東方物部録   作:COM7M

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前回のネガティブな前書きに対し、たくさんの温かい感想を頂きました。おかげさまで遅くなると言った割に結構早く投稿できたと思います。ありがとうございます。
未だ上向きのモチベとは言えませんが頑張ります。




妖怪

「妖怪だ」

 

まるで神子様の声に合わせるかのように、茂みから妖気を纏わせる何かが現れ、隣から屠自古の悲鳴が聞こえる。チラリとそちらを見るが神子様もかなり動揺しておられる。屠自古という守るべき者がいなければ神子様も悲鳴を上げておられたかもしれない。

我等を囲んだ妖怪は、一つ目男にろくろ首の女に腐った男。この辺りは誰でも知る妖怪だろうが、他にも頭が鬼で胴体が牛の牛鬼や土蜘蛛と呼ばれる巨大な蜘蛛の妖怪までいる。見た目も種族もバラバラだが、どいつもこいつも厭味ったらしく我等を餌と見ているところは一緒だ。

集団行動が苦手で、下手をすれば同種族間でも統制の取れない妖怪が、何故別種族の妖怪と手を組んで我等を包囲しているのかが疑問だが今は考えている暇はない。

 

「我が道を開きます。そこを抜けて走って」

 

幸い我が弓を構えているのもあって今は牽制状態だがそれも長くは続かん。彼奴らから視線を反らさず、なるべく小さい声で二人に告げた。

 

「ああ、分かった」

 

「で、でもそれじゃ布都が」

 

「大丈夫、布都なら心配ない。走れるか屠自古?」

 

「う、うん…」

 

屠自古の照れた声からするにどうせまた女殺しの綺麗な笑みを浮かべているのであろう。我とて女、本当なら屠自古の立ち位置に居たい気持ちもあるが、生憎これは遊園地のお化け屋敷ではない。今この場でまともに戦えるのは我一人だ。そんな我が神子様に甘えようとするならあっという間に皆妖怪の胃に入れられる。

 

「行きますぞッ!」

 

弦が震える音と共に、一つ目男の大きな目に矢が突き刺さる。途端、元人間とは思えぬ歪な叫び声が轟き、妖怪たちが一斉に襲い掛かってくる。だが一本目を放ってすぐに矢を取り出していた我の方が早く動け、もう一発の矢をろくろ首の顔面へと射出。それも見事に当たってくれ、気味の悪い女の悲鳴が一つ目男の叫び声に混ざる。

神子様は屠自古の手を引き、顔面に矢が刺さった二体の妖怪の間をすり抜けて包囲網を突破する。続いて我も突破しようとしたが、土蜘蛛の汚らしい糸が我へと飛んできたので横へ飛んで回避する。

 

「ッ!」

 

「布都!」

 

「いいから早く行かんか!こっちに居る方が足手まといじゃ!」

 

神子様は心配して声を掛けてくれたのだろうが、この場に残られた方が迷惑だ。神子様と屠自古の謝る声が聞こえたが、襲い掛かってくる腐った男の所為で見届けることもできぬ。

のっそりとした速度で襲ってくる腐った男の右手を剣で切断し、素早く妖怪達と距離を取った。

 

「おうおう。幼女一人にずいぶんと多いのう」

 

我へと向けられる妖怪達の視線に応える様に乾いた笑みを浮かべる。奴等には言語を話すだけの知性はないのか、一匹として我の言葉に応えようとしない。代わりに土蜘蛛と牛鬼の視線が、二人が逃げた方向と我を見比べる様に行き来する。

不味い。獲物を見定める程度の知識はあるということか。

咄嗟に矢を一発土蜘蛛めがけて放ったがすでに遅く、土蜘蛛と牛鬼は二人が逃げ出した方へと走って行った。そして追い打ちを掛けるように、顔面血だらけの一つ目男とろくろ首、更に腐った男の三体が立ちふさがる。

 

「そこを退け雑魚妖怪ども!」

 

