東方物部録   作:COM7M

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こころちゃんが出る訳じゃないですよ。
物部録とか安直なネーミングで分かる通り、ネーミングセンスが全くありません。向上する気もありません(できません)
ですので最近はいかにも適当そうなサブタイをつけれるように、身を砕くほどの努力しております。

個人的に今回が一番書きたかった回です。




感情

汗を跳び散らし心臓が弾けそうな中、無我夢中で山を駆け下り、そこで待たせていた愛馬に足を変えてから既に太陽の移動を僅かに感じられる程に時間が経ってしまった。馬子殿の領地での山登りだったので未だ父上と母上がいる我が家に到着することは無く、ようやく我が街の端のそのまた端についた。

いつもは汚れ一つない青空に昇る煙が視界に入り、それが屋敷より上がっていると思うと不安がより一層強まる。

馬の尻を蹴り、更に速度を上げるように命ずる。だが彼女は四年前の妖怪に襲われた時以上に全力を尽くしてくれており、より速度を上げろと言うのは無理難題であった。

 

「どけぇ! 前を空けよ!」

 

立ち上がる煙を指しながら雑談している農民たちを怒号する。我の声に気づいた農民達はすぐさま道を空け、許してくれと頭を下げるが無視して突き進む。

 

「父上! 母上!」

 

四年前と同じだ。あの時も神子様が死んでしまうのではないかと不安で押し潰されそうだった。だがあの時神子様は無事に土蜘蛛の攻撃から耐えてくれていた。父上も母上もお強いお方。神子様と同じように耐えて、あるいは守屋を返り討ちにしてくれているはずだ。

 

しかし我の思いを嘲笑うかのように、家に近づくにつれ、煙も大きくなってくる。これでもなお楽観的な予想ができるほど我の思考回路は単純なものではない。

現実もまた、理想通りには進まない。正門に面する道の一つ手前の通りに着いたが、真昼間だと言うのに人っ子一人おらず、道端には複数の血だらけの死体が転がっている。煙も我が家から上がっているもので間違いない。

 

「頼む! 頼むッ!」

 

そして家の前の道に出ると、正門の前に立っている二人の門番が目に入った。だがいつも世話になっていた二人ではなく、家の者ですら無い。二人は我の姿を見るや、一寸の躊躇も見せずに持っていた槍を構える。

このまま突進すれば二人を突き飛ばせるかもしれないが、この子が傷つく可能性があるので却下。だが丁寧に下馬する時間すら惜しい。

我は足を胴体に潜らせ愛馬の背中に立つと手綱を引き、そこで発生する慣性の力を利用して大きく前に飛んだ。

 

「と、飛んだ!?」

 

空中で体をねじって全身を回転させると、落下と回転の二つのエネルギーを加えた太刀を彼らに浴びせる。辺りの建物よりも高く跳ぶのを見て動揺したのか、二人の門番の構えが崩れており、彼等からの攻撃を避ける必要は無かった。

チンと刀が鞘に収まった音の他に、ボトンと重い何かが複数地面に落ちる音がするが、そちらを振り向きはしなかった。音の正体が体から切断された頭部と、繋がっていた胴体であることは分かっていた。

 

人を殺すことに躊躇の無い青娥を恐れていた我が、同じ日に二人の首を躊躇なく刎ねるとは…。

 

「今空に人影が見えたが何事だ? お前はここの娘!?」

 

敷地内から一人の男が来ると、彼の声を聞きつけて中からぞろぞろと現れる。数は六人、全員槍を持っているが、そのうち半分は槍の他に弓も持っている。弓を持っている三人は槍を地べたに投げると矢を番え、残り三人は矢が当たらないよう低姿勢になりながら突進して来た。

 

「邪魔だ!」

 

