東方物部録   作:COM7M

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モチベ落ちたので次回も遅いかもしれません。
無念


肉食系女子

物部守屋と会って数週間が過ぎた。麻佐良殿と守屋殿を警戒するようにと父上伝えると、父上は二言で了承した。どうやらあの後結局麻佐良殿と口論になったらしく、元より麻佐良殿に対して警戒を強めるつもりだったらしい。身内同士のいざこざに集中できるのは、今現在の物部氏と蘇我氏の関係が比較的安定しているからであろう。無論安定していると言っても所詮はまやかし。きっかけ一つで関係は崩れてしまう。

 

つまらない政治に関する話はここまでにしようか。

今の我だが、神武天皇と長髄彦(ながすねひこ)が戦ったと言われる生駒山(いこまやま)にいた。理由は言わずもがな、狩りをしに来たのだ。

守屋殿に狩りを教えてもらってからと言うもの、かなりの頻度で狩りに出かけていた。未だ動物の命を奪うことに慣れないし心が痛むが、目一杯矢を放てるのは弓の鍛錬に行き詰っていた我には合っており、動物の素材もそこそこの金額で取引できるので小遣い稼ぎにもなった。これ以上我が家に金が集まっても金の回りが悪くなるだけなので、小遣いはなるべく当日の内に使い込むようにしておる。金の話へと話題が切り替わりそうだが、つまりは自分でも多少は稼げるくらい狩りにハマっていた。生態系を壊す事や猟師の仕事を奪う事などは当然しておらん。

今日もまた狩りに出かけているのだが、いつもと違う点が二つあった。一つはまず狩りをする山なのだが、普段はこの山ではなく家のすぐ近くにある別の山で狩りをしておる。何故普段と違う山に居るのかだが、それが二つ目の理由になる。その二つ目なのだが、いつもは獲物の持ち運びをさせる召使を除けば一人で狩りに来ている我だが、今日は一人ではなかった。あろうことか我の隣には神子様がおり、神子様を挟んだ反対側には屠自古がおった。

 

「装備を整えた布都の姿、凛々しくて素敵ですよ」

 

「こんな奴より神子様の方がずっとずっと素敵だよ!」

 

どうしてこうなったと溜息を吐く我とは裏腹に、能天気な神子様と屠自古の声が静かな山の中に響く。屠自古は神子様の右腕を胸元で抱きしめており、我に仲の良さをアピールしているらしいが、今の我はそこにツッコミを入れる程心中穏やかではない。

 

「おぬしに言われると非常に不愉快じゃがそれには賛同しようではないか。ほれ、我に一言申して満足であろう、さっさと家に帰れ。神子様も一国の大王のご子息がこのような場に来られるというのはやはり…」

 

「大丈夫大丈夫。心強い護衛もいますし」

 

能天気に笑う神子様に応える様に、ヒュ~と強い風が吹き抜ける。それ以外の音は一つも立たない。当然である、ここには我等三人以外に誰もいないのだから。

茂みの陰や木の上で見守っているオチではなく、神子様の言う護衛は他の誰でもない我だ。体は頗る健全だが頭が痛い。普段父上や母上に迷惑ばかりかけている我だが、他人の行動でここまで頭を悩ませたのは初めてだ。宮に帰ったら父上だけではなく馬子殿や大王に殺されてしまいそうだ。

何故、何故もう少し前に神子様と屠自古を止めなかったのかと、数十分前の我を呪った。

 

事の発端はいつも通り神子様に会い来てのこと。神子様の部屋に入ると屠自古(邪魔者)がおったが、いくら我等の仲が悪かろうとも毎回毎回喧嘩している訳ではないし、口は悪いながらも世間話をしたりもする。三人集まると話題も結構増えるので、屠自古を入れた三人の会話も存外悪いものではない。

神子様は政治について話した。我もつい先日物部氏の過激派である麻佐良殿と守屋殿に会ったのを話すと神子様は興味を示され、互いに後々どうなるのかを話し合った。基盤には麻佐良殿と守屋殿の存在があったとは言え、その他のほぼ全ての設定が頭の中で勝手に作り上げた妄想だったのでこれと言った答えが出たわけではないが、もし~だったらと考える事は決して無駄にはならないので、非常に有意義な話ができたと自負しておる。屠自古は大層つまらなさそうにしており、時折神子様に撫でてもらっていた。

 

