――――その運命は、あまりにも惨たらしいと『ソレ』は思った。
生み出された七人の内、必要なのは一人だけ。
あとのものは不要とし、無慈悲に火山へ放り込まれる。
人の勝手な都合で作られて、人の勝手な理由で殺される。そんな彼らが、あまりにも哀れだった。
だから、第七音素の意識集合体は、彼らにある事を施した。
どうか彼らも、生きられるようにと。
◇◇◇
薄暗い部屋の中には、得体の知れぬ無機質な譜業器と、十数人の人間が存在していた。
その内の七人は揃って――――正確にはある人物と――――瓜二つの容姿をしていた。年恰好は十代前半、遊び盛りの子供だ。しかし、彼らは外見的な年齢とは不相応に、物静かで無機質な表情と佇まいをしている。
そんな七人の前に立つのは、少々恰幅の良過ぎる中年男性と、派手な出で立ちをした眼鏡の男。
「それで、データの方はどうなのだ。ディスト」
「そうですね……譜力で言えば一番劣化が少ないのは七番目でしょうか。体力面は低いですが、ダアト式譜術や預言をむやみに使わせなければ問題のないレベルですよ」
「そうか。なら、あとのレプリカは不要だな。処分するよう言っておけ」
と、彼らは書類のデータと同じ顔をした七人とを交互に見ながら語る。
彼ら――――モースとディストは、この神託の盾騎士団に所属する大詠師と響士である。この二人こそが瓜二つの七人、『イオンレプリカ』をフォミクリーという禁忌の技術で生み出した張本人だった。
情の欠片もないことを話す生みの親たちを、導師の後釜として作られたレプリカたちは無感動な瞳で見つめる。作られたばかりで知識も自我もない彼らには、それしか出来ることがなかった。
彼ら七人が突如、眩い光に包まれるまでは。
「な、何だ!?」
唐突に輝きだしたレプリカイオンに、まず仰天したのはモースだ。
あまりの眩さに腕で顔を覆った彼だが、光が消失するとすぐさま、その突き出た大きな腹を揺らしながらレプリカたちへと近づく。ディストも予想していなかった出来事にしばし硬直していたが、モースに続く形で歩み寄る。他の研究員たちは、遠巻きから恐々と様子を伺う。
一瞬の光に覆われていた七人の内、何人かに髪の長さや身長、体格の変化が現れていた。
しかしレプリカ全員に共通しており、なおかつ一番分かりやすかった変化は『反応』だ。
光が消失した後の彼らは、初めこそガラスめいた瞳と人形のごとき表情のままだった。
しかし数秒経つと、彼らは辺りを『きょろきょろと見渡し始めた』のだ。
「おや、ここはどこでしょうか?」
「何じろじろ見てんだよ、あぁ?」
「わーっ、人いっぱーい!」
「あ、ども。こんにちはッス」
「なんで同じ顔が何人も……」
「これ、なぁに……?」
「不思議な場所ですね、初めて見ました」
口々に、七人そろって『全く違うことを言い』ながら。
「なっ、なっ、なっ……なんですか一体!?」
そのことに一番の衝撃を受けたのは、フォミクリー技術に理解のあるディストである。
レプリカを生み出すフォミクリーの譜業器を開発した当人たる彼は、生まれたばかりのレプリカの精神が赤ん坊同然であることを知っている。刷り込みを施しても、最初は機械的なものだ。
だから、こんな事は普通有り得ない。
「何かの間違いです、こんな、こんなこと普通なら起こり得ない……失敗? まさかフォミクリーの過程で失敗したとでも? いや、だからといってこんな失敗の例は見たことがない……一体何が原因だと……」
「ええい、原因などどうでも良いわ! 最初から自我のあるレプリカでは意味がない!! 早々に全て処分しろ!!」
俯き、眼鏡を抑えながらブツブツと呟くディストの言葉を切り捨て、モースは怒鳴るように研究員たちに命じる。
預言で亡くなる導師の代わりとしてレプリカを作ったのだ。ローレライ教団の象徴として飾りにするにも、意のままに操るためにも、レプリカにはこちらに都合の良い刷り込みと教育を施すつもりだった。最初から自我のあるレプリカなど、失敗作も良い所だ。邪魔にしかならない。
苛立ち交じりに爪を噛み、憎憎しい眼差しで失敗作らを眺める。
血走ったモースの視線。それに怯える者、ムッと顔を顰める者、困惑を示す者……やはり個体ごとに反応が違う。複製ではなく、まるで人間。一個人そのもののようだ。
こんなはずではなかったのに、と歯噛むモースにニコリと微笑む者がいた。最初に作ったイオンレプリカだ。
そのレプリカは、瞳を柔らかに細めて言う。
「あと十秒経ったら、避けることをお勧めしますよ」
「なに?」
「二番目が、貴方をボコボコにする未来が視えましたので」
「……は?」
その言葉に、モースはポカンと顎を落とした。
未来を視た? ……まさか、預言を詠んだというのか?
