ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか   作:BBBs

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求めちゃうあの子

(変化は微小、誤差って言っていい感じ)

 

 100回、1000回、10000回、何度やっても結果は変わらない。

 俺が勝って、二人が負ける。

 それが俺と二人の実力差、あの時少女の方は全力を出して居なかっただろう。

 まあ全力出して切り札使っても結果は変わらない、そもそも切り札出す前に潰せるがそれは無粋だ。

 なにせ闘志がありありと見える、それこそ体中から立ち上っているように見えるほど。

 それを前にして瞬時に叩き潰すのは有りだろうか? いや、無しだ。

 

 己の全てを出し切るというなら受けてやらねばならない、礼儀だなんだと言うより『ただ見てみたい』。

 届かぬ手をどうやって届かせるか、それを見届けるのが楽しみで仕方ない。

 下の奴らでは到底味わえない感覚、上がってきてよかったと思える感情。

 あいつらからしたら迷惑なんだろうがそんなの関係ねぇ、お前たちが楽しいから悪いのさ。

 

(バッチコイヤァァァァァッ!!)

 

 足を踏み鳴らす、かかってこいと全身で表す。

 それに呼応して弾けるように向かってくる、そこには一切の恐れはない。

 だから先手は譲るが、勿論反撃はする。

 それなりの速度で駆ける少女と獣耳男、少女が呟いた時には風が渦巻いて更に加速する。

 獣耳男と交差して位置を入れ替えた時には、獣耳男も足だけではあるが風を纏って加速する。

 

 あれか、魔法ってやつか。

 便利だなぁーと見るだけ、仁王立ちのまま迎え撃つ。

 二人は左右の斜めから十字に攻撃が通る配置、さあどっちから来る?

 少女か? 獣耳男か? 剣か? 蹴りか?

 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 意外! それは目潰しッ!

 

 少女が剣を下から上に振り抜き、刀身に渦巻く風が地面を抉り飛ばす。

 砕かれながらも弾けて、細かい粒となったそれが視界に広がる。

 一瞬姿が見えなくなるほどの厚い砂埃、この程度で失明する訳でもないが素直に食らってやるのも違うだろう。

 左腕で薙ぐ、顔に当たる部分の砂埃を削り取り、後追いの風が砂埃を散らすも現れたのは白い玉。

 顔と同じ高さ、少女か獣耳男か、どちらかが放ったんだろう白い玉が回転しながら迫り。

 

(よくわからんが、当たるわきゃねぇだろぉぉ!!)

 

 遅いから避けようとしたら、炸裂した。

 

(うおっ、まぶしっ)

 

 眩い閃光、文字通り視界を焼くほどの白い光量が視界を埋める。

 あまりに強い光に反射的に右手で顔を覆う、同時にバチバチと弾けるような音。

 視界を潰して仕掛けてくるとか……、素敵やん!

 耳を澄ませて音を聞き分ける、渦巻く風とそれが奔る音、それにより削れる地面の音。

 

 これは来てますねぇ。

 

 耳に入ってくるのは幾つもの音が混ざり合った騒音。

 目を潰して耳も塞ぐ、パラパラと降り注いで体に当たる細かな土も合わせて、五感を削ぎ落としに来ていた。

 それは確実に当てるため、それを理解して迎撃するアステリオス。

 多くのモノに紛れて飛来する物を左手で払い落として。

 

(アヒィ!?)

 

 全身に衝撃が走った。

 それはベートが投げつけた魔剣、天に奔る雷をそのまま封じ込めたような電撃。

 この8階層に出てくるモンスターを一〇〇匹同時に炭にしても、衰えることはない轟雷がアステリオスを打った。

 それほどまでの電撃を受け、左膝を着く。

 そうしてアステリオス対アイズとベートの決着が付いた。

 

 

 

 

 

 着いていた膝を地面から離して立ち上がる、顔を覆っていた右手も下げる。

 そして左手、少女が振るっていた剣を見る。

 刀身を握り、細く尖った切っ先が顔の手前でギラついていた。

 剣から視線を外し、地面を見れば左膝と右足を長く擦ったあとが見えた。

 更にその先を見て。

 

(やるじゃん!)