ビュンと弦が揺れる音と共に、我も地面を蹴った。飛んできた三本の矢の内の一本が、我の脳天へと真っ直ぐ飛び、他の二つは避けずとも的外れの方向に飛んでいた。この矢を射た者は中々いい腕をしているが、精度を上げる為に威力を犠牲にした矢を掴むのは難しくなかった。我は脳に突き刺さる直前の矢をバシッと掴むと、突撃して来た男の一人へと投げた。中距離からの攻撃を予想だにしなかった男はこれに反応できず、その喉元に一本の矢が軽くだが突き刺さった。

常識離れの技により仲間が一人殺されたのにも関わらず、残りの二人は足を止めずに槍を突き出した状態で突撃してきた。だがその手に持っていた槍は、一瞬にして短い棒へと変わった。我の刀が二本の槍を叩き切ったのだ。

目にもとまらぬ速さでの一閃だったのだろう。男達は何が起こったのか分からないのかきょとんとするが、すぐに現実を理解したのか、使い道のない棒を捨て、背中を見せて逃げていく。

 

「逃がすか!」

 

反逆の罪のある者に情けはいらない。これは狩りだと自分に言い聞かせ、闘志の消えた二つの背中を刀で切り裂いた。即死とまではいかないが、このまま放っておけば失血で死ぬだろう。

 

「ひっ!」

 

「う、撃て!」

 

睨みつけた三人の男は情けない声を上げると、それぞれ三本の弦を揺らして矢を放つ。今度は三本全部が我に向かってきているが、何本来ようと関係ない。我が今一度刀を振るうと、飛んできた矢は折れて辺りに散らばった。矢を掴めるのなら当然、矢を斬る事だって可能だ。

弓兵等が槍を持つ前に間合いまで近よると、それぞれ一太刀ずつ斬りつけた。どれも首筋などの急所を狙ったもの、即死か致命傷かの二つに一つ。

どうやら門近くにいた兵士達はこれで終わりの様で、これ以上中から人が出てくる気配は無い。

 

「父上! 母上!」

 

正門を潜ると、囲いで見えなかった中の様子が明らかになった。

そこはもはや我の日常はどこにも無く、見慣れた我が家の玄関には無数の使用人達の死体が転がっていた。皆、ずっと我が家族を助けてくれていた者で、我が友でもあった。そこには我の師とも言える、武器庫の末っ子の門番の姿もあった。

我が内に燃える怒りが収まり切らず、体が震える。

 

「許さんぞ…。絶対に許さんぞ守屋ァッ!」

 

「ふ、布都様!?」

 

屋敷全体に響く大声で叫び、屋敷へと飛び込もうとしたその時、屋敷の中から一人の女がやって来た。この14年間ずっと我の世話をしてくれていた侍女の姿だった。彼女の衣服は血で汚れているが、動きからするに彼女の血ではないらしい。

 

「おぬしは無事であったか! 父上と母上は無事か!?」

 

「す、すいません。私は隠れていただけで、旦那様と奥様の事は…」

 

「いやよい、気にするな。お前が無事でよかった」

 

自分の身を投げ打ってでも雇い主である父上と母上の命を守るべきだったと、彼女は自分を責めているのかもしれないが、彼女は既に我の家族の一人。世事抜きに、心の底から彼女が無事でよかったと思っている。

 

「外に馬を待たせておる。お前はあの子を使って神子様の元へ行け」

 

「そ、そんな。布都様を置いて逃げるなど…」

 

「この惨状を知れば神子様ならすぐに援軍を送ってくれ、我の助けになる。お前は逃げるのではない。さあ、さっさと行くのだ!」

 

今ここは十四年の思い出が詰まった我が家では無く、戦場のど真ん中だ。そこに丸腰の彼女を置いておくなど、こっちの方が心配だ。すぐに頷かなかった彼女だが、自分の力で現状をひっくり返す事はできないと冷静な判断をしてくれたのだろう。彼女は悔しそうにコクンと頷くと、我を横切って門を潜る。

そこで周り廊下から剣を持った男が現れた。

 

「ここにも一人いるぞ!」

 

