キョンの非日常   作:囲村すき

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六話 夏休み中にしなきゃダメなこと

 

 

 

 

わたし達がハルヒの呼び出しを受けたのは、それから数日後のことだった。

 

「遅いわよ、キョンたち。罰金よ!」

 

指定された行きつけの喫茶店に入ると開口一番、涼宮ハルヒ夏バージョンはそんなことを言った。古泉、長門、朝比奈先輩も揃っている。

 

「ここでもわたしは奢るはめになるのか・・・」

 

あっちでもわたしはハルヒコに奢らされてばかりだった。

 

見るとわたし男バージョン通称キョンはにやにや笑っていた。大方朝比奈先輩で眼福を・・・とでも思っているんだろう。なんか嫌だ、それは。

 

「さあ、これを見てちょうだい!」

 

わたしとキョンが席に着くやいなや、ハルヒが一枚の紙をずいっと渡した。

 

「夏休み中にしなきゃダメなこと・・・?」

 

「そ。SOS団サマースペシャルシリーズよ!」

 

ハルヒは上機嫌だ。お冷をぐいっと飲み干して、キョンに人差し指を突き付けた。

 

「計画書よ計画書!夏休みのやつ、いつのまにかもう終わっちゃいそうじゃない!あと二週間もないのよ!まだ何にもしてないのに!不覚だったわ!」

 

わたしは改めて「計画書」を眺めた。「夏季合宿」だの、「プール」だの、「花火大会」やら、「天体観測」やら書いてある。そして「夏季合宿」の上には大きなバツ印があった。終わったってことだろうか?

 

「これ全部二週間足らずでやるのか・・・」

 

キョンのそのつぶやきの語尾に「?」はついていなかった。なるほど、流石「涼宮」の名を冠する人間についてのスペシャリストだ。涼宮達がやるといったのならそれはやるに決まっているのだ。

 

それで涼宮ハルヒがわたし(キョン女バージョン)と会いたいと思ったから、私はこの世界に来た。

 

・・・あれ、ハルヒコは?・・・涼宮ハルヒと涼宮ハルヒコが同時に同じ願いを願ったのなら・・・?その願いの優先権はどちらにあるんだろ?

 

「・・・おい、キョン子、いくぞ」

 

・・・随分とぼーっとしていたみたいだ。いつの間にか話は終わって、わたしを除いてSOS団は皆立ち上がって喫茶店を出ようとしていた。

 

「いくってどこにだよ?」

 

「そりゃ・・・あいつがなんのために水着持ってこいって言ったか考えりゃ、だ」

 

キョンは右手に持ったスポーツバックを持ち上げた。そう、ハルヒはわたしたちに水着持参の旨を伝えていた。

 

「プールかぁ・・・中三の夏以来だなぁ・・・」

 

わたしはそう言いながら立ち上がり、キョンとともに団員の代金を払うべく、レジに向かった。

 

 

ハルヒコ、じゃなくてハルヒが指定したのは市民プールだった。

 

それぞれ水着に着替え、更衣室から出た。わたしは朝比奈先輩が「ボン!」でいらっしゃることは知っていたが、ハルヒもそれなりに大きく、わたしが太刀打ちできるのは長門ぐらいだと知って若干へこんでいた。長門よ、ペタンコ同盟を結ぼうか、いやしかし・・・。

 

ハルヒは準備体操もなんにもせず、「飛び込み禁止」の看板が砕け散るぐらいの勢いでプールに飛び込んだ。

 

「早くみんな来なさい!競争するんだから!」

 

わたしたちは互いに目を合わせ、互いに肩をすくめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

「・・・・」

 

わたしは朝比奈先輩が持ってきてくれていたピンクの花柄のビニールシートでのびていた。

 

最初に五十メートル競泳をしたものの、全て長門が完全勝利を収めた。ハルヒは長門にどうしても勝ちたかったらしく、その後何回も挑み続け、何回も敗れ、そしてようやく長門が空気を読んで負けたので果てしなく上機嫌だった。

 

そしてこれで終わりかと思いきや、今度は近くで遊んでいたジャリンコたちとビーチボールで遊び始めたのだった。ここで男性陣は速やかに退散、わたしも右ならえをすればよかったのだが、それは案の定「みくるちゃんとキョン子は残りなさいっ!ガキンチョどもに大人の恐ろしさを思い知らせてやるわ!」というハルヒのスーパー笑顔に阻まれたのだった。

 

 「・・・はっ!?今しがた走馬燈が・・・」

 

 わたしががばっと起き上がると、キョンと古泉が苦笑いしながらチェスをやっていた。

 

 「ほら!みくるちゃん、そっち行ったわよ!」

 