 

 あげたのは惜しみない賛辞だった、跳ね上がってブラボー! おお、ブラボー!! と拍手したいほどに喜ばしいことだった。

 その理由はこの戦いにおいて、少女と獣耳男が出さねばならない最適解を見事持ってきたからだ。

 もしこの最適解を持ちださなければ、ここで潰すつもりだった。

 それこそ何度やっても変わらない、二人が寿命を迎えるまで続けても変わらないはずの結果を変えうる過程を引き出したのだ。

 やっぱり生かしておいてよかった、そう思うほどに喜んだ。

 

 攻撃に失敗して俺の後ろにぶっ飛んだ少女と、四つん這いで唸りながら睨んでくる獣耳男がまた一つ強くなったからだ。

 現状、と言うか二人が万全の状態でも俺に勝つには万に一つどころか億に一つすら無い。

 全力を出しても結果は変わらないということだ、なら結果を変えるにはどうすればいいか?

 実際は難しくもない簡単な話だ、全力を『超えればいい』。

 そもそも『全力』ってなぁに? って話でもあるが、要は『安全』を超えられるかどうかと個人的には考えている。

 

 あ、個牛的か……。

 まあそれはどうでもいいか、とりあえず全力ってのは体が傷つかない動きが出来る限界値が全力と思っている。

 例えば限界値が100として「敵を殴りました、100のダメージを与え、自分に反動はありませんでした」、これが全力。

 もう一つが「敵を殴りました、120のダメージを与え、自分に反動で20のダメージを受けました」で限界超え。

 今回のあの少女の場合だと「敵を殴ろうとしましたが受け止められてダメージを与えられず、自分に反動で95のダメージを受けました」。

 

 そんな感じでなんか凄い無駄な感じがするが、実際無駄ではない。

 限界を超えた先にこそ成長があると信じている、つまりこの二人は今後もっと強くなる。

 俺が保証しよう、信じられないっていうやつは出てこいよ! 俺がぶっ殺してやんよ!

 それくらいには確信している、まあ今あの少女放って置いたら間違いなく死ぬけどどうすんだろう。

 戦いの余波で死なれても困るし、少し待ってみるか。

 

 そうして俺が動かないと見るや、獣耳男や遠回りに俺を迂回して後ろの少女を助けに行く一団。

 せっせと運ばれ……ることなく見ていた獣耳男は、後ろのほうから運ばれてきた何かを飲んだり足にぶっ掛けたりして普通に立ち上がっていた。

 

(えー、なにあれ。 ちょっとすごくない?)

 

 獣耳男は少なくとも立ち上がれるような足ではなかった、文字通り関節が十個ぐらい増えたような足の骨折だった。

 中には骨が飛び出したりして、綺麗に治らなかったら苦労するだろうなぁって感じの傷だったはずだが治っていた。

 摩訶不思議だ、さすがの俺もボッキボキに折れまくった足があんなに早くは治らない。

 俺だと多分十分ぐらい掛かるかな? そもそもあんなに折れまくることはないけど。

 とりあえずめっちゃくちゃ早く治った理由はやっぱりあの飲んだりぶっ掛けたりした液体だろう。

 

 あの液体があればちょっとやそっとの怪我じゃ問題ない、即効復帰して戦えるわけか。

 正直戦闘中に飲めるようなもんじゃねーけど、飲んで治るなら頭を砕いて飲めないようにすりゃいいし、掛けて治るなら掛ける部分を弾いて掛けれなくすりゃいいし。

 今みたいに待ってやってる状況で、あの液体に頼りっぱなしで戦ろうなんてそんなんじゃ甘いよ。

 ……どうすっかなぁ、待っててもいいけど殺さないで延々戦うのは飽きるしなぁ。

 あとちょっと欲しい、どんな味か飲んでみたくはある。

 

(……ひらめいた!)

 

 やっぱり限界ギリギリバトルじゃないとつまらないよね!