それが男の最後の言葉だった。仲間が駆けつける前に彼の頭には深々と刀が突き刺さり、何一つ声を上げずにバタンと倒れた。

我は投擲した刀を回収すると、周り廊下の奥からやってくる集団に刃を向ける。この数からするに、おそらくこの襲撃の中心となった部隊は奥にいるのだろう。

彼らは今までの奴等よりは強かったが、未来の武器である刀を手にした我の敵では無かった。刃を滑らせるだけでも肉を斬れる鋭さを持つのが刀だ。まさに一撃必殺とも言えるその武器は、素早く動き回る我の戦闘スタイルと相性は抜群であった。

 

「があっ!」

 

応援に来た最後の一人が倒れるのを確認すると、一度刀を収め家の奥へと進む。

そこでドタドタと自分の足音以外の物音が一室から聞こえ、その扉を勢いよく開いた。そこにいたのは四人ほどの鎧を着た男と守屋、そして壁を背もたれに座っている母上の姿があった。皆の視線が我に集まり、襲撃者の五人の顔は驚愕の、母上の表情は安堵のものへと変わり、気が抜けてしまったのか母上を守っていた結界がスッと消えた。今の今までずっと結界を張って身を守られておったようだ。

 

「何故布都嬢がここに? いや、あの程度の奴らでは、そなたを暗殺するのは不可能か」

 

「隠す気も、弁明する気も無いのだな」

 

「そうだ。拙者は神の名の元、異教徒である蘇我を潰す。それが物部の使命。腑抜けの当主などいらん」

 

守屋はスッと足元に転がっている死体の一つを指しながらそう言った。

その死体は異様だった。狂気を感じる程に不自然に、歪み一つ無く背中を切り裂かれていた。いくら我の持つ刀でもここまで真っ直ぐに人を斬る事は不可能だ。必ず硬い部位に当たるとそこで歪みが生じてしまうが、この死体にはそれが一切見られない。

が、ここで客観的に見た、死体の非現実な面が頭から抜け落ちた。その死体が羽織っている衣服に見覚えがあったのだ。

そう、今朝出かける前に会った父上が着ていたものと瓜二つのもの。

 

「うっ…ううっ…あなた…」

 

シーンとした一室に響く母上の泣き声。母上は守屋が指している死体を見ながら、嗚咽を漏らしている。

父…上…。そんな…、本当にあれが父上なのですか…?

 

「尾興殿は最後まで阿佐殿を守りながら戦った。腑抜けだが物部の当主であっただけはある。誇りにするとよいだろう」

 

「ほ…こり、だと? 父上を殺しておいてぬけぬけと!」

 

守屋への怒りから唇を噛み締め腰に差した刀を引き抜くと、守屋の周りにいた四人の男達も剣を構える。

だが守屋は一人動かず、ただじっと刀を眺めていた。やがて守屋は自分を守る様に前に立つ四人の男達を下がらせると、腰に差した剣を抜いた。

それは反りが逆なものの我が構えている刀とよく似た形状だった。それもその筈。それはまごうことなき、刀を作る際の原型となった神の剣であった。

 

「布都御魂剣、だと…? 貴様! 反逆を起こすだけでなく、布都御魂剣も盗んだのか!?」

 

「違う。神が拙者に与えてくれたのだ。そう、俺こそが神の代弁者! 俺がいる限りもはや貴様ら一家など必要いらんのだ!」

 

途端、守屋の雰囲気が一転して変わり、今までの雰囲気が崩れ落ちる。これが奴の本当の顔。いや、異教徒に向けるもう一つの顔なのかもしれん。

布都御魂剣の存在が守屋の覇気を何十倍にも膨らせているのが分かる。まるで覇気が実態となって全身を襲い掛かり、強制的に跪かせようとしている。

 

「ぐっ…」

 

生存本能が体全身に、このままでは殺されると、警報を送っている。体がガタガタと震え、守屋が一歩近づいてくるたびに足が一歩後に引いてしまう。

これが神剣を持った者の闘気というのかっ? 