ろくろ首が首を伸ばし、口を開いて襲い掛かってくる。右往左往と曲がり不規則な動きをする首はまるで蛇のようである。ここまで不規則に動かされては我の弓の腕をしてでも捕らえることができんので、我は即座に二つの案を思いついた。一つはろくろ首の胴体に攻撃することだが、ろくろ首は首から上が本体のようなもので胴体に攻撃しても効果がない事を思い出した。だから我は二つ目の案を実行することにする。

どんなに不規則に動いていようが、首の行き着く先は我だ。ならばある程度攻撃位置を予期することができる。

案の定、不規則に動いていたろくろ首の動きが直線的になり、我へ飛んできた。

 

「おぬしが馬鹿でよかったよ」

 

我はろくろ首の噛み付きを跳んで避けると、そのまま顔面を踏み台にして空へと飛びあがる。そして頭が地面と向き合う様に空で体を半回転させると、無防備になったろくろ首の頭部へと矢を放つ。宙で矢を射るのは初めてで非常に危うい賭けだったが、日頃の成果のおかげか矢はろくろ首の顔を貫通。ろくろ首の急所はその顔面で、ただでさえ一発受けて大ダメージを受けていたのだ。貫通する威力の矢を受けたら妖怪でも即死に決まっている。

体を捻って半回転し綺麗に着地してすぐさま弓を投げ捨ると、空いた左手で懐から一枚の札を取り出して霊力を籠める。札はポワァと優しい光を出し、それを合図に我は剣に札を張り付ける。すると札から発せられていた光が剣に宿り、右手に構える剣から優しい光が溢れ出す。この光こそ退魔の力。

前にも言ったが上級者になれば力を宿した札を投げるだけでも強力な一撃になり、人間は勿論妖怪も倒せる。しかしそこまでの領域にたどり着いていない我は、剣を依代にすることで疑似的に退魔の力を剣に宿して戦っておる。一見すればこちらの方が上級者の技に近い気がするが、こちらは必要な霊力が遥かに多く、またあくまで退魔の力を宿すだけであり、切れ味や頑丈さが上がる訳でもない。

そんなデメリットがあるこの技術だが、眼中にいる二体の醜い生物たちには驚異的だろう。一つ目男は身の危険を感じたのか一瞬怯む。

 

「せいや!」

 

生まれた一瞬の隙を付き、持ち前の瞬発力と脚力を活かして素早く突進して接近。血だらけになった一つの瞳では我の動きに反応することができなかったのか、アッサリと一つ目男の首と胴体が別れた。一つ目男の急所はろくろ首の様に分かっている訳ではない。首を刎ねても未だ胴体が動く話を聞いたことがある。だが退魔の剣によって斬られた為、斬り口から侵食するように退魔の力が一つ目男の全身を浄化し、すぐに砂となって存在が消された。

 

「ヴァ~」

 

ゾンビ映画に出て来そうな腐った男へと剣を投擲。剣は眉間へと突き刺さり、男は背中から地面へとバタンと倒れ込むと、ピクリとも動かない腐った肉へとなった。

男に刺さった剣を抜きながらとあることに気づく。

 

「こいつ、妖怪ではないのか?そう言えば妖気を感じられんし、浄化もせん。いったい…いや、今はそれよりも神子様と屠自古じゃ」

 

投げ捨てた弓を拾い、人差し指と親指で輪っかを作ってピューと口笛を吹く。これが我が愛馬を呼ぶサインだった。だがサインを鳴らしても一向に反応がない。馬は耳がよい動物だし、それに加え我が愛馬は訓練により遠くからでも我のサインには気づくのは実証済みだ。人間の我では遠く離れた馬の動きを察知できないのもあるかもしれんが、今回はそうではない事に気づく。我が愛馬は手綱によって木の傍から離れることができんのだった。

だからと言って馬の脚無しでは二体の妖怪に追いつくのは厳しい。

 

「イチかバチか!」

 

手段を選んでいる暇はない。我は弓を天へと向けて弓が壊れないギリギリの力で目一杯矢を引く。

今我がいる地点と馬を繋いだ地点、そして予想ではあるが二人が逃げ出した方角から考えるに、この三点を繋げば綺麗な三角形が作れるはず。ならば、もしこの地点から我が馬を縛る手綱を射ぬき、神子様の元へ向かう道中に合流することができたら追いつく可能性はある。