 「ふええ~はいぃ~」

 

朝比奈先輩はいまだにハルヒにつかまっている。キョンのクイーンが古泉のナイトを蹴散らしたのをわたしは横目で眺めた。

 

 「助けてくれてもいいじゃないか・・・」

 

 「いや・・・助けたらなー。閉鎖空間がなー。神人が暴走したらなー」

 

 ただ面倒だっただけでしょ。

 

 「ばれたか・・・だがキョン子・・・そのオレンジのミニスカートみたいの、似合ってるぞ」

 

 いや、すごくうれしくないから。そしてキョンに褒められるということは自画自賛ということにならないのかなぁ。

 

 「似合ってますよ、キョン子さん」

 

 「もっとうれしくない。変態」

 

 古泉は雷に打たれたような笑顔を浮かべた。なんのこっちゃ。

 

 「へ、変態・・・ですか・・・」

 

 「うん、この間言うの忘れてたけど、というか一番言い忘れちゃいけないことなんだけど、古泉一姫を語るうえで最も欠かせないワードがそれだから。この前欠いちゃったけど」

 

 「・・なんと、確か先日のお話では『めっちゃ美人。巨乳だし。んで閉鎖空間でばんばん戦える』とのことでは」

 

 「なんで一字一句違わず覚えてんだよ。どれだけ感動したんだよ」

 

 キョンが冷静に突っ込む。

 

 「ほんと・・もうほんと変態だから・・わたしにところ構わず抱きついたり・・ひょっとしてあんたも変態なんじゃないの?」

 

 古泉の笑顔が南国のブルーハワイほどに真っ青になった。なんのこっちゃパート2。キョンが気味悪そうに少し古泉から少し離れた。

 

 「そんなはずでは・・・」

 

 狼狽する古泉をほっといて、わたしはきょろきょろとあたりを見回した。長門がわたしたちと少し離れた所で体育座りをして本を読んでいた。

 

 心なしかその様子は・・・

 

「長門?」

 

「なに」

 

「退屈?」

 

「・・・」

 

 『ピュシャーッ!』

 

 長門の返事を待っていると唐突に、ジャリンコの一人が手に持つ異様に巨大なデラックス水鉄砲で巨大な水流をわたしとキョンに放った。

 

 「・・・・」

 

 「・・・・」

 

 「・・・・ふう、チェスの安全は確保できましたよ、お二方」

 

 「ばーかばーか!」

 

 少年が変顔をしながら走り去る。

 

 「待てこらっ!「このジャリっ!」このガキっ!」

 

 少年はややびっくりした様子で、プールに飛び込んだ。わたしとキョンも続けて飛び込む。

 

 「待ちやがれっ!」

 

 キョンはざばざばと水をかき分けて少年に追いつこうとする。わたしも続こうとするが、少年のデラックス水鉄砲のやたら太い水流がわたしの認めたくはないが薄い胸を直撃した。

 

 「ぐはっ!?なんか普通に痛いんだけど・・・というかこれ以上育たなくなったらどう責任とってくれるんだジャリンコよ!」

 

 周りの水鉄砲を持つジャリンコも面白がってわたしとキョンに砲撃を加えてきた。

 

「こらっ!ちょっと貸しなさい!」

 

わたしは一番近くにいた小さいジャリンコから小ぶりの水鉄砲を奪い取ると、先程の元凶のジャリンコを狙い撃った。

 

「うべっ!?」

 

しかしそれは大きく外れ、偶然振り返ったキョンの顔面にクリーンヒットした。

 

「おっと・・・まあ忘れよう、キョン。ぜひ忘れよう」

 

「・・・一回は一回だからな」

 

キョンも手頃なジャリンコから水鉄砲を(これならば水キャノンという方が正しいようなでかさ)奪い取り、わたしめがけて水流を放ってきた。わたしは慌てて逃げだす。

 

 「ちょっと!なにしてんのよっ!」

 

 ハルヒが近づいてきて、偶然その水流が(もう分かるだろ?)

 

 「キョン~っっっ!!!!」

 

 そして、庶民プールみたいな市民プールで戦争が勃発した。

 

 

 

 

 

 

 

 今日の成果・市民プールに「水鉄砲持ち込み禁止。ダメ、ゼッタイ」の看板を立てさせた。

 

 ん?

 

 なんだろう?

 

 その帰り道、キョンと下らないバカ話を繰り広げているとき。

 

 な に か が ず れ て い る・・・

 

 ような気がするのは、きっと疲れたからだろうな。

 

 そうやって気づけないまま、真夏の太陽は沈んでいく。

 

 




キョン「二月なのに夏の事書かれてもry」

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