祭りは夕方からだった。よくある大きな神社でやるらしく、またその近くに川があるので、そこで花火大会も行われるそうだ。
ハルヒはしかしその数時間前に招集をかけて、何をするのかというと
「浴衣を買いによ、決まってるじゃない」
とのことだ。俺たちは毎度おなじみ駅前に集合すると、デパートの浴衣売場に直行した。
ハルヒは朝比奈さんと長門とキョン子の分の浴衣も勝手に選んで、試着室に三人まとめて放り込むと、自身も飛び込んだ。
若い女の店員が微笑みながら四人の着付けを手伝うが、それにしても着付けというのはかなり時間がかかるもので、俺と古泉は、真向かいにあった昔ながらの駄菓子屋感を醸し出している駄菓子屋をうろついてみたりした。
「キョン!ほら、どう?かわいいでしょみくるちゃん!?」
まったくだ。全面的に同意するぜ。
ハルヒは派手なハイビスカス柄、朝比奈さんはほんわかした金魚模様、長門は長門らしいと言えば長門らしい幾何学的な模様で、キョン子は風鈴模様で鮮やかな夕焼け色の浴衣だった。それぞれの個性がにじみ出ている。
「とてもよくお似合いですね」
ハルヒたちが会計を済ませている間、着付けを手伝った若い女の店員が俺と古泉ににこやかに言った。
「それで、誰が彼女さんなの?」
・・・・・・・・男女の比が等しくなくてほっとすべきところだろう。
そのあと、電車に揺られること数分、日が傾きだしたころに祭り会場についた。会場はすでに市民でにぎわっており、祭囃子が流れ、気持ちを高ぶらせた。
「さあ、遊びまくるわよ!まずみくるちゃん、金魚すくいよ!」
「あ、はい、あ、ちょっと待って・・・」
ハルヒは朝比奈さんを瞬く間に金魚すくいへと引っ張っていった。長門は高台の上で盆踊りをしている連中をじーっと見つめている。この祭りに来るのも一万五千・・・なんたら回目なんだろう?わざわざ付き合うこともないんだぜ?
キョン子がいなくなったと思ったら、またすぐに戻ってきた。どこぞの、カップ麺ができるまでの時間で怪獣を倒さねばならない宇宙人的ヒーローのお面と、これまたものすごく普遍的なひょっとこのお面を両手に抱えている。
「ほら、長門」
キョン子が長門に宇宙人的ヒーローのお面を頭の横につけてやった。
「なんか・・・思い出したんだ」
俺の目線に気が付いたキョン子が自身にひょっとこをつけながらはにかむように言う。
確かに長門はお面をつけていたような気がする。
「まあ・・とにかく食おうぜ、たこ焼き食うか?」
そう言うと俺はたこ焼きの屋台に向かって歩き出した。
ループすると分かっていても、楽しめるものは楽しまなくちゃな。
ひとしきり遊んだあと、俺たちはお化け屋敷を訪れていた。
「・・・ハルヒ、まじで「入るに決まってるでしょ!余すところなく遊ばなきゃね!」
古泉が苦笑する。朝比奈さんはぶるぶるとまるで小動物のようなかわいらしさで震えていた。長門は無反応で、キョン子の顔には「怖いけどちょっと入ってみたくもある」と書いてあった。
「さあ、行くわよ!あたしについてきなさい!」
「ひえええぇ、ほんとに行くんですかぁ・・・?」
ハルヒはさっさと見るからに怪しげな入口に消えてしまった。俺と長門が続き、その後ろに古泉と朝比奈さん、それにキョン子が続いた。
ぼんやりとしたろうそくのような明かりしか明かりは見当たらず、薄暗かった。おどろおどろしいBGMが流れている。それにどことなく冷たい風が吹いているような気がしてならない。
すると突然キョン子が悲鳴を上げた。
「ひやっ!」どん!「ひいっ!」どん!「おっと」どん!「・・・」どん!「うおっ!」どん!「きゃっ!」
キョン子が急に朝比奈さんにぶつかるもんだから、全員がドミノのように前にいたやつにぶつかった。