出発点はここから南東の向き。歩いてきた距離からするに馬との距離はおおよそ300弱。海外の弓に比べると飛距離のある日本の弓だが、それでも飛距離だけを意識し飛ばして200行くかどうかだ。しかし風は追い風と悪くない。上手く風に合わせられた飛距離に関してはいけると直感した。あとは馬を繋いだ辺りの正確な光景を思い出すのだ…。時間はない、後戻りもできぬ。飛ばす矢を入れると矢を三回射る事ができるが、着地点を確認できぬこの状況で一回やっても三回やっても結果は変わらん。必要となるのは矢を飛ばす力と、人知を超えた弓の才。

我は一度だけ深呼吸をして自らの精神を高めると、天高く矢を放った。

 

――シュン

 

鈴虫の鳴き声や和楽器よりも美しく、獣の咆哮の様に荒々しい弦の震える聞き慣れた音。

刹那、太陽へと向かう様に矢が飛んでいく姿が目に入る。飛んでいく矢にこれ以上我ができることは無い。あとは天運に矢の行方を委ねるのみ。

 

「神子様、今参ります!」

 

唯でさえスタートダッシュが遅れてしまったのだ、ボーとしている暇などない。土蜘蛛と鬼牛に続いて我もまた神子様と屠自古の元へ駆け出す。万一馬が手綱から解放されていた時の為に定期的にピュー、ピューと口笛を鳴らして位置情報を伝えるのを忘れない。

不幸中の幸いと言うべきか、二体の妖怪は誰が見ても明らかな跡を残していたので進行方向の判別は容易だった。我はひたすらにその跡を駆ける。

神子様、神子様、神子様とひたすらに神子様の無事を祈り続ける。もし神子様に何かあったらどうしよう。もし神子様が死んでしまったら…いや、考えるな。考えてしまったらその時点で我は自分を見失ってしまう。

十の女子にしてはかなり体力のあるこの体も、全速力で走り続けたのと動揺で上手く呼吸のペースを掴むことができずに息が上がっている。それでも構わずただひたすらに走り続けた。

 

「神子様!神子様!神子様ァッ!」

 

全速力で駆け何度も神子様の名を叫ぶが、姿が見えるのはおろか返事すら返って来ない。

あり得ない、そんな訳がある筈が無い。神子様はこのような所で命を落とすようなお方ではない。あのお方こそこの時代に無くてはならぬ存在。

――だが、もしかしたら

一瞬だけ過った血だまりの中に倒れる神子様の姿。途端、心臓を鷲掴みされた様に胸が苦しくなり、喉がはち切れそうに痛くなった。すぐに頭を振って悪い想像を振り払おうとするが、一向に頭から離れてくれない。

涙がポロポロと零れ、視界が歪んでくる。絶対にある筈が無いと信じているが、それはただの理想論に過ぎない事は分かっていたからだ。土蜘蛛に鬼馬、どちらも決して強い妖怪ではないが一般人が敵う相手では無い。後々仙人になるかもしれない神子様も屠自古も今はまだ一般人で更には幼い少女、勝ち筋は無いに等しい。

我の、我の所為だ。我が神子様を止めなかったから、いや、神子様を守りながら戦える強さを持っていなかったからこうなってまったのだ。

自分の未熟さと甘さに押しつぶされそうになった時、視界が反転した。

 

「えっ?」

 

直後、背中と足に激痛が走った。普段ならば一瞬で現状を把握できただろうが、動揺と絶望で自分が置かれた状況を理解できなかった。いや、理解したくなかったと言った方がいいのかもしれない。

我の視線には土から飛び出した木の根っこがあった。それはまるで我を嘲笑うかの様に、道のど真ん中に堂々と生えている。こけたのだ、無様にも根っこに引っかかって勝手に自滅した。それに気づいた時、悲しみと怒り、そして己の不甲斐なさで涙がポロポロと地面に落ちる。

が、関係ない。例え我が未熟者で不甲斐なかろうと、ここで諦める理由にはならぬ。混乱して頭がゴチャゴチャになっていたが意志はまだ折れていない。

土を削りながら拳を握り閉め立ち上がる。そして神子様の元へ近づこうと一歩踏み出すと、足首を襲う激痛によって視界が一瞬歪んだ。

 

「嘘…でしょ?」

 

慌てて着物を捲って足首を確認すると、今こけた拍子にぶつけたのか、足首周りが毒々しい紫色に変色して腫れあがっていた。それでも痛みさえ我慢すればまだ行けると、今一度一歩踏み出すが激痛で歩けそうにない。

ここで終わりなのか?