 さあ、邪魔なあの液体は、しまっちゃおうねー。

 

 

 

 

 

 左手に持っていたデスペレートを放り捨て、右腕と左腕を交互にぐるぐると回し、屈伸を何度か行う。

 大きく息を吸って吐く、アステリオスの準備運動のような動きに戦闘再開の予兆をロキ・ファミリアの面々は感じ取る。

 それぞれが武器を構え、フィンの指示の元で最適と思われる隊形を取る。

 右膝と右手を地面に着けてアステリオスは屈む、前傾姿勢のそれは今にも突っ込んできそうな迫力。

 左手は左膝に乗せられ、徐々に前傾姿勢の傾きが前へと強くなっているのがわかる。

 

 下を向いていたアステリオスの顔が上がると同時にフィンが叫ぶ。

 

「来るぞォ!!」

 

 瞬間、アステリオスの姿が掻き消える。

 都合四度、何かが爆発したような音が響いた。

 ロキ・ファミリアの面々はすぐに姿を追う、全員が上を見上げてあったのは頭上の天井の巨大なヒビ割れた跡。

 フィンは僕たちは相手をするまでもないのか、そんな思いが生まれかけた瞬間、更に強い確信が疑惑を押しつぶす。

 そのまま更に振り返って、ロキ・ファミリアより更に後方に居る別のファミリアとの中間地点の地面には天井と同じようなヒビ割れ陥没した地面。

 他のファミリアも振り返っていた姿、誰も彼も動きを捉えることは出来たが反応出来ず見送るだけ。

 

「──ッ、狙いはアイテムか!!」

 

 それを見たフィンが走りだして、その意味を理解した面々が後に続く。

 そうしてロキ・ファミリアが走りだした頃には、アステリオスは後方の支援部隊の中に地面を砕きながら着地していた。

 

「………」

 

 衝撃で何人かが吹き飛んで転倒、何が起こったと音の発生源を見て絶句した。

 着地で屈んでいた巨体が起き上がる、それを見ていた者達はまるで火のない所にいきなり炎が吹き上がったような感覚すら覚えた。

 アステリオスは周囲を見渡すように頭を動かし、視線が一箇所に留まる。

 視線の先に居たのは両手でケースを持って運んでいた冒険者。

 その方向へと体を向けてドスドスと歩み、目的の物を目の前にして無造作に腕を伸ばす。

 

「──オォッ!!」

 

 それを制さんとしたのはやはり冒険者。

 グレートソードと呼ばれる長剣を持って全身全霊で踏み込み、伸ばしていたアステリオスの腕に振り下ろした。

 Lvにして4、アステリオスと直接対面を禁じられた冒険者の一人。

 油断も過信も抱かない実直な性格の、いずれはLv.5にも上がれるだろうと思われている有望な人材。

 だがその冒険者の一撃は余りにも無常だった、完全にグレートソードは静止し、決死とも言えた冒険者の一撃は腕を斬り落とす所か傷を付けることすら叶わなかった。

 

 悲しいことにモンスターに襲われている仲間を助けようとした行為は、ガントレットごと腕が大きく圧し折れる結果だけを残した。

 アステリオスが何をしたかといえば、目の前を飛び回る羽虫を追い払う程度で僅かに腕を動かしただけ。

 それだけでグレートソードは弾かれ天井に突き刺さり、手放し損ねて反動で腕がへし折れた。

 

「おっ、ご、おぅ……」

 

 この冒険者に出来たのは自分の状況が理解できず、二の腕から大きく曲がった腕と皮膚を突き破った骨と共に吹き出た血を見ながら奔る痛みに苦鳴を上げて後ずさるだけ。

 勇気ある冒険者の惨状に、後に続く者は居なかった。

 千切れかけた腕が跳ね上がった反動でピチャリと飛んだ血を顔に付けながら、それを間近で見たケースを持った冒険者は顔を引き攣らせるだけで動けなかった。

 アステリオスの太い手がケースを砕きながら掴む、反射的にケースを手放して渡す形になったが誰も咎める事はできないだろう。

 運良く割れなかった瓶の一つを引き抜き、親指だけで瓶上部を跳ね飛ばして口に呷る。

 