「なにやってんだよ・・・」
「ご、ごめん・・や、なにかが首に・・・」
「ちょっとキョン!早くどきなさい!」
「ん?ああ、すまん、今どく・・・朝比奈さんは大丈夫ですかー!」
「・・・・きゅう」
「朝比奈さん?」
「みなさん、どうやら朝比奈さんは気絶してしまわれたようです」
「うわあ、すいません朝比奈さん!」
「先に行ってください、僕たちも後で追いつきますので」
朝比奈さんはどうやら古泉とキョン子が介抱しているようだ。できれば俺が替わりたかったが、暗いので通路がどうなっているのかもわからず、仕方なく俺達は三人を残してそろそろと歩き出した。
「きゃ・・ちょっとキョン!なにやってるのよ!」
「は?なにって歩いてるだけだが」
「え?じゃあこれ・・・」
そのとき偶然にも(これも屋敷側の計算のうちなのか)明かりが俺たちをちょうど照らし出した。妙なシルエットが浮かび上がる。
ハルヒの肩を髪の長い血だらけの女ががっしりと掴んでいた。
「「ぎゃああああああああああああああっ!!!!!!!!」」
もう誰の悲鳴かもわからないし、どこに行けばいいのかもわからず、誰がいないのかもわからなくなったが、俺たちはとにかくびびって逃げ惑った。
「はあ・・・はあ・・・はあ・・」
気が付くと俺は荒い息を弾ませ、一人で立っていた。
「・・・?キョンなの?」
訂正。すぐ目の前にハルヒがいた。
「あーあびっくりした。あのお化け、近づく気配すらもしなかったもの。こんなにびっくりしたのはいつ振りかしら」
落ち着きを取り戻そうとするハルヒの声だけが聞こえる。俺は手探りでハルヒに近づいた。
「ハルヒ」
「なによ」
「手、だせ。どこにいるかもわからん。手つないでた方が動きやすいだろ」
不意に押し黙るハルヒ。俺はハルヒが話も聞かずさっさと行ってしまったのではないかと不安に駆られた。
「おい?ハルヒ?」
「・・・・わ、わかったわよ、ほら」
ハルヒが手を(よく見えないがたぶん右手)をこちらに差し出した。俺は何度か空振りしながらも、ハルヒの右手を摑まえることに成功する。
「・・・行くわよ・・・あ」
ハルヒが歩きだしそうな気配だったので、俺も踏み出そうとするが、急にハルヒとつないだ左手がぐいっと地面の方に引っ張られた。
「どうした?」
転んだのか?
「走った時に下駄の鼻緒、ちぎれたみたい・・・」
ハルヒが珍しく困ったような、気落ちしたような声色を出す。
――そんな声出されると――なんつーか、うまく言えねーけど。
俺はハルヒがいるあたりにしゃがみこんだ。
「ほら、おぶってやるから」
「・・・え?一人で歩けないことないわよ、鼻緒ちぎれたくらいで」
いいから、こんな時ぐらい強がるなって。
ハルヒはしばらく黙っていたが、やがてそろそろと俺の背中にまたがった。
俺はハルヒが乗ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
「さー行くか。大分走ったからな、出口ももうすぐだろ」
「・・・・・・」
幽霊は、もう出なかった。
だいたい予想はついていたが、やはり出口を抜けると全員が揃っていた。長門が新しい下駄をハルヒに差し出したときは少し面食らったがね。
「遅かったですね、二人で何をされていたんですか?」
古泉が言う。なにもしてねーよ。馬鹿かお前は。それより朝比奈さんは大丈夫だったんですか。
「はい、気が付いたら古泉君と二人で出口を抜けていました。心配かけてごめんね、キョン君」
気が付いたらですと?古泉お前こそ朝比奈さんに何もしなかっただろうな。返答次第ではお前が朝日を拝める日はもう二度と来ないぜ。
