ダンジョンでモンスターをやるのは間違っているだろうか   作:BBBs

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浮かれたあの子

「うわあぁぁぁぁぁ!?」

(げへへー、逃げろ逃げろー)

 

拝啓、お父さんお母さん、罹患なくお過ごしでしょうか?

僕はこうして薄暗い地下でお化け屋敷のお化け役のようにドスドスと元気に走ってます。

 

「う、ぁ……」

(おやおやぁ? もう逃げないのかなぁ?)

 

行き止まりでへたり込み絶望する人間と、その人間にゆっくり迫る俺。

どう見ても犯罪です、本当にありがとうございました。

 

(……ん? なんかこの子……)

 

怯える人間を見て違和感を覚える、ドスンドスンと重さゆえに大きな足音を鳴らして近寄る。

フンフンと鼻息も鳴らし、顔も近づけてよく見てみる。

 

「ひぃっ!?」

(……こいつ男かよぉ!)

 

顔つきや体つきから、未発達ではあるがおそらく男と判断した。

この俺の目は腐っちまったようだ(腐海感)

 

(久々に人間に出会って最高にハイ!って奴になってたぜ……)

 

ちょっと遊びすぎたと思っている、反省はしているが後悔はしていない。

そんな誠意も何もなさそうな感想を吐いていたところに剣閃、背後から太ももを狙った切り払い。

機動力を奪う為に迫る剣よりもなお速く、攻撃を放った存在の背後に回り込む。

視界にあるのはお尻、バトルドレスとも呼べそうな一体型のショートなスカート。

 

(もう反応を始めてる、下の方でもやって行けそうだ)

 

パァンと音が響く、攻撃してきた存在の尻を軽く叩いてやった。

反動か、へたり込む少年の方に飛んで着地、素早く振り返ったのは人間の少女だった。

細身ではあるが斬るも突くも出来る細剣を構えた、長い金髪少女。

 

(……うーん、ちょっと細いかな。 安産型とは言えないし、もうちょっとお肉つけてもいいんじゃなかろうか)

 

そんな考えをよそに、尻を叩かれた金髪の女少女は一度スカートの上から尻を左手で払って、武器を構え直す。

真剣な表情をした少女は下手を打った、体に触れられたという事は攻撃を食らわされたという事だ。

その事実に今更本気を出しても意味はない、この女がどんな攻撃パターンで斬り込んでも無傷で首をへし折る事ができる。

それは過信でも何でもない、この女では到底生き残れない苛烈な環境を制してきた。

そこで培われたあらゆる感覚が、「この女と戦って負ける事はあり得ない」と告げている。

 

一度の失敗の結果が『死』である以上、この女は今後どう足掻こうと俺には勝てないだろう。

まあ俺が瀕死だったり、たくさん仲間を引き連れてきたとかなら話は別だけど。

……ただ一人二人では結果は変わらないのは確かだ、音を殺して女との挟撃を試みても察知されてちゃ効果はがっつり減るし!

 

「フッ!」

 

少女が動く、先んじて動きを見せることで注意を引く意味もあったが、俺にはまるで意味がないこと。

 

「何っ!?」

 

少女の鋭い突きと背後の存在の抉るようなローキック。

それを俺はジャンプして避けて、そこまで高くない天井に両手を付いて、重力に引かれて落ちるしかなかった体を地面へと無理やり押し返す。

落ちる位置を調節して、攻撃の交差地点の隣に落ちて腕を広げて、対応しようと動き出す二人を素早くつかんで胸に抱き寄せた。

右胸には少女、左胸のは男、獣耳の男を抱き締めるとか誰得だよぉぉぉ!?

 

「こいつっ!?」

 

勿論逃れようと二人は暴れるが、その程度で振り解かれるほど軟弱ではないのだ!

 

(お待たせしました! 地獄のティーカップの開設ですッッッ!!!)

 

そうして俺は回り始めた、お客を二人乗せたまま。

 

「う、ぐっ」

 

あっという間に高速で回転して風切り音が聞こえだす、それに紛れて呻き声も聞こえる。

もうね、ビュンビュン回転、ところどころジャンプも交えてスリーディメンション!