だが譜石の存在は見られない。当然だ、ここは研究用の部屋だからだ。研究中にわざわざ譜石を置く必要はないし、モースたちも譜石を持ち込んでいない。なら直接預言を詠んだのかと思ったが、そのレプリカの手にあるのは譜石ではなく、何かを書いた一枚の紙だった。
「……紙?」
その紙を視認した大詠師の頭に、疑問が浮かぶ。
なぜ一番目は、『先ほどまで持っていなかった紙』を持っている?
というより……どうしてこのレプリカの眼は、『赤い』のだ?
導師のレプリカなのに、どうして『譜陣の描かれた目』をしているのだ?
ぐるぐると思考を巡らせるモース。
だが結論に行き着く前に、彼の頭へと衝撃が襲い掛かった。
ガツン、とその頭が床へと叩き付けられる。鈍い痛みが走り、鼻が折れるのを感じた。ツゥッと鼻から液体が垂れる。血だ。鼻血である。
遠くで、おやおや怖い。と一番目が呆れたような、笑うような声音で嘯くのが聞こえた。
「てめぇ、勝手に作った癖に処分しようたぁ良い度胸だなぁ、おい?」
次いで、ドスの聞いた高めの声が響く。頭の上からぐりぐりと押さえつけて来るのは、足か? 足だ。間違いなく、足だ。レプリカに、足蹴にされている。
「き、さま……出来損ないの分際で……!」
「うるせぇ育ち損ない!」
「ぐぇっ!?」
怒鳴りながら起き上ろうとモースは、反論と共に再び蹴りを喰らう。
五番目くらいのレプリカが「いや、むしろ育ち過ぎじゃ……?」とツッコミめいた毒を吐いたが、蹴りの連打を受けるモースはそれどころではなかった。
「豚風情がっ、オレにっ、分際だのなんだのっ、ほざくんじゃねぇ! 今にも服が破れそうなほどデブりやがって! オレはな! デブと、髭と、汚職野郎は、大っ嫌いなんだよ!!」
「がっ! ぶっ! ぐっ! ごっ!」
ガッ、ガッ、ガッ、と後半理不尽なことをのたまいながら二番目らしきレプリカはモースを足蹴にし続ける。研究員たちは呆然半分恐怖半分で硬直し、助けるどころか傍に近寄ることも出来ない。
「ダメだよー、そんなことしたら」
そこで、勇敢にも二番目を止めに入る者がいた。三番目のイオンレプリカである。
制止をかけられた二番目はモースの頭に思い切り体重を掛けながら、三番目へと顔を向ける。
「あ? なんでだよ? この豚、勝手にオレらを造ったくせして、気に入らないとなったら殺そうとしたんだぜ? これくらい、受けて当然のことだろ」
「それでもダメー。人の嫌がることはしたら駄目なんだって、赤い髪のお兄さんが言ってたじゃん!」
「そうですよ。それに、この人を豚なんて言ったらいけません」
三番目に続く形で、導師としての能力が一番良かった七番目が言う。
「豚って結構、筋肉質だそうですよ。脂肪いっぱいなこの人と一緒にしたら、豚に失礼ですっ」
「ちょ……っ、あんたもあんたで酷いこと言ってるよ!?」
さらりと毒を吐いた七番目に、驚いた五番目がツッコミを入れる。彼の言葉に「あれ?」と七番目は首を傾げた。
対する二番目は、神妙な顔でモースを見下ろす。
「そうか……確かにそりゃ駄目だ。豚扱いして悪かったな、豚以下の喋る脂肪」
「呼び方が悪化してるー!!」
頭を抱えながら五番目のレプリカは叫ぶ。
このレプリカは、七人の中では常識的な考えの持ち主なのだろう。可哀想に。おかげで割を食っている。
「でぃ、ディスト……早くワシを助け……」
モースは蹴りの雨が止んでいる間に、傍にいたディストへと助けを求めた。
が、
「せんせ……これ、なんて譜業?」
「ふっふっふ……これに気づくとは中々やりますね。そう、これこそが私が今制作中のカイザーディスト号、その試作器ですよっ!」
「なんかカッコいい名前ッスね、何に使うんスか?」
「カッコいい……そうでしょう、そうでしょう!! これはですね――」
肝心のディストは、四番目と六番目のイオンに、己が発明品の説明を自慢げに始めていた。
「ディスト! ディストォオーーーー……ッ!!」
顔面がぼこぼこのモースは叫ぶが、まるで反応がない。自分の譜業器の素晴らしさについて語る彼の耳には、モースの声などまるで聞こえていなかった。
「だから避けた方が良いと言いましたのに……」
クスクスと、先ほどモースに預言した一番目が、穏やかささえ感じさせる微笑を浮かべて呟く。
「話が違うぞヴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーン……ッ!?」
室内で、モースの絶叫が響き渡った。