古泉はにこやかにほほ笑んで、両手を上げて自身の潔白を証明しようとした。まあ今はいい。
キョン子は途中でひょっとこのお面を落として探しているといつのまにか古泉と朝比奈さんからはぐれたらしい。それで困って右往左往していると長門が助けに来たのだとか。
「せっかく買ったのに」
キョン子は唇をとがらせて言った。まあ長門がお前を見つけてくれただけ良かっただろ。ちゃんと感謝しておけ。
俺がおぶさっている間ずっと静かだったハルヒはもうすでに元気を取り戻していた。
「お化け屋敷もなかなか楽しかったわね!さあ、次はいよいよ花火大会ねっ!早く河川敷に行って場所をとるわよ!」
さっそうと歩きだすハルヒに笑みをこぼしながら、俺達も続く。
古泉が話しかけてくる。
「・・・ところで、本物の幽霊に会ったとは本当ですか?」
「は?本物?」
「長門さんが言っておられたのですよ。長門さんは真っ先に出口にたどり着くと、またその幽霊を退治しに戻ったらしいのです」
「・・・まさか、ハルヒが」
「ええ、そのまさかですよ。もっとも今回はなんとなく予想はついていたのですが。涼宮さんはお化け屋敷に本物の幽霊がいたらさぞかし楽しいだろうと思ったのでしょうね」
お化け屋敷に本物の幽霊か。確かにハルヒらしいな。ひょっとしてハルヒの肩を掴んだあの髪の長い血だらけの女の幽霊は本物だったのか?いや、きっとそうに違いない。
そうでなけりゃ、ハルヒがあんなにびびるはずねーもんな。
俺たちが河川敷に行くと、もうすでにかなりの人が陣取っていた。なんとかあいていた場所を見つけ、じかに座り込む。
やがて花火が始まると、あちこちで歓声が聞こえるようになった。
きれいな花が夜空に咲くたびに、ぼんやりとそれに照らされるハルヒや朝比奈さんたちの顔は本当に楽しそうで。
俺も思わず、笑みをこぼしてしまったほどだった。キョン子はお面を落としたことをまだぐずっていたが、俺がまた買ってやるとそれも直った。
・・・だが、今までやったことはやはり一万五千四百九十七回目のことなのだろうか。
結局、またハルヒは、世界をまたリセットしてしまうのだろうか。
どんな楽しいことも、必ず終わりがある。終わりがあるから楽しめる。そうじゃないのか、ハルヒ。終わりがないということは、時に残酷なことなんだぜ?
最後の花火が闇に溶けていき、花火大会は終わった。人はぞろぞろと帰りだす。俺達も何となく無言でその波にもまれ、集合できたのは神社を出てからだった。
「・・・なら、もう帰りましょうか。明日から学校だしね」
ぽつり、とハルヒはつぶやくように言った。
何か言わなければ。ハルヒが帰ってしまう。
「ええ、そうですね・・・」
古泉が歯切れ悪く言う。
「・・・・じゃあ、また明日ね」
そう言うと奴はくるりと背を向けて、家に帰るべく歩き出した。
何か言わなければ!
「ハルヒ!」
ハルヒが驚いたように振り返る。俺は言いたいことをまとめるでもなく叫ぶ。
「この夏休み、いろいろやったけどまじ楽しかったぜ!お前のお蔭だ、ありがとよ!また来年もみんなでバカみたいに遊ぼうぜ!今年の夏よりもっと楽しくしよう!再来年もだ!いや、高校卒業してもだ!大人になってもまた同じように楽しくやろう!なあ、分かるだろ!?俺達には夏休みなんていくらでもあるんだよ!何回だって夏休みは来るんだって!だから・・・だからさ・・・!」
高1の夏をそんなに繰り返さなくたって。
言葉に詰まった俺を、きょとんとした顔でハルヒは見つめた。そして、ハルヒは。
「あったりまえじゃない!」
その笑顔は、
それを見た時俺は、ああ、夏が終わったんだなと感じた。
キョン子「ひょっとこなくしたぐらいでぐずってたわけじゃないし。別に・・・」