢が我が家では無く、こちらに来ると分かっていたような口ぶりじゃの」

 

「っ! も、守屋様!」

 

今の発言は明らかに悪意あるものだ。私は慌てて守屋様の方へ視線を向けるが、守屋様の反応は首を横に振るだけだった。それどころか私をギロリと睨むではないか。今のは私の失言であると、彼の瞳が怒鳴っている。

 

「おぬしがどれだけ戦について詳しいかは知らぬが、防衛に当たって注意すべきは火攻めと兵糧攻めだ。この二つに対する対策はあるのか? 火の矢が一斉に飛んで来たら稲はあっという間に燃えるじゃろう。一度兵糧の輸送が途絶えれば、たちまち兵の士気は落ちるじゃろう」

 

「稲は泥を固めておけばいい。こちらと向こうの兵力にさほどの差がないなら、兵糧攻めになることもない。囲んで来たら一点突破すればいい」

 

「なるほど、だが家自体に火が飛べばそれで終わる。唯でさえ防衛は兵糧との戦いになる。敵が放ってくる火矢に一々水を使っていたらあっという間に水が底に尽くだろう」

 

気味の悪いくらい淡々と述べる彼女の姿に、周りの者達の呟きに変化が現れた。

そうかもしれない、布都様の言う通りだ、ここでの守りは危険か。

完全に流れを逃したことに察した私は一度彼女の話題を逸らす事にした。そもそも彼女は私の案に反対するだけであり、自分の案を一つも出していない。他人の案に難癖を付けるのなら誰だってできるのだ。

 

「なら聞きましょう布都様。あなたの案を」

 

「ふむ、一度話題を逸らすか。それもまたよかろう」

 

こいつ…。どこまでも私を馬鹿にして。

 

「では我の案だが、我は山を使った防衛をしようと思う」

 

や、山だと!?

彼女の口から出たものは誰もが予想しなかったようで、ざわざわと辺りがうるさくなる。

 

「そもそも彼の言った、攻めるには二倍の兵力が必要。彼は攻城戦と言いたかったのかもしれんが、この屋敷で防衛に必ずしも二倍の兵力が必要とは限らん。まずうぬらにはあるその前提を壊しておこうと思う」

 

「そんなはずはない! 私が読んだ書物には確かに!」

 

「十なれば即ちこれを囲み、五なれば即ちこれを攻め、倍なれば即ちこれを分かち、敵すれば即ちよく闘い、少なければ即ちこれを逃れ、しかざれば即ちこれを避く。敵の十倍の兵力がいれば囲み、五倍であれば攻撃し、二倍であれば敵を分断して戦い、同等の兵力なら最善を尽くし、こちらの兵力が少ないなら引き上げ、敵の兵力が多ければ戦い自体を避けろ。おぬしの見たのはこれではないか?」

 

っ…!?

まさに私が読んだ書物そのものの内容だった。それは数年前に一度、ほんの短い時間の間に読んだものであり、記憶が曖昧になっていたのだ。それでもなおその言葉を口にしたのは、書物に書いてある言葉は信用を得るに当たって非常に高い効果が期待できるからである。

ここですぐに否定していれば、また周りの評価は変わっていただろう。だがあまりにも流暢に言葉を連ねる彼女に押されてしまった私は、咄嗟の嘘を吐くことができず、結果として周りからの視線が関心から冷笑へと変わった。

 

「そう、これには倍の兵力は分断しろとある。おぬしの言う戦法では分断どころか一点に集中してしまう。これでは駄目だ。次に我の知る限り、攻城戦に必要なのは三倍であり、それも条件として勇気、錬度、士気、装備同等の両軍においてだ。向こうに大王の名がある以上、士気や勇気が同等とは思えぬ。最後に、そもそもこの屋敷を稲で囲んだところで、それは城と呼べるものでは無い。我も唐の城をその目で見たわけでは無いが、少なくとも最低でも宮の大きさのものと城と呼ぶと我は思っておる」

 

……負けた。私の完敗だった。もはや私の言葉は誰一人として信用されないだろう。私もかつて討論になるにあたって、相手の知らぬ知識を並べて無理やり論破したことがある。この手の話になると、いかに相手の知らない話を知っているかになる。それが仮に嘘であろうとも、あそこまで堂々と話されては皆信じてしまう。