哀れお客は四散爆散! もう立ち上がることはできないだろう……、生み出してはいけない悲しい犠牲だった。

俺の熱い抱擁から解放してやれば、少女は三半規管がダメになったのかお尻から座り込んで横倒れ。

獣耳男はふらつきながら女を庇うように抱き着き、ゴロゴロと転がって距離をとった。

 

無論追撃、と言うか楽に踏み潰せるくらいの速度だけどそこまでしない。

もう勝負ついてるから。

転がった先には最初に追いかけていた少年、なんか呂律が回らない口で「俺が隙を作る、その間にこいつを抱えて逃げろ」とか話してる。

 

(そんな事させるかぁぁぁぁぁ!!!!)

 

とか適当に叫んでおく、そうしたら少年が意を決したように女を抱えだす。

いい展開だ、感動的だな、だが無意味だ。

のしのしと歩いて迫る、獣耳男がフラフラと立ち上がり、少女を抱える少年も立ち上がる。

 

「ガアァァァァァ!!!」

 

獣耳男が咆哮をあげる、決死の表れかビリビリと空気を叩く。

 

(おっ、切り札か)

 

そんな獣耳男の変わりようも気にするものじゃあない、この程度片手間でいくらでも葬ってきた。

ほんの少し先ほどよりも速く、力強くなっているだけ。

不調な三半規管もなんのその、高速で獣耳男が踏み込んでくる。

まさに全力全開といった様子、当たれば頭が弾けるハイキック、膝を砕く関節蹴り。

金的蹴りやら飛び蹴りやら、中々多彩な蹴り技を繰り出してくる。

 

しかも一撃一撃がそれなりの威力、この獣耳男は結構な深さまで潜れる実力者なんだろう。

あの少女と同じでここら辺じゃ油断してても遅れをとらないレベル。

……まあ弱いのしか出てこないところで、俺みたいな超格上が出てくるなんて夢にも思わなかっただろうな。

そんなことを思いながらも攻撃を捌きながら、壁に押し込まれたように後退。

俺が防戦一方っぽい構図をチャンスと見た少年は全力で駆け出し、俺はそれを止めることなく行かせる。

 

(頑張れよー)

 

獣耳男が聞けば激怒するしかない言葉を吐きながら、少年が角に消えるまで攻防を続ける。

そして見えなくなり、演じるのを止める。

人間が瞬時にひき肉になるだろう蹴撃の嵐を捌いて右腕、速度の乗った蹴りよりもなお速く、獣耳男の顔前に右手が届く。

そうして親指で留めていた中指を弾いた、いわゆるデコピンである。

パンっと音が響いて獣耳男が空中で三回転して、派手に地面へと落ちた。

 

(よく頑張った! 感動した!)

 

この獣耳男は目付きとか悪いが悪人ではないのだろう、正直少女と少年を囮にして逃げ出すこともできた。

まあ実際やったら逃がさないけど、とにかく自己犠牲となっても他人を逃すことを決断して実行したことは手放しで称賛できる。

 

(まあ見逃してやってもいい、まだ強くなるならそれもありだ)

 

倒れてピクリともしなくなった獣耳男を肩に担ぎ、少女を背負って走り出した少年を追いかけた。

あんなシチュエーションになったのに他の奴らに襲われるとか悲しいじゃないか。

そんなことを考えつつ、あっという間に追いついてコソコソと少年と少女を見守る。

しかし予想してたことは起きず、少年はなんとか出口へとたどり着いて外に出て行った。

それを見ていた俺は、あの眩しい光の中に自分も入りたい衝動に駆られた。

 

あの光の中には何かあるのだろう、思い出せそうで思い出せない頭を叩き、人間のものよりも一回り以上大きな手を見てその衝動を押し込めた。

たぶん、あの光の中に入ってはいけない気もする。

なぜそう思うのかはわからないが、間違っていないような気もした。

あの光の中に関する考えを切り捨て、この獣耳男をどうやってあっちに返すか考える。

このままあの光の中に放り投げてもいいが、それじゃあ締まらない気がする。

 