神子様をお救いすることができぬまま、ただこの場で神子様が妖怪に食われる姿を想像するしかできないのか?

…否、断じて否!絶対に、何があろうとも神子様をお守りする。己が命を投げ打ってでも主を救うのが従者の使命。その覚悟なしに誰が将来神子様に仕えたいと言えようか。右足はもう使い物にならぬが、希望はまだ尽きては無い。親指と人差し指で輪っかを作り、ピューと口笛を吹く。涙に鼻水に汗、おまけに土の味が口の中に広まるが、気にせずに何度も口笛を吹き続ける。

六回目の事だろうか。我の口笛に応えるように、希望が我の目の前に現れてくれた。

 

「よう来てくれた…」

 

我が愛馬の姿がそこにはあった。我のボロボロの顔を見て心配したのか、ペロペロと顔を舐めてくれる。独特な感触とベトベトした唾液がこそばゆくも、頭を撫でて愛馬に礼を送ると、怪我していない左足で地面を蹴って跨った。手綱は荒々しく切断された痕があり、片方だけがえらく短い。この手綱でどれほど言う事を聞いてくれるかは分からぬが、賢いこやつの事だ。きっと我の思うとおりに走ってくれるだろう。

想いを託すように首筋を優しく撫でると、蹴って合図を送る。

 

「やぁっ!」

 

走り出す我が愛馬。その速さは身体能力を上げて全速力で走った我よりもずっと早い。辺りの景色がまるでスクロールされているようだった。

足元が不安定な中、高速で走ることができる愛馬に感心していると、何やら不自然な物体が視界に入る。白い糸によって大きな木の幹に張り付けにされ息絶えている、人ならざるものの姿がそこにあった。

 

「あれは牛鬼?もしや二人を追う道中で獲物の取り合いでもあったのか?となると二人は下手に走らずにどこかに隠れている可能性が高い…あそこか!」

 

森を抜けた先には、遠近法で小さくなっているのにも関わらずハッキリと蜘蛛の後ろ姿があった。そこへ目掛けて駆けると崖下が広がっている空間があり、崖の足元の空洞の入り口に結界を張って土蜘蛛の攻撃を凌いでいる神子様と屠自古の姿があった。

 

「神子様…よかった…」

 

だがホッと一息吐くのも束の間、土蜘蛛の体当たりによって結界が破られてしまい、空洞の中から屠自古の悲鳴が聞こえる。

せっかくここまで来たのに二人を救えなくては意味がない。小指と薬指で一本、その他の指でもう一本合計二本の矢を取り出すと、素早く一本ずつ射る。一本目は土蜘蛛の巨大な背中に刺さり、もう一本は尻辺りに突き刺さった。どちらも結構痛かったのか、土蜘蛛の攻撃対象が二人から我へと移る。

土蜘蛛が動いたことで二人とも我の姿に気づいた様でパアッと顔を輝かせるが、神子様はすぐに屠自古の口を押えて静かにするようにと合図を送っていた。せっかくヘイトが我へ向けられた今、下手に物音を立てて刺激を与え、また神子様達が狙われてはいかん。流石神子様、見事な機転ですぞ。

 

さてと…しかし無我夢中で攻撃したのはよいが、これからどうしたものか。今の二本で矢は尽きてしまい、足を怪我しているのにも関わらず我の武器は近接武器の剣しかない。それだけでも致命的であるのに、更には土蜘蛛への恐ろしさから我が愛馬は今にも逃げ出しそうな程に体を震わせており、このままだと我の意に反して神子様達を捨てて逃げる可能性があった。我の足になって貰おうと考えていたが、口笛を頼りに我の元まで来てくれたのだけでも十分な働きだ。