「……ヴォォォォ!! ヴオオオォォォォォォォ!!」

 

 叫んだ後にケースを地面に叩きつける、更に踏みつけて完全に使えなくして次を探す。

 そこからは阿鼻叫喚だった、立ち向かう者と逃げ惑う者、リヴィラの街と似た状況が出来上がった。

 違う点と言えば、アステリオスは攻撃されても反撃しなかったこと、優先度の違いで万能薬(エリクサー)の破壊を優先した。

 周囲に居る者達は文字通り有象無象にしか過ぎないのだ、潰すにしてもあとで幾らでも出来る。

 だからこそ今優先するのは限界に近づき、限界を超えるための戦い。

 

「手癖の悪い、獣よなっ!!」

 

 万能薬を漁る横から飛び出る言葉、断裂を齎す斬撃。

 高速で踏み込み、アステリオスに襲いかかるのは黒髪赤眼の女。

 鞘に収まる太刀を高速で抜き放って敵を切る極東の技術の『居合い』。

 それを持って音の速度に届く超高速の一撃の狙いは、万能薬を掴もうと伸ばしたアステリオスの左腕。

 いつ引き抜き、いつ鞘に収めたかわからない一撃は、虚しくも空を切った。

 

 モノを斬る手応えではなく、空を切った軽い感覚に褐色の女、鍛冶屋でありLv.5の冒険者でもある『椿・コルブラント』は驚きに右目を見開く。

 カチンと太刀を鞘に収めた音を耳にした時には、手前にアステリオスの右拳。

 いつ体勢を整えたのか、左腕は引かれて上半身は左へと捻られて右腕が椿へと邁進していた。

 

(速い!? 避けれん!)

 

 瞬間的に自身に起こりうる結果を想定しながら、その瞬間まで回避を試みる椿。

 拳の機動、間違いなく顔に当たる。

 代わりの肩での防御は間に合わない、出来るのは少しでも顔をそらして衝撃を減らし、即死しないように努めること。

 

 時間が引き伸ばされ、全てが鈍く感じる世界の中で避けれぬほど速い攻撃。

 攻撃が当たると瞼を閉じようとして、声を聞いた。

 瞼を閉じるのを止め、全力で体を引く。

 5セルチ未満まで迫っていた拳も高速で引き戻され、アステリオスの腕が有った場所に槍が通り抜けた。

 それは勇者の投擲、何であろうと撃ち抜くと言う比類なき意思を込められていた槍投げ。

 

「フィンっ! 避けろ!!」

 

 それに救われた椿は飛び退きながら叫ぶ。

 腕が有った場所を通り抜けて地面に突き刺さるだろうと思われた槍を、アステリオスは右手で掴み取って手首から腕を180度回転させる。

 穂先がそのまま飛び上がって空中で投擲したフィンへと向く、そして脇の下を通して腕の力だけで槍を飛ばした。

 それこそフィンの全力の一投を超えた速度、アステリオスが投げる前に届いた椿の声でフィンは上半身を捻る。

 その一撃は辛うじてだった、九死に一生と言うレベルで即死を回避したフィン。

 

 超高速で戻ってきた槍によって右胸が弾けるように大きく抉れ、内側が大きく露出した状態。

 反動で回転して、多量の血と僅かな肉を撒き散らしながら落ちていく。

 その落ちていくフィンの後方で悲鳴が上がる、フィン・ディムナを慕うティオネ・ヒリュテの声だった。

 受け身も取れずボトリと落ちたフィン、その光景に周囲に居る支援部隊の冒険者は誰もが動けなかった。

 

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、オラリオトップクラスのファミリアの団長を務める小人族(パルゥム)

 Lv.6と言う数えられるほどしか居ない高レベルの冒険者で、その可愛らしい容貌もあって女性に極めて高い人気を持つ存在。

 酒場で耳を傾ければ簡単に聞こえてくるだろう著名な冒険者が、凄まじい能力を持つはずの存在が大量の吐血と右胸を大きく欠損して僅かにも動かず横たわっている姿に言葉を失って動けない。