…逃げろ。足の速さでは我が上だ。逃げたら生き延びることができる…。だが父上を殺した相手に背中を向けられない。何よりここまで生き延びてくれた母上を見捨てる事はできない。

我の視線は守屋、正確に言えば奴が握っている布都御魂剣から離れられず、気が付けば周り廊下を支える柱が背中にぶつかった。

 

「しまっ――」

 

そこで生まれた一瞬の隙を突かれ、布都御魂剣が我へと振り下ろされた。布都御魂剣の発する覇気が、受け止めようと手を動かす事さえ封じている。

死を覚悟し目を閉じたが意識が消える事は無く、母上の叫び声から目を開いた。

 

「布都! 逃げなさい! 今は何もかも捨てて逃げるのです!」

 

すると目の前には守屋の腕を押さえ付けている母上の姿があった。後ろには四人の男達が母上に向け剣を振るっているが、結界がそれを防いでいる。母上は我の目を真っ直ぐ、絶体絶命の状況下にいながらもかつてない力強い瞳で訴えかけて来た。母上の強い瞳を脳が認識した刹那、金縛りに掛かっていた我の体が途端に軽くなった。

そしてすぐさま攻撃しようとするが、母上の言葉で止められる。

 

「逃げなさい!」

 

「邪魔だ!」

 

布都(ふつ)

血まみれのこの空間には似つかわしくない、いや、この世で最も死に近いこの空間だからこそ似合うのか。身も凍る程に美しい音が、無数の音を無視して静かに鳴った。

かつて父上が言った。布都御魂剣は剣を振った時に布都(ふつ)と特徴的な音を鳴らすと、固い岩石ですら紙の様に斬れると。

目の前でまさにそれが行われていた。母上の体がスーと、まるで果物を半分に切るが如く真っ二つに割れていった。

余りにも残酷な光景。だが体が半分に別れる直前まで、母上は笑顔で我を見守っていた。

 

「あ…あぁ…。はは…うえ…。我は、あなたを…心の底から愛しておりました…」

 

既に聞こえていないと分かっているが、真っ白になった頭を動かして部屋から走り去った。

 

「何をしている、追え!」

 

「ハッ!」

 

背中から追手の足音が聞こえるが決して振り返らず足を動かす。心はもうぐちゃぐちゃで、本当なら今すぐに怒りに身を任せてあいつらを皆殺しにしてやりたい。だがそれは無謀であり、母上は我を逃がすために命を投げ打ってくれた。母上の死を無駄にしてはいけない。

木を足場にして囲いを飛び越えると、そこには何故か二頭の馬の姿があった。その内一頭は我が愛馬で、もう一頭の上には逃げた筈の侍女の姿があった。

 

「お、お前!」

 

「追手が来ます! 早く!」

 

彼女の言う通り馬に飛び乗ると、家を背中に駆け出した。

 

「行こう…神子様の元へ…」

 

「…はい」

 

 

 

 

血まみれの布都が私の元へ訪れて数十分か。茫然として何も口にしなかった布都を無理やり入浴させていた間、私は浴室に近い一室で、布都と同行していた侍女に話を聞いていた。

どうやらここに来る直前までは布都も何とか意識を保っていたらしく、道中で大まかな経緯を伝えていたのだろう。彼女の説明は実に分かりやすかった。

 

「以上が布都様から聞いた話でございます」

 

流石布都の侍女だけはあり、私を前にしても動揺を見せずに話してくれた。私はできる限り自然な笑みを浮かべると、静かに頷いた。

 

「ご苦労。下がってよい」

 

「はい」

 

侍女が部屋を出ると、私は一度だけ息を吐いた。

 

「布都御魂剣…そこまでの代物とは」

 

侍女からの又聞きになるが、その話が本当なら布都御魂剣は人知を凌駕した切れ味を持つ、文字通り最強の剣だ。布都から聞いた話では、布都御魂剣はご神体であり戦に使う剣では無く、性能だけなら実践的ではないと言っていたが…。布都が私に嘘を吐く訳は無い。とすれば、布都御魂剣の力は、あくまで伝説上の話として隠されていたと考えるべきか。理由としてはやはりその強さ故だろう。いくら強力な武器であろうとも、強すぎる力は災いの元。だからあの剣で争い事を起こさない様に、布都の先祖が伝説と言う名の仮面で隠したのだろう。