屠自古は最近料理を始めたことを話した。屠自古が料理の話を始めた時、我も神子様は真っ先に問うた。屠自古がやらずとも、召使か料理人にやらせればよいではないかと。我も昔暇潰しに料理の手伝いをしたことはあったが、神道の力を手に入れてからは料理の手伝いをする暇など無く、暇さえあれば鍛錬をしておる。神子様も時間があれば都の街で新しい物を探したり勉学に励んだりと、内容は違うものの時間の使い方は我に似ている。

こんな我らに対する屠自古の返答はこうだった。

 

「大好きな神子様に、いつか手料理を作ってあげたいから…」

 

恥ずかしそうに頬を染めながら、そうポツリと呟いた。この時代に生まれ、この時ほど圧倒的な敗北を感じた事はない。蹴鞠でも美しい着物を集めるのでもない、豪族でありながら想い人の為に料理を始めるその真っ直ぐな思いに、我は女として敗北したのだ。屠自古の放つ女らしさ、現代の言葉を使うなら女子力に神子様もやられたのか、屠自古を目いっぱい抱きしめて返した。これには流石の我もぐうの根も出らんかった。

 

我は狩りを始めたことを話した。屠自古の女子力を見せつけられた後に狩りの話をするのは非常に恥ずかしかったが、二人とも我の予想とは反対にルンルンと目を輝かせて我の話を聞いてくれた。この時点で二人が狩りに対して普通の女子以上に興味を抱いている事に察せばよかったのに、お調子者の我が二人の反応を見て止まれる訳がない。ここ数週間で新たに見つけた狩りの魅力を伝えていく。例えば自然豊かな森を体全身で感じられたりする事や、山の中に生える綺麗な葉っぱや花が見られるなども自然の中で行う狩りの魅力だと言える。また狩った獲物をその場で剥ぎ取って食べる肉はまさに絶品であった。焼肉のタレ等が無くとも、新鮮な肉の旨みが存分に引き締められ、その美味しさは頬が蕩け落ちる程だ。

まさに肉の美味しさについて話していた時だろう。神子様は勢いよく立ち上がると、我と屠自古を見下ろして言った。

 

「狩りに行きましょう」

 

「いいですね!」

 

「えっ?」

 

神子様に続き屠自古まで立ち上がり、我は茫然と二人を見上げるしかなかった。

そこからはトントン拍子で進んでしまい、気が付けば宮からコッソリと抜け出しており、少し離れた生駒山に来ておった。ここまでの道中は馬を使ったのだが、宮まで馬で来た我とは違い神子様と屠自古は馬を持っていないので、二人が一緒に乗っていた馬は内緒で借りたものだ。

こんな所でさえも頭が回る神子様を呪った。ここに来るまでの間、神子様を売ることはしたくなかったので人を呼ぶような事はしなかったものの、どうせ途中で見つかるだろうと思い傍観していたのだが、どうやら我の考えは甘かったようだ。

 

「ハァ…、一匹ですぞ。一匹仕留めたら大人しく帰る、これでよいですな?」

 

「はーい」

 

腰に付けた矢筒に手を回して矢の数を確認しながら告げると、二人の元気の良い声が重なって返ってきた。やはり婚約者同士と言うべきか、無駄なところでコンビネーションが良い。

二人とも馬に乗ったことはあるが乗った後の事後処理はやった事がないらしく、木に手綱を回すのに苦労していた。またもや溜息を吐くと、悪戦苦闘中の二人から手綱を奪い取り、近くの木に固定する。

 

「ほれ、仲良くしておくのじゃぞ。では行きますか」

 

 

 

まだ狩りを初めて数週間の我が、知らない山で獲物を見つけられるかは五分五分と言ったところか。だがそれはあくまで一人ではの話。屠自古は全く戦力として期待できぬが、神子様の人知を超えた耳力は獲物を探すのに非常に心強い。

歩き始めて数分後、持ち物を確認していると念の為にと持って来ていた数枚の紙の存在を思い出した。ゴソゴソと着物の中に仕舞い込んでいた二枚の紙を取り出すと、人差し指と中指の二本で挟み霊力を籠める。

 

「何やってんだ?」

 

集中している最中に後ろから屠自古が覗き込み、非常に邪魔だったのでシッシッと手を振る。

数秒間その場で立ち止まり霊力を籠めていると、真っ白だった二枚の紙に赤い文様が浮かび上がり、ボワッと薄らな赤い光を放つ。

 