 その死に体のフィンに駆け寄るのはティオネとリヴェリア、他のメンバーは足を止めず視線だけを向けてアステリオスが居る方向へと駆けて行く。

 無残とも言える姿にティオネは懸命に言葉を投げかけるも反応はなく、リヴェリアはすぐさま回復魔法をフィンへと掛ける。

 

「何してやがる! さっさとエリクサーを持ってきやがれッ!!」

 

 動かない周りに業を煮やしてティオネが頭を叩くような激しい怒声を上げる、はっとして動き出した冒険者たちは誰か万能薬を持っていないか探し始めた。

 その中で回復魔法を掛け続けるリヴェリアは、それが延命にしかなっていないことに気付いてしまった。

 余りにも大きい損傷、肉と骨の内側にある右の肺が殆ど消し飛び、右腕も少ない肉と皮で繋がっているに過ぎない。

 そう、フィンはまだ生きている、だがまだ死んでいないだけ。

 数分も持たない状態に早く万能薬を、二人ともそう願い、万能薬を到着を待つ。

 

「ティオネさん!」

 

 呼びかけられる聞いたことのある声に、ティオネがはっとして顔を向ければ飛んで来る瓶。

 受け取ったそれは万能薬、急いで瓶の蓋を開けてフィンの右胸に掛けるティオネ。

 駆け寄ってから渡すのは遅すぎる、そう判断して万能薬をティオネに投げつけたのはロキ・ファミリアの『ラウル・ノールド』だった。

 無くなりそうになったらまた万能薬を投げ、自身もフィンの元に着いて万能薬を遠慮無く掛けるラウル。

 

「団長……!」

 

 死なないで、その思いだけを胸に万能薬を掛け続ける。

 

 

 

 

 

 それと同時刻、アステリオスの周囲には第一級冒険者が殺到していた。

 支援部隊の人垣を割り、あるいは飛び越えて怪物に迫る。

 もうこの時点でファミリアが順番で、と言う話ではなくなった。

 あるいはそれに応じる出来事があったかもしれないが、既に『有ったかもしれないこと』である。

 

 それにアステリオスが突っ込んだのは支援部隊の中、第一級冒険者があしらわれたのにステイタスの劣る第二級冒険者がどうにか出来るはずもなく。

 何より同じファミリアの仲間を死なせないためにも、アステリオスの注意を引かなければならないと。

 中にはそんなこと関係なく、主神の命令で討伐だけを狙い攻撃を仕掛ける者も居た。

 その筆頭がフレイヤ・ファミリアである。

 隙あらば攻撃する、敬愛する主神以外ならば関係ないと。

 

 踏み込むのはアステリオスの正面、猛者足るに相応しいオッタルの振り下ろし。

 生半可な迎撃では攻撃ごと押し潰されるだろう剛撃、当たれば縦に両断と言う攻撃をアステリオスはするりと避けた。

 上半身だけではない軽やかな足取りで半身で避ける、その時には右の拳が左の肩口で構えられて裏拳の様相。

 0から100へ、瞬時に加速して打ち出される拳が当たればオッタルと言えど頭が砕け散る一撃。

 それをさせまいと既に周囲に陣取っていたのは【炎金の四戦士(ブリンガル)】、パルゥムのガリバー四兄弟がそれぞれの武器を構え、四方から絶妙な時間差攻撃を仕掛けた。

 

 それを確認して拳と言う砲弾の発射を取りやめ、迫る剣、槌、槍、斧の四つを両手で押して逸らす。

 軌道を逸らされた武器と武器がぶつかって擦れあい、ギギギと金切音を立てた。

 小さな挙動で五つの攻撃が空振った、探せば幾らでもいる第三級冒険者などの弱い者ではなく、上澄の第一級冒険者の攻撃がだ。

 驚嘆すべき事だろうが、彼らにとってはそれすらも布石。

 アステリオスを取り巻く構図は周囲を武器に囲まれたもの、前後左右に動けない状況に上空から影。

 