我は左足で着地するように降りてバシッと愛馬を叩いて刺激を与えると、愛馬は土蜘蛛から180°反対の森の中へと逃げ出す。同時に土蜘蛛が我へ目掛けて突進してきた。

我は咄嗟に左足を蹴って突進の攻撃範囲の外へと跳ぶが、怪我で足が使い物にならぬ今、ズザァと転ぶような着地になってしまう。

チラリと神子様と屠自古の方へ視線を動かすと、二人とも目を見開いて驚いており、我は苦笑しながら右足首を指差す。

 

「グオォォッ」

 

「チッ!」

 

模擬戦なら相手が倒れたところで終了だが実戦はそんな生温いものではなく、相手が地面に倒れ込んでいても容赦はしない。今度は我を丸呑みしようと、その大きな口を開いて地面に倒れている我へ飛び掛ってくる。

前世で人気だった魔法使い物のファンタジー作品がある。その作品の主人公の親友が大の蜘蛛嫌いなのだが、その気持ちはよく分かる。人よりも大きい蜘蛛はグロテスクで醜く、生理的悪寒が走る生き物だった。

嫌悪感から背筋を震わせながらも、飛び掛ってくる土蜘蛛へと腕を伸ばし素早く結界を貼る。神道を使った攻撃手段を持っていないが、結界に関しては多少なりとも自身はある。その証拠に、バチッと結界が土蜘蛛を拒絶する音が連続で鳴り続け、土蜘蛛の体当たりを凌いでいる。

拉致が明かないと察したのか土蜘蛛は一旦我から距離を置き、今度は粘着力が強くも硬い糸を吐き出す。それもまた結界で凌ごうとするが、右足首の痛みの所為で集中力が途切れ結界が消えてしまい、咄嗟に構えていた剣を盾にして糸からの直撃を凌ぐ。

 

「しまった!剣が!?」

 

だが胴体への攻撃を凌いだのはよいが、糸を浴びた剣は粘着力の強い糸によってぐるぐる巻きにされ、使い物にならなくなってしまう。

これで我に残されたのはたった一枚の札のみ。しかし依代となる武器が無ければ退魔の力を扱う事ができない。ここがバトル漫画の世界であれば、今この瞬間に新たな術でも生み出して華麗な一発逆転でも起こせそうだが、生憎この世界は理不尽な現実。そんな夢物語は起こらない。

ならば我が優先すべきことは土蜘蛛の退治よりも神子様の身の安全。

 

「神子様。まだ結界を残す霊力くらいは残っております。我が囮になるので神子様は屠自古と逃げて下さい」

 

結界を警戒してか土蜘蛛は襲ってこなかったので、その間にできるだけ小さい声で呟く。これが今我がやれる最も現実的な手段だった。

人生の終わりが土蜘蛛の餌になると思うと今にも泣き出しそうだが、神子様をお救いすることができたのなら心残りは無い。いや、強いて言うなら三年後になると屠自古が神子様と結婚すると思うといささか腹立たしい事くらいだが、二人とも仲睦まじくお似合いだ。我の事を忘れ幸せに暮らしてくれるのならそれはそれで満足か。

絶体絶命のこの状況で、達観した思考を持てる己の異様さに思わず口元が緩んでしまう。それもこれも、気が付けば物部布都の心の基盤となっていた、神子様への忠誠心からか。

だが我の耳に入ったのは、我を囮とする策を了承の声ではなく

 

「断る」

 

凛々しくも美しい、覇気のある声だった。

 

「なっ!?」

 

我の目の前に神子様が立っておられた。その手には威厳を示す為に作らせた飾り物の剣、七星剣が握られており、剣先を土蜘蛛へと向けていた。

まさか本気で土蜘蛛と戦うつもりでは。そう思った矢先、神子様は七星剣を手に土蜘蛛へと駆けた。

 

「み、神子様!?何をしているのです、今すぐ逃げ――」

 

「神子様はお前の為に剣を抜いたんだ。その意思を無駄にするな」

 