「これを渡しておきまする」

 

「これは?」

 

「霊力を込めた札です。これを投げる、または強く前に突き出したら簡易的ではありますが結界を発動させることができます。二人とも丸腰、これくらいは無いと危険です」

 

この札もまた神道を名乗るにはは欠かせない道具の一つだ。札の基本的な使い方は今我がやったように予め霊力を籠めて、いざという時に発動できる予約カードのようなものだ。だがより上級者になるにつれ、札そのものに籠められた霊力を本来の何倍以上に引き出し、弓以上の速度と威力で飛せるらしい。生憎と我はそこまで行き着いておらず、神道を使った攻撃手段は持ち合わせておらん。

それでも異能の力に接点のない二人には大層興味深い物らしく、特に神子様は札に穴か開きそうなほどにマジマジと札を観察して居った。

 

「お前、ほんとに凄い奴なんだな」

 

探究心旺盛な神子様とまではいかんが、同じく札を眺めている屠自古がポツリと呟いた。

 

「フッ、何を今さら」

 

「…ウザいからやっぱなし」

 

「なっ!?この美少女、物部布都のどこがウザいと言うのだ!」

 

「そういうとこだっての!少しは謙遜しろ」

 

「おぬしのような奴が謙遜するのは分かるが、実際に凄い我が何故謙遜せねばならん!」

 

「サラリと私の悪口言ってんじゃねぇ!」

 

狩りの最中だというのを忘れてギャーギャーと屠自古と言い争っていると、我らの間に神子様が割って入ってきた。喧嘩は程々にしろとの事なので、この際屠自古に申しておきたかったいくつかの言葉を飲み込んだ。それに神子様は唇の前で人差し指を立てており、静かにしろと伝えておられる。

まるで飼育された動物のように神子様の合図と共に我らの喧嘩が収まり、目を瞑って集中する神子様の姿を眺める。

 

「向こうか…。音からするに結構の大物です。どうします?」

 

「とりあえず追跡しましょう。相手を確認できなければ狩りのしようもありません」

 

 

 

パチパチと木の力を窮しながら音を立てて燃え上がる炎。自然の中に燃え上がる炎はまるでキャンプファイヤーを連想させるが、炎の頭上には平らで薄い石の上に乗った肉が置いてあり、サバイバル感を出している。神子様が察知した気配は猪で、既に数回の経験がある我はさほど苦労せずに射止めることができた。守屋殿の足元にも及ばず無駄にしている部位も多いが、一応最低限の剥ぎ取りもできるのでこうして調理していた。ただ猪肉は臭みが強くまた硬めの肉なので、薄く切った肉の上に香りのよい山菜を乗せてできる限り美味しくなるようにと工夫をする。

焼き上がるのを今か今かと心待ちにする我と神子様に対し、屠自古はどうも気乗りしない様子。

 

「どうしたのじゃ屠自古。かなり焼き上がって来たぞ~」

 

「ぶ、仏教は肉を食べたらいけないんだよ!」

 

なんじゃ。肉の話をしている最中に乗って来たのでてっきり肉が食いたいとばかり思っておったが、どうやらただ単に狩りそのものに興味があったのか。それに対し神子様は少年の様に今か今かと肉が焼き上がるのを待っておられる。

 

「って、神子様も仏教徒じゃないですか!?」

 

「そうでしたっけ?ならお肉を食べ終えるまで仏教徒辞めま~す」

 

「神子様もこう仰っておる、おぬしも一緒に食えばよかろうに。まっ、それでも食わんと言うのなら遠慮なくおぬしの分も食ってやるがの」

 

神子様に負けじと宗教に対して雑な我はケラケラと笑うと、屠自古は涙目になって神子様の方を睨む。だが肉にくぎ付けになっている神子様は屠自古の視線に気づいておらん。まったく、仏教の規律とは面倒くさいものじゃのう。生まれて来た家が神道でよかったと常々思うわい。ただでさえ味の薄いこの時代の料理だが、そこから更に肉まで禁止にされてはたまったものではない。

本来なら生臭い猪肉も丁寧に血を濯いだのと山菜の力もあってか、香ばしい匂いへと変わる。炎より少し離れた場所で体育座りをしながらそっぽを向いている屠自古がゴクッと唾を飲み込んだのが聞こえた。