(うーむ……)

 

たぶん探しに来るだろうし、それまで待って近づいてきたところに置いといて回収して貰えばいいか。

俺は頷いて踵を返して、獣耳男と戦った場所へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

世界で唯一の迷宮がある、迷宮都市『オラリオ』。

そこで一つの騒ぎが起こった、その始まりは少女を抱えた少年の叫び。

 

「誰か、誰か助けてください!!」

 

それが発端となってオラリオ中に話が広まった。

 

『上層階で深層のモンスターが出た』と。

 

誰もがよくある初心者を驚かすための作り話だと信じなかった。

だが急速に動いていく状況を前に誰もが信じ始めていた。

事の発端である少年『ベル・クラネル』は剣姫『アイズ・ヴァレンシュタイン』を連れて帰ってくれた事の礼に『ロキ・ファミリア』に招待される。

そこで団長の『フィン・ディムナ』や副団長の『リヴェリア・リヨス・アールヴ』、さらに幹部陣も交えた場でベル・クラネルは懇願した。

 

「あの人を助けてください!」

 

自分たちを逃がしてくれた冒険者を助けて欲しいと涙ながら訴える。

フィンがその冒険者の事を聞くとベルは名前を知らないので外見の特徴を話す。

聞けばロキ・ファミリアには特徴と合致する団員がいる、フィンは団員の『ベート・ローガ』の所在を確かめるが今どこにいるかわからない。

事実を知っているだろうアイズは未だ意識を取り戻していない、大きな外傷もないので彼女の意識が戻るのを待ち、話を聞くという選択もある。

だがフィンはベルが嘘をついていないと判断、話が事実ならベートの生死に大きく関わる、あるいは既に遺体を晒しているかもしれない。

 

口の悪い団員だが放っておく事もできず、ダンジョンへとベートを探しに行く事を決める。

ベルの話通りなら決して油断ならないモンスターだろう、深層の階層主にも匹敵しうる。

そんな相手に手を抜く事はできない、万全の装備を纏いダンジョンへと出立するロキ・ファミリアの主力パーティ。

だがそんな気負いも空回りして、5階層でベート・ローガは壁を背にして横倒れで気絶していた所をロキ・ファミリアに発見された。

その際話のモンスターは影も形もなくすんなりと帰還、主力パーティがベートを連れて帰ってきた時にはアイズが目を覚ましていた。

 

これ幸いとフィンがアイズに話を聞く、どうして5階層で気絶してしまったのかを。

そうしてアイズは頷く、モンスターに襲われていた少年を助けるために行動し始めた所から話し始めた。

少年が初めて見る色をしたミノタウロスに襲われていた事、奇襲で即座にカタをつけようとして仕掛けた背後からの攻撃を避けられた事。

その際お尻を叩かれた事、後から来たベートと挟撃を仕掛けた事、それを完璧に避けられた事、その後すぐにミノタウロスに捕まって振り回された事。

そこでアイズは気絶したために続きはなかった。

 

多少の差異はあるが話の内容が一致し、ベルの話が嘘ではなかったのが証明された。

同時にフィンやリヴェリアは改めてベルに礼を言う、団員を連れて帰ってくれてありがとう、と。

ベルも逆に萎縮して頭を何度も下げた、二人が来てくれなければ間違いなく死んでいたのだから、と。

 

その後ベルがダンジョンの外に出られた事による情報の付加価値やら、アイズとベートのLvの話でベルが仰天したりと。

ギルドに即対応してもらえるようロキ・ファミリアの主神を介して訴えかけたりと波乱の一日が終わった。

そうした翌日にはギルド本部前の立て札に大々的に最上位の危険な情報が張り出された。

 

『黒い肌に赤い毛のミノタウロスを見かけたら絶対に手を出さず逃げる事』と。

 

そうしてギルド本部はその変異型ミノタウロスに固有の名前を付けた。

Lv.5も退ける【黒焔のアステリオス】と。




主人公の()はブモブモ言ってて言葉になってません。
原作のベルを襲ったミノちゃんはすでに魔石になってます。

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