いつの間にか後ろにいた屠自古の声で、我の言葉が途中で遮られる。

 

「な、何を馬鹿なことを言っておる。我の命よりも神子様の命の方が大事に決まっておるであろう!」

 

「当たり前だ!でもだからってお前の命が大事じゃない訳ないだろうが!いいか、神子様からの伝言だ。私が時間を稼ぐから、何とか決めの一手を生み出してくれと。私にできることがあったらやるから、兎に角何か考えてくれ」

 

「ッ、神子様め、無茶な事を言うてくれる!」

 

土蜘蛛の攻撃を上手く回避して囮となってくれている神子様の姿を見て、フッと小さく笑みを浮かべる。こんなボロボロの我にまだ逆転の一手を考えろと申すか。

普通なら満身創痍の我に期待するような愚か者はおらぬだろうが、神子様は我を信用してくださっておる。ならば神子様の信用に応える為、考えるのだ。我が持っているのは僅かな霊力と一枚の札のみ。札を飛ばす術には期待できんとなると、やはり決め手となるのは退魔の力をあの七星剣に宿し、大きな切り傷を負わせること。退魔の力は妖怪にとっての毒、一度切れば切り口から退魔の力が全身に巡り浄化させることができる。だがそれはそこ等の小さい妖怪に限る。いくら土蜘蛛が低級妖怪とは言え、その大きさは大の大人よりもある。かすり傷程度では怯む程度だろう。更に我の霊力から長い時間退魔の力を剣に宿すことはできない。一太刀、よくてもう一回か。

 

「よいか屠自古。我の言う通りに動け」

 

我は準を追って作戦を屠自古に伝える。作戦と言うものでもないが、使えるものが限られている今の状況ではこれくらいしか思い浮かばなかった。

屠自古には大役を任せるが、何一つ嫌そうな顔をせずにいつもの強気の顔で頷いた。

 

「分かった」

 

「よしっ、なら行くぞ!」

 

屠自古は神子様の後ろの方へ旋回し、我はよろよろと立ち上がると激痛を堪えて目一杯走り出す。尋常ではない痛みが体全身を襲うが、神子様をお救いする為と思えば耐えられないものではなかった。唇を噛み締め、我慢している所為か口内に溢れ出る唾液を飲み込み、道中足元に落ちている手の平サイズの石を拾って土蜘蛛の足に叩きつける。

 

「布都!?お前にはこいつを倒せと命じたはず!」

 

七星剣を使って土蜘蛛の前足の攻撃を捌いている神子様の激怒の声が届き、我は足を何度も叩きながらそれに返す。敵の前で堂々と会話しても作戦を気づかれないのは大きな利点である。

 

「生憎我の足では力が入りませんので屠自古に委ねることにしました!こいつが怯んだら屠自古に剣を渡してください!」

 

「なるほど、屠自古に我等の命運を託す訳か。それはまた心強い!」

 

我を無視して神子様に集中していた土蜘蛛も何度も同じ場所に石を打たれたら痛かったのであろう、クルリと体を回転させると、前足二本を棒の様に使って薙ぎ払いを繰り出す。咄嗟の攻撃に、目と頭では分かっていたが足が動いてくれず、もろに前足の攻撃を受けてしまった。土蜘蛛の薙ぎ払いは腹がえぐり込む威力で、激しい痛みが襲うのと共に口から唾液が飛ぶ。

 

「布都!?」

 

今じゃ!

腹への打撃により吐き気と激しい頭痛が起こっていたが、自分でも驚くほどに視界はハッキリしていた。突き飛ばされながらも土蜘蛛へ向けて手を伸ばし、最後の霊力を籠め生み出した四角の結界が、土蜘蛛の四本の足を包み込む。異変にすぐ気付き土蜘蛛は足を動かそうとするが、結界が足枷の働きをして土蜘蛛は身動きが取れなくなってしまう。

一方飛ばされた我は背中と尻が硬い地面に激突して体に痛みが走るが、最後の一撃をこの目で見届けるため無理やり上半身を起き上がらせる。

神子様の後方で戦いを見届けていた屠自古が走り出す。屠自古は神子様から渡された七星剣の刀身に、我が予め渡した退魔の力を宿す札を張り付ける。すると七星剣はポワッと優しい光を放つ。