 

「もうよいですぞ神子様」

 

こんがりと焼けた肉の下に剣を忍ばせてから持ち上げると、神子様の手元にある大き目の葉っぱの上に肉を置く。葉っぱが皿で剣は取り箸と、とても大王・物部・蘇我の三大トップの子供達らしからぬ食べ方だが、高級品である剣をケーキサーバーの様に使えるのは金持ちならではだ。

同じ要領でもう一枚の肉を手元にある葉っぱの上に置くと、一瞬神子様と顔を合わせて互いに頷く。

まだ熱々の肉にそのままかぶり付く。噛みきれる柔らかさとしまった身は程よい噛み応えで、噛めば噛むほど肉の旨みが溢れ出てくる。焼肉のタレが無くとも十二分に堪能できる美味しさで、神子様はウットリとした表情になっておる。神道は肉の制限がなかったので今までも肉を食べていたが、仏教徒の元で生まれた神子様はこれが初めての肉か。それはさぞ美味しいであろう。

神子様があっという間に肉を食べ終えたので、肉と石がくっつかないように川の水を手で掬うと、水を熱を帯びた石にかけてもう二枚の肉を乗せる。

しかしそれでは焼けるまで時間がある。我は一口かじった跡のある肉を手で掴むと、神子様の口元へ伸ばした。

 

「はい神子様。あーん」

 

こんな無礼ではしたない真似は宮ではしないが、今は自然の中。神子様も気にしておられんようで、嫌悪感を見せるどころか嬉しそうに目を光らせる。

ああ、こんなに純粋で子供らしい神子様を見るのは生まれて初めてかもしれん。今日の肉は我が食してきた中でも美味だが、神子様の喜ぶ顔に比べれば何てことない。

 

「でもそれは布都のじゃ…いいのですか?」

 

「勿論です。そんなに美味しそうにお食べになる神子様を見ていたら、それだけでお腹一杯になりもうした。あーん」

 

「あーん」

 

神子様は我の手ごとパクリと口に入れる。いつも品格のある神子様に無作法な行為をさせる背徳感からか、ゾクゾクと背筋が震えてしまい慌てて神子様の口に入った指を引っ込める。ハムスターが種を食べる様に肉を頬張っておる神子様に対し、危うい世界に入り込みそうになった我は心を落ち着かせる。

い、いかんいかん、何を思っとるのだ我は。よりによって神子様に対しこのような無礼で変態的な感情を抱くとは…。う~む、しかしあの時の神子様の破壊力は中々なものであった。カメラがあれば間違いなく撮っていたであろう。

肉を焼いている石に視線を戻すと、そろそろの頃合いだ。また剣を使って神子様と我、互いに一枚ずつ運ぶ。葉っぱ(取り皿)に肉が置かれると神子様はすぐに手を付けるのに対し、我は皿を屠自古の元まで運んだ。

 

「ほれ、おぬしも食わんか」

 

屠自古の前に肉を置くと、まるで肉を見たら死んでしまう体質と疑う速さで明後日の方向を向く。

 

「だ、だから食べたら駄目なんだよ!無益な殺生は仏が許してくれない」

 

「肉が駄目な理由は理解できぬが、おぬしが食べなかったところで猪が蘇る訳ではあるまい。ならせめて猪への感謝を胸に美味しく頂くのが礼儀であろう。それでも自らの維持を貫くなら構わんが、おぬしの称える仏様とやらは心の狭い輩じゃのう」

 

すると屠自古は肉を持つ我の方に体を向けて、不安げな表情で我を見上げる。

 

「大丈夫か?食べても仏様は怒らないよね?」

 

「肉一枚で怒るのなら神子様は今頃雷に打たれているであろう。なに、仏様もそこまで規律に厳しくない方なのであろう。この機を逃すと一生食えんかもしれんぞ。まあそうなれば食わん方がいいかもしれんが」

 

「うぅ…」

 

恐る恐る、だが嬉々とした目で屠自古は肉を掴んで口まで運んだ。すると今までの悩みは吹き飛んだのか、ひまわりが咲き誇る様にパァッと明るくなる。何度も何度も初めて口に入れた肉を噛み、神子様と同じように恍惚としている。