だがあの守屋の事だ。その伝説を信者の誰よりも信じ込み、それが眠っていた布都御魂剣の力を呼び覚ましたのかもしれない。

 

「…すまない布都」

 

「何故、神子様が謝るのです?」

 

誰もいない部屋での独り言に返事が来たので驚いた。集中し過ぎて周りの音が聞こえていなかったのか、扉の一つが開かれており、そこには月明かりを背景にした布都の姿があった。暗くて顔がよく見えないが、普段の彼女にある活気が感じられない。

私は近くに立っている蝋燭に火を灯し、手招きをした。すると布都はいささか乱暴に扉を閉めると、小走りで私へ抱き付いてきた。布都は私の胸元に顔を埋めて肩を震わせるだけで、それ以上何も口にしなかった。

 

「…布都」

 

こんな時私は彼女にどうしたらいいのだろうか。彼女を優しく抱き締め、慰める事は簡単だ。だが果たして私にそれが許されるのか。この人の醜さが詰まった私の身で、ただひたすらに正しき道を突き進む彼女を私が抱き留めてよいか。否、と誰もが答えるだろう。仏も神も、人もそれ以外の存在も首を揃えてそう答えるはずだ。

 

「み、こっ…さ…ま」

 

まるで裸足のまま寒空の下放り出された幼子の様に体を震わせる布都。それは今すぐ温めないと凍え死んでしまいそうな程に弱弱しいものだったが、私は彼女に手を伸ばせなかった。

さながら私は牛車に乗った姫で、彼女が道端で凍えている幼子か。私は苦しんでいる彼女に手を差し伸べたいが、子供一人を助けるために牛車から降りてしまえば周りの視線がきついものに変わるのを察し、手を伸ばせない偽善者。

違う…。

私は姫なんかじゃない。彼女が姫で私が幼子なのだ。私は自分が助かろうと姫に手を伸ばそうとしているが、身分の差から手すら伸ばせない弱い人間…。

喉の奥が痛くなるのを感じる。心からの友である布都一人を救えない無力さ、そして何よりも愚かさから、感情が涙となって溢れ出そうだ。

 

「だき…しめて…」

 

「…ああ」

 

手を伸ばす事に一瞬戸惑ったが、私の腕で布都の悲しみが少しでも和らぐのなら、私の塵にも等しい自尊心は必要ない。微かな動作で壊れてしまう割れ物を扱うかの如く、私はひたすらに優しさだけを意識して彼女をそっと抱いた。

布都の体…心は、冷たい北風の様に冷たい私でも温まってくれたのか、震えが少し和らいだ。

 

「…もっと、強く…」

 

「…」

 

それはただ抱きしめるよりもずっと難しいものだった。今の布都を強く抱きしめてしまったら、砂で作られた建物の様に崩れ去ってしまいそうに脆く見える。だが私が躊躇している間に、布都はもう一度同じ言葉をか細く呟いたので、私は布都の言葉通りに動いた。

布都の体は私の不安とは裏腹に、小さく細いものの鍛えられた筋肉を感じられ、日がな一日室内にいる私では到底壊せそうにもない。

私が布都を慰めている筈なのに、布都を抱きしめていると不思議と心が落ち着いてしまう。私が正常な人間であったのなら、こんな感情は抱かないだろう。ならば私は正常な人間とは真逆の、正常でない人間なのだ。

などと一人で自己完結していたが、布都の要求は未だ変わらなかった。

 

「…も、っと…」

 

「え?」

 