今すぐこの女に怒鳴りつけたかったが、私は守屋様の参謀としてこの場にいる。他の有力者がいる以上、ここで私がこれ以上恥をかけば、それは守屋様の恥となる。

私は爪が肉に食い込む程に拳を握りながらもひたすらに耐え、彼女の言葉に何も返さなかった。

 

「さて、では山での防衛について話すが、まず敵としては山を真っ直ぐと突き進むわけにはいかんだろう。人数が多ければ多いほど分断しなければならん。敵軍の細かな兵数は分からんが、おそらく三千はある。山の地形はそれだけで分担に適している。そして同時にこちらが上になる以上、地の利もあり、兵糧や武器を置く場所もある。無論飲み水も膨大にある。雨風も、今から掘っ立て小屋を建てれば申し分無いだろう」

 

山を使って防衛をする。聞けば聞く程納得できるものだが、それでも設備の整っていない場所に大人数で過ごすことができるのか? いや、それは難しいだろう。いくら今が七月の夏とは言え、外で寝れるものか。それに外だと妖怪もいる。

今まで私の案に散々難癖付けて来たが、今度はこっちの番だ。私は見つけ出したボロを指摘しようとしたその時だった。不意に視線を感じそちらを見ると、守屋様が私を睨みつけていた。最初は理由が分からなかったがすぐにそれが、これ以上恥を晒すなと言っている事に気づいた。

クソッ。この女、まさかここまで考えて自分の案を出す前に私の評価を下げたのか? ……いや、そんなはずはない。今のおかしくなったこの女にそこまで頭が回るはずが…。

 

「素晴らしい案ですな。ですが布都様。山は妖怪が多く存在しています。そこを根城にするのは無謀かと思われますが、そこはどうされるのでしょうか?」

 

まさかの援軍だった。最初に発言した男が、申し訳なさそうに彼女へと告げた。そこで周りの者達も山での防衛の最大にして最悪の弱点に気づいたようで、一気に騒がしくなる。

だが彼女は一つの動揺も見せず、小さくも雑音が混じる中ハッキリと聞こえる声でとある山を告げた。

 

「生駒山。神霊の加護により妖怪が嫌う山。そこを我等物部の拠点とする」

 




書いててスッキリした回でしたが、やっぱりこういう戦記物は難しいです。読むのは好きなんですがね、魔弾の王とか、落ちてきた龍王とか(後者は八割不純な動機で読んでいますが)
知識量がものをいうのか、センスが必要なのかすら分かりません。(おそらく前者でしょうが)


何だかんだ布都ちゃんは知識で論破した事ってそんなに無い気がします。今作で露骨な踏み台はこの人が最初でしょうか。以前守屋の登場時にも話しましたが、実は守屋も最初は口の悪い踏み台予定でした。

今回一人称にしたモブは確かに頭のよい人です。実際に記憶力だけなら布都ちゃんより上でしょう。
ですが単純に財力の差と言いますか、布都ちゃんは書物を何回も読めるのに対し、今回の男はほんとに時々しか見れない(という脳内設定です)。
印刷技術って大事ですね。印刷技術の発展は歴史に大きな影響を与えたと思います。
相手の知らない知識で論破するというのは、茨歌仙を意識しました。


それと豆知識的なものについていくつか。


まず布都ちゃんの言った長い言葉は孫子のものですが、これは遣唐使が日本に持って帰ったきたものであり、本来ならこの人たちは知らない筈です。ですが遣唐使前と後で細かく別けると何も書けなくなるので許してください(布都ちゃんが)なんでもしますから。

次に物部と蘇我のこの戦、丁未の乱(ていびんのらん)と呼ばれるものですが、戦死者が双方合わせて数百名らしいです。ですので本来なら数千ほどの兵はいないでしょうが、一国の命運を別ける戦いになると思うのでスケールアップしております。

あと攻撃する際に三倍の兵力が必要というのは近代に入ってからドイツ辺りの国がやった実験です。だから今回の男は記憶がごちゃ混ぜになっていた一方、現代の知識がある布都ちゃんはその違和感に気づけたのでしょう
(誰だよ記憶力がいいって言った奴)


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