その後結局屠自古も加わり、我が食べられた肉は決して多くなかった。もっと上手く剥ぎ取ることができたら三人でも食べきれぬ量の肉が手に入っただろうが、まだまだ剥ぎ取りに抵抗があるのもあり無駄にしてしまった部位が多い。だが二人を満足させることはできたのじゃから今はよいとしよう。

 

「はぁ~、美味しかったです布都。今日はありがとうございました。またいつか御馳走になりたいですね」

 

感動の溜息と言う奴か、ほっこりとした息を吐いた神子様は我の手を握ってブンブンと振った。この細い体のどこに入ったのかと疑うほど、神子様はかなりの量の肉を食べていた。現代の女子ならカロリーやら脂身やらを気にする者が多かろうが、神子様は体重を気にする体型でもないし、むしろもっと食べた方がよい。神子様より頭一つ分低い我よりも軽いのではと疑ってしまうほどに神子様の体は繊細なものなのだ。

 

「うぅ…父上と母上に殺される…」

 

「やれやれ、言わなければバレなかろうに。それに馬子殿はともかく、おぬしの母の鎌足姫は物部の者だろう?」

 

「母上も仏教寄りなんだよ!あ~も~父上に殺されたら神子様も道連れですからね!ご両親に言いつけますから!」

 

あたかも他人事のように悩む屠自古の姿を眺めていた神子様だが、唐突に矛先が向けられすぐさま反応できなかったのか、珍しく間の抜けた声が出た。

 

「えっ?い、いや~、それは勘弁して欲しいなぁ。父はまだしも母は怖いので」

 

神子様の母上は穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)様。我は一度もお会いしたことが無いが、神子様と屠自古曰くかなり厳しくて怖い女性のようで、神子様の動揺っぷりからもその恐ろしさは伝わる。さながら現代で言う教育ママと呼ばれるものだろうか?

 

「死ぬときは一緒だよ神子様!」

 

「いくら叔父上でもそこまではしないと思いますが。私の母じゃあるまいし……ッ!」

 

父の説教に脅える年頃の少女らしい屠自古と、命の危機を感じているのか冷や汗を流しながら苦笑する神子様。その姿を見ていたら、この二人が普段いかに仏教について教え込まれているのかがよく分かる。

仲良く話す二人が微笑ましくもどこか妬ましく、モヤモヤとした感情で二人を眺めながら散かっている回りを片付けていると、神子様が唐突に屠自古を抱き寄せて左手で手を抑える。我も屠自古も一瞬顔が赤くなったものの、すぐに真剣な神子様の表情に気づいて黙り込む。

ゆっくりと目を閉じて集中する神子様。その邪魔にならぬように手に持った石を静かに地へ置くと、剣を引き抜く。

 

「賊…ですか?」

 

「いや、もっと性質の悪い奴だ」

 

神子様の口調が変わる。頬が緩んでいるがそれは決して喜びからではなく、困惑からのものだろう。我も似たような顔をしているはずだ。つい先程まで何も感じなかったのに、何故か突然四方八方から妖気を感じるのだ。どれも決して強いものではないが数が多い。

肩を震わせる屠自古を抱きしめ、ゆっくりと立ち上がる神子様。それに連動して我は剣を逆手に持ち、空いた親指と人差し指で矢を取り出し、ゴクッと唾を飲み込みながら弓を構える。

 

「妖怪だ」

 

刹那、辺りの茂みから妖気の原因が飛び出してきた。

 

 




相変わらず仏教するつもりのない神子様。
普段気品あるお嬢様(姫)が野性的になるのってそそりますよね。神子様にあーんしたい。
スレまとめを見ていますが、としあきの想像する神子様と布都ちゃんが私のイメージと似ていて嬉しいです。やはり俺=としあきなのか。



布都は神道の為描写しませんでしたが仏教の思想に三種の浄肉と呼ばれるものがあるみたいです。
なんでも初期仏教は肉を食べていいらしく、食べていい肉は

○殺されるところを見ていない
○自分に供するために殺したと聞いていない
○自分に供するために殺したと知らない 

このルールに反していない肉の様です。見事神子様も屠自古も全部当てはまっています。初期仏教の視点からすると三人が食べた猪肉は不浄肉という訳…でよいと思います。

蛇足ですが日本人が明治まで肉を食べる習慣が根付いていなかったのは、農耕で働いてくれる牛馬を食べる嫌悪感があったことや、珍味として見られていたりするとか。
(どれも作者がとある質問サイトで見ただけです。情報の保証はしません)



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