 それは猫人(キャットピープル)、フレイヤ・ファミリアのアレン・フローメル。

 両手で握る銀色の長槍の穂先を真下に向け、声を殺し音を殺し、影も掛からないアステリオスを刺し殺す自由落下。

 完全なる暗殺だ、察知できるものを全て廃しての奇襲。

 だがそれすらもアステリオスには届かなかった。

 見るも聞くも出来ない攻撃に、アステリオスは頭を横に傾けるだけで穂先を捌いた。

 

 光という光を全て吸い込むかのような、真っ黒な雄々しい太角が槍の穂先を横から打ち、余りにもあっさりと軌道を変えて空振る。

 

「むんっ!!」

 

 攻撃が失敗すると見るや、オッタルはもう一本の大刀を左手で引き抜いて薙ぐ。 

 ガリバー兄弟の頭上で走るその一撃は、ドアを軽くノックするかのように砕かれた。

 砕けた破片を避けるため、周囲を囲っていたフレイヤ・ファミリアの面々は飛びのく。

 その姿に追撃は掛けない、堂々と仁王立ちのままその場に留まる。

 警戒して動かないのを見るや、ゆっくりと右足を上げて踏み下ろす。

 

 轟音とともに地面がヒビ割れ、跳ね上がるのは砕けた地面の欠片。

 アステリオスの両手がそれらを掴み、軽く握る。

 ゴリゴリと音を鳴らして砕いている、そうして腕を下ろして、砕けて小さくなった石を指で弾いた。

 それは瞬時に、遠巻きにその光景を見ていた一人の冒険者に届いた。

 体を守る防具がへしゃげる音と共に、その冒険者の足が変形していた。

 

「えっ」

 

 冒険者は何が起きたか理解できない、肉が弾け骨が砕けて無残に変形した足を見た後座り込むように倒れた。

 そのおかしな様子に周囲の冒険者は気づいていなかった、遥か頂きの戦いに注意を奪われていたから。

 

「うっ、ぐう……」

 

 ようやく認識したのは激痛、痛みに表情を歪めて口が開く。

 

「だ、誰かぁ! 回復薬をぉ……!!」

 

 自分でも情けない声だと認識していたが、苛む激痛と太ももから半分以上無くなって本来向かない方向を向いている足を見たら出てしまう。

 その声に反応して視線を向けてくる者達、怪我の酷さを見て慌てて薬を持って近づく。

 

「どうしたんだよ、一体!?」

「わ、わからねぇ……」

 

 冷や汗をだらだらと流し、突然弾けた自分の足が治る様子を見ながら呟く。

 本当に突然だった、周囲にモンスターが居るわけでも無いのに突然だ。

 そう、少し離れた場所で同じように突然座り込んだ冒険者のように。

 

「い、痛てぇ……。 回復薬、誰かぁ!」

 

 同じような光景だった、突然怪我をして助けを求める。

 慌てて回復薬を持って怪我の治療に当たり、怪我人の怪我が治り始めたらまた別の場所で突然誰かが負傷して倒れこむ。

 

「………」

 

 顔を見合わせる、自分たちと同じ光景がどんどん増えているのだ。

 

「な、何が……」

 

 怪我人が増えるペースは変わらない、だが確実に増えていく怪我人と消費される回復薬。

 本当に何が起こっているのかわからない、よくわからぬまま被害が増え続け。

 

「周囲の奴らはさっさと離れろ! お前たちは狙われているぞ!」

 

 叫んだのはオッタル、一足に踏み込んでアステリオスに斬りかかるも、爆発的な加速で避けてフレイヤ・ファミリアの包囲網を抜ける。

 その間にも次々と支援部隊の冒険者達が腹や足を負傷してバタバタと倒れていく。

 堰を切ったように支援部隊が動く、逃げる者に治療に駆けつける者。

 阿鼻叫喚が更なる混沌を呼びこむ。

 

「ヴォッヴォッヴォッ」

 

 悍ましき怪物の笑い声とともに。

 




エリクサーを飲んだ主人公の一言
主人公「不味い! もう一杯!」



戦いはまだ続く

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