彼女の言葉が一瞬理解できず、それが躊躇を生み出し力が緩んでしまう。だがこの躊躇は先ほど布都を抱きしめる時に抱いたものとは違い、純粋な疑問から出た躊躇だった。

しかし布都の悲しみを少しでも癒すためだと、私は目一杯力を籠めて彼女を抱きしめた。これ以上ないくらいに強く、荒々しく、感情的に彼女を抱きしめる。それは一歩間違えれば、私が彼女を絞め殺していると見られる程に。

だが…布都の要求は変わらなかった。

 

「…もっと。つよ、く。強く、強く!」

 

未だ顔を伏せつつも、布都は未だそう繰り返す。可能な限り善処しようと思ったが、これ以上は私の腕力の限界だと言おうとした時、布都の要求の本当の意味が分かった。

私はそこで布都の肩を持って少しばかり遠ざける。そこでようやく布都の顔を見ることができた。そこには私が見慣れた、愛らしい笑顔の布都の面影はどこにもなく、まるで死人の様に瞳から光が消え、白い健康的な肌を真っ青なものに変えた衰弱した彼女だった。

 

「ちち、うえ…せなかから…きら、血が…。ははっ、うえが…ふたつに、中が…。ひとの、にくのかんしょく…はなれない」

 

布都は光の無い瞳の奥から、ポロポロと涙を零しながら必死に言葉にしてくれた。

そうか…。布都御魂剣の切れ味が人にも通用するならば、それは人の中が見えてしまう惨たらしい惨状となるだろう。布都はそうなってしまったご両親の姿を間近で見てしまったのだ。それに加え、布都は自らの手で人を殺めた。両親の生死、同族の惨たらしい姿、罪悪感。それらが一斉に布都の心を殺そうとしている。いや、現に今布都を殺そうとしている。

だがそんな中、布都は私に救いを求めに来たのだ。きっと生物に備わった生きるための本能が働き、半ば無意識の内に私の元へ来たのだ。そう、思うようにした。そうしないと私は彼女を“抱け”無かった。

 

私は布都を抱き寄せると、その唇に自分のそれを落とした。布都は一切の驚きを見せず、また私も四年前の様な高揚は無かった。だがそれでも、四年前以上に激しく舌を動かした。布都が舌を動かさない分、接吻を、キスをより情熱的なものにするためだ。

布都を床へと押し倒すと、その着物を荒々しく剥ぎ取っていく。それはまるで女に飢えた下賤な盗賊の様に、欲望のまま布都の裸身を隠している布を剥ぐ。

扉から微かに漏れる月光とぼんやりと揺らめく蝋燭が、生まれたままの姿となった布都を照らす。雪の様に白い肌が僅かな光を妖艶に照らし、同性でありながら無意識にごくりと唾を飲み込んでしまう。

布都の身体は決して女らしいとは言えない。胸は大きくなく、背も女性と言うより少女と言うべきだ。だが布都からは、かつて彼女の水浴びを見た時と同じように、名状しがたい妖しい色気が漂っている。それが本来色気の無い筈の身体を、どんなに豊満な身体よりもいやらしいものへと変貌させる。

その魅力の正体は何だろうか。普段纏めている髪を解いたからか。いつも凛々しい彼女が、一人の女へと顔を変えるからか。

 

「みこ、さまっ…強く」

 

いや、そんな事はどうでもよい。今は目一杯、欲望の赴くままに彼女を抱きたい。

 

「ああ…。いつものお前が戻って来れるほどに、感じさせてやる」

 

 

 





あらぁ^~百合百合がレズレズになりましたわぁ^~

警告タグ付け加えるの嫌だったので、描写は薄めにしました(いつも)
非力な私を許してくれ

最初は限界に挑もうかとも思いましたが、天罰が下ると思ったのでチキリました。てか後半みたいな百合豚歓喜な感じの描写はともかく、グロい描写は普通に書きたくない。


とあるとしあきが言いました。ひじみこほど(ABCの)Cをやっているの前提で話を進めるカップリングも珍しいと。ならふとみこも同じ感じでいいよね?(錯乱)



…真面目な話をするとですね、やはり神子様は攻めだと思うのですよ。

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