 

「いっけえええ!」

 

屠自古は大声と共に土蜘蛛へと向けた七星剣を突き刺した。グジュッと悪寒が走る音が鳴り、土蜘蛛の悲鳴が辺りに響き渡り、傷口から小さい蜘蛛がうじゃうじゃと溢れ出てくる。その気持ち悪さは女子なら皆逃げ出したくなるものだったが、屠自古は一歩も怯まずにより深く剣を突き刺す。

すると土蜘蛛の体に変化が起きた。剣を刺した部位から広がるように土蜘蛛の体から白い光で包まれた。そして白い光の輝きがピークに達すると土蜘蛛の動きがピタリと止まり、その巨大な体は上から下へと砂に変わった。

 

「お、終わった…のか?」

 

親の個体が消えた為か、屠自古の足元に集まっていた何百もの蜘蛛達の姿もなくなっていた。

茫然と立ち尽くし呟く屠自古に応え、我は独り言の様に呟いた。

 

「はっ…ははっ。箱入り娘がようやったわい」

 

起こしていた上半身を寝かせ、空へ向かって小さく笑う。まったく、怪我さえしなければ我がカッコよく一撃で決めてやったと言うのに、屠自古にいいところを取られてしまった。それもこれも、助けに行く道中で転んで怪我する間抜けな我が原因であるが。

 

「布都、大丈夫か!」

 

あろうことか屠自古は七星剣を投げ捨て我の元まで来ると、膝枕をしてくれる。普段の厭味ったらしい顔ではなく、不安と安心が混ざった女らしい表情をしていた。

 

「この程度どうって事ないわい…と言いたいが、予想以上に土蜘蛛の打撃が強くてな」

 

チラッと着物を捲り上げて腹を露わにすると大きい赤い線が浮かび上がっており、腫れあがった肉の所為でせっかくのスタイルが台無しになっておった。転んだ時と土蜘蛛に飛ばされた時に背中も打っている為、おそらく背中も腹と似たような状況になっておるであろう。傷が残ってしまったら嫌じゃが、神子様をお守りした証と思えばそれもカッコいいか。

 

「ところで神子様は?」

 

「えっ?そう言えばさっきから辺りを見回してる、何やってんだろ?」

 

屠自古と同じく神子様の方を見ると、真剣な表情で辺りを何度も見回していた。動き回る神子様の顔はやがて何もない空の一点に定まる。まるでそこに見えない何かがあるかのように。

 

「いるのは分かっている、出て来い」

 

「はぁ~い」

 

神子様が静かに告げると、どこからともなくふざけた女の声が聞こえた。屠自古と共に辺りを確認したが声の主を確認できず顔を見合わせていると、視界の端にひらりと揺れる水色の着物が入り、急いでそちらへ首を動かす。

一番に目に入ったのはウェーブのかかった青い髪。その色褪せぬ青い髪はかんざしを使って∞の形に結んでおり、何となくだがいいとこの出身だと分かる。青い髪の女性はこの時代の日本には本来無い筈の衣服、水色のワンピースに身を包んでおり、更には半透明な羽衣を纏っておった。

その姿はまさに、我の知っている霍青娥そのもの。

 

「初めまして、わたくし霍青娥と申します。以後よろしくお願いしますわ」

 




ヤマメですか(笑)

本当は出てくる妖怪全部東方キャラの元ネタにしようと思っていたのですがめんどくさくなってあとは適当な奴にしました。牛鬼君いたんだ。
なお蛮奇っきは胴体が弱点の模様。

青娥とのエンカウントに戦闘を挟んだのは、布都の修行の成果と弓の才を文にしたかったからです。あとは単純に戦闘を書きたかったのもありますが難しいですね。今後苦労しそう…。

今後描写するか分からないのでこの場で書きますが、神子と屠自古が二体の妖怪から逃げられたのは布都がくれた二枚の札と、二体の妖怪が仲間割れしたからです。


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